言語世界地図
- 町田健:「言語世界地図」、新潮新書、'08を読む。何とかの世界地図とか日本地図という題名の本は結構多くて、類書を何冊か既に読んでいる。「民族の・・」「人名の・・」「地名の・・」という文春新書が本書と部分的には重なるようだ。これらは21世紀研究会編であった。著者が変われば見方も変わる。著者は名大教授である。
- バスク人はクロマニョン人直系の末裔ではないかと考えられた時代があった。バスク語はインド・ヨーロッパ語族の言葉と全く違う。バスク人は、印欧語族がヨーロッパ全域を覆う以前から、イベリア半島を中心とする広領域に住んでいた先住民であったようだ。彼らは独立心が強くローマの支配、イスラムの支配いずれをもはね返して今日の自治州に至っている。話せる人は60万人ほどの少数派だ。ロシア軍の進駐でホットなカフカスのグルジアの言葉と類似点がある。後述のフィンランド語とハンガリー語の関係のように、太古の昔には同じ地域の狩猟民であったと思うとロマンティックだ。そんな少数派言語が、世界の所々に点在する。
- ケルト語は、かってはフランスを中心とするヨーロッパ全域にメジャーな言語であったが、今は見る影もないほどに衰微している。ハンガリーでも判っている最初の支配民族はケルト人だったとガイドが言っていたように思う。今はアイルランド、スコットランド、ウェールスの西岸の貧困地帯で保護活動を受けながら息を継いでいる。文字を持たず民族のまとまりが無く、大陸ではローマ文明に、イギリスではまずはローマ文明に、ローマ撤退のあとは侵攻してきたゲルマン諸族に吸収されていった。印欧語族の一派で、ゲルマン諸語にも、ロマン諸語にも含まれない。
- ギリシャ語は古代ローマ帝国時代にも公用語的立場を堅持していたし、東ローマ帝国では公用語であった。塩野七生:「ローマ人の物語」には盛期のローマ人のギリシャ文明へのあこがれが随所に描かれており、少なくとも上層部はラテン語とギリシャ語をバイリンガル的に話したとある。イタリアに植民したギリシャ人の末裔は今もギリシャ語を話す。本土はオスマン・トルコの統治を400年弱の間受ける。他のバルカン諸国同様にイスラム化は進行したろうが、イスタンブールなどのトルコ本土と違い地方にはギリシャ語が残った。過去の栄光と記録は文明の基盤を決して失わないものだ。大陸内部ではなく半島だから、行き場が無くて民族の移し替えがなかったことが幸いしたかも知れない。ゲルマン語派ともスラブ語派とも書いてないので調べたら、ギリシャ語派(単独語派)とWikipediaに載っていた。
- 上記「ローマ人の物語」にイタリア語人はルーマニア語が半分ぐらい判ると書いてある。ローマ帝国がダキア地方(今のルーマニア)を領有したのは200年弱だったのに、その文明はダキア人の母語まで変えてしまった。属州ダキアをローマ帝国が放棄したのは3世紀だからもう18世紀も経っているのだ。ダキアは地理的にはむしろギリシャに近いし黒海経由の通商路もある。またローマ人がギリシャ語とのバイリンガルだったことにはすでに触れた。でもラテン語に近いのは、多分ローマ軍が軍隊用語に唯一ラテン語を使っていたからだと思う。
- ハンガリー語、フィンランド語、エストニア語はフィン・ウゴル諸語に属し、他の印欧語系諸語に属さない。今のハンガリー人はマジャール人でウラル山脈周辺から5-6世紀に移動してきた。旅行したときガイドから、幼少の頃に蒙古斑が出る子供がかなりの割でいると聞かされた。フィンランド人に蒙古斑があるとは聞いたことがない。北のフィン・ウゴル諸語人は紀元前12世紀頃にはその地に住んでいたというから、両者の関係はよく分からない。
- 中央、東欧におけるスラブ諸語の分布には関心があった。中欧では北からポーランド、チェコ、スロバキア、ブルガリア。バルカン半島になるとスロベニア語、クロアチア語、セルビア語、ボスニア語、モンテネグロ語、マケドニア語いずれもスラブ諸語に入る。旧ユーゴスラビア構成国で話される言葉は、南スラブ語と一括してもよい類似性を持っているらしい。ユーゴスラビアとは南スラブ人の国という意味だそうだ。ただコソボあたりのアルバニア語は印欧語族ながらスラブ諸語とは関係が薄い孤立した語派だという。バルト3国の内のラトビア、リトアニアもスラブ諸語に入らないバルト諸語というグループを作っている。東欧ではベルラーシ、ウクライナ、ロシア。旧ソ連圏では徹底したロシア語化教育が施された。かってソ連領であったカザフスタン、キルギスと言った中央アジア地帯の諸国、コーカサス山脈地帯のグルジアを含む諸国ではロシア語が話され、カザフスタン、キルギスのように公用語になっている国もある。
