Rifle's talk! - Words from Rifle

Words from Rifle

日々の雑感



鈴鹿サーキット(2009/03/29 PM, 日)
 27(金)は、息子が唯一塾関係が無い日だったので、家族全員で鈴鹿サーキットへと出かけた。
 前回訪ねた時には既に「でんでん」は撤去されて無かったが、今回は新しい「でんでん」が出来上がっていたので興味津々、着いたら第一番に早速乗った。

 以前のでんでんは園内をぐるりと回るコースになっていて、乗っている時間が長い上に、上から遊園地を眺めるという、それだけでも結構楽しめる乗り物になっていた。新しいでんでんは以前と比べて走行距離がかなり短くなっていて、待ち時間短縮には効果的なのだろうが、「せめてこの遊具に乗っている間位はのんびりしたいよなー」と思ってしまった。見渡す範囲も狭くなってしまったのは残念だ。

 息子は、今まで年齢制限から乗れなかった一人乗りの遊具も乗れるようになり、自分で運転するのが余程面白かったのか、午後は殆ど一人乗りカートばかり乗っていた。
 今までなら営業終了まで粘って乗り物に乗っていたのに、今回はカートに乗り疲れたのか、17時前に自分から「もう十分楽しんだから、後はお土産屋さんを回って帰ろう」と言い出した。夕方になって風が冷たさを増していたので、息子の言う通り園内の主だったお店を見て回り、17時半前にサーキットを後にした。

 「さぁ、後は帰るだけだね」なんて言いながら鈴鹿ICへと車を進めたら...ゲゲッ、「四日市ICまで渋滞10km」だって!?
 「そういえば、確か国道が並走していたっけな」と思い出し、地図を見ながら国道306を北上する。こちらは農地と住宅街が混在する地域を抜ける道なので、渋滞とは無関係でスイスイと進める。但し、県道753との交差点を過ぎると途端に狭くなるのが玉に瑕。1kmほどの狭い区間を抜け、国道477へと入って四日市ICから東名阪道へと車を進める。
 御在所SAで夕食を済ませ、有料道路を走り繋いで、自宅へは20時頃に無事到着した。

 息子は昔から鈴鹿サーキットがお気に入りなのだが、塾に通うようになってからは時間が取れず、1年近く行けない状態が続いた。春休みに入って塾も1週間だけお休みとなった為、今回久しぶりに行くことができた。
 本来なら小学校の勉強だけで十分な筈なのだが、学級崩壊、教師の質の大幅な低下、中身の薄い教育指導要綱など、今の小学生を取り巻く環境は本当に劣悪になったと思う。だから、親としては遊びたい盛りの子供を塾へ縛ることへの強い抵抗感はあっても、やはり塾に行かさざるを得ない。年齢が上がってからでは取り返しがつかないからだ。色々な意味で、日本は住み難い国になりつつあると思う。

えっ!?また???(2009/03/22 PM, 日)
 先日冷蔵庫を入れ替えて「やれやれ」と思っていたら、先ほど息子と妻が「おかしい」とドライヤーを持ってきた。「えっ?どれどれ...」と見てみると...ありゃぁ、モーターがもう壊れてるよ、コレ。スイッチをオンにするとニクロム線は熱を出すから大丈夫なんだけど、肝心な風が出てこないんでは意味が無い。こいつも15年選手だから仕方ないか。
 このドライヤーは、ヤマダ電機が進出する前に繁盛していたマツヤデンキで購入したもの。当時流行っていたスケルトンカラーで600Wと熱量も多くなく、特に小さいので「出張や旅行に持っていくのに良さそう」だから、と選んだ。あれから早15年以上が経過、購入したお店は既に無い。

 以前は髪形がオールバックだったんでドライヤーは必需品だったが、2年ほど前から前髪を上げるのが面倒になって普通の髪形に戻し、以後使っていたのはほぼ息子だけという状態だった。以前は毎日使っていたけれど、この2年は数日おきに使う程度。それでも10年以上毎日のように使っていたから、消耗は激しかったんだろう。
 拙者自身はドライヤーを使わなくなっているし、妻もドライヤーを持っているので、買換える必要は無さそうだ。それにしても、失職目前なのに、いろんなものが壊れるナァ...(;_;)

試行錯誤(2009/03/15 PM, 日)
 先週冷蔵庫を買換えたお陰で容量が大幅に増え、今まで心配ながらも室内の涼しい場所に並べて置いたスパークリングワイン(何を隠そう、拙者の大好物である...)6本がそのまま庫内に収まって未だ余裕がある。今まではビール缶を入れるだけでも大騒動していたのだから、長足の進歩と言って良い。(笑)
 さて、冷蔵庫を入れ替える時に台所に置いてあったもの全てを一時的に別の部屋へ放り出したので、今は食事や弁当などを作る度に妻や母が必要なもの都度取りに行く状態になっている。まぁ、狭い家だから大した話では無いのだが、それでも使う時に「あれが無い、これが無い」と取りに行くのは確実に効率が悪い。そこで、全部元に戻すのではなく、必要なものだけを台所に移す予定。

 台所がある程度目処が付いてきたら、今度は自分の部屋で使っているCDプレーヤが時々おかしくなることに気がついた。具体的には、部分的に読み飛ばしてしまって音が途切れることがあるのだ。
 今使っているのはSONYのポータブルタイプで、当時在籍していたNECソフトウェア中部で異動になった教育ビジネス部(今はもう無くなっている)という所が余りに酷い職場であったため、「せめて昼食の時間位は自分らしく過ごそう」と思い、周囲の雑音を遮断してFire MarchantsやBrand X,EarthWorksなどお気に入りのCDを聞くのに使っていたもの。だから既に10年以上前の製品である。これを使い続けている理由は、単にTOS出力があり、今使っているCHORDのDAC64Mk2へ簡単に接続できるから。システムとして見ると、DAC以降の機材はカッチリしているのに肝心な音源であるCDトランスポート部がかなり怪しく、音にも当然影響しているとは思うのだが、アンプを変えるまでは余り不都合を感じなかったので何となくそのままにしていた。

 ところが、有名メーカも含めた民生用アンプの能力に疑問を感じてアンプをSR用のCROWN D-45に変更したら「今までのアンプ達は何だったんだーっ???」と絶叫したくなる位に出てくる音が生々しいのだ。DACからプリアンプを介さず直接D-45へ入力しているせいもあるが、それにしてもその差は余りに凄く、安価なポータブルCDプレーヤですら各CDの録音状態の良し悪しが分かるほど。恐らくはかなりのエラーを出しつつ読み取っているであろうポータブルCDプレーヤですらこんな状態なのだから「CDトランスポート部をきちんとさせると、こりゃぁ凄いだろうなー」と妄想が拡がって当然。(爆)
 そんな中、突然再生中のCDの音が途切れるという不可解な現象が不定期に発生するようになったのである。「CDプレーヤも10年以上使っているし、元々頑丈な作りでもないから、そろそろ買換えなきゃダメかなぁ?」と考えている。ただ、考え始めて日が浅く、どういうトランスポートにしようか未だ目標が定まっていない。今月末で某公共機関は雇止めとなることもあって、資金の目処が立たないので、当分は悩んでいるだけで何もできない知れない。(汗)

 他にも、まだまだ考えねばならぬことが一杯転がっている。やや真剣に考えなければ、と思っているのがバイクである。
 KTM 950Supermotoは拙者の使い方とは合わない面が多く、特に、中部地方の街中は平均速度が遅くてギア比の高い950ではギアの選択に悩むことが多い。高速道でも80km/h以下ではトップギアで巡航することができない。ヨーロッパ車なので仕方ないのだけれど、距離を重ねるにつれて慣れるどころかギア比の悩みは尽きない状態になっている。このまま乗り続けるか、いっそのこと別の車種に替えるか...
 最近になって再びオフロードが欲しくなっていることもあり、バイクで泊りがけの旅に出ることも無いことから、高速道を延々と走る快速ランナーでなくても良いような気がしてきているのだ。ただ、これも費用面で大きな問題を抱えてしまうので、やはり頭の中で妄想しているだけになるのかも知れない。

 自分の部屋を片付け始めたりしているし、来月から無職透明になるので収入をどう確保するのかを考えにゃいかんし...やらねばならぬことが山積している。まぁ、当分は試行錯誤を続けることになるんですかねぇ...

冷蔵庫騒動(2009/03/08 PM, 日)
 20年ほど使い続けてきた冷蔵庫が、最近になって庫内に水があふれるようになった。メーカの窓口に問い合わせたら「部品の在庫が無いので修理不能」という、案の定紋切り型の返答。これだから国産メーカは困るんだなー。
 しかし、冷蔵庫を壊れたまま放置することはできないので、早速家電量販店へ行って色々と検討を開始した。自宅は年号が平成に変わって間もない時期に建て替えた為、現在の建売住宅とは規格が違うらしく、冷蔵庫を設置する場所の高さが180cm弱しかない。だから、背高ノッポになった今流行りの冷蔵庫は収まらないのだ。幸い、どの家電メーカも高さのやや低いタイプを1機種だけ製造しているので、その中から選ぶことになった。
 色々な条件を勘案した結果、今使っているものよりも少し横幅の大きい製品に買換えることに決定、拙者が休みを取ってある3/6に納品して貰う段取りとした。

 納品前日の3/5も休みが取ってあったので、「明日冷蔵庫が来るんだったら、ちったぁ掃除しなきゃ」と午後になってやり始めた。
 邪魔になる食器棚や床に並べてあるものを全て別の部屋に移す。次に床の掃除を始めるが、こびりついた油交じりの汚れは実に手強くて、ちょっと擦った程度では取れてくれない。13年ほど前に「換気扇の掃除用に」と購入しておいた、工業用石鹸を染み込ませた米国製ペーパータオル(何故か、国内ではこの手の製品って見かけないんだよなー)で体重をかけながら何度も拭くと、ようやく黒ずみが取れてくる。
 この日で夕食までに作業出来たのは7割程度だったが、体力を使い果たしてしまったので、残りは翌日にした。

 納品日の3/6、午前中に前日の残りを何とか片付けると、まだまだ掃除不足な部分はあるものの、全体としては随分と綺麗になった。改めて見ると「台所って、こんなに広かったっけ?」(笑)今までが、いかに整理されていなかったかが良く分かる。
 電話で「納品は3時から5時の間」と連絡が入り、実際に3時過ぎになったら自宅前に大きなトラックが止まった。作業員2名が古い冷蔵庫を引き出す。小ぶりのタイプだが、随分と重そうで、2人とも運んでいる最中の息がかなり荒い。新しい冷蔵庫は80kg強でやや軽く、しかも底にコロが付いているので軽々と動かして古い冷蔵庫の位置へ収まった。作業時間は20分ほどでお終いである。余りに簡単に収めていったので、我々は少々拍子抜けした感じ。(笑)

 新しい冷蔵庫の電源を入れ、保冷ボックスに退避させていた食材を冷蔵庫に収めて一通りの作業が完了。更に、前日台所から放り出した食器棚などを元の位置に収めなければ...と思った所で問題発生。食器棚を元の位置に置いて冷蔵庫の戸を開けると、食器棚が邪魔になって半開きにしかならない扉が出てしまうことが判明したのだ。「だったら、せっかく良い機会だから」と、食器棚を廃止する方向で考えることにした。
 今の台所は一応システムキッチン形式で収納場所が細かく仕切られている。自宅完成直後に引っ越して「とにかく荷物を入れなきゃ」と、其々の仕切りに色々詰め込んだものの、その後は全く整理すらしていないので、そもそも今何が入っているのかすら分からない。(笑)自宅を建て替えてから15年以上経過しているから、その間一度も使わなかったものは今後もまず使うことは無いだろう。ここで整理をしなければ、今後も整理しないままになってしまうだろうから、面倒でも取りかかることにした。時間がかかりそうだが、幸い失職に向けて有給休暇を消化中だから、何とかなりそうだ。

 今月末で雇止めになるから「休暇を使い切るようにすれば、相当暇になる筈」と目論んでいたが、何故かいつも忙しくなっちゃうんだよなぁ...

身辺整理(2009/03/01 PM, 日)
 いよいよ雇止めが今月末と迫ってきたので、先月中旬から週休4日制という勤務にして有給休暇を消化している。「折角休んだのだから」と、まとまった時間が無いと出来なかった自分の部屋の整理などを進めている。

 整理するには、まず存在する色々な物を減らさねばならぬ。そこで、不要ながらも値が付きそうな物はオークションに出したりリサイクルショップへ持ち込んだりしている。特にここ2週間ほどは、金額は大したことは無いもののオークションで随分と売れて行ったので、その分部屋が広くなった。前々職の在職中に一気に貯まった段ボール(しかも、その半数以上が海外から来たもの...)を発送用に使用したためだ。部屋の大半を占めていた段ボール類が激減し、今は畳一畳分程が残る程度になった。前々職の離職直後は部屋の出入り口からパソコンが置いてある机までの極僅かな部分だけしか床が見えない状態だったから、これは長足の進歩と言って良い...だろう、多分ね...(^^;)

 今まで手を着けていなかったカメラ機材の整理にも乗り出している。息子が塾に通うようになってからは家族日帰りで出かけるということがほぼ皆無になり、そのお陰でカメラの使用頻度も激減した。一昨年までは所有する機材は何らかの形で年に一回は使っていたのだが、この一年では全く出番のないカメラやレンズも出て来たのだ。余談だが、そのお陰で、このサイトに掲載する写真のネタが足りないという現象にも直面している。(苦笑)
 今まで「1年を通して全く使わないものは基本的に手放す」という方針で来た。そうなると、かなりの機材を手放すことになる。どれも入手には苦労したものばかりだが、感情だけで物事を考えていたら収拾がつかないので、今後確実に必要となることが分かっているものだけを残し、それ以外は全て売却することにした。そうすれば、今2つある防湿庫も1つで済むかもしれない。
 しかし、ここまで踏み込んで整理を進めるというのは、過去に例が無い。それだけいつもと違って激しく進めているということなのだ。

 今回思い切って整理する直接の引き金となったのは昨年末に出かけたドイツ・オーストリアの旅行である。拙者にとっては莫大な費用を注ぎ込んだ、それこそ「清水の舞台から飛び降りる」覚悟で出かけた旅だった。勿論「旅行の費用を穴埋めしなきゃ」という気持ちになったというのもゼロではないが、何といっても、改めて「ヨーロッパ流シンプルな生活」を現地で目の当たりにして「日本って、モノに囲まれてるのに幸福感が感じられない。果たしてこのままで良いのか?」という素朴な疑問を感じたからなのである。モノが少なければ場所も少なくて済むし、一つ一つのモノをより大切に扱うようになるだろう。ただでさえ狭い家を、モノで溢れさせてわざわざ狭くする必要は無い。そう考えたのだ。
 まだ整理は手をつけ始めたばかりだが、それでも目に見えて効果が上がっているのを実感している。これから1ヶ月、整理し続けた結果がどうなるかが、今から楽しみだ。

バイク返品(2009/02/22 PM, 日)
 先日オークションにて落札したSuzuki LS650Savageは、エンジンに不具合(ビッグエンド側にガタがあって異音が出る)があり、結果として返品することになった。

 今日、出品者の店へ車両を自走搬送するために朝8時半過ぎに自宅を出発、一宮木曽川ICから東海北陸道へ入る。気温が低いので、走り始めてすぐに手の指先が冷えて痛くなってくる。昨夜の予報では東海地方の最低気温はマイナス1度だったから、日が昇ったとは言えまだまだ数度しか無いのだろう。
 東海環状道へスイッチすると、とたんに巡航速度が落ちる。片側一車線で、かなり先の方を見るとのんびり走るトラックが蓋をしている。しばしの間70km/hでのクルージングが続く。この速度域ではエンジンが不調であっても心地よい振動と共に淡々と走っていられる。IC近くで2車線になり、早速追い抜く。この時の速度は100km/hから110km/h程度だが、ステップやハンドルにやや強い振動が出て、いかにも「エンジンをブン回してます」という感じ。下り坂で一瞬120km/h出たのを確認したが、風圧が凄くてその速度での巡行は人間の方が参ってしまう。やはりアメリカンやオフ車にウィンドシールドは必需品だ。一寸したものがあるだけでも疲労の度合いは大幅に変わってくる。
 以後は、ほぼ100km/hで巡航を続ける。650ccとは言えパワーを稼いだエンジンではないので、高速走行はあまり欲張らない方が良さそうだ。

 瀬戸赤津ICで一般道へ出て、お店まで瀬戸市内のクネクネした道を進む。新興住宅街は道幅も広くて走り易いが、それ以外は国道でも道幅が細くて気が抜けない。
 市街地を10分ほど走ってお店に到着、車両と引き換えに返金して貰い、愛知環状鉄道とJRを乗り継いで帰宅した。

 LS650は国内では発売して数年でカタログ落ちしてしまったが、海外では好評だったそうで昨年まで輸出用として生産されていた。特にドイツでは「サベージサンド」という言葉で語られるほど人気だそう。そう言われてみれば、確かにドイツの代表的なバイクメーカBMWと似通った部分が思い当たる。例えば、乗り手を急かさないエンジンと車体とか、必要以上に振動を抑え込んでいないとか、という部分だ。作りがシンプルというのもヨーロッパ受けする重要な要素だろう。

 実は、LS650Savageは発売当初から「非常に気になる」存在であった。大排気量シングルでシンプルそのものという造形に惹かれたのだ。しかし、知らないうちにカタログ落ちしてしまった上に、当時は大型自動二輪免許創設以前で中型免許しか持っていなかったこともあって、実際の車両を見たことすらなかった。今回は残念な結果となってしまったが、乗り味はとても面白いバイクなので、機会があれば所有してみたいとも思う。

 一方、KTM 950Supermotoは、足つきの悪さと国内では合わないギア比を除けば改めて「本当に万能」と感じる。モタードという範疇に押し込めておくのは難しい位だ。これで国内用に最適化されていれば文句無いのだが、そこはやはり欧州のバイクだから仕方無い。ただ、足つきの悪さは乗る回数の減少を招いてしまう危険性もある。実際、拙者も乗る回数が減っているので「勿体無いナー」と常々感じている。そうなると、まだ2年しか乗っていないけれど、そろそろ次期マシンを検討すべきか?という気もしている。
 だけど、来月3月で雇止めとなるんで、収入確保の方が先なんだよナー...

再びオーディオ考(2009/02/15 PM, 日)
 自分が使っている部屋にサブオーディオを導入してから「いつかはもっとしっかりした音に」と思いつつも時間だけが過ぎ去っていたが、最近になってようやくまともに使えそうなアンプを入手し、午前中で結線や設置の作業を全て終えた。まぁ、作業と言っても大した話ぢゃなくて、単にアンプを入れ替えたのと、スピーカ端子の増し締めをしただけだったりする。(^^;)
 購入したアンプは米Crown社のD45という1UサイズのコンパクトなSR用アンプだ。

 今までAccuphaseなどのアンプを色々使ってきたものの、投入できる額に限りがあって上位機種に手を出せなかったということもあるが、そもそも一応回路技術を学んだ者としては「増幅回路にどうしてそんなに金がかかるんだ?」という素朴な疑問を拭い去ることができなかった。
 物量投入して調整の大変な回路を作成すれば、金がかかるというのは確かに理解できる。しかし、だからと言って数十万もするようなオーディオ機材ばかりというのは幾らなんでもおかしいのではないか?一体どう設計すればそんなに高額になるのか、どれだけ調べても納得の得られる答えは見つからなかった。だから、「たかが機材」に金銭をつぎ込むということは、地図も何もない状態で知らない土地を彷徨っているような気がして、どうしてもできなかったのである。
 しかし、その一方で「もっと良い音で聞きたい」という想ひは募るばかり。散々考え調べた挙句に辿り着いたのが「SR用パワーアンプ」だったのだ。

 SR用というのは一般コンシュマー向けでなくて完全な業務用であり、知識のある人が使うことを前提としているので、一般のオーディオ店では販売されていない。それに、一般のオーディオ店にそんなに知識のある店員がいるとも考え難い。だから意外に情報が少ないし、目にする機会もまず無い。
 が、ほんの少しながらもレコーディングスタジオみたいな所に出入りしたことがあり、少々の知識なら持ち合わせている積りなので、メーカ名だけは知っていた。
 SR用はよほど極端なものでない限り金額はそこそこの範囲で収まるし、性能は必要十分以上だし、出荷検査が非常に厳しいので不良品を掴まされることも無い。ただ、使う為にはほんの少し知っていなければならないことがあるだけだ。だから、次第にSR用アンプに視線が向いて行った。

 国内の景気は停滞の色合いが日に日に濃くなっている状態だが、オーディオ業界はバブル景気以後も変わらないようで、どのメーカも高額な製品を並べ、声高に「原音再生」を謳っている。(--;)が、どう考えても、金額に見合う音が出るとは思えない。
 今まで使っていたアンプは中古で安く仕入れた伊AudioAnalogue社のPRIMO SETTANTAだが、内部にはICEパワーモジュールが使われている。このモジュールは高額製品で良く知られるメーカで使われているものと同じだけど、筺体とメーカ名が違うだけで金額が10倍以上も違うという不思議な製品である。出てくる音はそこそこに良いのだけれど、全体的に大人しいというか、薄いヴェールがかかったようなというか、CD音源に含まれている筈の「音源の生々しさ」が感じられないのが不満だった。
 SR用で家庭でも使えるとなると、選択肢はある程度限られてくる。更に、国内は電源が100Vと低いので、その辺も考慮しなければならない。色々と検討した末に、Crown社のアンプを選び出した。どうせなら一階に置いてあるメインのオーディオセット用も含めて同時に2台を、とも思ったが、金銭的に苦しいので1台購入するだけに留めた。

 今日の午後、早速音を出してみたら...唖然(@@;)...。今までの薄味な音ではなく、まるで目の前で演奏しているかのようなリアルさが迫ってくる。今使っているスピーカはJSP-2020の中古だが、スピーカが変わったんぢゃないかと感じられるほどに、見違えたように鳴るではないか。「ウーム、流石SR用ぢゃ」と感心した。いやぁ、高価なアンプを買わなくて良かったよ、ホントに。今風に表現すれば「SR用アンプは財布に優しい」かな?(^^;)


またまたバイク考(2009/02/08 PM, 日)
 以前から色々と考えていたバイクだが、とりあえずは一休みとなりそうだ。というのは、先日ついにSuzukiのLS650Savageをオークションで落札したのである。

 LS650はバイクに乗るようになってからずーっと気になっていた機種のうちの一つだった。ヨーロッパでは「サベージサウンド」と共に好評なのだそうだが、国内ではハーレーに追随しないと売れないようで、知らないうちに国内での販売を終了してしまい輸出専用機種となってしまっていた。拙者自身、マフラーを片側に寄せたハーレースタイルは好きでない。KawasakiのEliminator900のようなオリジナリティの感じられるアメリカンが好みである。だから650ccの馬力をあえて稼いでいないシングエンジンという構成に興味津々だった。  逆輸入車として手に入れるという方法もあったがそれでは割高になってしまうし、今までこれといったきっかけも無かったことから、長い間「いつも気になる存在」という状態のままであった。それが、かなり古びているとはいえ、格安でオークションに出てきたので思わず落札。(^^;)

 登録が済んだという連絡を受けて、今日お店まで引き取りに行った。お店は愛知環状鉄道の瀬戸口駅近くにある自動車屋さんだ。
 朝9時少し前に出発し、JR尾張一宮駅から名古屋駅・高蔵寺駅を経由して瀬戸口駅に着いたのは10時半近くだった。お店は駅から歩いて数分もかからないところにある。早速バイクを受け取るが、20年前のバイクだけにシートの破れや錆びなど、全体的に古びており古色蒼然という感じだ。しかし、車検が通るんだからもちろん走行には全く問題が無い。学生時代に通学で使った国道155を走って自宅へと向かう。
 この道の両側は大幅に変わってしまっていて、以前のような田舎町を走りつなぐ道という雰囲気は完全に消滅してしまい、アパート群の中を縫って走る道になっていた。それにしても、こんなに住宅を増やして住む人が居るのか?と考えながら途中から新国道155へと入る。こちらは新しい道路だけあって全体的に流れが速い。が、馬力は30しか無いとはいえ650ccもの排気量があるだけに、加速力も十分あってスピードを出すことが苦にならない。

 何かと神経を使いながら走ることの多い950Supermotoに比べると、本当に楽ちんなバイクだ。アメリカンというスタイルだからコーナーを責めるような走りは向かないだろうが、元々そんな積りもないから、これはこれで良い。ただ、フラットバーのハンドルでは姿勢がやや前のめりになるので、両足を前に放り出すような感じの下半身とのバランスが今一つだ。純正でアップハンドルもあった筈なので、苦になるようであれば取り替えるという手もありそうだ。

 今日はまだ30kmほどしか走っていないが、それでものんびり走るのにはとても良さそうな印象だ。乗り手に常に緊張を要求してくる95Supermotoとは対極の位置にあるバイクと言っても良いかも知れない。当分は両方のバイクを味わうことになりそうだ。


再びバイク考(2009/02/01 PM, 日)
 昨日はBikeGuide誌のCIRZの日、前日の天気予報では雨という予想だったが、起きて見ると路面は濡れているものの陽が差しており、雲も切れているではないか。雨天だろうと思って寝坊を決め込んでいたのだが、慌てて出発の準備をする。KTM 950Supermotoは先週のうちに太陽電池パネルでバッテリーを充電してあったので、すんなりとエンジンが始動、10時少し前に家を出た。
 途中のスタンドで給油して一宮ICから東名道に入り、豊川ICまでノンストップで走る。ICを降りたら、相変わらず豊橋方向は渋滞気味。「そんなこともあろうかと思って」と事前に調べておいた道に入ってスイスイ...と途中までは調子が良かったが、豊橋市中心部が近くなると大渋滞。それにしても、幾ら渋滞するからと言っても1km近く先まで車が繋がっているのが見えるので「これはおかしい」と直感、すぐさま田圃の中の細い道へと切り替えて慎重にあぜ道を走行。あぜ道から見ると、あちこちで一車線を塞いで工事をしている。道理で渋滞する筈だ。
 市街地を抜けると流れは良くなったが、田原市に入ると今度はポツポツと雨が降ってくる。でも、幸い合羽を着るほどでは無かった。随分と時間を消費してしまったが、何とか集合場所の白谷海浜公園へ12時半頃到着、個人撮影にギリギリ間に合った。(^^;)
 天気が良ければ渥美半島を走り回る積りだったが、雨が降り止まないので、先ずは道の駅「めっくんはうす」まで少し走り、以前購入して気に入ったカップ酒を2つ購入、そのまま帰途についた。再び渋滞する豊橋市内を抜け、豊川ICから小牧ICまで一気に走って、自宅に着いたら16時少し前だった。

 豊橋市内の渋滞で期せずして細い道を走り回る羽目になったが、ここで再び足付きの悪さが気になってきた。
 例えば250ccのオフロードのような軽い車体であれば、シート高が高くて爪先立ちであっても細い路地へ入り込んだり、不安定なあぜ道を走ったりすることに対して一々躊躇なんてしない。が、排気量も重量も格段に大きくて重い950Supermotoで走るとなると、話はかなり違ってくる。
 特に、あぜ道から「見るからに田舎の街」という感じの田圃に囲まれた住宅街に入った時、道は細いわ、区画整理されていないからウネクネした道で見通しが利かないわ、カーブミラーも少ないわ、で嫌でも慎重な走りになり、交差路毎に一旦停止が欠かせない。国内では日常的に遭遇する、このような場面では950Supermotoは実に都合が悪く感じられてしまうのだ。
 以前乗っていたZZR1100もこういったシチュエーションは苦手だったが、ZZRの場合はまだ跨ったままでもバック出切るだけの足付きの余裕があったから良かった。が、950Supermotoでは跨ったままバックすることは難しく、それ故に使い勝手が悪く感じられるのだ。足がもっと長ければ良いのだろうが、こればかりは如何ともし難い。

 「ナーニ、何とか成るさ」と自分に言い聞かせて950Supermotoに乗り換えたのだが、現実は想像上の想いを打ち砕くに十分な説得力を持っていた、ということである。現在の職場は3月末で雇い止めとなることが確定しているので、新たなバイクを購入するというのは到底無理だが、既に、かつて散々迷ったBMWのF650が気になる。まぁ、今後の検討課題ですなぁ...


パソコン購入(2009/01/25 PM, 日)
 1ヶ月と少し前辺りから、今使っているパソコン(NEC LL550/G)の内部から時折「ゴロゴロガラガラー」という音がするようになった。常時音が出る訳ではないことから「CPUクーリング・ファンのベアリングがいかれたのかなー」なんて呑気に思っていたが、数日前からドンドンと音が大きくなってきたので「うわぁ、こりゃ不味い」と思い、いよいよ新PC購入へ。

 あちこち色々と調べるが、個人向けPCは拙者にとってはどう考えても不要なソフトが色々入ってて嬉しくない。かといって、業務用は色気が無いだけでなく使い勝手や価格の面で手を出し辛い。色々迷いながらも自宅近くの大型家電販売店を回って値段を調べ、更に正社員の店員を捕まえて価格交渉を試みた。が、この不景気のご時勢でもどの店も強気で一向に埒が明かない。
 「うーん、どうしようかなー?」と考えあぐねていたら、週末に自分宛の封書が届いた。中を見ると「決算大売出し」とある。「よし、もう一回攻めてみよう」と思い、昨日複数の店舗で改めて金額を調べた上でお店へと向った。

 お店は日曜日なのに意外に人数が少ない。やはり不況の影響が出ているようだ。客が少ないせいか、店員も数が少なくて、正社員の店員をなかなか捕まえられない。以前メディアで問題になった、メーカ側から量販店への販売促進と称した人材派遣は未だに消えていないようで、メーカ社員証と入店許可証の両方を首からぶら下げた店員モドキがウヨウヨしている。勿論ある程度の商談は出来るだろうが、シビアな値引きに関しては権限が無いし応対を拒否することも多いので、正社員を捕まえることが重要だ。
 待つこと15分ほど、他の客の応対が終わった正社員の若い店員を捕まえて、じわじわと金額交渉に持ち込む。「自分ではこの額までが限度なので...」と逃げ腰の店員を更にしつこく攻めたら「上司と相談してきます」と言ってカウンター奥に居る店員と何やらヒソヒソ。店舗に設置された販売管理システムらしきパソコンの画面を見ながら時折電卓を叩いてお互い顔を見合わせ、腕組みしたりして考え込んでいる。
 10分近く経ってようやく若い店員が戻ってきた。「ここまでが当店では限度ですので」と提示された金額は、封筒の中に入っていた広告に記載されていた金額よりも更に2万円以上引かれた額、ネット上で調べた最安値と殆ど変わらなかった。これ以上は難しいと考え、「じゃぁその金額で買いましょう」と交渉成立。店に入ってからちょうど1時間が経っていた。

 本当は直ぐにでもデータ移行をしたいんだけど、他に優先的に片付けなければ成らない作業が多くて、まだ新しいパソコンは箱の中に入ったままだ。できれば今週末辺りに移行作業をしたいと考えている。
 移行作業が終わったら、いよいよこのサイトのブログ移行作業を始めようと思う。


フェラーリの修理(2009/01/18 PM, 日)
 2週間ほど前から、テスタロッサの左ドアが妙に軽く開いてしまうようになり「何故なんだろーなー?」と思い、よくよく見ると...ありゃぁ、ダンパーらしきものとのリンクをしている部分が外れてしまっているではないか。しかも、ドアのヒンジ部分の金具がボディ側に当ってしまったらしく、一部が当て傷として持ち上がってしまって更に塗装にヒビまで入ってしまっている。気が付かなかったとはいっても、余りに迂闊だった。(滝汗)
 「外れたんなら元に戻せば良いぢゃん」とばかりに作業を開始するが、ダンパーはかなり堅くて両手で引っ張った程度では殆ど動かない。ドライバーとペンチだけでは手が出ないのだ。「参ったなぁ」と思いつつも思案していて、急に名古屋市北のお店を思い出した。
 テスタロッサ購入後、「軽い修理だけの為に信州のお店にわざわざ行くのはなぁ」と思って近隣のフェラーリ修理実績のあるお店を色々とネットで漁っていた時、目に留まったのが清須市の国道22号沿いにある「APERTO」だった。何故かそれを思い出したので、「よし、行ってみよう!」

 昨日午後、息子を乗せてAPERTOへ。事情を話すと「でしたら、2階に事務所がありますから、そちらでお待ち下さい」と言われ、言われるままに2階で待つこと数分「直りましたよ」。うわぁ、凄く早いぢゃん。だって、まだ10分も経っていないんだから。
 その後、事務室で少し話し込んだ。テスタロッサはちょうど日本全体がバブル景気に塗(まみ)れていた頃に発売されたため、非常に多くの台数が国内に入ってきたそうだ。ただ、既に20年近く経過しており、流石に内外装が綺麗なものは先ず出てこないらしい。それに「走行距離が変な車両が多いんです。20年も経ってるのに走行距離が2万キロ以下なんておかしいですよねー」と。なるほど、確かにその通りだ。
 通勤で使っていると話すと「えっ!?...できれば足代わりの車を用意される方が宜しいのでは?」と。まぁ、確かにそうなんですけどねぇ、でも駐車場が無いし、第一先立つものも無いし...(^^;)

 色々と貴重な話を伺った後、1階に下りると非常に綺麗なディノが3台も居るではないか。どれも名古屋ナンバーだ。曰く「アメリカでレストアされた車両なので、メッキがピカピカなんですよ。ヨーロッパのレストアは元の状態の再現を重視するのでここまで光らせないんですけどね」と。なるほど、国民性に依る違いって大きいのねー。

 店を後にして自宅に向う途中、窓の曇りを手っ取り早く消すためにウィンドウを下げたら、今度はウィンドウを上げようとしても上がらない(=o=;)。以前からパワーウィンドウの調子が良くなかったんだけど、いよいよ危ない状態になってきたらしい。幸い手でガラスを掴んで引き上げたら何とか閉まったから良かったけれど、これもいずれは修理しないといけないナー。
 購入したお店の話では、既にパワーウィンドウ用モーターは入手できないとのことだから、先ずはモーターへ供給される電圧の辺りから調べて自分で出来る範囲は修理してみようと考えている。


年が明けて(2009/01/12 PM, 月)
 2009年に入って既に半月近くが経過するが、未だにヨーロッパ旅行の余韻に浸ったままっつーか、ヨーロッパから帰って来て気が抜けたままだ。年末のヨーロッパはクリスマス市の時期だったのにもかかわらず気温の高い状態で日本よりも暖かい程だったし、期せずしてベートーベンやシューベルトなどの墓参りも出来たし、ヨーロッパではポジフィルムは何処のカメラ店でも売ってることが判ったし、グリューワインをあちこちで飲んで美味かったし、ツアーなのに参加者は我々家族だけだったし、運転手を勤めてくれたエルビンさんはとても良い人だったし...要するに「旅行が余りに楽し過ぎた」んだなー。だから現実との落差に幻滅しちまったってことですナ。(笑)

 閑話休題。
 昨年後半に突如として崩れ始めた経済状況のお陰で、日本円がオイロ(ユーロのドイツ語発音)やドルよりも強くなっている。前職のトヨタでも同じように円が強い時期があって随分とヨーロッパやアメリカから個人輸入したが、その後の円高で疎遠になっていた。
 でっ、「円が強くなったなー」と思いながら久し振りに海外のサイトをあちこち覗いてみると...「オォーっ、こりゃ送料含めても国内より大幅に安いぞ」というものがチラホラ。欲しいCDがだいぶ溜まって来てるし、欲しいレンズもあるので、そろそろ海外取引を再開しようかナー?なんて考え始めている。でも、先ずは資金作りをしなきゃねぇ...手持ちのレンズやら何やらを売り捌かなきゃ。(爆)

 年末年始の休みで長期間テスタロッサのエンジンをかけなかった為か、或いは気温が低くなってエンジンのかかりが悪くなっただけなのかは分からないが、出勤時にエンジンを始動しようとするとバッテリー警告ランプが点くようになった。以前にも夏に2週間ほど同じような状態となったことがあって、その時はそのうちに解消してしまったし何も起きなかったのだが、何となく気になる。
 通勤で走る距離は1日辺り13kmほどと短く、しかも信号が結構多くてゴーストップを繰り返し「バッテリーに負担かけてるかな?」という気もしていたので、先ずはバッテリーを少し強化しようと考えて「ナノパルサー」なるものを取り付けた。これはサルフューション除去を目的としたもので、具体的には高周波の電流を数十mAほどバッテリーに流す回路が入っている。この手の製品の中には1Aほどの高周波を流す機器もあるが、大きな電流はバッテリーそのものに負荷をかけてしまうので、敢えて電流の少ないものを選んだ。
 まだ付けたばかりだし、バッテリーの化学反応だから効果が出るまで時間がかかるだろうが、今後どのようになるのかが一寸楽しみだ。

 昨年末からパソコンを買い換えようか迷っていたが、結局未だに迷ったままで踏ん切りがついていない。あちこちの店に行って金額などを偵察しているのだけれど、どうも決定打に欠けるような感じである。投資金額が大きいというのも決心できない大きな原因なのだが、最近の個人向けパソコンは使いもしないソフトウェアが一杯入っていて、それが結構他のソフトの邪魔をしたりするので、あまり嬉しくないのだ。
 しかし、年が明けてからパソコンから聞こえる異音が徐々に大きくなってきているので、いい加減買い換えなければと思っている。

 実は、パソコンよりも切羽詰って来ているのが、他ならぬこのサイトである。
 既に空き容量が数%しか無くて、新たにページを作れない状態に陥ってしまった。人力でHTMLを使って書くのが面倒になってきたこともあり、いい加減Blogの方へ移行させようと本気で考え始めた。Blogは適当に流し読みしかしたことがないので、実際に自分でやるとどうなるのかサッパリ分からない状態だが、研究して徐々に移行していこうと思う。

 年度末の雇い止めに向けて就職活動もしなきゃならんし、オーディオセットの収納もそろそろキチンとやり直したいし、バイクの整備もしたいし...うーん、やるべきこと・やりたいことが一杯で、今年も時間に追われそうだナー。(笑)

この一年(2008/12/31 PM, 水)
 今年は複数の予定が同じ日でぶつかってしまうことが非常に多く、しかも色々な都合で結局どの予定も諦めざるを得ないという厄介な一年であった。昨年同様、昨日まで年賀状の印刷に追われ、今日は酒などの買出しなどで終わってしまった。(笑)今年も自分の部屋の片付けまで手が回らないというのも、昨年と全くの同一である。我ながら進歩が無いナー。(笑)
 新聞やTVを初めとするメディア類も商店も新年ムードで一杯だが、拙者は相変わらず「何で年が変わるからって馬鹿騒ぎするの?」と違和感を抱えたまま新年を迎えることになりそうだ。
 この一年を改めて振り返って見よう。

 まずは趣味について、手始めにバイク関係から。
 KTM 950Supermotoはまだ総走行2千km強と、今年に入ってから500km弱しか走っていない。家族持ち故に車での移動が圧倒的に多いということもあるのだが、やはり色々な予定が重なってバイクで出かけるタイミングが全くと言って良いほど無かったのが大きな原因である。車検を通したので未だしばらくは乗り続ける積りだが、足付きの悪さは如何ともし難くて、それが原因で乗らなくなっている面もありそうだ。11月に行われた県警主宰のバイクスクールでかなりバイクの挙動が分かってきて乗りなれてきたので、以前よりは恐怖感が減っているのがせめてもの幸いだ。

 更に、車について。  Porsche Carrera4(RHD,Tip)に8年近く乗り続けたが、やはりオートマというのがどうしても引っかかってしまい、いつももどかしい思いに駆られていた。そんな中、自分でもどうしてそうなったのか未だによく分からないが、突然Ferrariに目が向いたのである。あちこち探し回って信州のお店に何度も通い、Testarossaが納車されたのは5/1。しかもこの日からガソリンが大幅値上げで80リットル入れるのは金銭的に痛手だった。まぁ、ここにきてようやくガソリンの値段が落ち着いてきたので、当分は大丈夫と思うが...。  周りから「ポルシェ、フェラーリと来たら、次は何?ランボルギーニ?」と良く訊かれるが、拙者自身まだ入手したばかりなので先の事はサッパリ想像も付かない。当分は現状のままで行く積りだ。

 次はオーディオについて。  一階のCanterbury15/HEは、家族が居ることもあって殆ど使っていない。専ら二階の自分の部屋で洋楽CDを聴いている。スピーカはJSP-2020のままだが、CDプレーヤはSONYの古いポータブル・タイプへ替え、DAコンバータとして新たにCHORDのDAC64Mk2の中古を導入した。お陰で細かい部分もきちんと表現できるようになった。アンプは相変わらずAudioAnalogueのPRIMO SETTENTAだが、小さな部屋では音量調整がやり難いので別のアンプを物色中だ。このアンプは自室で使わなくなったら一階のメインアンプへ転用する積りである。一階で使っているのはFlyingMoleのCAS-3なのだけれど、どうも低音が頼りないのだ。PRIMO SETTENTAは某社と同じICEパワーモジュールを使っているからCanterburyをそこそこ駆動できるだろうと考えている。

 カメラ関係について。
 昨年SL66のシステム一式を手放したお陰で防湿庫に余裕が出て来たのだが、安いレンズを数本購入しただけで再び一杯になってしまった。(笑)今までは買ったレンズはほぼ全て年に1回は使っていたのだが、息子が土曜に塾へ行くようになってから家族で出かけることが殆どなくなってしまい、それに従って撮影回数も極端に減っているため、1年で一度も使わない機材というものが出現してきている。防湿庫も手狭なので、重複している焦点距離のレンズは手放そうかと考えているところである。

 音楽系機材について。
 FenderUSAのTelecasterがきっかけで「自分の求める音」が出るギターを探し続けたが、結果としては得るものは何も無かった。やはり地道に探し続けるほか無さそうだ。機材はフルアコとセミアコのギターが増えただけに留まっており、状況に依っては機材を減らすかも知れない。

 さて、Mixiを初めて2年経過したが、やはりMixiまでには手が回らないので、殆ど活動はしていない。自由な時間がないとなかなか難しい。

 さてさて、次は自身の体調について。
 以前から薄々気が付いていたのだが、年々風邪を引き易くなって来ている。これは少々無理して体重を減量したのが響いているのは勿論だが、はやり冬にバイクに乗らなくなったのも大きな要因と思う。寒い中を走ると体もソレナリに対応するようになるから、車ばかりでは余り宜しくないという気がしている。しかし、家族持ちだとバイクというのは難しい面もあり、悩ましいところではある。

 最後に、仕事関係について。
 3年契約が2年延長されたが、いよいよ今度の3月で任期満了、これで「雇い止め」となる。7月下旬に「両部長が相談した結果、このまま任期終了ということで」と正式に通告されているし、法律により更なる延長は禁止なので、当然職場側からはそんな話が出ることはあり得ない。しかし、拙者の後を継げる人材が皆無というのも冷酷ながらも厳然たる事実である。恐らく、拙者亡き後は相当な混乱があるだろうし、今まで押さえつけられていた業者達が一斉に不当要求を出して来るだろうが、もう拙者には全く関わりの無い話となる。「後は良きに計らってちょーだい」としか言いようが無い。残り3ヶ月を淡々と過ごすのみだ。

 このサイトは年を追うごとに更新頻度が下がってきており、「何とかせねば」と気だけがから回りして現状を改善出来るところまでには至っていない。それでも見に来て下さる方々がいらっしゃるというのは本当に有り難いと思う。
 また、SO-NETの用意する容量の上限にかなり近づいて来て危ない状況になっており、そろそろサイトを引越しせねばならぬかー?とも考え始めている。Blogに移行すれば容量は増えるが、自由度が無くなってかなりの制限が付き纏うため、一気に移行する気にはなれないでいる。
 更に追い討ちをかけるように、先週辺りからPCの調子が突然悪くなってきて、PC買い替えも検討し始めている。

 ナンダカンダと言いつつも、今年一年は本当に「思い通りにならなかった」し、「何故かいつも時間に追われている」状態だった。
 よりによって、年末もかなり押し詰まった12/18から、突然決まったツアーで1週間ほどドイツとオーストリアに出かけた。10年振りのドイツの街並みは本当に懐かしくて大感激、クリスマス市もグリューワインも堪能できた。しかし、そのお陰で帰国したら完全に気が抜けてしまって何もやる気がしなかったから、余計に収拾が付かなくなってしまった。(笑)

 既に20時を過ぎ、残り4時間弱、もう少しすれば問答無用で新年が嫌でもやってくる。皆さん良いお年を!(^^)/

不足(2008/12/14 PM, 日)
 先月下旬のわの会撮影会で発病した風邪がやっとこさ治ってきたようで、咳もクシャミも殆ど出なくなった。が、これからまだまだ寒くなるので、油断してまた風邪を引かないように気を引き締めなければならぬなぁとも思う。

 さてさて、以前から気にはしていたのだが、いよいよSO-NETのホームページ用ディスクの空き容量が少なくなってきた。ここ数年はネタが切れてしまったこともあって、更新するのはトップページだけという状態が続いているが、それでもチビリチビリと書いていると容量を喰ってしまうようだ。
 SO-NETでもブログなら1MBの容量があるのに、何故か通常のWebサイト用は10MBしか用意されていない。この辺がSONY系列であることの弱点であるようにも感じる。何せ、以前は曲がりなりにもサーバタイプのコンピュータ製品を出していたが、現在はほぼ撤退していてノウハウが無くなっているだろうことが容易に推測できるのだ。コンピュータメーカ系で今時無料で使える容量が10MBだけというのは一寸考え難い。

 今後急激に容量が増えるような予定は無いので、今のままでも恐らく支障は無い筈。しかし、HTMLを手で書いてFTPで更新するのが結構な手間で、どうしても更新のタイミングが土日に偏ってしまいがちだし、容量制限から大きなサイズの画像を載せることが出来ないのでザラつくのを承知で画素数を落として写真を掲載せざるを得ないという面もあり、「このままでは一寸なぁ」という気もしている。

 今月に入ってもプライベートでは非常に忙しくしていて、まだ年賀状すら手付かずの状態、下手すりゃ年賀状を貰った人にだけ返信で出すようなことになるかも知れない。現在の職場との契約は来年3月末で終了、当然この不景気なご時勢に延長や再契約がある筈も無く(それ以前に、法律で再延長等は禁止されているが...)、次のメシの種を探さなきゃならんのだが、それすらままならない状態である。

 まぁ、何にかしら対策を考えなければ成らぬということに間違いは無さそうですナ。(笑)

 そうそう、今週は途中からネット環境にアクセスできなくなり、使えるようになるのが来週半ば以降となるため、その間の更新は滞りますので、何卒宜しゅう。m(_"_)m
長引く(2008/12/07 PM, 日)
 先月下旬のわの会撮影会で発病した風邪は、だいぶ良くなったものの2週間経過してもまだしつこく症状が残っている。先週の土曜に近くの医院へ行って薬を貰って飲んでいるけれど、それでもなかなか症状が引かない。発熱は無いけれど、咳と鼻水がなかなか収まらないのだ。

 医院で貰った薬を調べて見ると、一つは「アンブロキソール塩酸塩」という成分の入った去痰剤、もう一つは「クラリス」という...エッ?!、これ、抗生物質ぢゃんっ!。化学式を調べると...うひゃぁ、随分と面倒な式やねー。(笑)
 以前、日本呼吸器学会が「風邪にゃ薬として抗生物質は出さねぇ」と啖呵切ってたよーな気がするけれど、幾ら学会が顔を真っ赤にして力説したところで、患者から「早く治してーよーぉ」という要求を受けた医者に通用するとは思えんよなー。(笑)まぁ、そういうのが重なって耐性菌というのが増えてきて、医者側も困ってるんだろうけど、ある意味「自業自得」だわなぁ。(汗)

 海外では風邪を引くと一週間は出勤停止になるらしいが、残念ながら国内企業は労働優先だから他の人に移そうが何しようが、休めば評価に響く。CSRも何もあったもんぢゃない。困ったもんだ。

わの会撮影会(2008/11/30 PM, 日)
 11/21(金)から11/24にかけて、三輪薫プロカメラマンが主宰する「わの会」の東海地区撮影会が行われたので参加した。メインは11/22-23の一泊二日だが、その前後も希望者のみ参加する撮影会が行われた。前回の撮影会辺りから、メインの日程の前や後ろに希望者のみの撮影会を付け足すスタイルが定着したようだ。
 当初はフェラーリで参加の予定だったが、撮影地へ向う経路に非常に細い道が含まれる為、豊田市在住のUさんの車に載せて貰う事になった。

 11/21の11時頃、Uさんともう一人のUさんの乗る車が自宅前に到着、早速機材を載せて出発。今日は伊良湖岬で夕日撮影&宿泊の予定。先ずは高速道に乗って集合場所の豊川ICへ向うが、「妙に空が暗いナー」と思っていたら春日井ICを過ぎた辺りから強い雨。「うわぁ、こりゃ撮影は無理かも知れない。そうすると今日は宴会だけか?」なんて騒ぎながら途中のSAで昼食を済ませ、豊川ICで待ち合わせる。
 豊川ICでは東京から車で来た2台、兵庫から来た1台と合流。途中では全く雨に降られなかったという。とりあえず国道151、国道1、国道259と走って伊良湖岬へと向う。途中、トイレ休憩で寄った道の駅「田原めっくんはうす」で地酒のカップ酒を仕入れる。
 再び走り出し、途中で県道28を使って国道42に出ると、段々と雲が少なくなっていく。「おぉ、これは期待できそう!」と先を急ぐ。日出の石門近くで暗くなるまで撮影するが、そこそこ夕焼けもあって良い感じだった。真っ暗になるまで撮影し、その後宿へ移動。宿は近くにある公営の施設へ。ここでプロ夫妻と合流。風呂の後、宴会に突入、少し多めに呑んだ後に寝た。

