四国霊場   第51番 石手寺  いしてじ

住所  愛媛県松山市石手2−21  電話  0899−77−0870

本尊  薬師如来  開基  行基菩薩
本尊の真言 おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

右手寺の境内は、まんだらに作られています。三重の塔を中心に、右回り、
左回りしながら、お参りをすると自然と心が和み、本来の、あたたかい心が
全身によみがえってきます。こころ静かに、手を合わせ、仏さまと
いっしょにお参り下さい。



本堂
本堂向かって左手にある洞窟・都卒天洞(とそつてんどう)には、四十九億行場が設
けられている。出口は大師堂の裏側へと抜けている。このはか、お山四国八十八カ所
霊場、四国三十三観音霊場もある。また、本堂と仁王門の間にある湯音石は、八十八
カ所霊場と高さ1mはどの角柱で、耳をあてると道後の湯肯が聞こえるといわれる。
大きな仁王門は、文保2年1318)に河野遭継が建造したもので、国宝に指定されて
いる。仁王像も2.5mの大きさを誇っており、こちらは13世紀後半の作といわれている
。右手寺には重要文化財も多くあり、鎌倉末期建立の本堂と三重塔、元弘3年1333
)建立の鐘楼、建長3年T251)建立の鋼鐘、室町初期建立の護摩堂、河野通漕が源
頼義供養のために建久元年(1190) に建立した石造五輪塔はいずれも重文指定。
特に本瓦葦き、五間四面の堂々とした入り母屋造りの本堂は見応えたっぷり。その
東にある三重塔は、本瓦葺き屋根の和様の建造物塔内には、裏書八狙の像が描か
れている。

宝物舘
衛門三郎ゆかりの小石をはじめ、1100余点の寺宝から常時約100点を展示。いずれも
開基以来の歴史を物語る貴重な品々ばかりである。
          
石手寺の七不思議
1 渡らずの橋 弘法大師お道開きの橋。この橋を歩くと足が腐.各といわれる。
2 玉の石 衛門三郎の生まれ変わりの赤ん坊が、右手に握っていたといわれる石。(大講堂)
3 蛇骨 涌ケ淵の大蛇を石手寺の僧が退治した。その大蛇の骨といわれる。(宝物館)
4 水天堂の水瓶 水瓶の中に石があり、潮の千満がわかるといわれる。
5 訶梨帝母天堂の石 子授かりの石。
6 香煙 線香の腰を体の悪い部分にあてると治るといわれる。
7 湯音石 道後温泉の湯が湧き出る音が聞こえる。
8 不動石 不動明王の姿が石の表面に現れる。
9 仁王門の大わらじ 足の悪い人がわらじに触れ、悪い部分にさわると治るといわれる。

