松本智津夫 第25回公判 岡崎一明証人 検察官主尋問(97・2・13)


   検察官・弁護士の尋問は(検・弁)、証人・被告人の証言は(―)で表す。
検 ホーリーネーム(宗教名)は。
― マハーアングリマーラです。
検 誰にホーリーネームをもらったの。
― 昭和62年7月27日に麻原からもらいました。(尊師と言わずに呼び捨てる)
検 麻原とは誰か。
― 今 右にいる松本智津夫被告です。
検 教団での、被告と証人の関係は。
― 主命服従の関係です。(麻原の命令の絶対性を強調したと感じる)
検 今も信者か。
― いいえ、平成2年2月10日に逃走し、下向(脱会)しました。
検 教団内での証人の地位は。
― 大師です。尊師に次ぐ地位です。
検 教団内での役割は。
― 資材購入の商談・オウム出版・営業等の責任者です。
検 証人は(坂本)事件に関係したか。
― はい。
検 どんな関係か。
― 実行犯の一人です。
検 メンバーは。
― 早川・村井・新実・中川・端本(全員フルネーム・ホーリーネームも挙げる)等と家に押し入り殺害しました。
検 坂本一家殺害は、どういうことから。
― 麻原が「ポアする」と指示したので実行しました。
検 …………。
― …………。
(麻原が大声で「嘘だ。嘘、嘘なんだ」と証言を妨害する。裁判長の再三にわたる注意を無視し、麻原は不規則発言を続け、殆ど聞き取れない)
謀 議
検 指示を受けた場所は。
― 富士山総本部道場です。
(麻原、さらに声を振り上げ「完全に嘘を言っている」 裁判長は弁護団に「注意しなさい、退席させますよ」と。それを受けて、弁護人が注意をするも不規則発言が続く。裁判長は検事に尋問続行を促す)
検 道場のどの部屋ですか。
― サティアン4階にある麻原の瞑想室で言われました。
検 麻原に直接呼ばれたのか。
― 自室にいるときだれかが呼びにきました。
検 部屋に誰かいましたか。
― 瞑想室には、村井・新実・中川・早川、その他居たかも知らないが覚えていません。
検 誰か後から来ましたか。
― 端本は後から来たと思います。
検 そこで麻原が指示したのですか。
― はい。麻原が「坂本弁護士をポアするんだよ」と言いました。
  (麻原「嘘だ、ポアなどと言っていません」と裁判長の静止も聞かず喚きたてる。)
検 言葉だけでしたか。
― 親指と人差し指で輪を作り、それをはじくしぐさをしました。手のひらを上に向けた形です。
  (麻原はまたも大声を挙げて「真実は麻原彰晃が知っている」「裁判長、私は認否をしたいのです。認否をさせてください」「裁判長は拉致されたのか」「裁判長を出せ」等など喚きたてる。裁判長は「言うことを聞かないですからね。退廷させなさい」)
10時20分退廷命令(4回目の退廷だそうだが、15分で退廷はこれまでの最短記録と言った話も出ていた。これまでの不規則発言で思い出せるのを挙げてみると☆裁判長はいないのか。☆裁判長は私の権利を奪うのか。☆私の発言を認めないのか。☆この裁判はいんちき裁判だ。☆退廷させろ。など等、聞くに堪えないことばかりわめき散らす麻原の姿を目の当たりにし、その醜さに怒りと言うよりも、こみ上げてくる虚しさに耐えるのが精一杯だった)
検 麻原がはっきりと、坂本弁護士の殺害を指示したのですね。
― 麻原が「ポアするんだよポア」と2回言いました。真剣でした。
検 どう理解しました。
― 殺生と思いました。
検 どうして殺生と理解したのか。
― ポアと言うのは、解脱など求道心のある人が望んだときに、ポアによって高い世界に上れる。と教えられていた。謀議でのポアは真理、解脱に興味のない人間に対して麻原がポアと言った。魂と肉体を分離すことだと理解し、教えと違うな、と思いました。
検 ポアを決定できるのは?
― 最終解脱したグル。麻原です。
検 証人はなんと答えました。
― 「ああ、そうですか」といって下がった。反論はできませんでした。納得したと言うか?そんな形?
