三番瀬の微生物が教えてくれたこと

〜顕微鏡でのぞく三番瀬の世界〜


 文・写真:三番瀬を守る署名ネットワーク 川西清子





●干潟は生命の満ちあふれた場所

 ひょんなことから、わが家に顕微鏡がやってきて1年半、まったくの素人ながら、自宅で気ままなミクロ・ウォッチングを楽しんでいる。
 たとえば、初夏の三番瀬で小さな海藻を拾ってくる。藻の先端をほんの少しと海水を一滴、スライドガラスにのせてのぞいてみる。すると、そこにはあっと驚く豊饒の宇宙が広がっている。海藻の表面には、びっしりとミクロの植物が付着し、その間をぬって不思議な形をしたさまざまな原生動物たちが行き交い、さながら小さな牧場のようである。
 あるいは、プランクトンネットで海水を濾(こ)しとってみる。ネットの先端にたまったフィルムケース一杯分ほどの水は、あげてみるまで中身のわらない宝石箱である。春先なら、精巧な工芸品のような浮遊ケイソウが無数に入っていて目を奪われるし、夏場の赤潮の水などは、一滴の中に何百という渦鞭毛藻類がうごめいて、水がギラギラと盛り上がって見えるようである。
 これらの微生物たちが、ふだん、専門家以外の人にはほとんど知られていないのは、本当に残念なことである。ひとたび顕微鏡をのぞいてみれば、だれでも干潟がどれほど生命に満ちあふれた場所であるかが一目でわかるだろうに……。


●人間がつくりだした汚れを微生物が浄化

 三番瀬の干潟の浄化能力は、13万人分の下水処理施設に相当するといわれている。これは、干潟には水の汚れを食べて浄化してくれる生き物が非常に多く住んでいるということを意味している。
 三番瀬の砂と水をジャムなどの空き瓶に入れて持ちかえり、夜、水が澄んで落ちついた頃に、横から懐中電灯の光を当ててみよう。昼間は何もいないように見えた砂の表面には、なんと体長数ミリほどのゴカイが無数にいて、2本の長いひげをブンブンとせわしなく振り回しているではないか。20倍程度の実体顕微鏡でさらによく見ると、ゴカイは長いひげの先端で砂粒をたぐり寄せている。すると、砂粒はまるでベルトコンベアーに乗ったようにひげの上をなめらかに滑ってゴカイの口に運ばれ、そのまま丸呑みされていくのである。このようにして、砂の表面に付着した有機物やバクテリアを食べているものと思われる。
 それからまた、プランクトンネットの常連であるゴカイの赤ちゃん……。体節に長い毛が生えているので、一見、毛虫風であるが、じっと見ているとその仕草はなんとも愛らしい。スライドカラスに垂らした一滴の水の中を元気よく泳ぎ回り、ときどき、きゅっと体を縮ませたり、ウンチをしたり、ほっべた(?)に生えているプロペラのような毛を絶え間なく動かして、水の中の汚れを掃除機のように吸いとって食べているのがわかる。
 ゴカイは、こんな、体長1ミリにも満たないけしつぶのような頃から、水質浄化ひとすじに生きているのである。そして彼らが食べている汚れとは、元をただせばほかならぬ「私」がつくりだしたものではないか……。ひたすらけなげに、自らの務めを果たそうとしている、これらの小さな生命たちと向きあうとき、私は、ヒトとして生まれたことがしみじみと恥ずかしくなってくくるのである。IT革命だ、遺伝子操作だとまるで天下をとったような人間であるが、その実は、こうした小さな生き物たちに全面的に支えられて、やっと生きているのではないだろうか。


●すべての生物が支えあって生きている

 ミクロの世界に接していると、この世界はけっして人間中心にはつくられていないということをつくづく感じる。普段あまり意識することはないけれど、私たちの周りには、精妙な自然のメカニズムが網の目のように張りめぐらされている。そして、ヒトも鳥も微生物も皆、生命誕生以来36億年もの時間をかけてつくりあげられた自然界の中で支えあい、つながりあって生きているのである。干潟埋め立ての是非を云々する以前に、いったい私たち人間は誰のおかげで生きていられるのかを、まず考えたい。「共に生きる」ということを忘れた人類に、未来はない。何の専門知識もないけれど、これだけははっきり言える気がしている。

(2001年9月)  








S字ケイソウ (400倍)


左右対称の模様が美しく、ブローチにしたいようなケイソウ。泥の上を、しずしずと這い回って生活しています。ちょうど、静かな湖に浮かぶボートのような動きです。








干潟の泥の中で見つけた美しい造形 (100倍)


これは、浮遊性のケイソウの殻だけが残って、泥の中に埋もれていたものと思われます。 Cosmodiscusという種類です。








ゴカイの幼生 (40倍)


ゴカイの赤ちゃんは、体長1ミリたらずです。活発に泳ぎ回りながら、まるで掃除機のように、水の汚れを吸い取っています。ゴカイは、こんな、けしつぶのような頃から、水質浄化に立派に貢献しているのです。









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