麻原公判 第43回 岡崎一明 反対尋問(97・7・3)

10時59分 証人 岡崎一明 入廷
弁 オウム神仙の会に入ったのは昭和60年(85年)の4月か5頃と言っているが?
― はい。
弁 私の聞いたことにちゃんと答えてね。
― はい。
弁 入会金を送ったのはいつ?
― 5月?6月かも知らない。
弁 あなたが麻原さんに始めてあったのはいつ?
― 昭和60年12月の丹沢セミナーの時。
弁 セミナーの前に、会ったことがあるのではないか?
― セミナーの前に渋谷の道場で、会ったことがある。
弁 入会の時期も、会費納入の時期もはっきりしない。主尋問でもはっきり言っていないことが多かった。正確に答えるように。
― 今言ったでしょう。
弁 オウムの機関紙に執筆したことがあるか。
― これは、事件と関係がない。
弁 あるから聞いている。証言態度が大切だ。
  (麻原が「証言態度は大切だ。刑事訴訟法では無罪……」と、割り込む。裁判長が注意するも、麻原の不規則発言は止まない)
弁 オウム神仙の会は、宗教団体と思って入会したのか。
― グルの下で修行したいと思い入会した。宗教団体とは思ってはいなかった。
弁 ヨガの修行団体であって、出家制度はないと思うが。
― 出家制度はなかった。
弁 すると、入会と言ったことか、それとも、入信なの?
― どちらかと言えば、入会と言うことになる。
弁 入会した人を、なんと呼んでいた。
― 会員と言っていた。後で信徒と言うようになったが、初めは会員と言っていた。
弁 会員はどの様な修行をしたか。
― ヨガの修行・呼吸法・マントラを唱える等、グルを観想しながら修行する。
弁 グルという言葉を当時使っていた?
― 入会当時は、先生と呼んでいた。
私が出家した頃麻原はグルと呼ばれていた。私たちは先生と呼んでいたが、古いものほど最後まで先生と読んでいた。
  (「その言葉、どういう意味で使ったか、話せ」と麻原が割り込む)
弁 グルって、どういう意味で使っていたの?(傍聴席から笑いが出る)
たまたま、同じ質問になっちゃったけど。
― 師匠というか……。
弁 麻原さんが、会員を呼ぶときは?
― さん付けで呼んでいた。
弁 ヨガ教室の先生と生徒と言った関係だったんだ。お茶やお花の先生といった?
  (主尋問で『主命服従の関係』と証言している。そこを突く狙い?)
― 単なる師匠ではなく、人生を預けている『グル』だった。
弁 昭和60年12月から61年1月にかけてセミナーがあったが、そこでどういう教えを聞いたか。
― ヨガの成就・悟りのことなど話していた。説法では『ピースピースと言って笑っているのは話にならない。怒りの仏陀にならなければならない』などといっていた。
  (麻原『違う。真実を言わなきゃ駄目だ』)
弁 昭和60年当時、ヴァジラヤーナという言葉を説法で使っていたか。
  (タントラ・ヴァジラヤーナと言う教義は、殺人を容認している)
― 言っていない。
弁 ポアと言う言葉は?
― 『意識を上げる』という意味で時々使っていたと思う。
弁 麻原さんが解脱したと聞いたのは、昭和61年(1986年)7月頃と言っていたが、その時どう思った?
― 「先生なら解脱するだろうな」と思った。
弁 証人は、出家して直ぐにワークについたのか。
― その頃はワーク(教団の業務)でなく、パクティ(教団の奉仕活動)と言っていた。修行も大切だったがパクティはもっと大切だった。
弁 あなたのパクティは、本の出版とそれにかかわる営業だったのか。
― はい。
11時58分 休憩
1時16分 再開
弁 女性関係のことで、独房修行をしたことがあるか。
― はい。1987年初めの頃、飯田エリ子さんと恋愛関係になって。グルに「意識が集中していない。籠るしかない」と、言われて。
弁 どう思った?
― 『未熟だった』と思った。先ず、懺悔して『心を新たに』と思った。
弁 でも、懺悔しなかったのではないか。飯田エリ子さんが麻原さんに言った。
― 一緒に先生のところに言って懺悔しようと言う事になっていたが、飯田さんが会社から電話で、先に懺悔した。
弁 独房修行で、本当に光が見えたの?
― 見えた。
弁 成就したと思った?
― 思った。
弁 オウム神仙の会では2人目かな?
― グル以外では。
弁 富士山に総本部道場を建てたが、その理由は?