検 坂本弁護士の殺生にどうしてかかわったのか。
― グルの命令だから。
検 殺生の意味はわかっていましたよね。
― はい。
検 他のメンバーは。
― 緊張はあったと思いますが、グルの命令ですから。従いました。
検 証人は、坂本弁護士を知っていましたか。
― 文化放送を聞いて、オウムに反対する弁護士だと言うことは知っていました。
検 ラジオやテレビなど悪いデータ―が入るので見聞きできなかったのではないか。
― 録音テープで聞いた。木村弁護士と坂本弁護士が話していました。
検 どのような話だった。
― 未成年の出家のこと・お布施のこと・血のイニシエーションのことなど話していました。
検 そのテープを聞いて、どのように思いましたか。
― 「オウムを理解していない弁護士だな」と思いました。
検 その他には。
― 当時は被害者の会を組織した弁護士と言うことは知っていました。
検 被害者の会とは?
― 当時、大師会議があり、その中で麻原が、被害者の会のことを言っていました。
検 (大師会議の)出席者は。
― 早川・新実・上裕・杉浦(実)・青山・松本知子・石井久子。それに、村井もいたように思います。
検 その会議で、被害者の会について被告人(麻原)の話は。
― 「組織を大きくしたのは、横浜法律事務所の坂本弁護士で、全国大会が開かれ親たち48人が集まった。サンデー毎日の2回目の記事は、(被害者の会で)話し合ってリークしたもの。年会費は12万円で、弁護士費用も含まれている。坂本弁護士は被害者の会から警察に連絡してオウムを捜査させる方針」と麻原が言っていました。
検 被害者の会について、「どうする」と言った話は出たか。
― 麻原が焦眉の急と言うことで、オウムを守る側と、攻める側と二つに分けようと。攻める側は『サンデー毎日の狂気』と言う反撃本出すことになりました。
  守る側は、青山弁護士が内容証明で抗議文を出すことになりました。
検 その他に何か対策を立てましたか。
― 麻原が、青山・上祐に坂本弁護士対策を命じました。
検 具体的にはどんな指示でしたか。
― 「抗議をしろ」と言っていました。
検 それで、どうなりましたか。
― 10月31日深夜 杉並か富士宮のサティアンかはっきりしませんが、青山・上祐・杉浦兄弟と早川がいて、松本知子と石井が居たかははっきりしない。青山弁護士らが、坂本弁護士と交渉した結果を麻原に報告しました。
検 報告の内容は?
― 青山は「坂本弁護士は、(未成年の)出家者を親元に帰せ・借金を残して出家した者を考えろ・出家者を家に帰せ、といっている。こちらからは、被害者は子供の方だ、子供が親を訴える・全面戦争になる。と言って来ました」と。
  上祐は、「DNAの話をしたが、坂本弁護士は理解しようとしなかった。坂本弁護士は宗教のことは全く知っていない。話になりませんよ、私にも親元へ帰れと言った」
  また、早川は「全く話になりません。だめですね」と言っていた。
検 被告人は。
― 上祐らの話を聞いて、憮然としていました。
検 証人は何か言いましたか
― 私も何か言ったと思いますが覚えていません。
検 坂本弁護士のことについて何かを感じませんでしたか。
― 坂本弁護士は宗教を理解していない。やりにくいと思いました。
検 そこで、今後どう対処すると言うことになりましたか。
― 結果は、法的手段で闘うこととしました。
検 具体的に、何を争うと言うことになりましたか
― 麻原に報告したと思いますが、上裕と青山が仕切っていたので私にはわかりません。
検 あなたは、記録をとっていたか。
― 当時使用していた手帳に記入しました。その手帳は警察に提出してあります。
検 その後、被告と坂本弁護士のことについて相談したことがありますか。
― 11月1日か2日に静岡の道場で大師会議があり、静岡に居た大師は殆ど全員出席しました。松本知子が、被害者の会の要望書をコピーして全員に配りました。
検 その要望書には、どのような事が書かれていましたか。
― 「麻原自身が、水中クンバカを1時間・空中浮遊などを公開でやれ」といったことが書いてありました
検 それを見てどう思いました。
― こんな大事な時(選挙の準備中)に大変だなと思いました。
検 他の幹部はどうでしたか。何か言っていましたか。
― 皆も「とんでもないこと」と言ったと思います。
検 麻原被告は何か言いましたか。
― 麻原は「こんなことしたら現象界………死ぬだろうな」といいました。皆も「選挙中であり、やらない方がいいと言っていました」
検 11月2日深夜から3日未明にかけて坂本弁護士のことで何かありましたか。
