四国八十八カ寺霊場 第14番札所 常楽寺 じょうらくじ

住所  徳島市国府町延命606 
電話  088−642−0471

この常楽寺に来てまず驚くのが、石段の参道や境内にむきだしになっている、ごつごつした岩肌の岩石である。
境内は自然のままの流水岩で、歩きにくいほどに断層がある。本堂も、岩石上に建っている。


  
本尊  
 弥勒菩薩

開基 
 弘法大師

本尊の真言  
 おん まい たれいや
 そわか

弥勒菩薩は四国霊場では
この第14番札所のみ又
別格霊場では十夜ケ橋
永徳寺が弥勒菩薩です

                             本   堂

弥勒菩薩は、未来に下界に降(くだ)って仏となり、衆生(しゆじよう)を救うとされる菩薩です。
慈氏(じし)菩薩ともいいます。釈迦(しやか)の滅後5億7600万年後(中国の伝承では56億
7000万年後)に、釈迦の救いに漏れた人たちを救いに降りられます。現在は兜率天(とそつ
てん)にて、その機を待っています。『弥勒下生経(げしようきよう)』によると、弥勒は兜率天よ
り閻浮提(えんぶだい)を観察し、翅頭(きとう)城の大臣を父母として選び、母の胎内に降り、そ
の右脇(わき)より生まれ、三十二相を備え、竜華樹(りゆうげじゆ)の下で悟りを開き、摩訶
迦葉(まかかしよう)から釈尊の衣を受け取り、三度にわたる法会(ほうえ)で300億近くの人を
迷いから救うとされます。『弥勒下生経』に対し『弥勒上生経(じようしようきよう)』は、衆生(し
ゆじよう)のほうが弥勒の国土へ赴くという考え方で、阿弥陀仏(あみだぶつ)の極楽浄土(ごく
らくじようど)への往生(おうじよう)の考え方と共通点をもちます。弥勒という名は、一般にサンス
クリット語のマイトレーヤMaitreyaの訳語とされていますが、直接にはインドのクシャン朝の貨
幣に現れるミイロMiiroに由来すると思われます。Miiroの最後に気音□がついて、roh.が勒(ろ
く)で表されたと考えられます。ミイロはイランの太陽神ミスラMithraの方言的発音です。ミスラは
インド古来の神ミトラMitraと起源を同じくし、Mitra(友)の派生語maitreya(情けある)を通じて、
「慈氏」菩薩へと転化します。ミイロが貨幣に現れる比率は多く、クシャン朝下のミイロ信仰の
隆盛がうかがわれます。ガンダーラで片岩で刻まれた水瓶(すいびよう)をもつ菩薩は弥勒と思
われます。

弘仁六年、弘法大師がこの地で修行されているとき、弥勒菩薩を感得され、ただち
に尊像を刻み、堂宇を建立して安置した。そして「私が目をとじたならば必ず弥勒菩薩のおられる理想の世界に往生し
て、五十六億余年後に、弥勒菩薩に従ってこの世にまいり、私の歩いた跡をたどりたい」 といわれたという。大師が
弥勒菩薩を信仰されていたことは、高野山麓にある九度山慈尊院に本尊として安置されていることからもうかがい知れ
る。後に、大師の弟子真然僧正は、常楽寺に金堂を建立し、祈親法師は講堂・三重塔・仁王門など増築したが、天正の
兵火で焼失し、万治二年に再建し、文化十五年に現在地へ移建された。

秘仏  弥 勒 菩 薩

下の写真は弥勒菩薩ですが常楽寺の本尊ではございません

四国霊場の中で弥勒菩薩を
本尊としているのは四国でこ
の寺だけである。この弥勒菩
薩は釈迦入滅後56億7千年後
この世に下生し衆生を救済す
ると言われるありがたい未来仏
像である常楽寺も天成年間の
兵火に遭い焼失した。


あららぎの木の上に弘法大師が





新しく出来ました

 奥の院慈眼寺
常楽寺から少し離れた場所(徒歩5分程度)にある奥の院慈眼寺は十一面観音を祀る。この観音様は別名
子安観音と呼ばれている、安産祈願に訪れる人も多い。

付近の観光スポット


月の宮ゴルフ場  阿波史跡公園 やぐら姫神社


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770-8071
徳島市八万町中津山4−129 
徳島個人 中村タクシ− 中 村 功
電話 088−653−0280 
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巡礼2日目(14〜23番)
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