― 1987年3月か4月頃、麻原から『宗教法人にする。シバ神の宮殿を建てねばならない。』と言い出した。
弁 あなたは宗教団体でなくヨガの団体に入会したのであって、その話を聞いてどう思ったか。
― セミナーで「将来、宗教法人にしないのか」と聞いたことがある。麻原は「しません」と言っていたので不思議に思った。
  どうして宗教法人でなければいけないのか聞いたとき、麻原は、「会員のお布施を税金に使うような無駄なことは出来ない。資金を有効に使うために宗教法人にする」といっていた。
弁 宗教法人認証手続きで、昭和62・63年(1987・88年)頃東京都庁の担当部署へ行ったことがあるか。
― はい。
弁 認証手続きが、遅れていると言うことで行ったの?
― いや、すみません。その年は行っていない。
弁 何年に行ったの。
― 平成元年(89年)に行った。
弁 あなたは、どういう立場で行ったのか。
― 麻原の運転手として行った。
弁 認証手続きで、北川石松代議士の圧力はかかっていたことを、麻原が説法で言っていた記憶があるか?
― 4月頃と思うが、説法でいた記憶がある
弁 あなたは、何らかの対抗措置を提案したことがあったのでは?
― 覚えていない。
弁 前回(主尋問?)で『元衆議院議員の私設秘書みたいなことをやっていた』と微妙な証言をしていたが、その立場にあったことを教団では知っていたと思うが? 認証手続きの頃。
― 知っていたと思う。
弁 あなたが、圧力があると知った時、対抗手段をとろうと動いたのではないか。
― 元裁判官で弁護士の人と一緒に、沖縄出身の参議院議員に会いに行ったことがある。その議員は、もう逝去された。
弁 その参議院議員に会えたのか。
― あったが、その参議院議員は、体調が悪くて会っても効果はなかった。
弁 元裁判官で弁護士の人の名前は?
― 必要ないと思う。
弁 その人に、誰が政治工作の橋渡しを頼んだのか。
― 麻原が直接頼んだ。珍しく頭を下げて頼んでいた。
弁 麻原さんは、その弁護士を知っていたのか。
― 在家信徒だった。
弁 涙ぐんでいるが?
― 麻原一人のために、罪もない人に迷惑をかけることが嫌だった。……名前を……出すのが……嫌だった。
(涙声で途切れ途切れの証言〔どの法廷でも一回は泣く岡崎。の定評どおり、やっぱり泣いた〕)
弁 オウム真理教は、平成2年の総選挙に大挙して出馬したが、その経緯は?
― 1989年に都議選があって、社会党のマドンナ旋風があった。毎朝新聞を読む役目の男がその記事を読むと、麻原が「今度衆議院選挙で、わしが出たら当選するか」と言うので、その男が「当選するのではないですか」言った。麻原は「じゃあ考えよう」と。
弁 幹部会等で、そのことを相談はしなかったのか。
― 当選するかどうか、いろいろ意見が交わされた。麻原は「自分が選挙に出るよりも、ケイマ大師ら女性大師を出せば」と話していた。
弁 女性大師を?
― 「そのほうが通りやすい」と。オウムは基礎票もないし、若い人にアピールするためだと思った。麻原は「女性で美人であれば当選する」とも言っていた。
弁 あなたはどう思っていた?
― 麻原自身で出たいんだ。本気だと思った。グルの意思を遂行した方がいいと思った。
弁 選挙運動の責任者は?
― 消費者共同体は私。政策関係は上祐。裏活躍の責任者は早川さん。
弁 裏とは?
― フクロウ部隊とか、区の実力者との折衝とか。
弁 フクロウ部隊とは?
― 早川さんが、10人位を使って、他の候補のポスター剥したりする部隊。夜やるのでフクロウ部隊と言われた。
3時6分 休憩
3時25分 再開
弁 選挙運動の中で、自分の裁量で使える金はあったか。
― それはない。
弁 なくて、どうするの。
― 石井さんの許可を貰わないと、お金は使えなかった。
弁 平成元年(89年)10月当時、教団内の序列は。
― トップは、もちろん麻原。2番目は、麻原の妻、松本知子。それと石井久子が並んだ状態。その次が上祐史浩。その下に村井秀夫。早川紀代秀、新実智光、私。
弁 早川紀代秀、新実智光、岡崎さんは同列?