― サティアン4階の瞑想室へ呼ばれて行ききました。
検 そこに誰が居ましたか。
― 麻原の他に、村井・早川・新実・中川が居ました。
検 ポアの理由について説明はありましたか。
― 麻原からありました。「坂本弁護士がこれ以上悪業を積ませてはいけないんだよ。坂本弁護士は法的手段を使って、オウム真理教を叩き潰そうとしている。このまま放っておいたら大変なことになる。先日青山弁護士らが行ったがどうしようもなかったので、こういうふうに決めたんだ」と。
検 どんな方法で。
― 「中川がいい薬を用意しているんだよ。それを使えば死にいたるんだよ。なあー中川」と言いました。
検 中川は。
― 「はい、そうです。注射をすれば痙攣を起こし、5分以内に死にます」と言っていました。
検 いつ注射するのか。
― 麻原が「坂本弁護士は電車通勤だから、家への帰りに車に連れ込んで注射すればいい。ティロ―パ(早川)とミラレパ(新実)は顔を知っているから、駅の方で待機していて、家の方に居る人に連絡して襲えばいいんだ。これが終わったらすぐ帰って来い」と言っていた。
検 あなたたちには指示があったか。
― はい、「アングリマーラ(岡崎)は運転手、マンジュシュリー(村井)は無線の役、中川は注射でいいだろう」と、そのように言っていました。
検 住所はわかっていたのか。
― 「住所はわかっているんですか」と聞くと、麻原は「住所は青山弁護士に聞くとわかるが、信も帰依もなくなるからな、熊本の弁護士(信者)に聞け。アーナンダ(井上)を信頼しているから問題ない。アングリマーラお前が住所を聞き出せ、それがわかれば実行だ」といいました。
検 端本は誰が選んだ。
― 麻原です。「車に連れ込む役だが、端本がいいと思うが、ミラレパ(新実)はどう思う」と麻原に言われ「いいと思います」と新実が答えました。
検 端本に誰が命令した。
― 麻原です。端本に「グルの命令は何でもできるか」と言いました。
検 端本は何と言いましたか。
― 端本は「はい、出来ます」と答えました。
検 それで被告が何と言いましたか。
― 麻原は「これは重要な任務だ。シバ神の示唆によるグルの命令だ。被害者の会の坂本をポアする。お前は坂本を車に引き込め。後は中川が注射でポアする。お前なら正拳突き一発で倒せるだろう」といいました。
検 端本は。
― 「はい、わかりました」答えていました。
検 住所はいつ調べたの。
― 翌朝(3日)の8時頃です。道場2階の選対本部に電話をし、熊本の弁護士の電話番号を聞き、道場を出て公衆電話で坂本弁護士の住所を聞いた。内線だと混線し誰かに聞かれては不味いと思い公衆電話を使って聞きました。すぐに麻原のところに行き報告しました。
検 麻原の他に誰か居たか。
― 麻原と村井・石井が居ました。麻原は「これで決まりだな、変装して行くがいい」と言いました。
検 他に何か。
― 村井が「スーツを買うのにいくらかかるかな」と言っているのを聞いた麻原が「五六十万あれば足りるだろう。ケイマ(石井)用意しろ」と石井に指示しました。
準備・実行
検 富士山道場を出発したのはいつか。
― 11月3日午前9時前後です。メンバー6人が、車2台(ビックホーンとブルーバード)で出ました。
検 途中でどこかへよりましたか。
― 桃井(杉並区)・新宿西口のヨドバシカメラの近く・カーサ上荻(アジト)によりました。桃井で林泰男に無線機をつけてもらい、新宿西口で変装用具を買い、カーサ上荻で変装しました。
検 坂本弁護士の自宅付近に着いたのは。
― 3日の午後4時から5時の間です。歩いて神社の境内に上り、そこから双眼鏡でアパートを確認しました。
検 坂本弁護士のアパートと確認できましたか。
― 表札を確認しました。
検 表札が読めたのですか。
― 私が直接行って、階段を上り確認しました。
検 その後どうしましたか。
― ブルーバードに早川と新実が乗って、JR洋光台駅前へ行き、ビックホーンには村井・中川・端本と私が乗って、アパート近くの駐車場に車を停めました。
検 坂本弁護士と家族のことを知っていましたか。
― 横浜法律事務所の小冊子に(小冊子を読み上げる様に詳細に証言する)と書いてありました。
検 坂本弁護士の顔はわかっていましたか。
― 小冊子に写真も載っていました。(小冊子は早川が上祐らと横浜法律事務所へ行ったとき持ち帰ったもの。ビックホーンに持ち込んであり、村井・中川・端本らも当然見ている筈。後の証言では実行犯全員が「家族構成は知らなかった」と証言している)
検 誰に見せてもらった?