   納 経 所

   懺悔する河野衛門三郎



宝物館の奥建物に展示されている玉の石  

石手寺は
遍路の元祖といわれている衛門三郎は、21回目の遍路で、ようやく弘法大師に巡り合ったが、その時
の三郎は息を引き取る寸前だった。大師に言い残すことはないかと尋ねられて「来世は国司の家に生
まれたい」と言って息絶えた。弘法大師は道端の小石に衛門三郎再来と書いて、三郎の左手に握らせ
た。その翌年、領主河野息利の家に男の子が生まれた。河野息万である。この男児は生まれたときか
ら左手を開かなかった。父親は安養寺の住職に加持を頼んだ。住職が祈願をすると子供は手を開き、
その掌から小石が落ちた。小石には「衛門三郎再来」という文字があった。そこで安養寺を石手寺に改
めたと伝えられ、小石は石手寺の寺宝となった。境内にある弘法大師と衛門三郎の石像は、三郎がへ
たりこんで手をつき、全身で大師にすがりつこうとしている。死の寸前に大師に会った時の姿らしい。
哀れな三郎の石像にはまだ新しい輪袈裟がかかり、まわりには一円や十円の賽銭がたくさん奉納され
ている。即身成仏。三郎も仏になったのだ。
神亀五年(七二八)聖武天皇の勅命を受けた伊予の大守、越智玉澄が鎖護国家の道場として伽藍を建
立し安養寺と名付けたのがはじまりであり翌、天平元年 (七二九) 行基菩薩が来錫して拳師如来を刻
み、それを本尊として開限した寺で、もとは法相宗であつた。その後の弘仁四年(八一三)当寺に留錫した
弘法大師が修学ののち真言宗に改め、四国五十一番札所に定められたという。さらに寛平四年 (八九二
)ときの城主河野家に誕生した子息が、衛門三郎再生の証しとして、三郎が臨終のとき大師から授けられた
一寸八分の小石を左手に握っていたことにちなんで右手寺と改号した。その昔、七管伽藍六十四坊の威容
を誇っていた右手寺ではあったが、天正の長曽我部の兵火に遭ってその大半を焼失。本管、仁王門、三重
の塔は文保二年、鐘楼は元弘一こ年、梵鐘は建長三牛のもので、それぞれが川宅、重要文化財に指定さ
れている。
石手寺の仏さま
正岡子規が俳句に「石手寺や何堂彼堂弥勒堂」詠んだように、石手寺には沢山のお堂があり、ムスウノ仏
さまが祭られています。真言宗には、『曼茶羅』という世界がありますが、石手寺の境内は、そのまま『曼茶
羅』のさとりの世界を現しています。ですから、参れば、自分の好きな仏さまの所で、願えられるとともにさと
りの世界これはすなわちじぶんの仏性の世界をたどることが出来るのです。おもしろいことに、地元の信者さ
んは、境内を左回りにお参りし、巡礼老や観光客は右回りにお参りします。信者さんは、線香授与所で線香
を二把買い、一つは弘法大師のお茶堂に立て、もう一つは手に持って、三重塔のお釈迦さまから順に立てな
がらお参りするのです。石手寺を一通りお参りすると、五仏即ち大日如来のさとりの世界を回り八十八箇所
霊場の巡礼修行がかない十三仏の供養が行われ仏すなわちあらゆる善意、おかげに対するお礼の供養と諸
願成就のための精進と人格向上の心の修養すなわち みずから仏と成る仏教の最高の目的が成されるのです。
お寺をお参りする時、みなさん自分のこころをお参りしています。.しばらく、心静かにお参り下ださい。



  近くの観光
道後温泉
道後温泉坊ちゃんで有名な道後温泉本館は、建築から100年以上たち、大衆浴場としては初めて重要
文化財の指定を受けた。浴槽は神の湯と霊の湯の2つがあり、入浴のみの利用から休憩室でお茶をい
ただきながらくつろぐコースまで利用方法は様々。夏目漱石ゆかりの間や、皇室専用の浴室なども見学できる。




松山城

 標高132mの勝山山頂にあり松山城は、兵庫県姫路市姫路城、和歌山城と並び、日本三
大連立式平山城の一つに数えられる名城で慶長7年(1602)から25年かけて戦国武将
加藤嘉明(かとうよしあき)が築城し、寛永12年(1635)には親藩の松平氏が入城した。
3層の天守閣をはじめ戸無門(となしもん)、乾櫓(いぬいやぐら)など国の重要文化財に
指定されている建造物が多く、小天守や櫓内部では松山藩ゆかりの武具、加藤嘉明の
公書状や豊臣秀吉の寄進状と伝えられる書物などを展示されている。
天守閣へは松山城ロープウェイまたはリフト(往復500円、8時30分〜17時30分、
季節により異なる。無体)が運行している。登山道は緩やかなので散策にもぴったり。


愛媛県美術館
1階は外光を生かした工ントランスホールや企画展示室、所蔵作品や海外の名作などを鑑賞できるハイビ
ジョンギャラリー。2階は福用平八郎や国内外の各分野の作品を集めた特別展示室や常設展示室。いず
れも名品揃いで、心豊かな時間を過ごせる。南館にある県民アトリエとギャラリーは、参加型のスペースだ。

子規堂

松山市駅から横河原線の線路を渡って南に4百メートル、松山市駅の裏手の正宗寺(臨済宗)の境内に子規堂(県史跡)
があります。子規堂内には子規を中心に夏目漱石・内藤鳴雪・高浜虚子ら友人・門下の遺墨や遺品が数多く展示されて
おり、全国的にも数少ない貴重な資料です。なお、正宗寺境内に続く墓地入口に明治37年に建立された子規埋髪塔(県史跡)もあります。


お申し込みは下まで 四国八十八ケ所霊場会公認 大先達
770-8071 徳島市八万町中津山4−129 
               徳島個人 中村タクシ− 中 村 功
                電話 088−653−0280  FAX 088−643−0480
               携帯 090−8281−4679

              http://www005.upp.so-net.ne.jp/s45988/


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