倉阪秀史・三番瀬円卓会議委員への疑問



鈴木良雄



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 「同じ環境アセスメントを専門とする学者でも、原科幸彦・東京工業大学教授とは見識や姿勢がまったく違う」──私がこう思うのは、三番瀬円卓会議の委員をしている倉阪秀史・千葉大学助教授のことです。


●「自然保護団体は護岸問題を戦略に使ってはいけない」はアベコベ

 倉阪氏は、(2002年)12月15日に開かれた第8回「護岸・陸域小委員会」で、まったくヒドいことを言いました。
 同委員会に提示された「護岸・陸域小委員会中間取りまとめ(案)」は、倉阪氏が中心になってまとめたものです。三番瀬沿岸を8つのゾーンに分け、市川塩浜地区の4つのゾーン(猫実川河口、市川塩浜、市川漁港、市川突堤)については、「現状認識」として次のように書いています。
     「鋼矢板による直立護岸であり、護岸高はAP4.5m〜4.9mの間となっている。施行年次は昭和48年である。鋼矢板の腐食、老朽化、護岸高の不足が課題である」
 これがそのまま採用されると、護岸を改修して高い堤防を築くことが最重要課題になります。それも、浅海域の人工海浜化とセットになった堤防です。
 しかし、これまで何回かお知らせしたように、市川塩浜2丁目の護岸は強固なものに改修済みです。工事を手がけた業者は、「最新のコンクリートを使っているので、10〜15年は軽く持つ」と述べています。
 また、「護岸高の不足」という点についても、ほかの地区(船橋、習志野、千葉)の護岸と比べてそんな低くはなっていません。じっさいに、塩浜2丁目(猫実川河口域の後背地)には多数の工場や倉庫が立地していますが、これまで浸水被害を受けたことはないと言われています。水害にあっているのは、行徳漁協や南行徳漁協の事務所がある塩浜1丁目です。
 ですから、大浜清委員(千葉の干潟を守る会代表)が、先の記述は事実と違うので訂正するよう求めました。

 これに対し、埋め立て推進派の落合一郎委員(行徳漁協組合長)や佐藤フジエ委員(市川商工会議所会頭)などがはげしく抵抗しました。
     「我々はこの記述は譲れない。我々がここにいるのだから。年じゅう水害にあっている」(落合委員)
     「なぜ、“海域”(自然保護団体のこと)の人たちが陸域のことまでガタガタガタガタ、護岸の話までしなければいけないか」(佐藤委員)
 というものです。

 倉阪委員は埋め立て推進派の肩をもち、次のように発言しました。
 “人命や財産にかかわることだから、護岸改修問題にこだわるべきでない”と、大浜委員など自然保護団体のメンバーを説教したつもりでしょうが、この発言はまったく不当なものです。
 第一に、「人命とか財産にかかわることだから」は、事実を無視したものです。
 市川市塩浜2丁目は大部分が工業専用地域となっており、住宅などは建てられないことになっています。立派な防潮堤が工業地域と住宅地域の間に築かれており、人命は守られています。この点は、市川市自身が次のように述べています。
     「構造上、高潮対策のなされた堤防が、塩浜体育館と塩浜団地の間を通って湾岸道路と行徳近郊緑地の間を千鳥橋まで一期埋め立ての時につくられており、塩浜団地や学校は守られています」
 倉阪氏はこのことを知っていて、「人命や財産がかかっている」などと言っているのです。

 第二に、「自然保護団体は護岸の問題を戦略に使ってはいけない」と言いますが、そもそも護岸改修問題をもちだしてきたのは、猫実川河口域の人工海浜化をめざしている県(事務局)や、その意向を受けた磯部雅彦委員(東京大学大学院教授)です。
 これに対し、大浜委員や自然保護団体は、護岸改修や防潮堤設置の議論は後まわしにし、三番瀬の保全・再生のために何が必要かという基本的なことをしっかり議論すべきということを再三にわたって主張しています。
 ですから、倉阪氏が言っていることはまったくアベコベです。