― 村井に見せられました。ビックホーンに乗った者は誰も坂本弁護士を知りませんでしたから。
検 時間から言って暗くなっていたと思うが。
― ペンライトを使って読みました。
検 塩化ナトリウムのことはわかっていましたか。
― 中川が薬を用意していたことを知っていました。
検 どうしてわかりましたか。
― 「準備は良いか」と中川に聞いたら「はい、このとおり」と見せました。
検 計画では坂本弁護士一人を殺害することだったのが、何故全員殺すことになったの。
― 麻原の指示で、坂本弁護士一家を殺すことに変更されました。
検 被告から直接指示されたのですか。
― 早川から伝えられました。「坂本弁護士がこのまま帰らなかったらば家に居るはずだから、そのときは家族ともどもやれ。最終電車まで見張りを続けろ」と麻原の指示が伝えられた。
検 何時頃伝えられたのですか。
― 11時過ぎ頃です。
検 坂本弁護士は家に居ると思ったのですか。
― まだ帰る姿が見えないことは、家に居るのではないかと思いました。
検 それで証人は何かしましたか。
― 私が一人でアパートへ直接行って、ドアスコープから明かりが漏れていることと、鍵の開いていることを確認しました。10時30分頃だと思います。
検 どうしていく気になったのですか。
― 早川と端本が坂本弁護士宅へ電話をしたが出ないと言うので、歩いて行きました。
検 どのようにして確認したのですか。
― ドアポストを指で押し、明かりがみえた。ドアノブを回してドアを引いたら15センチから20センチ開きました。
検 それでどうしました。
― 待機しているビックホーンへ戻り、村井に「部屋に電気がついており、鍵が開いている。戻っているかもしれない。早く先生(麻原)に伝えたほうがいい」と言いました。村井は無線でこのことを早川の伝えました。
検 早川は何かを言っていたかな。
― 早川がビックホーンのところへきたので、村井と私が車から降りて早川と話しをしました。
検 どんな話かな。
― 「坂本弁護士は、まだ帰っていないのかもしれないので、最終電車まで待つことにした」と早川が言っていました。
検 それで、早川が麻原のところに報告し、麻原の指示を受け、証人にその指示が伝わったのが11時過ぎ頃と言うことだね。
― はい。そのあと、坂本弁護士宅のドアの確認に再度行き鍵の開いていることを確認しました。12時過ぎの頃と思います。そのことを、早川に伝えました。
検 早川はなんと言っていたか。
― 早川と新実がビックホーンのところ(アパート近くの駐車場)にきました。早川・村井と私が相談して11月4日3時に押し入ることとしました。
検 どうして3時に押し入ることにしたのか。
― 1時、2時では起きている可能性があり、4時5時では新聞や牛乳配達など人の動きがあると思ったから、3時がいいということになりました。
検 最初は坂本弁護士の帰宅途中を襲う計画を変更したのだから、それらの打ち合わせが必要ですよね。
― 屋内では殺害手段を変更する必要性はあったが、相談はしていません。
検 それで、実際に押し入ったのは。
― 午前3時過ぎ、実行犯6人で。
検 6人が一緒に入ったのかな。
― 早川・新実・端本が先に入り、村井・中川と私が入りました。個人ごとの前後関係ははっきりと覚えていません。
検 早川と村井は手袋をしていなかったようだが。
― 手袋は全員していたと思っていましたが、死体遺棄の終わった段階で、村井・早川がしていなかったことを知りました。
検 アパート内にはいって、後はどうなりました。
― 早川が寝室の戸をあけました。大人二人が寝ていことがわかる程度の明るさでした。早川の合図で全員寝室に入りました。
検 中に入った様子は。
― うっすらとぼやけていた。既に新実と端本が正拳突きで坂本弁護士か奥さんに攻撃を加えていた。男の声で「うう、うう」とうめき声が聞こえました。
検 あなたは。
― 起き上がろうとする坂本弁護士の後ろに周り、右手を坂本弁護士の首に回し、左手で右手首をつかみ締め付けました。上半身を固定した。中川に注射をさせるためです。坂本弁護士はもがいて抵抗していました。
検 坂本弁護士の足は誰かが。
― 誰かが抑えていた。端本かも、はっきりわからなかった。腕がしびれ感覚がなくなり、中川に「早く注射・注射」と言ったような気がする。
検 注射後の坂本弁護士の様子は。
― しばらくして抵抗がなくなった。死んだかなと思った。
検 他のメンバーは
― 他の家族に攻撃を加えていた。奥さんの「子供だけはお願い」と言う声を聞きました。
検 坂本弁護士から離れた後は。
― 出入り口へ行って振り返ったとき、女性の人が寝ているのが見えた。注射で死んだとおもった。
検 子供はどの時点で確認したか。
― ビックホーンに3人の遺体を積んでから、
検 他のメンバーの様子は。
― 村井が「奥さんに指をかまれ血がでた」と言っていました。
検 車は。
― ビックホーンは私、ブルーバードは新実が運転してもってきました。アパートの階段近くにビックホーンの後部を向けて駐車し、遺体を蒲団にくるみ積み込んだ。遺体を積み込む間見張りをしていた。
  積み終わってから部屋に戻った。村井が血を流したと言うので、畳についているのではと思い戻りました。風呂場にあったタオルで畳を拭き、鏡台・襖などを直しました。
検 後は?何かした?