― いや、新実さんと私が同じくらいで、早川さんの下になる。あと、青山吉伸弁護士が特別扱いで、上祐さんの下あたりに入る。
  (岡崎は2番目〔石井久子の次ぎ〕に成就した古参大師である)
  (検察官から異議が出る)
裁判長 その点は、もういいんじゃないの。(検察官の異議を認め弁護士に注意する)
弁 本件に関係があるから。(弁護士は引かない)
弁 林泰男さんはフクロウ部隊に入っていたか。
― 10月くらいから石原伸晃の事務所に盗聴器をつけて、毎日聞いていたというようなことを言っていたが、彼が何をやっていたか私にはわからない。
弁 幹部の人間関係だが、巧くいっていた?
― 石井さんと知子さんは、仲が悪かった。
弁 それから
― 弟子たちの中で、男性と女性の対立はなかった。村井さんに対して不満を持つ大師は何人かいた。でも、彼は、それをわかっていなかった。
  (例によって、麻原の不規則発言は途切れることがなかった。〔覆面を剥してみろ、お前は裏切り者だ・お前は単なるクリスチャンだ・オウムが世界を治めるんだ。乗っ取るなんてとんでもない・お前たち(弁護士)には聞く権利はない〕など等。)
裁判長 被告人は静かにしなさい。
  (『うるさい』私は誘拐されている………と麻原の暴言が続く。傍聴席のオウムどもは必死でメモを取る。尋問していた弁護士……しばしの間、沈黙。)
弁 具体的に?
― 村井さんは、グルの近くに四六時中いて、いろいろな質問や修行の話が出来る。羨ましかった。
弁 村井さんは出家したばかりなのに、どうしてそう出来たのか。
― 村井さんは出家した時、麻原の部屋で何時間も話をしていた。それから科学とか宇宙物理学とかが説法に入るようになった。
弁 その説法を聞いてどう思った?
― 弟子たちのためになることとは思えなかった。
弁 村井さんと対立したか。
― 表立っては出来ない。
弁 村井さんの言うことが変だと思ったのか。
― 地面から石を取り出して耕す機械を、1週間でできるといっていた。そんなにすごい機械を、三菱重工業でも1週間では無理だと思った。村井さんに不満があった。
弁 何故不満を持った?
― 彼の部署だけが特別優遇され、おかねを湯水のように使っていた。
弁 89年10月初め、サンデー毎日の連載が始まったが?
― 表紙に『タブーに挑戦』とあったので、宗教に対する挑戦と受け止めた。わざと誹謗中傷していると。血のイニシェーションについても、深い宗教の意味合いを理解しないで掲載されると思った。
弁 他の幹部は?
― 私と同じく思っていたと思う。
  道場の会議室で、編集の者と他の幹部が麻原と話をした。自分の記憶では、サンデー毎日の編集長は誰か・これからどれくらい連載されるか・サンデー毎日は過去に宗教を誹謗中傷したことがあったか。等話し合った。
  男性信者が「サンデー毎日は、イエスの箱舟を連載したことがある。連載は長くなるのでは?」と言っていた。イエスの箱舟の記事は、私が静岡市の県立図書館へ行って調べ、麻原に報告した。
弁 連載はどんな影響があると思った?
― たぶん、在家信徒が動揺する。オウム出版の書籍売上が激減するのではという懸念を持った。
弁 第1弾掲載後、幹部会で話題になった?
― 私と上祐らで、直接サンデー毎日に抗議し、謝罪文の掲載と連載の中止を申し入れるよう言われた。
弁 サンデー毎日の誰と会った?
― 編集長に会う目的だったが不在で、代わりの人が対応した。連載ストップと謝罪文の掲載を強く申し入れた。編集長がいるはずだから出せ。とも言った。
弁 サンデー毎日の対応は?
― 受け入れる姿勢は全くなく、決裂した。
弁 次に、教団としての行動は?
― 10月半ば頃と思うが、上祐と私ら多分4人と思うが、牧太郎編集長の自宅までいった。
弁 毎日新聞社の地下まで行った時との前後関係は?
― 爆弾の話は後のことと思う。
弁 牧さんの自宅訪問の経緯は?
