風呂田氏の論文に対する批判的感想


伊藤昌尚(日本湿地ネットワーク=JAWAN運営委員)




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 東邦大学教授風呂田利夫氏の「地域資産としての東京湾三番瀬猫実川河口沖の干潟再生――保全生態学と地域づくりの視点から」と題して「環境と公害」2005年7月号に掲載された論文について、東京湾三番瀬の保全に関心を寄せる一人として批判的に感想を述べたい。


1.三番瀬再生計画案の基本理念を尊重すべきである

 三番瀬の再生とは、過去の見境のない埋め立てや乱開発により損なわれた生態系、その他の自然環境を取り戻すことが目標(注1)である。また、三番瀬の再生は、千葉県や市川市などが推進した埋め立て計画が世論の厳しい批判を受け、計画の縮小と見直しを行い、最終的に白紙撤回された反省の下に謙虚に検討されるべきものと考える。

 2004年1月に三番瀬再生計画検討会議(円卓会議)が千葉県に提出した三番瀬再生計画案においては、「海域をこれ以上狭めないことを原則として三番瀬の再生を実施する」(注2)とし、「現在の海岸線は基本的に動かさない」(注3)旨記していることは、三番瀬関係者全体の合意事項として尊重されなければならない。

 風呂田氏は三番瀬の環境修復という名で猫実川河口域に大規模な人工干潟を造成する理由を展開しているが、この人工干潟造成の目論見は東京湾三番瀬の海域を人為的に狭めると言う点においては、1993年3月市川二期地区470ヘクタール土地造成計画、1999年6月発表の見直し案101ヘクタール埋立計画の再提案に近いと思われるところから、堂本知事による三番瀬埋立計画の白紙撤回を踏まえておらず、20世紀型公共工事推進の時代のままであり、過去の誤りを再び繰り返す可能性を伴うものと危惧する。

 自然再生にあたっては、21世紀を迎えた今日、真の自然再生を目指す方向性として、ガイドラインを示す必要がある。国際的見地から2002年のラムサール条約締約国会議において採択された「湿地復元の原則とガイドライン」に沿い、湿地復元における「最終目標」「目標」「達成基準」(注4)を明確に理解し、提示することは再生の成功のために非常に重要である。三番瀬再生計画の具体化にあたっては、ガイドラインとの整合性に配慮することが求められます(注5)


2. 猫実川河口域は大潮時には広い干出域が出現する

 2005年7月23日、猫実川河口域において生物調査を実施したところ、最大干潮時には猫実川河口から塩浜3丁目と2丁目にかけて1,000m余り、塩浜護岸から沖合約500mの辺りまで潮が引き、目視による観察では潮溜まりや歩行が楽に可能な浅場を含めて、概ね30ヘクタール(300m×1,000m)の地域が干出した状態であった。三番瀬全体では大潮時の干出域は概ね140ヘクタール(注6)とされているので、猫実川河口域の干出域(干潟)は概ね30ヘクタールとしても、三番瀬全体の干出域の21%以上を占めており、三番瀬の干出域として相当な位置を占めていることになる。同日、同時間帯に千葉県による海域地質調査が行われ、県の調査担当者も干出範囲を確認したものと思われる。

 風呂田氏は猫実川河口部沖について、「ほとんどの海域は大潮時も干出しない(写真−1)」(53頁)と述べているが、大潮時に広い範囲が干出することは、数年間にわたる三番瀬市民調査に参加した者の間では経験的に周知のことである。


3.人工干潟造成は税金の使い道として賢明ではない

 人工干潟や人工海浜はその機能において自然干潟・海浜に及ばないことはご承知のとおりである。自然の土砂供給が無いゆえに人工干潟を造成したのであれば、人工干潟に自然的に土砂が供給されることは論理的にありえないことが自明である。造成後はどのような土砂流入を期待するのであろうか。

 実施された人工干潟造成の結果は広島県五日市人工干潟(注7)のように失敗とされた事例は多い。投入された土砂は潮流により暫時流出しがちであり、台風などの影響で一気に流出することも各地の人工干潟の現場での悩みごとである。また、そのまま放置したのでは底質はその海域の固有の性質に従って数年に経たずに変質していかざるをえないのは明らかである。そのため行政による公共工事として土砂を延々と供給する役割を引き受けることなくして外見上からも維持継続は困難となる。人工干潟・人工海浜の中には維持管理を放棄した事例もある。人工干潟造成は税金の使い道として決して賢明とはいえない。

