カキ礁の大切さを教えてくれる本

〜フィリップ・キュリー/イヴ・ミズレー共著『魚のいない海』(NTT出版)〜


中山敏則



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 三番瀬保護団体などは2007年4月8日、日本と米国のカキ礁研究者などを招き、「日米カキ礁シンポジウム」を和洋女子大学(市川市)で開きました。


■チェサピーク湾におけるカキ礁の崩壊と復元のとりくみ

 このシンポで、講師のマーク・ルーケンバークさん(ウイリアム・マリー大学教授)は、「チェサピーク湾(米国の東海岸)におけるカキ礁復元と漁業」というテーマでこんな話をしてくれました。
     「在来種のバージニアガキは、かつて米国の貴重な水産業を支え、その漁獲は19世紀後半にピークに達した。しかしそれ以降、漁獲高は減少の一途をたどった。その要因は、過剰な収穫、生息域の消失、水質汚染、堆積物の増加、病害などが総合的に作用した結果だとされている。20世紀の後半には、かつて米国におけるカキ漁業の生産を支えてきたチェサピーク湾地域においても、カキ漁業は事実上崩壊した」

     「カキ礁が失われると、その重要な生態系の恩恵も失われるとの認識が広まってきた。カキ礁は無脊椎底生生物の重要な生息地であり、カキ礁を生息地としている魚類に対しては捕食者からの避難場所とエサ場と提供している。さらに、カキは水中の植物プランクトンと海底の食物網をつなぐ重要な役割を果たしている。また、いくつかの河口域では、カキが窒素循環の重要な一部を担っている。現在、カキ礁の復元に対する努力が払われているが、単に漁業の回復だけでなく、失われた生態系の恩恵を取り戻すことに主眼がおかれている」


■在来種のカキ礁が存在する三番瀬は幸運

 また、アラン・トリンブルさん(ワシントン大学助教授)は、「ワシントン州におけるカキ礁復元の試み」と題し、こう話しました。
     「北米の太平洋岸沿いの河口域における在来カキは、1800年代後半に全域で過剰な収穫の影響を受け、1930年以前には商業的には絶滅してしまった」

     「これに対し、みなさんは東京湾の本来の生息地(三番瀬)で日本産のマガキがカキ礁をつくっているということを発見された。在来種のマガキの研究もできるというすばらしい機会を得ている」

     「私たちは、在来種のカキ礁の復元にとりくんでいるが、それは非常に困難をきわめている。しかし、みなさんはとても幸運だと思う。私たちのように膨大な時間とカネをかけて復元しなくても、そこに在来種のカキ礁が存在するからだ」


■チェサピーク湾のカキ礁崩壊の歴史にふれた本
 〜フィリップ・キュリーほか『魚のいない海』〜

 ところで、チェサピーク湾のカキ礁崩壊の歴史については、この3月に発売された本にも書かれています。フィリップ・キュリー氏とイヴ・ミズレー氏の共著『魚のいない海』(NTT出版)です。
 フィリップ・キュリー氏は、フランス外務省開発研究局の所長と漁業研究センターの所長を兼任しています。イヴ・ミズレー氏は、フランス最大の日刊紙『フィガロ』の科学ジャーナリストです。


■カキ礁崩壊で湾の生態系が完璧に変化

 注目されるのは、カキ礁が崩壊したことによって、チェサピーク湾の生態系が完璧に変化し、海の色が不気味な茶色に変わったという記述です。
    《カキの漁獲により、かつて非常に生産性の高かった生態系の機能は完璧に変化した。チェサピーク湾の水が浄化されることもなくなった。(中略)
     カキは病んでしまい、今では生殖できなくなってしまった。残されたカキが幼生を生んでも、すぐに死んでしまう。海洋環境から酸素が奪われ、生命がいなくなった。生態系が病んでいるのだ。
     19世紀初頭と2007年に撮った写真を比べると、漁船が姿を消し、観光船が登場しただけで、あまり変化がないように思うかもしれない。しかし、最も明白な兆候は、海の色が不気味な茶色になったことである。》
 これは、三番瀬の天然カキ礁を守ることの大切さを示していると思います。
 ところが、三番瀬のカキ礁は有害物だから撤去すべきと叫んでい人たちがいます。某大学教授や、某市民団体などです。愚かで子どもじみた人たちだと思いますが、どうでしょうか。

◇             ◇

 以下は、同書から、チェサピーク湾のカキ礁崩壊と凋落にふれた箇所を抜粋したものです。
 なお、◆印の小見出しは私が付けました。

(2009年5月)