― 麻原から「直接自宅へ行けば会えるだろう。そこで抗議と連載中止を申し入れろ」と言われた。しかし、牧太郎の自宅を訪問したものの、不在で諦めて帰った。
弁 グルの指示で行って、どうして夜まで待たなかった。
― ……………。
  (岡崎が返答に苦しむ機会を捕らえ、麻原がわけのわからないことを言い出す。岡崎は、それを抑えるように声を張り上げて)
― 記憶にありません。
弁 何故果たせなかったのか。
― 麻原に電話をした。『待て』と言われたから待った。しかし、不在の場合どうしろと言う指示は受けていなかった。
  (検察官の抗議「『思い出せないという証言ですので』と割って入る」)
裁判長 そう言うことですから。
弁 思い出せないのか。
― 早川から「今、牧太郎をつけている。『帰宅途中を襲ってキリか針で後ろから突いてやれ』と、グルが言っているんですけど、どう思いますか。『巧く眠らせる方法がないかとも言っているんですけどねえ』などと聞かされた。
  (それに、かぶせるように麻原が大声で『俺は、アサハラショウコウだ。聞えるか』)
弁 尋問を終ります。
5時2分 閉廷麻原公判 第44回 岡崎一明 反対尋問(97・7・4) 
9時59 証人 岡崎一明 入廷
弁 沖縄の参議院議員に会いに行ったとき、お金を持って行ったか。
― 何も持っていかなかった。
弁 議員の名前は?
― 既になくなりましたが、OO議員です。
弁 その後、教団としてOO議員に何かを依頼したことがあるか。
― お願いしたことはないと思う。ただ、90年2月の選挙の時、推薦状を送ってきた。写真と名前が入っていた。
弁 サンデー毎日の編集長宅へ抗議に行っているが、あなたも行った?
― 上祐らと、4名で行った。
弁 4名とは、誰と行った?
― 上祐・早川・私・吉田の4名で行った。
弁 吉田さんの所属する部署は?
― 詳しくはわからないので……。断言できない。
弁 断言できないとしても、何か知っている?
― ドイツ支部へ行っていた吉田だと思う。その時点(牧編集長宅へ行った)では、何処の部署に所属していたかわかららない。
弁 編集長宅へ2回行っていると言っていたが、始めていった時のメンバーに入っていたか?
― 昨日2回行ったと証言したが、昨夜考えたが、2回目のことは、はっきりした記憶が出てこない。行ったのは1回だけだったかも知らない。
弁 あなたは、車の見張りをしていた。となっているが、後の3人は編集長宅へ行ったの?
― 私一人が残ることはない。吉田に見張りをするよう言って残すことはあったと思う。
弁 毎日新聞社の爆破計画を知ったのは?
― サティアン4階ある会議室に呼ばれて『サンデ―毎日の連載をストップさせろ』と言うことだった。トラックに爆弾を積み、地下で爆発させれば輪転機が壊れ、打撃を与えることが出来る。ということになった。その場には、麻原・早川さん・私・村井さんがいた。
弁 突然その話だったの。
― いきなり言われた。
弁 他に、サンデー毎日の連載を止めさせる方法など、検討しなかったか。
― それはなかった。『そうしないと連載は止まらない』と麻原が言っていたので。
弁 それで、最初から爆弾の話になった?
― 『マンジュシュリー(村井)が言うのには』と前置きがあって爆弾の話になった。『輪転機を壊せば、新聞を発行することが出来なくなる』とも言っていた。
  『聖教新聞は、毎日新聞社の印刷機を使って印刷している。印刷工場は地下にある』とも言っていた。
弁 麻原さんは、毎日新聞社は地下で印刷していると、どうして知った?
― それは、前に、印刷機のセールスをやっていた時、取引している人から聞いて知っていた。
弁 誰が印刷機のセールスをやっていたの?
― 私がやっていた。
弁 それで、あなたが麻原さんに『毎日新聞社の印刷機は地下にある』と報告した?
― サンデー毎日の話が出る前に、麻原に印刷工場の話をしたことを思い出した。
弁 その話を麻原さんに話したのはいつなの?
― 早い時期だったとしか覚えていない。
弁 マンジュシュリーの意見は?
― 『爆弾を2トン車くらいの車に積んで、毎日新聞社の地下に入れて爆発させればいい。十分だ』と言っていた。
弁 それを聞いて、どう感じた?
― とんでもないことを思いつくな。と思った。現実的には無理。荒唐無稽そのものとも感じた。
弁 爆弾をどうやって入手すると言っていた?
― 話はなかった。確か、早川さんが『爆弾はあるんですか』『無理ではないですか』と聞いていた。村井が『直ぐ作ります。そんなこと簡単だ』と言っていた。
弁 爆弾が出来ると思っていたのか。
― 村井が作るのでは、失敗すると思った。
弁 毎日新聞社の下見に行ったのか?
― 早川さんと二人で行った。
弁 いつ行ったの?