 11/22の早朝撮影は4時半からとのことだったが、連日の疲れが溜まっていて起きられず、11/22は朝5時に起きる。支度をして宿の外へ出るが、既にどの車も出発した後。「うーん、どうするかなー」なんて考えていたら、丁度そこへ三輪プロ夫妻がご登場、乗せて貰って岬へ。岬に着くと、既に空が明るくなり始めていて、直ぐに撮影体制に入る。
 完全に太陽が昇るまで撮影を続け、宿に戻って朝食を済ませる。出発の準備をして伊良湖港へ。フェリーで鳥羽へ定刻に到着、伊勢二見鳥羽ラインを使って伊勢ICへ出て、メインの集合場所となっている伊勢和紙会館へ。ここで作品を鑑賞し、昼食の為に近くのパスタ屋へ。ちなみにこのパスタ屋さんは結構有名らしく、予約しないと入れない程だそう。昼食から戻って、いよいよ出発となる。国道167を南下、更に国道260と走る。海岸沿いで2回ほど撮影。夕景は昨日以上に紅く染まり、大いに満足の行く撮影が出来た。
 宿に戻ったのが19時過ぎだったので、そのまま宴会へ。ここで思わぬ事態発生、生産本数の少ない関西の名酒「よかわ」を始めとする日本酒5本、シェリー酒、ワイン、スコッチウィスキーが差し入れされたのだ。これらの酒が並んだ所で「こりゃぁ明日の早朝撮影は無理だわなー」と周りの人達と囁き合う。23名全員が揃ったところで乾杯、宴会へと雪崩れ込む。次から次へと出てくる魚料理はどれも美味しい。流石海に近いだけの事はある。お陰で酒の消費も異様な速度で進んで行き、2時間弱の宴会が終わった頃にはどの酒も殆ど空っぽと言う有様。宴会の後は恒例と成ったセミナーが開かれたが、拙者とUさんはセミナー開始までは記憶があるものの、その後は意識不明の重体、壁際でひたすら惰眠を貪っておりましたとさ。(爆)
 セミナーが何時終わったのかは判らないが、起された時には既に宴会の跡形も無く綺麗に布団が敷き詰められていた。そのまま数m移動して布団の中に入ると、再び意識不明に。(笑)

 11/23は周囲の人達が早朝撮影の準備をする音で眼が覚め、自分も直ぐに用意して出発に備える。さて...エエッ?...まさか...声が枯れて出ないぞぉ(@@;)!こんなことは生まれて初めてだ。どうやら酒のせいでは無くて風邪を引いたらしい。そういえば数日前から鼻水が良く出るようになっていたっけ。
 皆さんアレだけ呑んだのに、きちんと起きて来るとは驚きである。4時半前に宿の前に出ると流石に気温が低い。全員で出発し、撮影場所へは5時少し前に着く。直ぐに撮影の準備をするが、未だ真っ暗で足元も覚束無い状態であちこち歩き回るのは少々難儀なことだ。幸い小さなペンライトを持っていたので数歩先までは何とかなった。次回からはヘッドライトか何かを持って来なきゃ駄目だな、こりゃ。
 段々と空が明るくなり始めると皆さんの動きが殆ど止まり、カメラに噛り付いたままだ。陽の昇る前から空が紅く染まり、立て続けにシャッターを切り続ける。陽が完全に登り切って撮影は終了、宿に戻って朝食。朝食でも魚の丸干しや焼き魚など、多様な海の幸が並ぶ。流石に朝から宴会をやる訳にも行かず、粛々と食事を済ませ、出発の準備をする。
 宿を出て、途中で撮影しながらパールロードを進み、昼食は玉城アクトファームでバーベキュー、食後更に丹生大師というお寺の紅葉を撮影。ここでひとまず解散となる。ここで帰途に着く皆さんと別れ、東名阪道を進む。が、13km以上の渋滞に巻き込まれ、イライラしながらいつもの倍以上の時間をかけて通過。途中のSAで長時間運転が続くMさんの代役で宿まで運転を代わった。中央道へと進み、中津川ICで降りて国道19を北上、宿のフォレスパ木曽阿寺荘へ到着したのは19時過ぎ。風呂へ入っていると遅くなるので、そのまま夕食兼宴会へと突入。ここでも結構な量を呑んで眠くなってしまい、23時頃寝酒の缶ビール500mlを飲み干して寝てしまった。(笑)

 11/24は早朝撮影は無いので、朝6時にゆっくりと起き、温泉に浸かる。7時半に朝食を取り、9時頃に出発して木曽川の支流へと向う。撮影地は途中から林道で砂利道となる。昨年撮影に訪れた時は台風の影響で激しい雨だったが、今回は薄曇という絶好の撮影条件だ。ただ、気温が低くて、上流に進むと融け残った雪があちこちに散らばっていた。更に上流へ進むと雪の量が多くなり、気温もぐっと冷える。ドイツ陸軍の厳冬期用ジャケットを着ているので上半身は全く問題無しだが、足元が深々と冷えてくるのには参った。
 林道を移動しながら昼まで撮影する。条件が良いので撮影枚数が自然と増える。撮影終了の少し前から小雨になった。宿に戻って昼食を取り、ここで解散。
 Uさんの車で自宅まで送って貰うが、途中ちょっと寄り道して岐阜都ホテルで行われていたポルシェフェアに顔を出す。前回同様多くの人達が訪れていた。
 19時半過ぎに自宅に到着、荷物を下ろして走り出すUさんを見送る。コレで撮影会は全て終了。

 今回は途中で声が出なくなるという訳の判らない事に成ってしまったが、不思議と熱や体のダルさは感じなかった。念のために翌日の11/25は休暇が取ってあったが、いつもと体調は殆ど変わらない感じ。しかし、11/26未明から熱を出てしまい、急遽この日も休まざるを得なかった。幸い会議や仕事などは一切入れてなかったので、実害は無かった。
 その後も風邪はしつこく長引いていて、今も咳とクシャミと鼻水に苛まれているような有様だ。いやぁ、健康って大切ですねー。(滝汗)

カメラザック(2008/11/17 PM, 月)
 三輪薫プロカメラマンの主宰する「わの会」の泊り掛けの撮影会が今週末に行われるのに先立ち、ようやく新しいカメラザックを入手した。

 撮影会に参加するようになってから段々と機材が増え、それに合わせてカメラバッグやカメラザックを色々と使ってきた。一昨年春まで使っていたカメラザックは容量が不足気味だったのに加え、バイクで出かけて撮影する時にも頻繁に使っていた為かあちこちが綻びてきて「こりゃぁ、そろそろ寿命だなー」と考えて引退させ、その後は撮影会の度に手持ちのカメラバッグ2つに分けて入れていた。
 使っている機材は中判も35mmも、今では少数派と成りつつある金属ボディの機械制御式カメラばかり。ガラスの塊でもあるレンズの重量と相まって相当な重さになる。ザックタイプなら両肩で支えるので良いが、肩がけが基本のカメラバッグでは一つのバッグにまとめると肩が痛くなってしまうので、バッグを2つにして使っていた。

 しかし、バッグ2つではかなり不便ということが2年間の使用で分かって来た。風景撮影は場所を移動して良さそうなポイントを探しながら撮り歩くのだが、バッグ2つだと肩に一つかけて手にもう一つ持つので、三脚を持つと両手が塞がってしまう。バッグの肩紐を長くして2つのバッグを斜め掛けにすると、カメラやレンズの重量で段々と方紐が食い込んで首を絞められてしまうような状態になり易い。
 ザックタイプだと、撮影機材を取り出すには必ずザックを下ろすという動作が入るので、頻繁に場所を変えて撮影する時には、ザックの上げ下ろしがかなり面倒に感じられてしまう。だからバッグタイプを使っていたのだが、一昨年夏の撮影会で崖から滑落してからは「足場の悪い場所はザックでないと難しいかナー」と真剣に考えるようになった。何せ滑落した時は運良く途中の岩の出っ張りがあって足の捻挫程度で助かったものの、一番下まで滑落したら間違いなく足の骨を折る程度では済まなかっただろうし、不安定な路面を歩くとザックは左右に大きく揺れて足元が更に不安定にしてしまうことが多い。

 カメラバッグを使うようになって以後、足元が不安定な場所での撮影は滑落した時を除いて殆ど無かったことから、「必要だ」とは思っていてもなかなか購入までには至らなかった。しかし、撮影会の度にフィルムの使用本数が増える傾向にあり、現在のバッグではこれ以上フィルムを詰め込むのが難しい状態になっている上に、今度の撮影会は3泊なのでどう考えても今までの倍以上のフィルムが必要となる。従って、これ以上購入を躊躇っていることが出来なくなったという訳だ。

 あちこちのカメラ屋でカタログを一杯貰って来て色々検討を重ねた。デジタル全盛のお陰で大型ザックの需要が減っているのか、手ごろな価格のザックは容量が20リットル弱しか無く、拙者のような使い方には小さ過ぎる。機材やフィルムの量を考えると最低でも28リットルは欲しい。舗装路の上は担がずに転がして運べるよになっていれば尚良い。そんなことを考えながら絞り込んだ結果、エツミが出しているカーゴ兼用のカメラザックに決まった。このザックは容量が32リットルほどあるので、4x5やバイテン(8x10)のような大型カメラでもレンズと共に収納できるし、カメラ用の仕切りを取り外せば普通のザックとしても使えるので色々な面で使えるだろうと考えたのである。

 これで今後の撮影会ではカメラバッグで悩む必要は無くなった。後はウデを上げるだけなのだが、こればかりはなかなか...。(^^;;;)

バイクスクール(2008/11/09 PM, 日)
 前の職場(もう、辞めて5年になるのねー...)のMLで、愛知県警が無料でライダースクールを実施しているのを知り、今朝小牧署に問い合わせたら「現地へ直接行って貰えば良いですよ」という話だったので、事前に申し込みはしていなかったが開催場所へ直接乗り込んで参加した。

 会場は丹羽郡大口町の国道41脇にある名鉄自動車専門学校で、自宅からは30分一寸。開始時間まで5分足らずという時刻に到着したので、既に参加するバイクが多数並んでいた。意外にもマフラー等を改造している車両が多い。県警主催なのに大丈夫なのかな?(笑)250ccや50ccのスクーターも参加車の中に混じっている。更に、信用金庫の外交員の方々が50ccのビジネスバイク(よーするに、カブ・メイト・バーディーという類のバイクね)で、更に自衛隊の方々も多数参加されていた。定員は50人だそうだから、ほぼ満員の状況だ。

 初めに、10時から教室で諸注意と講習内容の説明を受け、その後コースへ出る。ここで、参加回数の多い常連組、大型バイク所有及び免許5年以上の組、初心者の組の3つに分かれ、各グループに一人ずつ指導警官が付く。更に、名鉄自動車専門学校の教員も付いた。教習内容は、スラローム、バランス&梯子渡り、急制動の3つに分けられ、それぞれについて白バイが先導してコースをまず慣熟走行で1周、それから20分ほど各自が自分のペースで練習するというもの。

 拙者の組は、まずバランス&不等間隔梯子渡りとなり、早速慣熟走行へ。ただでさえ狭いクランク路やS字カーブがパイロンで更に狭めてある。うっかり車体を倒すとパイロンを引っ掛けてしまいそうで少々おっかない感じだ。自動車学校卒業以来となる梯子渡りは2回ほど脱輪したものの、タイヤが桟に当る直前にアクセルオンのタイミングは体が覚えていて意外にすんなりと走れた。これは自分でも驚いた。(笑)
 車体の構造からクランク路や梯子渡りは難しいのか、3台のハーレーは1周しただけで後は見学していた。ハーレーは地上最低高が低い上に、スタンディングポジションを取り辛いから、無理して走らなくて正解だったかも。

 急制動は、よくある「制動地点(ブレーキをかける位置)を決めて、そこから思いっ切りブレーキ」というもの以外に、「急加速後目標地点で停止できるように急ブレーキをかける」という目標制動というのも行われた。急制動はOKなのだが、目標制動は上手く行ったのは1回だけでどうしても手前2mほどで停止してしまう。ブレーキポイントが早過ぎるのは頭では判っていても体がその通り動くとは限らないから難しい。加速でメータ読み60km/H以上出ていたので、恐怖心から自然とそうなってしまったのかも知れない。

 10分の休憩の後、最後にスラローム。パイロンをやや狭い間隔で一直線に50mほど並べた所を走り抜けると、左右ほぼ道幅一杯にパイロンが分けて置かれていてそこを大きなS字を描くように走り抜ける。一箇所かなりキツイUターンの箇所があり、ハンドルの切れ角が国産よりずっと少ないKTM 950Supermotoだとハンドルをフルロック状態にしないと曲がり切れないので、非常に走り難い。以前から苦手意識のあった、このスラロームがもっとも良い練習になった。
 自動車学校ではクラッチを使わずスロットルだけでパイロンのスラロームを通り抜けられたのだが、低速トルクが薄くてギヤ比の高い950Supermotoでは実に走り難く、クラッチを使わないと苦しかった。が、それでも回数を重ねるうちにクラッチを使わなくてもある程度は走れるようになっていったから、やっぱ練習というのは大事だと痛感した。

 2時間の講習はあっという間に終わってしまったという感じ。正直、倍ぐらいの時間があればと思った。どの課題も白バイが後ろに付いて走ってライディングフォームやライン取りをチェックして改善点があればその場で教えてくれるので、知らないうちに我流になっている部分の多くを矯正できたと思う。また、懐かしいT君らに数年振りに逢えたのも収穫だった。スクール終了後に聞いた話ではMixiからの参加者もいらっしゃったようだ。このところ何故か自宅でも忙しくしていてMixiはちょこっと見て書くだけになっているので、案内が出ていたのかも知れないが見落としていたようだ。

 前回書いたように、ここ1ヶ月ほどKTMを「他のバイクに乗り換えようかー...」と考えていた。何しろシート高が高くて爪先立ちになる為、未だにオッカナビックリで乗っていたからだ。
 しかし、今日のスクールで随分と恐怖心が無くなってきた。練習すればそれなりに乗りこなせるようになるもんだというのを改めて実感した。従って、前言テッカーィ、当分950Supermotoに乗りますよーん。(笑)
 ただ、KTMはノーマルでも性能重視で排気効率の良いマフラーが故に田舎町では爆音バイクと見なされても仕方ないほどの音量(オプションのマフラーはもっと音量があるらしいが...)があるので、田舎をノンビリ走るには少々都合が悪い。それに、林道を舗装したような細いクネクネ道は流石に950Supermotoではキツくて持て余してしまうことは目に見えている。だから、もっと足付きの良いバイクを買い足そうかなー???などと考え始めている。その前に、資金をどうするか...。(滝汗)

バイクの悩み?(2008/11/02 PM, 日)
 ここ1ヶ月程、バイクについて色々な考えが頭の中を右往左往している状態が続いている。
 現在のKTM 950Supermotoは優秀なバイクであることは十分認めるものの、如何にせむ胴長短足な拙者にはなかなか辛いバイクでもある。リアサスペンションのスプリングをノーマルよりも軟らかいものに変えて多少は改善されたのだが、それでも過去に何度も停車時に冷や汗を流したことがあり、それが遠因となって徐々に乗らなくなってしまっているような気がするのだ。

 KawasakiのZZR1100Dに10年ほど乗った後、次期バイクは当然ZZR1400となる筈だった。が、運悪く発売直後で納車に1年以上かかると言われ、他の選択肢を色々と考えた結果、現在に落ち着いた。他にもBMW R1200GSも有力な候補ではあったが、価格が高いのと、更に足付きが悪いので、もしGSにしていたらもっと早く現在の状態になっていたかも知れない。
 過去に足付きが極端に悪いバイクとしてYamaha TT250Raidに乗っていたこともあるが、こいつでは北海道ツーリング中に生まれて初めて立ちゴケをやらかした思ひ出が忘れられない。しかし、オンロードに比べれば遥かに軽量ということもあって「多少不便だ」という程度にしか感じなかった。だから、950Supermotoを購入する時もさほど気にはしていなかったのだ。

 しかし、いざ950Supermotoに乗るようになると、試乗では見えてこなかった色々な点が徐々に頭をもたげて来る。特に気になるのがシート高の高さとガソリンタンクの容量不足である。
 近年は長距離をバイクで延々と走ることが少なくなってきているので、タンクが多少小さいのは大した問題では無くなっているが、それでも一回の給油で300km走れるかどうかという容量では何となく不安を感じてしまうのは事実だ。
 それ以上に、シートの高さは丸で冷酒のように後から徐々に効いて来ている。シートに跨ったままバック出来ないというのが日常の使い勝手でこんなに不便なものとは予想すらしていなかった。そういえば、バイクに乗ったままで後ずさりできないというのはこのKTMが初めてだ。
 他にサブとなるバイクがあれば問題になることすらなかっただろうが、現在はバイク1台のみの体制なので、ちょっとした買い物でもバイクで出るとなればKTMしかない。どこでも駐輪場は建物の壁際に指定されていることが多く、通り抜けられるような場所となっていることは殆ど無い。そうなると、必ずバックさせる必要が出てくる。乗らずにバイクをバックさせれば良いのだが、何となく跨ったままの方が拙者の場合は安心なのだ。だから、バレリーナの如く爪先立ちで力が入らない状態というのはとても辛いのである。

 KTMは購入や初回点検は購入ディーラーでないと駄目というのも、地方在住者には結構辛い制約である。初回以外は地元のバイク店でOKとは言うものの、KTMは特殊工具が多いらしくて意外と手がかかることもあり、「能力を出し切れない状態で使い続けるのはバイクにとっても嬉しくないだろうから、いっそのこと他のバイクに乗り換えようか?????」と考えたりしている。そうなると「次のバイクは?」となるのだが、これが結構悩ましいのである...


わの会撮影会(2008/10/25 PM, 土)
 10/19(日)から一泊二日で、わの会(三輪薫プロカメラマン主宰)の撮影会が志賀高原で行われたので参加して来た。

 10/19は朝7時に自宅を出発し、小牧ICから東名道へ入る。ガソリンの値が少し下がったとは言ってもまだまだ高価なので、節約の為に100km/h前後でゆっくりと走る。小牧JCTと更埴JCTを経て信州中野ICに到着、IC近くのスタンドで給油して燃費を計算したら、9km/リットルと過去最高!我慢して走った甲斐があった。(笑)
 中野市内は何故か渋滞しており、通り抜けるのにいつもの倍以上の時間がかかってしまった。お陰で昼食の時間を削らないと集合時間に間に合わない。国道292沿いのイオンショッピングセンターに飛び込み、慌しく軽食を胃袋へ詰め込んで再び国道292を渋峠方面へ進み、集合場所に指定された木戸池温泉ホテルに着いたのは集合時間の12時50分ギリギリだった。「もし何かあって遅れたりしたらマズイ」と思って1時間ほど早く自宅を出たが、本当に良かった。

 10/19は車で移動しながら長池などの周辺を撮影し、夕景撮影のために渋峠近くで日が沈むのを見ながら撮影。日が落ちて暗くなるに連れてシルエットになった山々の手前に街明かりが浮かび上がってきて、昼だけでなく夕方から夜にかけても良い撮影ポイントだということを改めて認識させられた。ただ、ペンライトを車の中に置き忘れてしまい、暗い中の撮影は結構辛かった。(笑)ライカR8はファインダー内に露出等が表示されるからまだ救われるが、ハッセルブラッドの方は電池が要らないだけに表示も皆無。手探りでの撮影は冷や汗モノだった。(笑)これからは、ペンライトはカメラバッグの中に入れていこう。

 ホテルに戻ってからは、いつものように宴会と三輪プロのセミナー。セミナーの途中まではなんとか起きていたが、睡魔に襲われて段々と意識が遠くなっては「ハッ、イカンイカン」と気がつくという繰り返しで「こんなところで寝ちまったらまずい」と思い、自主的に部屋へ戻った。中年の男がだだっ広い宴会場の中で人知れずグースカ眠りこけている図なんて、どう考えても「フォトジェニックな風景」ぢゃぁないからねー。(爆)


 10/20は、渋峠へ早朝撮影の予定が組まれていたが、日頃の寝不足が祟って起きたのは6時少し前。「せっかく朝食前に起きたんだから」と、ホテル前で木戸池の朝霧を撮影した。これが思いの外良くて、結局そこで朝食まで撮影を続けた。
 朝食後は県道471と県道502(別名:奥志賀林道、舗装済)と雑魚側林道(こちらも舗装済)で片道1時間ほどの奥志賀高原カヤノ平が撮影場所だったが、既に白樺は落葉した後だった。今年は例年よりも1週間ほど紅葉が早かったそうな。
 奥志賀林道の景色の方が遥かに素晴らしかったのだが、如何にせむ車を停める場所が無い。だから「うわぁ、ここで撮影できたらナー」と指をくわえて通り過ぎる他無かった。バイクなら路肩に寄せておけばOKなんだけど...奥志賀高原の道は整備されているけど、車を寄せるスペースが殆ど無い。生活道路ではないから、これでも仕方ないのかなー。
 聞いた話では、砂利道の方がアスファルト舗装よりも維持が大変でお金もかかるのだそう。近年、田舎の林道は悉く舗装されてしまっているが、維持費を安く抑える為らしい。オフロードバイクでフラット・ダートを走るのが大好きな拙者としては非常に悲しい話である。

 来た道を戻ってホテルへ到着、そのまま昼食に雪崩れ込む。全員が食べ終わって「お疲れ様!」でお開きとなったのが14時半近く、機材を車に運んで走り出したのは15時近かった。
 ここから自宅に真っ直ぐ帰ると300km以上あって遅くなってしまうことと、既にテスタロッサはオイル交換しなければならない距離に到達しているので、どうせなら購入した店ロッソコルサ(伊那市)で交換を済ませたいということもあって、20年ほど通い続けている霧ヶ峰の宿「カルペデイム」に泊まることにした...というよりも、初めから カルペデイムに泊まる積りだった。(笑)定期的な息抜きは必要だよ。

 渋峠を越えるが、やはりこの道はマニュアル車で走ると楽しい。草津へ入るが、街中はいつも渋滞気味なので裏道を走った。そのお陰で温泉饅頭を買いそびれてしまった。(汗)万座ハイウェイや浅間白根火山ルートを通る方が早いのだが、費用削減の為に国道292から国道144へと進む。この道は大前から西へ進んだことが無いのでどうなっているかと思ったら、田舎の生活道という感じだった。地図で「田代湖」というのがあるので寄って見ると、どうやら灌漑用の溜め池らしくて風情も何もあったもんぢゃ無かった。(笑)
 県道94で湯の丸高原を抜けるが、高原直前のカーブで砂利のような細かい石が路面一杯に散らかっており、拙者の前を走っていたバイクがそこで転倒!慌てて車を停めて声をかけたら、スリップダウンだけで済んだようでライダーに怪我は無さそう。他に仲間のバイクが7台ほど居るので大丈夫だろうと思い、再び車に戻って走り出す。この道は白樺湖へ抜ける時に使う県道40と似た雰囲気で、とても気に入った。特に道の脇に小川が流れているのが良い。ただ、県道40は水路工事で景観が台無しにされてしまったので、この道も撮影しておかないと危ないかも知れない。
 湯の丸高原は思った以上に開発された感じで、夏期は池の平湿原へのシャトルバスが発着するらしい。道はその湿原を通過して高峰高原まで通じているのだが、夏期は規制されて通れないらしい。この辺りも良い所なので、いつかは撮影して廻りたいと思う。

 国道18、県道81を通るが、やや鄙びた感じの街で所々に旧そうな建物があり、興味をそそられた。この辺りもスナップ撮影して回りたいナー。
 国道152に入る頃には周囲は真っ暗。日が短くなったな。道の駅ながとでトイレ休憩したが、公共の建物だけあって18時前だと言うのにしっかり閉まっていた。うーん...
 大門峠からビーナスラインに入り、カルペデイムへは18時過ぎに到着。ビーナスラインもやはりマニュアル車だとゆっくり走っていても楽しい。
 美味い夕食の後は、いつもの如く夜遅くまでオーナーのクマさんとお喋りしていた。

 10/21の朝、7時前に起床して車屋さんを待つ。当初は今日の帰りがけにお店に寄ってオイル交換する積りだったが、お店側の都合で今朝の朝7時過ぎに宿までわざわざ車を取りに来て貰い、9時半過ぎに宿へ再び納車して貰うことになったのだ。
 約束通り7時過ぎに車を引き取って貰い、オイル交換が済むまでカルペデイムでダラダラと過ごした。何気なく外を見ると、池のくるみに生えているススキ?が逆光で輝いている!素晴らしい景色にしばし見とれていたら、遠くから爆音が近づいてきた。予定よりもやや早く納車されたのだ。荷物を車へ積んで宿に別れを告げ、県道40と国道20を走って岡谷ICから高速道に入る。ここからも廻りたがるエンジンを宥めすかして100km/h前後で走る。今の職場との契約が残り半年弱となったから、何でも節約なのだ。(汗)
 真っ直ぐ自宅を目指し、自宅には15時過ぎに無事到着。明るいうちに帰宅すると何となく疲れが少ないような気がする。

 5リッターV12エンジンと聞くと反射的に「燃費悪そー」と思ってしまうが、街中と違ってゴーストップを繰り返さない高速道は燃費が良い。エンジンは余力タップリで負荷がさほど重くない状態だから、燃費は伸びて当然なのだ。因みに、前回の撮影会で高速を延々と走った時は、やや飛ばし気味でも8km/リットルだった。

 前回と同様、今回もトート型とウエストバッグのカメラバッグを使ったが、三脚も持つのでバッグ2つだと両手が塞がるし重量も結構あるので疲れてしまい、前回以上に撮影本数は少なかった。
 また、ウエストバッグは使い勝手は非常に良いが、三脚に取り付けたカメラを覗こうとすると出っ張った腹の如く邪魔をするので、バッグの位置を考えておかないと面倒なことになる。
 バッグ2つというのは色々な面で面倒に感じられ、トート型に重いハッセルブラッド一式を入れたので、手でトートバッグを運ぶと想像以上に疲れてしまうということが今回良く判った。今回は前回とほぼ同じ機材なのだが、前回は歩く距離がとても少なかったので気がつかなかった。やっぱりカメラザックを買わなきゃ無理かなー。


北海道−その8(2008/10/18 PM, 土)
 7/29(日)の朝は雲が多いものの辛うじて晴れている。今日はいよいよ最終日、昼頃までには千歳空港に着いていなければならない。まぁ、ニセコだから大して距離はないのでノンビリと進むことにする。

 食堂へ行くと外人のグループが多い。大半が英語だ。セルフ式なので思う存分タップリと食べて8時45分過ぎに出発する。
 道道66でどんどんと標高を下げながら東へと向う。本来なら羊蹄山を左に眺めながら走るはずだが、雲に覆われてしまって残念ながら姿を拝めないまま走り去る。国道276へ入り、そのまま支笏湖方面へ進む。本当はオコタンペ湖へ行きたかったのだが、道道78が相変わらず通行止めのままのため、時間的な都合から苔の洞門だけになる。

 苔の洞門は崩落前に拙者だけが全てを見ているが、拙者以外は勿論初めてだ。駐車場に車を停めて20分ほど歩く。洞門の入り口には置くが見渡せるように低い塔が立てられている。これから先に進めないのが実に残念だが、こればかりは仕方あるまい。
 記念撮影をして、再び駐車場へ。駐車場には最近建てられたらしい管理棟がある。最近の北海道は、観光地に建物がやたらと建つようになったが、こんな開発をしても結局は土建屋を一時的に喜ばせるだけに過ぎない。そんなことは自明の筈なんだが...???

 1時間ほどで再び走り出し、道道16へと進むが、オコタンペ湖を見る時間が浮いたため、そのまま空港に行くには早過ぎる。そこで、予定には無かったが急遽名水ふれあい公園へ寄り道した。
 展示場が閉鎖されていたため、大して見るものが無いという一寸情けない状態だったが、綺麗な流れの千歳川のお陰でソレナリの時間を過ごすことができた。

 12時少し前に、空港へ向って走り出し、レンタカーを返却する。今回の北海道旅行は総走行距離が2155.5kmだった。レンタカー会社のバスに乗り、千歳空港で降りる。いよいよ、これで北海道ともお別れだ。
 14時少し前、飛行機は予定通り離陸した。窓から見える北海道がドンドン小さくなって行く。「また、必ず来るからな!」と心の中で呟きつつ、日常の生活が待ち受ける愛知県へと向ったのであった。


 北海道を旅する時、どうしてもバイクで走り回った頃の過去の感覚から抜け切れず、ついつい自分の時間感覚で予定を組んでしまう。今回も「バイクぢゃないんだから」と自分なりに矯正しながら計画を組んだが、やはり車で移動するとバイクのように効率よく走るとは行かず、時間が余分にかかってしまう。特に今回は天候に恵まれず、雨天ばかりだったから、傘の出し入れだけでも時間をとられてしまうし、観光に使う時間も晴天時よりも長目となったのも、時間に追われた理由の一つだろう。
 今回を含め、3回の北海道旅行で、有名観光地と無名だけど行き易い場所はほぼ全てを網羅したことになる。

 次回は何時行けるのかサッパリ判らないが、廻る地域をもっと絞った滞在型の旅行にしようかと考えている。毎日宿が変わると荷物の出し入れだけでも意外と手間になるし、天候によって見えるべきものが見えなくても次の宿へ移動しなければならないというのは決して得策ではないとも思うのだ。

 さてさて、次の北海道行きはいつになるのかなー...。(完)

北海道−その7(2008/10/13 PM, 月)
 7/28(日)の朝、相変わらず雲がやや多い。今日は事実上の最終日で、レンタカーとセットになっているニセコのホテルに泊まる。だから、距離はかなり短くなるので、歩いて廻る場所をコースに入れた。
 珍しく朝6時に起きて息子と朝風呂を浴び、食堂へ7時半頃に行き食べ始めた。
 食事そのものはどこにでもあるセルフ式だが、並んでいる食材が他とはかなり違って力が入っている。卵焼き一つとっても実にしっかりとした味がする。更に、朝取れたてのイカが食べ放題、イカ丼にするためのタレまで用意されている。取れたてというだけあって実に美味い。魚嫌いの息子が何度もお代わりをしていたから、味の確かさに間違いは無い。
 「決して高くない宿なのに、本当に食事が充実しててお得だねー。今度北海道へ来る時はここに連泊しようか」なんて話ながら食べていたら、突然電気が消えた。「ありゃぁ?停電か」と、初めのうちは軽く考えていたが、5分経っても10分経っても復旧しない。「ムムッ、これは重症かも」と話ながら窓明かりだけで食べていたら、従業員が「まだ暗いでしょうが」と自発的に鍋用のアルコール固形燃料に火をつけて各テーブルに配っているではないか。「おぉー、誰にも命令されていないのに、自発的に夫々が自分の考え得る範囲で解決に努力している。そうとうしっかりした従業員への指導(決して「教育」ではないことに注意)を日頃からしているんだろう」と甚く感心すること、しばし。
 食事を終えて部屋へ戻ろうとすると、停電でエレベータが動かない。まぁ3階だから知れてるわぃと階段へと向ったら、直ぐに従業員が懐中電灯を手に持ってすっ飛んできた。「エッ?どうして??」と思ったら、階段は窓が無くて結構暗いのであった。その対応の素早さに、再び感銘を受けた。3階まで足元を照らして貰いながら上がり、部屋の荷物をまとめて階段を下りようとしたら、既に従業員が気配を察知して階段の入り口で懐中電灯を持って待っているではないか。従業員全員が懐中電灯を手にして走り回っているこの状況では上司や社長に命令されて動いているとは考えられず、各従業員の判断で行動している筈。客の動きを読んで、どうすれば問題が無くなるのか、無くならないにしても最小化するにはどうしたら良いのか、を常時考えながら行動している。これは接客業の基本中の基本だが、それを実行している組織なんて殆ど皆無だから、これは素晴らしいし凄いことである。従業員から前向きな努力を引き出しているのだから、この組織は非常に良好な状態だし、これならどんなことが起きても確実に消化してしまうだろう。冗談抜きにして「素晴らしい」のである。本当に眼が覚める思いだ。こんなに感動を受けたのは近年に無いことである。ある意味、公務員やシュガー社員の対極に位置すると言えよう。

 停電のお陰で少々遅くなったが、9時過ぎに出発となる。出発時にわざわざ社長自らが停電を詫びながら見送りをしてくれた。停電した直後は周辺全てが停電したが、出発する時点で国道278の信号までは復旧しているとのことだった。社長がこのように気配りを欠かせず行動に移すからこそ従業員もそれを見て学んでいるのであろう。突然のトラブルにやや浮き足立った感はあるものの、実に良くできた人物だ。停電のお陰で「ホテル函館ひろめ荘」と言う名前を心に深く刻むことになった。

 昨日来た道を戻ると、北海道電力の車が路肩に止まってなにやら点検作業をしている。国道278に出ると、確かに周辺の家も電気がつき始めていた。3000V送電系統に何か障害が起きたのだろう。
 国道278を北上するが、駒ケ岳は雲の中で全く見えない。道の駅つどーる・プラザ・さわらで小休憩して更に進む。国道5に入って北上すると、どういう訳かノロノロ運転が続く。工事をしている訳ではないし、事故が起きている訳でもない。時折前方の遠くを見通すと、車がズラーっと繋がっている。単純に交通集中による渋滞らしい。八雲駅駅近くまで来ても渋滞が続いている。天気も回復しないので寄る予定だった黒岩奇石を取りやめて八雲ICから高速道に入って長万部ICまでワープする。再び国道5で北上するが、ICを出て暫くしたら雨が降り出してくる。こちらは交通量が少ない。

 11時半前に道の駅くろまつないに車を停める。予定よりもかなり早く着いたが、そのまま昼食とする。ここのパンは敷地内の工房で作られており、実に美味しい。こういうのを食べてしまうと市販のパンが不味くて困るんだよなー。(笑)
 売店をジックリ見て廻り、1時間強で出発する。国道5は人家の少ない地域を走っているためか、交通量が相変わらず少ない。それでも蘭越に入ると人家も増え、それと共に車の量も少しずつ増えてくる。道道207に折れてニセコ高原方面へ進み、神仙沼に近いレストハウスで車を停める。ここからは徒歩だ。幸い雨は降っていないが、念の為に傘を持って皆で歩き出す。

 歩き始めて数分で「ありゃぁ?こんな風になってたっけ???」途中で木道が分岐しているではないか。以前はこんなもの無かったぞ?更に進むと木道を撤去したらしい切り払われた場所があちこちにある。一体何があったんだ?この辺は気象条件が厳しいので、木は傷つけただけでも生存が困難となるから、手を入れるのは慎重にも慎重にしなければならない。それなのに...???一体行政は何を考えているんだろう?
 歩いて20分ほどで神仙沼に到着。以前よりもやや木の背が伸びたような気がするのは気のせいではあるまい。
 来た道を戻って駐車場まで戻る。レストハウス内の売店に入ると、美味そうな和菓子がズラリと並べられている。昔は置いてなかったと思うけど...しまった、昼食をもっと減らしてここの和菓子を食べたかったなー。(笑)
 和菓子に後ろ髪を引かれつつ、来た道を少し戻って大谷地へ。ここの駐車場は昔の倍ほどの大きさに拡げられていた。そこまで必要とは思えないが...。写真を撮っていたら、突然雨が強く振り出し、慌てて車内へ逃げ込む。道道66から道道58へ進んで五色温泉近くで車を停める。天気が良ければニセコアンヌプリからワイスホルンまでの綺麗な景色が拝めるのだが、生憎の雨で全て雲の中。いつの間にか源泉方向へ進む太い橋が造成されていて、思いっ切り面食らう。どうしてこんなもんを造る必要があるのだろう??? 雨が強くなってきたので、皆車に乗り込んで来た道を引き返し、大湯沼へ。こちらも新たに柵が設けられ、周遊路も大掛かりに作り直されていた。どうして折角の自然を壊す方向でしか工事しようとしないんだろう???全くこの手の整備は理解できないし、腹が立つ。
 次は今日の最後になる甘露泉だ。名水らしいが初めて行く所なので見当が全くつかず、地図とカーナビで目的地が近くなってきたら速度を落として注意深く走ると、ペットボトルで水を汲んでいるのが見えた。「あっ、ここだここだ」と直ぐ近くの駐車場に車を停める。幸い雨が上がったので、早速皆で飲んでみる。確かに美味しい水だ。「さて、これで今日のメニューは全てお終い、もう宿へ入るだけです」と皆に説明しながら道の反対側を何気なく見ると...ありゃぁ、今日泊まる宿が目の前ぢゃん。(笑)

 宿はニセコグランドホテルで、ロビーはワイヤレスネットワークでネットにアクセスできるようになっている。お陰で旅行中に溜まっていたmailを処理することが出来た。
 風呂に入った後に夕食。周囲を見渡すと外国人が多い。老舗だけあって料理には力が入っている。予約時に貰った人数分のドリンクチケットは、半分をビールにして拙者がお腹に収めたので、とっても得した気分。コレで気持ちよく寝られそうだ。(笑)

北海道−その6(2008/10/05 PM, 日)
 7/27(日)の朝、雲はやや多いものの青空が見える。今日は移動日で午後に大沼公園に着けば良い。一日雨はなんとか降らずに持ちそうだが、景色がどれ位見渡せるかが問題だナー。

 美味い朝食を平らげて8時半過ぎに出発、国道236を札幌方面へと向う。途中、道の駅にいかっぷでe-mail受信兼トイレ休憩の為に入り、そこからは日高富川ICまで給油以外はノンストップで走る。静内付近は競馬目当ての牧場が多いだけあって、あちこちで馬が草を食んでいるのが見える。この辺りも「いかにも北海道」という感じがする。

 日高富川ICからは沼ノ端西ICまでの区間は、法規上高速道ではないものの事実上の高速道になっていて快適に走る。苫小牧東ICを通過する辺りから雲が厚くなり、時折小雨がぱらつくが大降りにならないのであり難い。
 そのまま道央自動車道を南下して八雲ICを目指すのだが、八雲IC周辺に昼食に向く飲食店があるかどうか、今一つハッキリしない状態だったのと、国道236が意外と交通量が多くて時間を稼いでしまったこともあって、急遽予定を変更、静内PAのコンビニで昼食を済ませることにした。昼食を外のベンチで食べている間、かなり湿った風が吹き続けていたが、それでも雨は落ちてこない。

 高速をひた走って八雲ICで降りると、やはり雲が厚く空を覆っている。「こりゃぁ駒ケ岳を拝めないかなー」と思いつつ大沼公園を目指して国道5を南下する。
 国道5も、以前と比べてかなり人家が増えている。ICが出来ると人家が段々と増えるのは自然の理なのだろうが、高速道は最終的に函館まで延長する計画があるから、そこへ至る途中のIC周辺には人家が増えることになる。自治体にとっては税収増加に直結するから望ましいことなのかも知れないが、昔からの住人や自然にとって良いこととは思えないんだけどなぁ...

 姫川付近から先は以前とあまり変わっていないが、大沼公園周辺は劇的に変化していて、初めのうちは違う場所に着いたかと思った位に変わってしまっていた。真新しい住宅街が出来上がっていて、公園を取り囲むように商店街が軒を連ねている。昔のような素朴さは完全に失われてしまっていた。
 今日はお祭りの日とかで、やや離れた即席駐車場しか停める場所が無く、しかも観光地値段の駐車料金をふんだくられて幻滅しながら公園に入る。以前よりも建物が大幅に増え、散策路も沢山造られていた。何だか散歩兼運動公園のような感じになってしまった。昔のままの方が風情があって良かったナー。
 大沼の向こうに見える筈の駒ケ岳は雲に隠れたままで全く見えず、「あぁ、やっぱり」とガックシ。(滝汗)天気ばかりはどうしようもない。

 しばし園内を散策して宿へと向う。道道43から国道278に入って南下し、更に道道980に入る。今日の宿は「ホテル函館ひろめ荘」だ。この道道は宿から先は大船松倉林道となるのだが、今回はレンタカーだし時間も夕方なので走行しなかった。オフバイクで来ていたら間違いなく突き進んだだろうけど...

 この宿は公営ホテルだが、公営にありがちなツッケンドンな態度は全く感じられなくて、とても好印象。夕食はボリュームが多過ぎて大食らいな拙者でも腹がパンクしそうなほどだったが、兎に角味が美味しいので腹一杯になってもまだ食べたいほどだった。冗談抜きで、この宿の食事は絶品である。お陰で随分とビールも呑んでしまった。こりゃぁ体重増えてるだろうなー。(汗)
 この日は移動日の上に天気も悪かったことから、写真を一枚も撮らなかった。北海道に来てこんなことは初めてだ。

北海道−その5(2008/09/29 PM, 月)
 7/26(土)朝、起きて外を見ると幸い雨は降っていない。が、相変わらずの曇り空のまま。ただ、雲の厚さはさほど無くて、何とか今日一日は雨に降られずに済みそうだ。

 8時半過ぎに出発し、道道952と道道65で釧路空港をかすめて更に南下、庶路駅近くで国道38に入る。ここから暫く道に沿って進む。特に、馬主来沼近辺や直別駅よりもやや釧路駅寄りの湿原の景色が大好きだ。周囲が小山に囲まれていて決して広くは無いのだが、何となく好きなのだ。
 直別の駅近くで道道1038へと折れて海岸沿いを進む。厚内駅周辺は以前と比べて多少家が改新築されていたものの、殆ど変わっておらず、何故か安心した。
 更に進むと標高が上がり始める。同時に舗装も途切れ、舗装に向けた工事現場を通過すると、本当に砂利の田舎道となる。最も高い地点が昆布刈石展望台なんだけど、生憎の天気で海面間際まで霧が立ち込めていて真っ白。辛うじて海岸線が見える程度しか見えない。まぁ、こんな天候だから仕方ないナ。

 再び走り出すと、直ぐに舗装路、しかも太くて立派な道となる。「あれぇ?こんなに立派になっちゃって...」と思いながら地図を見ると、この辺りはどうも国道336に昇格しているらしい。ドンドン砂利道が減っちゃうなー。しかし、ここを国道に昇格させてどうするんだろう?という疑問が湧いてくる。厚内駅周囲以外の海岸沿いに人家は無いし、少し陸側へ行けば国道38が通っているから、ここへ国道を通す必然性が感じられない。現在の行政は人口増加に国道が不可欠という観点でしか道路行政を考えないから、このようなおかしな開発がいつまで経っても無くならないのだ。人口増加はメリットだけでは済まず、数多くのデメリットも発生させる。しかも、そのバランスを取るのは基本的に不可能で、必ずデメリットの方が多くなる。デメリットがメリットを下回るのは大規模な都市のみだ。必要性、必然性の無い国道をいつまでダラダラと作り続ける積りだ?