- 中国語がシナ・チベット語族であるのに対して、ベトナム語はオーストロアジア語族という別系統の言語だという。しかもラオス、タイ、ミャンマーなどのタイ諸語とも違う種類だ。1000年にわたる中国の支配で語彙の7割が中国語由来のものという。中国語の四声に対し、六声の音の変化がある。TVでベトナム紀行の映像を見ると、寺院には漢字が並ぶが、一般市民はローマ字でベトナム語を表記することが判る。中国周辺国は中国文化を自国語に合わせるために、様々な工夫を文字に施した。我が国のかな文字、朝鮮半島のハングル文字、死文字となった西夏文字など有名だ。ベトナムではチュノム文字で我が国と同じく漢字と併用した。だが近世に全文ローマ字表記になった。チュノム文字が偏と旁の漢字型で使用不便であったことと、なによりも、漢字のローマ字化が、六声を区別する声調符号の開発で可能になったことによると思われる。同じ論理で中国語のローマ字表記も可能なのだろう。日本語にも高低のアクセントがある。今の日本語のローマ字表記法には、このアクセントを映す方法がない。声調符号の開発で、日本語のローマ字化が多少は楽になるのではないか。雨と飴と天。橋、端、箸。どれも今ならローマ字ではameでありhashiであるのだが、音は違うのだ。それでも同音異義の言葉は多い。
- おそらく中国系以外の外国人にとって日本語の表記は困難だ。今は漢字、平仮名、片仮名。そこでローマ字表記法が浮かび上がるが、完全置換は、日本文化を過去と断ち切ることになるからまずは許されない。だが、理系の推進してきた表記法は将来にきっと参考になる。たとえば植物名。榎と書かずにエノキ、欅と書かずにケヤキ、桜と書かずにサクラ。元々和名があるから仮名表記で少しも不自由しないし、慣れると却って漢字表記が煩わしくなる。化学名では酒精はエタノール、木精はメタノール。漢字の方が後から来た表現だから、これも仮名表記で無理がない。もう日本語化しているあたりまでは仮名表記にして、大学の専門課程以後に出てくるような化合物や新規物質名は、学名のローマ字のままで表記してはどうかというのが私の提案である。固有名詞も仮名に直す必要はない。ある種の日本語論文誌のやり方である。文系の世界でも無理に似たような漢語を並べずに、外来の新規抽象語、新規概念語にはこの方式を適用してはいかが。ただし読みはJapanese Englishという条件で。こうすればおいおいとローマ字の割合が増えるだろう。国内で受け止められている文化の割合に応じた文字のシェアになるのが、世界語としての着実な一歩ではないかとおもう。ワ−プロや自動翻訳の普及でローマ字化のメリットは減退したこともある。ベトナム方式は将来とも選ばれないであろう。
- 中東の言語事情は複雑だ。コーカサス山脈地帯のカフカスは、日本の1.2倍程度の面積しかないのに、40ものカフカス諸語が話されている。それを取り囲み、交錯するロシア語、クルド語、アルメニア語などの印欧諸語とトルコ語、アゼルバイジャン語などのチュルク諸語がある。チェチエン共和国、グルジア共和国を含む紛争の絶えない土地柄である。グルジア正教、ロシア正教にイスラム教が混在し平和時には住み分けていたものの、今は宗教は戦いの旗印の役になってしまった。ロシアが旧ソ連時代の版図回復に意欲を燃やしている。弱小民族同士の争いがつけいる絶好の口実になっている。アフガニスタンでは2民族、ダリー語人とパシュトゥーン語人、が拮抗する勢力であったのが災いした。本書にはチュルク諸語人が国境付近に住んでいることに触れている。ジンギスカンに征服された歴史があり、世界大百科事典にはモンゴル語を話す地域が図示されている。タリバンは主にパシュトゥーン語人で、パキスタンにまたがった広い領域に住んでいる。
- 「ローマ人の物語」に民族大移動の時、フランク族は現地ケルト人(ガリア人)と融和したが、アングロ・サクソン人は彼らを辺境に追いやった歴史が描かれている。英語にはラテン語直系の単語が少ない。だが、中世の3世紀にわたるノルマンディー公国出身王族の支配でフランス語からの借用単語は、日常用語に至るまで英語に浸透している。これはあまり意識したことがなかった話だった。英語には15-16世紀にかけて、大母音推移があった。その時に文字と発音が乖離した。世界語として不適切と思う理由の一つである。Nameはドイツ語と同じナーメだったのに、ネイムに代わってしまった。このHPの「わがまま歩き 旅行会話」に英独とも西ゲルマン諸語に属し、両民族はかってはエルベ河、ウェーザー河河口あたりに共生していたと書いている。世界に拡散した英語はその土地で独自の発達を見せる。アメリカ英語、インド英語。教養人はともかく、一般の話し言葉としては同じ英語でも住む場所が異なると理解しづらくなる。オーストラリア移民にはイギリス下層民が多かったので、その特徴を今に伝えているという。
- 日本語は、世界語として機能する資格を十分備えていると書かれている。私も同意見でこのHPのどこかでコメントした覚えがある。母音も子音も必要最小限の数だし、その中には発音困難な音が含まれていない。文法上規則性が優勢で、たとえば不規則活用の動詞が「ある」と「来る」だけだ。英語の不規則変化の動詞の数に比べれば段違いである。相撲で外国籍力士が通訳なしで流暢な日本語で話す。彼らは日本に来るまで日本語の教育は受けなかった。日本からの一世移民が終生土地の言葉を理解できなかった話はよく聞いた。私は12年も学校英語の勉強をし、企業に入ってからも研究屋としてずっと英語を使ってきた。だのに、日本人の話す英語は分かるのに、同じ話をネイティブに話されるとほとんど判らない。かなりの音の区別が出来ないのである。そんな難しい言葉は世界語として失格だ。
('08/09/04)