― いつだったか、覚えていない。
弁 その結果は?
― 入れなかった。
弁 車の入り口は幾つかあったか?
― 車の入り口は1箇所だけだった。小さな入り口は何ヶ所かあった。
弁 駐車場にどうして、入れないと思ったのかったのか。
― 警備員がいて、通行証らしいカードを確認していたので、入るのは難しいと思い、諦めた。
弁 わりと簡単に諦めたね、実現しようとすれば、いろいろ手段はあると思うが?
― そうかなあ、入るのは一寸………。早川さんと私は計画そのものを、荒唐無稽と考えていたから………。
弁 計画自体を荒唐無稽と判断していた?
― ……犯人はオウムだと直ぐわかる。教団をつぶすことになると思った。
弁 あなたは、坂本事件で、疑問を持ちながらも、グルの命令に従った。それと同じではないか?
― だから、見に行った。
弁 それで、グルの命令なのに簡単に諦めた。
― ただ単に諦めたのでない。村井の案が納得出来なかったからだ。
弁 麻原さんに、どの様に報告した?
― 報告はしたが、どのような言葉で報告したか覚えていないが、爆弾は無理、と報告したと思う。
弁 その時どの様な指示を受けたか?
― どの様な指示を受けたか、私は知らない。
弁 その日、サンデー毎日に行かなかったか?
― その日の午前中、サンデー毎日へ行った。
弁 二人で行ったの?村井さんは行かなかったの?
― 村井のことは覚えていない。3人の大師が一緒に行動するのは無駄だと思う。
弁 その時、何処から入った?
― ビルの正面入り口から入り、サンデー毎日へ行く前にチェックがあった。「どちらの方ですか」と言われ、名詞を渡した。
弁 前に行った時は?
― 前にもチェックされていて、チェックのあることは知っていたが『逃れる方法があるか二人で見て来い』と言われて見に行ったが、無理と判断した。
弁 結果を麻原さんに報告した?
― 報告はしたが、どちらが報告したか覚えていない。
弁 輪転機のある場所を聞いたのは何時か?
― 印刷業者から、春の頃聞いたと思う。
弁 聞いたのは、毎日新聞社だけだったか?
― 他の新聞社の状況も聞いたと思う。
弁 時期は特定できるか?
― オウムの印刷機を購入する前と思う。
弁 あなたの今まで話したことは嘘だ、嘘を言っている。検察官には『他の出版社のものから毎日新聞社のことを調査した。(毎日新聞社の下見に行く)当日かその前に麻原さんに報告した』と言っている。
― だから、何だと言うんだ。
弁 爆弾と聞いて、驚いたわけは?
― 出来る訳がないから。それに、完全な犯罪だから。
弁 そう、まさに自分たちの考えを通すための、テロ行為だ。教団の考えと、テロと両立するのか。そこに驚くべきでないのか。
― そりゃ土台として、それに驚いた。
弁 あなたは(爆破計画を)事前に知っていた。
― 突然だった。
弁 あなたは自分の役割を、殊更小さくしようとして証言している。
― 私はそのつもりはない。
(弁護士が交代する)
弁 毎日新聞社の爆破計画中止は、あなた達の判断で出来るのか。
― それは出来ない。
弁 2回目にサンデー毎日に行った時、早川さんがビラを500枚置いてきた。オウム真理教名入りのものを。
― はい。
弁 そうしたら爆破は無理。教団の犯行とわかってしまう。何故、麻原さんに報告する前に、ビラを置いたのか。あなたたちの判断で、爆破計画を頓挫させたのではないか。
― どちらにせよ無理だった。
  (かみ合わない受け答えに、弁護士が渋い顔をする)
裁判長 もういいじゃないですか。押し問答だから。
(僅か5分で弁護士が交代する)
弁 あなたたちは、サンデー毎日について調査活動をしていたようだが、どの様な調査をしたのか?
― 歴代の編集長の名前・就任時期などを調べた。
弁 牧氏の書いた記事・編集後記窓を調べているが?
― 人となりを調べてなかったから。
弁 一連の調査の中で、社会的問題には勇猛果敢に取り組んでいく人、今までと違う方針をとる人、と言うことはわかってと思うが。
― はい。
弁 そのような記述が掲載されていれば、麻原さんに報告したね?