 国道38に戻って豊頃へ向い、途中から十勝川の堤防の上を進む。勿論「はるにれの木」に逢いに行くためだ。堤防の上に休憩所みたいな公衆トイレがあるだけというシンプルさは失われずにそのままだった。ここでも何となくホッとする。はるにれの木は民有地の中にあるため、農道らしき歩道を歩いて近づく。10年以上前に訪れた時は大木が3本並んでいたのだが、一番堤防に近い一本は既に切られてしまったらしくて跡も形も無かった。
 民有地では牧草の刈り入れ中だったので木に近づくことは出来なかったが、それでもその大きさは十分と伝わってくる。時折薄日が差してやや暑さを感じるほどになってきた。木を見上げると太陽の方向と同じなので少し眩しい。

 国道38に戻って十勝川を渡り、道道320、道道210と進む。道道210は初めて走る道だが、ここも田舎を進む気持ちの良い道だ。道道716も田舎も畑の中の道だが、やや起伏が大きくなる。更に道道238、道道109、道道1157と進む。この辺りになるとかなり交通量が多くなる。国道236にぶつかる少し手前に、旧幸福駅がある。

 ここも初めて訪ねる場所だが、大規模に周辺が造成されていて、なんだか拍子抜け。しかも観光客とその客目当ての商店がひしめき合っていて、昔のままなのは駅舎とプラットフォームだけ。正直言って幻滅した。
 早々に引き上げて、国道236を南下、道の駅「なかさつない」で昼食とする。ここは食堂から見える公園の敷地がかなり広くて気持ち良い。

 昼食後、道道111、道道55と走りつなぎ、大樹町内で国道236に戻る。この国道沿いもあまり変化が無くて一安心。国道336へと進んで岬を目指す。途中、フンベの滝で車を停める。ここは岩肌から直接水が落ちている場所で、当然のことながら水源となる川らしきものは無い。地下水が岩盤に突き当たってここで湧き出しているのだ。
 再び走り出すが、豊似湖は時間が足りなくなりそうなのでパスしてそのまま進む。この区間はお金を敷き詰めたように工事費用が嵩んだことから黄金道路という名前が付けられているが、確かに走ってみると工事が大変そうな所ばかりだ。しかし、以前よりも随分とトンネル区間が増えていて、10年以上前に以前走った頃のような爽快感はかなり失われてしまっている。

 庶野の数km手前に望洋台があるので、そこにも寄った。雲が少し減ってきたのがありがたい。庶野で道道34に入って進むと、道の脇からキタキツネが出て来て道を横切っていった。百人浜を眺めながら進むこの道は何度通っても気持ちが良い。
 15:45、襟裳岬に到着。この辺は以前と何も変わっていない。駐車場で客引きをしている山水閣のオバサンも相変わらず客引きをしていた。そういえば、1994年9月の北海道ツーリングで、夕方にこのオバサンに引っかかって山水閣に泊まったっけ。言い値だとやたら高いので思いっ切り値切りに値切ったけど。(笑)
 この岬は先端まで行けるんだけど、何故か気がつかずにレストハウスから続く周遊路で戻ってしまう人が多い。先端まで行くと、ちょっとした望遠鏡や双眼鏡さえあれば、この周囲にしか生息しないゼニガタアザラシやゴマフアザラシが沖合いの岩の上で寝そべっているのが見える。
 1時間ほどたっぷり見て出発。今日の宿はアポイ山荘なので、もうそんなに距離は無く、30分ほどで宿の到着。

 流石アポイ岳に最も近い宿だけあって、登山客が一杯。いつものように風呂に浸かってふやけてから夕食。ここの食事は比較的薄味ながらも実に美味しい。相当腕の立つ料理人が居るのだろう。お陰で随分とビールを呑んだ。(笑)これだけしっかり酔っ払えばちゃんと寝られるだろう。(笑)

バイク考(2008/09/23 PM, 火)
 三輪薫プロの写真展「風光-V」が伊勢和紙会館で始まったので、9/20に早速足を運んだ。「一人の移動なテスタロッサでなくても」と思い、久し振りにKTM 950Supermotoに乗った。出かける前に「合羽が必要?」と一瞬考えたが、晴れてるんで合羽は持たずに出発。

 自宅から蟹江ICまでが妙に混んでて時間がかかってしまい、3時間近くかかって伊勢和紙館に到着。三輪プロの作品を拝見するが、毎度のことながら思わず唸ってしまうほどの作品ばかり。2時間近く三輪プロ夫妻や他の参加者と談笑し、来た道を戻るが勢和多気ICを過ぎた頃から北東の方角に大きい?(かなとこ)雲を伴った黒々とした雲が見える。四日市ICまで来ると空が異様に暗い。「うげっ、さっき見えてた雲の下に?」と冷や汗が出たが、幸い蟹江ICを降りても雨は降ってこない。「おぉ、こりゃ助かった」と思ったのも束の間、一宮市内に入った途端、激しい雨に。「ウギャー、自宅まで10分一寸なのに」と同時に「出掛けに合羽のことが気になったのは、ひょっとして虫の知らせだったのか?」lと思った。
 結局全身ずぶ濡れで自宅に到着。帰りがけに買った赤福は、売店のビニール袋にくるんであったお陰で、ウエストバックも絞れそうなほどにタップリ濡れていたが、無事だった。

 期せずして、950Supermotoについて一般道から高速道まで満遍なく走ることになり、そこで感じたことを書き連ねていこうと思う。
 まず、一般道では「ギア比が国内の道路事情に合わない」の一言に尽きる。例えば、幹線道路で50km/hから70km/hで車の後について淡々と走る場合、ギアの選択が悩ましいのだ。4段ではエンジンが唸りを上げて回ってしまうし、5段ではチェーンが踊り狂ってガクガクしてしまう。この場合5段だと「チェーンに負担がかかりそう」と感じるので4段で走ることになるが、そうなると常時唸るエンジンと付き合わなければならない。初めのうちは「ヨーロッパ車はこんなもんかな」と思うが、距離を重ねるうちに「燃費が悪くなるのでは?」という漠然とした不安が鎌首を持ち上げてくる。長距離になればなるほど気になって仕方がなくなってくるから始末に悪い。

 高速道では、90km/hから110km/hまでの速度域では国産オフロード車と同様、走り出して直ぐに尻が痛くなってくる。体格にも依るのだろうが、一応日本人男子の標準体型と同じ拙者にとって、この速度域で走行するのは正直言って苦痛である。ところが、130km/h以上の速度域になると、不思議と尻の痛みは全く感じなくなるが、長時間走行すると知らないうちに振動で手が痺れて来る。拙者の場合、130km/h以上の速度で30分ほど走ってパーキングエリアに入ったが、エリアにバイクを停めてグローブを脱いだ時初めて「あっ、手が痺れてる」と判った。10分ほどで収まったが、少なくとも走っている間は全く気にもしていなかった。

 以上のことから、やはり元々の速度域がかなり高いレンジに設定されているであろうことが想像できる。ヨーロッパなら、アウトバーンなどの高速道路は国内の速度の2割増し以上、だからやはり国内の速度レンジには完全には適合させていないのだと思う。マス・プロダクションである以上は仕方ないのかも知れないが、素性の良さをビンビン感じさせるバイクだけに残念でならないという気がする。

 思い起こせば、今まで乗って来たZZR1100やGPZ400Rは、トップギアの60km/hを何の苦も無く普通に走らせていた。拙者のようなツアラー志向のライダーはトップギアにさっさと放り込んで後はオートマの如くアクセルの開閉で操作をしようとするので、積極的なギアチェンジを要求するバイクとは相性が合わないのであろう。

 期せずして雷を伴う激しい雨の中をかなり時間をかけて走る羽目になったが、そこでも950Supermotoの気難しさを味わうことになった。街中の渋滞気味の中で道路が川のように冠水した所を走り抜ける時、やたらと気を遣うのだ。実際、バイクがそのような気遣いを要求してくる訳では無いのだが、乗っている人間の方が気を遣わないと何だかコケそうに感じるのだ。
 今乗っている950はリアサスペンションが体重に合わせてノーマルよりもワンランク軟らかなスプリングに交換してあるが、それでも車体の挙動から速度を落として車体を立てたままゆっくりとコーナーを廻りたくなる。ハイグリップ志向のタイヤも大きく関与しているのだろうとは思うが、やはり悪天候では乗りたくないと感じてしまう。
 身長169cmでは両足の爪先しか接地しないバレリーナ状態になることもあって、この辺りは以前載っていたセローやTWなどのクォーターサイズのバイクとは「気軽さ」という点で大きく異なる。ツーリング時の使い勝手を考えると、バイクに跨ったままバックできる程度の扱い易さが無いと厳しいと感じてしまう。

 結婚してからは長期間泊まりで走ることも無くなり、家を出るにしてもせいぜい一泊二日が限度だ。その前提で考えると、わざわざパニアケースを取り付けるほどでは無いかなーという気もしてくるし、走行に使える時間が短いことを鑑みれば性能を追い求めるだけではなくて日常の使い勝手も重要視せねばならぬということに改めて気づかされるのだ。
 KTM950Supermotoは先月初回の車検を通したばかりだが、今後のバイクライフを真摯に考えねばならぬなぁと改めて思いを新たにした次第である。

Richard Wright死す(2008/09/16 PM, 火)

 PinkFloydのキーボード、リチャード(リック)・ライトが亡くなった。癌だったという。
 BBC NEWS : Floyd founder Wright dies at 65
 TIME : Richard Wright, Pink Floyd Founder, Dies

 静かに音を出し、雰囲気をさりげなく作り出す、その手法はフロイドでも自分のソロアルバムでも変わることが無かった。「相当に出来た人物なんだろうな」と、彼のソロ「Wet Dream」を聞く度に思っていた。

 既にSydも亡くなっているので、これでフロイドの再結成は完全に不可能となってしまった。
 残念と言う言葉だけでは語りつくせないが、今はただただ彼の冥福を祈ろう...。



北海道−その4(2008/09/15 PM, 月)
 7/25朝、目を覚ますと既に雨は降っている。7時半頃に食堂へ行き朝食を取るが、ドンドンと降り方は激しくなって行く。
 8時半に出発して知床半島方向へ進む。朝ほどではないものの雨は未だ降っているが、随分と弱くなっていた。国道391から国道244へと進み、更に国道344へと進む。ウナベツ辺りまでは雨が殆ど降らず、「こりゃひょっとしたら知床五湖は傘無しで廻れるか?」と期待したが、人家が途切れる辺りから再び激しい雨となる。

 オシンコシン滝で車を停めるが、以前に比べると大幅に整備が進んでいた。以前は車数台停めるが精一杯だったのに、今は観光バスでも何でもOKという広い駐車場があり、更に売店まで出来ていた。正直言って「自然が売り物の北海道に、ここまでお金の匂いを持ち込まなくても」と非常に残念に思う。
 滝は以前見た時と何も変わらないが、雨が続いているためか、水量がとても多くて迫力が増していた。この滝は水量の多い方が良い感じがする。水量が少ないと、細かく分岐している一筋一筋がか細くなってしまい、滝の大きさの割には受ける印象が薄くなるような気がするのだ。

 予定では知床五湖と知床峠へ行く積りだったが、雨天で霧もかかって視界が悪い状態なので、知床峠も五湖も断念して、来た道を戻る。斜里まで戻って国道244へ入り、そのまま南下する。この道は斜里岳の南の麓を通り、途中に廃線の遺構であるコンクリート橋が途中にあるのだが、その遺構を通り過ぎてから「あれっ、さっきの橋みたいなのって廃線のだっけ?」と気が付いたが後続の車や対向車があって戻ることが出来ず、そのまま進んでしまう。無念。
 開陽台方面は分厚い雲に覆われているので、そのまま進んで国道335へ一旦出る頃には雨も上がり、雲の切れ目から太陽光が指し込むようになった。国道272へと進んで中標津町中心部に差し掛かったところで久し振りに交差点で信号が赤となった。その時、何気なく腕時計を見ると既に11時半過ぎ、そろそろ昼飯を考えねばならぬ。が、この先は人家が少なくて、飲食店なぞは見たことが無い。と言うことは?...「そうだ、この街で食事をしよう」。目の前に「ビッグハウス」というホームセンターが見えるので、「ここなら何か食べるものがあるだろう」と思って駐車場へ車を進めた。
 店内には案の定飲食店があり、そこでやや早い昼食を食べる。更に隣にある100円ショップを覗いて12時半過ぎに再び走り出す。

 国道272から道道13へ進む。この道も人家が少なくてのどかな感じ。更に進んで国道391に入り、釧路方向へ進む。ここまで来ると、湿原は近い。
 シラルトロ湖を越えたところで国道から湿原へ入る道へと進む。湿原内は砂利道のままだが、以前よりも道幅が倍近く広くなったような気がする。サルボ展望台の少し手前で自転車に乗るかなり年齢の高いご婦人を発見。一体何処へ...???
 サルボ展望台は、以前は本当に何も無かったのに、今は立派な建物と階段が出来上がっている。「えぇーっ、こんなモノ造っちまったのーぉ?」と思わず叫んでしまった。こんなものを造れば湿原の状態に悪影響が出るのは絶対に避けられない。一体行政は何を考えているんだ???
 階段を上る時は薄日だったのが、登り切って暫くすると雨がパラついてきた。拙者以外は皆さっさと階段を下りて行ったが、拙者はしつこく写真を撮り、「さぁ、降りよう」と思ったら妙に大きな鳥が川の中に止まるのが見えた。「何だろう、あの大きな鳥は?」と思い、ドイツのオークションで仕入れた掌サイズの単眼鏡を覗き込むと、なんと丹頂鶴だ。自然の丹頂を見たのは初めてだ。こういう時に限って望遠レンズを持っていないんだよなー。(汗)
 階段を下りて再び走り出し、道道1060から道道243へ入る頃に再び太陽が顔を出す。途中に牧場らしきところに差し掛かり、車を停めて馬を眺めるが、その馬がどれも妙に大きい...ん?これって道産子だよ。
 道産子を見ていた息子が「向こうに鹿が居る」と言うので良く見ると...おぉ、親鹿と子鹿3匹が牧場と森林の堺辺りをうろついている。「馬と鹿って...それってひょっとして馬鹿?」と皆で大笑い。(笑)

 道道243から道道53へと進んで暫くすると釧路市湿原展望台が見えてくる。ここへ以前来たのは10年以上前の話になる。早速駐車場に車を停めるが、湿原の方は霧がかかっていて歩道から湿原方面は良く見えない状態だと言う。それでは意味が無いので後ろ髪を引かれつつも後にした。

 道道53から道道322に入って少し進むと、今日の宿「山花温泉リフレ」に到着。お隣が動物園と遊園地になっている。予定よりもかなり早く到着したのだが、乗馬などの時間は既に終了していた。役所関係が運営すると、何故か何処も16時半でオーダーストップになっちゃうんだよねぇ。
 夕食までの間にじっくりと温泉に浸かり、ノンビリとした時間を部屋で過ごしてから夕食となる。歩く歩数が少なかったからビールを多めに飲んでしっかり寝られるようにと思ったのだが、果たして結果は...???

北海道−その3(2008/09/07 PM, 日)
 7/24朝起きると、昨日と同様に雨は止んでいるものの、やはりいつ降り出してもおかしくない状態だ。今日は走行距離が短いので、比較的ゆっくり出来る筈。昨日がてんこ盛り過ぎたかなー、と後になって思うが、それこそ「後の祭り」ぢゃの。(笑)

 朝食を済ませて9時少し前に出発。道道120から道道1023へ入る。この道はややアップダウンがあるものの両側は人工物が全く無く、走っていても気持ちが良い。国道238に出て南下、日の出岬への入り口を見落としてしまい、戻るのも面倒なのでそのままパスして道の駅おこっぺへ。
 「さぁ、久し振りの道の駅おこっぺだ...ありゃりゃりゃっ?駅舎が無いぞーぉ???」。10年前の夏、結婚して間もない妻を連れて北海道の良さを見せるべく走り回った時にもここへ寄った。その時は廃線時の駅舎がそのまま残されていて、線路の跡も良く分かるし、とても雰囲気タップリ、実に良い場所だったのだが...(--;)。これでは単なる田舎にある道の駅でしかない。これには酷く落胆させられた。
 愕然としたまま走り出す。北海道はやはり「病んでいる」のではないか。観光のためには建物を綺麗にすれば良いという短絡的な発想だけでは必ず近い将来に行き詰る。その地域にあるもの、歴史、風土、特産物、...そういったものを土台にすべきなのだ。上っ面の虚飾虚構は土台が無いから直ぐに崩壊する。目を覚ませ、北海道!

 次に向ったのはオホーツク海沿いの某所。ここは滅多に人が来ない所で、今後も荒らされたくないので場所に関しては一切書かない。その場所では、内地でも滅多に見かけなくなった草花が集団になって咲き乱れており、本当に綺麗。ただ、漁業関係と思われる作業路が出来ていたのが非常に気にかかる。こういうものが出来ると一気に開発が進むことが多いのだ。ヘタすると、この抜群の風景も見納めとなるかも知れない。
 どれだけ眺めていても飽きないが、1時間以上経ったので出発し、国道238を更に南下して道の駅「愛ランド湧別」で昼食とする。この道の駅は遊園地も併設されているが、生憎雨が降り出して息子は遊具に乗りたそうだったが断念。

 昼食後は国道から少しそれて林道をノロノロと走って幌岩山にあるサロマ湖展望台へ。幸い雨は止んだが、残念ながら雲に隠されて半分ほどしか見えないが、皆「凄い景色」喜んでくれた。ただ、本来の眺めからすると、今日の眺めは40点位しかないんだけどなー。やはり、ここは晴れた日に来なければと強く思う。
 再び林道をゆっくりと走って国道238に戻り、少し走って道道76へと進んで能取岬へと向う。10年以上前にTW200で走った時はまだ雰囲気タップリのダートだったが、現在は味気ない舗装道となっている。

 能取岬では雨は降っていないものの、霧に包まれている。車から降りたら、駐車場にバイクが滑り込んできたので見ると、オォ、KTM950Supermotoではないか。自分以外に乗っているのを見るのはこれが2台目だ。荷物満載なのでキャンプなのだろう。羨ましい。
 夏だけあって色々な花が咲いていて綺麗だが、キャンプ場地が整理されたせいなのか、ここも以前より草の量が減っているような気がする。以前来た時はもっと茂っていた筈なのだが...???
 1時間弱で再び走り出し、道道76で渋滞する網走市内へ突入、そのまま国道244で抜け出て原生花園で車を停める...えーーーーーーーっ?!、こんな建物どうして造ったのぉ???以前来た時は小さなトイレしか無かったのにぃ。商売の臭いがキツイ売店が入った目障りなコンクリートの建物が湿原を蝕むように建っている。何も無いのが北海道の良さなのに、これではドンドン東京の汚い街並みを再現しているようなもんぢゃないか。自然保護を声高に叫ぶ今の時代に、どうして逆のことをわざわざ実行するのか???一体行政は何を考えてるんだっ!

 意気消沈して原生花園を後にする。車の中で妻が「どうして変な建物建てちゃったのかなぁ、凄く邪魔なんだけど」と。誰でも感じることは同じらしい。国道391に入るが、17時過ぎという時間にも関わらず交通量は非常に少なく、人口の少なさを実感する。ほぼ予定通りの17時半に宿「小清水温泉ふれあいセンター」に到着。この宿は公共の宿で料金が安いのが有難い。
 風呂に浸かってから夕食、そこそこの量でちょうど良いし、味もOK。部屋の都合で3室に分かれ、明日走る道順を地図で確認して寝た。今日は妻と息子だけだから、いつもよりは鼾や寝言を聞かされずに済む筈だ...

北海道−その2(2008/08/28 PM, 木)
 7/23朝起きると雨は止んでいるものの、いつ降り出してもおかしくない程雲が低く垂れ込めている。今日は走行距離が長いんだけど、何故か皆さんスローライフを地で行くようなゆっくりさで、8時50分頃にこれまたゆっくりと出発したら、何故か雨もゆっくり降ってくる。

 昨夜来た道を戻って国道40を北上し、国道239へと進む。街を抜けると直ぐに山岳地帯の様相となり、道のアップダウンが多くなったと思ったら峠らしきところを通過、国道275近くで一旦人家がチョビッと増えるものの、交差を過ぎて更に進むと直ぐに山岳路で人家は途絶える。新緑の季節は過ぎているが、それでも山々の緑は綺麗だ。
 殆ど貸し切り状態のまま古丹別まで出てくると流石に人家が増える...と云っても、家があちこちにバラバラと散らばったような感じで散在する程度、内地なら「田舎やなぁ」という表現が適当だと感じられるかも知れない。国道232にぶつかってそのまま北上。道の駅風Wとままえで休憩し、更に進んで道道437から道道747へと進む。地図を見て「へぇ?何処へ行くの???」と感じた貴殿は多分正しい道を進んでいる日本人だと確信して良い筈だが、拙者はその点について一切保証しない。(笑)
 廃線が好きな御仁なら「ははぁぁぁーん」と想像がつくだろうが、そうでない方々の為ににも説明すると「初山別坑の廃線廃坑跡を訪ねる」、正確を期すなら「羽幌炭礦鉄道及び築別炭鉱の遺構を見学する」為である。羽幌炭礦鉄道について知りたいという奇特な方は、先ずは宮脇俊三氏の名著「鉄道廃線跡を歩くIV」を手がかりに調べられることをお薦めする。道道が羽幌第二ダム方面に分岐する付近に、巨大なホッパー跡が未だ健在(と言ひつつもかなり経年変化で痛んでいる)であり、周辺には煙突やアパート、診療所、選炭場、商店らしき建物などの遺構も見える。詳細は1992年発行の「ブルーガイド情報版別冊 北の大地へ」が解り易いが、今時手に入らないよなぁ。残念ながら道道612が通行止めとなっていたので、曙地区にあるらしいアパート群跡を見ることは出来なかった。何故かこのアパート群には未だに足を運べていない。妙にこの辺だけ記述が細かいが、これは単に拙者の好きな場所だからである。いつかはシノゴ、いやバイテンあたりの大判カメラで撮影して回りたいと思っている。今回は、撮影中は雨が止んでいて、車に皆が乗り込んで走り出そうとすると激しい雨ということが数回あった。

 道道356を日本海方向へ進み、国道232に戻って北上し続ける。雨は時折小雨が降る程度。海岸沿いで家が殆ど無く、せいぜい牧場程度しか道路沿いには無い。いつもこの道で「北海道」を実感する。羽幌で時間を使ったので、昼食の予定を少々変更し、道の駅「ロマン街道しょさんべつ」で昼食とする。ここでは、道の駅の食堂へ行くグループとピザを食べるグループに別れ、拙者はピザの方へ。で、その店に入ると...ハァ?ここってナイトクラブかスナックか???...どうやら昼は食堂として営業しているらしい。肝心な味は結構美味かったし値段もそこそこだったので一安心。

 再び国道232を北上し国道40号へ合流...エッ?どうなってんの、この道???以前走った時と道路の構造が変わっていて単純なT字型の交差になっておらず、変な障害物が前方に。「うわっ」とブレーキ踏みながらハンドル切ると、そのまま国道40へ。すると後ろから突然「止まりなさい!」とパトカーが。「ハァ??????」と思いながらも停まると「一旦停止義務違反です、看板見えなかったの?」とまくし立てる若造の、いや、お若い警官が約一名。「どこに看板あったんだヨォ、お前説明できるんか?」と尋問する、いや、問い質すと「あったでしょ、そこに」と極めて曖昧な返事しか返って来ない。予想通りの返事から、「ははーん、こいつは上司から引き継いだ場所で何も考えずに取り締まり件数稼ぎだけの為に待ち伏せしてたんだな」と納得した。本来ならば「少なくとも税金から給料を戴いている身分なのだから、いきなり停まれ、免許証出せと命令調で後出しジャンケンのような汚い真似をするのではなくて、見落とし易い地点に立ち、通りかかる車に指導するのが本来の交通安全に繋がる行動ではないのか。待ち伏せして引っかかる車が多いのだから、先ず国道を管理する事務局に標識の位置変更について協議するのが本来の職務ではないのか」と懇々と諭してやるべきだったのかも知れないが、旅の途中で余計な時間を取られたくないという事情から、その若造、いや、お若い警官の指示されるがままに従った。そもそも、税金を給料の原資としている人間に、税金を払っている拙者がどうして懇切丁寧に説明しなければならないのか?という疑問を感じつつも、巷では「青切符」と呼ばれているものを戴いて「ケッ」と睨みつつ静かにその場を去ったのである。

 気分直しも兼ねて名山台展望台PAで休憩するが、なんと、ここにあったお店は既に無くなっていて、店舗だった所は目隠しのシートで覆われていた。1992年の北海道2回目のツーリングでは昼食を食べた思ひ出の地の一つであったのだが...時は待ってくれない...(..;)
JR宗谷本線豊富駅近くで道道84へと進む。雨も止んでいる。この道は山岳路ながらも景色が良いお気に入りの道の一つなのだが、生憎の小雨で遠景は霞んで見えず。でも、メインは道道732だからと気を取り直して道道732へ。この道は湿地帯を走るダートで、拙者のお気に入りの道の一つでもある。一応生活道路らしいのでそこそこ整備されてはいるものの、ジャリが多い所もあるので大型オンロードバイクで走ることはお勧めしない。猿払川に伴う湿地帯は、海側へと進むにしたがって小さな草原から小さな大地へと姿を変えて行く。砂利道が途絶えたら国道238は目前だが、その手前の道で住宅の間を抜けてカムイト沼へ進む...エーッ?新しい道が出来てる!以前は細い砂利道を走ったのだが、今はシッカリした太い舗装路が出来ている。かつての砂利道はその舗装路に纏わり付くように残っていた。なんでそこまでして舗装路を造りたがるのか...旅人の勝手な妄想でしかないのかも知れないが、以前のままの方が良かったと思う。

 カムイト沼は、沼そのものは変わっていないが、水辺まで降りられるように歩道が出来ていたので、早速全員で降りた。水面近くからの眺めも良いものだ。が、ここまでして開発する意味は一体何なのか?という疑問も同時に湧き上がって来る。行政側からすれば、無理して水辺に下りようとして事故が起きるよりは、という考えがあったのかも知れないが、そんなのは個人の責任だし、観光ポイントとしてでっち上げるには少々狭い所だし、新たに設置された公衆トイレがその場所を更に狭めているし...再考を要すのではないか???

 国道238に出て南下し「時間があれば寄る」予定だった神威岬とウスタイベ岬千畳岩は、時間が大幅に遅れているので、通過せずにやっぱり予定通り寄る。(笑)簡単に来られる場所ではないのだから、行ける時に行くのが正解である。遅くなりそうなら、宿へ電話の一本でも入れておけば済む話だ。ただ、携帯電話を持たない場合、どのように連絡を取るのかという疑問が発生するが、それについてはここでは議論しない。
 神威岬は太陽光が雲で遮られている為に独特の青い海は見えなかったものの、夕方めいた雰囲気を湛えて結構良い感じ。千畳岩も同様であった。

 予定よりも1時間以上オーバーしていることを気にしつつ、道道12と道道120を走って宿へは18時45分に到着。周囲が暗くなる直前だった。宿は「うたのぼりグリーンパークホテル」で、早速夕食を食べてから風呂を浴びる。昨日の教訓から、体が火照る前に湯船から出て、部屋に戻ったら明日走る経路を地図で確認したら直ぐに寝た。これで家族の鼾や寝言に悩まされずに寝られる筈......

妻の罠と秋の気配(2008/08/17 PM, 日)
 北海道の旅の続きを書く積りだったが、相変わらず暑くて長文を書く気がしない。その代わりと云ってはナンダがA(^^;)、昨日の昼から妻の実家へと出かけ、夕食の前に家族3人で刈谷市営の温水プールへ行ったので、その事を少し記しておこう。

 何処でも市営プールはごみ焼却場の熱を利用するのが当り前になっているので珍しくも何とも無いが、ここはプールの直ぐ隣をJR東海道本線が走っているのが他とは一味違う。泳いでいるとほぼ10分おきに「ゴーっ」と電車が走り去って行くのは何とも不思議な感覚だ。
 ウォータースライダーや流水周回プールも良く出来ていて、ビート板や大きな浮き輪などの設備も一宮市のエコハウスよりも充実しており、16時半頃に入ったが、多くの家族連れで賑わっていた。拙者達が入場する際に大量の子供が吐き出されてきたので、我々が行く前はそれこそ芋を洗うような状態だったのかも知れない。

 18時頃まで泳いだ後に、プールの近くにあって妻がお気に入りのお店へと向う。が、運が悪いことに花火大会会場となっている刈谷市総合運動公園の直ぐ近くなので、妻曰く「普段なら5分ちょっと」の所を1時間近くかかってお店へ。因みにお店の名前は「La Creperie(ラ・クレープリー)」、クレープ専門店である。

参考:http://qsb.quun.net/quun_shop/index.php?code=014005

 クレープというとデザートと思い勝ちだが、このお店ではフランスで普通に食べられている「ご飯としてのガレット(厚さのあるクレープ)」を出している。しかも種類が豊富で、更に、国内では入手し難いスパークリングの「シードル」が飲める!!!のが素晴らしい。ちなみに、妻は運転しなければならないので、飲んだのは拙者だけである。
 ディナーセットなるものを注文し、前菜で出て来た料理は非常に手の込んでいて味も抜群に美味しい。肝心なガレットは原料の蕎麦粉の良さを引き出しながらトッピングの味が楽しめる。アフターのデザート・クレープも穏やかな甘さでクセになりそう。その甘さと、辛口のシードルが絶妙なマッチングで、大いに気に入ってしまった。どうやら妻の仕掛けた罠にまんまと嵌ってしまったようだ。(笑)

 食べ終わって店を出たら、花火が終わってまたまた大渋滞。普段なら刈谷市街を10分弱で抜けるのに30分近くかかって脱出に成功、無事妻の実家に到着。時間は普段の倍以上かかった。

 今日は妻の実家をゆっくりと出発して11時過ぎに自宅に戻ったのだが、自宅近くまで来たら普段は姿の見えない伊吹山がとても良く見えるではないか!カメラを持っていないのが実に残念だった。気温はまだまだ高いが、もう秋に向けて確実に季節は進んでいる。

北海道−その1(2008/08/10 PM, 日)
 7/22から7/29まで、家族と妻の両親と母の姉を引き連れて北海道を旅して来た。妙に期間が長いのは、単に飛行機のチケットが人数分確保できる日がそこしか無かった為で、それ以上の意味は無い。夏休みに入って最初の週だが、これは息子の通う塾がこの期間だけ講習等が一切無く自由に動ける唯一の週だったのだ。

 元々北海道旅行は3月頃から色々と考えていて、「今回は寝台列車にしよう」と意気込んでいたのだが、寝台列車は異様に人気が高くて結局必要な人数分の座席を確保できなかった。それで気が抜けてしまって頓挫しかけたのだが、6月下旬になってから「やっぱり行こう」という話になり、慌てて計画を立てる羽目になった。ちなみに、コースの立案は拙者1人だけ...
 バイクで北海道を2万キロ近く走っているので、およそのコースと時間の見当は付くが、ちょうど良い位置に宿や昼食の食べられる店があるとは限らないのが難点。しかも、バイクと違って車だと人数が多いので、停めてから走り出すまでに意外に時間がかかることも念頭に置かねばならない。色々な条件を満たしつつ、観光案内本に出ていないような「誰も知らない良い場所」を混ぜつつ、景色が良くて走っているだけでも結構気持ちの良い道も織り交ぜつつコースを練ったが、完成を見たのは出発の10日ほど前。連日夜遅くまで地図と睨めっこ、時間的な余裕が無かったのでマジで焦った。(笑)

 今回は中部セントレア空港から旅立つのだが、一度も行った事が無いので、事前に色々と調べまくった。特に、自宅から車で出かけてそのまま空港近くの駐車場に預ける積りだったので、8日間に及ぶ駐車場の費用も馬鹿にならない。だから、「少しでも安い所を」と必死になって探した。

 辛うじて出発の数日前には全て準備完了、荷造りして旅立ちを待つだけの状態になった。やれやれ...。(笑)


 いよいよ出発の日、7/22の朝8時過ぎに自宅を出発。この時間帯は国道22は滅茶苦茶混雑するのを、うっかりして忘れてて、国道22に入ってから「ゲッ、そういえば混むんだった」と気が付いたが、後の祭り。そのまま走って国道22号から名古屋高速に入り、ノンストップでセントレア空港の近くまで進む。
 空港内の駐車場はボッタクリ値段なので、やや離れた民営駐車場に車を預け、駐車場の人に空港まで送って貰った。8日間だと千円以上違ってくるので、駐車場選びも重要だ。
 飛行機は11:55発、早めのお昼を食べることにして空港内のお店で腹ごしらえを済ませ、予定通り飛行機は地面から離れた。機内アナウンスでは「積乱雲が発達しているので揺れる」と言っていたが、高度1万m強と高かったためか、大きな揺れは感じなかった。アナウンスの通り、窓の外を見ても地表は見えず雲が視界を覆っていた。

 千歳空港近くになって徐々に高度を下げ積乱雲の中へと進むと、段々と機体の揺れが多くなる。幸い酷い揺れは無く、平穏に千歳空港へ予定より 10分ほど遅れて着陸した。空港近くのレンタカー屋でホンダ・ステップワゴンのキーを受け取るが、オドメータを見たら274kmしか走っていない殆ど新車。こりゃラッキーだね。この車で総勢7名が北海道を走り回るのだ。
 今日は移動日で、道北の剣淵温泉まで高速道を使って一気に走る。そうしないと、翌日以降のコースが苦しくなる。

 千歳ICから高速道に入り札幌市街を抜ける辺りで、空港に着いてからずーっと雨だったのが少し止んだ。が、更に進むと激しい雨になり、ワイパーを動かしても良く見えないほどの強い雨が容赦なく車体に叩き付ける。この激しい雨は和寒IC手前まで続いた。こんな雨でも対向路線では覆面パトがネズミ捕りをやっていた。仕事とは言え「こんな天気に、警官もノルマ達成は大変だなぁ」なんて一瞬思ったが、日本の警察は「交通安全教」という新興宗教にマインドコントロールされているから、案外淡々とこなしてるんだろう。北海道の交通事故死はNo,1だから必死になるのは判らない訳ではないが、今までと同じことをしてるんだから無駄な努力...いや、結果が出てないんだから「酷い無駄遣い」だな。

 和寒ICを降りて国道を走ると、段々と雨が上がっていった。宿は「レークサイド桜岡」、部屋からは山の緑と湖が見えて結構良い感じ。到着したのが18時近くだったので、先に夕食を取ってから温泉に浸かった。
 長く浸かっていたら体が火照ってしまい、21時過ぎに寝たのに暑くてなかなか寝付けなかった。すると、家族の嚊や寝言の大合唱が始まってしまい、ちっとも寝られないぢゃん...(--;)


付き添い(2008/08/03 PM, 日)
 今日は息子が通っている習い事の門下生全員でバーベキューの日、保護者として妻と共に一緒に付いて行った。

 朝8時45分に稽古の場所に集合、車7台連ねて走り出す。目指すは「クオーレふれあいの里」だ。
 江南市や大口町を通って国道41号に入り、そのまま北上し続けて道の駅ロックガーデンしちそうで少し休憩した後、岐阜県白川町で県道62号へと進み、予定通り11時過ぎに到着。気温は一宮市内よりも数度低いが、それでも32度近く。いやぁ、本当に暑いなー。

 早速建物の中へと入り、バーベキュー開始。しかし、虫を避けるために網戸の嵌っていない戸は全て閉めてあるので、ガスコンロの熱が篭って暑い。汗だくになりながら1時間ほどしつこく焼いては食べるのを繰り返し12時手前には皆満腹となった。
 その後は川に入って水遊びを帰宅するまで延々と3時間ほど続け、15時半に出発して来た道を戻る。再び道の駅しちそうで小休止を挟んで、国道41を南下する。いつもなら15時を過ぎると美濃加茂市に入るかなり手前から激しい渋滞になるんだが、ガソリン高騰のお陰か意外にスムーズに走り抜けてしまって少々驚いた。物価高騰は渋滞すら押さえ込んでしまうのか。
 予定より30分ほど早く稽古場に到着、挨拶の後に解散となった。

 我々夫婦は暑い中をはしゃぎ回る息子を見守りながら「暑いなぁ」「暑いよねぇ」という会話の繰り返し(笑)で少々グロッギー気味だったが、息子はいたく気に入った様子で「今度もう一回来ようかな」なんて言っていた。息子は川の中へ水着で入ったり、釣堀で釣りをしたりと、生まれて初めて経験することばかり。普段は学校や塾の宿題に追われているから、たまにはこういう時間も必要だネー。

わの会関東地区撮影会(2008/07/13 PM, 日)
 三輪薫プロが主宰する「わの会」では、毎年関東地区と東海地区及び「集いの会」という3つの大掛かりな撮影会が行われている。今年も勿論全て参加する予定。

 今回の撮影会は集合が7月5日11時、場所は関越道水上IC近くの「道の駅水紀行館」。自宅から400kmと少々、朝早く出れば間に合わないことは無い。が、わの会の前日は何故かいつも色々な事件が起きて毎回寝不足のまま出発という状態に必ず追い込まれてきたので、今回は前日に近くで泊まることにした。
 更に、撮影会の終了が16時半とかなり遅く、終了地点は日光戦場ヶ原の南端なので、ここから自宅に直接帰るとなると深夜走行は避けられない。仮に帰ったとしても日付が変わってしまうので、やはり近くで泊まって翌日ゆっくり帰宅することにした。

 「前泊するのだから、序でに気になるアソコも一緒に撮影してこよう」と考えた。アソコというのは、昨年の関東地区撮影会が秋山郷で行われた際、帰りがけに国道405から川の対岸に聳える巨大な建物が非常に気になっていたのだ。その時はバスに便乗させて貰っていた為に途中で停めて撮影するということが出来ず、ずーっと心残りとなっていた。どうせ近くへ行くのだから、そこへも足を運ぼうという算段である。
 撮影会の1週間ほど前に三輪プロから「秋山郷周辺で撮影もかねて前泊するから一緒に行きませんか?」という非常に有難いお誘いを戴き、即座に二つ返事で便乗させて貰うことにした。集合場所は栄村にある道の駅、時間は12時だ。いつもなら職場の名刺は持たないのだが、何となく気になって2枚だけ財布の中へ忍び込ませた。

 7月4日(金)は朝7時に自宅を出発、テスタロッサに満タンのガソリンを飲ませてから一宮ICへ入る。小牧JCTから中央道に入り、小黒川PAでトイレに寄った以外はひたすら走り、10時半過ぎに須坂長野東ICで降りる。本当は豊田飯山ICの方が近いのだが、出光カードで給油する都合上、こちらのICからの方が出光のスタンドが多いというのと、久し振りに国道403で小布施の街並みを眺めたかったのと、国道292で高井富士をゆっくり眺めたかったという、複数の理由でこちらのICを選んだのだ。

 相変わらず国道403は渋滞気味、途中の出光のスタンドで給油してひたすら北上する。国道117に入ると、相変わらずガラガラに空いているので非常に走り易く、思わずスロットルを深く踏み込もうとしたその瞬間、対向車がパッシング。「えっ?」と思いながらも制限速度+7kmで走ると、ちょっと先にネズミ捕りをやっていた。危ないアブナイあぶない。(笑)そのまま慎重に走り、道の駅「信越さかえ」には約束よりも少し早い12時5分前に到着。駐車場には三輪プロの車が停まっているけれど、中は空っぽ。道の駅の建物の中にも、同じ敷地内にあるアイスクリームショップや野菜直売所にも姿は無い。「おっかしぃなー?どこかで撮影しているのかなー???」狐に鼻を摘まれたような気分。(謎)

 「おぉ、そういえば携帯電話の番号を教えて貰ってたっけ」と思い出し、電話すると「あ、着いた?!迎えに行くから」。1分も経たないうちに三輪プロの奥方がお出ましになり「2階でお話してたのよ」と仰る。「はぁ?2階???」と、これまた狐に鼻を摘まれたよーな気分に再び突入しかけるが、奥方が歩く方向へ慌てて付いて行く。道の駅の建物に入り、そこで食券を買って昼飯を...と思ったら、奥方は「2階へ持って来て貰うから、どれにする?」えっ?2階へ???またまた狐に摘まれそうになったその瞬間、初老の上品な感じの紳士が佇んでいるのを拙者の視界の中に発見、その方が「どうぞ注文を仰って下さい、2階へお持ちしますので」と。どーなってんのーぉ?と考える暇も無く、ざる定食を御願いしてそのまま2階へと上がる。
 2階はいくつかの座敷に分かれていて、そのうちの一つに通される。そこで三輪プロと、昨年わの会に入られたHさんが談笑中だった。挨拶もそこそこに話しに加わろうとしたら、先ほどの紳士が入って来られた。三輪プロ曰く「いやぁ、今君の仕事の話をしていたんだよ。」拙者は何のことだか判らず眼を白黒、またもや狐に鼻を摘まれそうになったが、その直後に先ほどの紳士が名乗られた。ぬわんと、栄村役場の産業建設課長で、所謂「お偉いさん」である。拙者は唖然。(笑)なーるほど、それで拙者の話をしていたのねー、ようやく合点が行く。組織に対するコンサルテーションっつーのは自組織内の人材だけではまず不可能ですからねぇ。職場の名刺を持ってきて良かったよぉ。(笑)
 因みに、拙者の今の職場では敢えてコンサルテーション行っていない...何故かって?そりゃー簡単で、単に「職務に含まれない」からだ。拙者の職務は「合併に伴うシステム統合に関する全般的なサポート」であり、「組織に対するコンサルテーション」は職務に含まれて居ない。

 ここ数年は国が地方自治体に対して支出を激しく渋るようになり、銀行の貸し剥がしなんて目ぢゃないっていう位に酷い状態になっている。その一方で「国の補助金に依存しない」と前村長が宣言した栄村は脚光を浴び、視察も相次いでいるそうだが、やはり財政状況が非常に厳しいというのは変わらないそうだ。まぁ、そりゃそうでしょうなぁ...人口2340人前後の村の予算規模は26億、今年までスキー場関係の償還費用6億円があるという。参考までに人件費を伺うと6億円という。自治体という今までの枠組みでは余り不思議ではないのかも知れないが、少なくとも拙者には非常に恐ろしい数字に見える。これだけでも予算の硬直化が深刻という実態が透けて見えてくる。
 この場で、バイク乗り&通りすがりの旅人たる拙者が気になる点を幾つか指摘させて貰った。まず「カーヴミラーが少ない」、「行き先表示が少ない」。これは道路を走っていて実際に感じたことだ。
 更に「自治体という枠組みでは難しいだろうが、ガソリンスタンドや生活雑貨を扱う店の営業時間なども情報提供して欲しい」。地方ではスタンドが休日休みのこともあるし、コンビニが無いなら他の店があるのかどうかも知りたいと思うからだ。何しろ最寄のコンビニは村境から更に国道117を10kmほど南下した所にしか無いのだら。
 そんなこんな話をしていたら13時半過ぎになったので、ここでの話はお開きにして、撮影に向う。テスタロッサでは林道を走れないので、H氏の軽自動車に乗せて貰う。

 まずは国道405を南下して「気になるアソコ」へと向う。中津川を挟んだ対岸に聳えるのはH氏曰く「あぁ、あれは堆肥を作る倉庫だよ」だそう。屋根が光を反射して輝いている。ここで30分ほど撮影してから、いよいよH氏オススメの撮影場所へと移動する。
 車に揺られること10分一寸、野々海池に向う途中の山林で車を停めて撮影。ちょうど良い具合に霧が出て来て撮影には絶好の状態だ。が、しばらくしたら霧が消えてしまった。「ありゃぁ、霧が無くなっちゃったねぇ」なんて話していたら再び霧がかかってきて、慌ててまた撮影。(笑)
 30分ほどで再び走り出し、いよいよ林道へと突入する。林道へ入った直ぐのところで撮影し、更に奥へと進む。路面は比較的良いが、雨で随分と掘れてしまっていたりするので、気を抜いた運転は出来ない。でもH氏はそこを造作も無く結構なスピードで走り、溝の直前で「おっとっと」と強くブレーキをかけるので、助手席の拙者は常時ヘッドバンキング状態。(笑)今流行りのエアギターでもここまで激しくはやらんのとちゃう?と云う感じで、フロントガラスに接近することもしばしば。(笑)途中、夕日が木々の側面に当って綺麗な所に出くわし、早速撮影。
 そこから宿へと向うが、H氏は道の両側から差し出す木の枝や笹なんぞをものともせず、車体の両側から「バシバシバシッ」という音を立てながらガンガン走って下っていく。後ろを付いて来る三輪プロの車は大変だぁ。:-C

 宿は北の天満宮温泉「学問の湯」、既に20時近かったので、先ずは直ぐに夕食、座敷に案内されて三輪プロ夫妻と飲んでいたら、そこへ突然紳士が登場。名刺には「栄村長」とある。えーっ、村長?!またまた「お偉いさん」やんけー。(笑)職場の名刺を2枚持ってきて、本当に良かったよー。(笑)またまたまた狐に鼻を摘まれそうになりながらも、小一時間ほど栄村と観光に関する話をさせていただいた。
 村長がお帰りになってからも色々雑談しながら呑んでいて、気がつくと「げっ、23時ぢゃん」。慌てて風呂に入り、軽く缶ビールを飲んで寝た。三輪プロは早朝3時半に起きて撮影されると仰っていたが、常時寝不足の拙者は朝7時まで寝ていた。(笑)はてさて、一体何匹の狐が出たんだっけ?(爆)


 7月5日(土)は朝8時45分頃出発、隣に三輪プロを載せて国道117、国道353と走る。天気が良いのは嬉しいが、少々暑い。10時少し前に塩沢石打ICから関越道に入り、トイレ休憩で土樽PAに入る。ここで銀座からバスで来る方々に連絡をしたら、高速道が事故渋滞でノロノロ運転だという。水上ICを降りて国道291を北上、途中コンビニに寄り昼食を調達する。集合場所の道の駅へは10時半過ぎに到着。暫くして撮影会に参加される方々の車が集まり始めた。
 バスを待っていると遅くなるので、道の駅の駐車場で昼食を食べていたら、バスが到着。予定を変更して集合写真をこの道の駅で撮影することになり、何故か拙者のテスタロッサも入れて参加者全員で集合写真を撮る。

 その後暫くして撮影に向けて出発、県道63を走るが、道幅が狭くて気が抜けない。低速走行が続き、エンジンのクーリングファンが回りっ放し。照葉峡、坤六峠で夫々撮影するが、太陽ピッカリコでTシャツからはみ出た部分全てで日焼けしてしまった。いつも撮影会は雨天なので、陽射しのことは完全に思考の対象外になっていたのだ。せめて帽子くらいは持ってくれば良かったなぁ。
 国道401から国道120に入り、丸沼温泉へは17時過ぎに到着。まずは部屋に荷物を置き、それから丸沼の撮影に出かける。小さな魚が沢山泳いでる...と思ったら、恋らしき大きな魚もかなり居るようだ。撮影は19時頃まで続け、19時半から夕食兼宴会、その後は恒例のセミナー、21時半にお開きとなった。眠いので風呂は明日朝入ることにして、さっさと寝た。

 7月6日(日)、周囲が撮影準備をする音で目を覚まし、早朝撮影を4時少し前から始める。丸沼へと出て行ったら三輪プロに遭遇、「おやぁ、早朝撮影に出てくるなんて珍しいネー」と言われてしまった。(笑)まぁ、確かに撮影会に参加してもいつも寝てばかりだもんなー。(苦笑)
 空を見上げると朝日に輝く雲が...ん???鱗雲ぢゃないかーっ!「こりゃぁ昼あたりから雨になりそうだなー、山の上だから激しくならなきゃ良いけど」なんて思ったが、コレが実は予感的中だった。
 撮影から戻って朝風呂を浴び、7時半に朝食をタップリ戴く。9時少し前に出発、菅沼で1時間ほど撮影して金精峠、湯ノ湖で撮影する。湯ノ湖の撮影を終える辺りで徐々に雲が厚くなり出す。戦場ヶ原の三本松で昼食を取る。戦場ヶ原は10年以上前にバイクで通過し、その更に10年近く前に高校の修学旅行で通っているのだが、前2回の印象と今回とは大幅に異なった。とにかく「木が増えたなー」と思う。以前はだだっ広い場所だったように記憶していて、またそれが「戦場ヶ原」の名に相応しいと思っていたのだが。
 昼食後撮影に出ることになっていたが、昼食を済ませて外に出ると雨がポツリポツリと降り出していた。しかも、その雨粒の大きさが半端じゃない。「これは激しい雷雨になる」と直感、撮影には出ずに車の中で待機することにした。すると10分ほどで段々と雨の降りが強くなり、更に激しい雷雨になった。一向に止む気配が無いので、予定を変更して竜頭の滝近くの駐車場に移って、そこで雨が弱くなるのを待つことになった。
 車で10分ほど移動して滝近くの駐車場に入り、天候回復を待つ。が、ちっとも止まないどころか強い降りがずーっと続いている。これでは撮影どころではないので、14時過ぎにここで解散となった。

 「この時間なら今日中に家に帰ることが出来る」。そう思い、直ぐに国道120を沼田方向へと進む。が、金精峠を越えた辺りから降り方が滅茶苦茶激しくなり、数m前方を走る車のテールランプすら見えない。前の車がブレーキを踏むと辛うじて車の位置が判るという飛んでもない状況に陥る。路肩に寄せて停めようかとも思ったが、路肩は集まってくる雨水で激しく流れる川のよう、側溝の蓋に当って噴水のようになっているし、山から枝や土砂が雨に流されて落ちてくるので、寄せることは無理と判断、非常に視界の悪い中をゆっくり走らざるを得ない。平成12年に名古屋で集中豪雨があり、その時もリアルタイムで体験したのだが、あの時の公式な時間雨量は97mmだった。今回の雨はそれを完全に超越している。恐らく110mm以上の降雨量は確実にあるだろうと思う。そんな中をトロトロと走り、やっとの思いで国道401との交差地点まで来たら、ぬわんと、雨すら降っていない。後ろを振り返ったら、黒く厚い雲の中で何も見えない。「ヒャー、あんな中を走ってきたんかい」と改めて驚いた。

 16時少し前に沼田ICに入り、赤城高原SAで給油する。ここからノンストップで走れば21時頃には自宅に戻れるハズだ。関越道は交通量が多くてやや走り難い。藤岡JCTから上信越道に入ると、こちらはガラガラ。調子良く走っていたら、前方の車が急に皆スローダウン。「何だーぁ?」と思ったら、覆面パトが一台餌食になった車に襲い掛かっているところだった。危ないあぶないアブナイ。そのまま平凡に走れそう...という儚い夢は脆くも打ち砕かれ、佐久ICを過ぎたあたりから、先ほどと同じ激しい雷雨が。「うひゃー」と云いつつも100km/hで走り続けた。が、周囲の車は全てスローダウン。余りに激しい雷雨で前が見えなくて坂城ICを過ぎてからは50km/hで走らざるを得なかった。
 そんな「魔の区間」を何とか通り過ぎて無事更埴JCTから長野道へ入り、岡谷JCTから中央道、小牧JCTで東名道へとノンストップで一気に走って20時15分過ぎに一宮ICで降りる。自宅近くのスタンドで給油して無事20時半過ぎに到着。いやぁ、最後は本当に激しい雨に祟られましたわ。(汗)

 今回はテスタロッサの耐久テストみたいになってしまったが、燃費を計算してみると、田舎の国道はゴーストップが少ない為か6.6km/L、100km/hから130km/hで走った高速道は8.9km/Lだった。20年前の車で5000ccという排気量を考えれば上出来と思う。
 それに、いつもは持つことすら考えたことが無いのに職場の名刺を2枚も持って行って、しかもそれをきっちり使ったというのは虫の知らせだったのだろうか?一寸ミステリアスである...

滞った更新(2008/07/02 PM, 水)
 テスタロッサのオイル漏れは部品が錆びてオイルシール類を痛めたということで、根本的な治療にはクラッチを動かす油圧シリンダー部の交換が必要だそう。しかし、何しろ20年前の車なので部品が無い。フェラーリが部品を生産するかどうか判らないし、リビルド品もいつ入手出来るのか判らないので、先月末で取り敢えずの処置が終了、現在は様子見である。
 スロットルペダルが異様に重かったので、スロットルワイヤをオーバーホールして貰ったら、以前の苦労が嘘みたいに運転が楽になった。更に、フロント以外のガラス全てに熱を遮断する透明フィルムを貼って貰ったので、夏の車内温度も少しは下がるだろうと思う。

 閑話休題。
 このところ、公私共に色々なことが立て続けに起きていて、このサイトの更新は滞り、Mixiの方も殆ど活動していない状態になっている。更に、三輪薫プロ率いる「わの会」撮影会に参加する為に、この金曜日から出かけることになっている。少なくとも、撮影会から戻ってきたら少し更新しようと考えているので、しばしお待ちを...A(^^;

軽はやっぱり軽(2008/06/22 PM, 日)
 テスタロッサはオイル漏れで只今入院中、代車としてマツダの軽自動車を借りている。エンブレムが無いのだが、どうやら「AZワゴン」という車種のだいぶ前のモデルらしい。既に9万km走ってあるが、あちこちがややガタつく以外に不具合は無い。
 職場の車で軽を運転することは良くあるが、日常的に軽に乗るのは今回が生まれて初めてで、何かと新鮮な感じがする。

 まず、コーナーを曲がる度に車体が傾くのに驚いた。「これぢゃオーバースピードでは確実に破綻するだろう」と思う位に傾くので、どんな交差点でもいつも以上に速度を落として曲がっている。その為、少々時間がかかるようになった。車体の剛性感が全く感じられないので、ゆるいカーブもやはり減速して走っている。そうしないと何となく不安なのだ。
 次に、加速が鈍い上に、エアコンを付けると本当に進まなくなってしまう。エンジンが小さいから仕方ないのだが、頭では分かっていても国道22号のような交通量が多いところではそうも言っていられない。
 また、やや荒れた路面の道路では常に揺すられている感じがするし、綺麗な道路でも車体がフワフワしているような印象が強いので、何となく不安に感じる。これは乗り心地をソフトなサスペンションで無理矢理演出している国産車には有り勝ちな話だ。

 街中を普通に走っていると、エンジンは3000rpmから4000rpm辺りが常用域となり、流れの早いところを走ると5000rpm以上を常時回し続けることになる。これぢゃ400ccのバイクと殆ど同じだ。40km/hほどでもエンジンは既に3000rpm以上で回っており、車内に入ってくるエンジン音もかなりの音量となる。その音だけを聞いていると、十分速度を出しているかのように錯覚してしまう。実際、エンジン音から「60km/h位かな?」と思いながらスピードメータを見ると30km/h一寸しか出ていないということがザラにあった。だからスピードメータを頻繁に見ていないと、冗談抜きで「動くパイロン」に成りかねない。(滝汗)今まで軽自動車がゆっくり走っているのが不思議でしょうがなかったが、今回乗って見て分かったような気がする。(笑)
 100kmほど走って今日給油したので燃費を計ってみたらおよそ13km/Lだった。この値は以前乗っていたポルシェ(996C4,Tip)で高速道を大人しく90km/h前後で走り続けた時とほぼ同じである。「随分と燃費が悪いんだな」と思いつつ登録証を見てみると、車体重量は800kgとなっていた。非力なエンジンで1トン近くの車体を引っ張っていることになるのだから、燃費が悪いのは仕方ないかも知れない。が、友人の乗る4ドアのターセル(最終モデル)は1300ccながらも800kg程で、街中中心でも17km/Lほどは走るというから、やはり燃費は悪いと思う。ただ、近年は衝突時の安全性重視から車体が重くなる傾向が強いので、この車もその影響を受けているのかなー?という気もする。

 予定では今度の金曜までに修理が完了することになっているので、この軽と付き合うのももう少しだ。


早速入院(2008/06/15 PM, 日)
 テスタロッサで通勤し始めて1ヶ月少々、納車直後は「こんなもんかな」と思っていたものの、何となく気になって仕方が無かった部分が段々と「このまま放置するのはマズイかも?」と感じるようになってきた。このまま乗り続けるという方法もあるが、人間と違って機械は自然に治ることは在り得ないから「大事になる前に」とショップにチェックをお願いした。

 一番気になったのが、低回転域で発生する失火のようなピッチングのような現象である。具体的には、アイドリング回転数から少し高い1500rpmから2200rpmほどの範囲で走行していると、スロットルをオンにした時に「ガクガクガクッ」と前後に大きく揺さぶられるのだ。まるでノッキングを起こしているかのようでもあるし、一部失火しているような感じもするが、原因は判らない。しかも、エンジン停止するまで、この症状が続く。この症状はエンジン始動から5分程度経過するまでは不思議と出ないし、高速道を流している時にも出ない。

 次に、スロットルペダルが妙に引っかかる。踏めばその分動くけれど、発進時少しづつ踏み込むような時に限って引っかかったような感触があってエンジン回転数が上がらない。そこでほんの一寸強く踏むと引っかかりの抵抗に打ち勝って一気に「グッ」と踏み込んだような感じになり、急発進のような形になってしまう。特に、この引っかかりが元で急にエンジン回転数が上昇した直後に、先ほど書いたような「ガクガクガクッ」という前後へ揺さぶられるような現象を惹き起こすことが非常に多いのだ。

 他にも些細なことだが、ステアリングホイールの高さを固定する部分が磨耗しているらしくて、丁度良い高さに調整しても少し力を入れると動いてしまう。テスタロッサはステアリングが非常に重くて右肩右腕が常時筋肉痛で痛みがなかなか取れないほどなので、ステアリングを操作する度に動いてしまって、何となく嬉しくない。
 また、アイドリング回転数が1400rpm前後とかなり高い状態に設定されていて、しかも購入時当初からケーニッヒの爆音マフラー付で、その音たるや近所迷惑なんてもんぢゃない位凄い。(爆)家族に依ると、自宅からかなり遠い所からでも聞こえるというから、相当な音量だ。それにガソリン高騰中で燃費が気になることもあり、もう少しアイドリング回転数を抑えたい。

 6/10に職場まで車を取りに来て貰い、今は代車の軽自動車で通勤している。いやぁ、軽自動車っていつ乗っても怖いねー。(笑)

信州の旅(2008/06/04 PM, 水)
 5月31日から6月1日の土日を利用して、家族で信州へ出かけた。目的は、軽井沢の茜屋でコーヒー豆を調達することと、10年前に偶然行き合わせた霧ヶ峰のヤマツツジを見ること。

 いつもなら渋峠を越えて軽井沢へ入るために朝6時出発にするんだが、今回は直接軽井沢へ向うので、のんびりと9時半過ぎに自宅を出発。小牧ICから小牧JCT経由でやたらと覆面パトの多い中央道を走り、岡谷JCT経由で長野道に入って昼になったので梓川SAで軽く食事を済ませ、更埴JCT経由で上信越道を走って碓氷軽井沢ICで降りた。ここから軽井沢へ向う県道は起伏の有る結構なワインディング。バイクで走ると面白そうだが、車だと弱い人は酔ってしまうだろう。息子も体調が悪いと車酔いするので、やや慎重に運転する。

 JR軽井沢駅の南側は巨大なショッピングモールのお陰で渋滞気味だが、線路の北側は拍子抜けするほど交通量が少ない。14時頃に軽井沢駅近くの茜屋に到着、早速コーヒーを淹れて貰う。
 マスターの話では、軽井沢駅の南側は慢性的な渋滞に悩まされているそうだ。元々別荘地として発展してきた街なので細い道が多く、大量の車が押し寄せることを想定していないのだから無理も無い。新たに道路を作るのは莫大な費用と時間がかかるし、どこの自治体も財政事情は厳しいから、整備が進むとは極めて考え難い。当分はこのままだろうなー。観光で来る人達は渋滞しても一時的なもんだろうから大して困らないだろうが、地元の人達は大いに困ってるんではなかろうか?

