「公開自主講座 宇井純を学ぶ」に参加して


千葉県自然保護連合事務局



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 (2007年)6月23日、東京大学の安田講堂で「公開自主講座 宇井純を学ぶ」が開かれました。主催は実行委員会で、参加者は約1000人です。三番瀬保護団体のメンバーも参加しました。


■宇井純さんの生き様
   〜現場主義、反権威主義〜

 ご承知のように、宇井さん(沖縄大名誉教授)は、水俣病の研究や被害者支援などを40年近く続け、公害研究の第一人者として世界的に知られました。
 宇井さんは、企業や行政の側に立つ学者の姿勢を批判し、公害被害者とともに闘う姿勢を貫きました。住民の立場に立ち、全国の反公害運動や環境保護運動を支援しつづけたのです。そのため、東京大学では出世を閉ざされ、「万年助手」の地位に据えおかれました。
 宇井さんはまた、人を育てることに並々ならぬ熱意を注ぎ、1970年から東大を去るまでの1986年2月まで、市民のための公開自主講座「公害原論」をつづけました。この講座は、すぐれた市民運動家も数多く輩出しました。


■実行委員はすべて東大学者

 今回の公開講座は、宇井さんを偲ぶとともに、「宇井さんの言葉と仕事をどのように活かすことができるのか、宇井さんを直接知らない若い世代とともに考えるために」企画されたものです。
 実行委員会のメンバー(12人)は、すべて東京大学の教授や准教授です。その中には、中央省庁や都道府県の審議会委員をいくつも務めている学者がいます。また、中央省庁などから多額の研究費をもらっている学者もいます。
 そんなメンバーが「宇井純を学ぶ」と銘打った公開自主講座を開くというのです。どんな講座になるのかと思い、私たちも参加しました。


■「宇井純を学ぶ」にふさわしかったのは一部だけ

 講師やパネリストの話で納得できたのは3人ぐらいです。
 たとえば原田正純さん(熊本学園大学教授、水俣病研究センター長)は、宇井さんと“闘う戦友”の関係にあり、宇井さんとともに水俣病の解明や被害者救済のために闘いつづけた学者です。
 桜井国俊さん(沖縄大学学長)は、東京大学で宇井さんの姿勢や生き方に共鳴しました。そして、「東大における知の退廃」や「現場を回避する東大の学生・院生」を間近に見て、やがて東大と決別します。桜井さんはこう言います。
 「現場主義、反権威主義で歩いて自ら考え、実践することが求められている。私はいま、歩いて考え実践する若者の育成に沖縄という現場でとりくんでいる」
 そんな二人の話は、「宇井純を学ぶ」にふさわしいものでした。
 しかし、講師やパネリストの話は、全体的にみると、宇井さんの姿勢や考え方とほど遠いものに感じました。
 宇井さんの生き方は、「現場主義」であり「反権威主義」です。また、「行動する科学者」が真骨頂でした。ところが、今回の講座は「宇井純を学ぶ」と銘打っているのに、そんなことがあまり感じられません。「宇井さんの思想をあまり理解していないのでは?」とか「宇井さんとは姿勢がかなり違う」と思えるような講師やパネリストが多かったように感じました。


■中身が濃かった会場発言

 そもそも、宇井さんに学び、環境破壊と闘いつづけている市民運動家や研究者をなぜ講師やパネリストに加えないのか、という疑問があります。
 宇井さんが主宰した自主講座は、現場に向き合ったり、現地で闘っている人たちも講師になっていました。今回の約1000人の参加者の中には、そういう運動家や研究者が数多く見受けられました。ですから、最後の30分ぐらいの会場発言のほうがずっと中身が濃かったと思います。
 たとえば、名著『ああダンプ街道』(岩波新書)の著者である佐久間充さん(元女子栄養大学教授)は、東京大学では助手の地位にとどめられました。宇井さんと同じく「現場主義」や「反権威主義」を貫いたからです。その佐久間さんは、東大で宇井さんとともに「反権威主義」を貫いたことや、「現場主義」によって『ああダンプ街道』を出版できたことなどを発言しました。
 また、住民参加や環境アセスメントなどの問題で行政に意見や提言をつきつけ、環境保護運動などを支援しつづけている原科幸彦さん(東京工業大学教授)も、企業が環境で大儲けすることに疑問を呈する発言をしました。
 率直にいえば、今回の講座は、会場からの発言のほうが「宇井純を学ぶ」にふさわしかったように思います。


