サンフランシスコ湾に学ぶ沿岸海域の保全

〜ハービィ・シャピロ教授の話〜





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 (2011年)9月24日と25日、「播磨灘を守る会」(青木敬介代表)の創立40周年記念シンポジウムが開かれました。会場は、兵庫県たつの市御津町にある国民宿舎「新舞子荘」です。
 大阪芸術大学のハービィ・シャピロ教授が、サンフランシスコ湾と大阪湾をめぐる行政の姿勢の違いなどをくわしく話してくれました。大阪湾の状況はそのまま東京湾にあてはまります。
 以下はその要旨です。


ハービィ・シャピロ教授の話(要旨)





サンフランシスコ湾と大阪湾



◆サンフランシスコ湾の環境破壊と市民運動の高揚

 サンフランシスコ湾は、1850年代のゴールドラッシュの時代に汚染が始まった。鉱山の乱掘によって水銀などの汚染物質を含む大量の水がサクラメント河とサンホアキン河の両河川を通じて流入したからである。

 サンフランシスコ湾は、湾の大部分が水深6メートル以下の浅瀬である。湿地帯も広がっている。
 埋め立ては湿地帯からはじまった。1950年から毎年、960haが埋め立てられた。1960年には、産業界から埋め立て申請が相次いで出された。それを行政が積極的にバックアップした。

 これが市民運動を高揚させることになった。その運動に議員や議会が呼応し、湾の環境を保全する法制度の立法化活動が活発におこなわれた。この活動によって、行政とNGOが協力して保全にとりくむという形ができあがっていった。


◆埋め立ては最小限しか認められない

 1964年に、カリフォルニア州法としてマクアティア・ペトリス法が制定された。そして、同法にもとづいて「サンフランシスコ湾保全開発委員会(BCDC)」が設立された。

 BCDCは1969年にサンフランシスコ湾計画を策定し、湾の総合的な環境管理体制と基本計画を確立した。1969年に国家環境政策法(連邦法)、1972年に沿岸地帯管理法(連邦法)、1973年に沿岸地帯保全法(カリフォルニア州法)が制定された。そして1977年、水質浄化法(連邦法)が制定され、湾の保全がさらに強化されることになった。

 現在、埋め立ては例外的措置として最小限でしか認められていない。そして、湾内で湿地の再生が行われている。国立野生保護区も設定されている。


◆「サンフランシスコ湾を救え運動」のとりくみ

 サンフランシスコ湾地域では、連邦政府(陸軍工兵部隊)の提案した埋め立て計画が1960年に発表された。
 この計画は、カリフォルニア大学バークレー校教授夫人ら3人をサンフランシスコ湾救済のための市民運動へとかりたてた。3人は環境に関心を持ち、危機を感じていた。

 アメリカの民主主義は、情報公開や、政策決定過程での市民参加、パブリックトラスト(公共信託)の遵守を保障している。
 「サンフランシスコ湾を救え運動」(SSFBA)は、湾の科学的重要性を立証する研究をするように、と湾岸地域(ベイ・エリア)の教育研究機関を説得した。また、市民を啓発し、参加を得るために、メディアを効果的に使った。さらに影響力のある政治家の支持も得て、州政府のサンフランシスコ湾保全開発委員会(BCDC)を設立させた。BCDCは、湾域全体と湾岸地帯の利用計画を立てた。その中には、埋め立てや浚渫の規制が含まれている。


◆市民参加で湿地復元

 BCDCは、過去も現在もひろく市民の支持を得ている。そして、サンフランシスコ湾の埋め立てを止めさせる法的な権限を与えられている。それが約半世紀続いている。

 BCDCは現在、湾の湿地を復元するために湾岸の市民と協働している。これらの活動は、健全な湾、きれいな水と空気、豊富な野生生物、魚類、ボート遊び、そして湾岸公園など、湾とその周辺地域の長期の経済的、環境的な健全さと安全に貢献するものである。
 サンフランシスコ湾は、19世紀以来、湾の3分の1を埋め立てで失った。また、湿地帯の90%以上が埋め立てられてしまった。いまは、ベイエリア(湾岸地域)の多くの市民団体が州や国に働きかけ、買い取り運動を起こしている。塩田地帯6400haを元どおりに復元するとりくみも進めている。