 1時間足らずでお店を後にして、いつものように国道18を走り出す。夏はこの道も激しい渋滞でちっとも進まないんだけど、今日は雨天ということも手伝っているのか順調に進む。御代田駅近くをかすめる県道に入ると、随分と道の両側にお店が増えていた。人口が増えてる?
 県道9から国道141を通って県道44に入り、国道142から県道40へと走り繋ぐ。空の雲はかなり厚いが、濃霧で道が見えないという事態は避けられそう。
 何度も通ってるのに何故か寄る縁の無い蓼科牧場をかすめて白樺湖を抜け、ビーナスラインに入ると、雲海のように雲が山の中腹辺りでプカプカしているのを発見。車を停めてしばし見物&写真撮影する。
 息子が車酔いしないようにカーヴでは極力スピードを落としながら走り、17時過ぎに霧ヶ峰の宿・カルペデイムに到着。周囲はまだ冬景色からようやく脱出したという状態、とてもぢゃないけどツツジなんて咲いていないどころか蕾すらない。なんでも前日まで山の桜が散らずに残っていたそうで、今年は寒さが5月に入っても続いたんだそう。日当たりの良い宿の庭にあるツツジが小さな蕾を出したところで、湿原のツツジはまだまだ先の話だ。うーん、残念だが、こればかりは仕方あるまいな。また頃合を見計らって来ることにしよう。

 風呂の後は抜群に美味い夕食を平らげ、しばしゆっくりと過ごす。息子は色んなおもちゃを次から次へと持って来ては遊んで大はしゃぎ。いつもは21時頃に息子を寝かしつけるのだが、今日は完全にハイな状態になってしまい、寝るどころか眼を輝かせながら遊んでいる。が、「幾らなんでも寝ないと明日眠くて困るから」と22時過ぎに無理矢理寝かせた。その後は、いつもようにオーナーのクマさんとおしゃべりタイム。特にエレキギターの話で盛り上ってしまい、お開きにしたのは午前2時過ぎ。窓の外を見ると湿原は漆黒の闇に覆われていた。


 夜中に天候が回復したらしく、6/1は朝から良い天気。部屋に差し込む強い日光で息子は5時半頃に眼を覚まし、早速遊び始めた。拙者はまだ睡眠3時間弱、とてもぢゃないけど起きられないが、一旦目覚めてしまうと寝付けない。しかも母達の話声が途切れず聞こえてきて、とてもじゃないけど寝られたもんぢゃない!結局起きたのは8時だが、その間はチョビッとウトウトしただけ。
 8時過ぎにこれまた美味い朝食をタップリいただいて、2時間近くノンビリと高原の朝を楽しんだ。

 今日は16時に息子の塾の関係で小牧まで行かねばならぬ用事があるので、10時頃に出発して県道40と国道20を走り、岡谷ICから高速道を使う。
 岡谷JCT経由で中央道を走るが、覆面パトの数が尋常でないほど多いのには参った。大体100km/h弱の一定速度で何食わぬ振りして走っていて、110km/hをちょっと超える速度で抜くと直ぐに追っかけ回すのだ。今まで白いクラウンは何度も見て知っていたが、黒いクラウンで、しかもバンパーに速度センサーが付いていない、どう見ても普通の車にしか見えない覆面パトも居たりして、危うく餌食になるところだった。危ない危ない。
 恵那峡SAで軽く昼食を食べて一気に小牧JCT経由で東名道へ。一旦自宅に戻ったら14時だった。
 一休みしてから息子と妻だけを乗せ、母と母の姉に見送られながら小牧の会場へと走った。妻と息子が90分の説明を受けている間、拙者は近くのアピタやホームセンターを見て回って時間を潰し、18時に説明会が終わったら直ぐに自宅へ直行した。自宅に着いたのは18時45分、ありゃぁ、以外に早く帰ってこれたなー。

 夕方の塾の説明会が無ければもっとゆっくり出来たのだろうが、コレばかりは仕方ない。ヤマツツジが咲くのはこれからなので、出来ればもう一度行ってみようと企んでいる。(笑)


一ヶ月弱(2008/05/25 PM, 日)
 5月の連休明けからフェラーリ通勤となって2週間と少しが経過し、日常の使い勝手という観点で見ると、前乗っていたポルシェとは随分と違いのあることが良く判る。

 先ず何と言っても参っているのが「重いステアリング」である。この時代はまだパワーアシストステアリング(よーするに「パワステ」)が採用されていないので、低速時のハンドル操作が重いっ!(汗)お陰で右肩から脇の下にかけて筋肉痛になった。(笑)今までパワステの右ハンドル車しか乗っていないので、知らないうちに右手を軸にハンドル操作していたらしい。コレばかりは慣れる以外に無さそうだ。

 最初のマイカーだったCR-X(EF8)よりもシート高が低く、乗り降りは「どっこらしょ」という感じで、Aピラーに頭をぶつけないようにやや首を捻る必要があるが、これは意外と苦にならない。ただ、高齢の方にはかなり辛いと思う。

 前オーナーがケーニッヒ製のヌケの良いマフラーに交換しているため、殆ど爆音!(笑)で、助手席の人と話すには少々大きな声でないと聞こえない。ポルシェでも室内はそこそこ音が入ってきていたし、背中にエンジンを背負ってることもあり、まぁこの辺は仕方ないかなーと思う。

 ステアリングの高さが調整できるのは良いが、止める金具がゆるくて動いてしまうのと、アイドリング回転数が1400rpmと少々高過ぎる、スロットルペダルが妙に重くて踏み込み時に抵抗を感じる状態になっているのが気になるが、それ以外は至って普通の車である。

 納車されてからまだ3回しか給油していないが、現在までの燃費は通勤で3.6km/L、高速道では7.8km/Lというところだ。職場の少し手前に踏み切りがあって、いつも5分近く待たされるのが燃費を悪化させているように思うので、今後は踏み切りで待つ間はエンジンを停めてみようと考えている。排気量が5000cc近くあるので、アイドリングだけでも結構ガソリンを消費しているんだろうなー。

 スロットルを深く踏み込むと激しい加速をで、まるでマルチシリンダーエンジンの大排気量バイクみたい。エンジンが回りたがる性質なのだ。そんな車を低速中心の通勤で使うというのも変な感じだが、普段使いできる車はこれ一台しかないから仕方ないのよネ。(笑)


フェラーリ フェスティバル ジャパン 2008(2008/05/14 PM, 水)
 「富士スピードウェイでフェラーリのオーナーだけが参加できる年一回のお祭りFerrari Festival Japan2008が5月11日(日)にあるので参加しませんか?」と、テスタロッサを購入したお店からお誘いを頂いたので、二つ返事で参加させて貰うことにした。息子も「行きたい」と言っていたが、その日は町内子供会のスポーツ行事が午前中から予定されているので「一緒には行けないよ」と話すと至極残念そうな表情。しかし、妻が「でも雨天中止だから、雨が降れば行けるよ」というと、「うん、じゃぁ雨が降るように祈ってる!」だとさ。(笑)

 息子の熱意が通じたのか、前日5/10の夕方からかなり強い雨が降り出し、テレビの19時の天気予報は「5/11も雨でしょう」。まもなく子供会の役員から「明日の行事は中止」という電話があり、息子は大喜び。朝4時半には出発するので、妻は息子を直ぐに寝かしつけ、拙者も平常時より2時間以上早い21時に寝て翌日に備えた。

 朝4時に目覚まし時計の音が鳴り、直ぐに飛び起きて身支度をする。息子も直ぐに起きてきたが、流石に眠そう。そりゃそうだ、いつもより2時間弱短い7時間半しか寝ていないんだもんなー。
 雨が降っていて気温がかなり低いので、息子には冬用のジャケットも持たせて4時半に出発、一宮ICから小牧JCTを通過し、伊那ICで降りる。爆音マフラーなので走行中もかなり大きな音が室内で聞こえているのだが、息子曰く「位置によって音が小さくなる所があるから、その位置へ体を動かして少し寝た」だって。確かに室内の中央では少し音が小さくなる。それ以前に、単純に眠さに勝てなかっただけだと思うのだが。(笑)
 IC近くのコンビニで朝食用のサンドイッチと飲み物を買い、コンビニの駐車場でそのまま食べた。集合時間は7時半なのだが、数日前からブレーキオイル警告ランプが点いたり消えたりするので、それを見て貰う為に早めにお店へ向ったのだ。6時半過ぎにお店に到着、早速診て貰うと「パッドの減りでオイルレベルが下がったんで点いただけですね」とのこと、その場でフルードを足して貰ったら完全に消えた。コレで解決。
 少し離れた公園の広い駐車場へ移動して、参加する他の方々を待ち、20台近くが勢揃いしたので予定通り7時半に出発、伊那ICから岡谷JCTを抜け、途中2回休憩を挟んで大月JCTを経由し須走ICで降りる。富士スピードウェイは初めてだが、そこへのアプローチ道は良く整備されていてとても走り易い。オーナーになって10日しか経っていない拙者でも余裕で走り抜けることが出来た。

 会場の広い駐車場には見渡す限りフェラーリ!よくもまぁこれだけの数が集まったもんだ。ちなみに、今日の参加台数は500台以上とのこと、それにしても凄い数。これを金額に換算したら一体幾らになるんダ?...と貧乏臭いことを考えてしまった。(笑)まぁ、貧乏だから仕方ないんだけどナ。(核爆)
 ピットエリアへ行くと、間近にF1マシンやFXXを眺めることが出来、他にもレースに向けて熱心にセットアップしている各種フェラーリを見て回ることが出来た。どのマシンも色々と工夫が凝らされていて「ナルホドぉ」と感心させられることも多い。
 建物の中ではお店がいくつか出ていて、見て回るだけでも結構面白い。12時過ぎになったので3階で配られている弁当を貰って食べるが、弁当と言っても中身はイタリア料理、しかもヘタなレストランよりも味が良いのでは?と思わせるほどの出来栄えで、「この弁当食べるだけでも参加する価値がありそう」と感じてしまうほど。更にデザートやドリンクもあって、ヘタすると体重が思いっきり増えそう。(笑)

 レースや走行会を見学していたが、時折雨が降る屋外ではとても寒かった。F1マシンがコースを疾走する場面では、初めのうちはホームストレートを通過する度に水しぶきが飛んでいた。もっとも、気温が低いお陰で、晴天時よりはパワーが出ているとのことだった。FXXも全台走行して、エンジン音はF1ほどカン高くは無いものの、実に良く似た音だった。今日のコンディションでは、コース上での最高速度もF1とほぼ同じだそう。FXXはフェラーリから運転技術を認められた人だけしか購入できない。買える人って一体どういう人なんだろう?

 息子は翌日いつもの通り学校に行かねばならないので、遅い時間に帰宅することは避けたい。もっと見ていたかったが、16時に他の参加者の方々に挨拶して後ろ髪を引かれながら富士スピードウェイを後にした。御殿場ICから東名高速道に入り、途中休憩と給油で2回SAに入っただけ、ひたすら自宅目指して走った。息子は興奮冷め遣らぬ状態で、自宅に着くまでずーっとしゃべり続けていた。そりゃぁ、通常のレースでも滅多に見られないものを間近に沢山見たのだから、当然と言えば当然かもしれない。

 自宅には19時半頃に無事到着、息子は妻や母に今日一日のことをしきりに説明していた。妻に依れば「寝るまでずーっと今日の説明をしていた」んだそうな。(笑)息子も楽しんでくれたようで、とても良い一日であった。

ポルシェ通勤からフェラーリ通勤へ(2008/05/01 PM, 木)
 6年と1ヶ月の間苦楽を共にした(?)Porsche Carrera4(996, RHD, Tip)を手放した。
 Carrera4には1点を除いて不満は全く無い。が、その「不満」がどうしても頭から離れず、更に4回目の車検が近づいた事もあって、今後どうするのか長い間散々迷っていた。因みに、その「不満」とは「AT車」である。

 Porsche右ハンドルMTの新車を発注したいのは山々なのだが、今の職場との契約は今年度でお終い、その後収入の見通しは何も無い状態なので、支払いが極めて困難な状況なのである。中古を探そうにも、Porscheの場合、右のMTは台数が極端に少ない為、中古で出てくることは極めて稀で、中古を探すとなると10年単位になるかも知れない。「だったら右ハンドルに拘らなければ」とも考えたが、「それならいっそのこと視野を広げて他の車でも良いんではないかい?」と思い直した。そして「どーせならFerrariを」と考えるに至った。そこで、色々なお店を回った末、自分自身で「ここなら信頼できそう」と感じた伊那市のお店ロッソ.コルサに「Testarossaの程度の良いものを探して欲しい」と御願いしたのだった。

 4月上旬に「見つかった」という連絡が入り、早速現物の車両を確認して間違いなく極上中古であることを確かめた後、早速Carrera4の買取交渉を始めた。
 色んな買取ディーラーと交渉したが何処も値付けが渋く、最高額はポルシェセンター尾張岐阜から紹介されたラビット岐南店、最低額は派手な宣伝を繰り広げているガリバーで、その差は百万近い。正直言って、これには驚いた。カービューとビッグウェーブは可もなく不可もなくという感じ、カーチスは対応がとても良くて好感を持ったものの、ラビットの額までには届かなかった。
 何気なくライカ広場の掲示板に車を手放すことを書き込んだら早速反応があり、結果としてはラビットとほぼ同じ額を提示して頂いたその掲示板の主宰者である知り合いに譲ることにした。知らない人に売るよりは、拙者も何となく安心できるということもあり、話はすんなりとまとまった。4/29にわざわざ拙者宅まで取りに来て貰い、必要な手続きを済ませた。昨日は通勤に使える車が無い状態となったので、KTM Supermoto950で職場との間を往復した。いやぁ、晴れていて助かったよ。雨の日にバイクに乗るってぇのはどうも気が進まないんだよねー。(笑)

 そして、今日の13時少し前に登録を済ませたTestarossaが到着。早速近くのスタンドで給油したが、折りしも昨日「暫定税率復活」の法案成立で今日は値上がりした直後、しかも80リットル近く給油したから初日から凄まじい散財となってしまった。(苦笑)
 左ハンドルによる視線に慣れないこともあり、まだ近所を恐る恐る走っている状態ではあるが、思ったよりは右ハンドルとの差は少ないと感じている。ただ、市内の駐車場は左ハンドルに未対応な所ばかりなので苦労する羽目になるのは仕方ないかナー。

 これまでのポルシェに替わって、職場までの通勤もフェラーリとなる。今日と明日は休暇なので、実際には連休明けの5/7から通勤へ投入となる。果たして実用性がどの程度なのか、ジックリと味わおうと考えている。

久し振りの旅−その3(2008/04/20 PM, 日)
3/25(月)は度の最後の日、ひたすら自宅目指して帰るだけだ。朝7時半過ぎから出発準備し、朝食後直ぐに走り出す。
 いつも給油は出光のカードを利用しているので、「カードの使えるスタンドに入ろう」と思い、事前に調べてあった県道199沿いと国道179沿いのスタンドに入ろうとするが、悉く「カード使用不可」。どーなってんのーぉ?そうこうしているうちに市街地を通り過ぎてしまい、国道482と国道313で湯原ICまで淡々と走る。津山街道の交通量は本当に少ない。下手すりゃ走ってる車は自分たちの1台だけだったりする。こちらの道は何処も雪は残っていない。昨日とは山の畝が一つ違うだけなのにエライ違いだ。
 結局出光系列のスタンドは見つからず、IC近くのスタンドで給油してから湯原ICから高速道をひた走る。

 中国自動車道はとても交通量が少ない。それだけ人口が少ないということ?吉川JCTの手前辺りから段々と交通量が増え、神戸JCTあたりまで来ると東名や名神と同じ位の交通量となる。途中のサービスエリアで軽い昼食を済ませ少し休憩してから再び走り出し、吹田JCTと一宮JCTを経て15時頃一宮木曽川ICに辿り着く。

 自宅に戻ったら真っ先にザーリィ(飼っているザリガニ)の水槽を覗き込む。するとごそごそ動いて水槽から何とかして逃げ出そうとしているではないか。餌が足りないといつもこのような仕草を見せるので早速餌を与えると、ハサミを振り回しながら餌を漁っていた。出発前に多めに餌をやっておいたんだけど、やはり3日も経つと足りないんだなぁ。

 今回も道の駅で地酒カップを6個ほど買い込んだ。見たことの無い銘柄ばかりだが、これから暫くは呑み比べながら旅の余韻を楽しめる。

久し振りの旅−その2(2008/04/06 PM, 日)
 3/24(月)は朝8時過ぎに生谷温泉「伊沢の里」を出発、国道29を南下して中国自動車道の山崎ICに入り、覆面パトに注意しながら院庄ICで降りる。国道179で北上するが、走り出して10分そこそこで人家が途絶えがちな鄙びた風景となる。太平洋ベルト地帯から外れると、本当に人口が少ないことを改めて実感する。
 途中、道の駅で地酒のカップ酒なんぞを仕入れようと車を停めるが、周囲の山にはまだかなり多くの雪が残っており、標高が多少高いことも手伝っているだろうが気温もやや低い。厚手のセーターを着ていて丁度良いか少し寒い程度だ。道の駅から更に北上すると、山の残雪の量も段々と多くなり、人形峠のかなり手前から、田畑だけでなく庭にも多くの雪が見られるようになった。車のメータに表示される気温は4度。こりゃー雪はなかなか融けないだろうなー。人形トンネル直前は完全に雪国で、道路以外は雪で真っ白。しかし、トンネルを抜けて倉吉市側に出たら、雪が残ってるのはトンネル付近だけで、少し走っただけで雪は完全に無くなっていた。気温も岡山県側よりもやや高い。県境となっている山々は1000m級で決して高くないのだが、気候が随分と違うように感じた。何だか不思議。

 11時前に倉吉市中心部に入り、市営の無料駐車場に車を停める。直ぐ近くに鉄道記念館があるので早速見学する。無人の施設で規模も小さいが、当時の駅舎を流用しており、当時の雰囲気が良く残されているように感じた。昭和末期に行われた国鉄民営化で多くの盲腸線とも言える地方の鉄路がどんどん廃止されてしまったが、やはり何とか残せなかったものかと思う。今なら地球温暖化を持ち出せばある程度は説得力があるだろうが、当時はひたすら効率化と利益追求に躍起になっていた時代であり、鉄道の持つ文化的側面や雇用確保などの労働面での優位性は全く無視されてしまっていた。今更ながら残念でならない。

 そこから歩いて5分一寸で土蔵の並ぶ街並みへ。有名な場所だけあって流石に観光客が多い。が、古い屋並を残す地域以外へ観光客が足を運ぶことは無く、そのまま観光バスへと吸い込まれていった。我々は折角だからと、あちこち歩き回った。中心部には比較的古い街並みが残っているとはいえ、既に周囲は新しい建物ばかりで、余程強硬な施策か規制を行わない限り、旧いものを残すのは難しそうに感じた。やはり車が楽に往来できて生活に支障の無い街となると、旧いままの建物では難しいのかも知れない。倉吉市はこれからどうして行くのか、お手並み拝見といったところである。
 土蔵の並ぶ小川沿いの小さなお店で昼食を済ませ、中心部を1時間ほど歩き回ったが、郡上八幡や城崎温泉といった場所と比べるとかなり小規模で、隈なく観て回っても半日もかからないという感じだった。フィルムも1本一寸使っただけで、意外に撮影回数も少なかった。

 14時過ぎに再び走り出し、県道を使って東郷湖へと進む。「宿へ直接向うには未だ早過ぎるかなー」なんて思いながら走っていたら、東郷湖畔に「燕趙園」という看板と巨大な中国風の建物が見えてきたので、そこに寄ることにした。
 中は中国庭園となっていて、規模が大きい。入園料を払って中に入ったら、直ぐに雑技団の演技が始まるというので会場へと進む。まだ小学生と中学生と思われる女の子を含めて3名が、色々な演技を見せてくれる。TVでは見たことがあるが、実物で見ると迫力が全く違う。特に、器具類を一切使わずに披露される妙技の数々は素晴らしいの一言で、圧倒されっ放しだ。15分の演技だが、それこそあっという間に感じられる。
 ゆっくりと園内を観て回るが、手先の器用な中国人の手に依るものだけあって、欄間や欄干に描かれた絵はどれも実に繊細で、一歩一歩足を止めて見とれてしまう。
 知らないうちに時間が経ったという感じで17時近くになり、園を後にして今日の宿へと向うが、思いの他近くて、5分も走らないうちに着いてしまった。

 今日の宿は町営の国民宿舎「水明荘」だ。建物が中華風になっているが、中は普通のホテルと大して変わらない。5階に露天風呂があるらしいが、部屋に入って「ちょと一服」と横になったらそのまま寝てしまい、18時の食事の時間になって妻に起こされた。(笑)食事は一番安いコースを頼んであったが、それでも量が多くて食べ切るのがやっとだった。もっと量を減らしてその分金額を抑えてくれないかなー???
 夕食の後に温泉の内風呂へ入ったが、温度がかなり高くて長時間浸かっていられない。何度も出たり入ったりして風呂から上がり、21時過ぎに寝た。普段こんなに早く寝るなんてありえないんだけどねぇ。(笑)

続きは後日...

久し振りの旅−その1(2008/03/30 PM, 日)
 息子の春休みを待って、先週の日曜から久し振りに家族で2泊3日の旅行に出かけた。
 小学校が当てにならないので息子を3月から学習塾に通わせることになったのだが、塾が休みになるのは3月最後の週と8月の間だけ。その時期を外してしまうと泊り掛けで出かけることは難しい。それに、学年が一つ上がると3月末も塾は休みで無くなるそうなので、今の塾に通い続けるのであれば、小学生の間に春に旅へ出るのは今回が最後になるかも知れない。

 3/23(日)は朝7時過ぎに自宅を出発、近くのコンビニで朝食用のサンドイッチを仕入れて一宮木曽川ICから高速道に入る。一宮JCTから名神道に入って伊吹PAで車を止めて朝食を取る。20分ほどで再び走り出し、吹田JCTから中国自動車道へと進む。JCTから少しの間万博記念公園を横目で眺める。相変わらず周辺の一般道は交通量が多いが、東京のように渋滞はしていない。大規模な都市なんだけど、何かが違うんだろうなー。
 神戸JCTから山陽自動車道へ入り、途中にトイレ休憩を挟みながら淡々と進む。山陽道は山間を通過する為か、いつ通っても交通量が少ない。名神や東名とはエライ違いだ。
 山陽姫路東ICから播但連絡道路へと移り、花田ICで降りる。このICはまだETCの設備が整っておらず、有人ボックスで一旦停車してETCカードそのものを渡すという変わった方法を取っていた。拙者はバイクの時に同じことをやっているので不思議ではないが、車でしかETCを使ったことの無い人は一寸面食らうんではないかな?(笑)

 国道372を西進して姫路市中心部へと進むが、流石に交通量が多い。日曜ということもあってか、城に近づくに従って渋滞気味となる。幸い、路上の案内板が充実しており、駐車場探しも困ることなくスムーズにお城近くにある国道2号沿いの大きな駐車場に停めることが出来た。
 昼までまだ1時間近くあるので、早速お城の中へ入る。姫路城は天守閣以外の建物が左右に大きく広がったような配置になっている上に、漆喰の白さで実に立派に見える。中を指定された順路通りに進むと、内部も実にシッカリした造りになっていて感心させられる。昔の話とは言え、これだけの建築物を建てられる藩主の力たるや、さぞかし凄まじいものだったことだろう。凄まじいといえば、見物客の人数も半端ではなく、天守閣では下りる階段が大渋滞で10分近く待たないと降りられないという有様だった。
 一通り見て回って少々気になったことがある。石が積み上げられた土台の部分はどこも上半分が白くて下半分がすすけたように黒いのだ。漆喰が雨に溶けて上半分が白くなったのかとも思ったが、それなら場所によって白い部分の高さが変わる筈だ。何処を見てもほぼ一定の高さで色が違うので、何かあるのかも知れない。

 姫路城見物を終えた時点で1時を少し過ぎていたので、直ぐ近くのロイヤルホストで軽く昼食を取る。そういえば、ロイヤルホストに入るのは何年振りかなー?
 2時過ぎに食事を終えて店の外へ。今日の宿は宍粟市なので、直接向うにはまだ早過ぎる。そこで昭文社のツーリングマップルRと睨めっこすることしばし、「おぉ、日本玩具博物館なんてぇのがあるぞ、行って見よう」と国道372に戻って30分ほどで到着。
 外から見るとなんてことは無いちょっと大きめな建物があるだけだが、中に入ってみると...オォー、これは凄い。ちょうどちりめんを使った縫いぐるみ等の玩具を一括展示していて、とっても綺麗。更に実際に手にとって遊べる昔懐かしのコマや木で出来たおもちゃがあって、息子は夢中で遊ぶ。複数の建物に分かれていて、世界中のおもちゃを集めてあり、見応え十分。特に凄いと感じたのは明治から昭和にかけて盛んだった社を組んだような雛壇だ。その造りの精巧さから宮大工の手に寄るものと考えられるそうだが、それはそれは見事な出来栄えである。これを見るだけの為に足を運んでも惜しくないと思う。
 売店で、これまた懐かしい地球ゴマと、回っている間に逆立ちする面白い小さなコマ、今では全く見かけなくなってしまった相撲ゴマを買い求めた。これなら大人も子供も楽しめる。

 4時近くになったので、「もう一度ここは見に来ても良いなぁ」と思いながら、博物館を後にして宿へと走り出す。国道312から県道23に入り、更に国道29へと進んで、1時間も経たないうちに今日の宿「生谷温泉 伊沢の里」に到着。ここは公共の宿で、宿泊料が安い割りには結構立派な施設である。
 部屋に入って荷を降ろし、拙者は「一寸一休み」と横になったら、そのまま寝てしまった(笑)ので、夕食が先で後で風呂に入ることにした。宿の食事は質・量共に十分で、旅館にありがちな食べきれないほどの量でないところがとても気に入った。
 食事の後は弱塩泉の温泉に浸かる。体が冷えていた為か、始めは熱く感じたが時間が経つに連れて熱さは感じなくなった。部屋に戻って買ったコマを回して皆で遊び、10時頃に寝た。今日は息子はシッカリ夜更かししたなー。(笑)

続きは後日...

増感扱い?!(2008/03/16 PM, 日)
 このところ、暇があればカメラ片手に自宅近辺を2時間から3時間ほど歩くようにしている。ガキの頃、散々自転車で走り回ったので道に迷うなんてことは無いが、余りの変貌振りに驚きを超えて呆れてしまう場面に出くわすことも多い。特に、寺社仏閣の境内の延長で広々としていたところが、いつのまにかチマチマした家がぎっしり詰め込まれていたりするんだな、これが。「30年も経つと随分と変わるもんだなー」なんて改めて思う。

 カメラを持っていくから当然フィルムも必要。以前「いっぺん使ってみようかな」と購入したものの、そのまま使わずに仕舞いこんでいた白黒フィルムが、偶然有効期限の迫った今の時期になって出て来たので立て続けに使ってみた。が、初めての白黒は現像が上がって来ると「なんぢゃ、こりゃ?」というものばかり。何を写したのか、自分でも良く分からないもののオンパレード。よーするに視点が定まっていないんだわ。(笑)

 今日も自宅近くのキタムラで現像の上がった白黒を受け取る時「妙に高いな」と思ったが、自宅に着いてから改めてよく見ると「Rollei R3は一般フィルムよりも処理時間が長いために増感扱いになります」というメモ書きが貼られているではないか。更に「20度、14分」という別の走り書きも入っていた。なるほど、こりゃぁ高い訳だ。
 ネガを見ると、確かにやや薄い感じがする。ISO200から400の辺りで使うフィルムなのだが、これはひょっとして現像時に押す前提の感度なのかも知れない。

 散歩でカメラを持ち歩くと、初めは些細な重量と思っていても、2時間近く歩いて疲れてくると意外なほどに重く感じられるということが良く分かった。
 風景メインだと撮影場所とワーキングディスタンスの関係から複数本のレンズかズームでないとお手上げになることも多いのだが、街角スナップは自分で動けば幾らでもワーキングディスタンスは変えられるから、単焦点レンズ1本のみの方がサクサク撮影できるというのも新しい発見だ。ズームや複数のレンズを持ち歩いても、視点が定まらなくなることが多くなるし、重くなって撮影が億劫になってしまう危険性だってあるもんね。(笑)

何か変(2008/02/24 PM, 日)
 一週間ほど前から、夜寝床に入ると何故か鳩尾(みぞおち)から臍にかけて、お腹がモゾモゾと動く感じがする。初めのうちは「ガスが溜まったのかな」という程度にしか感じていなかった。が、よくよく考えてみると、本当にガスが原因なら腹部の痛みが伴う筈。「ひょっとして腹の中に虫でも居るのか?」と思い、土曜日にかかりつけの医院へと足を運んだ。

 問診の後、ソナーを当てられた。グリグリとお腹のあちこちを撫で回している最中にドクターが「おや、脂肪肝がありますね。検診で何か言われませんでしたか?」と。職場の検診は昨年冬に受けているが「注意しましょう」というだけで、ナニを注意すれば良いのか具体的な話は全く無い。その旨を告げると「じゃぁ、検診の結果をお持ちなら、次回来られた時に見せて下さい。それから血液検査をします」と言われ、早速血を抜かれた。胃腸薬を処方して貰い、何が何だか良く判らん状態のまま帰宅した。

 血液検査するということは、回虫などが居れば血液に異常が出るだろうからそれを見ようということ?なのかな???しかも次回は朝食抜きという話なので、再度なんらかの検査をするんだろう。

 いずれにしても、原因が分かるまでにはまだ時間がかかりそうだ。


洗車(2008/02/11 PM, 月)
 今日は穏やかに晴れて風も弱いので、早速Porsche Carrera4を洗車してWaxがけをする。
 我が家は車に乗る人数は多いのだが、洗車する人数は僅か拙者一人。しかも車は2台あるから面倒。流石に2台いっぺんに洗車という訳には行かないので、まずはPorscheを先にやることにしたのである。実は、洗車時の水切り用にも使えると思って小型コンプレッサーを購入してあるのだが、肝心な配管用チューブなどをまだ揃えていないので、宝の持ち腐れ状態になっている。しかもコンプレッサーが入っている段ボール箱を野良猫の連中が爪とぎに使っているという有様。お陰で箱はボロボロ。(笑)

 弱いながらも風が吹く時があるので、ルーフ、ボンネット、リアウィング周り、側面と、ある程度の面積を洗ったらWaxを塗りこむという作業を繰り返す。全部洗い終わってからでは、風で砂塵が乗ってしまう可能性があるからだ。
 朝起きたのが遅かったこともあって午前11時頃に作業開始、ループとボンネットを追えたら昼になって中断、昼食後に再び取り掛かって15時少し前に全て完了した。気温が低い為か、Waxが伸びずに固まってしまい、塗り広げるのが大変だった。

 全て作業を終えたら疲れてしまい、軽いおやつを食べた後はもう何もする気が起こらなくなってしまった。以前ならもう1台洗車だけするとかしていたのだが、もうそんな元気は残っていない。年齢の上昇に伴う体力衰退を実感する今日この頃である。(笑)


買い替え(2008/02/03 PM, 日)
 年が明けた辺りから、自宅寝室の電灯がやたらと暗くなり、半月ほど前には完全に点かない状態になってしまった。「こりゃ蛍光灯の寿命だろう」と思い、電気店で買って来て取り替えた。が、相変わらす点かない???どうやら機器そのものが故障してしまったらしい。昨年は家電製品の老朽化で随分と色んなものを買い換えたが、自宅は既に地区15年以上経過しているのに電灯類は一切買い換えていないので、今年も案外買い替えが続くかも知れない。
 月末にかけてはどういう訳か色々と予定が詰まって身動きが取れず、今日になってようやく時間が取れたので、尾張一宮駅近くのエイデンと自宅から車で10分もかからないところにある江南市のホームセンター綿半を見て回る。

 故障したのは四角で天井に直接取り付けるタイプのものだが、今時の電灯製品は何故か乳白色のカバーで覆われているものが多い。見た目が良いし光を拡散させるという点でも好ましいのだろうが、かなり暗くなってしまうのが問題である。自分の部屋として使っている天井も同じタイプだが、乳白色のカバーを取り外して使っている。本来は30W蛍光灯4つなのだが、カバーを外すと2つだけでもカバー付きの状態とほぼ光量は同じなので、見た目はあまり宜しくないが電気代節約のために外して使っている。天井なんてそんなに見る訳でもないし。
 でっ、色々迷った挙句購入したのは蛍光灯がむき出しになっているタイプ。これならカバーで暗くなることは無い。しかもカバー付きに比べて安い。

 自宅に持ち帰り、早速自分で交換する。予め天井に取り付けられている取付金具が古いタイプだったが、何とか取り付けられた。コレで世の中明るく過ごせる...訳無いよなー。(笑)


研修(2008/01/27 PM, 日)
 昨日の午前中、休みだというのに「管理職研修」と言う名の下に、ほぼ強制的なサービス休日出勤となった。会場となる建物は駐車場が少ないため、寒風の中KTM 950Supermotoで出かけた。

 年によって多少違うが、今の時期は朝だと大抵気温が一桁前半、下手すりゃ氷点下だが、いつも冬用の布バイクジャケット又は革のライダーズジャケットとオーバーパンツという組合せで不都合を感じたことは無かった。が、今年は少々事情が違っていた。
 先週岡崎市郊外へ出かけた時もそうだったのだが、走行中は膝から太ももにかけてがやたらと寒く感じる。「昨年まではそんなことは無かったけど?」と思いつつも記憶を辿ってみると、今使っているオーバーパンツはもうすぐ10年経過するということに気がついた。注意深く内側を触ってみると、膝から下にかけての内装の厚さよりも膝から太ももにかけての厚さの方が僅かに薄くなっていることが判る。購入時「以前は2万前後もしたのに、7千円もしないなんて、随分と安くなったなー」なんて思ったが、安価なだけに経年変化は避けられないようだ。「こりゃぁ買い替えを考えなきゃならんかなぁ」と思いながら研修会場へ。

 研修の内容は流行の兆しだけで失速した感のある「ワークバランス」について。講師は、自身の体験をベースに起業して講演活動とコンサルティングをしているという。会社案内を見ると、案の定大企業の名前がズラリと揃えられている。これだけでも「ははーん」と感付いてしまう方も多いことだろう。
 肝心な研修の中身は10年以上も前に欧米で散々議論された内容に沿ったもので、特に目新しい部分は無かったが、話が進んで行くうちに「えっ?」「はぁ?」「なんでぇ?」とどうしても引っかかってしまう点があちこちに出て来た。研修を終えての感想は一言、「ひょっとして、この講師は特定範囲の業界しか相手にしたことが無いのかな?」である。
 確かに研修で提示された内容は国内組織が抱える問題点を明確に示している。が、それに対する解決方法の検討が不十分に感じられてならない。特定業種にはそれでも十分過ぎるほど通用するだろうが、研修の内容だけでは間違いなく破綻してしまうであろう業種も存在すると感じてしまう。その職種とは?...言うまでもなく「鉛筆土方業界」である。

 現在の職場では契約期間が1年と少々という状態なので、この研修にとやかく言う積りは無い。が、少々寒気を覚えたのは、決して気温が低いからというだけではあるまい。

田舎(2008/01/20 PM, 日)
 昨日、岡崎市の方へ出かける用事が出来たが、家族全員で行くほどの事でもないので、一人KTM950Supermotoに乗って出かけた。

 KTMは購入して2年近くになるが、なかなかバイクに乗る機会が無く、まだ1700km程走っただけだ。これだけ乗らないと通常ならバッテリーが駄目になってしまうのだが、幸いなことに今のところは正常だ。最低でも3週間に1回は太陽電池を使って補充の充電をしているからかなー?
 リアスプリングを自分の体重に合せてソフトなものに交換し、序でに前後サスペンションのセッティングをソフトに変えた為か、以前のような硬さや突っ張り感は無くなり、忠実に路面をトレースしているという感じになった。高速道のカーブしたランプにある鋼鉄製の路面の継ぎ目を通過しても「ズルッ」と滑ることも無くなって、非常に安心して乗っていられるようになった。

 ちょっとしたツーリング気分で岡崎市北部へ到着、15分ほどで所要を済ませた序でに、無くなった親父が育ったお寺・正観寺の周囲を少し走ってみた。因みに、住職の代が変わってしまったので、現在の正観寺と我が家とは全くの無関係である。
 拙者がガキの頃に比べても余り変わらず、基本的には山間の田舎のまま...と思いきや、周辺はかなり開発されてきている。道路は広くなり、人家も随分と増えていた。少し離れた細川の方は人家の密集地となりつつあり、昔の面影は全く残っていない。かつては廃止された軽便鉄道の駅舎が残っていたが、既に見当たらなくなってしまっていた。

 豊田市に通勤するのにさほど時間がかからないという地理的条件から、人口が増えているようだ。そのうちに、田舎の風情なんて無くなっちゃうのかな...


連休(2008/01/14 PM, 月)
 今日まで3連休だったが、息子と母が胃腸風邪を引いてしまい、出かけるどころか看病その他で終わってしまった。特に息子は嘔吐を繰り返したため、その度に大騒ぎして片付けに走り回った。
 妻が「昨年も同じ時期に風邪引いたんじゃなかったっけ?」と言いながら彼女が付けている日記を調べたら、昨年は2月から3月にかけて息子が何度も風邪を引いていたが、母は全く風邪を引いていない。昨年は誰もインフルエンザの予防接種をしておらず、今年は全員が予防接種を受けている。だからいつもよりは軽く済む筈だが、風邪はしっかり治しておかないと後々尾を引くので安心は禁物だ。

 この3日間を使ってアメリカから送って貰ったCDを聞きながら自分の部屋を少々整理したため、以前に比べてグンと広くなったような気がする。特に、弾けもしないのに何故か多く持っているGuitar類を半分近く手放したのが大きい。しかし、中学時代から憧れているGuitarが3本あるので、いずれまた増えてしまうだろうが...。(笑)

 アメリカのお店に発注して送って貰ったCD8枚のうち、半分はScott Mcgill関係である。BrandXのJohn Goodsallと並んで拙者のお気に入りのGuitaristになっている。残り半分は何となく気になったCDを選んだのだが、コレが大当たり!と言う感じ、早速残りのアルバムも発注しようかと考えている。
 特に国内ではインストルメンタルのロックやプログレは発売されないことが多く、探し回るのに結構苦労する。Amazonでも時折出てくることもあるが少量の初回入荷分を売り切ってお終いなので、結局は海外の販売店を頼ることになる。まぁ、昔は海外へFaxや手紙ででやり取りするしかなく、それを思えばe-mailなどで発注できるようになったのだから長足の進歩ではある。でも、やっぱり国内の音楽文化の薄さを感じ取ってしまうのは気のせい?