■宮本憲一さんの閉会あいさつに感銘

 この点は、閉会あいさつをした宮本憲一さん(大阪市立大学名誉教授、元滋賀大学学長、日本環境会議代表理事)も、同じような思いだったようです。
 宮本さんは、共催の日本環境会議を代表して次のようなことを述べました。



《宮本憲一さんの閉会あいさつ》

     最後の討論は刺激的でした。なかなか白熱的で、心ゆるがす討論をしていただき、ありがとうございました。
     宇井君が生きていたら、「俺の言っていることがやってわかったか」と同時に、「まだ分かっていないのか」という言葉が聞けたのではないかと思います。
     長年にわたって公害問題にとりくんだ私から言わせてもらえば、公害論がわからなくて環境論できるわけがない、ということです。
     環境問題はたしかに幅が広い。景観やアメニティ、地球環境などもあり、非常に多様です。しかし、そういう多様な環境問題の本質はどこにあるのかということは、今の社会経済システムが進行するかぎり、なぜ環境破壊が起こるのか、なぜ被害が弱者に及ぶのか、という公害の問題から解けます。
     そういう本質を究めたうえで、それぞれの新しい問題の究明に適用し、発展させていかなければならないと思います。「公害問題は終わった」とか「これからは環境問題だ」というような姿勢で環境の科学ができるとは思えません。宇井君もそれを言いたいのではないかと思います。
     きょうの話を聞いていて、若い人がふにゃふにゃと言っていることがたいへん気になりました。「もっと公害論を研究してくれよ」と思いました。というのは、私はいま、アスベスト問題をやっています。ご承知のように、2005年6月、非常に勇気ある3人の住民がクボタを告発しました。そのことによって、日本中でアスベスト問題のとりくみがはじまりました。
     私はそれを聞いたとき、衝撃を受けました。わかっていたのになぜ対策を講じたりしなかったのかということです。その後、いろいろなところに足を運びました。クボタや支援団体や尼崎市役所などです。
     その際、被害者の支援にあたった関西労働衛生センターの片岡事務局次長に嫌なことを言われました。
     「この問題で調査に来たのは先生がはじめてです。年とった先生が来るとは思いませんでした。1960年代や70年代だったら、うちのセンターに大学生たちが殺到し、“何かお手伝いさせてほしい”“調査させてほしい”言ったでしょう。しかし、今はまったく来ません」
     これを聞いてずいぶんと考えさせられました。
     コンピューターをながめていて論文がつくれると思っている環境論者の大きなまちがいだと思います。このことを環境経済政策学会の10周年記念講演で若い人たちに率直に訴えたら、関西で数人の大学生が手伝ってくれるようになりました。
     それにしても、そういうことが通ってしまうところに、今の学術研究の問題があることはまちがいないと思います。かつて「公害原論」が東京大学で開かれたときも、そういうことが問題にされたのではないかと思います。
     いま、日本の高等教育と学術研究は、歴史的に最大の危機にあります。GDPに占める高等教育の公的支出は、日本は0.5%でしかありません。欧米は、すべて1%以上かそれに近い状態です。いちばん少ないイギリスでも0.9%です。
     このようにきわめて貧困で、許せない金額のものを土台にしながら、「競争的資金」ということで、国立大学の予算は毎年1%ずつ減らされています。そのため、つぶれる学校がでてきます。地方の大学では、やめてしまわなければならない研究や学部がでてくると思います。
     それでいいのか、ということです。日本の未来とか維持可能な社会を考えるうえで、いちばん大切なのは教育です。そういう事態を基本的に議論しないで、「競争原理」などといって外から資金を獲得してしまうと、公害問題とか環境問題は切り捨てられるでしょう。環境問題は今は花形になっていますが、いずれそうなると思います。
     そういうことで、大学関係者は安易に産学協同、あるいは軍学協同にならないようにしてほしいと思います。これが、宇井君に学ぶということだと思います。




 以上です。
 宮本さんの話に感銘を受けたので、長々と紹介させていただきました。

(2007年6月)




「公開自主講座 宇井純を学ぶ」に約1000人が参加





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