四国88遍路霊場 第47番札所 八坂寺  やさかじ

住所  愛媛県松山市浄瑠璃町八坂773   電話  0899−63−0271    
     
浄瑠璃寺から約1Kmほどに別格20霊場第9番札所 文殊院が有ります


本尊  阿弥陀如来   開基  弘法大師
本尊の真言  おん あみりた ていせい からうん

駐車場から右に入つていくと奥に青い尾根のコンクリート作りの本堂がある一般参詣者も多い。本尊の
阿弥陀如来は重要文化財だが、五十年に一度のご開帳のため、めったに拝観できない。本堂地下に
は黄金色に輝く千林仏が安置されている。 ここの売店横でしょうが湯の接待が有ります




本堂
本堂は、鉄筋コンクリート造の美しい建物。戦国時代の焼失以来、再興と焼失を繰り返したため、大師堂ととも
に近年再建されたものだ。この建物は、周辺の自然と相まってスッキリと美しいたたずまいを見せる。本堂の右
奥には紀州の熊野大権現、十二社権現をまつった権現堂がある


石段を上るとすぐ目の前にすっきりした青い屋根の本堂が見えている.この寺の歴史も古い.大宝元(701)
年伊予の国司越智玉興の創建で、文武天皇の勅願寺であったと伝えられている。創建にあたっては、八つの
坂道を切り開いて寺をつくったので、八坂寺という寺号がついたという。その後弘仁6(815)年に弘法大師が
巡錫して再興した。修験の根本道場として寺運は盛んで、紀州熊野権現や十二社権現を祀り、熊野山八王
寺と称し僧兵を置いていた頃もあるそうだ。本尊は座像、御丈三尺の阿弥陀如来であり、恵心憎都の作とい
われている。弘仁六年(八一五)四国を巡錫中の弘法大師が久しく留錫して堂宇を準えて再興し四十七番札所
とされた。それらの堂塔も天正年間の長曽我部の兵火にかかって炊失したが、その都度再建している。
寺宝に鎌倉初期の石造層や宝筐院塔などがある。


本堂
本堂は、鉄筋コンクリート造の美しい建物。戦国時代の焼失以来、再興と焼失を繰り返したため、大師堂ととも
に近年再建されたものだ。この建物は、周辺の自然と相まってスッキリと美しいたたずまいを見せる。本堂の右
奥には紀州の熊野大権現、十二社権現をまつった権現堂がある




石段を上るとすぐ目の前にすっきりした青い屋根の本堂が見えている.この寺の歴史も古い.大宝元(701)
年伊予の国司越智玉興の創建で、文武天皇の勅願寺であったと伝えられている。創建にあたっては、八つの
坂道を切り開いて寺をつくったので、八坂寺という寺号がついたという。その後弘仁6(815)年に弘法大師が
巡錫して再興した。修験の根本道場として寺運は盛んで、紀州熊野権現や十二社権現を祀り、熊野山八王
寺と称し僧兵を置いていた頃もあるそうだ。本尊は座像、御丈三尺の阿弥陀如来であり、恵心憎都の作とい
われている。弘仁六年(八一五)四国を巡錫中の弘法大師が久しく留錫して堂宇を準えて再興し四十七番札所
とされた。それらの堂塔も天正年間の長曽我部の兵火にかかって炊失したが、その都度再建している。
寺宝に鎌倉初期の石造層や宝筐院塔などがある。



見 所
八坂寺の近くには別格霊場9番札所文殊院得盛寺があり、ここは遍路の元祖といわれている衛門三郎の
菩提寺。その近くの田んぽの中には、衝門三郎の5男3女の子供の墓八塚がある.是非ともここは見ておきたい

砥部動物園
動物園では、約180種1000頭以上もの動物たちが飼育されている。広々とした園内は10のゾーンに分
かれており、指定された順路通りに進んでいくと全ての動物を見ることができる。

砥部焼伝統産業会館
磁器創業から約220余年の伝統を誇る砥部焼。その歴史を今に伝えるのが、この砥部焼伝統産業会館だ。
まずは、入り口に置かれた大壷にピックリこれは、ロクロからの手作りでは日本最大級のものだ館内には
陶器時代から現代に至るまでの歴史的資料のほか、古砥部の歴史的資料が並ぶ。全部で120ほどある砥
部焼の窯元の、ほとんどの作品を展示しているのも特徴だ1階は常設展示、2階は展示会ペースになってお
り、月に1回のペースで展示会が開催されている。




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携帯 090−8281−4679
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