― 押入れの中を確認しました。蒲団が少なくなっているので、拉致したとわかってしまうと思いました。あと、中川が入口の所をうろうろしていました。車の戻るよう言ってドアを閉めて出ました。
検 鍵はかけなかった?
― 鍵はかけようがありません。
検 車2台でどこへ向かったか。
― 富士山総本部です。村井が2回ほど電話連絡しました。グルの意思どおり殺害したこと・富士山総本部に着く時間・ブルーバードとはぐれたこと等を報告していた。
検 他に何かありましたか。
― 富士山総本部へ帰る途中端本が「動いている。生き返った」と大声を挙げた。中川が確認して「問題ない」といった。
12:00 休憩
13:15 再開
検 富士山総本部にいつ着いたか。
― 11月4日午前7時頃と思います。サティアン4階の図書室に一人で行き、麻原に報告しました。指示通り坂本弁護士一家を殺害し、遺体をガレージに運んだことです。
死体遺棄謀議
検 そこには誰がいましたか。
― 麻原・村井・早川・中川・石井(久子)・妻の知子・新実もいたかもしれません。
検 被告人は何か言ったか。
― 「遺体をどうするか、今みんなで話し合っていたんだよ」と言っていました。「道場一階の子供部屋の畳をはがして埋めようか」とも麻原が言いましたが、石井が「あそこはシッシャ(出家信者)がたくさん出入りしていてわかってしまう。不味いですよ。」と言いました。
  早川は「あそこを掘るとなると、建築班を使ってコンクリートをハズらなければならない」といっており、知子は、いきり立って「(本部の)敷地内はいやだ」というようなことを言っていた。
  麻原は「そうかそれでは、だめか」とつぶやいていました。
検 証人は?
― 私が、「護摩壇で焼いてしまえば」といいましたが、麻原は「今 護摩壇で焼くと消防車が飛んでくる、それにマスコミがうるさいから不味いだろう」と言っていました。
検 被告は遺体遺棄について何か言ったか。
― 麻原は「ドラム缶に入れて遠くの山へ埋め、車は海に捨てろ」といいました。「遺体を海に沈めてはどうか、注射液は残らないか」と中川に聞いた。中川が「死体はガスが出るから浮力は大きい、かなりの重りが必要です。注射液は海水であればわからないです」と答えていました。
  麻原は「海は、骨が出ると歯形や骨格でわかると不味いから、山に埋める」ということになりました。
遺体遺棄
検 3人の遺体を処理することが決まったあと、誰が準備をしたのか。
― 村井が、ステンレスのドラム缶(蓋付き)3本と新しい車(ワゴン)を準備し、各自は着替えの準備をしました。穴を掘るためのスコップと懐中電灯を村井が用意しました。
検 ドラム缶に遺体を入れる作業は誰がしたのか。
― 私以外の実行犯がやったと思います。私は石井と一緒にガレージの外で見張りをしました。石井は「麻原に見張りをするよう言われた」と言っていました。
検 準備が終わって出発したのはいつか。
― 11月4日午前9時頃と思います。実行犯6名が車3台(ビックホーン・ブルーバード・ボンゴ)に分かれて乗りました。ドラム缶3本はワゴンに積みました。
検 3人の遺体はそれぞれどこの山に埋めたか。
― お子さんは長野県の山中。坂本弁護士は新潟県の山中。奥さんは富山県の山中です。
  3日間かかりました。
検 別々に生めた理由は。
― 「3人の遺体を一緒に埋めては身元がばれ易い。別々に埋めろ」と麻原から指示されたので、村井・早川・私で相談して決めました。
長野県大町市湿地帯の現場(龍彦)
検 お子さんを生めた長野はどういうところですか。
― 湿地帯です。11月4日の午後場所を決め、黒部観光ホテル1階のロビーにある公衆電話で麻原に報告しました。
検 穴掘りは誰がやりました。
― 私以外の5人が当たり、私は遺体を積んだ車の見張りをしていました。
検 穴はどれくらい掘ったか。
― 見ていないのでわかりません。中川の報告からすると1メートル位かと思います。早川の声で「この木を載せるから引っ張れ」といっているのが聞こえました。お子さんは裸でした。中川が車から、お子さんの死体を抱いていくのを見てわかりました。
新潟県名立町大毛無山の現場(堤)
検 坂本弁護士の死体を埋めた場所は。
