湿地保全の流れに逆らう

 三番瀬埋め立てキャンペーンの本

  〜市川市が『三番瀬の再生に向けて』を出版〜


石井伸二



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 三番瀬(猫実川河口域)の埋め立てを主張している市川市は4月、市のとりくみや考え方をまとめた本を出版した。本のタイトルは『三番瀬の再生に向けて──地元市川市の挑戦』である。A5版、328ページ、1000円で5000部を作成し、市川市内の書店や市役所内で販売している。
 三番瀬の歴史、埋め立て実現をめざす市のとりくみのほか、藤前干潟など国内外約20カ所の視察結果などを掲載し、結論として三番瀬市川側(猫実川河口域)の大規模な人工干潟化構想を打ち出している。
 若干のコメントを加えながら、どんなことが書かれているかを紹介したい。


■埋め立て中止を批判

 市川市はかつて、三番瀬の470ヘクタール埋め立て計画(京葉港二期・市川二期埋め立て計画)や、縮小見直し後の101ヘクタール埋め立て計画を積極的に推進していた。しかし、埋め立て計画の白紙撤回を掲げて当選した堂本県知事は2001年9月、埋め立て計画を撤回した。
 市川市は本のなかで、この撤回を批判している。「埋立途中で放置された海辺」という見出しをつけ、次のように書いている。
 「一期埋立事業(昭和50年竣工)の後、二期埋立計画はすぐに実施されるはずだった。しかし、全国的な環境意識の高まりの中で、検討に長い期間を要し、(中略)その間に市川市の臨海部には様々な問題が発生してしまった」
 つまり、埋め立てが中止されたためにさまざまな問題が発生したと言っているのである。
 こうも書いている。
 「一期事業が終了次第、二期埋立計画を進めていくことは、自明のことであった」


■猫実川河口域を「ヘドロ状」「死んだ海」などとしている

 三番瀬の現状認識も相変わらずヒドイものである。猫実川河口域はヘドロ状になっているとはっきり述べている。
 「猫実川河口周辺は潮の流れが悪いことから、繁茂した海藻のアオサ(アナアオサ)が堆積腐敗して、ヘドロ状となっている。漁場としては利用できない環境となっている」
 また、次のような漁業者の声を掲載している。
 「豊漁の年も、青潮が出ると1日でアサリが全滅してしまう。青潮が出る海は、死んだ海だ」
 「猫実川河口部分のたまり水が干潮時にひどく臭う」
 「猫実川河口部は海水の停滞域になっているのが問題である。上げ潮、下げ潮があってはじめて海であるが、あそこは池である。流れがないと海は正常でない」


■「今になって自然を壊すなと言っても、それはおかしい」
  〜自然保護を批判する声を数多く掲載〜

 「三番瀬を守る署名ネットワーク」や「千葉の干潟を守る会」などの環境団体は、東京湾の干潟が90%も埋め立てられた中、これ以上埋め立てるべきではないと主張しつづけている。また、朝日、毎日、読売の3紙が県知事選挙の際におこなった県民世論では、埋め立て中止をもとめる声が多数だった。
 しかし、この本は、こんな声は紹介していない。逆に、こんな声や主張を批判する意見を一方的にたくさん載せている。
 「われわれはすでに環境を破壊した上に住んでいるわけで、開発されることで経済も発展してきた。住んでいる人もしょうがないと思ってきたはずです。今になって自然を壊すなと言っても、それはおかしいような気がします」(行徳地区自治会連合会会長)
 「よそから来た人は行徳の海はいい海だから、今のまま残せというけれど、漁のできない海のどこがすばらしい海かと言いたい」(南行徳漁業協同組合専務理事)
 「キーワードはサスティナビリティ=持続可能性である。環境は大事だが、経済も必要である」(川口有一郎・明海大学教授)
 「環境保護のために漁業、企業などの経済性が成り立たないようではサスティナビリティではない。また、声の大きな団体だけの意見が通るのではなく、いずれの主張も公平に扱われるべきである」(同)
 「環境を整えるために、手を入れることすら悪だと決めつける人がいる」(漁業者)


■藤前干潟と三番瀬の違いを強調
  〜「三番瀬は埋め立ての代償として干潟を造ろうとしたのではない」〜

 藤前干潟では、人工干潟は自然干潟に及ばないということが明らかになり、埋め立てが中止になった。しかし市川市は、三番瀬の101ヘクタール埋め立て計画では、埋め立ての代償として干潟を造ろうとしたのではないから、これをそのまま三番瀬にあてはめるのは間違いだとしている。
 「藤前干潟は、三番瀬の埋立計画を検討している最中に、まさに大きな話題になり、三番瀬に対しても強い影響があった。藤前干潟の埋め立てでは、代償として人工干潟をつくる計画があった。調査をした結果『人工干潟は自然干潟に及ばない』という報告され埋め立てが中止された。三番瀬でも、それをそのまま当てはめて人工干潟を否定する根拠とされた経緯がある。しかし、三番瀬では、埋立見直し計画地に干潟は無かったし、その代償として干潟を造るということではなかった」
 「だから何なんだ」と反問したくなる。要するに、市川市は、三番瀬は干潟ではなく浅瀬(浅海域)を埋め立てて人工干潟をつくろうとしたのだから、藤前干潟とは違うと言いたいのである。