 市川市のまちづくり懇談会などではラブ・イズ・マネーと語る委員も存在する(注8)のであるが、人工干潟造成は右手で自然再生を振りかざしながら、左手で旧来型開発工事を促進しようとする開発業者に組みするのと同列になりかねない面は否めない。人間が傷つけた環境の修復は人間社会の責任であるから、自然再生事業のにせものの類は防止していかねばならず、まさに学識者や専門家の見識に期待する所以である。


4.新浜人工潟湖について

 風呂田氏は行徳鳥獣保護区内にある新浜湖について、造成直後から干潟底生生物ならびに魚類のすみやかな進出みられ、また最近カワアイが発見され、新たな個体群が形成され、本種が湾の絶滅を阻止していることを挙げ(56頁)、人工干潟造成を評価している。
 しかし、新浜湖全体の歴史的経過にもとづいて実態をみればその評価はとても適切なものとは言いがたい。

 行徳観察舎友の会機関誌「すずがも通信」1986年11月号によれば「保護区が造成されてから既に12年が経過し、特にここで繁殖する鳥や餌場として利用する鳥は数、種類は少ないばかりか、この3、4年はむしろ減少傾向にあり、かつての“新浜”とはほど遠い状態です」と記され、また2000年2月号によれば1986年当時を「保護区内でも、陸地部分には雨水を水源とする淡水池があったものの、それ以外はセイタカアワダチソウを中心とした草原となり“水鳥”の楽園とは程遠い状態になりつつありました」と記している。関係者にとって決して期待されるような環境では無かった実態は明らかである。

 創刊以来151号におよぶ機関誌には、行徳観察舎の関係者は丸浜側の水車による浄化実験(1986年)、淡水池の造成(1987年)、みなと池造成(1993年)、再整備工事第1期(1995年)、再整備工事第2期(1996年)と複数の実験を試行し、自然環境の貧弱さと生物減少の圧力に立ち向かい現在に至っていることが縷々記されており、30年にわたる環境復元への献身的な努力と苦闘の歴史と言えよう。

 カワアイが新浜湖で発見されたことは喜ばしいことかも知れないが、2005年4月号では同生物調査に対して生物相は「数でもハゼ科がほとんど占められていて小櫃や葛西と比べてもかなり偏っており、バリエーションに欠ける」との指摘をしている。
 新浜湖30年の実態は風呂田氏の主張とは異なり、人工潟湖造成の評価には再考の余地があることを示している。


5.風呂田氏の「望まれる」「求められる」とする内容の疑問点

 風呂田氏は論文中で「望まれる」、「求められる」として、例えば
    (1)干潟の地形的多様性が生物の多様性と成長を支えており、干潟生態系の修復のためには移行地帯として原風景を備える干潟地形そのものの再生が望まれる(54頁)。
    (2)海岸部での人為的改変が著しいうえに、都市近傍の自然環境として人間社会との関係が特に強く求められる海域である(57頁)。
    (3)自然的土砂流入過程を再現した覆土による河口湿地と干潟の再生が望まれる(60頁)。
 と述べているが、これらのことが果たして三番瀬にとって良いことなのか疑問である。
(1)については干潟や浅海域は生物多様性を支えているのであるから、まず優先的に保全を考慮すべきである。(2)については人為的改変を諸悪の根源と知りながら、人工干潟造成に執着するのは矛盾である。(3)については覆土すなわち際限のない人為的土砂投入を自然的土砂流入と言えるのか大いに疑問である。

 土砂の流入があるから干潟が形成できるというのはあまりに単純化である。土砂投入による人為的改変は現在ある自然の干潟・浅海域に対して致命的な破壊をもたらす結果としかならず、元の環境に戻ることを不可能とする事態を招き、後世に禍根を残す懸念は充分あると考えねばならない。