― 新潟県の大毛無山の中腹で少し窪んだところです。
検 誰が決めたのか。
― 村井と早川が決めました。
検 だれが穴を掘ったのか。
― 殆ど全員です。
検 どれくらい掘れたか。
― 2メートル弱位です。村井が穴の中から「私の身長から言うと1メートル80センチはある」と言っていました。
検 麻原の指示は知っていたか。
― はい、3メートル掘れと言っていたことを思い出しました。遺体をどうするかと言った話が出ているときです。
検 穴を掘る道具は。
― スコップとつるはしです。能生町のホームセンターで買いました。
検 埋める前に何かしたか。
― つるはしで歯を砕いた。日中、早川・村井らと大毛無山頂へ行ったとき道路工事をやっていたので、私が「いつか工事が中腹へ降りて来たとき、発見されるかもしれない」と言ったら、中川が「歯を砕けばわかりませんよ」と言い、早川が「じゃあやりましょう」と。
検 一緒に埋めたものは。
― 能生のドライブインで買った、紅ズワイガニの甲羅など、食べ残しを一緒に埋めた。
検 遺体を埋めた場所の確認は出来たか。
― 私が案内して確認できた。私が地図を書き捜査官に渡し案内もした。
富山県魚津市僧ヶ岳の現場
検 都子さんを埋めた場所はどこか。
― 富山県僧ヶ岳の中腹。道路らから15メートルくらい離れたところ、林の中です。
検 誰が決めたの。
― 早川と村井が決めました。新実以外の5名で穴を掘りました。新実は山の麓にいました。
検 穴はどれくらい掘ったか。 
― 1メートルちょっと掘ったと思います。
検 遺体はどんな風に埋められたか。
― 見ていないからわかりません。
検 埋めた後偽装工作をしたか。
― 埋め戻した後、木の葉などをかけました。
証拠隠滅
検 3人の遺体を埋め終わった後、何をしたのか。
― ドラム缶やスコップなど海に捨てた。最初は川口近くのテトラポットのあるところです。夕方で人がいたのでドラム缶1本とスコップなどを投げただけ。もう一箇所でドラム缶2本を海に捨てた。同じ砂浜で、蒲団や衣類など村井と私で焼却しました。証拠隠滅のためです。
検 被告に報告したのか。
― 早川が、石川県小松市の商店街付近の公衆電話を使い、麻原に報告しました。「麻原から『温泉に入ってゆっくりしなさい』と言われた」と言っていました。当時シッシャは週に1回くらいしか風呂に入らなかったが、労をねぎらうため許してくれたと思った。
  4人は近くの片山津温泉に行き一泊した。私と村井はみんなの作業衣などを焼くため温泉には行かなかった。
  衣服を焼却する場所を探したが見つからないので焼却はしなかった。引き返す途中、高速道のパーキングエリアで仮眠を取り、片山津インターチェンジを出るときビックホーンのナンバーをチェックされた。加賀インターからの短区間で5時間もかかったからと思う。
検 他のメンバーとの合流はどこで。
― 片山津で合流し、鳥取・松江・米子・境港・津山へと、ビックホーンとブルーバードを捨てる場所を探しに行ったが、島根では海が透明で、また、境港では浅くて車を埠頭から捨てられなくて、津山に戻りました。
検 その後、車を捨てる話はどうなったの。
― 中止になりました。麻原の命令が有ったと思います。11月8日の午後、早川が麻原と連絡を取っており、その後から車を捨てる話は出なくなりました。
検 早川が、メンバーに確認したことは。
― 早川が麻原に電話をしているときに「ええっ」と驚いていました。その後で私たちに、「プルシャを落したものはいないか」と確かめていました。中川が「私かもしれません」と言っていました。プルシャを落した場所は言っていません。
検 そのときどう思った。
― 坂本弁護士のアパートかな?最後にアパート内(寝室)を確かめたのに。と思いました。
検 中川が落したことを確認したのはいつか。
― 総本部道場へ帰ってから2〜3日あとです。中川が麻原に「すみません」と謝っていたので、プルシャを落したことを詫びていると思いました。
検 津山から総本部に戻る間に何をしたか。
― 新しい服を買って、古いものは焼却した。早川が「(麻原が)着ていた服を焼却し、新しいものを買うようにとおっしゃっていた」と言った。
