日本人の自然観が問われる三番瀬

〜ホンモノの自然を残すのか、それとも、それを壊して擬似的自然をつくるのか〜


鈴木良雄




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●円卓会議の最大の対立点は市川側海域の扱い
  〜保存するか、それとも覆砂して人工干潟にするか〜

 三番瀬円卓会議で最大の対立点となっていたのは、三番瀬の市川側海域(猫実川河口域)をどうするかということだった。つまり、一方は、この海域を「死んだ海」とし、そこを埋め立てて人工干潟(海浜)にすべきとする主張である。
 これに対し、自然保護団体などは、東京湾の干潟・浅瀬が9割も埋め立てられてしまったなかで、三番瀬はこれ以上つぶすべきでないと主張している。そして、市民調査を継続的に実施し、この海域にアナジャコや稚魚、カニなどたくさんの生き物が生息しており、水質浄化能力も非常に高いことを訴えつづけている。


●市川WGでは、「今の海岸線は動かさない」が合意に

 護岸・陸域小委員会の下部組織である「市川ワーキンググループ(WG)」は、1年以上をかけて、市川側の護岸や海岸線のあり方を議論してきた。
 このWGには、猫実川河口域を埋め立てて人工干潟を造成すべきと主張している委員が何人もいる。しかし、前回(第14回)の円卓会議に提示された市川WGの「暫定とりまとめ」では、「今の海岸線は動かさない」ということが盛り込まれた。これは、海域を埋め立てて人工干潟をつくったりすることはしないということである。

 といっても、漁協、ゼネコン関連会社、産業界代表の委員などは、あいかわらず、市川側海域で人工海浜をつくる提案や意見をだしつづけている。また、旧航路跡地(浅瀬)を覆砂して人工海浜にする意見もだされている。


●市川市や一部環境団体などは、
  今も三番瀬海域の人工干潟化を推進

 このように、一部の委員は、相変わらず市川側海域(猫実川河口域)の人工干潟化を主張している。
 一方、円卓会議のそとでは、地元の市川市と環境団体「三番瀬フォーラム」などが、現状のままでは市民が親しめないなどとして、大規模な人工干潟造成の構想を打ち出している。同フォーラムは、三番瀬再生計画を論議している円卓会議を無視して三番瀬の海域でアマモ移植実験をすすめているが、これは人工干潟造成のデモンストレーションでもある〈注1〉
 そんな市川市と三番瀬フォーラムは、猫実川河口域のあるべき姿として、「三番瀬 海辺のふるさと再生計画」のイメージ図を発表している〈注2〉
〈注1〉アマモ移植実験については、NPO法人「三番瀬環境市民センター」のWebを参照。
〈注2〉イメージ図は同フォーラムのWebに掲載されている。

 この計画は、猫実川河口域を覆砂して人工干潟(海浜)にしたあと、そこに塩田や塩づくり体験施設、木道などを設置するというものである。
 しかし、猫実川河口域には、ドロクダムシ、ホトトギスカイ、エドガワミズゴマツボ、ニホンドロソコエビなど、三番瀬の他の環境条件には存在しない底生生物が多く生息している。アナジャコもたくさんいる。生物多様性の観点からみても、ここを保存することは重要である。また、この海域では浄化作用も活発に行われているなど、三番瀬全体の環境の中で重要な役割を果たしている。こうしたことは千葉県が実施した補足調査でも明らかにされている。

 そんな大切な海域(浅瀬)を埋め立てて人工海浜を造成すべきと堂々と主張するのである。そのような主張や動きをマスコミの一部も後押ししている。東京湾のあちこちで人工海浜を造成しようとしている国土交通省の外郭団体「(財)港湾空間高度化環境研究センター」も強力な支援をおこないつつある。
 また、同フォーラムの活動に共感を寄せている環境団体も少なくない。水中リポーターの須賀潮美氏などもアマモ移植実験に参加し、同フォーラムの活動を支援している。


●日本人の自然観はどうなっているのか

 こんなことをみていると、こういう人たちの自然観はどうなっているのかと思ってしまう。「三番瀬 海辺のふるさと再生計画」の考え方は、貴重な自然林を伐採して人工林を植え、人が入りやすいようにと舗装道路をつくる、さらに売店やレストラン、観察用施設、展望塔などを次々につくるという発想とまったく同じである。

 私は円卓会議を何度も傍聴し、三番瀬海域を人工干潟にすべきという意見をさんざん聞かされた。そのたびに、沼田真氏(故人)や山下弘文氏(同)、星野芳郎氏の言葉を思い浮かべた。


