第二湾岸道路建設と三番瀬再生は矛盾する

〜『産経新聞』が指摘〜


鈴木良雄



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 (2004年)11月14日の『産経新聞』が、三番瀬についてたいへん重要な問題を提起している。
 「三番瀬を横切る予定の第二湾岸道路建設は三番瀬再生とは矛盾する」とし、堂本知事はこの矛盾をどのように解決し着地させるつもりなのか、という提起である。
    《堂本は知事就任直後の平成13年(2001年)10月、知事選の公約だった三番瀬埋め立ての白紙撤回を表明した。環境問題が社会的に注目される中で、堂本の姿勢は脚光を浴びた。14年1月には「三番瀬再生計画検討会議」(通称・三番瀬円卓会議)を発足し、マスコミに大きく取り上げられた。
     しかし、このいかにも堂本らしい政策は、堂本自身を困らせることになる。
     千葉と東京を結ぶ京葉道路や東関東自動車道路などの慢性的な渋滞の解消を理由に、県が国に提出した平成17年度の施策・予算に対する要望書には「第二東京湾岸道路の早期実現」という項目がある。自民党や地元の建設業者の強い要望を堂本も無視できなかった形だが、三番瀬を横切る予定の第二湾岸道路建設は三番瀬再生とは矛盾する。
     要望書には、「早期の事業化がなされるよう、三番瀬再生計画を考慮しつつ、調査等の促進を図ること」と言い訳のような文章が盛り込まれているものの、双方の両立を可能にするビジョンは打ち出されていない。
     堂本は「湾岸道路は国がすぐに実現する話ではない。(トンネルにするか橋形式にするかなどの)道路の形態はまったく白紙だ」と述べるにとどめている。円卓会議がまとめた再生計画と条例要綱案も放置されたままで、条例案はいまだに県議会に提案されていない。
     こうした問題は、堂本が得意なパフォーマンスだけでは解決することが難しい。しかし、矛盾する問題を解決し着地させることが政治の仕事の一つでもある。そう考えれば、堂本政治が、メディアを利用したテクニックだけの表面的なものなのか、本当の政治力を伴ったものなのかを判断する上で、三番瀬問題は絶好の材料となる。(小田博士)》
    (『産経新聞』千葉版、2004年11月14日付))

 「三番瀬を横切る予定の第二湾岸道路建設は三番瀬再生とは矛盾する」という指摘はまったく正当である。
 じつは、この矛盾をマスコミは無視してきた。また、2年間にわたって開かれた三番瀬円卓会議も、この問題の議論をいっさいしなかった。
 私たちは、この点が三番瀬円卓会議の最大の欠陥だと確信している。円卓会議は、根本的ともいえるこの問題をあいまいにしたまま「三番瀬再生計画案」をまとめ、そのなかに三番瀬海域への土砂投入を盛り込んだ。これは、日本の湿地保全の歴史に汚点を残すものだと思っている。


●護岸改修事業は第二湾岸道建設の布石?

 記事が指摘するように、県が国に提出した平成17年度の要望書には「第二東京湾岸道路の早期実現」という項目があり、「早期の事業化がなされるよう、三番瀬再生計画を考慮しつつ、調査等の促進を図ること」と記されている。
 一方、円卓会議がまとめた「三番瀬再生計画案」には、「市川市塩浜2丁目の改修護岸前面における干出域の形成」、つまり浅海域(浅瀬)への土砂投入による人工砂浜(干出域)の造成が盛り込まれている。
 県はこれを受け、「護岸改修」や「三番瀬再生事業」の名によって石積み護岸の建設や土砂投入を大急ぎで進める予定である。
 この事業は、第二湾岸道を建設するための布石と言われている。ようするに、徳川家康が大坂城を落とすために外堀を埋めさせたのと同じである。“第二湾岸道路建設と調和した三番瀬再生”の第一歩でもある。
 しかし、この期に及んでも、「海域のほんの一部をつぶすだけではないか」とか「第二湾岸道を三番瀬に通すことはしないのではないか」などと考えている人がたくさんいる。それが心配である。

(2004年11月)






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