検 理由は。
― 証拠隠滅のためと思った。
検 (車の)床のシートを剥して処分した理由は。
― ビックホーンの荷台に遺体を積んでいたため、血など液体が残っていることを懸念したと思います。
検 津山から何処へ行ったか。
― 先に、早川・村井・中川がブルーバードで、富士山総本部へ帰りました。私と新実・端本の3人で2台の車で帰った。
検 どうして早川らが先に帰ったのか。
― 麻原の命令があったと思います。
検 富士山総本部へいつ戻った。
― 11月10日未明か。朝方と思います。
検 その間被告とは連絡をとったか。
― 1度か2度連絡し、帰ることと到着予定時間を伝えました。
検 被告はなんと。
― 気を付けて帰れと。
検 戻った後は。
― サティアンビル4階の麻原の所へ行き「ただいま帰りました」と、新実と端本が付いてきたと思います。
検 報告に対して、被告は何か言ったか。
― 「中川の精神状態がおかしく、2階で集中修行をしている。ブルーバードは他の色に塗り替えるからな」と言っていました。
検 中川の精神面での動揺とは。
― 奥さんと子供を殺した精神の呵責で、動揺があったのでは。目付きがおかしかったのではと思うが。
検 戻ってきた後に事件について聞いたことがあるか。
― 麻原から、ミスチェックと、石井から刑法の条文を聞かされた。坂本一家の転生のことも。
検 ミスチェックとは、いつ、何処で。
― 11月10日に戻って1・2日してから、サティアン4階で、実行犯全員がいた。
検 ミスチェックとは具体的にどのように行われた。
― 中川が麻原に「すみませんでした」と言った。その後、麻原が早川・村井に「手袋をつけていなかったのは、誤算だった」と言っていた。
検 手袋を忘れたことは、何を意味するのか。
― 部屋の中に、指紋を残した可能性についての話だと思う。
検 あなたはチェックされなかったか。
― 「アーナンダ(井上)の名前を使って住所を調べたな。なぜ、そうしたか」と言われた。事件前日にオウムの名前がほかに漏れてはまずいと言うことで、そういったと思う。
検 坂本事件についてどうなったかは、誰から聞いたのか。
― 麻原が「一家3人突然いなくなっても、家出か蒸発と思われる。そんなに問題はないだろう」といった。
検 被告人はどうしてチェックしたのか。
― 実行犯が動揺しているのではないかと思ったのと、それ以外ミスがあったら隠滅しようと思ったのではないかと思う。
検 刑法の条文についてだが、いつ頃か。
― 11月10日の2〜3日後から平成2年1月頃間での間、サティアン4階の会議室で、実行犯6人、麻原と石井がいた。麻原が石井に指示すると、石井が六法全書を図書室から持ってきた。麻原が「刑法のところを開き、殺人についてどうなっているか読んでみろ」と言うと、石井は「3年以上の懲役、最高は死刑」と読んだ。その後、麻原は「共犯者の刑は」と聞いた。
検 石井はなんと。
― 何か答えていたがはっきりと覚えていない。麻原は「そうか。同罪だな」とニヤニヤしながら言った。なぜ、刑法の条文を読むのか不思議だった。私たちの行動は救済であり、ヴァジラヤ―ナの教えにのっとったのに、不思議だなー、と思った。今、振り返ると、麻原は実行犯の動揺を抑え、もう逃げられないと言うことで釘を一本打ったと思う。
検 坂本一家の転生先は、いつ頃聞いた。
― 死体遺棄の後、11月10日に戻って1日か2日後。サティアン4階の瞑想室で、麻原と実行犯全員が集まったとき私が麻原に直接聞いた。「奥さんと子供は何処に転生するのか、ポアされるほど悪行を積んでいたのでしょうか」と。死体遺棄や証拠隠滅したとき、中川・端本・新実とも(岡崎、涙声になる)ヴァジラヤ―ナについて話をしたが、………奥さんと子供の………転生について………話し合ったことがあるので、帰ったら先生に聞いてみようと思っていたからです。
検 被告はなんと言っていたか。
― 麻原は「オウムを妨害するものは悪行を積むのと同じである。悪行を積むものが生きながらえているのは、悪行をさらに積むことだ。悪行を積んでいるものに養われていることも悪行になる。生まれた子供も悪行を積んでいる。ただし、期間が短いからステージは高い」と言っていた。「………子供は動物。奥さんは………餓鬼。………本人は地獄だ」と………
