スズガモの舞う三番瀬を守る


 日本エッセイスト・クラブ専務理事 辰濃和男




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スズガモの群れ。三番瀬は日本有数のスズガモの
渡来地となっており、冬期は10万羽もやってくる。
  




 三番瀬、をご存じだろうか。
 東京湾に残っている数少ない干潟の一つで、千葉県の市川市、船橋市の南側に位置している。
 この干潟にはスズガモが集結する。毎年、はるか北から飛んでくる5万羽、10万羽のスズガモがここで冬を過ごす。たくさんの種類のシギ、チドリもシベリアからやってきて栄養をつけ、南の国へ去る。
 希少種のコアジサシは日本各地からこの干潟に集まり、集結を終えると一気に南をめざす。ここは渡り鳥の大切な基地になっている。
 
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 9月、私が三番瀬を訪ねた時は、ウミネコ、カワウ、キアシシギがいた。
 草地に座って、なんということなく潮の満干を眺めている人がいる。釣りをする人もいるし、鳥の写真を撮っている若者もいる。一群の子どもたちが干潟の生き物を観察している。
 引き潮になると、次第に黒々とした砂が姿を現す。ゆるやかな起伏があり、むきだしになった砂のあちこちにタマシキゴカイの卵塊がへばりついている。はだしになって海水に入る。水は意外にきれいだ。
 真っ裸の男の子が座り込んで泥遊びをしている。水着の女の子たちがお城を造っている。
 「あ、いたいた」
 「え、どこ」
 子どもたちの声がのびやかな空間にはじける。
 巻き貝がいる。小さなカニがいる。魚がはねる。ウミネコが低空飛行をしている。干潟ではなぜか、お父さんが張り切っている。お母さんは浜でバーベキューの支度をしている。
 
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 この三番瀬を埋め立てて、埠頭用地、幹線道路用地、下水処理場用地などを造る計画があり、千葉県は審議を進めている。なんということかと思う。
 今、日本列島に必要なのは海を埋めることではなくて、「海の聖域」をつくりだすことではないか。わずかに残された貴重な干潟をなぜわざわざつぶしてしまうのだろう。
 ニュージーランドにひろがっているマリン・リザーブ(海の聖域)運動のことを本欄で紹介したことがある。
 北島のレイという町の海辺で、リザーブ第一号を見た時の驚きを忘れることができない。怖くなるほどの透明な海に海藻(かいそう)がゆらめき、怖くなるほどたくさんの魚の群れがあった。聖域では、魚も巻き貝も海藻も一切、とることが禁じられている。
 主唱者のビル・バランタイン教授がいった。「今、ここにはたくさんの子が来ます。子どもに必要なのは、泳ぐ魚を見、海藻に触り、貝やエビを観察し、海の生態系を肌で知ることです。聖域は海の生き物のためのもの、そして人々のためのものです」
 子どもだけではない。たくさんの市民がここに来て、シュノーケリングやダイビングをし、水面下の、万華鏡の世界を楽しんでいる。レイに滞在し、浜辺で過ごした日々の、途方もなくのびやかな時間を今でも思いだす。
 もう一つ、教授が強調したのは魚が激増したことだ。聖域が格好の産卵場所になったからだろう。ふえた魚は近海にひろがり、漁民を喜ばせた。ニュージーランドでは、マリン・リザーブはどんどんふえている。
 三番瀬も魚の産卵場所にふさわしい。干潟があるからこそ魚がふえ、小さな生き物がふえ、その生き物たちがせっせと海水を浄化してくれている。
 
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 三番瀬の浜辺に座って、ゆらゆらとゆれる沖を見ていると、人間が生きるうえで海辺は実に大切な場所なのだということが感じられてくる。潮の満干の緩慢な動きを見ているうちに、己の暮らしのせかしさ、あわただしさが見えてくる。
 海辺にいて時を忘れるのは、忘れ去った暮らしのテンポをからだが思いだそうとするからだ。
 一本の道路、一つの埠頭を造ることの利便性と、一つの干潟を残すことのはかりしれない価値と、そのどちらを選ぶか。
 刻々に変化する海の生態系に驚きの心をもつ。干潟の生き物と無心に遊ぶ。そういう体験の深さは数字では表せない。けれども、数字で表せない世界にこそ、無尽蔵の宝物があるのだ。
 

(本稿は、『朝日家庭便利帳 暮らしの風』1998年12月号に掲載されたものです)   





春の大潮の三番瀬(ノリヒビとハマシギの群れ)




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