6.猫実川河口域の泥干潟環境とカキ礁生態系は保全すべきである

 猫実川河口域は風呂田氏も認めているように三番瀬の中で独自の環境と生物相を有している。三番瀬市民調査の会の調査で確認した生物数は100種以上である。沖合500mには国内最大級のカキ礁が存在し、千葉県レットデータブック記載の希少種5種ウネナシトマヤガイ、ヤマトオサガニ、マメコブシガニ、ミズゴマツボ、カワグチツボを含む豊かな生物相により総合的な生態系を形成している(注9)。マガキの群集体であるカキ礁は身近にありながら生態系としての価値や重要性は今まで見逃されていたが、三番瀬市民調査の会により新鮮な驚きとともに発見されたものである。

 猫実川河口域のカキ礁にはウネナシトマヤガイが1m2に300個体も生息している。ウネナシトマヤガイは横浜市鶴見区、多摩市など関東一円で縄文時代地層よりマガキ化石とともに採集されている(注10)のはよく知られており、東京湾では8000年〜6500年前の昔よりふつうに生息していた。
 風呂田氏はウネナシトマヤガイの外来生物の可能性について言及しているが、「可能性がある」という言葉はあいまいであり、有無のどちらとも捉らえうる不確かな用語である。風呂田氏自身も「証拠がないので今のところ黒とは言いがたい」(注11)と頼りない言い訳を持ち出している始末である。

 カキ礁には、(1)海水の浄化能力(2)漁礁の効果(3)産卵場所の役割(4)強い波から護岸を守る機能などがあり、漁業や防災上からも有益な場所である。
 三番瀬の漁業者が「海にいろいろな生き物がいないと漁業は成り立たない。あそこが埋まったらゲームオーバーだ」(注12)と述べた経験的知見に真剣に耳を傾けるべきである。水産有用種に偏りがちな少数の生物の生産だけを目的にしていては、漁場を再生するどころか長期的に健全な漁場としての生命を絶たれてしまう結果となるだろう。

 三番瀬再生計画案では「猫実川河口ゾーンは前面に三番瀬で唯一の泥質干潟が広がることから保存すべきである」、「市川市所有地から猫実川側の区域は貴重な泥干潟を保存するゾーンとし、人が自由に海域に降りられない構造とすべきです」(注13)と明記され、「干出時に干出する干潟を再生することによって、アサリなどの底生生物の増加が期待されますが、一方では現在の泥干潟を砂浜に変えることは生物や環境の多様性を失わせることにもなります」と注意を促している。「湿地再生の原則とガイドライン」では、「再生をするという約束と引き換えに、質の高い野生生物生息地や生態系を失ってしまうような事態は、避けなければならない」(注14)と的確に述べており、国内最大級のカキ礁生態系を包含する猫実川河口域の豊かな生態系は損なわれてはならないのである。

(2005年9月)





参考文献(注記)

 (1) 自然再生推進法(平成14年法律第148号)第二条(定義)
 (2) 三番瀬再生基本計画案(2004)第二章4水・底質環境p90-91
 (3) 三番瀬再生基本計画案(2004)第二章5海と陸との連続性・護岸p100
 (4) ラムサール条約決議[-16「湿地復元の原則とガイドライン」付属文書
 (5) 三番瀬再生基本計画案(2004)第一章3三番瀬の再生の概念p42
 (6) 市川二期地区・京葉港二期計画に係る補足調査結果報告書現況編Tp645
 (7) 人工干潟実態調査委員会(1998)人工干潟調査報告書広島・五日市人工干潟、
    葛西海浜公園東なぎさ、大阪南港人工干潟
  (8) 第10回市川市行徳臨海部まちづくり懇談会議事録(2003年7月25日)
  (9) 高島麗(2004)三番瀬における市民調査-猫実川河口域に広がるカキ礁報告-
  (10)多摩市「市史39号」<参考12>流域の地形と海岸線の変化
 (11)第16回市川市行徳臨海部まちづくり懇談会議事録(2005年3月9日)
 (12)サンデー毎日(2005.7.24)埋め立て中止の三番瀬に「人工干潟」計画!?
 (13)三番瀬再生基本計画案(2004)第二章7海や浜辺の利用p123、p126
 (14)ラムサール条約決議[-16「湿地復元の原則とガイドライン」付属文書










潮が引いた猫実川河口域(2005年7月23日)








アナジャコの巣穴数調査(2005年7月23日)








干出するカキ礁とタイドプール(2005年7月23日)








ウネナシトマヤガイ(2005年4月10日)









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