検 それで魂を引き上げたことになったか。
― ………なっていません。その話を聞いたときほかのメンバーも、シーンとなって、受け入れるだけでした。
トンズラ旅行・指紋消去
検 その後、あなたたちは一ヶ月くらい外国へ行っていたね。
― 麻原から、突然の指示で西独のボン、ニューヨーク、インドに出ていました。警察やマスコミの追及を逃れるための、いわば、トンズラ旅行です。 
(先ほどの涙声は影を潜め、一段とトーンを上げ、岡崎特有の名調子。その豹変ぶりからして、やはり、マスコミの定評【どの法廷でも一回は泣く岡崎】にたがわず『泣き場所は、転生の場面』と決めていたのではないかと思えてならない)
検 旅行先で、事件に関して誰かが何かしたか。
― 早川と村井が指紋を消して、指に薬をつけているのを見ました。村井の指は水ぶくれのように膨らみ蛙のようになっていました。早川はどちらかの手首をつかみ、真っ赤な顔で痛みをこらえていた。ボン支部の2階で先生に「指紋を焼いて消せ」と言われて焼いたんです。フライパンに皮膚がついているのを見て、それを私が洗いました。
検 どうしてそんなことやったと思った。
― 早川と村井は坂本さんの家に指紋を残している可能性があり、それで麻原がやらせたと思います。
検 指紋を消したのは、そのときだけですか。
― 平成2年の1月に杉並の選対本部の部屋で早川が中川の手術を受けると言っていました。「指紋が出てきたんですよ。指紋を消せと先生に言われました。今から手術を受けます。豚の皮をつけるんですよ、入らないで」と言っていました。中川は、手術の道具らしいものを持っていました。
  中川は「村井の手術は済んでいます」と言っていました。
マスコミ対策
検 マスコミに、教団として何かしようと言うことはなかったのか。
― 平成元年10月上旬から中旬にかけて、上祐・杉浦実と私が麻原の命令で、サンデー毎日の編集部へ行って「連載の中止と謝罪文の掲載」を要求・交渉をしました。
検 連載とは。
― 10月2日発売のサンデー毎日に、オウムを誹謗する記事が載っており、第1弾としてあったので連載されると思った。
検 その記事を読んだのか。
― 発売当日、道場で読んだ。それ以降は自分で買って読んでいる。
検 新聞や雑誌を買うことが出来たの。
― 選挙運動で、党員獲得や選挙アピールの責任者だったので外出する機会が多く、買うことが出来た。
検 交渉の結果は。
― 編集部に行き編集長代理と交渉したが、結果は決裂でしたのでビラを作って撒きました。
検 ほかに指示はあったか。
― 毎日新聞社爆破の検討を指示された。サティアン4階の会議室に麻原・村井・早川と私の4人で集まり相談しました。麻原は「サンデー毎日は毎日新聞社の4階にある。毎日新聞社に打撃を与えるのが効果的だ」と言った。村井は「トラックに爆弾を積んで、ビルの地下駐車場で爆発させれば効果がある」と言っていた。
  私と早川は麻原に「地下に車が入れるかどうか調べてこい」と下見を指示されました。その日か次の日に下見に行きましたが、チェックが厳しいので入れませんでした。麻原には早川が報告しました。村井は「爆弾が作れない」と言い、計画は消滅しました。麻原の指示かどうかはわかりません。
検 テレビ番組については。
― TBSの番組を潰すという話があり、麻原が上祐・早川に指示していた。後はよく知りません。
検 マスコミのオウム批判と坂本弁護士のつながりは。
― マスコミの報道は、被害者の会からリークされていると思いました。
検 そのことが、坂本事件の原因のひとつと思うか。
― はい、そう思います。
検 7年以上前の事件を、はじめから終わりまで、かなりよく記憶しているが。
― 事件から3ヶ月たってオウムから脱走し、脱会しました。それから6年の間、忘れようにも忘れられない事件だったからです。
検 事件について、今どう思っているか。
― あってはならない大事件。重大事件だと思っています。
午後3時40分閉廷。

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