■「人工干潟でも都市部では貴重な自然」

 何としてでも猫実川河口域を埋め立てて人工干潟を造りたいために、こんなことも述べている。
 「『人工干潟は自然干潟に及ばない』と言われている。しかし、埋立地に囲まれ、地盤沈下で干潟が水没してしまった三番瀬のような都市部の海では、人工干潟でも貴重な自然である」
 三番瀬は、「東京湾の生命のゆりかご」「生き物の宝庫」「大都市のすぐ近くにある貴重な自然」などと呼ばれている。とくに、市川市が人工干潟をつくろうとしている猫実川河口域は、小魚のエサとなるドロクダムシやアミ類が大量に生息するなど、三番瀬でもっとも生物が多い浅瀬である。アナジャコもたくさん生息しており、高い浄化能力を誇っている。
 そんな大切な海域を埋め立てて人工干潟をつくろうとし、「人工干潟でも都市部では貴重な自然」などとヌケヌケと言うのである。なにをかいわんや、である。


■サンフランシスコ湾の湿地修復を歪めて紹介

 サンフランシスコ湾(米国)における湿地修復の視察結果を長々と紹介し、次のような感想を述べている。
 「40年前の最も良い状態の干潟に戻す計画を進めている。将来を見越して修復作業に取り組む前向きな姿勢に感銘を受けた」
 市川市は、昔の三番瀬の状態に戻すために、将来を見越して猫実川河口域を人工干潟化したい、と言いつづけている。この記述は、それを正当化するために書かれたものである。
 「(ビジターセンターで)三番瀬の現状を説明し、海の再生について議論を行った。パロ・アルト市の方は、どうして再生計画ができないのか理解ができないようだった。『三番瀬では、様々な意見があって、なかなかまとまらない』と言うと、『サンフランシスコ湾には計画の是非を判断する組織がある。きちんと市民に情報を公開し、意見を聞いて計画をつくる。それをその組織で判定されたら、反対があっても速やかに事業を実施する』のだそうだ。そうした判定の仕組みがあることは、サンフランシスコ湾と東京湾の大きな違いである。いたずらに、議論ばかりを長引かせることはない」
 これは、三番瀬円卓会議に対するあからさまな批判である。議論は早く打ち切って、再生計画(つまり、浅海域の人工干潟化)を決め、反対があっても速やかに事業を実施すべきだということを言っているのである。
 この本は、サンフランシスコ湾の湿地修復を長々と紹介しながら、肝心なことを隠している。それは、サンフランシスコ湾では、堤防を撤去し、いちど埋め立てた土地を湿地に戻すとりくみをしていることである。
 ところが市川市は、同市内の埋め立て地で湿地復元をめざす市民提案に強く反対している。逆に、生き物がたくさん生息する貴重な浅海域を埋め立てて人工干潟をつくろうとしている。サンフランシスコ湾での湿地修復とは似て非なるものである。
 日本の湿地保全に尽力された故・山下弘文さんはこう述べている。
 「干潟の先進地であるオランダでは、15年計画で、干拓地を元の干潟に回復する国家事業が開始されました。アメリカのサンフランシスコ湾でも、堤防を撤去し、干潟を回復し、環境教育の場としてよみがえらせています。こうした自然保護の先進国に比較して、なんとわが日本の干潟保護行政の貧しいことか……」(『西日本の干潟』南方新社)
 まさに、市川市は、貧しい干潟保護行政の見本である。


■浅海域の人工干潟化を描く
  〜「三番瀬の再生イメージ」〜

 市川市は、この本の結論部分として、三番瀬の市川側海域で大規模な人工干潟をつくるというイメージを提起している。いわゆる「三番瀬の再生イメージ」である。
 これを提起するにいたった理由として、次のように書いている。
 「子どもたちに残すべき財産となる三番瀬と将来の行徳のまちについて、今できることに着手しなければ、間に合わないという危機感も議論の基本と考えた。もちろん、100年先の将来像を求める意見、現状維持が最善策であるとの意見も聞かれたが、現場を知る人、特に海域環境の悪化を訴える漁業者や市民との活動に実績のある環境保護団体、そして高波や高潮の危険にさらされている地元企業の声は切実で、『もうこれ以上待てない』という声は日に日に高まっていた」
 ここで「市民との活動に実績のある環境保護団体」といっているのは、市川市と連携を強めている一部市民団体のことである。この団体は、三番瀬の海域(猫実川河口域)に砂を入れて人工海浜(干潟)をつくることを主張している。


■湿地保全の流れに逆らう時代遅れの本

 前述のように、猫実川河口域には、ドロクダムシ、ホトトギスカイ、エドガワミズゴマツボ、ニホンドロソコエビなど、三番瀬の他の環境条件には存在しない底生生物が多く発見されている。アナジャコもたくさんいる。生物多様性の観点からはここを保存することは重要である。また、この海域では浄化作用も活発に行われているなど、三番瀬全体の環境の中で重要な役割を果たしている。こうしたことは、千葉県が実施した補足調査でも明らかにされている。
 しかし、この本は、こうした点についてまったくふれていない。逆に、この海域を「ヘドロ状」とか「死んだ海」などと印象づけている。


 この本を読んでの感想は、一言でいえば、湿地保全の流れに逆らう時代遅れの本だということである。「地域の環境保全に第一義的な責任を持つ自治体」を標榜しながら、血税をつぎこんでこんなお粗末な本を出版するとは……。恥ずかしくないのだろうか。

(2003年4月)   


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