本州製紙水質汚染と水俣病

〜政府対応が百八十度違ったワケ〜


中山敏則



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 (2010年)9月9日の『朝日新聞』夕刊の「えこ事記」が、本州製紙江戸川工場の水質汚染事件をとりあげています。1958年に千葉県浦安町(現・浦安市)の漁師たちが「毒水の放流を停止せよ」と立ち上がった事件です。この事件がきっかけで日本の水質行政は大きく変わりました。


 工場から毒水を垂れ流し


 記事の一部はこうです。
    《人口増が続く千葉県浦安市。東京ディズニーランドがあるあたりはかつて「大三角」と呼ばれた州で、周りにノリやアサリの漁場が広がっていた。日本の水質行政を変えた「事件」は、旧江戸川を挟んで東京都に隣接するこの河口部を舞台に起きた。》

    《漁師たちが異変に気付いたのは1958年4月だった。川面が黒く染まり、河口では魚が浮き、貝が死滅した。たどると、9キロ上流の対岸にある本州製紙江戸川工場に行き着いた。原木を化学的に処理する新装置で生じた黒っぽい水がそのまま流れていた。
     当時の浦安町は、3千世帯の半数近くを漁業が占める漁師町。ノリや貝の養殖のほか、取った魚を船上でさばき、刺し身や天ぷらを客に提供する投網船が盛んだった。客商売にとって、見た目の黒さだけでも死活問題だった。
    「毒水の放流を停止せよ」。6月10日、町民大会に2千人が集まり、決議した。その後、漁民数百人がバスに分乗して国会で陳情、その帰路に工場へ押しかけた。押し問答の末、投石してガラスを割る騒ぎになった。警官隊ともみ合い、100人以上の重軽傷者と8人の逮捕者を出した。
     当時、工場排水を規制する法律はなかった。工場側は、川の水で薄まり安全性に問題はないとの立場だった。いったん停止した運転を一方的に再開する対応が火に油を注いだ。》

    《事件は大きく報じられた。警官隊の行きすぎと水質汚染が国会で論議になる。このころ、工場から出る水の垂れ流しは各地で問題になり始めていた。そして、この年の12月、初の公害法となる水質2法(水質保全法、工場排水規制法)が成立した。
     専門家による国の資源調査会は、この7年前、51年に全国一律の基準を定めた水質汚濁防止法の制定を勧告していた。しかし、省庁間の調整が難航していた。事件の経緯を調べているアジア経済研究所の寺尾忠能主任研究員は「漁民は明らかに被害者で同情された。既存の法律で対応できず、成立を早めた」と話す。》
 この記事には重要なことが書かれていません。それは、水俣病の場合と政府の対応がまったく違ったことです。


 チッソの垂れ流しは、長年にわたり容認


 ご存じのように、水俣病も、工場排水によって不知火海(八代海)が汚染されました。
 ところが、水俣病の場合は、企業(チッソ)も政府も熊本県も、長年にわたって、チッソのメチル水銀(有機水銀)が原因であることを否定しつづけました。医学界の権威者のほとんども水俣病を認めませんでした。
 一部の学者が、チッソの工場排水が水俣病の原因であること明らかにしました。それでもチッソは操業を止めなかったのです。また、政府(経済企画庁、通産省)も、水俣病の原因が工場排水だと知っていたのに、水銀に関する水質規制や排水停止の措置をとりませんでした。チッソの排水はそのまま垂れ流されることになったのです。


 政府の対応が対照的
  〜本州製紙事件と水俣病〜


 これは、政府がすばやく対応し、工業の操業を中止させた本州製紙事件と対照的です。その違いの理由として、2つのことがあげられています。
  • 製紙工場に比べ、チッソ工場は日本の産業界にとって重要な生産工場だった。チッソのオクタノール(塩化ビニールの可塑剤の原料)のシェアは1953年には国内の65%を占めていた。
  • 東京は、公害に対する社会の関心の度合いが高い。
 たとえば、こんな指摘がされています。
    《1958年に、東京の本州製紙江戸川工場から黒く濁った水が江戸川に流れ出たことがある。東京都の排水放流中止の勧告に対して、工場は、排水は無害と主張していったん止めた排水の放流を再開する。反発した漁民は工場に乱入した。
     水俣病の場合と違い、このケースでは、通産省が、東京都や千葉県とともに工場の説得にまわり、工場は浄化設備が整うまで操業を中止した。
     水俣病を担当していた通産省の秋山武夫軽工業局長はこの江戸川のケースにはかかわっていないが、通産省の対応が江戸川と水俣では異なった理由について、1986(昭和62)年の水俣病関西訴訟の証言で、推論だと断ったうえで、製紙工場に比べチッソのような化学工場は、操業を止めた場合の産業界への影響が大きかったこと、東京で排水問題が起きると、公害に対する社会の関心の度合いが高いことをあげている。》(NHK取材班『戦後50年その時日本は 第3巻 チッソ・水俣/東大全共闘』NHK出版)
 これはいったいなんでしょうか。首都東京で工場排水汚染が起こると社会的影響が大きいので、すぐに操業を中止させる。しかし、水俣は大都市ではなく、首都から遠いので、放置しても大丈夫──ということです。
 こんなひどい地方差別があるでしょうか。

(2010年9月)





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