この一年(2007/12/31 PM, 月、2008/1/1一部追記)
 今年は何故か昨年以上に慌しく、特に9月以降は土日に何かしら自分以外の都合に依る予定が入ったりして本当に自分の時間を持てない状態であった。これまた昨年同様に、昨日まで年賀状の印刷にかかりっきり、今日は年末の買出しで終わってしまった。今年は自分の部屋の片付けまで手が回らず、散らかったまま年を越すという失態が明らかになりつつある。(笑)
 家族も含めて周囲は年末だ新年だとワイワイ言っているが、拙者にとっては普通の日と何も変わらないのだ。多少休みが続くが、それとて十分とは言えない。人間が勝手に作った宗教というものの中に新年という一里塚があるに過ぎない。どうして毎年馬鹿騒ぎを繰り返すの?と不思議である。案外、進歩が無いという証明なのかもしれない。
 この1年、相も変わらず色々なことがあった。

 まず趣味について、始めにバイク関係から。
 KTMの950Supermotoに乗る時間がなかなか取れず、未だに1600kmほどしか走っていない。家族持ちだと単独で動きにくく、車での移動が多くなってしまうので仕方ないのかも知れないが、それにしても寂しい距離数だなぁ...。そんな中、別冊Motor Cyclist4月号の記事がきっかけとなってリアスプリングをソフトなタイプに変更、併せて前後のサスペンションのセッティングもコンフォートに変えたら、それまでの硬い感触が無くなり非常にスムーズな乗り味になった。ゲルマン民族のような大柄な体格でなければ、これはオススメである。
 もう一台250ccクラスのオフロードが欲しいのだが、今はただでさえ乗る暇が無い状態だし、当分この状態が続きそうなので、購入はまだまだ先の話になりそうだ。

 オーディオは、Canterbury15/HEを置いている部屋を息子の勉強部屋に取られてしまったため、2Fの自室にサブセットを組んだ。具体的にはスピーカはJSP研究所のJSP-2020、アンプはAudioAnalogueのPRIMO SETTENTA、CDプレーヤは同じくAudioAnalogueのPRIMOである。JSP-2020は小型ブックシェルフ型を一寸大きくした程度だが30Hz辺りまできちんと再生するのは驚き!で、5弦ベースの低音部を多用した曲やパイプオルガン低音部が続くのでなければ十分な性能がある。このスピーカは本当にお買い得だったと思う。

 カメラ関係は機材を減らし続けた一年だった。
 Rolleiflex SL66SEのシステムは、今後の修理に対する漠然とした不安から全てを手放し、中判一眼レフはHasselbladのシステムのみとした。お陰で防湿庫はかなり余裕が出来てきた。更に、眼鏡利用者には少々覗き難いLeica M6TTLを手放してZeiss Ikonを入手、併せてElmarit28mmも手放した。特にM6TTLは出番が少なかったので、このまま防湿庫の重石にするよりは誰かに使って貰う方が良いだろうと考えたのだ。
 昨年防湿庫の一番小さなのを買い足したが、今はかなりスペースが開いている。そうなるとまた機材が増えそうで危ない。(笑)
 また、カメラ関係のML(Maling-List)では有名らしいRollei35owner'zのMLからも抜けた。このMLの主宰者は実に良く出来た人物だが、彼自らが構築してきたオフ会というかスナップ撮影会のシキタリに拘り過ぎる面があり、当方はその部分について行けなかった。拙者が幹事となってスナップ撮影会を行う話を進めているうちに拙者には理解できない部分が段々と増え、質問しても婉曲表現で回答されたりということもあって段々と話が食い違ってしまい、結果として破談を招くことになってしまった。実施に当たっての手順や様式が固定化されていて、それを理解できる人しか参加できないんでは?と感じてしまうのだが、そのスタイルを貫くことに徹する彼には拙者に理解できない何かしらの理由があるのだろう。

 音楽機材は、POD系のアンプシミュレータが増えただけに留まった。  しかし、今無性にFenderのTelecaster、しかも色はナチュラルが欲しくて仕方が無い。これには少々理由があって、以前そのタイプのものを購入し、音そのものは気に入っていたのだが、メキシコ製故かフレット音痴で音程が何となく変な感じだったので手放してしまったのだ。それと同じ音を追い求めているのである。これはかなり難易度の高い話なので、何年かかるのかサッパリ見当が付かない。まぁ、ギターは殆ど弾けない(爆)んだから、気長に探そうと考えている。
 録音機材として新たにダイナミックマイクとチューブタイプのプリアンプが増えたが、実際にレコーディングする予定がある訳ではないので、当分使う予定は無さそう。(笑)

 昨年Mixiへ招待されたが目立った活動はしていないので、もう殆ど開店休業状態。(笑)やりたいこと、やらねばならぬことが多過ぎて、なかなかMixiまで手が回らない。

 次に、自身の体調について。
 昨年から少々気にはなっていたのだが、どうやら老眼が始まっているようだ。小さな文字がビッチリ並んでいたりすると、眼鏡を外さないと読めないということが増えてきた。Hasselbladのウェストレベルファインダーを覗くとピントが掴めずマグニファイレンズを出すようになったが、やはりこれも老眼のせいらしい。システムエンジニアという職業柄、どうしても眼を酷使するので老眼の進行度合いも早いのかも知れない。
 一昨年前に痔の手術をし、その後も何度か出血があってその度に医者へ駆け込んでいたが、今年はそういうことが無くなった。毎朝定期的にトイレで踏ん張るのを止め、トイレに行きたくなったら行くというスタイルに変えたのが良かったらしい。その代わり、少々便秘気味である。

 最後に、収入に直結する仕事について。
 当初3年契約だったのが更に2年延長となった。求職活動の開始時期がちょっと先に伸びた訳だが、年齢が上がってしまうという問題も同時進行する訳で、来年の今頃は仕事探しでアタフタしているのかなーなんて思うと今から憂鬱である。
 また、2年延長となってから色々とあって、延長して良かったのか悪かったのか、正直言って分からない。まぁ、契約期間が満了するまでは収入が確保されているので「良かった」と言ってしまっても差し支えないよーな気もするが...いや、しかし...(--;)...延長と言えども契約が続いていることには変わりは無いので、今まで通り是是非非で進む積りである。

 このサイトを開設して早10年が過ぎたが、昨年以上に更新の回数が少なくなってしまい、アクセス数は少しづつ減り続けている。しかも、来年度で契約満了を迎えるために求職活動を始めねばならず、今まで以上に更新が滞ってしまうかも知れないが、見に来て下さる方がある限りは更新し続ける積りだ。

 既に21時を過ぎており、今年も残り僅か。数時間後には自動的に新年となる。皆さん、良いお年を。(^^ )/


オフ会(2007/12/25 PM, 火)
 12/23(日)はライカ広場のオフ会で、今回のメインディッシュは恒例となった丸栄百貨店での中古カメラ市である。

 現地に10時集合ということだったので、10時キッカリに会場へ行ったら...アリャ(-- )?妙に寒...い???出店数がいつもの半分しか無く、来場者も数えるほどしか居ない。前日からスタートしているから2日目は少ないというのは判るが、それにしても少ない。時間が経つに連れて少し来場者は増えたものの、かつての賑わいとは程遠い。
 そんな中、20代前半と思しき人もチラホラ。なんでもカメラ日和とかPHaTフォトなどの写真雑誌の影響で若い世代にもちょい古のフィルムカメラが人気なんだそうな。フィルムの種類がドンドン減っているので、こういう傾向は大歓迎だ。

 金額的には以前に比べればかなりこなれて来てはいるものの、何となく物足りない。陳列されている数も随分と少ないので見て回るのに苦労するようなことは無いが、数が少ない分、掘り出し物も目ぼしいものも無く、1時間ほど会場で過ごしたが何も買わなかった。

 とある方が「だいだいさぁ、カメラ屋が自分で自分の首絞めてんだよぉ。店ぢゃ滅茶苦茶買い叩かれるでしょう。あれじゃぁ、オークションに出せば下取買取の額より少し位は高くはなるから、皆そっちへ流れちゃうんだよ。オークションやネットにアクセスする手段の無い人達がカメラ屋に持って行くんだから数が減ってるんだよねー」と話していたが、正しくその通りである。
 拙者もここ数年はカメラ屋でカメラやレンズを購入したことは殆ど無い。国内のオークションも割高になってきているので、海外の店やオークションで手に入れることが多い。
 参加者の車3台に分乗して金山まで行き、アンティークモールをちょっと覗いてから名古屋名物?らしい「あんかけスパ」で昼食を取り、食べ終わってから再びアンティークモールへ。
 こちらは初めて行くところだが、他の皆さんは来たことがあるらしく、あちこちお目当てのお店を隈なくチェック。拙者もジックリ見て回るが、15時までにJR尾張一宮駅まで戻らなければならないので、14時半前にJR金山駅まで車で送って貰い、皆さんは栄にあるトップカメラへ向った。

 短い時間だったけれど、久し振りのオフ会でとても楽しかった。普段はカメラの話をすることが無いので、余計にそう感じたのかも知れないが...(^^;)


写真展(2007/12/09 PM, 日)
 先週は自分が出品した作品を見るために東京へ出かけていたため、こちらの更新まで手が回らなかった。A(^^;)gomen その時の状況を書こう。

 12/1は朝6時前に起床、車のタイヤに空気を入れたりして7時前に家族揃って出発。途中コンビニで朝食を買い込んで一宮ICから高速道をひた走る。
 休憩のために入った最初のサービスエリアで朝食を食べ、再び走り出す。以後1時間走る毎にサービスエリアで休憩を取った。そうしないとエコノミー症候群になりかねない。

 東京ICまでは順調に来たが、「首都高速っていつも渋滞してるんだよなぁ、今日もやっぱそうかなー?」なんて考えるまでも無く、ICから首都高速のレーンに入った途端に渋滞で遅々として進まない。「あぁ、やっぱり」。下道を走っても混雑するので、このまま渋滞に付き合うことにし、トロトロと銀座出口まで進む。
 銀座出口を出たのは12時半近く、東京ICから1時間15分ほどかかってしまっている。いくら世界有数の人口密集地域とはいえ、これはちょっと酷いんではないかい?と思う。
 目指すは写真展の会場「東京交通会館」、近くまで来て交差点を曲が...ハァ(‥?...曲がれない???なにやらデモ行進があるとかで、交通規制が敷かれているため、目の前に目的地があるのにそちらへは進めない!仕方なく大回りしてJR有楽町駅を一周し、なんとか交通会館の地下にある駐車場へ車を滑り込ませたのは12時40分過ぎだった。母の姉が藤沢市からわざわざ来てくれることになっていて「12時から13時の間に会場入り口で待ち合わせ」としてあったが、何とか間に合いそうだ。エレベータで7階へ上がり、写真展の会場であるコンタックスサロンへ入ると、既に母の姉が待っていた。挨拶もそこそこに、早速地下1階へ下りて皆で昼食を取ることにして、いざサロンを出ようとしたらTYさんが向こうから来るではないか。「すいません、一寸昼食食べてきます」と一言伝えてエレベータで下りる。

 地下一階で一通りお店を見て回るが、「東京って高いっ!!!」(笑)これぢゃぁ貧乏人はとてもぢゃないけど暮らしていけないナー。一番安い店でもやたら高く感じるが、それ以上安い店が無いのでそこに入る。注文して出てくるのを待っている間にもドンドンと席が空くのを待つ客が列を作ってゆく。待つ客の冷たい視線のお陰でおちおち食べてられない。慌ててかき込み、拙者だけ一足先に会場へ戻る。案内葉書には「13時から会場に居ます」と書いた手前、現地に居ない訳には行かないのだ。
 会場に戻ると、暫くしてYKさんとTJさん、更にYMさん、少ししてOTさんが来場される。皆さんとは久し振りに逢う。ちなみにYKさんとはネット上の会話だけで今回が初顔合わせだ。更に、6年振りとなるKMさんとOOさんも来場され、しばし談笑、すると再びTYさんが来場、暫くしてLさんも来場される。Lさんとはハッセル系の掲示板とMixiで会話するものの、顔を合わせるのはやはり初めてである。
 拙者が来場者と話している間、母の姉が家族を連れて銀座をそぞろ歩き、いわゆる「銀ブラ」をして間を持たせてくれた。母の姉に多謝。15時手前で家族と母の姉は会場を後にした。拙者は夜の宴会があるので泊まるのだが、家族は翌日都合があるので先に新幹線で帰宅するのだ。

 15時過ぎ、宿へ先にチェックインするために車で晴海方面へと走る。宿は晴海海員会館で、10分もしないうちに到着。随分と近いんだナァなどと思いながらチェックインを済ませ、直ぐに宿を出てバス停で東京駅行きを待つ。5分ほどでバスが来て乗り込み、有楽町駅で降りるが、道が混んでいたこともあって20分少々かかった。
 16時頃三輪プロと他の方々が会場へ。写真展に託けて「ついでに撮影会を」という話が出て、他の方々はそちらに参加されていたのだ。拙者は長く顔を合わせていない知り合いと逢う為に撮影会にはあえて参加しなかった。ほどなく、三輪プロによる作品の解説が始まり、出品者は真剣。勿論拙者も真剣に聞き入る。大判中判に限定した作品展だが、やはり大判の出品者は非常に少なくて拙者も含めて数点のみ、後は全てブローニーだ。最後にプリンターの方からもお話があり、今回はインターネガを使って焼いたが、もうインターネガは生産が終了しており、次回はダイレクトプリントになるという。そうなると露出もその辺りを考慮しないと実際のトーンが出ない場合も出てくるだろう。かなり頭の痛い話だナ。
 18時で会場は営業が終わり、歩いて宴会場へと向う。呑み放題という話なので、ビールで乾杯したら赤ワイン、そして白ワインを頼む。が、呑んでみると「なんぢゃこりゃ?」と思うほど水っぽい。唖然。結局ビールに戻った。
 2時間半ほどで宴はお開きとなり、宿へ帰ろうと...ナヌ?バスは1時間後まで無いだと???...ぢゃぁ歩こう。

 21時をだいぶ過ぎているというのに、銀座の人通りは多い。しかも、昼間より多いような気がする。クリスマスの飾りは綺麗だが、これだけ電飾が多いと電力を相当無駄遣いしてるんだろうなー、なんて無粋なことを考えつつ、あちこちで足を止めて写真を撮りながら宿へと向う。銀座は人が多いが、銀座を通り越して更に南へ進むとパタッと人通りがなく無くなってしまう。すれ違う人すら殆ど居ない。なんだか差が激しいなぁ。それでもあちこちの店でクリスマスの飾り付けがしてあった。もうちょっと早い時間帯なら人通りもそこそこあるのだろう。

 1時間ちょっとかかってようやく宿に着く頃には酔いも完全に醒めてしまっていた。車では10分かからない距離でも、歩くと遠いねぇ。(笑)
 宿ではさっさと風呂を済ませて直ぐに寝た。

 12/2は渋滞を避けるため、朝6時前に起き、すぐさま荷物をまとめて6時過ぎにチェックアウト。宿のチェックアウトは6時からなので、それを待っていたのだ。直ぐに首都高速に入って東京ICへ向うが、流石にこの時間は交通量が少ない。順調に走って東京ICまで20分もかからない。そのままひた走り、12時少し前に自宅に到着。昼飯を食べて「やれやれ」と思い、ちょっと横になる積りが夕方までそのまま寝てしまった。そんなに疲れた感じはしなかったのだが、やはり寄る年波には勝てませんねぇ。(笑)


傷心の旅(2007/11/25 PM, 日)
 昨日から今日にかけて、信州へ家族で出かけた。泊まるのは勿論「ヒュッテ カルペデイム」だ。但し、単なる家族サービスだけではなく、目的が2つあった。

 昨日は朝8時過ぎとゆっくり出発、途中のコンビニで朝食を調達して小牧ICから東名高速へ入り、中央高速へと進める。途中のサービスエリアに車を停めて買い込んだ朝食を食べるが、息子は余り食欲が無さそう。前回信州へ家族で出かけた時も同様に食欲が無く、途中で吐いたりしたので少々心配だ。
 伊那ICで高速道を降りて伊那市内を北進する。目的の一つ目は伊那市内にあるお店である。1ヶ月ほど前に足を運んだ時はまだ購入の決断ができず、もう一度細かい話を聞いてから購入するかどうか決めようと思っていたのだが、なんと、肝心なお目当てのものは売却済みとなってしまっていた。誰でも欲しくなるものは同じだろうが、高額なものだけに即決断できなかったのが悔やまれる。これで思いっ切り拍子抜けしてしまい、後は惰性で旅を続けるような心境になってしまった。
 そのお店で30分ほど話をした後、国道153へ出て北上するが、既に正午を少し過ぎていたので、近くの松屋で軽めの昼食を取る。そういえば、松屋はあちこちで見かけるが入るのは初めてだ。結構色々なメニューがあり、お値段もそこそこ安いのが一寸気に入った。

 さて、目的の二つ目は、道の駅・白州で売られている「つきたて餅」という和菓子(であってるのかなー?)である。
 実は、昨年の同時期にこの道の駅へ来たのだが、家族が売り場内の野菜類を漁っている間に観光バスが4台立て続けに入ってきたと思ったら、そのバスから一気に観光客が押し寄せ、あっと云う間に「つきたて餅」が無くなってしまった。そう、要するに「喰い損ねた」のである。(笑)
 しかし、餅類は時間が経てば硬くなるから大量には生産していないだろうことは予想が付く。「午後に行ったんでは既に売り切れて無くなってるかも知れないナ」と思いつつ国道20をひた走る。道の駅に到着したのは15時少し前、逸る気持ちを抑えながら売り場に辿り着くと...予想通り棚は「空っぽ」。ガックリ。

 後は宿に行くだけなので、ノンビリ国道20で来た道を戻り、霧ヶ峰へと向う。この時期にこちらへ来たことが無いので雪や凍結が心配だったが、前日以前から天気が良かったこともあってノーマルタイヤでも全く心配は要らなかった。但し、気温はとても低く、自宅では16度ほどなのに諏訪市内でこの日の15時過ぎだと10度前後、国道20を離れて山道を上がり始めるとドンドンと気温が下がって行く。山道はカーブの多いので息子の調子が気がかりだったが、翌日も含めて大丈夫だった。16時過ぎにカルペデイム前に到着した時の気温は4度しかない。家族全員冬装備で良かった。(笑)

 この日の客は我々と常連のO氏夫妻の2組。バブル崩壊後は本当にお客が減っている。景気が冷え込めば真っ先に削られるのは旅行や外食だろうから、マスコミは好景気を謳っているものの、庶民のフトコロは相変わらず厳しい状態のままというのがこんなことろからも見て取れる。
 いつものように、ボリュームたっぷりでしかも美味しい夕食を堪能した後は、食後の一休みを置いておしゃべりタイム。21時頃から1時過ぎまで呑みながらオーナーのクマさんらと話し込んでいた。
 因みに、21時過ぎの気温はマイナス6度、前日とほぼ同じ寒さだそう。先週の日曜と水曜は雪が降たそうだから、我々は図らずもラッキーな時期に来たようだ。そういえば、この時期にここへ来たことは一度も無いく、以前GPZ400Rに乗っている頃11月5日に来たことがある程度だ。

 今朝、妻によると息子は朝7時過ぎには起きて遊びだしていたそうな。拙者は1時過ぎに寝たので眠いのだが、息子のはしゃぐ声と朝日の強さで眠れない。「それにしても何でキャーキャー喜んで騒いでるのかなー?」と思いつつ惰眠をしつこく貪り、8時半近くになってようやく起きる。すると、O氏が「息子さんに遊んで戴きました」、拙者は「ハァ???」何のことだかサッパリ解らなかったが、数分後にその疑問は氷解した。O氏が連れてきたペットのフィレットと息子が戯れていたのだ。拙者も少し抱かせて貰ったが、キョロキョロチョロチョロするのがとても可愛らしい。
 美味い朝食を食べ終わった後、息子と共に少し遊んでから出発する。ビーナスラインへ上がると富士山が遠くに見ることが出来た。
 いつもは霧の駅というドライブインの交差から諏訪市街へ下るのだが、今日はビーナスラインを進んで八島湿原へ。路肩の日陰には雪が積もってるほど寒い。草紅葉の湿原を眺めてから岡谷ICへと進む。途中の電光表示板には「新和田トンネル 12/1通行止め予定」(だったと思う)と出ていた。どこもかしこも冬支度だなぁ。

3連休の最後の日なのに、高速道の交通量はそれほど多くは無く、まだ走り易い状態。途中サービルエリアで昼食を取り、小牧東ICで高速道を下りて一般道へ。犬山と小牧の市街地を通るがやや交通量が多くて時間がかかったものの、自宅には15時半頃に到着した。

 今回はなんだかアテが外れっ放しの旅だった。何となく更に寒くなったような気がするのは気のせい...???


家族の一員(2007/11/18 PM, 日)
 金曜の朝、いつものように目覚まし時計が起きる時を告げる。暖かい布団から勇気を振り絞って抜け出して出勤の準備をするが、段々と寒くなるにつれて動作も鈍くなってしまう。のそのそと服を着替えている間に妻が起きて1階へ降り、食事の支度で包丁がまな板を叩く「トントントン」という音が聞こえ...る筈なのに、何故か今日は聞こえない。「おかしいなー?」と思いつつ、パソコンで深夜に届く大量のSpamメールを受信して振り分けた後、1階へ降りる。すると妻が拙者の顔を見た途端、大声で「大変っ!ザーリィが居ないのよぉ、脱走しちゃったみたいっ!」。おいおいおい、そんなに大きな声を出さなくても至近距離に居るんだから十分聞こえてるっつーの(^^;)...エッ?(‥?...逃げたーぁ???(@@;!!!

 ちなみに「ザーリィ」とは、息子が小学校の生活(と言う教科があるんだそうな)で近くの小川で捕まえてきたザリガニの名前である。
 自宅へ持って帰ってきた時は人差し指より少し小さい位だったが、今は掌よりも少し小さい程度までに成長し、虫篭では小さ過ぎるので先日ホームセンターで少し大きいガラス製の水槽を購入して入れ替えたばかり。
 今までの虫篭は蓋となっている上面が全て網だったが、水槽の上面は四隅に四角い切り欠きがあり、そこからエアポンプ用のチューブを水槽内へ引き込むような構造になっている。どうやら、そのエア用チューブを伝って四角い切り欠きから脱走したらしい。

 実は、前の週にザリガニを捕まえた小川へ放してやろうという話を母や妻としていたのだけれど、妻が「このまま飼い続けると野生に戻した時に餌取りなんかで苦労するだろうから、今のうちに放してあげようよ」と息子に言ったら、それまでゲーム機に夢中になっていた息子が突然ゲームを止めて「嫌だ、絶対に嫌嫌嫌嫌っ」と泣き出してしまった。実のところ、拙者も情が移ってしまっていて、「ザリガニの身になって考えれば、早いうちに元の環境に戻すべきなんだが...」とは思うものの、到底別れ難い心情になってしまっていたのである。(^^ゞ

 ザリガニの力で扉は開かないので、自宅の室内に居る筈。食事前にアタフタと家族であちこち探し回るが見つからない。しかも、息子は風邪で熱を出してゴロゴロしているような有様、探したくても探せない。母が「餌が無くて死んでしまう位なら、川に返した方が良かった、なんてことになら無ければ良いけど」、妻も「家の中で干からびてしまったり、何かの下敷きになったりして死んだら可哀そう」と宣ふ。そうこうしているうちに出勤の時間が近づいて来たので慌てて朝食をかき込み、後ろ髪を引かれつつも出勤する。

 気にしつつも昼に自宅へ昼食のために戻ると、既にザーリィは水槽の中で涼しい顔。(笑)妻に依ると、拙者が出勤した後も母と妻が1階の全ての部屋を散々探し回ったが見つからず、「先に買い物へ行ってきます」と妻が玄関を出ようとしたら「ガサゴソ」という音がするので「もしや!」と思って注意深く探すと、玄関の片隅に埃と髪の毛が絡まって身動きが取れなくなったザーリィがもがいていた、と。妻も母も掃除嫌いなので埃塗れなのは仕方ないにしても、どーして玄関へ???妻曰く「玄関は人の出入りがあって、空気が寄り新鮮だから出入り口と感じたのかな」だって。なるほど。

 半日ほど騒いだだけで脱走劇については一件落着。まぁ、騒ぎになるということは、完全に「家族の一員」になったってことですネ。(^^


サウンド考(2007/11/11 PM, 日)
 先日「場所をとるし、昔のようにラジカセのマイク入力に突っ込めば良いから」とギターアンプを売り払ったまでは良かったが、幾ら殆どギターが弾けないとは言ってもやはりラジカセへ直接入力ではあまりに情けない音になるので、真空管を使った楽器用プリアンプを中古で入手した。

 暫く音を出していて「やっぱりプリアンプは要るわなぁ...んっ!」この艶っぽい音の出方は真空管独特の高次偶数倍波形の歪に依るものだが、これってハーモニックエキサイターを通しているのと同じなのでは?と、音を聞いていて思い当たったのだ。よく「タマ(真空管)の音は暖かいけど石(トランジスタ)は冷たい」とオーディオマニアが口にするが、これも真空管独特のエキサイター効果を指しているのではないのか?と。

 「それがどうしたんだ?」と思われるだろうが、そう考えるのには当然理由があって(^^;)、自分の部屋にセットしたオーディオのサブシステムのアンプの入替を考えているからなのである。
 まだ2階の自分の部屋の使用機材は誰にも公表していないのだけれど一部白状してしまうと、今使っているアンプはAudioAnalogueのPRIMO SETTENTAで、スピーカとの相性は良さそうなのだけど、音量調節に難があると感じているのだ。具体的には、小音量から少しだけ音量を上げたいと思っても、デジタル化されたボリュームでは中間の音量ということが出来ず、小音量の次はやや大きな音量になってしまう。そのお陰で、小音量では低音域がはっきりせず、かといって音量を上げると1階に大きく響いてしまって都合が悪い。

 1階はCanterbury15を使っているのだが、CAS-3ではディジタルアンプと言えども低域の駆動力が不足するので、PRIMOを1階へ移し、自分の部屋には新たなアンプを入れようと考えているのだ。
 そんな訳でこのところアンプばかりを漁っているのだが、サブのオーディオということもあって出力は3Wもあれば十分だし、サブといえどもスピーカは結構低音が出せる、即ち鳴らし難いタイプのものを使っているので、駆動力のある真空管のプリメインアンプも視野に入れて検討中なのであーる。但し、真空管アンプの中には低域の出力が曖昧になるものもあるので、出来れば効率の高さも含めてトランジスタアンプかなぁ?とも思う。まぁ「何を買うかで悩んでいる時が一番楽しい」と言うから、もう少しの間悩んでみるか...(^^;


物欲整理(2007/11/04 PM, 日)
 色々とモノの整理をしていることを前回書いた。が、特にこの一週間はなかなか思うように進まない。ボツボツとモノを売り払ったりして処分しているのだが、その一方で色々と入手してしまい、結局片付かないという単純難解な状態(笑)に陥っているのだ。

 先週までは僅かながらもそれなりにモノが減少する方向で進んできたのだが、今週一週間は、過去に欲しくても手に入らなかったものなどが何故かオークションや店頭で次々と出てきて、しかも中古でそこそこのお値段と来ているから我慢できずに買ったり落札してしまったりで、この一週間だけを見るとモノが少し増えている。「一体何やってるんだか...(--;)」という感じだ。今までの反動が少し出てしまったのかも知れない。でも、モノが多くても決して幸せになれる訳ではないし、物理的に置く場所が足りないという今の状況ではモノが増えることは決して好ましいことではない。

 ...やはり、物欲をナンとしてでも整理しないと、いつまで経っても解決しないんだなぁ。(笑)


頭痛(2007/10/28 PM, 日)
 ここ1年ほどは身辺整理...というか、増え過ぎた音楽機材やカメラ機材を売り払うことに力点を置き、オークションに出品したりリサイクルショップへ色々と持ち込んだりしている。毎週とまでは行かないが、それなりに継続して整理し続けていたお陰で、ようやく自分の部屋も床がかなり見えるようになるまで回復した。(爆)数年前は本当に足の踏み場も無かったほどだったから長足の進歩である。(笑)

 ただ、整理と云っても物を減らすだけではなく、小さなものや必要な別のものに置き換えるということも同時進行でやっていて、ここ2週間ほどはオークションの出品と入札を繰り返していた。すると、必然的にパソコン画面を注視する時間が長くなる訳で、度を過ぎると健康面でも影響が出てくる。
 まず、背中から腰にかけての筋肉が硬くなってしまい、如何にも「疲労が蓄積してますっ」って感じになっってしまった。数日前には遂に背中下側がつってしまって随分と痛い思いをした...と思ったら、同時に肩の筋肉もかなりこってしまったらしく、昨日は夕方からかなり強い頭痛に襲われ、気持ち悪くて椅子に座っていられないほどだった。幸い今朝起きたらなんとか痛みは取れていたが、油断すると再発しそうな気配があり、うかうかしていられない。今も「頭痛に襲われるのでは...」と不安に思いつつもパソコンに向かっているという状態である。

 まだ当分は整理を続ける予定である。カメラ機材はほぼ整理が付いたので、今度は軍モノ、特にNVA関係のものを整理しようと考えている。NVAモノは前職のカジュアルフライデーや休日出勤等で着ていたのだが、今の職場になってからは一度も袖を通していないものが殆ど。使わないのなら使ってくれる人の手に渡る方が良い。
 音楽機材もだいぶ片付いてきたが、難問も残っている。弾けない!のに何故か沢山持っているエレキギターをどうするかである。(笑)ベースはWalの5弦を入手した時点で決着が付いたが、エレキギターは何故か「これだっ!」と思うものに出会えず、未だに旅を続けているような状態になっている。「弾けないなら要らんのとちゃう?」と言われてしまえば全くその通りなのだが、やはり自分が納得できないと暫く我慢できてもいづれ欲しくなってしまうのだ。妻からは「ヘムレンさんは大変だねぇ」と皮肉を言われたりするのだが、ムーミンで出てくるヘムレンは蝶だけだから未だ楽だと思う...それだけ拙者が重症ってことなのかな?(滝汗)


スプリング交換(2007/10/21 PM, 日)
 今年の8月下旬、雨天に高速道で路面がやや傾いたジャンクションのランプを走っていたら路面にある鋼鉄製の継ぎ目でリアが「ズルッ」と行きそうになり、冷や汗タラタラ。こんなことを帰宅するまで数回繰り返した。以前から「リアのスプリングが硬いなぁ」と感じていたが、「こりゃぁ何とかせんとマズイか?」と思い始めた。
 それから暫くして思い出したのが、別冊モーターサイクリスト4月号に載っていた、リアスプリング交換の記事である。幾度と無く記事を読み返し「これは良さそう」と馴染みのバイク屋さんに御願いして9月上旬にKTM Supermoto950のスプリングを交換した。

 その後、撮影会で崖から落っこちて右足を痛めてしまってバイクに乗りたくても乗れない状態が続いていたが、先週からようやく正座できるまで回復したので「もう大丈夫だろう」と思い、今日乗って感覚を確かめた。
 一言で言えば「リアがよく動いている」という感じである。今までは路面がうねったところやギャップのあるところではリアが少し跳ねるような感覚が付きまとっていたが、それが一切なくなり、忠実に路面をトレースしているかのよう。少なくともリア周りで心配することは無くなった。(笑)
 しかし、今度はフロントが何となく硬いというか、突っ張り気味のような感触が出て来た。スプリング変更でリアスイングアームの垂れ角も変わっている為、車体設計時の本来の姿ではないので当然かも知れないが、何となく前と後ろがちぐはぐな感じがする。

 今日は10kmほどと僅かな距離しか走っていないので、今日感じた感覚がどれ位正しいのか自分でもやや疑問を感じるので、これから走りながら調整していこうと思う。まずは、スイングアームの垂れ角を設計時と同じ状態に戻すことから考え、それの結論が出てからフロントの調整をしようと思っている。


課題(2007/10/16 PM, 火)
 10/14から一泊二日の日程で「わの会・集いの会」が信州で開催され、参加してきた。
 10/14(日)は朝8時40分頃に自宅を出て、一宮ICから東名高速道へ入り、小牧JCTで中央高速道へスイッチ、10時半過ぎに伊那ICを降りる。県道87経由で国道361へ入り、国道152へと進む。途中で地元のスーパーへ入り、昼食を調達する。田舎ではコンビニが無いことも多いし、あっても営業時間がやたらと短かったりするので、地方ではコンビニに頼らない方が賢明だ。まぁ、コンビニは「何でも高い」から敬遠しているという面もある...(^^;)。伊那市でも、美和湖方向へ進むとコンビニがあるのは高遠の街並みの中に1軒だけ。でも、あえてそのコンビニは利用せず、もう少し先に進んだところにある地元のマーケットで購入する。500ccのウーロン茶が1本68円なんてのが出てたりするから、安上がりながらも充実した昼食にありつけるんだよネー。(笑)

 集合場所は鹿嶺高原、始めは「シカミネ高原?」と読んだが、「カレイ高原」と読むのだそう。でも、漢字変換しても出て来ないゾー。(笑)現地へは12時近くに到着、標高が1700m程あって寒い!気温は8.5度しかない。一応長袖のシャツを着ていたがとてもぢゃないけど寒くて敵わんので、「念の為に」と持ってきた秋冬用のバイク用革ジャケットを着込む。
 今回の参加者は49名、集合時間の12時半にはほぼ全員が揃った。まずはこの高原を撮影し、15時頃出発して美和湖畔に移動し、更にここでもしばし撮影。美和湖でもやはり気温は低いが、高原ほどではない。
 暗くなり始めたので宿へ移動。今日の宿は南アルプス林道の入り口にある「仙流荘」、登山客の利用が多いらしい。19時から宴会開始だが、同室の方々が待ちきれず、缶ビールで先に乾杯。(笑)集いの会のメインである宴会は、49名も居る割には大騒ぎになったり荒れたりすることも無く、適度な盛り上がりで会話が進む。カメラという共通の趣味と、現役引退または引退間近という方が多いせい?

 今回は特別にプリンタメーカEPSONの開発部門から3名の方が出席、宴会の後のプリント・デモンストレーションで会員から質問の集中砲火を浴びていた。特に「薄い色のインクは薄めてあるだろうに、どうして値段が他の色と一緒なの?」「インクが高過ぎる」等の厳しい意見も出た。開発に営業面の話をしてもねぇ。(笑)
 大半の方は翌日の早朝撮影に備えて22時頃それぞれの部屋に戻られたが、拙者を含めたコアな面々???は0時近くまで質問攻めにしていた。(爆)幾ら仕事とは言え、敵わんかっただろうなぁ。(笑)


 翌日の10/15(月)は5時頃から早朝撮影だったが、拙者は眠さに負けてそのままオネンネ。(笑)南アルプス林道へのバス出発は8時、朝食は7時から7時45分までと決まっていたためか、7時過ぎに食堂へ行ったら既にほぼ満席。乗り遅れたら大変だもんなー。(笑)
 予定通り8時にバスで出発、1時間ほどかけて山梨県堺にある北沢峠(2030m)に到着。気温は4度ほどでとても寒い。風が無いので上半身は革ジャケットでなんとか持ちこたえられるが、下半身が綿パンだけでは寒い。せめて冬用のスパッツなどが欲しいと感じた。バスの運転手によれば、紅葉は例年よりも1週間ほど遅れているそうで、山頂付近は色付いているものの、峠周辺はまだまだこれからという感じ。色付いている木へ皆吸い寄せられるので、その周辺だけ人口密度が高い状態となる。(笑)

 暫くすると、向こうからやや冴えない表情で某社社長のNさんが来られ「こんな症状見たことあります?」差し出されたライカR6.2はフィルム巻上げが出来ない。しかし、捲き戻しボタンを押し込んでスプールドリブンギアと捲き上げレバーを分離させると捲き上げレバーはちゃんと動いてシャッターもチャージされる。ドリブンギアの破損かギアの噛み合わせ不良が考えられるが、どちらにしても修理は専門家でなければ難しい。しかもNさんは今回ハッセルブラッドを持参されなかったとかで、他には標準レンズのみの一眼レフがあるだけだそう。ちょうどR8に入っているフィルムを撮り切ったところだったんで、R8ボディのみをお貸しした。元々今回は拙者もハッセルブラッドをメインに撮影する積りで35mmフィルムはあまり持ってこなかったから、R8を貸しても問題無い。

 1時間半ほど撮影して下山開始。藪沢付近で一旦バスを止めて40分ほど撮影となり、拙者も早速撮影を開始するが、ここで大問題発生!Sonnar250mmとMutar2xが噛み込んでしまって離れなくなってしまった。(滝汗)幸い、503CWのボディからは外すことが出来たので、撮影不能と言う最悪の事態は回避できた。専ら180mmを使って撮影を続ける。
 再度バスを止めて小さな沢や白岩岳(2267.1m)等を撮影し、ほぼ予定通りの13時頃に仙流荘に戻って昼食。14時少し前に解散となった。

 早速自宅に向かって走り出すが、まだ時間が少しあるので以前から気になっていたお店に寄って見る。そのお店は国道からやや東へ入ったところにあり、こじんまりとした感じ。訪ねた時はお店の方が不在だったので、結局何も話しをすることが出来なかった。事前に連絡を入れていなかったので仕方ないなぁ。エッ、「何を見に行ったのか?」って???...それは...ヒ・ミ・ツ!d(-_^)

 伊那ICから高速道へ入り、昨日来た道をそのまま戻る。自宅へは17時頃に到着、流石にこちらは気温が高いが、何となく寒く感じる。「おかしいなぁ、気温は伊那市より高いのに」と思っていたら、そのうちに喉が痛くなり始め、夕食の時間になって鼻水がやたらと出るようになった。どうやら撮影中の寒さで風邪を引いてしまったらしい。トホホ...

 今回の撮影会で、以前から何となく感じていた課題が改めて問題として浮上してきた。その課題とは「カメラバッグ」である。今までバイク前提のカメラ用ウエストバッグばかりを使っていたが、中判カメラを使うようになってからバッグの必要性を感じるようになっていたのである。
 今回は、ARTISAN&ARTISTのショルダーバッグにライカ一眼レフのシステム一式を、ハッセルブラッド一式を中古で手に入れたハッセル純正のショルダーバッグに入れた。車で移動している間はコレで全く問題無いのだが、バスに乗り換えて長時間自分でバッグを持ち歩くとなると、色々と辛い面が出てくる。
 拙者はなで肩なのでバッグのストラップを方に引っ掛けるだけではズリ落ちてしまう。だから斜めに襷掛けにするのだが、2つの重いバッグを襷掛けにすると首を締め付けられてしまい、とても苦しい!(爆)本来、ショルダーバッグは一つだけ使う前提で作成してあるのだから仕方ないのだが、コレには正直言って参った。窒息するほどではないにしても、歩いてバッグが揺れる度に首を締め付けられるのだから。(笑)

 中判カメラは35mm一眼レフのセット以上に重量が嵩むので、持って歩き回っていると段々と重さが辛くなってくる。参加者の中にはバッグをキャスターで運んでいる方も居られた。今回もそうだが歩き回る場所が必ずしも舗装道とは限らないので、リュックタイプの方が良さそうだ。ショルダータイプでは歩く度に体の動きに少し遅れて揺れるので、長時間だと意外と疲れる。
 そろそろカメラバッグを真剣に考える必要がありそうだ。


挫折(2007/10/08 PM, 月)
 この3連休は、母の姉も誘って土曜と日曜の一泊二日で旅行へ出かける積りだった。が、息子が木曜の午後辺りからクシャミを連発するようになり「これは怪しい」と思っていたら、案の定金曜の朝から熱を出したため、旅行は断念せざるを得なかった。わざわざ神奈川県から来て貰った母の姉には悪いことをしてしまったが、こればかりはどうしようもない。

 しかし、今思えば伏線はあった。それは先週の土曜日に雨の中を強行突破した小学校の運動会である。息子の話によれば、運動会の開会式が終わって運動場に並べられた椅子に戻ったクラスの子達は口々に「寒い寒い」を連発していたという。雨は開会式から2時間程経って徐々に止んでいったけれど、子供たちは傘も持たずにひたすら運動場で雨に打たれていた。当日は風も結構あって肌寒く、暑がりの拙者までもが自宅へ羽織る物を取りに行った位だから、子供たちも相当寒かったに違いない。
 運動会の前にも息子は鼻をズルズルやっている時もあったが、運動会の翌日から息子の鼻水が段々酷くなっていったから、やはりあの雨の中強行したのが原因だろう。
 オマケに拙者や妻までもが風邪気味になってしまい、鼻水を抑える薬を飲まないと出勤できないほどだった。

 今日まで息子は寝たり起きたりを繰り返していたので出かけることもせず、結局この連休は自宅に居た。風邪気味だったから何もやる気が起きず、やったことと言えば車のワックスがけと、2階自室の北側の窓に目隠しシートを貼ったこと位かなぁ。(笑)

 今度の日曜と月曜は「わの会」が信州で行われるので、少なくともそれまでには体調を整えておかねば、と思っている。一応撮影会がメインだけど、拙者はどちらかというと夜の宴会が目当てだったりするから、体調は重要なのだ。(笑)


スローガン?(2007/10/01 PM, 月)
 Rolleiflex SL66SEを使い出した頃から、SL66SEのファインダを覗く度に眼鏡をかけたままではピントを合わせ辛くて眼鏡を外し裸眼でマット面を見るということが段々と増えた。その時は何も感じなかったが、昨年秋頃から眼鏡をかけたままでは小さい文字が読み辛く感じるようになってきて「ゲゲッ、これって老眼?(冷汗)」と思うようになった。
 この前の土曜日が息子の通う小学校は運動会で今日が代休、それに合わせて自分も休暇を取っていたので、家でゴロゴロと「動く粗大ゴミ」をしていた(笑)のだが、妻が旅行会社から貰ってきたパンフレットを何気なく読んでいたら、乗り換えやレンタカーの条件など細々と小さな字でビッチリ書かれている部分を読もうとすると眼鏡をかけたままでは実に読み難いのだ。「うひゃぁ、こりゃやっぱ老眼が進んでるわ」と改めて感じた。進行の度合いは鈍いのだが、確実に老眼へ進んでいる。「スロー(slow)」な「老眼」だから「スローガン」だ。<< 我ながら滅茶苦茶下らねぇギャグだなーA(^^;)

 SE(システムエンジニア、所謂「鉛筆土方」)を長年やってて眼を酷使したからかなー?とも思うが、職場でも同じ年齢層の人達が「小さい文字が見難くなった」なんて話しているから、年齢一律なのかも知れない。眼鏡の度が何となく合っていないように感じるのも、案外老眼が入ってきているからなのかも知れないナ。

 まだ35mmカメラで不都合を感じるほどではないので当面は大丈夫とは思うが、ある程度は自覚を持つ必要性がそろそろありそうだ。


鉄分補給?の旅(2007/09/17 PM, 月)
 3連休ともなると「どこかへ行きたい」という声が家族から上がってくる。勿論見知らぬところへ行きたいという願望もあるのだろうが、実際には「元気過ぎる息子のお守りが大変」という切羽詰った事情が大半を占める。(笑)日頃息子に振り回されっ放しでヘトヘトな家族の為にも、何らかの対策は考えなければならない。「しかし、そうは云ってもナー」と考え込むことしばし、「...そういえば電車を展示しているところがあった筈」。早速調べて「よし、これなら息子も喜びそうだ」と確信、碓氷峠鉄道文化むらへ行くことにした。

 9/16(日)の7時に自宅を出発し、近くのコンビニで朝食を買い込んで一宮木曽川ICから高速道をひた走る。時折強い雨が降る中を小牧JCT、岡谷JCT、更埴JCTを経て横川SAに滑り込む。まだ11時半少し前だが、ここで昼食を済ませることにした。が、息子は朝食も昼食も食べたくないと言う。昨日大量に食べたので胃がおかしくなってしまったようだが、食欲が無い以外は普段と全く変わらない。
 昼食を済ませ、松井田妙義ICで降りて軽井沢方向へ少し戻ると「碓氷峠鉄道文化むら」がある。こちらは晴れていて、非常に暑い。既に駐車場が一杯だったが、幸い目の前を出て行く車が1台あったので、その空いたスペースに停められた。
 この施設は普段間近で見ることのできない電車が豊富に展示されており、息子は大はしゃぎ。しかし、ここでトラブルその1発生、母の靴底が突然裂けてしまい、左足の靴底前半分がめくれてしまった。幸い、椅子があったので、息子の気の済むまでそこに座って待つことにした。息子は施設内をタップリ見て回り、蒸気機関車の引く列車にも乗って満足そう。

14時半過ぎに施設を出て軽井沢方面へ進むが、案の定軽井沢駅近くで国道18は大渋滞。全然動かないので、仕方なく細い県道へ出てクネクネ道を進むが、段々と息子の口数が少なくなっていったので「眠くなったか?」と思っていたら、トラブルその2が発生。息子が突然吐いた!!のだ。今日は何も食べていないのでほぼ胃液だけだが、量が凄い。突然の非常事態に車内騒然、緊急停止。ティッシュで吐いたものを拭き取り、ベタベタになった服を着替えさせた。15分ほど大騒ぎしてから、再び走り出す。しかし、トラブルその3に直面。軽井沢町内の細い道は以前の大雨のためにあちこちで路面崩落や土砂で埋まったりしており、悉く「通行止」。ちっとも前へ進めないので、別荘街を通り抜けて佐久市に入った辺りで国道18へ出る。こちらもかなり渋滞しているが、軽井沢駅周辺ほどではなく、チビリチビリと前へ進んでいる。県道や国道141を走り繋ぎ、ジャスコ佐久店に転がり込む。ここで母の靴を調達すると共に、息子の嘔吐物がかかったものをトイレの洗面で軽く洗った。その間にまた雨が降り出した。

 ジャスコを出て県道44、国道142、県道40を走り、18時少し前に霧ヶ峰の宿「カルペデイム」に無事到着。まだ小雨が降っていた。
 風呂と美味しい夕食の後、20時過ぎからオーナーのクマさんとヘリコプターのパイロット!の方、途中から更に1人加わって、日付が変わるまでひたすら呑んでしゃべっていた。23時半頃に屋外の温度計を見ると17度、クマさん曰く「こりゃ真夏と変わらない温度だよ。今年は本当におかしい」。例年ならそろそろストーブを使ってる頃だが、半袖でも寒くないのだから、確かに今年は「異状」である。

 7時前に目を覚ますが、布団の中でゴロゴロ、起きたのは8時半少し前。(笑)これまた美味しい朝食をタップリ戴く。池のくるみを写真に収めて10時少し前に出発。霧ヶ峰の「霧の駅」でちょっと買い物をしてから県道40で諏訪市街へ向かうが、出発時の気温は18度だったのに、諏訪市街ではまだ11時前というのに25度もある。岡谷ICから高速道に入り、岡谷JCT、小牧JCTを経て一宮ICで降りる。既に13時近くとなっているので、近くの店で昼食を済ませてから自宅に戻った。

 後で調べたら鉄道文化むらで走っていたEF63型電気機関車は、なんと練習走行だったらしい。練習を重ねれば本機関士の資格も得られるそうだ。凄まじい費用がかかりそうだが、面白そう...。(笑)


山陰の旅(2007/09/09 PM, 日)
 作品の出品準備でサイトの更新まで手が回らなかったが、ようやく落ち着いたので、やや旧聞になってしまうが8月末に出かけた時の様子を書こうと思う。出かける先は鳥取砂丘と宍道湖である。

小雨降る8/29(水)の朝7時少し前に自宅を出発し、途中のコンビニで朝食用のパンなどを買い込んで一宮木曽川ICに入る。東海北陸道から名神道に入り、暫く走って伊吹PAで車を止めて朝食を取る。食べ終えたらすぐに走り出す。大津IC辺りから徐々に交通量が増え、大山崎JCTを越えた辺りから急に交通量が増える。都市は何処も交通量が多いナー。
 吹田JCTから中国道に入り、途中加西SAで休憩を挟んで佐用ICで降りる。時刻は10時58分、自宅からここまでで既に285kmほど走っている。ここからは国道373と国道53(共に智頭街道)を北上する。「エッ?山崎ICから国道29(若桜街道)ぢゃないの?」と思われるかも知れない。国道29を使う方が自然な気はするが、敢えて佐用ICで降りたのは、なるべく高速道を走る区間を多くして現地到着までの時間を短縮したかったからなのだ。
 国道373は事前に地図で予想した通り、田舎をノンビリ抜けるしっかりした道で淡々と進む。人家が少なくやや深い山の中を進むので、とても気持ちが良い。昼食の時間となったので道の駅「清流茶屋かわはら」に寄る。ここの食堂は1300円払うとバイキング食べ放題!しかも近辺で取れた食材のみを使っているそう。拙者と息子はバイキングで何度もお代わりしてお腹一杯。(笑)
 昼食を済ませて再び走り出す。国道29との合流点の少し手前から徐々に交通量が増えて「おぉ、街に来たな」と実感する。国道53をそのまま進むと鳥取市街に突っ込んでしまうので、わざと国道29と国道9を使って混雑しがちな街を避け、鳥取砂丘には13時半過ぎに着く。砂丘を見た途端に「アリャリャッ?」まだ親父が存命の頃に一度来たことがあるのだが、その時に比べて随分と草原化が進んでいるではないか。前来た時は本当に砂がどこまでも続いていたのに...砂丘の草原化が進んで観光資源としての価値を心配する声が出ているというのは話には聞いていたが、まさかここまで進んでいるとは...
 ひとしきり砂丘を歩き回った後、雨が強くなってきたので宿へと向かう。前回は年金保養センター「いなばじ」へ泊まったが、今回は「いなばじ」のすぐ近くにある鳥取県の施設「レーク大樹」に泊まる。激しい雨でよく見えないが、宿の部屋から湖山池の水面が良く見える。温泉にじっくり浸かった後、ビールを飲みながらの夕食となる。料理はそこそこ手が込んでいて良い感じ。部屋に戻って21時過ぎに寝る。自宅ならまだ雑誌やパソコンと格闘している時間だなー。(笑)

 8/30朝7時過ぎに目を覚ます。部屋の外を見ると、湖山池が目前に広がっていて実に良い眺めだ。昨日は良く見えなかった対岸の街並みも良く見える。
 のんびりと10時近くに出発し、国道9を西へ進む。道の駅「神話の里・白うさぎ」は造成中ながらも歩道橋で海岸へ直接降りられるようになっていて便利だ。更に進むと国道はいつの間にかバイパスが出来ているではないか。このバイパスはどう見ても高規格路なので「将来は高速道にして金を踏んだくる積りなのかも知れないナー」と思いながら走っていると「道の駅ハワイ」という看板が。「はぁ?Hawaii???」と思いつつ寄ってみると...何だぁ、漢字で書くと「羽合」。(笑)ここは眺めが結構良く、正面やや左に見える仙津山(268.3m)とその東側の山麓は、東郷池と相まってまるでスイスのよう...と言うにはやや家が多過ぎるかなー。(笑)でも、結構良い景色であることには間違いない。後で調べたら、湖の中から温泉が湧いているんだそうな。
 再び国道9をひた走り、国道341にスイッチして今日の宿である皆生温泉を横目に見ながら通り過ぎて昼食の場所をへと向かう。目指すは米子市両三柳にあるフランス料理店「FrancFranc」(読みは「フランフラン」、フランス語なので語尾の子音は読まない)。妻が「本格的なクレープがある」と山陰地方の情報誌で探し当てたお店である。店は比較的分かり易い所にあり、12時半近くに着いたら既に満席に近かったが、幸い我々が店内に入ったらちょうど一つの席が空いて座れた。オーダーしたのは「ワンプレートランチ」で、複数のメニューから一品づつ選べ、更に追加も出来るようになっている。拙者はメインディッシュにビーフストロガノフ、デザートにイチゴとカスタードのソースのそば粉クレープをオーダー。待つことしばし、サラダの後にメインが出される。実に美味しい。食後のデザートなど全部含めても1300円前後だから、これぢゃ色んなグルメ誌が書き立てる訳だ。捜してくれた妻に感謝。
 店を出て国道431を北上、佐斐神展望PAに寄って美保湾を眺める。沖に大きなタンカーらしき船が2艘停泊している。雨がやや強く降り出したので水木しげるロードは諦め、そのまま国道431を走って松江市に入り、まずは松江城へ。このお城は今まで行ったことのある城に比べて階段が急で、7月に痛めた右足首はまだ完治していないので庇いながら登る。天守閣からの眺めはとても良く、街並みも宍道湖も良く見える。お城全体は整備が非常に良く行き届いており、敷地も大き過ぎず小さ過ぎず、歩き回るには実に都合の良い所だと感心した。城の周囲を車で一周して武家屋敷を外から眺めた後、宍道湖大橋を渡って袖師ヶ浦へ。幸い雨は上がったものの、雲が厚く垂れ込めて夕日は拝めなかったが、よくNHKのニュースで流される嫁ヶ島の実物を眺めることが出来て満足した。
 17時近くになったので宿に向かうが、松江市内は渋滞気味で思うように進まない。そこで山陰自動車道の無料区間となっている松江中央ICから高速道へ入り、一気に米子西ICまで走って再び国道9に入り、皆生温泉にあるかんぽの宿へは17時45分頃に到着。温泉に浸かってボケーっと過ごした後に夕食となる。ここの夕食はお品書きが付いていて、その味も十分。今日もビールが進む。(笑)夕食の後はやることもないのですぐに寝た。寝る直前に時計を見たら、まだ20時を少し回っただけだ。ネット上を彷徨わないと、本当に早く寝られるんだなぁ。(笑)

 8/31朝7時過ぎに目を覚まし、バイキング形式の朝食を3回お代わり(笑)して腹一杯詰め込み、9時前に出発する。今日はひたすら帰宅するだけだ。近くの米子ICから高速道に入る。蒜山辺りは景色が良い筈なのだが、生憎の雨天で殆ど霧の中。蒜山高原SAで旅の思い出に和菓子などを買い込み、そのまま米子道をひた走る。落合JCTから中国道に入り、覆面パトに捕まらないよう慎重に運転する。中国道は覆面パトが非常に多く、今回も3台ほど餌食になった車を見かけたが、幸い捕まることも無く無事に西宮名塩SAへ入る。ここで少し早いが昼食を取り、再び走り出す。吹田JCTから名神道に進んで一宮JCTで東海北陸道へ入り、15時49分に一宮木曽川ICで降りてそのまま自宅に無事帰った。

 今回は雨天の中の旅となったが、どういう訳か車を降りて散策している間は雨が止んでくれたので、傘は殆ど使うことが無かった。晴れていれば大山や蒜山の景色が良かったのだろうが、これは今後の課題の一つ、としておこう。(笑)


夏休み(2007/08/26 PM, 日)
 明日から5日間ぶっ続けで休暇を取得した。家族サービスの旅行へ行くのはそのうちの3日ほどだがA170で出掛けるので、その間にCarrera4の1年点検を済ませる予定である。
 この暑さで体が参ってしまったのか連日妙に眠くて、ついつい明るい時間に昼寝してしまう。暗くなり始めてから「ゲゲッ、一日終わっちゃったよぉ」と慌てて活動開始するが、夜では大した作業は出来ず、結局不完全燃焼のまま中途半端な状態で作業を中断し翌日を迎える、という訳の判らんことを繰り返している。(笑)

 本来であればNEC退職者懇談会の暑気払いを実施すべき時期に差し掛かっているのだが、7月までは休日出勤も多くて自分自身全く身動きが取れなかったし、この会について色々と考えることがあって、敢えて1年以上開催していない。既にNECグループを離れて5年以上、皆それぞれの方面へ進んでいるし、開催の依頼も申し出も全く無いのでこのまま自然消滅しても構わないと考えている。必要な時に必要な人達が集えば良いのだ。無理をしてまでやる必要は無かろう。

 さて、現在の職場との契約終了まで残り1年半、不惑の年をとっくに越えてしまったこともあり、そろそろ具体的な活動をし始める時期に差し掛かっている...のだが、やる気が全く無い。(笑)暑さにやられたというのもあるが、それ以上に「少しの期間で良いから無職を満喫したい!」という怠け心が顔を出しているのである。(爆)やっぱ、活動はもうちっと先かなぁ...気が無いのに無理に進めても良い結果が出るとは思えないしネ。(笑)


