四国霊場 第53番 園明寺 えんみょうじ

住所  愛媛県松山市和気町1−182  電話 089−978−1129

本尊 阿弥陀如来  開基  行基菩薩
本尊の真言 おん あみりた ていせい からうん

脇仏 勢至菩薩 十三仏の掛け軸朱印の方.及び午年生まれ方 残念ながら秘仏の為拝見出来ません


 
本   堂
本堂の龍の彫り物
本堂の中には長さ4mはあろうかという、巨大な龍の彫り物が施されている。今にも動き出しそうな躍動感に
満ちた龍は、一説には名工・左甚五郎の作といわれている。


キリシタン灯篭
山門をくぐつてすぐの左手にあり、一見分かりづらり形は十字架のようになっており、聖母マリアらしき女性の
姿も刻まれている。


円明寺は、和気町の南にある。大きくはないが古色をたたえた落ち着いた
本堂には、四国最古の銅板の納経札がある。慶安3(1650)年の銘がある
札には、京都の樋口家次が四国遍路をして納めたと記されている。アメリ
カから来日し、四国霊場巡拝をしていたスタール博士は、銅板札に深い関
心を持ち、素晴らしい価値があると紀行文に書いた。世は移り人は変わって
も、聖空間を遍路する人の心は変わらない。そんな霊場めぐりの魅力に、博
士は感動したのだろう。
円明寺は天平勝宝元(749)年聖武天阜の勅願淳である。勅を奉じて来錫し
た行基菩薩が三尺の立像、阿弥陀如来を刻み、それを本尊とし安置する伽
藍を和気の海岸に創建し、海岸山・円明密寺と名付けたのがはじまりである。
しかし、それ以後、亡び重なる兵火のため広大であった堂宇は焼失、方城は
荒れるにまかせた状態が長年月に及んだ。再建したのは元和年間になって
であり、和気の家族須賀重久が現在地に本尊を移転、伽藍を再興した。 戦
乱の時に、兵士が軍資金にしようとして運ぼうとすると、鐘が自ら海中に身を投
げたのだという。京の覚深法親王の令旨により仁和寺の末寺となり、そのとき
須賀山の山号を賜わり、そして現存の正智院・円明寺となった。なお本澄内に
ある四メートル余の龍の彫物は左甚五郎の作と伝えられている。奥の院は西
方二キロ余にあり印度仏釈迦如来、同覿世音菩薩を祀っている。







途中第54番札所延命寺へ行く途中北条市難波に鎌大師がある是非寄りたいものだ

番外霊場 鎌大師堂   本尊 弘法大師

 弘法大師が里家の鎌で自像を刻み、病平癒の祈りを諭して里人に達し、その後村
民大いに信仰したという伝説の大師堂である。真念「道指南」に、「かうの坂、ふ
もとに大師堂。」と記している。現庵主は「人生は路上にあり」著者手束妙縮尼である

近くの観光
松山城
勝山の山上にたたずむ松山城は、姫路域、和歌山域と並び、日本三大連立式平山域の一つに数えられる
天下の名城。慶長7年じめ、遠く滞戸内海、石鎚山までもか見わたせる。城山には、戸無門(となしもん)、
乾櫓(いぬいやぐら)、野原櫓など築城当時の遺構もあり、国の重要文化財に指定されている天守閣は、
安政元年(1854)に再建された

権現温泉
大浴場、水風呂、薬湯、打たせ湯、ジェットバス、バブルパスがあり、中庭を眺めながらの入浴が楽しめる。
泉質はアルカリ性単純泉で、胃腸病や関節炎、神経痛、アトビー性皮膚炎、疲労回復などに効果がある。

お申し込みは下まで   四国八十八ケ所霊場会公認 大先達
770-8071 徳島市八万町中津山4−129 
               徳島個人 中村タクシ− 中 村 功
                電話 088−653−0280  FAX 088−653−0480
               携帯 090−8281−4679

              http://www005.upp.so-net.ne.jp/s45988/


個人 中村タクシーメインページ にもどる / 巡礼日目(46〜60番)へもどる 54番延命寺へ行く