●「過剰反応はやめてほしい」と自然保護団体を説教

 倉阪氏は、第5回「護岸・陸域小委員会」(9月22日開催)でも自然保護団体をきびしく批判しました。
 同委員会で市川市民の古井さんは、猫実川河口域の人工海浜化とセットになった堤防を築くべきという主張が多くの委員からだされたことに疑問をもち、傍聴席から次のように発言しました。
     「初めてこの小委員会を傍聴させていただいた。冒頭から、伊勢湾台風並みの高潮が来たら大変だとか、1、2年前の台風で、不法係留されていたプレジャーボートがボンと上がったからこれは大変だということが議論されている。しかし、これらは防災の話であって、三番瀬の再生とは関係のない話だ。これが延々とこの会議でこれまで続いていることに対して、非常に疑問を感じた」
     「高潮を防ぐために6mとか8mという高さの護岸をつくり、しかも波の高さを緩和するためにその前面に人工砂浜をつくるという発想は、三番瀬の再生とは全く逆の方向じゃないかと思う。三番瀬の再生ということはどっか飛んじゃって、単なる護岸、単なる防災のための議論になっていると感じた」
     「『三番瀬の再生』という概念が皆さんの中で共有されてないんじゃないかという気がする。『三番瀬の再生』というのはいったい何なのか。形としての干潟であり砂浜なのか、あるいは多様な生態系が息づいているものを保存する、あるいはそれを育成していくことを再生と言うのか、このへんが全くどっか飛んじゃっている。この護岸・陸域委員会は、再生するために陸はどうあるべきかということを議論すべきだ」
     「高潮対策のための防潮堤の問題は、猫実川河口でいきなり議論するようなことではなく、東京湾全体全体の中の一部の話だ。なぜこれが急に出てきたのかということについて、非常に疑問を禁じ得ない」
 これは、多くの人が抱く当然の疑問です。しかし、倉阪氏は、この疑問にまともに答えず、次のようにはぐらかしました。
     「出てきた意見をすべて整理し、それが漏れ落ちないような形で複数案を書いている。複数案の中には、陸側を削るというものも入れている」
     「古井さんは『8m、6mの護岸が必要であり、これを緩和するために人工干潟をつくる必要があるという説が出てきている』と述べたが、これは、この会議の中の総意とか、そういう方向で腹案があるとか、そういうことでは全くない。そういう疑念を抱いているのは実はNGOの方ではないかと思う。過剰にディフェンシブになっているんじゃないか」
     「一つの考え方としていろいろな案がある中で、一つの案としてそういうものも出されている。(中略)。だから、過剰に反応されないように、こちらからお願いしたい」第5回「護岸・陸域小委員会」議事録を参照)
 要するに、人工海浜化とセットになった堤防設置は、まだ正式に決まっていないので、そんなことを今の段階で危惧する必要はない。それが決まってから発言したり対応すべきであって、自然保護団体は黙って論議を見守ってほしい。──これが倉阪氏の言いたいことです。
 しかし、円卓会議で決まってからは遅いので、私たちは傍聴席から発言したり、意見書を提出しています。環境アセスメントの専門家でありながら、どうしてこんなことが理解できないのか、情けなくなります。


●原科幸彦氏とは見識や姿勢が大違い

 11月4日、「住民参加を考えるシンポジウム」が開かれました。千葉県が主催したもので、タイトルは「今なぜ住民参加なの?〜三番瀬円卓会議から政策提言型の民主主義・千葉モデル」です。
 このシンポに講師として参加した原科幸彦・東京工業大学教授はまず、「環境アセスメントの本質は意思決定過程の透明化である」「環境を守ることが、とても地域にとって大切なことで、しかも経済上のプラスがある」と述べました。
 そして、ロンドン大学が発行している『Built Environment』という雑誌の表紙を見せ、次のようにのべました。
     「この表紙はどこかわかりますか。名古屋港の藤前干潟です。藤前干潟を守ったということがこの雑誌の表紙になってしまったのです。ということは、日本も意外とやるじゃないかということです。藤前に関してですが。つまり、日本は環境に対してどうも配慮が遅れているという印象だったのですが、これに関しては、意外とやるじゃないかということです。だから、こういうことを三番瀬もやってもらいたいのです。大都市の真ん中に自然の緑地、自然のこういう環境を残すということは、欧米といえどもそう簡単ではないのです。アメリカだって簡単ではない。ヨーロッパだって簡単ではない。日本でやったというので、意外とやるじゃないかということだと思うのです」
 原科教授は千葉県幹部や三番瀬円卓会議委員などに対し、大都市の真ん中に自然を残すことは大切なので、「三番瀬は残すべきだ」「守るべきだ」とはっきり述べたのです。
 同じ環境アセスメントの専門家である倉阪氏も、こんな姿勢にたってもらいたいと思います。しかし残念ながら、三番瀬円卓会議などにおいて、倉阪氏の口から三番瀬を残すことの大切さなど聞いたことは一度もありません。


●「ヒトはいなくなったほうがいい」は誰が言っている?
  〜倉阪著『環境を守るほど経済は発展する』〜

 倉阪氏が著した『環境を守るほど経済は発展する〜ゴミを出さずにサービスを売る経済学』(朝日新聞社、今年6月発行)を読みました。
 氏は同書のなかで問題のすりかえをしています。たとえば環境保護論者に対する次のような批判です。
     「環境破壊の根源はヒトであり、環境を守るためにはヒトはいなくなったほうがいいという議論があります。また、環境を保全するために過去の状態の戻るべきだという議論もあります。江戸時代に戻るべきといった極論はさておき、昭和30年代の生活に戻るべきだ、いや10年前に戻るべきだといったことが主張されることがあります。すでに第1章で検討しましたが、私は、このような意見には与(くみ)しません。(中略)ヒトが退出すべき、文化社会を過去に戻すべきという考え方は、環境を守る目的に反している解決策だと考えます」(201ページ)
 倉阪氏は、こんなことをあちこちで書いています。あたかも自然保護団体などがこんなことを述べているかのように、です。しかし、「環境を守るためにはヒトはいなくなったほうがいい」とか、「文化社会を過去に戻すべき」などということを、いったい誰が言っているのでしょうか。それはいっさい明らかにしません。

◇             ◇

 念のためにいわせていただければ、私は倉阪氏にうらみなどがあるわけではありません。三番瀬円卓会議における専門家としての発言や姿勢にかなり問題があると思っているので、批判させていただきました。

(2002年12月)






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