生活向上委員会(2007/08/19 PM, 日)
 今日は日曜日だというのに朝6時集合のお仕事。だから、朝5時前に眠いのを無理に起きて出勤の支度をする。仕事の内容は殆ど土方のようなもので、午前9時半過ぎに無事終了。序でに10時まで少し待って本屋が開店するのを待ち、今月末に出掛ける予定にしている鳥取・松江方面の地図を仕入れて来た。車にカーナビは取り付けてあるけれど、やはりバイク乗りは地図が手元に無いと不安なのだ。(笑)

 午後からはカメラ機材の吟味を始める。「吟味ってナンだ?」と思われる方も多いかも知れないが...よーするに「どれを手放すかを考える」のだ。
 現在の勤務先とは契約期間が未だ1年半の残りがあるが、そろそろ失職に備えて金策を練るべき時期に来ていると考えている。既に不惑の年を越えてしまい、システムエンジニアとしての経験が15年以上あるとは云え、再就職は厳しいだろうと思う。実際、自分の知人達は年齢が災いとなって就職先に恵まれず「21世紀になってから一度も働いていない」という状態である。知人達は親の年金などで何とか生き延びる手立てがあるから良いが、拙者は養うべき家族を抱えているので、母の年金だけでは到底無理なのだ。

 手っ取り早いのは所有するものを換金すること。そもそも、カメラ機材は使わないままにしておくと調子が悪くなることが多いこともあって、思いっきり後ろ髪を引かれる思いではあるが「使ってくれる人に」とも思うのだ。
 今のところM6TTLとLeica-Mレンズを数本手放そうかナー???と考えているところである。入手時の苦労を考えると手放したくないんだけど...(--;)...(/_;)


休日と労働(2007/08/13 PM, 月)
 8/10(金)と今日は休暇を取得し、日頃から企んでいながらもなかなか実現できなかったことを一気に片付けた。

 8/10に実行した「企み・その1」は、「我が家の物置の片付け!」である。8年ほど前に一度大整理をしたんだけど、その後母や妻が「当面使わないけど、とりあえず取って置く」ものを一杯詰め込んでくれたお陰で、ドアを開けて見ただけでは何処に何があるのかが全く分からない状態になっていたのだ。(笑)ご丁寧にも、通路となるべき部分にも色々なモノが鎮座しており、反対側のドアへ辿り着くことは完全に不可能である。
 広大な保存場所があるのなら「勿体無いから」と云って取って置くのも良いだろうが、狭い我が家で使う当ての無いものをいつまでも置かれるのはとっても困るんだよなー。拙者は「いつ使うのか、或いは使わないかも知れないものを保存するための空間の方が遥かに勿体無い」と思う。
 今回も「使うアテがあるもの以外は全て放り出す」という法則を前提に整理する。すると、棚に置かれているもの以外は基本的に全てが不用品。(笑)そいつらを一気に放り出し、まだ十分普通に使えそうなものはリサイクルショップへ持ち込んだ。
 これだけのことをするのに結局1日かかってしまったが、物置の中を一応歩いて通れるようになったのだから、長足の進歩?!、目標は一応達成である。(笑)

 今日実行した「企み・その3」は、「我が家の室内整理!」である。親父が亡くなって早数年となるが、親父の着物は全く手付かずのままだったのである。亡くなった直後はとても処分する気にはなれなかったが、ようやく整理しようという気になってきたのである。
 いざ、整理を始めると、あちこちから出て来るわ出て来るわ、「親父ってこんなに洋服持ちだったのーぉ???」と思わず声が出てしまうほど。そういえば、拙者が小学生だった頃、親父が「一寸出掛けてくる」というので一緒にくっついて行ったら、行き先が洋服屋や百貨店の紳士服売り場だったという覚えがある。以外にオシャレだったのかも知れない。
 母は「勿体無い、まだ十分着られるから、着たら?」と言うが、親父は今で言うSサイズ、育ち過ぎた?拙者はLサイズ、とてもぢゃないが小さくて着られない。結局は全部を古着屋へ持ち込んで買い取って貰った。
 これで親父が使っていた木製クローゼットが空に、プラスチック製衣装ケースも5箱ほどが空になった。空いたスペースは、息子や拙者の衣類を仕舞う予定である。何しろ今は仕舞う場所が無くて椅子にかけたり、畳んだ状態で畳や床に置いたり、という有様なのである。これでは余りにも見苦しくて、以前から「なんとかせにゃー」と思っていたのだ。こちらも目標達成である。

 「あれ?企み・その2は?」と思われるだろう。(笑)「その2」は実のところ8/8に突然閃いた「企み」なのであーる。
 前々から、今年に入ってから未だ一度も「カルペデイム」(霧ヶ峰・池のくるみ)に足を運んでいないのを残念に感じていたのだ。今年は休日出勤が多く、息子も習い事のイベントが結構あって、出掛けるタイミングを失ったままだった。妻が息子と共に8/5から実家へ帰省し、母と2人だけとなって「当分予定は何も無いな...ということは、行こうと思えば行ける!」と8/8朝唐突に直感し(笑)、早速休暇を申請すると共に、宿泊の予約をしたのだった。実際にはカルペデイム行きが一番最初に決まり、その前後に長年温めていた(?)企みを実行に移すことにしたのだ。
 8/11はお盆前の土曜日だから、当然高速道は皆仲良く長距離渋滞というのが目に見えている。だから、初めから一般道だけで行く積りだった。まずは自宅から国道155と国道19で岐阜県に入る。そのまま国道19で北上するかどうかで少し迷ったが、国道19は何度も走っているのでわざと道を変えて国道256で阿智村へ出て、国道153で北上する。しかし、この国道はいつも渋滞気味なので、信号で止まる度に地図と睨めっこ、飯田市中心部からフルーツラインへと車を進めた。この道は広域農道で信号も少なく、道幅も結構広い。中央高速と似たり寄ったりのコースなので眺めも結構良くて、実に快適なドライブが楽しめた。途中、以前から中央高速道を走る度に大きな石が並んでいる川が気になっていたので寄って見る。その名は与田切川で、高速道から見えていたキャンプ場だったと分かる。なんだかがっかり。今回は行かなかったものの、他にも、やはり高速道から見えて気になっている大田切川や中田切川などがあるんだけど、やっぱ行ってみたらガッカリなのかなー???
 フルーツラインは辰野町に入ったら国道153に繋がっているので、そのまま国道を北上、途中から県道14で諏訪湖へ。風が強くて諏訪湖は波立っていて、いつも見る湖とは少々印象が異なる。荒い波の中、カモが5羽プカプカ浮いていた。時々波を頭からかぶったりするが、何故か別の場所へは行こうとしないのが不思議。しばし湖を眺め、県道16、県道40、県道424と走って霧ヶ峰へと向かう。県道424から池のくるみまではくねくねした道が多い。この道はバイクでは何度も通っているけれど、Carrera4で走るのは初めて。県道424はCarrera4のティプトロニックのシフトパターンと相性が悪いのか、登りではすぐに2段ホールド状態になり、ちょっとした下りだとすぐにシフトアップして速度が必要以上に上がってしまう。結局マニュアルに切り替えて走ることになった。MTならエンジン音と車体の挙動だけでシフトのタイミングが分かるが、ATでは掴みどころが無くて常にタコメータと速度計を見ながらシフトスイッチで操作するという妙な感じになった。
 宿カルペデイムには16時過ぎに到着、まだ部屋に差し込む日差しが強い。気温は24度弱で、とても気持ちが良い。夕食後はいつものようにオーナーのクマさんと飲みながらおしゃべり、途中23時頃に屋外の温度計を見たら17度!自宅ならまだ30度以上だろうが、流石標高が高いだけに気温が低い。1時過ぎまでおしゃべりして就寝、翌日は8時半過ぎに朝食、10時過ぎに自宅に向けて出発した。カルペデイムに着く前から鼻水が良く出て「おかしいな」とは感じていたのだが、どうやら熱が少し出てきたようで、何となく体がダルイ。国道19をのんびり南下して帰る積りだったが、急遽予定変更、中央高速を使って一気に自宅を目指し、自宅へは14時前に到着。高速道を淡々と走って来ると、本当にあっけなく着いてしまうんだなーと、妙に感心してしまった。(笑)帰宅してからはいつもよりかなり早く寝たので、今朝起きた時にはダルさは無く、平常通りだったので一安心。

 今週一杯は妻と息子は妻の実家に滞在予定、でも今週末には帰ってくる。また騒がしくなるなー。(笑)


撮影会(2007/07/19 PM, 木)
 7/14から3日間、写真家三輪薫プロ主宰「わの会」の撮影会に参加した。正確には、7/14は有志のみによる自主撮影会、7/15から1泊2日が「わの会東海支部撮影会」である。
 わの会の撮影会は天候が崩れることが多いのだが、今回はよりによって台風!が近づいて来ていた。直前の7/13に幹事を務めるU氏から「本当に参加します?」という確認の電話が入り、深く考えず単純に「ハイ」と返事したが、後で聞いた話では「辞退者がもう1人か2人出たら取り止める積りだったけれど、皆さん何故か参加するっていう返事ばかりだったんで、そのままやることにした」のだそう。随分前から予定を組んで楽しみにしていたんだし、確かに台風は嫌だけど、撮影はしたいんだよねぇ。(笑)


 7/14は13時に中津川ICから車で40分ほどの「町営フォレスパ木曽」集合の予定、「台風が近づくにつれて風雨が強まるかも知れないから」と早めに自宅を出発したのだが、中津川市内でやや強い雨に降られた程度で大したことは無く、出たのが早過ぎて11時過ぎに到着。ところが既に殆どの方々が揃っていてビックリ。既にお風呂へ浸かって来たという方も居た。皆さん気合が入ってるねー。(笑)
 フォレスパ木曽で昼食を済ませ、TVで台風情報を確認する。九州に上陸し、太平洋沿岸に沿って東に進むという。「今日は大丈夫だけど、明日がどうかなー」と言いながら、やや強い雨の中、撮影に出発する。今日の撮影地は近くの渓谷で、かなり荒れた砂利道だとかで自分のCarrera4では腹を擦ってしまう危険性が有るのと、道幅が狭くて多くの車を停められる場所が全く無い為、U氏のワンボックスに乗せて貰う。

 あちこちに良い場所があるのだが、車を停める場所が無くて素通りせざるを得ない所も多く「雨が降っていなければ歩いて撮影するのになぁ」と思うこともしばしば。ワンボックスのリアゲートは上に開くタイプで、それが傘の代わりになって3名ほどが撮影できるスペースができ、本当に助かった。傘片手では三脚を立てることもままならないのだ。右足首はまだ痛む時があるので、足元に不安のある河原へはあえて下りなかった。
 雨と格闘しながら撮影していたら、16時頃に三輪プロ夫妻も到着。しばし談笑していたら雨が更に強くなってきたので宿へ向かうが...アレ?三輪プロの車が付いてこないぞ(-- )?と思ったら、案の定良さそうなポイントで車を停めて撮影したとのこと。流石プロだぁ。

 宿は大桑村野尻にある「民宿こいじ」。宿代が6千円台前半と安い上に食事も充実しており、「これみよがし」なところが一切無い。今まで泊まった宿の中でも、間違いなく「トップクラス」に入る宿だ。女将さんが一人で切り盛りするので8名辺りまでが精一杯だそうで、「本当はお部屋で食事を食べて頂きたいんですけど、一人では難しくて食堂へお願いしています、本当に申し訳ないです」と本当に低姿勢。実に良心的な宿だ。
 食事と風呂の後、三輪プロから本日の撮影カットについての解説等を受け、比較的早めの11時頃寝る。いつもなら翌日は早朝から撮影なのだが、台風接近で無しとなった。


 7/15は7時半頃に朝食、台風は昨日の予想よりも更に東よりの進路となって紀伊半島をかすめて東へ進むという予報になっている。当初の予定では今日は福井市の海岸沿いに13時という予定だったが、台風で16時に変更されていたので、ゆっくり向かうことにする。中央高速道は中津川ICと伊北ICの間が通行止になっているが、幸い名古屋方向は通行できる。
 9時半過ぎに出発すると、徐々に太陽が顔を出し、青空が顔を出してきた。途中のサービスエリアで休憩を取りながら小牧JCTと米原JCTを通過し、13時半頃に福井北ICに到着、先導する三輪プロ夫妻が昼食場所を探しながら進み、ICから10分弱の中華料理店で昼食。

 昼食後出発するが、何故か拙者が後に付いて走っていたU氏の車は三輪プロの車と反対方向へ。「あれぇ?どっか良い撮影ポイントを知ってるのかなー?」と思いつつ後ろにくっついて走るが、目的地からどんどん離れる方向へ走っている。「どーゆーこと???」と頭の中がクエスチョンマークで一杯になりかかった頃、突然U氏の車が路肩に止まり、U氏が下りて来て「地図持ってる?」。思い込みで走っていたら途中で分からなくなったんだって。もっと早く言ってよ、こっちは一応カーナビ付けてるんだから。(笑)
 県道を使って海岸へ出て走るはずだった国道に戻り、公園になっている所で車を停める。そこへ三輪プロの車が迎えに来た。集合場所からやや離れた場所ながらも撮影に良さそうな所で、急遽集合場所を現在地とし、集合場所には場所変更の紙を張り出して貰ったそう。すると、参加者の皆さんが徐々に集まり出し、16時前には全員が揃った。
 台風一過の燃える夕焼けを期待して日没まで待ったが、段々と雲が厚くなって雨が降り出した為、18時過ぎに撤収して宿へ。

 宿は国道沿いの「白浜荘」(福井市西二ツ屋)。別館も有るやや大きな旅館だが、造りは古く、ロビーや廊下では何となく生臭いような気がする。夕食の冷凍でない蟹のフルコースが謳い文句になっているようで、実際に夕食に出た蟹は確かに冷凍ものでは無さそうだった。ただ、金額もそれなりにするので、家族旅行でこの宿は使わないだろう。
 夕食兼宴会では参加者から日本酒「立山」「久保田」などの差し入れがあり、早速戴く。立山は初めて飲むが、少し甘くて実に飲み易い。久保田より僅かに甘い。何でも「久保田」は製造元が地震の被害で製造が難しいらしく、もう入手できないかも知れないという噂が有るらしい。3年前の地震で多くの酒造元が被害を受けたそうだから、絶えてしまう銘柄は他にも有りそうという気もするが...

 夕食後21時半から部屋で伊勢和紙によるプリントの本格的なデモンストレーションが行われたのだが、寝不足な拙者はそのまま寝てしまい、0時過ぎにデモが終了した直後に眼を覚ました。よって、何が行われていたのかは、一切知らない。(笑)


 7/16は早朝撮影が4時から、となっていたが、眠たい拙者は不参加。後で参加した方に話を伺ったら、霧で日の出はお目にかかれず、徐々に明るくなっていったので、日の出撮影のような慌しさは無かったそう。
 朝食後、車10台ほどで撮影場所へ移動するが、カーナビが無くて現地を知らない参加車が3台ほどあり、カーナビ付きの車が前後を挟むサンドイッチ状態で進むことになった。
 今日の撮影地は名瀑百選の一つ、龍双ヶ滝。山沿いから滝までの区間は道幅が非常に狭く、走行には気を使う。地図やカーナビによっては道が無いものもあり、自分が使うメモリーナビ(Broadzone製)も道が途中で途切れているが、実際には県道43が川に沿って峠を挟んだ反対側の宝慶寺まで細いながらも通じていて、そのまま大野市へ抜けられる。
 撮影中、地面が揺れたような気がしたのだが、拙者以外は誰も感じなかったそうで、話題にすらならなかったが、現実に新潟県中越沖地震が起きていたのである。皆さん撮影に熱中してると気が付かないんですかねー?...それとも、拙者が撮影に集中していないのか?(^^;

 昼過ぎに撮影を終え、高速道を使って昼食場所へ移動、今庄IC近くで越前そばを戴いた後「近くにハスで有名な公園があるから一寸見に行こうか」という話が出て、食後にそちらへ。
 「花ハス公園」又は「花はす温泉」という名で地図に載っている所で、大きな花があちこちで咲いている。「一寸」の筈が皆さん撮影に専念してしまい、長引きそうだし、更にこの後琵琶湖半で夕日撮影する行程となっており、翌日仕事の拙者は後ろ髪を惹かれる思ひながらもここで失礼した。選挙日程が変ったお陰で仕事の日程が変わってしまい、取るはずだった休暇が取れなくなってしまったのだ。休みたかったんだけどなー。(--)#

 ガソリンスタンドを探して給油した後、今庄ICから高速道を走るが電光表示板に「米原IC−米原JCT 渋滞6km」と出ているのを見て木之本ICで下り、国道365で関ヶ原ICからまた高速道へ入る積りだったが、関ヶ原IC手前の交差点に有る電光表示板には、またしても「一宮IC−関ヶ原IC 渋滞20km 80分」という表示が。「ゲゲッ(>_<;)、こりゃ駄目だ」とそのまま国道21へ入るが、こちらも何故か渋滞中。「くっそーぉ」と思いつつ裏道へ入って大垣市近くまで進んでから国道21に戻ると、こちらは渋滞してないのでスムーズに進む。そのまま走って19時過ぎに無事帰宅した。


 家族で出かけると撮影に専念してばかりはいられないので、35mm一眼レフを持っていくのが精一杯、お陰でこのところ大判中判カメラの出番は殆ど無い。このような撮影会が無ければ、撮影に専念する時間が取れないのが悩ましい...

まだ痛む(2007/07/08 PM, 日)
 先週の撮影会で捻った足は、かなり腫れは引いたものの、真っ直ぐ歩く以外では相変わらずまだ痛む時がある。
 今日になって階段を普通よりもややゆっくり下りれば痛むようなことは無くなったが、今週末からまた福井県で撮影会があるので大事を取って一段ずつ階段を下りるようにしている。

 今まで何の支障も無かった左足首が、一昨日辺りから少し腫れてるのでは?と思うようになった。落っこちた直後から痛くもなんとも無かったし、その後も腫れたり皮下出血を起こしたりということは無かったから、「おかしいなー、どうして今になって????」と思ったが、よくよく考えてみると、いつも右足をかばった歩き方をしているので、その分左足に負荷がかかり、段々と疲労が蓄積して腫れてきたようだ。

 そんな状態の中、KTMジャパンから一通の葉書が届いた。何気なく読むと「ゲゲッ、リコール?!」ブレーキシステムに不具合があり、最悪製動力が低下すると云う。葉書には「最寄の代理店へ持ち込んでくれ」と書いてある。「おひおひ、よりによってバイクに乗れない状態なのに持ち込めは無いだろう?」と思ったが、文句を言っても始まらないので、いつも何かにつけてお世話になっているお店:スピードショップ東洋(一宮市)に相談する。
 すると早速電話で確認して「整備工場の指定を受けていれば大丈夫ですから、ウチでやります」という有難いお言葉。わざわざ代理店まで自走する必要は無さそうだ。「対策部品が来るまで1週間前後かかる」そうなので、部品が届いてから改めて日程などを決めることにした。

 いやぁ、足が不自由っつーのは本当に不便ですねェ...(^^;...(--;...。

落ちたっ!(2007/07/03 PM, 火)
 7/1から一泊二日で「輪の会(主宰:写真家三輪薫プロ)」の撮影会が長野県栄村で行われたので参加した。天気予報では7/2の午後から雨となっていたが、実際には7/1の昼過ぎから降り始め、解散するまで降り続く「雨の撮影会」となった。

 7/1は朝7時少し前に自宅を出発、一宮ICから岡谷JCTと更埴JCTを経て豊田飯山ICまで走り、国道117を北上して集合場所近くの道の駅「信越さかえ」に11時15分頃に到着。「昼食には一寸早いかな?」と思いつつ売店などを冷やかしていたら、どこかで見たようなバスが入って来た。よくよく見るとフロントガラスに「わの会」の表示が。期せずして東京からの参加者一行と遭遇したのだ。新宿を朝8時に出発し、昼食に寄ったんだそう。すぐ後で三輪プロ夫妻も到着し、皆で昼食へとなだれ込む。

 昼食後は集合場所の「トマトの里・中条温泉」へと皆で移動する。撮影地が山間の狭い道を這って行くような所ばかりで駐車スペースも無いため、自家用車はトマトの里に停め、マイクロバスに乗り換えて早速撮影へ。走り出すまでは「わざわざマイクロバスなんて」と思っていたが、撮影地へと向かう道はとても細くて対向車が来ると大騒ぎ、撮影地も駐車スペースが無くて道路にはみ出して停めないとどうしようもない所ばかりで、「なるほどぉ、これじゃぁ車の数を絞らないと苦しいなー」。
 初日は4箇所ほどを撮影して回ったが、撮影場所までは狭いウネクネ道路の連続、「バスの運転手は大変だなー」なんて思いながらも車酔いしないようになるべく進行方向へ顔を向けていた。
 今回は中判をメインに撮影する積りだったが、何故かRolleiflex SL66SEがご機嫌斜めで1枚目を撮影した直後に動かなくなってしまった。フィルムを装填する際にタルミがあったらしい。仕方ないので、その後はバスの中に置きっ放しにしていた。

 3箇所目の撮影場所は滝があるのだが、霧に包まれて殆ど見えない上に雨がパラパラしているので、初めは滝へ続く道の入り口で森を撮影していたが「滝の近くまで行けば見える」と言われ、滝の方へ進む。途中から道が40cm程の幅になり、滑った痕と滑落したらしい痕が2箇所ある。「こりゃ注意しないと」と思いながら進んだ途端、「ゲッ」と思う間も無く1.5m程下へ瞬間移動!!!「何だなんだナンダ???」と思った直後「落っこちた!」とすぐ悟ったが、次の瞬間から右足首辺りが痛み出す。周囲を見回すと、ちょうど崖の途中が出っ張ったような形になっていて、偶然そこへ落ちたらしい。他の場所だったらもっと下の川床まで落ちて恐らくは骨折などで身動きが取れなかっただろう。正しく不幸中の幸いである。
 幸いカメラ機材はウエストバッグの中で無事、三脚も手を離す暇が無かったお陰で持ったままで泥が少々付いただけ。ズボンに泥と雑草の汁がべったり付いたが、それ以上の被害は無い。ほぼ顔の位置の高さに滝へ続く道がある。近くの岩と丈夫そうな太い雑草に手をかける。右足には痛みで力が入らないものの、左の足は痛みすら感じないので何とか道まで這い上がれた。
 右足首の踝が腫れたが、真っ直ぐ歩く程度なら痛みは殆ど無いので、そのままバスに戻って撮影を最後まで続けた。
 宿に戻ってから三輪夫人から湿布薬を貰い、早速貼る。宿は温泉なのだが、打ち身や捻挫などの患部を温めるのはご法度なので入らずに置いた。

 翌日も朝5時頃は少し晴れ間もあったそうだが、8時半に出発する頃には雨が降り出していた。階段を下りる際に右足が痛むが、それ以外は普通に歩けるのでそのまま撮影に参加、午前中に3箇所ほど回る。3箇所目では雨の降りがかなり強くなったが、風が無いお陰で傘さえあれば何とか撮影可能だった。
 撮影を終えて13時45分頃にトマトの里へ到着、地元の蕎麦粉を使った笊蕎麦と天麩羅の昼食を皆で戴き、14:15に解散となった。すぐに自分の車へ荷物を積み替えて昨日来た道をそのまま戻る。高速道は月曜ということもあって交通量がかなり多かったがスムーズに流れ、自宅へは18時半過ぎに到着。「無事帰宅」でないところがチョッピリ残念だ。

 今日、仕事を終えてから自宅から車で7分ほどの所にある整形外科で診て貰った。触診した医師曰く「皮下出血も無いし、骨も折れていないでしょうから、ギプスで固定するほどのことは無いでしょう。右足首が腫れてますが、落ちた時に一寸力がかかって靭帯を少し伸ばしてしまったんでしょうね。靭帯の伸びが収まるまでの間は固い包帯で足首を動かないようにして湿布して下さい。暫くは足首を動かさないようにビッコで歩くことになりますかねぇ。暫くしても調子が悪いようだったら、また来て下さい」と。大事に至らなくて良かったヨカッタ...(^^;...(--;


2ndオーディオ(2007/06/24 PM, 日)
 以前からこのサイトをご覧になっている方はご存知と思うが、自宅1F南東の部屋にはTANNOYのCanterbury15/HEが鎮座している。が、その部屋を息子の勉強部屋に取られてしまい、自由に音楽を楽しむという夢の実現はほぼ不可能となってしまった。
 そんな訳で、それ以来長年の懸案となっていた「自分の部屋に置くオーディオセット」は、紆余曲折を経て先週末からようやく音を出し始めた。今は慣らし運転中と云った感じである。

 Canterbury15/HEを選んだ理由は極めて単純で、「せめてウッドベースと同じ位の容量が無ければ、ベースの低音を再現できないだろう」という考えからである。何故「ベース」なのか?それは単に拙者がフレットレスベースを弾くから、というだけの理由からである。自分が操る楽器の音がまともに聞けないのでは話にならない。
 実のところ、以前は自宅近くのお店に出ていたJBLの4344Mk2新古品を考えていたのだが、自宅ではどう考えても設置場所の都合から仮想壁を構成することは不可能、そうなると低域再生にかなりの無理が生じるので「どうしようかなー、もし購入したとしても相当強烈な駆動力のアンプが要るわなぁ...」と思い悩んでいたら、肝心要の4344Mk2が売れてしまったのだ。(笑)その後TIELなどに浮気していたこともあったが、予算の都合で中古で探すという前提に立つと、低域まできちんと再生できて、ある程度中古市場へ出てくることが期待できる、等の各種条件を鑑みて、最終的に選択したのがCanterburyだったのだ。

 入手できても自由に使えないのでは無いのと同じ。そこで「自室にオーディオを」となったのだが、予算なんてあって無いようなもんだから、とりあえず「極力安く」が最重視されることになる。しかし、低域が犠牲になっては意味が無い。自分の弾く5弦ベースの最低基音はおよそ30.1Hzだから、少なくとも28Hz辺りからきちんと再生できるスピーカでないと、5弦ベースが使われている曲はまともに再生できないことになる。
 ただ、実際に使う場穂は2Fだから重いスピーカや大きなスピーカは運び上げることが出来ない。そうなると選択肢は極めて限られてくる。28Hz辺りまでを保証しているのはELACのトップモデルなどがあるが、金額が半端でなく、とても手を出せるものではない。「うーん、どうしたもんかいのぅ...」と悩みつつ色々と探して行き当たったのが「JSP-2020」である。
 サイズはおよそ45cm四方と小振りだし、重さも約25kgで極端に重い訳ではない。容量から来る低域再生能力にある程度限界があるのは否めないが、それでも同じ価格帯では太刀打ちできないであろうという程の低域に対する再生への拘りがあり、大いに期待できそうだと感じたのだ。
 他にも音源となるCDプレーヤとアンプが必要となるが、こちらはある程度目星が付けてあった。伊AudioAnalogue社が出しているハーフ・サイズのコンパクトなPrimoシリーズである。現行品は既にバルヴ(真空管)を使ったものに変わっているが、そのお陰で一つ前のモデルが比較的安価に売られているので、中古で出てくるのをひたすら待ち続けて手に入れたのだ。

 鳴らし初めは中音域が突出した感じでしかなかったが、毎日音を出しているので段々とこなれて来て、低域から高域までそれなりに出るようになって来ている。Canterburyに比べると低域の量感不足は否めないが、スピーカのサイズを考えれば「拍手喝采」モノであると思う。このサイズで28Hz付近の低音まできちんと出せるスピーカを見たことが無いし、Canterburyの金額の数分の一で買えてしまうのだから。
 オーディオを趣味とする人なら恐らく誰でも知っているであろうTELARC盤のサンサーンスの交響曲3番オルガン付もそれなりにしっかり再生できるし、PinkFloydの...いや、ロックの名盤「The dark side of the moon」の中で出てくる超低域も、Vic Stevensのアルバム「no curb ahead」の大半の曲で使われている5弦ベースの基音もきちんと再生できている。

 当分は今の機材で熟成させる予定である。しかし、スピーカの再生能力を考えると「アンプが少々役不足かも知れないナー」と云う気もしないではない。「はぁ?」と思われるかも知れないが、低域がある程度しっかり出るということは、アンプに対して相当な駆動力を要求するということと同値だからだ。ひょっとしたら、更に強力な駆動力を持つアンプへグレードアップする必要があるかも知れない。が、今のアンプは回路部に数百万で売られている超高級アンプと同じものが使われているのだ。何事も突き詰めると出費が嵩みますナァ...。(笑)


真剣勝負(2007/06/17 PM, 日)
 今日は息子が通っている少林寺拳法の愛知県大会があり、家族で見学するために愛知県体育館へ。現地までは渋滞も無くすんなりと行ったのだが、駐車場は満杯、路上駐車が可能な場所も既に莫大な数の車で埋め尽くされてしまっており、止める場所がない。妻の母君と待ち合わせをしているのだが遅れそうになったので妻と息子を車から降ろして先に生かせ、拙者は車を置く場所を探して周辺をウロウロ。しかし、どこも一杯な上に、出ようとする車の近くには必ずその空くスペースに止めようとする車が居るという状態。かなり離れたところまで遠征してようやく駐車スペースを確保、時々走って慌てて待ち合わせの場所へと向かう。

 すると、待ち合わせの場所には誰も見当たらない。「あれぇ?先に行っちゃったのかなー?」と県体育館へ慌てて向かう。が、体育館内を隈なく探しても見当たらない。「あれれぇ?どこ行っちゃった???」と思いつつ待ち合わせの場所へ戻ると、ちょうど妻が建物の中から出て来たところに行き合わせた。妻は待ち合わせの場所を建物の中と云った積りだったらしいが、拙者は建物の前で待ち合わせると思っていて、それですれ違ってしまったらしい。

 再会を果たしたら腹が減った(何ぢゃ、そりゃ? ^^;)ので近くの店で昼食を取り、その後改めて全員で県体育館に行き、2階の席で見学する。
 午後の部で始まった辺りは、団体での練習試合?や、子供の試合だったが、そのうちに大人の選手が防具を纏い始めるではないか。「おぉ?こりゃ本格的な試合か?」

 バイク用フルフェイスに似たかなり大掛かりなヘルメットと相当重そうなガッシリした胴衣を身に纏った選手が向かい合って立ち、一礼後に早速試合が始まる。試合会場と自分が座る席とではかなり距離があるのだが、「ドスンッ」「バキッ」「バタンッ」「パシッ」という凄い音がすっ飛んでくる。音がする度に選手のどちらかがよろけたりひるんだり。その迫力たるや凄まじく、軟弱な拙者は圧倒されっ放し。(汗)

 プラスチック製のヘルメットからアレだけの音がするということは、相当な力で叩いていることになるだろうし、胴衣の鈍い音からしても半端でない力で蹴っていることは確かだ。素手素足なのに、よくもあれだけのことができるもんだと、すっかり感心してしまった。

 正直な話、試合を見て単純に「かっちょ良い!、ちょっと入門してみようかなー」なんて思ってしまった。我ながら「ミーハー」だナァ...。(笑)


スーパーカー(2007/05/27 PM, 日)
 昨日5/26、家電量販店コジマ一宮店の駐車場でイベントがあり、丸一日参加してきた。ランボルギーニやデトマゾなど、日頃なかなかお目にかかれない車も多く、色んな話が聞けて面白かった。
 参加台数が多かったのはフェラーリ、ポルシェ、コーベット(コルベット)。ランボルギーニはディアブロ、クンタッシ(カウンタック)が参加、滅多に見かけないだけに注目度は抜群。ポルシェは圧倒的に空冷派が多かった。他にもブラバス・スマート、トランザム、国内に数台しか存在しないグアラ、パンテーラ、ハマーなど。

 フェラーリのエンジン・オーバーホールは結構有名な話だが、意外にも...とは言っても単に拙者が知らなかっただけなんだけど...ロータス設計エンジン搭載車としては最後を飾ったエスプリも同じ時期にオーバーホールが必要なんだそう。その費用はフェラーリほどではないにしても国産の新車が買えてしまうほどの金額なので、決して安価とは言えないレヴェルである。

 どの車も地上最低高が低いため、車道と駐車場の間の段差に気を遣っていた。特にイタリア車は皆慎重に出入りをしていたのが印象的だった。
 それを見て改めて「ポルシェって本当に実用的な部分を犠牲にしていないなー」と感じた。拙者自身、今まで多少の段差なぞ気にしたことは無かったし、故障なんって全くの無縁で今まで殆どノートラブルである。

 今回のイベントでは、他のポルシェはどれも力の入った改良が行われており、拙者のようにノーマルのままで乗っている人は殆ど居ない。こればかりは経済力が伴わなければ無理な話、拙者のポルシェは今後も現状維持の予定。でも、ポルシェ・ターボ見る度に「羨ましい...」。(笑)


音(2007/05/20 PM, 日)
 昨日昼食の後、「そういえば」と突然思い出してLM386を利用したミニアンプのキットを組み立てた。このキットはLM386のデータシートに掲載されている回路と同じで「スモーキーアンプ」としても有名になっている。

 半田付け不要のユニバーサル基板を使って10分足らずで完成、ギターは弾けないのに何故か持っているFenderのStratocaster('79)を早速引っ張り出して音を出して見る。「オォ、なかなかイケルじゃん」という歪んだ音がしっかり出力されてくる。元来はアンプであって決してギター用歪み系エフェクタではないのだが、ノイズ面を除けばコンパクト・エフェクタのDistortionとほぼ同等の音なので、ノイズ対策をしっかりすれば十分使えそうな感じがする...そうか、だから「スモーキーアンプ」と称して売ってたりするんだよなぁ。(笑)

 組んだ回路を眺めていたら「そういえば、昔ヘッドフォンアンプを買ったよなー」と思い出し、探し出してきたのが「C Tech」の「Pocket Rock-it BASS」。ベース用の練習アンプだが、音のチェックにも使えるだろうと考えてギターに繋いでみる。
 '80年代頭までのベースアンプは低域と高域を持ち上げたパワフルな低音サウンドを目指したものが多いが、以後はナチュラルな低音が主流となっており、この「Rock-it」もその流れを汲んでいる。だから「ギターに使っても問題無いでしょ」と考えたのだ。
 「Rock-it」から出てくる音は予想通りだった。ChorusをONにすると高音が強調されて綺麗。しかし、DistortionをONにすると低音が強調されたような少しモコモコしたサウンドになってしまう。ベース用なのだから、ある意味当然だ。

 高校時代に購入してから今まで何の疑問も感じなかったが、よくよく考えてみると、この「Rock-it」は今まで一度もバラして中の基板を見たことが無い。Chorus内蔵ということはDelay系のICが入っている筈なので簡単な回路基板ではないだろうという推測は出来るが...「よーぉしっ」と早速ドライバーで分解すること数分、意外にも内部は2枚の基板に小さな部品がびっしり。小さな本体によくもまぁこれだけの部品を詰め込んだなーと、一寸感心してしまった。小さく詰め込むのは日本人だけではなさそうだ。(笑)


機材の場所(2007/05/13 PM, 日)
 自分専用のオーディオセットを組むため、連休中に自分の部屋のレイアウトを少し変えようと思っていたのだが、結局ナンダカンダとあちこち作業していたら時間が無くなってしまい、結局自分の部屋は手付かずのままとなっていたが、昨日と今日で部屋の中を片付け始めた。

 もっとも場所を塞いでいるのは雑誌類で、買ったものの未だ読んでいない号も多い。まず読み終わったものとそうでないものとに分ける...アリャリャッ、大半が読んでないんだっけ。(汗)
 次に、国内外のオークションで知らないうちに溜まってきたダンボールやエアーキャップ(所謂「プチプチ」のことである)類を片付ける。破損が激しくて再利用不能なものを取り除き、エアーキャップなどの梱包材はコンパクトになるよう巻き取ってゆく。
 更に、オークションなどで手に入れた音楽機材を整理する。ギターケースはどれもサイズが大きいので、何処においても邪魔な感じ。(笑)こればかりはどうしようもないので、部屋の片隅に纏めて置く。

 雑多な荷物と格闘すること1日半、一気に片付けにかかったこともあって自分でも驚くほど捗った。何だか気味が悪い位。(笑)よーするに、本気になってやれば出来るってことですかねぇ。
 お陰で、部屋の大半は片付いて、見た目にも随分と綺麗になった。部屋の中央には何も無くなったが、これって単に壁沿いに荷物を山積みにしただけなのでは?...(爆)

連休の過ごし方(2007/05/06 PM, 日)
 4月初旬にスキャナとプリンタを一気に更新したら、どういう訳かPCの動作が不安定となった。それでも一応使えるし、色んなことが起きてこのサイトを更新する暇が無く、睡眠時間を削って作業しているような状態だったので、しばらくPCをだましだまし使っていた。
 今までEPSON製品ばかりを使い続けていたが、スキャナでポジフィルムを使う時の使い勝手の悪さが気になっていたので、今回はCANON製にした。EPSON関係のドライバ類は全部アンインストールして削除した筈なのだが、どこかで悪さをしているのかも知れない。UNIX系のOSなら何をしても利用者側で全てを把握できるから良いのだが、Microsoft系のOSはOSそのものの完成度の低さもさることながら、各ベンダが作成したドライバ類がインストール時に勝手に入り込んでしまうので把握できない。困ったもんだ。(Y.Y )

 4/28から4/30までは、不調なPCを放置したまま家族サービスの為に丹後半島経由で蜂北高原と城崎温泉の安宿へ出かけた。
 丹後半島は以前から一度一周してみたいと考えていたので、城崎温泉に引っ掛けてコースに入れたが、国道でも道幅が細く、予想通りかなりの時間がかかった。旧街道をそのまま国道に昇格させたものの、土地の形状から拡幅が出来ないのだろう。
 城崎温泉も以前から機会があれば訪ねてみたいと思っていたところで、現地では家族とは単独の別行動でカメラ担いで路地裏まで2時間半ほど隈なく歩いて回った。お陰で数日間筋肉痛に悩まされたが...この程度で痛むとは、日ごろの運動不足が祟ってるナー。(笑)

 今の職場はカレンダー通りなので、5/1と5/2は出勤。5/1の夜、ようやくPCを触る時間が出来たので、Registryを探って怪しい部分を片っ端から削ったら、いつものように動くようになった。やれやれ。
 5/3は足の筋肉痛をかばいながら、散らかった自分の部屋の片付けと物置の整理で終わってしまった。
 5/4は妻が使っている車A170の洗車とワックスがけをし、その後は溜まったポジフィルムの整理。

 5/5は久し振りに名古屋・大須へバイクで出かけ、長年の懸案???であったスピーカ・ケーブルをやっと調達、他にもICやらTrやら細々とした部品類を買い込んだ。
 1年以上前に来た時は第一アメ横ビルの南側を大規模に工事をしていたが、既に完成したらしくて、どの店も小奇麗になっている。第一アメ横ビルの中も随分と店が変わってしまい、回路製作に不可欠な部品を売る店が事実上2Fの一箇所だけになってしまった。第二アメ横ビルへ行けば良いのかも知れないが、時間が無くてそのまま帰宅。

 5/6は朝から雨、「これは洗車日和だっ!」とCarrera4をカーシャンプーで洗ってそのまま路肩へ出す。雨に洗剤成分を洗い流して貰うのだ。妻は「雨にゴミが混じってるんぢゃないの?」と宣ふが、長時間降り続いているので大丈夫。1時間ほど経ってから車庫へ入れ、軽く水だけで拭った後にワックスがけ。その後はCDや月刊誌などを整理していたら暗くなってしまった。自室用オーディオの設定までは手が回らなかった。くっそーぉ、時間が足りんぞーっ!(笑)


紀伊半島横断(2007/04/1 AM, 日)
 このところは休日でも何処へも出かけず家の中でガタゴトやってばかりいたので家族から「小学校も春休みに入って折角学校を気にしなくても良くなったんだから何処かへ行きたい」と大合唱され、前々から気になっていた龍神方面へ出かけることにした。

 3/25(日)朝8時少し前に自宅を出発し、コンビニで朝食用のサンドイッチを仕入れ、一宮木曽川ICから一宮JCT経由で名神高速を下る。道中1時間半に1回の割合で休憩を挟みながら、吹田JCT、堺JCT、湯浅御坊道路を通って阪和道いなべICを降りたのは11時半過ぎ。「そろそろ昼食を」と思うがなかなか店が無く、国道42を南下して見つけたファミリーレストラン「OAK田辺元町店」でようやくランチにあり付く。

 お腹が一杯になったところで国道42に戻る。昭文社ツーリングマップルに載っている「蟇(ひき)岩」が気になるので、県道208にスイッチして進むと、前方に異様な形状の岩が見えてくる。層状節理の先端が空に向かって突き出しているかのような感じだが、どう見ても奇妙な形であることには違いない。後で調べたら、この辺りにある変な格好の岩を総称して「蟇岩群」と呼ばれているらしい。
 国道42に一旦戻って県道29に入る。向かうは奇絶峡である。昨日は結構な雨量だったからか、中心となる滝は水量が多い。桜には少々時期が早過ぎたようで、花がほころびかけている程度。地殻変動で岩盤が表面に出てきたのか、大きな岩が多くて見応えがある。
 来た道を戻って県道35に入り、昭文社ツーリングマップルに載っている「動鳴気峡」へ。この県道は進むに連れてどんどん道幅が狭くなって行くので家族が「本当にこの道で大丈夫なの?」と不安げ。「そろそろこの辺にある筈なんだけどなー」と自分でも少し不安になりかけた頃に、道路の舗装が途切れてコンクリートの簡易舗装になる。「ムムムッ、これは歩いて確かめてからの方が良さそうだ」と車を降り、息子と2人で先へ進むと更に道が細くなり、車一台が精一杯の幅になる。道のすぐ横が深く落ち込んでいるところに通りかかったら看板があって「動鳴気峡」の表示が。「なーんだ、ここかぃ。」ツーリングマップルはここで道が無くなっているが、コンクリート舗装は更に奥へと進んでいるので更に歩いて進むと、道の両側はさっき見た蟇岩のような岩壁があちこちにある。「これって、蟇岩の南側に当たるのか?」と思いつつ歩くと、車が数台向かってきた。この道は小さなダムの向こう側にある道と繋がっているらしい。「よしっ、車で進んでみよう!」息子と小走りで車のところまで戻り、全員を乗せて走り出すと「えぇー?こんな細いのにまだ先へ進むのぉ?」と驚愕の声が。「進めなくなるまでは大丈夫」と宣言して(笑)ダムの脇をかすめて進むと、案の定県道へ繋がっている道へ出る。更に進むと先ほど来た蟇岩の場所に出た。やはり繋がっていたのだ。

 再び県道208を進んで国道42に入り、国道424、県道30と進んで16時過ぎに今日の宿「鶴の湯温泉」に到着する。町営だそうだが、こじんまりとしててそこそこ綺麗な宿だ。温泉とは建物が分かれていて、通路で繋がっている。温泉は一般利用も出来る。
 宿の夕食は味・量共に十分納得できるもので、ビール・ジョッキをお代わりしてしまった。(笑)

 一夜明けた3/26(月)は朝9時少し前に出発、国道424に出て龍神方面へ進むが、道が細いのなんのって...「コレ、国道ぢゃなくて酷道ぢゃない?」って感じ。(笑)特に南部川村の集落に入るまでの区間と、集落を過ぎて国道425へ接続する手前の区間が狭い。完全1車線の区間が長いのだ。国道425へ入ると道幅が広くなり、国道371に入ると片側1車線ながらもかなり太い道となる。
 道の駅龍神で一息入れてから再び走り出す。町を抜けてガソリンスタンドを通り越して少し進むと、かつては有料道路だった龍神スカイラインが始まる。

 龍神スカイラインはグングンと高度を上げ、さっきまで見上げていた周囲の山々が眼下に控える状態になり、あちこちで沢から水飛沫や小さな滝が出来ていて、実に良い眺め!だ。山肌は急斜面でストンと下に落ちているような感じなので、植物が取り付くのは難しいのか殆どが岩肌で、見るからに荘厳そうである。
 護摩壇山スカイタワーは冬季休業中、営業は4/1からと張り紙がしてある。ウーム、ここで昼食にしようと企んでいたのだが...。(笑)山頂まで遊歩道があるので登って行く。山頂は周囲の木が大きくなっていて完全には見通せないが、やはり登るだけの価値はある。特に山々が重なる様子が美しい。
 山頂を下って車に戻り、少し走るとドライブインがあったので、車を滑り込ませて昼食を取る。昼食後店内でみやげ物を物色して再び走り出し、程なく国道480に入る。これで旧有料道路区間はお仕舞いだ。

 国道480は高野山の中を走っており、道の両側は立派な杉林とデカイ寺社仏閣が勢揃い!って感じ。時間的な余裕が無いのでゆっくり見回しながら走り抜ける。寺社街を抜けると「ハンドルの耐久テストか?」と思う位に左右に曲がりくねった道になる。時々センターラインをはみ出す対向車が居るので気が抜けない。これは国道370に入ってもしばらくは同じ、南海鉄道高野線が見え隠れする頃になると比較的平坦な道になる。更に進むと紀ノ川が見えるようになり、交通量も増える。「国道だと信号が多いだろう」と思い、県道55へ入って進むが、この道は昔の街道だったらしく人家が多い所は車1台分の幅しかない。対向車が来たりすると結構難儀なことになるから厄介である。道が細くて平均速度が落ち込んでしまうため、橋本市垂井付近で国道24へ。こちらは交通量が多いものの、流れは実にスムーズだ。「なーんだ、こっちの道でも良かったな」。国道370、国道169(重複区間)と走り繋いで県道39、県道37に入り、吉野山中千本にある宿を目指す。
 宿に着くが山道にへばりつくような位置にあって、駐車場は少し登った別の場所にある。この宿に限らず、周囲の宿は何処も駐車スペース確保に苦心しているようだ。桜のシーズンになると宿代が1万円以上に跳ね上がるそうだが、今回はちらりほらりとほころんでいる程度なので、オフシーズン料金のまま。でも、ここの食事と宿の状態を考えると1万以上というのはボッタクリではないだろうか...???まぁ、少なくとも2度と泊まることはないナー。

 3/27(火)は朝8時に出発し、国道169で大台ケ原へと向かう。トイレ休憩のために道の駅杉の湯川上に寄ると「上北山村方面、崩落のため通行止」という看板が。「えー??でも、地図上ではドライブウェイより向こうだから大丈夫だよ」なんて無邪気な会話をしながら再び走り出したのは良かったが、大迫ダムを超えた辺りで道路は封鎖され、監視員が2人も立っている。しかも「大台ケ原は5月にならんと通れんよ」だって。事前に調べておけば良かったんだが、3月末になっても未だ通行できないとは...知らなかったなー。
 仕方ないのでそのまま引き返し、国道370に入って道の駅宇多路大宇陀で一息入れて針ICへ向かう。針ICの隣は道の駅では最大の規模となる道の駅針T.R.S.があるので寄って和菓子などを仕入れる。国道25をひた走り、東名阪道に入って御在所SAで昼食の後、更に進んで自宅まで戻った。

 「紀伊半島は距離を稼ぐのが難しい」とよく言われるが、実際に走ってみてよく分かった。国道といえども一車線という区間が多いので、対向車を気にしながらスピードを抑え気味に走らなければならない。だから、どうしても時間がかかってしまうのだ。
 今回は変てこな蟇岩も興味深かったが、やはり龍神スカイラインが面白かった。時間が無くて通過するだけとなった高野山も面白そうなので、また機会を見て行って見ようと企んでいる。

立会い(2007/03/24 PM, 土)
 親父が遺して行った土地に隣接する土地を宅地造成するため、土地境界の確認で立会いして欲しいと業者から連絡があり、朝8時過ぎに自宅を出て岡崎市北部へと向かう。相続登記のために2年ほど前に訪ねて以来で、久し振りである。
 現地に着いたのは9:40、ちょうど業者の人も着いたばかりで、約束の10時より少し早めに現地確認の開始となった。

 親父が遺した土地と今回造成する土地の間には小川があり、昔はそこから田畑の水を引いていたという。親父の土地は昔田圃として使っていたが今は荒れ放題で、2m近い草や背の高い潅木などが沢山生えていて、土地に接している林道から小川は見えない。
 急な斜面を降りながら...というよりは滑り落ちながら、何とかかつては田圃として使っていた平面に降り立つ。上の林道から見るよりもはるかに雑草潅木の密度が高く、とてもぢゃないけど藪漕ぎしても歩けるような状態ではない。業者曰く「土手はとてもではないですが歩けるような状態ではありませんので、小川を歩きます」、拙者も後ろから着いて行く。

 距離にすれば30m程度なのだが、小川の流れの中を歩くのはとても大変だ。朽ちて折れた大きな木が行く手を塞いでいたり、水中の岩は苔が生えていて滑り易かったりする。要所要所で業者が用意した土地の図面と見比べながら確認するのだが、色んな枝が小川の上まで密集しているので、図面を広げるのにも一苦労という有様だ。周囲の田畑が使われていた頃はザリガニが沢山居たそうだが、荒れてからは姿を見ないという。
 30分弱で全ての確認作業が終わり、隣の土地との境にある土手まで来ると急に視界が開ける。隣の土地も昔田圃だったが、その後放置されて荒地となりかかっていたのを最近また整備して新たに畑として使っているようで、整備の時に邪魔になる潅木類も全て撤去したらしい。

 隣の土地は周囲をぐるりと細い金属の線で柵が作られている。「何だ、この線は?」とつぶやいたら業者が「これは猪が畑へ荒らしに入れないように感電させて追い払うためのものです」と教えてくれた。話に聞いたことはあるが、実物を眼にするのは初めてである。林道側に黒いボックスが取り付けられたポールが立っていて、そこから2本の裸電線が出ている。ボックスの中には車で使われているのとほぼ同じバッテリーと発振昇圧回路が入っていて、猪が出る時期だけ通電させるんだそうだ。業者曰く「この辺りは山が多いので、猪だけでなく、猿も結構出てきますよ」と。

 宅地造成されると、当然周囲の森林も切り払われてしまう。そうなると猪や猿は生息することが難しくなるだろうが、本当にそれで良いのだろうか...???