フィリップ・キュリー/イブ・ミズレー共著『魚のいない海』(NTT出版)より

チェサピーク湾の凋落


◆カキにとっての理想的な環境

 生態系には、生物種の増殖を妨げる要因が必ず一つは存在する。
 漁業生産という観点からすると、広大なスペースをもつ海洋は、ほとんど空っぽの状態である。この砂漠のような環境では、生命が宿る拠点は、きわめて希少である。理想的な水温、生殖に適した生息場所、年間を通じて食料を十分確保できることなど、複合的な環境条件が整ってこそ、信じられないほどの生産性が生じる。例えば、ペルーのアンチョビ、ニューファンドランド島のタラ、さらにはチェサピーク湾のカキなどである。
 要するに、こうした条件がすべてきちんと整うことは稀である。水の透明度がきわめて高い57万ヘクタールの壮大な湾を想像してほしい。海底にはカキが大量に生息し、そこにはさまざまな種類の魚、エビ、カニがいる。湾の水深は10メートルぐらい、水温は18度から20度くらいとカキにとって理想的な環境である。また、8つの川から栄養塩類が定期的に注ぎ込まれることで、植物プランクトンの一次生産も盛んである。つまり、完璧な生態系である。

◆カキ1個で1日約250リットルの水を浄化

 カキは層を成して大量に存在することから、この巨大な湾の海水は1週間で浄化され、たぐい稀な透明度を保っている。というのは、1個のカキで1日約250リットルの水が浄化されるからだ。

◆「チェサピーク湾」の意味は「貝にあふれる大きな湾」

 1701年にアメリカ東海岸を航海していた航海者は、チェサピーク湾を発見して次のように述べている。「カキの量には驚いた。船が避けて通らなければならないほど、カキが密集している。……ここのカキは、イギリスでみるカキのサイズより4倍は大きい……。一口では大きすぎて食べきれないことから、私はこれを二つに切って食べている」。
 鈍感な航海者といえども、こうした豊富なカキ資源を放置することはなかった。この湾の名前がすべてを語っていた。「チェサピーク湾」とは、ケベック州やオンタリオ州に位置するアメリカ先住民であるアルゴンキン語族の言葉で「貝にあふれる大きな湾」という意味である。

◆19世紀末はカキの漁獲一色

 海洋に沈む思いがけない富の開拓は、ゴールドラッシュさながらであった。19世紀末ごろには、チェサピーク湾一帯の生活は、カキの漁獲一色となった。
 当時、道路はカキの殻で敷き詰められ、漁師は家賃をカキで支払った。世界最大のカキの生産者であったこの生態系では、すべてがカキを中心に動いていた。
 チェサピーク湾のカキは一気に漁獲された。金や銀の鉱山に群がってきた労働者と同様に、数百万ドルの価値があるこの生物資源を目当てに、いたるところから人々がやって来た。労働者の間で紛争も勃発(ぼっぱつ)した。徒党を組んだ労働者どうしや、ときには家族どうしでさえも、漁獲したカキの分け前で争いが起こり、海上や陸地で発砲騒ぎが起きた。
 1830年には、カキは特別列車でアメリカ内陸部にまで輸送された。1860年代には、缶詰技術の発達にともない、カキの漁獲量は急増した。カキの漁獲史を辿る博物館では、当時いろいろな企業が製造していたさまざまな大きさの缶詰が数百個展示してある。
 1834年にはカキを扱う工場は一社だけであったが、漁獲量が急増することで、工場の数は98カ所にまで増えた。

◆乱獲によりカキ礁は完全に破壊された

 ところが1840年から1890年にかけて、貝桁網を乱用したことにより、カキの生息域全体が破壊されてしまった。
 1879年には、1万3748人の船乗りが3275隻以上の漁船を使って、年間43.4万トンの漁獲量があった。そしてさらに漁獲圧力を強めたところ、1889年に漁獲量は61.5トンに達した。
 しかし、ついに資本は尽きた。カキの生殖や生息地域に深刻な問題がもち上がったのである。サンゴ礁とほんの少し似たところのある、数百年にわたるカキの堆積により構成された生息地は、完全に破壊されてしまった。カキは自分の幼生を貝殻に付着することが困難になった。
 1890年から1910年にかけて、漁獲量は8万トンに減少し、海中に残ったカキには悪性ウイルスが蔓延した。漁獲量は微々たるものとなった。今日、漁船の数は6隻だけとなり、カキの生産量は少なくともピークの1%未満にまで落ち込んだ。

◆カキ礁崩壊で湾の生態系が完璧に変化。海の色が不気味な茶色に

 カキの漁獲により、かつて非常に生産性の高かった生態系の機能は完璧に変化した。チェサピーク湾の水が浄化されることもなくなった。
 カキという失われた天の賜物の代わりにカニが登場したが、カニの個体数も減少している。水中に貝桁網を通すと、泥をいっぱいに含んだ、死んだカキが捕獲できる。これはハゼなどの小型魚が卵を産みつける棲(す)みかとして利用している。
 カキは病んでしまい、今では生殖できなくなってしまった。残されたカキが幼生を生んでも、すぐに死んでしまう。海洋環境から酸素が奪われ、生命がいなくなった。生態系が病んでいるのだ。
 19世紀初頭と2007年に撮った写真を比べると、漁船が姿を消し、観光船が登場しただけで、あまり変化がないように思うかもしれない。しかし、最も明白な兆候は、海の色が不気味な茶色になったことである。カキの養殖が天然カキの漁獲に取って代わったが、消費者はこれにおそらく気がつかなかったであろう。たった一人の生産者がチェサピーク湾のカキの販売を請け負っており、この生産者が天然のカキの市場価格を支配している。天然のカキはぜいたく品となったのである。





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