 沿岸地帯の復元プログラムの実行資金は環境庁から提供されている。保全プロジェクトの執行はカリフォルニア州が行っている。それは、地元のNPO、フレンズ・オフ・カリフォルニアをはじめ、多くの市民参加によっておこなわれている。

 その活動の内容はこうである。湾内の建設物沈殿物を減らすため、建設業界への啓蒙活動やワークショップの開催、自治体の現場監督のメンバーへの協力要請をおこなう。また、工場施設の調査やレポートの提出を求め、違反企業に対しては提訴し、告発もおこなう──などである。ちなみに、レポートの文書偽造によって、企業が電力送電停止を受けたり、40万ドルの罰金を課せられた例もある。


◆日本と米国では、行政の姿勢に違いがあり過ぎる

 一方、日本については、まず、開発に対する思想的姿勢が問題点として指摘できる。たとえば初等教育では埋め立てや乱開発を肯定し、開発指向を美徳化している。また、生態系保存の価値が正当に評価されていない。このように、自然や環境に対する理念の欠如が指摘される。

 大阪湾の現状をみると、日本人の宗教的自然感さえも発揮できていない。サンフランシスコ湾では、行政が大規模な埋め立てや破壊の歴史を反省し、湾の乱開発に対して規制の役割を果たしている。ところが大阪湾では、行政(国や府県)が企業とともに大きな開発に期待を寄せている。
 このように、行政の姿勢は、日本とアメリカの間にあまりにも大きな違いがあり過ぎる。

 サンフランシスコ湾では、公共信託の理念を背景に、行政が乱開発の歯止め役を果たしている。また、BCDCは、産業界、行政、市民を取り込んで、その方向性を提起し、湾岸利用の調整をはかるという重要な役割を担っている。

 一方、大阪湾では、生態系管理法も沿岸管理法もなく、公有水面埋立法で埋め立ての手順を定めている。また。国立公園法では普通地域として位置づけられている。さらに、「瀬戸内法」の自然海浜保全条項では、指定地域を限定している。「海岸法」の改正では、市民の権利の位置づけがあいまいである。「大阪ベイエリア法」では、新たな開発を目指している。

 サンフランシスコ湾では、強力な組織が利用の調整と開発の規制をおこない、保全施策や規制法が機能を発揮している。サンフランシスコ湾では、法制定後、埋め立てが許可された事例がほとんどない。こういう事実は注目に値する。


◆大阪湾と瀬戸内海を守るために幅広い共同行動を

 市民運動についても、サンフランシスコ湾の保全法制定過程における市民の果たした役割の大きさや、その後の保全活動への主体的参加の実績をみると、学ぶべき点も多いのではないか。

 アメリカの民主主義の伝統と市民は、BCDCとともにサンフランシスコ湾を埋め立てから救った。市民らは湾の環境を守るだけでなく、湿地復元をめざしてさまざまなとりくみを進めている。

 まだ未熟な日本の「民主主義」や、トップダウン式の政治と文化は、大阪湾地域を守ろうとしている市民や市民団体の努力をほとんど無効にしてきた。その背景には、行政が日本のほとんどの海岸線、沿岸水域の運命を好き勝手にできるようにしてきたことがある。もちろん、そのなかには大阪湾岸も含まれる。

 大阪湾を救うためには、まず、環境教育が市民、政治、行政に必要不可欠である。また、内部からも圧力が与えられることも大切であると思う。
 さらに、さまざまな環境保護団体は、一つひとつの開発プロジェクトに対してではなく、共通の目的であるべき「大阪湾とともに瀬戸内海全体を守る」ために幅広い共同行動を展開しなければならない。


◆大阪湾を救えるのは地域住民である

 こうした市民運動は、関心のある科学者たちと問題意識のある一般大衆からの強力な支持や認知を必要とする。加えて、メディアを効果的かつ継続的に使い、大阪湾の生態的重要性を示し、大阪湾問題に常にスポットライトをあてることが重要である。 大阪湾と瀬戸内海の関係市民は、サンフランシスコ湾地域の住民の経験から多くを学ぶことができる。しかし、大阪湾地域の住民のみが大阪湾を救えるのだ。

(文責:中山敏則)








パネリストの人たち。ハービィ・シャピロ教授は右から2人目





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