耐久テスト?!(2007/03/18 PM, 日)
 先日「天気が良いなー、ちょっくらKTMで走るか」と950Supermotoを引っ張り出して30分ほど近所を流して帰宅、車庫へ仕舞おうと思ったら...アリャっ?...ゲゲッ、トップケースが無いっ!(@@;)どこで落としたんだろう?交通量の多い所だったら、もうバラバラになってるかも?と、やや焦りつつ走ったコースを再び注意深く見回しながらトレースする。
 幸い、自宅近くの木曽川堤防の端に落ちているのを発見、無事連れて帰ることが出来た。

 今日改めて傷をしっかり確認する。見た目は結構大げさな傷で痛々しい。が、中は無傷、傷の一つ一つを見ると決して深くはない。案外丈夫な造りになっているらしい。落とした場所の付近は60km/hから70km/h程度で走っていたが、中が空っぽだった為か軽症で済んだのかも知れない。

 「でもなー、走り出す時にきちんとロックされていたと思うんだけど???」と少々腑に落ちないが、走行中の風圧で落下したということはロックが完全でなかったとしか考えられない。以前にもGiviのケースを使っていたがこのようなことは一度も無かったので、なんだか狐に鼻をつままれたような気分。まぁ、とにかく今後は気を付けるようにしよう。

頭痛の種(2007/03/11 PM, 日)
 今の職場での契約は今月末で終了となり一区切り付くのだが、実際には内々に2年延長のヒソヒソ話があったりして、月末の人事異動発表が正式なものになるということらしい。少なくとも通知が出るまでは正式には「今月限り」に違いない訳で、周囲や出入りする他組織の人達から「来月からどうなるんですか?」という問いに対しては「まー、そのー、何ですわぁ、正式な辞令が出ないとねー」という非常に歯切れの悪い、しかしながら殆どバラシてしまってるかのような返事を返している。(笑)

 さて、最長2年間の延長という前提に立つと、今まで以上に色々な面で難しくなって行くであろうことは簡単に想像が付く...どころか、既に目の前にドドォーーーンッ!と大きく迫って来ている事実がある。こちらを以前から読んで下さっている方々ならもうお分かりと思うが...そう、「年齢がドンドン上がる!」から次期就職活動が自動的に非常に困難な状態になって行くのである。
 単純なSEやプログラマのレベルで転職活動すると、年齢は能率低下の原因だから当然嫌われる...なんて単純な話では済まされないのだ。

 30代半ば以降の年齢で転職するとなると、まず重要視されるのは人間の中身、次に技術力、そして遂行能力である。40代になれば、まず技術面で採用を検討することは無く、人間の中身のみ問われて当然なのだ。何故か?...それは採用する側の立場になって考えてみれば、自ずと答えは出る。
 ぢゃぁ今改めて自分を見つめてみてどうか?...「そんなこと、考えたくも無いわぃっ!」と啖呵切りたいところだが、そうは言っていられない。「ぢゃぁどうすんだよぉ?」と訊かれそうだが、今更ジタバタしても遅いのだよ、残念ながら。(笑)

 今までは「3年の契約期間中にきちんとした成果を出す」だけで良かったし、それのみに集中して来た積りである。勿論、今の職場と契約を交わす時に「後になればなるほど年齢上がっちゃうから大変になるな」という覚悟はしていたから、少なくとも拙者にとっては判り切った話でしかなく、今更始まった「問題」ではない。
 しかし、今度は最長で2年、しかも法律上はそれ以上の延長が禁止されているから、今度は完全に縁が切れる。業界が元気な過渡期なら、過去の実績だけでも結構何とかなったりしたのだが、すでにコンピュータ業界は人材の剰余感と不足感が同居する衰退期に差し掛かっている。等身大の売り込みで相手を納得させるだけのものが無ければ正規採用はあり得ない。実績はちっぽけなオマケに過ぎない。今までの3年と、これからの2年は当然身の振り方も大幅に変わってくる。

 頭では分かっているのだが、なかなか行動に繋がらない。自分自身でもまだ「認知」のレベルに留まってしまっているのだが、もう今から色々と活動し始めなければ手遅れになりかねない。いや、もう遅いのかも知れない。そう思うと、どーも頭が痛いのである。「だったら、とっとと動けば?」と言われてしまいそうだが...(^^;)...(--;)


鼻風邪(2007/03/04 PM, 日)
 1年以上経った今でも瞼の充血が直らず眼科に相変わらず通っていて、そのお陰か昨年は風邪らしきものを殆ど引かなかったように思う。「眼と鼻は繋がってるから、目薬が効いてるんじゃないの?」なんて妻からからかわれていたのだが、ついに風邪を引いてしまった。(--;)

 先週中旬から何となく鼻水が出るようになって「おかしいな」とは思っていたが、月曜になって遂に発病、鼻水が蛇口を捻ったかのように出るわ出るわ、「もういい加減にしてくれーっ!」と叫びたくなる位に出て止まらない。(笑)しかも下痢気味で、かなり辛い状態となった。しかし、生憎色々な会議が詰まっていて休もうにも休めず、鼻炎カプセルを飲んで何とか誤魔化そうとしたが、薬を飲んでもまだ出るのだから始末が悪い。毎日大量のティッシュを消費してしまう。
 今日になって、ようやく鼻炎カプセルで鼻水が止まるようになって少しホッとした。久し振りの風邪で鼻も驚いた?のか、とにかく酷い鼻水で、これほどになるのは生まれて初めてである。
 今年は暖冬で冷え込みの厳しい時期が殆ど無かったが、それでもインフルエンザは猛威を振るっているらしく、息子の通う小学校の高学年は出席率が半分ほどしかないという。幸い、家族にインフルエンザ感染者は居ないが、まだ当分の間は用心が必要だろう。

 しかし、どうして自分の風邪はここまで酷くなったんだろう?...と考えてハタと思い当たる節がある。寒くなってからは本当にバイクに乗っていないのだ。
 以前は厳冬期でも必ず月一回程度は乗っていたので、ある程度の時間寒い環境に体を置く事になり、それなりに寒さに対する対応力みたいなものが付いていたのではないか?と思うのだ。以前にも風邪を何度も引いた年があったが、その時もやはり冬になってバイクに乗らなくなっていた。

 必要以上に体に負荷をかけるのは良くないとは思うが、暖房のある部屋にばかり居るというのも問題だという気がする。これからはもう少しバイクに乗る時間を増やそう。


営業マン(2007/02/25 PM, 日)
 職場には色々な営業マンがやって来るので時々カラカッているのだが、先日来たある業者の営業マンと話しているうちに、少々驚くことがあった。

 その営業マンの話によると、社内で階層別に教育があるというのは決して珍しくは無いが、その教育は社長交代の影響で外資系の会社が講師を務めるようになり、トップセールスを基本とするスタイルで教育を行っているという。
# 鋭い人なら、これだけでどこが教育を請け負っているか判っちゃう筈。
しかし、その会社では長らく担当ベースで話を膨らませて契約に結びつけるスタイルの営業をしてきたので「教育を受けさせて貰えるのはとても嬉しいんですが、スタイルが違い過ぎて当社に当て嵌めるには難しいのではないかと思うんです...」というのが本音だそう。確かに、その業者の技術力を鑑みれば大規模なシステムを受注してしまうと恐らく収拾が付かないだろうから、トップセールスは得策ではないのかもしれない。
 更に話を色々と聴いていくと、営業マンへの教育は資質教育めいたものばかりで、実際に役立った!と感じるような教育はまず無いらしい。まぁ、どこでも「営業とは何か」から始まって、顧客との関係や利益の考え方などを中心に展開していくだろうから、教育の内容を実践に活かそうと思うとかなりの努力と試行錯誤が必要だ。

 話を更に進めて拙者から「ぢゃぁ営業として何処から始めるの?」とかなり意地悪い質問をしてみたら、案の定「そりゃ各システムを担当されている部署へ足を運びます」という模範的な回答が返ってきた。拙者は深く同意すると共に、「こりゃこの業者は大変だなー」と直感した。
 そこで「要はお金の入り口というか、話の入り口から取り掛かってるんだよねぇ?!だったら、お金の出口、例えば会計部門などから攻めるということはしないの?」と聞いてみたら「エェッ?...そんな発想は今までした事無いです。思い付きもしませんでした」とあっけに取られた様子。それを見た拙者もあっけに取られて絶句。(笑)

 高度経済成長期に現役時代を過ごした管理職が居る組織で営業を育てると、大体がこの営業マンのような感じになることが多い。極端な話「売り込み方」を知らないのだ。これは営業マンたちを指導している管理職自身が、まともに売り込まなくても売れたという過去の遺物を未だに引き摺ってて、どう指導してよいのかわからないのではないだろうか。
 拙者は業者へのコンサルティングを仕事にしている訳では無いから、それ以上のことはあえて何も言わなかったし、ここに書くこともしないが、正直言って「この業者はいずれジリ貧になっていくだろうなー」と思う。「ジリ貧」とは、勿論営業面だけでなく技術面も含めて、の話である。

 「システム・エンジニア」という職業は、システムは最終的には人間が使う為に、人間個々の能力とか、組織の構成や力といったものを無視して仕事を進めることの出来ない、因果な商売である。だから、本人の好む・好まないに関わらず、どうしても人間が集まるとどうなるかを考えなければならない。だから、嫌でも人間や組織を直視しなければならない。そんなことを長年続けて来たせいか、ついつい組織や人の話になると色々と細かい話まで訊いてしまうのである。悪い癖だなぁ...


あたふた(2007/02/18 PM, 日)
 今日は月刊BikeGuideのキャッチインライダーZ開催日だったが、明け方はまだ雨がザーザー降っていたので「こりゃ今日はアカンわ」と思いっきり寝てしまい、意識が回復したのは9時過ぎ。(笑)この時間でも行こうと思えば行けたが、路面がタップリ濡れていたので泥跳ねが凄いだろうと思ったのと、昨日の深夜終了したオークション出品が思いのほか落札されたので梱包準備が必要となり、結局バイクは冬眠したままとなってしまった。

 このところユーロが高値安定のままなので、専らオークション類は国内でやっているが、利用者が増えたせいか思いも寄らぬ高額で落札されることもしばしば。特に自分が落札したいものが、どういう訳かやたらめったら値が上がってしまうので非常に嬉しくないのだ。お陰で最近は落札するよりも出品する方が増えつつある。
 そのお陰で、自分の部屋のかなりの面積を占有している段ボール箱達が一時期に比べて1/3程に減った。だからこそ前回ここに書いたように整理できる状態にもなったと云える。(笑)
 しかし、ダンボールの在庫が減るということは、ちょうど良いサイズの在庫が無いということも発生するので、大きな箱を小さく作り変えたりすることもある。逆に小さい箱を幾ら継ぎ足しても大きな箱としては強度的に使えない。
 今日も「落札されたは良いけれど、どうやって梱包すれば良いのやら」と思い悩むものが出てしまった。旧システムで使っていた小ぶりな3Wayスピーカのセットである。

 小ぶりとは云っても重量は25kg程有ってサイズも小型防湿庫2個分程度の大きさがある。流石にこれだけ大きなものが入る段ボール箱は無いし、仮に箱があったとしても緩衝材をどうするか、非常に悩ましい。「うーん...段ボール箱はどっかから調達するにしても、緩衝材って新聞丸めるだけぢゃ重量に負けちゃうだろうなー」なんて考え込んでいたら、幸い落札者から「近くまで行く都合があるので、序でに受け取りますから、梱包の必要は無いです」と連絡があり、「おぉ、コレは神の救いぞ!」(大袈裟な...因みに拙者はキリスト教徒ではありません(^^;)、とっても助かった。(笑)

 スピーカ以外にも、今回は結構大きなサイズのものが落札されたので、箱の吟味やら緩衝材の使い分けやらで、結局今日も一日終わってしまった。(笑)最近こんなのばっかしだなー。(--;)


3連休(2007/02/12 PM, 月)
 今日が3連休の最終日、結局自宅でガサゴソやっているうちに過ぎてしまった。(笑)どうもこのところ時間が足りなくて困るのだ。

 自分の部屋にサブでオーディオを設置しようとスピーカやアンプを調達したまでは良かったのだが、思うように部屋のスペースが空かず、機材を設置できない状態がもう数ヶ月続いている。今日の時点で仮設置までよやく漕ぎ着けたが、まだまだ前途多難である。
 最も場所を塞いでいるのが「ダンボール類」と「各種雑誌」、その次に「カメラ機材」である。今まで随分と処分したが、それでもまだまだ色々と残っていて部屋の3分の1の面積を占めている。
 押入れはアーミーグッズ、各種機材の空箱、ギター類でほぼ満員だが、「この場所も整理しなけりゃ、いつまで経っても片付かんなー」と一念発起、東ドイツ軍関係のものをオークションなどで処分し始めた。また、出番の少ないカメラ機材も併せて処分する積りである。苦労して集めたものばかりだが、置く場所が確保できない以上は仕方あるまい。それにオークションで色々と処分すれば、ダンボール類も梱包に使って減っていくので一石二鳥。(笑)

 片付けていると、以前にいくら探しても見つからなかったものが次々と出て感慨?に耽ったり、読みかけの雑誌に眼が留まって記事を読んでると知らないうちに時間が経ってしまったり、と作業が中断脱線してしまうことが多く、遅々として進まない。(笑)が、それでも昨年末の頃と比べれば大幅に綺麗になってきた。この具合では、部屋の整理が完成するのは5月連休明けあたり...までに片付けば良いかなー。(爆)

 昨年の晩秋頃から、土日はひたすら自宅の片付けばかりしているので、いつもの年に比べてフィルムの消費量が極端に少ない。家族は「どっか行きたいよー」と毎週ブーたれるが、「ぢゃぁどこ行くの?」と問い質すと「そりゃーどっか良い所」としか言わず、埒が明かない。要するに「貴方任せで全部お膳立てされた状態で何処かへ行きたい」のだ。
 平凡な毎日を送ってて、たまには何処かへ行きたくなるのは判る。が、今年は暖冬とは云え、風光明媚な所は山地で雪や凍結の心配があって、行き先の選択が難しいという問題もあり、結局何処へも行かないままとなっている。
 しかし、全く行かないままでは写真展に出すネタに困ってしまう危険性もあるので、そろそろ何処かへ行くことを考えねば、とも思う。さて、何処へ行こうかな...

AIDMAとAIDEES(2007/01/28 PM, 日)
 このサイトに自分で撮影したポジを時々出すが、そのポジの読み取りに使っているスキャナは古くなってきたせいか、稀にストライキを起こすようになった。「かなり古いから、買い替えを考えるべきかな?このスキャナと一緒に買ったプリンタも、序でに同時更新かなぁ...どうせなら、一体化した複合タイプの方が場所取らなくて良いなー」。
 まだ自分の中でも買い替えを決めた訳ではなく、「何となくそろそろ考えなきゃならんわな」という煮え切らない状態だが、購入に備えて念の為にキヤノンとエプソンのサイトを探る。拙者の場合、フィルムは圧倒的にブローニー判が多いけど、その辺が怪しいので、所謂「さぽぉとせんたぁ」とやらへ電話で問い合わせた。
# そういえば、ここ数年バイテン(8x10)やシノゴ(4x5)は全然使ってないナ...

 結果は、キヤノンもエプソンも「正規の使い方では対応できません」という、至極当たり前の返事。そこで、あえて意地悪な質問をふっかける。
 「そんなことはサイト上の情報で十分判っています。変則的な使い方になりますが、例えば小さなサイズの内蔵フィルム用光源の代わりに市販ライトボックスを使って、ブローニーやシートフィルムをポジ画像としてスキャン出来ませんか?35mmフィルムをスキャンして取り込めむのはハード側処理でなくドライバ側でソフトで実装しているから、ドライバ側処理で35mmフレームを切り出すんぢゃなくてスキャンした画像をそのまま取り込めるようにするだけで十分なんですけど。補正やら何やらは後工程の画像処理ソフトでどうにでもなりますから」と。

 エプソンの返事は「正規の使い方以外の保証は一切出来ません。お客様が実際の製品で試していただく以外ありません。」の一点張り。何を云っても同じことの繰り返し。要するに「お前が買って試せば良いだろーっ!」ってことかい。買う前の問い合わせをしてきた客にいきなり「買え」と説明するなんて、一体どういう了見だ?
 キヤノンの返事は「正規の使い方でない為、こちらでは残念ながら確認できませんのでお答えできません。元々オールインワンの機種は家庭での一般的な用途に限定した想定で製品化されているので、写真を趣味とされる方々を考慮していないと思われますが、フィルム撮影を楽しまれる方はブローニーのスキャンの方が需要は多いということも考えられますので、技術側へはそういった要望がお客様から出ていることをお伝えします」だそうな。

 ぢつは、まだ某メーカ在籍中、泥沼プロジェクトの火消し(救済)に借り出された時、某有名企業のサポートセンターに思いっきり関係するシステムの開発にどっぷり浸かったし、知り合いがサポートセンター関係の仕事をしていたこともあって、メーカ系SEでも殆ど知らないサポートセンター・コールセンターの裏事情までしっかり知っていたりするのだ。だから、サポートセンターに電話する時は、相手の弱みに付け込んだ上で話を進める。我ながら「ホント、嫌な奴」だねー。(笑)勿論最後は丁寧に礼を述べることを忘れてはいけない。相手だって仕事であって、好き好んで趣味で対応している訳ぢゃないからネ。

 だから、サポートセンター側の出方は全て想定の範囲内です。(笑)「だったら何で電話するんだ?」と思うでしょうけど、まぁ、それは、その、「仰る通り」です、ハイ。(爆)強いて言えば「念の為の確認」ですかねー。(^^;
# 本当は色々あるけど、業界内に閉じ込めるべき話なので、これ以上触れません。

 拙者としては、当然キヤノンは好印象。エプソンは「買う前に問い合わせてるのに、買って試せっつーのはどういう積りなんだ?」と劣悪な印象。恐らくエプソンだって、少なくとも営業サイドには拙者のような問い合わせも報告されるんだろうけど、対応の仕方に「大いに問題あり」だなー。こんな調子ぢゃ、更に客を失うぜ。

 企業の思想は当然サポートセンターで仕事する人達にも一応周知され(本当にそうなのかどうかは別の話、これ以上はあえて言及しませんぜ)、実際の会話にそういうのが滲み出て来たりするんだなー。少なくともエプソン(厳密にはエプソンのサポートセンターか?)に対しては「AIDEES」という言葉は時期尚早らしい。大丈夫かナー???
# AIDMAやAIDEESについては、ここではあえて触れません。

 因みに、エプソンのプリンタを業務上で使う場面があったんだけど、その時のエプソン側の対応が「何ぢゃこいつら???」で、障害の度に「原因不明です」という報告で閉口したことがある。システムが不具合を起こすのには、必ず原因がある。でも、一々クライアントに説明するのが面倒だから「機器の相性です」とか「仕様通りですが原因不明です」という報告をするというのは、実は結構どこでもやってるんだよな、これが。場合によっては本当に原因が分からないよーに見えることもあるんだけど、それは単に調査が足りないだけか、或いは調査にかける工数が足りないだけだったりする。

 拙者としては、単に製品の機能を念の為にちょびっと確認したかっただけなんですけど、何か変な方向に走っちゃったって感じ。(笑)こりゃしばらく現状維持かなぁ...


愛知県安城市(2007/01/21 PM, 日)
 昨日、月刊バイクガイドの恒例イベント「キャッチインライダーズ」に参加するため、朝8時半頃自宅を出た。目指すは安城市にある道の駅「デンパーク」である。

 もっと早く起きて出発する筈だったが眠さには勝てず(笑)、時間短縮のために一宮ICから名神東名高速を使って一気に豊田ICへ行ったまでは良かった。が、ICを降りて地図を確認してから一般道を進むが、一向にそれらしい看板が出てこない。「おかしいなー、そろそろ右折しないといけないんだが」と思いつつも進む。更に走っても一向に看板が無いので、「えぇい、こうなったら適当に走るゾ」と、とりあえず右折した。
 しばらくすると「安城==>」という看板が見えてきたので、それに従って進む。が、どうも様子がおかしい。必要以上に西方向へ進んでいるような気がする。地図はウエストバッグの中で、すぐ出して見る訳にも行かず、「どこかで一旦止めて地図を見よう」と思ったら、バイクの集団がかなり前方に走っているのが見えてきた。「おぉ、多分同じところへ行く集団だろうから、後を付いていこう」とその集団を追う。

 しばらく走ったら、なんと、前方の集団が2つに別れて別々の方向へ走り去ってしまう。しかも、その方向はどちらも、どう考えても安城市から遠ざかる。「ありゃりゃ?無関係だったか」と気が付き、すぐにバイクを路肩に止めて、地図と睨めっこ。「ゲゲッ、随分と西側を走ってるなぁ」。思っていたよりも随分と西寄りの道を走っていた。軌道修正すべく、まずは新幹線の三河安城駅を目安にして走り出す。
 駅の周辺は凄まじいばかりの高層団地群が密集しているが、少し離れると閑散とした町並みになり、更に進むと家の塊と次の塊の間は全て田圃という、いかにも「地方」の風景となる。県道に出ている「デンパーク==>」の案内表示に沿って走り、予定よりも少々遅い11時半少し前に到着。前日e-mailで「デンパークへ行きます」と連絡してきた、前職の部下U君を探すが、姿は見えない。どうやら未だ着いていないようだ。
 その代わり、同じKTM950Supermotoのブラックヴァージョンに乗る方としばし談笑。このバイクは台数が少ないので、同じバイクに乗っている人と知り合えるのは嬉しい。

 10分ほどしてU君登場。彼曰く、乗ってきたXRモータードは「鈴鹿(サーキット)で遊ぶためのバイクです」というが、タイヤの端までしっかり使い切っているし、ステップは下側が擦れてるし、マフラーにもかなり手を入れているし、どう見てもそれなりに走っているようにしか見えない。(笑)普段は鈴鹿をCBR600RRのTSRフルチューン仕様で攻めている彼には「お遊び」レベルなのかも知れないが、レースとは無縁な拙者には十分「本気」に見える。
 U君は「このバイクはもう2−3年経って、交換部品が増えてきて維持が一寸大変になってきているんです」と言うのだが、拙者の目では新車同様にしか見えない。アマチュアと云えども流石レーサー、バイクの手入れも超一流である。

 U君が語る職場のその後は、拙者が事前に想定したそのものズバリ、であった。そうなると、今後どうして行くのか、かなり難しいであろうことは間単に想像が付く。U君自身はまだ若いこともあって余り気にはしていない様子だったが、そろそろ自分のこれからについて考えを持たなければならない時期に差し掛かっていることを考えると、今の職場にそのまま残るのなら、自分のレールをどうやって敷くのか、そしてどうやってそれを守りながら走っていくのかを考えねばならぬ。職場を変えるのなら、自分の進む方向を見定めつつ職場を渡り歩くのか、自分の納得できる職場をじっくり探すのか、当面の生活費を稼ぐだけにとどめるのか、...いずれにせよ、それなりの決断が必要となる。
 昼食を食べながら色々と現状について話を聞き、出来る限りのアドヴァイスをして、帰宅する国道の途中で手を振って別れた。

 本来なら、拙者の在職中にきちんと指導すべき話なのだが、度重なる徹夜と長時間残業で体力的に勤務継続が困難な状態となってしまい、彼に十分な世話をしないまま退職せざるを得なかった。こうして、たまに顔を合わせた時に細かい話も聞いて拙者で出来る精一杯の話をするのが、せめてもの罪滅ぼしだと考えている。


片付かない(2007/01/14 PM, 日)
 既に年が明けて2週間となるが、年末年始も含めて何かと忙しい状態が続いている。昨日は、写真展に出品する為、半切に延ばした写真の額装や搬入などで潰れてしまった。今日は休日なのに「管理職のみ出勤」。そのお陰?で、未だに自分の部屋の片付けが終わらない状態にある。

 オーディオルームにする積りだった部屋を息子の勉強部屋に取られ、仕方なく自分の部屋に小規模なセットを置くことにしたのだが、部屋にスピーカを運んでみると案外大きいことに気が付いた。(笑)仮設置で梱包を解いていないのだが、部屋の北側に置くと窓に近寄れなくなりそう。(笑)しかし、他に置く場所が無いので、部屋に風を通す時には苦労して北側の窓を開ける羽目になりそうだ。
 機材で設置をしたのはこのスピーカだけ、アンプやCDプレーヤは未だダンボールの中である。未だスピーカケーブルを調達しなければならないので、当分はこのままとなりそうだ。いつになったら音楽をまともに聴けるのやら。(笑)

 さて、部屋の南側を見ると...いや、本当は目を向けたくないのだ。何故なら色んなものが山積のままだから。(笑)特に積んである本の行き場が無い。本棚は既に一杯でこれ以上は入らないし、そうかといってこのまま放置すれば日光などで痛んでしまうし...頭の痛い話である。皆さんはどうやって解決しているのかなぁ?

 本来ならば、NECを辞めた連中で新年会をやる時期なのだが、今年は拙者が異様に忙しい為、音頭取りどころか声を上げることすら出来ない状態となってしまっている。別に拙者が仕切る必要は無いんだけど、毎回拙者が幹事みたいなことをやってて、それが定着してしまっている。来月は撮影会の準備もしなきゃならんけど、撮影場所をどこにするか、遠方から来られる方々は宿を探すのか日帰りで予定を組むのか...これからもしばらくは忙しい状態が続きそうだ。トホホ...(笑)

この一年(2006/12/31 PM, 日)
 今年は何故か12月に入って異様に忙しく、何度か無理して休暇を取得したもののそれでも時間が足りず、昨日まで年賀状の印刷にかかりっきりになっていた。今日になってやっと自分の部屋の片付けを始めたが、未だ5分の1程が終わっただけで年内完了はほぼ不可能ということが明らかになりつつある。(笑)
 年末年始なんて拙者にとって普通の日と何も変わらない。一寸休みが続くだけである。年末年始も宗教も人間が勝手に作った一里塚に過ぎないのだが、何故か周りは正月だの年末だのと騒いでいる。毎年繰り返される不思議な風景である。
 この1年、相も変わらず色々なことがあった。

 まず趣味について振り返って見よう。始めにバイク関係から。
 今年は何故か土日に色々な行事が入り、しかも天気が悪いことが多かったため、バイクに乗る時間は昨年以上に少なかった。ZZR1400は発売と同時に大人気、発注しても1年以上待たされる状態で、「たまにはインラインフォー以外を」と2気筒のバイクを中心に買い替えを検討し始め、8月下旬に「ZZR1100とDuke2を下取りに出してKTM Supermoto950に乗り換え」という結論を出した。外車故にシート高が高く短足の拙者には足付きに苦労するが、車高を下げると乗り味も変わってしまうので、当面はこのまま乗る予定。年末直前に慣らし運転が完了したので、本領発揮はこれからだ。
 本当は、親父の残した土地の見回りにオフロードも必要なのだが、金銭的に苦しい上に駐車スペースを確保できず、これは懸案事項として残ったままだ。

 オーディオは、昨年入手しておいたCanterbury15/HEに、FlyingMoleのデジタルアンプCA-S3を組み合わせた。小さなアンプの割にはきちんとした音になるものの、低音域が弱くて曖昧な表現になる。やはりスピーカ駆動力不足は否めない。スピーカのエッジも裂けたりしているのでメンテナンスをしなければならないのだが、このオーディオセットが置いてある部屋が息子の勉強部屋に取られてしまったんで、当分このままの状態にしておく積りだ。
 その代わり、2階の自室に小規模のオーディオセットを導入することを考え、スピーカとアンプとCDプレーヤは中古を調達済だが、肝心なケーブル類が全く無い。(笑)セッティングをするには、まず自分の部屋を片付けねばならぬが、コレがまた非常に手強いシロモノなのであーる。(爆)この調子だと、オーディオとして完成を見るのは春の陽気になってからだろう。(笑)

 カメラ関係は相変わらす色々と出入りの激しい年であった。
 一昨年にHasselbladを全て手放したので、鮨詰めにすれば防湿庫に一応全部の機材が入るようになった。が、中判のメイン機種であるRollei SL66SEが撮影会初日に動かなくなる現象に見舞われてしまった。今回の修理では部品交換は必要なかったので良かったが、このカメラは既に部品在庫が払底しており、いつまで使い続けられるか不透明な情勢にある。また、SL66SEは多機能故にHasselbladよりも重く嵩張り、徒歩で歩き回る撮影会だと結構辛い。そんなことから再びHasselblad一式を改めて揃える羽目になった。(笑)
 Hasselbladのお陰で再び防湿庫がオーバーフロー、「もうこうなったら仕方ない」と一番小さな防湿庫を買い足した。そのお陰で、かなり余裕があって、目的のカメラを取り出すのにやたらと時間がかかるということは無くなった。(笑)

 音楽機材も相変わず増え続けている。
 ギターは弾けないのだが、どういう訳か高校時代に現役だったギター類が欲しくなり、現時点で7本のエレキギターが手元にある。(笑)これだけの本数が集まるとそれぞれの良さ悪さが分かるようになってくる。そうなると、「もっと良いギターを」となってしまい、更なる悪循環に突入して行くのであーる。(笑)
 12月になって手に入れたGibsonのLesPaulとAriaのLesPaulコピーモデルは非常に出来が良く、手元で永久保存となることが確定しそう。置く場所の確保が難しいので、その2本以外はいずれ売却することになるだろうが、当分の間は手元に置いて遊んで見ようと考えている。
 録音機材はカセット式のマルチレコーダしか無いが、色々考えた末、このままで行こうと決めた。新しい機材は確かに魅力的だが、まずはアナログでノイズを抑えながら録音することをタップリ体験すべきと考えたのだ。

 次は自分の体調について。
 今年はどういう訳か公私に渡って忙しい日が続いたせいか、体重が3kgほど減った。食べる量を少し意識して抑えてはいるが、それだけではこれほど体重は落ちないから、どこかで体に負担をかけているらしい。
 痔の方は、昨年の手術以来数回出血らしきものがあったが、今は全く問題無い。どうやら飲み会の翌日に出血しがちということが段々と分かってきたので、余り多く呑み過ぎないように注意していれば大丈夫なようだ。

 最後に、メシの種である仕事について。
 3年契約だが、いよいよ残すところ数ヶ月となった。その後どうなるかは未定だが、職場に不穏な動きが一部にあるようだ。
 3年近く経って、組織全体がかなり分かるようになった...が、ここではあえて何も書かない。組織の中で安穏としていられる人達と、修羅場を潜って来た人間とでは、考え方から何から全てが違って当たり前。拙者の場合、所詮は「日雇い鉛筆土方」でしかないので、自分に課せられた仕事を淡々とこなすだけである。プロである以上、収入に対する責任は持つが、それ以上を要求されても一切応じない。勿論、これは今後も変わらないのである。

 このサイトを開設して早9年目となった。更新回数の少なさのせいか、アクセス数は以前の半分にも満たない状態になっているが、それはそれで良いと思う。「見たい」と思って下さる方々が「見たい」と思った時に見て頂ければ、拙者はそれで十分満足である。
 今後も無理しない範囲でボチボチと更新して行く予定なので、来年も何卒宜しゅう。

 今時計を見たら既に21時を回っている。今年も残すところ数時間となった...全然実感が湧かないけどネ...

忙しい休日(2006/12/17 PM, 日)
 昨日12/16(土)は忙しいというか、気忙しい一日だった。

 バイクガイドのCatch In RiderZに参加するため、朝8時半頃自宅を出て一宮ICから東名高速に入り、一気に走って浜松ICへ。ICを降りて国道1号に入るが、何故だか解らないけど相当酷い渋滞に出くわす。国道150に入っても渋滞気味で、950Supermotoの冷却ファンはずっと回りっ放し。天竜川を越えるには有料の橋を除くと3箇所の橋しかないので交通が集中し、それで渋滞するらしい。

 会場の竜洋海洋公園に到着したのは11時半近くだった。すぐ近くにSuzukiの竜洋サーキットがある。
 出来れば、砂丘とか自衛隊広報館とか、その他色々行きたい所が沢山あったのだけど、色々とやらねばならぬことが目白押しなので、後ろ髪を引かれる思いで、公園を後にした。行きの渋滞に辟易としてしまったので、帰りはわざと県道を走り繋いで浜松ICへ向かう。国道と違ってこちらは実に快適に走り、行きの半分近くの時間でICに到着、そこからは真っ直ぐ自宅に戻った。

 自宅には14時少し前に到着、早速自分の部屋の整理に取り掛かった。どういう訳か、このところオークションで1970年代後半から1980年代前半の国産エレキギターばかりを続けざまに落札してしまい、ダンボールやら梱包材やらで収拾がつかないほど散らかってしまい、足の踏み場にも困るほどになっていたのだ。自分では気が付かないものの、案外ストレスを溜め込んで、それがギター購入に走らせたのかも知れない。

 部屋の床が少し見え始めた頃には既に16時近く、「もう出かけなきゃ」と車に乗り込んでJR尾張一宮駅へと妻に送って貰う。次は名古屋・栄で、前の職場のバイク好きが集まって忘年会なのだ。
 順調にJRと地下鉄の乗り継いで栄に着いたら少し時間が早かったので、トップカメラに寄って中古カメラのフロアを覘き、OP/TECH USAストラップ用のコネクタ類を買い込んでから会場へ向かった。

 ネット上で会場の場所を調べてあったのだが、店の看板すら見つけることが出来ず、周辺をあちこち探し回った。(笑)「おかしいなぁ、この辺りの筈だけど?」と思いながら、再度調べた場所に行くと8人ほどの塊を発見。恐る恐る「あのー、TCSの方ですか?」と声をかけたら「ハイ、そうですよ」という返事、目出度く合流することが出来た。
 実は、前の職場の忘年会とは云うものの、メーリングリストで会話はしていても実際に顔を合わせたことは無く、拙者の在職中に同じ部署だったのは一人だけで他は全て初対面なのだ。(笑)今まで月一回のツーリングがあったのだが、どういう訳か仕事の都合と見事にバッティングして一度も参加できなかったので、今まで顔を合わせる機会が無かったのだ。

 17時半の店の開店を待って総勢17名の宴会開始、皆さん大人しくて良い人ばかりだ。バイク乗りって不思議と大人しい人が多いんだよねぇ。
 呑んで食ってしゃべって、の楽しい時間はあっと言う間に過ぎ去り、20時過ぎに一旦お開きとなった。半数弱はそのまま「オカマバー」なる場所を探検すべく出発、残りはそのまま帰宅コースへ。拙者は堅実?に帰宅コースを選んだ。JR名古屋駅で自宅へ「尾張一宮まで迎えに来てちょ」と電話を入れた。飲酒運転で捕まりたくないからネ。

 自宅には21時過ぎに到着、ほんの30分ほどだけ自室の片付けの続きをしてから布団に潜り込んだ。久しぶりに沢山呑んだせいか、日付が変わってもまだ体が火照って布団を蹴飛ばし、一寸すると冷えて布団を引き寄せて、を散々繰り返した。記憶が途切れたのは朝4時頃以降で、グッスリ眠れる...と良いんだけど、夜が明けて明るくなってくると自動的に目が覚めてしまった。(笑)目が覚める位だから疲れは取れているのかも知れないけれど、心理的にはちょっと疲れたかも。(笑)


免許更新(2006/12/10 PM, 日)
 12/08(金)は休暇を取って免許更新に行って来た。
 免許更新のお知らせハガキは2ヶ月以上前に来ていたのだが、どういう訳か平日休日ともに忙しくて時間が全く取れず、免許失効寸前になってしまったので行かない訳には行かず、やや強引に仕事を休んで名古屋市の東にある平針運転免許試験場へ足を運んだ。

 ハガキによると受付が9時となっているので「朝7時過ぎに出れば良いかな」と思い、7時10分ごろに自宅を出て東名高速の小牧ICへ向かった。が、どの道も通勤による渋滞で遅々として進まない。国道155を走ったが、特に江南市街の名鉄犬山線踏切を超えたら全く進まなくなってしまった。「こりゃ参ったなー、午前中に免許更新を片付けたいのにぃ!」。10分近く経っても動く気配が無いので、カーナビを見ながら裏道を進んだ。
 Carrera4に今までカーナビは無かったが、地図だけでは難しい場面に何度か出くわしたこともあって、バイクと共用できるGPSのみで位置を表示するハンディタイプを購入してあった。今回は良く知っている所なので本来カーナビは不要なのだが、出掛けに「何となく」付けようと思って付けていったのだが、大正解だった。拙者って実は予知能力があるのかしらん?(笑)

 カーナビのお陰で渋滞を回避して小牧ICへすんなり到着、突っ走って名古屋ICから再び一般道へ降りた。地下鉄平針駅周辺が混雑したが、それ以外は順調に進んで8時50分に試験場に着いた。既に駐車場は大半が埋まっていたが、それでもまだ少しは余裕があって、建物のすぐそばに車を止められた。これが日曜だと、建物から遠く離れた場所でも駐車スペースが無くて苦労する。前回それで懲りたので、今回はあえて平日に来たのだ。

 建物に入って手続きを済ませ、講習開始を待つ。平日だと云うのにかなりの人出で、用意されている椅子は満席、それでも座り切れない人達が通路に溢れていた。
9時20分に係員の誘導で教室に入り、途中10分弱のトイレ休憩を挟んだ2時間タップリの講義を受けた。「エッ?2時間???」...そう、違反講習を受けたのだ。(汗)優良者、言い換えるとゴールド免許の人は30分のビデオを見てお仕舞いだが、拙者の場合は厄年の昨年と後厄の今年にそれぞれ1回づつ違反を取られてしまった。だから違反講習受講となり、有効期間は3年に短縮され、免許証の色は青。何ともブルーな気分である...

 時間通り11時20分に講習終了、そのまま真っ直ぐ帰り、自宅に着いたのは13時少し前。やはり朝の通勤時間帯よりも昼間の方が時間がかからない。

 2時間の講習でくたびれたのか、午後はコタツの中で夕方まで居眠りしてしまった。(笑)あーあ、折角の休みの日なのにぃ...。(笑)


それがその...(2006/12/03 PM, 日)
 このサイトは大体毎週日曜を目処に更新するようにしているのだが、平凡な生活を送っていると書く内容に困ることが多い。某氏に誘われてMixiにも顔を出しているが、こちらも殆ど開店休業状態だったりするのだ。(笑)

 さて、以前から自室用オーディオを作り上げようと企んで、中古ながらもスピーカとアンプの調達までは完了したので「そろそろ部屋のレイアウトを変えてオーディオの置く場所を作ろう」と、昨日から徐々に室内を片付け始めたが、ちっとも埒が明かない。(笑)厄介なのが積まれたままの書籍類で、「いつか読もう」と思いつつ未だに読んでいないものばかりだ。こういうのを「積読」って云うんだろうな、きっと。(爆)
 他にも嵩張っているのはダンボールの小箱類だ。以前思い切ってHasselblad一式を手放したのだが、その後考えが変わって再び必要最低限の機材をオークションや通販で調達しているのと、他にも色々と小物の売り買いを繰り返しているので、気が付かないうちに箱が溜まってしまった。(^^;)
 何とかスピーカの置く場所だけは確保したが、それ以外はまだグチャグチャなまま。妻も「よくもまぁこれだけ散らけたねー」と呆れ顔。更に、未だ梱包されたままのスピーカを置いてから「ゲッ、しまった」と気が付いた。

 自宅の北隣は長い間空き地となっていたが、家が二軒建ったらすぐに売れたようで、既に一軒には入居している。お隣の二階から自分の部屋が丸見えになるので「何か目隠しせにゃーな」と思って目隠しシートをわざわざ買ってきたのに、張るのを忘れていたのだ。手前にスピーカなんぞを置いてしまったので、ガラスにシートを張るのが及び腰になってしまって非常にやり難い。(笑)

 辛うじて目隠しシートは全部張り終えたが、結局部屋の配置換えは中途半端な状態で一時中断、続きは今度の土日だなー。
 まだCDプレーヤとスピーカ・ケーブルが未調達だけど、他にも欲しいものが一杯ある。例えば、Hasselbladは肝心なボディが未調達なままだし、拙者がバンド活動し始めた頃のエレキギター類がオールド化して結構良い鳴りになってきているそうなので、そういったギター類も手に入れたいし、アンプシミュレータも欲しいし、バイクの冬用ジャケットもかなり古びてきてそろそろ新調したいし...こりゃーまずは貯金が先かなー?(笑)


職場旅行(2006/11/26 PM, 日)
 やや旧聞となるが、11/18(土)と11/19の一泊で出かけた職場の旅行について書いてみようと思う。

 はっきり言って、拙者は職場の旅行は「大嫌い」である。貴重な土日を潰されるのは迷惑千万、犯罪行為でしかない。参加を強制すれば動労基準法違反であるが、昇進に差し障るかも知れないという不安感から誰も言い出せずに居る。毎日顔を合わせてるんだから、わざわざ休みの日を使ってまでして付き合わされなければならない理由なんて無い!と思うからである。どうしても行きたいんだったら、行きたい連中だけで行けば済む話ではないか。職場によっては「より深いコミュニケーションを」なんてトイレ臭のキツイお題目を掲げているらしいが、毎日一緒に仕事してるんだから、それ以上のコミュニケーションは必要無い!のだ。

 NECソフトウェア中部(正式名称は中部日本電気ソフトウェア株式会社だとさ)在籍中、新たに作られた「オープンシステム部」という意味不明な名称を持つ部の旅行の幹事をやらされることになった時、内心「よっし!潰してやろう」と誓い、結果としては思い通り部の旅行を叩き潰して翌年以降も開催しないように仕向けることに成功した。その後、退職するまで部や課で行く旅行には参加したことが無い。
 NECを退職して行った外資系も、その次のトヨタ自動車系も、拙者の入社時には既に課や部の旅行は廃止されていた。拙者にとって、職場旅行は既に遠い過去の記憶でしかなかったのである。

 ところが、現在の職場は今までの職場とは大きく違い、「職場旅行は当たり前」なのだそう。(笑)しかも、今の職場は女性が居ないので、泊まりの宴会にはコンパニオンも呼んでしまうという有様である。(爆)旅行は贅沢で、年に一度「職場の旅行だから」と家族に言い訳してやっと行けるという、昭和30年代までのシキタリを未だに引きずっている?