― はっきりとは………。
弁 生易しい調査ではないね。都立中央図書館に行っているね。
― それは記憶にない。
弁 富士宮図書館へもう行っているね。あなたの手帳に書いてある。
― だから、県立図書館へ行っていると……。
弁 それだけでない。他の図書館へも行っている。忘れたか。
― 県立図書館は覚えているが……。
弁 あなたは当時、手帳をつけていたね。
― はい。
弁 どういった手帳?
― 幅8センチ・縦14センチ。他バインダー式の手帳とか、何冊か持っていた。
弁 その手帳を警察に任意提出した理由は?
― ポアされるかもしれないから。
弁 だれから?
― オウムから。
  (麻原が大声で『嘘付け』)
― (岡崎は麻原に答えたのか)知人に渡した。いざと言う時は警察に出してくれと。
弁 手帳を警察に提出することに、どういう意味があったのか?
― 当時のオウムの動向とか、サンデー毎日、坂本弁護士事務所との交渉などある程度書いてある。
弁 書いてないのは?
― 平成元年11月2日深夜から3日未明の謀議は書いてない。
弁 その前のサンデー毎日や牧さんの自宅の件はなぜ書いてないのか?
― 普通の幹部会や大師会議でないので。
弁 10月19日サンデー毎日の取材についての資料を示したい。
(裁判官・検事・岡崎に資料を渡す、資料には『出家信者2名がインタビュうに備えての予行演習の模様が書かれている』と言う。〔オウム側は『出家信者の思いを直接聞いてもらい、連載をストップして欲しと、希望して取材に応じた』と言っているが、予行演習とは?〕弁護士は、暫く時間を置いて質問を続ける)
弁 一方で強硬手段を考えながら、他方で取材に応じている。19日の取材でも教団の主張が組み入れられず、連載も中止されなければ強引な手段を取る。と考えていたのか。
― 連載がいい内容であればと思い、積極的に取材に対応した。と思う。
弁 爆弾との関係は?
― グルである麻原が、突然言ったことだから……。
弁 その時期は?19日のあとか、前か。
― ううん………。
11時58分 休憩
1時15分  再開
弁 オウム真理教被害者の会が結成される動きを知ったのはいつか?
― 89年10月28日から30日の間、深夜の大師会議で麻原から直接『被害者の会の、第1回の大会が開かれた』と聞かされて知った。
弁 10月28日から29日にかけ、教団主催で『相互理解を深める会』を開いたことは?
― 相互理解を深める会?目的は?
弁 おそらく、親と出家信徒の理解を深めることだろうと思うが。
― 東京本部で、上祐たちが何かやったという事は聞いていた。たぶんそれかな?
弁 話し合われた内容が手帳に残っているが?話の内容は麻原被告が話したことが書いてあると、思っていいか。
― はい。
弁 被害者の会の総会が開かれたのを受けて、直ぐに召集されたと言う雰囲気かな?
― そうです。
弁 手帳に『2回目サンデー毎日が絡んでいる』とあるが?
― これはサンデー毎日の第2弾の記事を総会で話し合ったと言うこと。
弁 じつはね、同じ会議に出席した早川さんのメモも証拠開示されている。そこに『黙示録殺人事件に似ている』と書いてあるが、この意味が私どもには分からない。あなたは、わかるか?
― 黙示録、新約聖書の?
弁 調べてみたら、西村京太郎の小説で、神の国を作るようだが。
― 西村京太郎は知っているが、それは読んでいない。
弁 10月28日のメモに『攻め方』『守り方』と書いてあり、攻め方に、牧太郎と、書いてある
― 牧太郎に圧力をかけると言うことだろう。チラシを撒くとか、編集に対する圧力、という意味で、そんな恐ろしい話は出なかった。
弁 この頃、被害者の会もでき、教団としてはあらぬことを言われている、何とかしなければと言う雰囲気があったのでは?
― 普段の会議よりボルテージが上がっていたと思う。
弁 日本では認められていないが、取調べ中、刑事取引のようなことはなかったか。
― そのようなことはあった。(両者の、保身の姿勢が伺われる)
弁 何を期待した。
― 極刑です。(「極刑を免れる」の意味と取れた)
弁 調書を作る時は
― 刑事と一緒に作った。(保身のストーリー完成?)
弁 11月1日青山弁護士と上祐は岡山へ行って、岡山の(川田)弁護士と会っているね。
― 私は知らなかった。
弁 10月31日の幹部会の出席者は、青山さん・上祐・新実・石井さんがいたかも知れないと言うことだが?
― 石井さんの発言の記憶がないから………。石井さんはいなかったかも知れない。
弁 メモに10月30日青山云々と書いてあるが、以下のことを青山さんが報告した理解していいのか?