◇「自然をどういう形で維持すべきかについて、正しい認識がない」
  〜元千葉県立中央博物館名誉館長の沼田真氏〜

 千葉県立中央博物館名誉館長や日本自然保護協会会長などをしておられた沼田真氏(故人)は、「日本人の自然観というものを考えてみると、原始的自然はむしろ苦手で、手なずけてペット化した自然に、より愛着を覚えるように思えてならない」「自然をどういう形で維持すべきかについて、正しい認識がない」と嘆いておられた。
 「日本人は自然愛好国民なのであろうか。日本人の自然観というものを考えてみると、原始的自然はむしろ苦手で、手なずけてペット化した自然に、より愛着を覚えるように思えてならない。前に私は、日本の四季と動植物に関する本の編集に関係したことがあるが、ペット的ではなく野生的な動植物をテーマにしようと話題に出すと、『一般的に親しみがないから、俳句の季題になるようなものがよい』という意見が強かった。これが日本人の自然観なのかと考えこんでしまった」
 「ドイツの田舎にしばらく滞在した人にきいた話であるが、その人は訪ねてきた人には、いつも周辺の自然林のネイチャートレール(自然観察路)を案内することにしていた。日本人の場合は『歩いてもべつに何もないんですね。何の設備もないんですね』といった感想が返ってきた。ところが西欧の人の場合は、一様に『すばらしい自然に接することができた。心が洗われるようでとてもよかった』といった反応だったという」
 「日本各地に『県民の森』のようなものがさかんにできた時期があるが、私はその一つの例にかかわったことがある。それは原生林ではないが、明治以後長く人手が入らなかったすばらしい自然林であった。これを『県民の森』にするのには自然観察路があれば十分と思い、そういう意見を述べたことがある。ところがいざ開園というのでいってみると、展望塔あり、茶室あり、外国樹種の見本林ありといった具合で、まったくがっかりした。『県民の森』ということで郷土の自然を楽しんでもらうだけでよいのに、どうしてこんな施設にしたのかと尋ねたところ、『これは私の腕で予算をとって施設を作ったので、当然ほめてもらえるものと思っていた。あなたはこういう事業にまったく理解がない』という。この人は行政官としては有能なのであろうが、自然をどういう形で維持すべきかについて、正しい認識がないようにみえて、まことに残念なことであった」(沼田真著『自然保護という思想』岩波新書)


◇「ありのままの自然よりは、人工庭園のように虫一匹もいない状態こそ、
  人に望ましい自然環境と思う都会人が多い」
   〜技術評論家の星野芳郎氏〜

 技術評論家の星野芳郎氏は、ありのままの自然よりは、人工庭園のように虫一匹もいない状態こそ、人に望ましい自然環境と思う都会人が多いと指摘している。
 「ひと言でいえば、苔寺のように人によってコントロールされた整然たる木立の庭園こそ、人々の理想であり、そこには下生えも雑草も見えなければ、あまりに背の高い樹木もなく、虫一匹もいないという状態こそ、人に望ましい自然環境と思う都会人は多いと、私は推測する」
 「苔寺の木立の美しさは、自然を思うままにコントロールした美しさであって、自然の虚像──花鳥風月の美しさに共通している。苔寺といわず人工庭園の美になじんできた人々には、自然の真実の美しさは見えないのではないか。ファーストフードに親しんできた若者たちが、人間らしい味覚を失いつつある風景とも、それは共通している。私たちが共存すべき自然は、ありのままの素顔の自然であり、自然の生命力に親しみ、まずそれを尊重することこそ、自然との共存の第一歩だと、私は考えるようになった。画家も文学者も、自然の表面の美を写しとるだけでなく、自己の心を自然にかさねるだけでなく、自然の素顔や混乱に満ちたその生命力や、そこに表れる自然の美を描いてほしいと私は思う」(星野芳郎著『自然・人間 危機と共存の風景』講談社)


◇貴重な自然を破壊して疑似自然をつくる考え方をきびしく批判
  〜元日本湿地ネットワーク代表の山下弘文氏〜

 そして、日本の湿地保全運動をリードされた山下弘文氏(元日本湿地ネットワーク=JAWAN代表)は、貴重な自然を破壊して疑似自然(人工干潟)をつくるという考え方をきびしく批判した。
 「日本の官僚や政治家たちは、貴重な自然環境を徹底的に破壊し、それに代わるものとしての疑似自然を、莫大な税金を使って造成し『自然と人間の共生』であると強弁しています。これでは国際的な非難を受けるのは当然でしょう」
 「この提案の最大の問題点は、現実に存在する豊かな干潟生態系をいかに保護・保全して活用を図るかではなく、非生産的な疑似自然を造成し、いかに市民の目をごまかすか、という発想です」(山下弘文著『西日本の干潟』南方新社)
 三番瀬海域の人工干潟化を主張している円卓会議委員や一部環境団体のメンバーなどは、こうした方々の考え方をぜひ学んで欲しいと思う。

(2003年7月)   






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