― はい。
弁 会議で報告を聞いて、坂本弁護士にどんな印象を持ったか。
― 宗教に対する理解を求めるのは難しい人だと。
弁 話し合いで難しいと言う認識か。
― だから、法的に対処しようと言うことになった。
弁 11月1日から2日に、被害者の会から要望書が来たね。
― はい。
弁 要望書には麻原さんに、『水中クンバカ』と『空中浮揚』を、公開で行なうことを求めていたね
― はい。
弁 麻原さんが、この修行をしているのを見たことが有るか。
― 水中クンバカの修行を見たことがある。
弁 空中浮揚は?
― 見たことがない。
弁 あなたは麻原さんを信じていなかったね。
― いや。信じていた。
3時5分 休憩
3時25分 再開
弁 マスコミ批判の対策は、誰が中心になって?協議しながらか、特定の誰かが?
― 会議は麻原が召集しなければ始まらない。対策を講じようと言うのも麻原。関連の大師を選んで、後は妻の知子と麻原。
弁 あなたのメモには、10月25日に行なった記者会見のところに、報道各社の配置図まで書いてある。会見の設定はあなたがしたのか?
― それはない。サンデー毎日を告訴した。その時の記者会見を行なった。その会見中に書いたものだ。
弁 そおなの?
弁 手帳の21ページ10月26日、この『電通』とか『50万円』とか書いてあるが?
― 広告関係では?
弁 広告とは何の広告?
  (麻原が『コウコクと言うのは、弁護士の抗告、それから最高裁への特別抗告ですね』などと横槍を入れる)
― 教団批判に対抗する意見広告の交渉を、電通の子会社アドとしたとき書いた。
弁 手帳の29ページ。犯罪被害者の要望書の途中からしか書いていないが、ページをはずしたのではないか?
― はずしていない。
弁 10月30日会議があって、この会議からメモが消える。11月3日の(坂本弁護士殺害)謀議まで会議はなかったの。
― なかった。
弁 11月3日の謀議のことだが、警察の調書に『祭日であることは他のメンバーには言えませんでした。言えば、帰宅途中を襲えと言うグルの命令を批判していると取られ、計画をつぶした、と麻原に思われるのが怖かった』とあるのは本当か。
― その時は何を答えていいのか分からなくて、わけのわからない内容になっている。
弁 坂本さんの家に入ると言う重大なことを『わけの分からないこと』といわれては困る。
  (麻原の声が大きくなり、尋問していた渡辺弁護団長も堪えきれず、麻原の前に行き
『一寸黙っていてくれ、うるさいから』と声を大にして言う。麻原は『それがあなたのやり方なんだな。麻原彰晃を殺すためなんだな』と毒づく)
弁 坂本弁護士宅に着いたのは何時頃だった。
― 夕方5時頃だったと思う。
弁 それで、坂本さんの家に行ったの?
― 家の近くにある金山神社の境内から坂本さんのアパートを確認した。村井が『あれだ』と言った。
弁 そこに誰が居た。
― 早川さん・私・村井さん、3人で行った。
弁 神社の境内と坂本さんの家は近かったの。
― 直ぐ隣にあった。玄関が丸見えだった。
弁 玄関が見えても、坂本さんの家かどうかわからないじゃない?
― 村井さんが双眼鏡で覗いて『あれだ』『表札がある』と言った。私も双眼鏡で覗いた。
弁 双眼鏡を持っていったの?
― 村井さんが持っていた。村井さんはペンライトとか、いろんなものを用意していた。
弁 家が確認できて、それからどうしたの?
― 二手に分かれた。
弁 二手に分かれたとは?
― 駅前で坂本弁護士の帰りを見張る班と、待ち伏せする班に。
弁 ビックホーンのような大きな、しかも、名古屋ナンバーの車で、目立つとは思わなかったか。
― だから車を(自宅)近くの駐車場に停めた。
弁 見張りと待ち伏せの二手に分かれたと言うが、どの様に組んだの?
― 早川さんと新実さんがブルーバードで洋光台の駅前へ、私と村井さん、中川さん、端本君がビックホーンで待ち伏せすることになった。
弁 待ち伏せする4人は誰も坂本弁護士の顔を知らない、そんなことで待ち伏せができる?待ち伏せ体制と言えるのかね。
― ………。
弁 最初から帰宅途中の坂本弁護士を襲うことはできなかったのではないか。
― そんなことはない。
弁 じゃあどうやって。
― 小冊子もあるし、もう一つの
弁 まともに考えると、顔を知っている早川さんか新実さんが待ち伏せ班に加わっていないと
裁判長 『もう一つ』と言いかけたのは?
― 駅から車で、坂本さんの後をつけていくとか……。(立地条件から言って、全く不能)
弁 車の前に何人も歩いていたらどうなる?
― それは、臨機応変に……。
弁 臨機応変に?人違いしたらどうなる?
― 間違ったら大変なことになると思った。
弁 最初から自宅で襲うつもりだったの
― それはない。絶対にない。
弁 検察調書によるとあなたは『坂本弁護士が、家に居る場合もあり得るので、その時は家に入る発想があった』と述べているが、いつ頃からその発想があったのか。
― 検事さんに『そんな発想があったのではないか』と言われて『もしかしたら、そう思ったかもしれない』と言ったのでそういう内容になった。実際はなかった。
弁 嘘を書いたと言うのか。
― 嘘を書いたと言うより、ちょっと違うとといった……。刑事に『グルの命令が出ているのに、何もしないわけにはいかないだろう』と言われて、『ノックをして外に呼び出して、と考えてこともある』といったこともある。
弁 家に入り込む発想があったかどうかは、行動計画の根本になるので、いいかげんなことでは困る。
― 後で考えると、なんでこんなへんなことを言ったかと思う。
弁 前に、金山神社から双眼鏡で覗いたと言っているが、表札が読めたか?
― 表札は見えたが、その時は確認していない。
弁 いつ確認した?
― 双眼鏡で覗いた後、玄関のところへ行って確認した。
弁 あなたが行ったの、他に誰かは?
― 私一人で行った。
弁 もしかしたら坂本弁護士は家に帰っているのかもしれないと判断したのは?
― 10時になっても帰ってこない、家にいるのではないかと思った。
弁 それで確認に行った?
― 玄関のところまで行った。
弁 何時頃?
― 10時半頃だと思う。
弁 家の前とか、外から明かりが見えなかったか。
― 見ていなかったと思う。
弁 誰かに、命令されて行ったの?
― だれにも命令はされていない。黙って私がはずれては不味いと思って、村井さんに話して行った。
弁 何故、行く気になったの。
― (帰宅するのを)見落としたのではないかと思って行った。(見張り班の落ち度確認?)
弁 家に帰っていたときは、どうする考えだった?
― 襲えないと思った。元々突飛な発想だったから。
弁 5時間も待って、帰ってこない。やめようとは思わなかったか。
― そう思ったときもあった。
弁 玄関ところへ行って、中の明かりが見えたか?
― ドアスコープを覗いて、明るかった。
弁 鍵の開いていることは、どうして確認できた?
― ノブを回してみた。
弁 鍵が閉まっていた。それで、あなたが開けた?
― それはない。鍵はかけてなかった。
弁 ドアを開けてみなかった?
― 1〜1.5センチくらい開いた。
弁 それだけでは、中に人がいるかどうかわからないじゃない?
― 明かりが付いていて、鍵があいていた。
弁 それで、居ると判断できた?
― ドアポストを指で押した時、人の気配がした。
弁 10時半頃と言うと、まだ人が通るかもしれない。見つかる可能性もある、危険とは思わなかったか。
― 音をたてて気付かれること・近所の人に見られること等、その時点では考えていなかった。
弁 鍵が開いていることを確認して、その後どうしたの。
― 駐車場に帰って村井さんにそのことを話した。村井さんは無線で早川さんに連絡した。
弁 あなたは連絡をしなかった?
― 村井から無線機を渡されて、同じことを言った。
弁 何故、鍵が閉まっていた。と言って帰らなかったのか?
― 私が、実行に積極的だなかったのに、何故、そうしなかったか、と言う事ですか?
弁 そうだ。
― それ……グルの意思。実行するしかない。
弁 その言葉を信用していないから聞いている。
― ………。
弁 妻子を殺すことは。
― 聞いたときは最悪だなと思ったけれど、自分の情のカルマが残っているから、そういう気がするのかなと思った。でも、グルの意思だから無視できない。実行しなければならないと思った。
弁 情が残っているのは未熟だからだと思ったのか。
― そう思った。
弁 今、この法廷で情は残っているか。
― 残っていると言うより、普通に戻っている。
弁 坂本弁護士殺害に熱心だったのは、グルの意思だったからか。
― グルの意思でなければやらない。
弁 きりがいいので、この辺で、まだ続きますから。
4時42分 閉廷。

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