 今回は観光コース設定を旅行業者に依頼したとかで、移動はレンタカーのワンボックスなのに、パックツアー同様土産物屋に必ず寄って、妙にお値段の張る有名らしい旅館で宿泊兼宴会というコースが組んであった。同じ費用かけるんだったら、自分がコースを組むんだったら、もっと違うコース設定するのになー。(--;)

 11/18は8時50分にJR尾張一宮駅へ集合、高速道を使って掛川城,お茶の工場兼土産物屋,うなぎパイの工場兼土産物屋を見て、舘山寺のでっかい旅館に泊まった。
 翌日は朝から浜名湖の遊覧船に乗り、航空自衛隊広報館で見学後、何故か舘山寺に戻って昼食兼土産物屋、次はミカン狩り兼土産物屋の予定だったが雨でミカン狩りは取りやめ、そのままJR尾張一宮駅まで帰った。

 あちこちを見て回るので面白いのだが、私服とはいえ職場がそのまま移動してて仕事していないだけだから、何とも変な感じである。航空自衛隊広報館は時間が短過ぎて全部を回れず、「また家族で来よう」と思ったが、それ以外の所はあえて家族で行こうという気にはならないナー。


Rollei35オフ会(続編)(2006/11/12 PM, 日)
 さて、今回は10/28-29に行われたオフ会の後半をお伝えしよう。

 10/29朝7時に目が覚める。「頭痛ぇー」と二日酔いの様相を呈する方も居たが、拙者は表面上極めて普通だった。が、8時半に朝食となって、ここで初めて自分もかなり酷い二日酔いになっていることを自覚する。辛うじてお味噌汁を飲み干すのが精一杯なのだ。(笑)幸い頭痛はしないが、やはり胃腸の調子が良くない。
 結局朝はお味噌汁だけで切り上げ、そのまままた布団に戻り惰眠を貪る。9時の出発まで寝たものの、それでもまだかなり調子は悪い。今日は愛知県から2名加わり、総勢10名となる。

 全員で再び郡上八幡の中心部へ車で移動し、橋近くのお店の前で「11:45にここに集合しましょう」と皆で確認する。早速皆さん思い思いの方角へ進んで行く。拙者も何気なくあちこち撮影して回っていたら、いつの間にか一人だけになっていた。
 人通りの多い中心部を避け、周辺の住宅街を歩いて回る。人通りが少なくて撮影し易いが、一般的な住宅街で目を引かれるものが少ないということもあり、フィルムの消化は非常に少なく、結局36枚撮り1本使っただけだったが、Rolleiflexの方は何故か2ロールも消化していた。やはり正方形の視野に合う町並みのようだ。

 集合時間直前に集合場所へ行くと、既に皆さん揃っていて、まだあちこちにレンズを向けている。写欲旺盛だなー。
 少し歩いて、有名らしいお店に入って昼食となるが、拙者はお腹の調子がおかしいのでアイスクリームだけ、他の皆さんは量の多い定食を頼んだ。皆さん二日酔いでも食欲落ちないんですねー、素晴らしい。拙者には真似できんわ...(^^;)。

 食事後解散となり、拙者はそのまま帰途に着いた。自宅へは14時過ぎに到着、解散からちょうど一時間だ。


 後日、撮影したポジが出来上がってきた。上の写真もその中の一つである。
 自分の写真を一通り眺めて「なんぢゃ、こりゃーぁ...うーん...まだまだ相当な修行が必要じゃのう」。(笑)
 まず、視点が定まっていない写真が多過ぎる。自分でも「こりゃー撮らされたな」という写真ばかり。要するに被写体に寄りかかってしまっているのだ。
 次に、構図がいい加減過ぎるものが殆ど。レンジファインダー機だから、という理由だけでは説明できないんだなぁ、これが。(笑)
 更に、露出がいい加減。自分では「この辺で良い筈」と思ったが、実際にはイメージよりも暗くなってしまったものが殆どだ。

 よくよく見返すと、他の方々が撮影している所を見て自分も撮影したものは結構それなりの写真となっている。が、それは自分の写真ではない。あくまでも「他人の視点」でしかないのだ。
 風景写真はそれなりに撮れていると思っていたが、街角スナップと言えども風景写真と何も変わらない筈。自分の未熟さを痛感させられた。まだまだ修行が足りんのう...(--;)


昇仙峡(2006/11/05 PM, 日)
 今回は本来なら郡上八幡の後半部を書く筈だったが、金曜日からの3連休の前2日を使って出かけたので、そちらの話を書く。郡上八幡の話は後日ということで...A(^^;)gomen。
 事の発端は、妻が「11/3って金曜?だったら土日を合わせりゃ3連休ね!?じゃぁどっか行こうよぉ」と言い出したことに始まる。

 11月となると例年なら信州北部中部の山岳地帯は紅葉が終わった後、1泊或いは2泊で高速道は渋滞の覚悟が必要という制約から行ける場所は自ずと限られてくるので長距離は難しい...待てよ、「昇仙峡ってそこそこの距離しかないんぢゃないのか?」なんて口走ったら、妻が早速観光ガイド片手に宿に電話攻撃開始。何もそこまで真剣にやらなくたって...。(笑)
 妻のお陰?で、宿の手配はあっという間に完了(笑)、「宿は取ったから後は宜しく」と妻からバトンタッチされた拙者はコースを考える羽目になった。(笑)

 拙者は八ヶ岳から東へは殆ど足を運んだことが無いので、まずは地図とにらめっこ。どうやら周辺の地形からすると道路のアップダウンはかなりありそう、ということは時間を稼いでしまうであろうことはある程度想像がつく。観光ガイドでは「クリスタルライン」なるコース設定がなされているが、拙者が日ごろ愛用している昭文社「ツーリングマップル」に依れば、そのコースは大半が舗装林道らしい。標高差と距離と時間の制約を考えると、昇仙峡をいつ頃出発するかによってクリスタルラインを走破出来るか否かが決まってしまいそうだ、というところまでは調べがついた。「こりゃ当日の時間を見てから考えるとするか」という結論を出し、後は成り行きに任せることにした。

 11/3(金)は朝7時過ぎに自宅を出発、一宮ICから小牧JCT経由で...エエッ?「この先渋滞」だって?(汗)既に小牧JCT手前で渋滞が始まっているらしく、電光表示板には「渋滞5km」という情け容赦の無い表示が出ている。「小牧ICで降りて小牧東ICへ迂回するにしても時間がかかるしぃ...このまま直進しよう」と意を決して渋滞に突入、幸い15分弱で抜けることができた。
 途中2回のサービスエリア休憩を挟んで韮崎ICで降り、県道27を北上する。途中の県道616の分岐を何故か見逃してしまい、そのまま進んで昇仙峡には10時半過ぎに到着するが、どこの駐車場も満杯。やや離れた所にある市営無料駐車場も満車で寿司詰め状態、「困ったなー」と思ったら運良く目の前の車が出て行ったので、その場所に駐車してホッとする。ここから徒歩で上流から下流に向けて歩き出した。

 凄まじい量の観光客で、かなり広い道路が人で埋まっている。「流石、有名観光地」と感心するが、人が多過ぎて前へ進むのに少々難儀する。徒歩10分弱で、まずは仙俄滝が見える所まで来るが、滝へと向かう遊歩道の階段が人で溢れてて、ちっとも先に進まない。まさか、こんな所でも渋滞を味わうとは流石に予想はしていなかった。(笑)
 肝心の昇仙峡は、妙義山や渋峠を見慣れた拙者には意外と小じんまりとした感じ。正直言って「一回来れば良いかな」という印象である。聳える岩や色付き始めた紅葉は確かに魅力的ではあるが、何度も来たいと思わせるほどでなく、拙者は「あぁ、なるほど有名観光地だな」で終わってしまう。ちなみに、妻や母もほぼ同じ印象だったそうな。

 一通り昇仙峡を見終わって昼食を食べたら、時間は既に14時近くとなっていた。この時間から舗装林道の狭い道を走るとなると、宿へ行く前に真っ暗になってしまいそうだったので、そのまま宿へ向かうことにした。今回の宿はいつものカルペデイム(諏訪市霧ヶ峰)ではなく、妻の熱い要望により、源泉かけ流しの温泉がある「湧暇李(ゆうかり)の里」である。この宿は南アルプス市立「八田ふるさと文化伝承館」の敷地内にある公共の宿だ。料金は大人一泊6300円と格安である。

 肝心の温泉は、温度によって3種類の浴槽に分かれており、一番ぬるい36度前後の浴槽が源泉そのままだそう。ここに長時間浸かっていると、全身に気泡がまとわり付く。温泉の効能書きはどこにも無かったが、どうやら炭酸泉らしい。36度ではすぐには体は温まらないので、拙者は30分以上浸かったままにしていたが、それでもまだ体が温まるところまではいかなかったので、一番温度の高い浴槽で体を温めてから出た。

 夕食朝食共に可もなく不可もなくというレベル、ビールは苦味の強いキリンしか無かったのが拙者にはマイナスなポイントかなぁ...。夜はかなり寒く感じるほど気温が下がったので、部屋のエアコンは付けたままで寝た。

 翌日11/4は、宿からの出発が10時ちょっと前と遅かったので、そのまま国道20を諏訪方面に進んで帰ることにした。この区間を国道で走るのは初めてだ。
 少し走った所に「道の駅白州」があったので、何となく寄ってみたら...とにかく人の量が凄く、レジが「渋滞」している。(笑)近隣の農家が栽培しているらしい野菜が大量に陳列され、大量の客がそれを品定めしているのだ。服装や仕草から見ると、どうやら観光客ではなく地元の人らしい。デッカイ大根が「一本100円」といった感じで、どの野菜も格安、それに釣られて妻と母が大量に野菜を買い込んだ。当分スーパーマーケットへ行く必要は無さそうだ。(笑)

 1時間ほど野菜購入に費やし、再び国道20を走る。国道の東側に延々と続く崖が見事!いつもなら間違いなくあちこちで車を止めて撮影しているだろうが、崖に近寄る道が判らない上に、機材やフィルムも十分ではなかったので、眺めるだけに留めた。いずれ改めて撮影に来ようと思う。
 諏訪市に入ると道が混雑してきたので、諏訪ICから中央道へ入る。12時を過ぎていたので、諏訪湖SAで昼食を食べ、後はひた走って自宅を目指す。
 その後はノンストップで小牧東ICまで走り、自宅へは15時過ぎに着いた。

 昇仙峡は有名だが「また行きたい」と感じるほどではなかった。それよりも、国道20沿いの崖や須玉IC近辺から西側に見える崖の方がよっぽど魅力的だったなぁ。(笑)


Rollei35オフ会(2006/10/30 PM, 月)
 10/28と29の2日間に渡って、某Rollei35系MLのオフ会が岐阜県郡上市八幡あった。

 10/28は12時半に集合、「こりゃ自宅を11時過ぎに出ても十分間に合うわぃ」と思ったが「ちょいと早めに」と10時半過ぎに出発、東海北陸道へ入ったまでは順調だった。が、電光表示板に「美濃−郡上八幡 渋滞10km」の表示...(@@;)。「こりゃマズイ」と思いつつ進むと、次の電光表示板は「この先13km先で渋滞10km」と追い討ちをかけてきた。「ムー、ここから13kmというと美並ICよりかなり手前で渋滞が始まっちゃうのかー...よしっ、国道に出よう。」美濃ICで降りて、国道156で北上する。

 しばらくはスイスイと快適に走るので「こりゃ下道でも十分間に合うわ」と思っていたら...ゲゲッ、この道も渋滞してる???「うわー、まだ10km以上あるのにぃ...こりゃ遅刻間違い無しだぁー」。遠くに見える東海北陸道を見ると、やはりかなり酷い渋滞となっている様子で、大型バスの移動速度が異様に遅い。こちらもトロトロと少し進んでは止まり、の繰り返しで一向に距離を稼げず我慢すること30分以上、国道256との交差点を過ぎた辺りでようやく渋滞を脱出できた。想像していたよりは渋滞の距離が短くてホッとはしたが「どっちにしてもこりゃ10分位遅刻しちゃうなー」。

 集合場所から歩いて5分ほどの公共駐車場に車を止めて走る。集合場所へは7分遅れでゼーゼーと荒い呼吸をしながらなんとか到着。文字でしか会話したことが無い相手なので分かるかどうか不安だったが、集合場所にそれらしき人達の塊が。声をかけようとしたら、先方から先に声をかけられ、無事合流。なんと、他の方々も渋滞にはまってて、「たった今着いたんですよ」だって。なーんだ、だったら歩いてきても良かったのね。(笑)

 昼食を一緒に食べるが、皆さんは早速ビール、拙者は車の運転があるので我慢...(--;)、食後は早速街角スナップ開始。離れ離れになった場合を想定して集合場所と時間を決め、初めのうちは団体で動いていたが、撮影の速度が各人で違うので徐々にバラバラになって行く。
 拙者が数枚撮影する間に、ML主宰者はもうフィルムを撮り切って入れ替えていた。(笑)拙者も初めのうちはなんだか分からないような感じだったが、段々と撮影を続けるうちに自分なりの撮影スタイルが決まってきて、撮影のスピードも上がってくる。

 「町並み撮影ならRolleiflexの方が合うかも」と思ってRollei35Classicの他にRolleiflex2.8Fも持参したが、これが大正解、ブローニーフィルムの消化の早いこと!
 あちこちを4時間以上歩き回り、集合時間が近づいたので集合場所へ。近くに日本酒の紙コップ1杯350円という店があり、ここでも皆さん呑んでいたが、拙者は車で宿まで移動しなければならないので我慢...(/_;)。ここで今日は撮影終了、宿へ移動する。ML主宰者も車なのだが、既に呑んでいたので宿の人に運転して貰った。拙者もそうして呑みたかったが、Carrera4を他人に運転させるのは、どーも気が引けて...(^^;)

 宿では夕食まで1時間ほど時間があり、その間に早速ビール。更に、拙者が先ほど飲めなかった紙カップの日本酒を購入した方が「ここで呑みましょう」と封を開けて下さったので早速ご馳走になるが、フルーティな味わいで実に美味しい。「両関」という日本酒に良く似た感じ。我慢したこともあって余計に旨く感じる。(笑)
 夕食の後、皆さんで相談して再び街中心部へ戻り、飲み屋へ。「折角来たんだから、旨い牛刺し食べよう!」という話になりかけたが、牛刺しの店へ行ったのは拙者も含めて3人、「もうお腹一杯で食べ物は要らない」という他の方々はすぐ近くのクラブへ。我々は牛刺しに舌鼓を打つ。初めて食べたが、実に旨い。この店は他の方が前日から来て探し当ててあったのだそう。

 飛騨牛を堪能したので、店を出てクラブへ入ると、既に皆さん眠たそう。(笑)それでもナンダカンダしゃべりながら呑んでて、11時頃お開きにする。「どうやって宿まで帰ろうか?」「タクシー呼ぶ?」「いっそのこと歩いてもたいした事無いんぢゃない?」となり、皆歩いて宿に向かう。歩くこと20分少々で宿の近くまで来たらコンビニが目に入り、ここで水分補給すべくお茶のペットボトルを購入、飲みながら宿へ着く。
 拙者は風呂へ入る気力が無かったので、歯を磨こうと歯ブラシをバッグから取り出したが、何故か布団に入ってそのまま寝てしまった。この時点で既にかなり酔っ払っていたらしい。(笑)

 ちょっと長くなりそうなので、この続きは次回へ...A(^^;)。


中津川市へ(2006/10/21 PM, 土)
 今日は久しぶりに月刊バイクガイドのCIRZに参加すべく、朝早起きして...の積りだったが、昨夜はガタゴト作業をしていて寝るのが遅くなってしまい、実際に起きたのは朝8時半近く。「ウォーッ、これはマズイ」と慌てて飛び起き、朝食をかき込んで早速支度する。「出発が大幅に遅くなっちゃったナー」と思いつつKTM 950Supermotoのエンジンをかけると、すぐに給油ランプ点灯。「ゲゲッ、そうか給油してないんだっけ!?」(笑)

 初めは国道19で向かう積りだったが、時間が無いのでガソリンスタンドでタンクを満タンにしたら一宮ICから高速道に入り、小牧JCTで中央道へ進む。天気の良い土曜日とあって、家族サービスらしき車がウジャウジャ、巡航速度は低下気味。しかも、電光表示板には「中津川IC−園原IC 事故 渋滞」の表示が。「中津川ICで降りちゃうから関係無いな」と思いつつ走る。いつもは土岐ICを越えると交通量がグッと減るのだが、今日は異様なほど多く、しかも減る気配どころか、各ICを通る度に交通量が増えて行く。スピードを出し難い状況なのに、恵那ICを越えた辺りでZZR1100Dが黒いクラウンの覆面パトの餌食になっていた。可哀相に...公安関係者に根深く蔓延る新興宗教「交通安全教」をいい加減殲滅させる時期に来ていると思うナァ。

 交通量の多さにややゲッソリしつつ、中津川ICを降りて国道19に入り、更に通称「下呂高速」正式名称・国道257へと進める。この国道は途中有料道路が挟まっているのだが、費用を節約しようとすると結構面倒な道順になるので、そのまま大人しく料金を払って進む。晴天が続いているので、遠景が霞んでいる。「空気の透明度が高ければ、序にどこかで撮影して来よう」と思っていたが、この状態では写欲は起きず、結局一枚も写真を撮らないままとなる。
 集合場所はローマン渓谷から少し北へ進んだところにある文化センターで、11時過ぎに到着。既に数百台と思しきバイクで駐車場はほぼ埋め尽くされている。近くの斜面に民家が多い。バイクの騒音は迷惑だろうなー。

 駐車場を一回りしてMixiに書き込みのあった方のバイク(GSRだそう)を探すが見当たらない。自分のバイクの所に戻ったら、色んな方から次から次へと質問を浴びる。遠巻きに眺めている人も多い。台数の少ないバイクだけに、皆さん興味津々の様子。しかし、今日は暑いなー。もう10月下旬だというのに。

 12時過ぎても知り合いもMixiの方も姿が見えないので「そろそろ帰るとするか」とエンジンをかけようとしたら、近くで女性ライダーが「オットット...ガシャン」とコケる。幸い低速度だったので車両とライダーの両方共ダメージは少なく、一安心。
 来た道を戻るが、途中でGSRと行き違う。「ありゃりゃ?」とは思ったが突然止まる訳にも行かずそのまま進む。普通ならそのまま国道19へ出るが、今回は途中からわざと県道410へ進む。有料区間をパスしたいと云うのも重要な理由ではあるが、実は...夏に「わの会」(写真家の三輪薫プロが主宰)の撮影会が恵那峡で行われたのだが、その帰りに通って途中で大雑把ながらも地図を見ていたのに道に迷いかけたことがあったので、「もう一回通って確認してみよう」と考えたのである。また、この県道から分岐している県道401が何故か気になったので、そちらにも行って見ようという気もあったのだ。

 県道410は問題無く進み、途中から気になっていた県道401へ入る。この県道は中山道のうちの一つだったようで、あちこちに石碑が建っている。細いウネクネした道ではあるが、両側に比較的大きな敷地を持つ民家が殆ど途切れることなく続いているから、間違いなく昔の街道のようだ。こういう細道を進むんだったら、軽量な200cc前後のオフロードの方が適役だなぁ...なんて考えるとオフロードが欲しくなるんだよなぁ。(笑)
 ある程度満足出来たので、途中から市道を挟んで県道68に出て、そのまま国道19で帰ろう...「んー、腹減ったなー、そういえば国道19を少し北へ行った所にサークルKがあった筈」と思い出し、帰路とは逆方向ながらも国道19を北上、目出度くサークルKで食糧を買い込む。しかし、帰宅してから良く考えると、それまでにも食料調達可能な店はそこそこあった筈で、サークルKに拘る必要性は全く無かったのだ。この頃には既に暑さで頭がヤラレていたのか...
 店の駐車場で食べていたら、GSRが目の前を通過して行く。どうやらこちらの帰るタイミングが早過ぎたようだ。

 食べ終わってすぐに走り出す。信州からの帰りはいつも中津川ICから高速道に入ってしまうので、この区間の国道19を走るのは本当に久しぶりだ。道の両側は随分と風景が変わってしまい、初めて通る道のような気にすらなってしまうほど。
 「この道は随分と両側に建物が増えたなぁ、以前は本当に田畑の中の国道だったのに...」と感慨に浸りつつ?走るが、土曜日のせいか妙に交通量が多い。昔はどこでも80km/hほどで流れていたのだが、今日は大半が55km/h前後、ややストレスの溜まる速度で、しかも時々渋滞気味になる。
 多治見市内に入ると交通量が激増、慢性的な渋滞という感じになり、冷却ファンが回りっ放しになる。気温が28度近くもあって暑い上に、ファンで排出された熱気が加わるので更に暑い。(笑)

 愛知県に入ると片側3車線となり、やや走り易くなる。「ちょっと流れがスムーズになったけど、やっぱ暑いなー」と思いながら走っていたら、曲がるのを忘れて春日井IC近くまで来てしまう。「あれれ?いつの間に春日井市に入った??」やはり暑さにヤラレていたらしい。(笑)
 まじめに帰宅?すべく、国道155に入ってひたすら西進する。こちらも交通量が非常に多く、40km/h前後と流れが悪い。「これぢゃ排ガス一杯吸っちゃうよー」と思いながらも走って、自宅には15時ちょうどに到着する。どの道もかなり流れが悪かったが、それでも中津川市内から自宅まで2時間ちょっとで帰ってきてしまうのには、少々驚いた。たまには高速道を使わずに走って見るというのも、なかなかオツなもんですな。(笑)

オーディオ環境(2006/10/15 PM, 日)
 自宅1階の洋間にTannoyのCanterbury15を導入して「さぁ、これで音楽を聴ける環境ができたゾ」と思ったのも束の間、今年から小学校へ行き始めた息子が「洋間を勉強部屋にする!」と勝手に宣言して勉強机を置き、本棚も設置して動こうとしない。例え不真面目な態度ではあっても一応勉強しているそのそばでいきなりデンジャラスなロックを聞く訳にも行かず、「ウーム、何たる失策であることか...」(井伏鱒二風ですナ)。

 もう1階で音楽を聴くことは難しいと判断、早速別の手段を考える...と言っても、平凡な生活を送る者から妙案が出て来る訳が無く、「2階の自分の部屋にオーディオセットを揃える他あるまい」という極めて当たり前な結論が出てくる。
 最大の問題は「何を揃えるか」であるが、これについては案外すんなりと決まってしまう。というのも、以前から非常に気になる機材があったからである。

 まず、アンプは伊AudioAnalogue社のPRIMO SETTANTA。狭い我が家では大きなアンプを設置する場所が無いという物理的な事情もあるが、以前オーディオ専門店の店頭でかなり大掛かりなスピーカシステムを軽々とドライブしていたのを見て「ん!これだっ!」と思っていたのである。サイズの割りには消費電力がかなり大きいので、電流容量にかなり余裕がありそうだと見込んでの選択である。

 スピーカは、国内メーカであるJSP研究所のJSP-2020。大きなスピーカは置く場所が無いけど、小型ブックシェルフ型スピーカでお茶を濁したくないという、かなり矛盾した考えから導き出されたものである。小型スピーカはおよそ50Hz辺りまでは何とか音として出るものの、それ以下の音域は無理なものが殆ど。倍音で低音を感じさせるのが精一杯。でも、一般的な4弦ベースの最低音は41.2Hz、5弦ベースの最低音は30.1Hzだから、拙者が好んで聞くようなジャンルの音楽では、小型スピーカでは通常の低音すら出せないことになる。それでは幾らなんでも寂しいので、理論上はきちんと音が出ることが期待されるスピーカを選んだのである。

 あとはCDプレーヤとスピーカ・ケーブルを揃えればひとまずはOKとなるのだが、資金が底を着いてしまい、現段階では目処は立っていない。(笑)今すぐ何が何でも必要というものではないので、ボチボチと進めていく積りだ...けど、後どれ位かかるのかなー(^^;)...(--;)....(..;)...


紅葉を求めて(2006/10/0 9 PM, 月)
 3連休の土曜と昨日を使って、信州の紅葉を眺めるドライブに出かけた。

 土曜日は朝7時過ぎに自宅を出て近くのコンビニで朝食を調達、国道22に出て一宮ICから高速道に入り、小牧JCTで中央道へと車を進める。屏風山PAに入って車を止め、車の中で朝食を済ませ、そのまま走り出す。いつもの土曜日より車の量がかなり多く、恵那山トンネル内も結構な交通量だ。雲も少なく晴天だが、天気予報によると北信地方は雨だという。
 岡谷JCTから長野道へ入る辺りでは、空は一応晴れているものの雲の量が随分と多くなる。更埴JCTをそのまま通過して上信越道へ入ると太陽は既に雲の中、周りの山々の山頂は雲で覆われてしまっている。「やっぱり天気予報通り雨かなー?」と思いつつ進むと、ついに雨が降ってくる...と言うより、拙者達が雨の領域に踏み込んでしまったという感じ。やや強い雨の中をひた走り、中野ICで高速道を降りる。まだ11時半少し前だが、これから先は食事できる店が少ない上に値段も高いので、国道292沿いにあるジャスコに入り、ハンバーガーなどの軽い昼食を取る。

 昼食を終えて車に乗り込む。昼食前よりは少し弱くなったかな?とは思うが、それでも雨は降り続いたままだ。再び国道で渋峠へ向かうと、ループ橋を過ぎた辺りから段々と周囲の葉が色付いてくる。更に琵琶池辺りまで進むとほぼ全ての木が色付いていて非常に美しいが、標高が上がれば雲に近づくことにもなるので当然雨も強くなってくる。雨が降っていなければ、この辺りだけでもフィルムを数本使ってしまうだろう。
 そこから渋峠までは、拙者自身も見たことが無いほどの紅葉の美しさ、後ろから車が来ないのでゆっくりと走る。これは間違いなく、今が紅葉のピークだ。これだけの状態なら、数日後には葉は茶色に枯れたり風で散ったりするだろう。「これで雨じゃなければ、たっぷり撮影するのにぃっ!」と思いつつ坂を上がって行くが、雨が強い上に遮るものが無いので風が半端じゃなく強く、車の外に出ようという気には到底ならない。峠周辺のドライブインなどは駐車場に止まっている車の数は非常に少なくて、どこもガランとしている。この天気では仕方あるまい。

 渋峠を越えて徐々に高度を下げて行くが、前方は雲の中で真っ白。視界は数百m程度しかないので、道路周辺以外の状態は判らない。周囲の木はしっかり色付いているが、強風で散ってしまった木もある。
 更に標高を下げて草津の街近くになると、紅葉の気配がやや薄くなると共に、かなり遠くまで見えるようになる。雲から抜け出たらしい。

 道の駅で少し休憩し、国道406,国道146,国道18と走り繋いでJR軽井沢駅へ。目指すは「茜屋」である。国道18は小諸方向が激しく渋滞している。雨は降ったり止んだり。「こりゃぁ、霧ケ峰方向へ行く道を変える方が良さそうだな」なんて考えているうちに茜屋へ。この珈琲店以外ではコーヒー豆は買わないのだ。

 ほぼ一年振りだが、店長はにこやかに迎えてくれる。母と拙者は珈琲、妻は「いつも同じじゃつまらないから」と紅茶、息子は前回飲んで気に入った「ナイヤガラ」という葡萄のジュースをオーダーする。
 しばし談笑して、再び車に乗り込む。わざと県道43を南進して碓氷峠バイパス(こちらも国道18)に入るが、何のことは無い、こちらも小諸方向は激しく渋滞しており、チョロチョロ徐行しては止まり、の繰り返し。「アチャァ、こりゃあかんわ」と思いつつ地図を眺めると、もう少し進んだところの交差点から県道157へ進めると良さそうだ。「よしっ、そっちへ行こう」。

 渋滞の中を我慢すること30分弱、ようやく鳥伊原の交差点まで来たので、左折して県道157へと進む。「予想通り、かなり細い道だな...エッ?」目の前にある道は幅が車一台分しかない。対向車が来たらどーすんの?(笑)別荘地のせいか交通量は殆ど無く、時折犬を散歩させている人が居るだけだ。これだけ車が来ないのなら、道が細くても仕方ないわなー。
 カーブでは対向2車線となるところもあるが、基本的に車一台分の幅の道が延々と続く。途中で県道156に入るが、こちらも殆ど同じで、違うところと言えば、別荘でなくて一般的な民家という程度。恐る恐る走って、やっとこさ県道9に出る。ここからは普通の道になるのでホッとする。以前と殆ど変わらない佐久の街を進んで県道44に入る。
 トイレ休憩の為にまたまたジャスコに寄ったら、なんと「改装閉店セール」で商品が山積み、客も山積み。(笑)トイレを済ませて車の方へ歩き出したら、後ろから妻が「ちょっと待って」。
 「んー?」と振り向くと、女性靴売り場で母と妻があーだこーだと品定めしている。「何しに来たんだ?」とボヤく息子の手を引いて妻と母の方へ戻る。並べられている靴達と格闘!?することしばし、母の靴一足お買い上げとなった。本当に何しに来たんだろうねぇ?(笑)

 再び走り出し、国道142へと進む。望月付近は雨が止んでいるが、県道40に入ると弱い雨が降り出す。うねくねした道をのんびり進むが、段々と暗くなり始める。時間は既に16時過ぎ、秋は陽の落ちるのが早いなー。
 大門峠を通過し、ビーナスラインへ。夏の大雨で数箇所路面が崩れたが、今もまだ完全復旧はしておらず、片側通行となっている部分が2箇所ある。夕方なので交通量は少なく、淡々と走る。進行方向左に見える遠い町並みが美しい。これで夕陽が当たっていれば言うこと無いんだけど...

 18時少し前に、20年来通い続けている宿「カルペデイム」(詳細はこのページの下の方を見てネ)に到着。この宿は泊まってみないと良さが分からないんだよなー。
 今日の客は...エーッ???、E氏一家も泊まるんだー、全然知らなかったぜ、それにしても偶然とは恐ろしいなー。(笑)E氏は幼稚園と中学高校が一緒で、拙者をバイクやカメラに引き擦り込んだ張本人、この宿を教えてくれた恩人でもある。クマさん(この宿のオーナー)曰く「今日はEさん一家が泊まるのに合わせて来たんだとばかり思ってましたよ」だって。(笑)

 風呂を済ませると、毎回楽しみな夕食のお時間となる。魚と肉の料理が一品づつなのだが、20年通っていても同じ料理が出てきたことが無い。全体の量はかなり多いのだが、普段少ししか食べない母も、ここでは「美味しい」と言いながら全部平らげてしまう。我が家の七不思議の一つかな。(笑)
 食事の後はデザート、少し間を空けて、最も楽しい「おしゃべり」タイムを迎える。E氏は日頃の寝不足がたまっているのか、奥方や彼の息子が起こしに行っても起きて来ず、奥方がそのままおしゃべりに加わる。9時頃から始まって2時過ぎまで、呑みながらひたすらしゃべりまくる。(笑)

 翌朝は7時前に息子が目を覚まして騒ぎ出すので目が覚めてしまうが、「ウー...眠ーい」と布団の中でウダウダと過ごし、8時過ぎに起きる。天気はすっかり晴れ、宿の部屋から見える景色がまぶしい。
 焼きたてのパンと共に美味しい朝食の後、E氏と久しぶりに色々と話す。彼が今の仕事に就いてほぼ1年が過ぎだが、仕事は非常に面白いそうだと聞いて一安心...と思いきや、人材派遣の形態を取っていて色々と問題があり、悩んでいると言う。近頃大流行の「偽装請負」への余計な?心配もあって契約がいつまで継続されるのかが見えない、しかしながらE氏以外に特定システムの保守が出来る人が居ない、等等。
 「必要不可欠な人材となっているんだったら、汚い手かもしれないが、それを逆手にとって今の派遣を解消して直取引に持ち込んだらどうだ」等、他にも色々アドバイスした。E氏は「電話して聞こうかと思ったけれど、今日じっくり話が出来て良かったよ、有難う」。どういたしまして、お役に立てれば幸いである。
 実は、拙者も後のことを考えねばならない状況に陥っているという点ではE氏と同じ、どうやってこれからの収入を確保するのかを考えねばならんのだけれどネ...

 11時少し前、カルペデイムを出発し、県道40を通り抜けて国道20に入る。このまま国道19に入って南下しようかと思ったが、この時期の国道19は日曜や休日となると渋滞気味なことが多いので、岡谷ICから高速道へ入って一気に帰ることにする。
 途中、恵那峡SAで昼食と給油をし、小牧JCTから名神道に入って一気に帰宅...せずに、小牧ICで下りる。妻の要望で江南市にあるショッピングモールへ寄り、それから自宅へと進める。自宅へは16時過ぎに到着、ショッピングモールへ寄らなければ15時前には着いていただろう。

 旅の荷を解いて家族全員で休憩している時、母が「午前中は遥か彼方の信州に居たのに、午後にはもう家に居るなんて、なんだか呆気ないねぇ。」ウーム、言われて見れはそんな気もするなぁ。(笑)

行き先不明なドライブ(2006/10/02 PM, 月)
 土曜日に小学校の運動会が行われたので、今日は息子が代休でお休み。チョコマカチョコマカとせわしなく動き回る息子に振り回されて妻と母が疲労困憊状態になることが目に見えていたので、それを少しでも緩和しようと今日は休暇を取って土曜日に続く家族サービスである。

 さて、休みは取ったものの、天候は生憎の雨。運動会の前日までは「代休の日は晴れていれば鈴鹿サーキットへ」と思っていたが、今はどこでも運動会の時期なので、案外今日は代休の小学生が多くて雨でも行列しているだろう...と思い、目的地未設定のまま取りあえず車で走り出す。

 何となく国道21号を西進するが、随分と風景が変わっているので驚いた。そういえば結婚してからは高速道ばかりを使ってて、この道は走ってないなー。垂井町辺りはまだまだ田畑が多かったのが、今は家が林立している!よくよく考えれば、JR東海道線の快速を使えば名古屋までは十分通勤可能範囲内、「土地の高い愛知県を避けて広いマイホームを」という人も多いんだろうなー。
 更に進んで関ヶ原町に近づくと、周囲に田畑が徐々に増えてくる。畦道に色褪せた彼岸花が多く咲いている。花の盛りに合わせて来れば、結構良い風景に出会えそうだ。
 関ヶ原町の国道同士の交差点よりかなり手前に国道21号のバイパスに入る交差点があるのだが、それよりも更に数km手前にバイパスへと進む導入路が出来ていた。まだ真新しいので、最近完成したものらしい。こんなものをわざわざ作るのは、やはり伊吹山ドライブウェイへ行く車が多いということなのだろうか?

 バイパスから国道365号に入る。こちらも随分と家が増えたなー...なんて思いながら進むと、ありゃぁ、国道が木ノ本町街手前でポッキリ左へ曲がってる???どうやら街中を走る部分は県道に降格されたらしい。旧国道ルートをそのまま進むと、流石に街中は狭い道幅も含めて殆ど変わっていない。何となく安心する。

 国道8号とぶつかった所で時計を見ると、既に12時15分。近くにある平和堂の2Fにあるレストランで昼食を取る。手書きメニュゥに「今日のサービス定食」として「豚生姜焼きと鰯フライ」とあるので、母と拙者はそれを頼み、体調の優れない妻はウドン、息子は「おもちゃ付」に釣られて「お子様ラーメン」だとさ。(笑)
 しばらくして店員が持ってきたサービス定食は、流石地方の店だけあって量が多い。大きめの生姜焼きが4枚も重なっていて、その上にでっかい鰯のフライがどーんっと載っている。この量には母もビックリ。(笑)名古屋なんぞでこれだけの量だったら、間違いなく1000円以上だろう。これで800円一寸なら十分満足である。

 腹一杯になったところで再び走り出すが、未だ目的地が決まっていない。(笑)「ここから近い」という理由だけで、急遽行き先は琵琶湖に決定。(爆)
 国道8号から琵琶湖を見ながら少し走り、昔を思い出しながら琵琶湖パークウェイへ行こうと思ったら、パークウェイ入り口に看板が出ていて「通行止」。事前にちゃんと調べておかないとイケませんねぇ。(笑)
 妻の体調が思わしくないこともあり、来た道を戻って木之本ICから高速道で帰宅することにした。

 交通量が非常に少ない北陸道を優雅に淡々と走り、米原JCTで名神道へ入るが、こちらは打って変わってトラックがウジャウジャ、いつものことながら実に走り難い。(笑)一宮JCTで東海北陸道にスイッチして1時間と少しで一宮木曽川ICに着き、そのまま自宅に戻ると15時少し前だった。

 久しぶりに国道21を走ったら、結構新たな発見があった。他にも日帰りで行ける範囲ながらも暫く通っていない国道が多くあるので「暇を見て改めて走ってみよう」と思った。ただ、問題は「暇」があるかどうかだが...??(^^;)

電話で格闘(2006/09/22 PM, 金)
 「そろそろPC買い替えを考えなきゃー」と思っていたところへ、先月末に自宅から車で10分ほどの所にあるコンプマートが閉店セールをやっていたので、値切りに値切って新発売後5日しか経っていない「次期OS対応」という謳い文句のNEC製PCを購入、「これでデータ移行すれば乗り換え完了だな」なんて軽く考えていた。「次期OS」のせいでPCの買い控えが起きているそうだが、皆さんどうしてそこまでしてMicrosoftに魂売っちゃうんですかねー??

 ところが、新PCをネットワークに接続しようとしても繋がらない。ネットワーク経由でデータを移そうとしているのだから、これは大いに問題である。「何故ぢゃー?」と思いつつも色々試してみるが、工場出荷時の設定のままでも時々接続できる場合があるものの、基本的に接続不可な状態が続く。
 更に暇を見つけて色々探ってみると、100Mbps-Full Duplexなどと回線速度を指定するとすんなり接続できるが、AutoNegotiationだと接続相手とのハンドシェイクに殆ど失敗するということが段々と判って来た。更に調べると、NTTからレンタルのADSLモデムで10Mbps-Full Duplex接続の場合にAutoNegotiationが悉く失敗すると判った。一般に、このような状態になると「接続機器との相性」という曖昧模糊とした、しかしながら技術屋にとっては知識の無い人たちに説明するのに極めて便利な言葉が思い浮かんでくるのだが、実際には各種規格から微妙に外れた部分があって規格通りに動作していないだけだったりする。

 幾ら拙者がネットワーク系のSEだとはと云っても、回路図やタイミングチャートなどの技術資料が手元にある訳ではなく、ロジックアナライザなどの調査に必要な機器も持ち合わせては居ない。これ以上はどうにもならないので、思い余って「サポートセンタ」の故障相談窓口に電話する。

 まず現象と設定内容を一通り質問され、次に「では、今から申し上げる設定に変更して頂いて、正常に動作するかどうかを診断して原因を探りたいと思います。パソコン本体の不具合と判断がつけばすぐに修理のお手続きを開始しますので」。
 まず、工場出荷時設定のAutoNegotiationに戻してADSLモデムやHUBに接続し、動作がどうなるかを一通りチェックする。この状態ではHUBには接続出来る場合もあるが、モデムとはどうやっても接続できない。
 次に、拙者がやったように回線速度を指定して接続出来るかどうかを確認。今度は全て問題無く接続出来る。そこで、設定をAutoNegotiationに戻し、HUBに新PCとは別のPCを接続して双方で通信出来るかどうかをチェック。双方のPC共、相手のIPアドレスを指定すれば接続出来る。ということはネットワーク層での接続が出来ているということになる。
 更に、新PCの設定はそのまま変えずに、接続相手をHUBからADSLモデムに変えると、モデム側のlinkランプが点くので、物理層は接続出来ている。コマンドプロンプト(所謂「DOS画面」ネ)を出し、ipconfigでIPレベルの接続を確認すると、一応モデムとは繋がってDHCPによるIPアドレス取得は出来ているかのようには見えるが、HTTPレベルでの接続は出来ない。モデムからインタネット側DHCPサーバと接続が確立出来ていないのだ。念の為に双方の機材を再起動すると、今度はモデムと接続すら出来ない。何故ぢゃーぁ...どうなってんの??

 この時点で通話時間が1時間、サポートセンタ側は「うーん...内部で調べて参りますので少々お待ち下さい」と電話の保留音を聞き続けること数分、「今までの状況からでは本当に故障かどうかは判断がつかないので、もう少し設定を変えて調査したい」というので、更に言われる通りに設定変更を繰り返して接続のテストをする。
 回線速度指定で接続できたら、その後すぐにAutoNegotiationに変えてみたり、設定を変えてからPC再起動してテストしたり、という事を何度も繰り返す。厄介なことに、AutoNegotiationの時は接続できたり出来なかったり、しかもその現象に規則性が無い。サポートセンタ側も原因を掴みかねている様子。MicrosofotのOSは再起動に時間がかかるため、何度も再起動を繰り返したお陰でこの時点で既に2時間経過。サポートセンタ側は「再度内部で調べますので少々お待ち下さい」と電話の保留音に変わる。んー?今度は妙に保留の時間が長いゾ...と思ったら、「お待たせしました」とサポートセンタ側が話し始める。「回線速度を指定すれば接続できるので、少なくとも本体の故障ではないと思われます。原因としては現時点では不明ですが、これは機器間の相性ではないかと思われます」だと。そんなこたーぁ予め承知済だっつーのっ!(笑)こいつ本当に解ってるのかなー?

 そこで拙者から一寸意地悪な質問を投げて見る。「AutoNegotiationの部分がオカシイですね、今までの動作から10Mbpsのハンドシェイクに失敗しているように見えますが」と投げかけると「その辺りのお話になりますとサポートセンタ側は余り詳しくありませんので...」と弱気な発言に変わり、話し方も段々と弱くなって自身が無さそうだということが手に取るように判る。(笑)更に突っ込んで「ネットワーク層では接続できる場合もあるけど、それ以上だと上手く行かない場合が発生するのはそれ以上の層の問題、設定がどっかおかしいんですかね」と問うと「いやぁ、そのぉ、一概には申し上げられないとは思いますが...」と消え入りそうな声。更に「因みに伺いますが、貴方はNetBEUIとかNetBIOSの説明が出来ますか?」と問い質すと「申し訳ありません、技術的な内容に付いては承知しておりませんので」と。ホーラホラ、ついに本性を現したではないか。(笑)

 他社のサポートセンタ同様、開発や販売側で用意した診断シナリオに沿って話してるだけで、技術的なバックボーンは全く無いのだ。サポートセンタに属する人達は、電話でそのシナリオ通りに設定してみて診断しているだけ。全くの予想通りである。まぁ、そこまで予想してわざわざ質問するなんて、拙者もなかなか「嫌な奴」だナ。(爆)

 この時点で2時間20分経過。これ以上引っ張ったところで進展は無さそうだ。そこで、拙者から「AutoNegotiationの部分で他の機器との相性があるようですネ、外見上は回路も正常動作のようなので、故障ではないでしょう。少なくとも初期不良とかでは無さそうなので、そこまで確認できれば十分です」と言うと、サポートセンタ側は「お客様のお陰でかなりの部分まで追求することが出来ました。今回の現象に付いては内部にも展開し、また、開発側にも伝えます。長時間に渡りご協力いただきまして、誠に有難う御座いました」。ついでに元NECグループ社員として「開発はあそこの回路技術部だから、AutoNegoで失敗している、10Mbpsで頻発することから鑑みてハンドシェイク部分に問題が無いか回路とタイミングチャートを再点検すること、わざと安価なHUBなどを用意して再検証すること、って客から言われたって伝えると良いよ」とアドヴァイスして電話を切った...が、これって「サポートセンタのサポート」??(笑)

バイク用ガレージ(2006/09/10 PM, 日)
 8月末にKawasaki ZZR1100とKTM Duke2を手放して新しいバイク1台に乗り換えた。同時に、長年の懸案であったバイク用簡易ガレージも購入、自分で組み立てた。

 バイクに乗り始めてから早19年、今までバイクには市販の「バイクカバー」なるものを使ってきた。バイクカバーは各サイズがあるので、大きなバイクへ買換えると当然カバーも買い替えが必要となる。
 自宅建て替えでガレージは屋根があるだけの状態となり、強い風でバイクカバーが捲れ上がっちゃって肝心なバイクがホコリや砂を被ってしまうようになった。それにカバー自体には防水能力が無いので、雨が風で降り込んだりしてカバーにかかると、バイクもしっかり濡れてしまう。
 風に煽られ続けると、バイクのカウルを擦り続けて擦り傷をあちこちに作ってしまうという悲しい状態にもなる。「バイクカバーだけでは無理だなぁ」と思ってはいたが、ガレージを立てる土地や金は無いし、ホームセンターに展示されているような「物置」はバイクには小さ過ぎたり大袈裟過ぎたり。なかなか思うようなものが見つからなかった。

 1年ほど前にネット上を彷徨っていて偶然バイク用ガレージを発見!だが、お値段が...即購入には非常に勇気が必要な額なのだ。他にも扇形の簡易ガレージも見つけたが、こちらはバイクの長さやリアの高さが問題となって、どんなバイクでもOKという訳ではない。拙者はリアにトランク(パニアケース)を取り付けることを前提としているので、用途が合わない。
 更に、ガレージ本体をアンカーボルトで固定するようになっている点も、即決できなかった理由として挙げられる。自宅ガレージだから何をしようと自由だが、コンクリートにアンカーを打つにはそれなりの機材が必要、わざわざその為に買うのは勿体無くて気が引ける。
 職場では毎週金曜日がカジュアルフライデーで、その日はDuke2で通勤していたが、対外的な問題でカジュアルそのものが廃止となり、Duke2に乗る機会が激減してしまった。「バイクに乗る時間が少ないから2台有ってもなぁ」と考えると同時に「ZZRも全然乗ってないけど8年になるしなぁ」と思い始め、1台のバイクに乗り換えることを検討し始めた。「新しいバイクを買ったら、高いけど一緒に簡易ガレージも買おう」と考えたのだった。

 購入したのは「バイクガレージA-2」という名称のもので、やや幅の広いタイプだ。これは後々オフロードを買い増した時にも同時に2台入れられるように、と考えてのことである。
 発注したのは8月頭だったがお盆が重なった為、納品は9月頭となった。自宅へは5個に分けて届けられ、それを一人で組み立てた。結構重い部材を持ち上げたりかがんだりを繰り返すので、股関節付近が筋肉痛になってしまった。(笑)ダンボールの包みを解くところから完成までおよそ3時間、できれば二人居る方が作業は断然楽だし、格段に早く組み立てられる。

 肝心な使い勝手は、すこぶる良好!である。幌はアコーディオン状に開閉するので、バイクに触れることが無いのはとても有り難い。バイクの車重で本体を支える構造となっているので、コンクリートにアンカーを打ち込む必要性は余り感じられない。台風の時が少々不安だが、まぁなんとかなるだろうと考えている。

 肝心な中身のバイクは現在慣らし運転中。未だバイクに慣れていないこともあって、おっかなびっくり状態で乗っている。人間と車体の両方の慣らしが済んだら、ここでも紹介する予定である。

ヴォルヴォ試乗?(2006/08/24 PM, 木)
 Carrera4の代車で12日間ヴォルヴォV70・ベースグレードに乗る機会に恵まれた。

 キィを受け取り、数分走って「オッ!この車なかなか良いじゃん」、所用を済ませながら2時間程あちこち市内を走って「この車...欲しいナ」と感じた。この手の車で素直に「欲しい」と思ったのはこのヴォルヴォが初めてだ。息子も「この車買って!」と連日騒いでいた(笑)ので、大いに気に入ったようだった。

 全長が4.7m強あって自宅周辺の田舎道では何かと気を使うし、自宅車庫にも収まるかどうかというデカさだが、室内は余裕タップリ。国産同類車よりも室内は圧倒的に広く感じる。フロントガラスの位置は国産車よりもかなり前方にあるので、余計にそう感じるのかも知れない。
 座席もゆったりした造りで、日本人標準体型の拙者が運転席に座ると座席の左右にかなりの余裕ができる。革シートはホールド感が実に良くて、長時間乗っていても疲れない。この辺りも国産車に無い感覚である。

 過剰装備でこれ見よがしな国産車に比べれば、室内はとてもシンプルだが質感は高く、国産車よりも高級な感じがする。勿論車両価格は国産同類車よりも高いが、その価格差を補って余りある差が感じられる。サンルーフもしっとりとしたスムーズな動きを見せ、しかも静かなので高級感をより増強している。
 国産車(特にトヨタ)は材料の質や見せ方よりも物量で豊かさを感じさせる方向のものが多く、下手すりゃ下品に感じられたりすることもあるが、ヴォルヴォに限らず欧州の高価格帯の車はどれもシンプルながらも品のある造りになっている。

 街中での走りはメルセデス等のドイツ車と良く似ている。スタンディングスタートで国産車と同じ感覚でスロットルを踏み込むと何となくモッサリした鈍い加速だが、少し強く踏み込めば踏み込んだ分忠実に加速力が増加する。因みに、国産車は見かけの加速感を良くする為、スロットル踏み始めはインジェクションの燃料吐出量をわざと増やしてあるので、加速が良く感じられるだけだったりする。僅かな時間とは云え吐出量を増やすので、頻繁に発進停止を繰り返す街中では燃費が悪化するのは避けられない。
 エンジンやギア比は乗り手を急かさない味付けで、ノロノロ走る車の後ろに付いていてもストレスを感じないし、飛ばしても乗り手に忠実だ。車体が大きいし車重も1.5tあるので無茶は禁物だが、その割にはカーブでのロールも少なく、実に安定していてボディ剛性の高さを実感できる。
 高速道路でも一般道とほぼ同じだが、速度を上げても安定したままで周囲の景色が後ろにすっ飛んで行くという感じになる。国産車だとエンジンが唸ったり車体が段々と不安定になったりするが、この車ではそんな兆候すら感じられない。

 燃費は街中で8km/L、高速道ではその1割増で、2.4Lという排気量や車重を考えても、かなり良い方では?と思う。勿論飛ばせば確実に燃費は悪化するが、元々がカッ飛ぶような車では無いので、変な走り方をしない限りは燃費はそこそこ良さそう。

 仕事でトヨタ・クラウンには運転席と後部席の両方に良く乗るのだが、不思議とクラウンでは欲しいと感じたことは一度も無い。車体は何となくフワフワ、段差を超えても「フワンッ」といなすので、人によっては「乗り心地が良い」と感じるかもしれないが、少なくとも拙者には常時揺すられているかのように感じてしまう。エンジンや足回りもそれなりに調教されてはいるが、ロールの大きい車体と味付けされた加速感では時として車体全体がぎこちない動きに感じられることがある。見た目の質感は高いのだが、走りも含めた「移動空間」としての質感は欧州車に比べて劣ると思う。

 12日間の試乗?を終えて自分のCarrera4に乗り換え、走り出した瞬間「ポルシェって筋肉質な車だなー」と思ってしまった。(笑)


悲しみ(2006/08/06 PM, 日)
 8月2日、やや重要な会議がある日ではあったが、やや強引に休暇を取得してカメラ関係の知人の葬儀に参加した。
 この知人にはライカ関係のオフ会に色々お世話になりっ放しで、いつも「申し訳ないナー」と思っていたところへ、某掲示板を通して急逝を知らされ、頭は真っ白...暫くの間、多々呆然としていて何も出来なかった。何ともやり切れない気持ちで一杯である。

 聞いた話によると、前日サウナ後の冷たい風呂かシャワーかで気分が悪くなったものの、暫く休んでいたら回復したのでそのまま帰宅したが腰や肩が痛くなり、本人は「ぎっくり腰」と思ったようだ、と。そして翌日、いつものように出勤の準備が済んで「一寸時間が有るから横になるわ」と横になり、数分後には亡くなってしまった、と。
 死因は急性心筋梗塞だそうたが、参列者の皆さんに色々話を聞くと「今になって思えば」思い当たることがある、と仰っていた。「夕方飲み屋に入って、料理を2皿しか頼まなかったんですよ、いつもなら4皿か5皿は食べていたのに...」。

 それにしても、余りに突然な、そして、余りに早過ぎる死...葬儀で、親族の方々が涙を流す中、お嬢さんが遺体をさすりながら「お父さん、起きてよーぉー、お父さーん...」と号泣する姿が目に焼きつき、思い出す度に涙が止まらない。


 その後また、別の意味での悲しみに出くわしてしまった。
 最近発行されたパソコン関係の月刊誌の中の記事を偶然目にした。記事を書いているのは学校の教諭だ。

 内容は「教師による情報の流出が起きているが、教師はコンピュータに関しての教育を受けていない。教えられていないから分からない、学習しないままで使うから問題が起きる、教員研修が必要だ」というもの。最近の教師は本当にクズだらけだと、頭に来るのを通り越して、呆れ果ててしまった。日本国内の生徒は、こんな下らない連中に教えられているのだから、学級崩壊や社会モラルの低下は起きて当たり前、起きない方が不思議だと思う。

 例えばエンジニアであれば、仕事が既存の知識で完遂できるとは限らないから、必要に応じて調べたり勉強したり、場合によっては新しいことに手を出さなければならない場合も多い。言い換えれば、エンジニアは離職するまで勉強の連続、勉強しない奴は没落を待つのみ、不遇を託(かこ)つのが当然なのである。
 エンジニアに限らず、どんな職場でも、仕事とはそういうものなのだ。それなのに、教師だけは「教えられてないから」と、自分以外に責任転嫁してお仕舞い?...何も努力せず、他力本願のみでもけっこう高額な給料を貰ってヌクヌクと生活していると、破綻した論理でも「正しい意見」になってしまうのだろうか?日本の将来は非常に暗いゾ...


F650GS試乗(2006/07/22 PM, 土)
 今日は前職場のマス・ツーリングの日だが、バッテリー上がりでZZR11のエンジンがかからず、早朝から参加を断念せざるを得なかった。2週間近く断続的に続く雨で一度もエンジンをかけなかったので止むを得ないかなー。

 久し振りの晴れ間で、太陽電池を使って半日以上ZZRのバッテリーを充電したら、午後2時頃になってようやくエンジンがかかったが、「今からツーリングに出ても仕方ないしなー...ん?どうせ時間があるのならBMWのF650GSを試乗してくるか」と思い立ち、事前に電話で連絡を入れてから岐阜市内のお店へ出かける。

 試乗前にお店で一応説明を受けるが、操作そのものは国産と同じなので、戸惑うような部分は一つも無い。
 岐阜市内を15分ほど走って見て、まず浮かんだ言葉が「従順忠実」だ。突出した部分は何一つ無いが、良く考えられていて無駄がなく、必要な時に必要なものが全て揃っているという感じである。
 ビッグシングルながらも振動は殆ど感じないし、シートの厚みも結構あるので、実に快適。オフロードスタイルの乗車姿勢となり、ハンドル位置が高いので取り扱いも楽、視線が高い位置となって遠くまで見通せるから安心して走っていられる。
 流石に加速はリッター・マルチのような鋭さを求めるのは無理、ZZR11やDuke2の暴力的な加速を知る身にとっては物足りなく感じるが、必要にして十分だろう。

 試乗の時間を終える頃には「このままどっか走りに行きたいなー」と思うほどで、ツーリングに最適!という印象を強く受けた。試乗車は既に7万kmを超えてたが、少なくとも走りに関しては経年変化を感じるような部分は全く無く、耐久性の高さが窺える。

 これでBMWのK1200Sを除いて気になるバイクに一通り試乗したことになる。K1200Sはリッター・マルチなので、あえて試乗しなくても乗り味は何となく分かる。
 今後の問題は「いつ乗り換えるのか」、「何に乗り換えるのか」である。おおよそバイクは決まってきているんだが、もう一寸悩んでるのを楽しみたいような気もするし...。(笑)

大中判の撮影会(2006/07/02 PM, 日)
 昨日から今日にかけて、三輪薫プロカメラマンが主宰する「わの会」の「大判中判同好会」が榛名湖を拠点に開催された。

 昨日は朝6:45に出発、東名高速の一宮ICから小牧JCT岡谷JCT更埴JCT経由でひた走り、途中2回のトイレ休憩を取る。その時に地図を見ようと思ったが見当たらない。一瞬「あれ、地図って何処に入れたっけ?」と思ったが、次の瞬間「ゲゲッ、群馬県の地図持ってくるの忘れた!」。幸い、集合場所は1年前と同じなので、うろ覚えながらも道は何とか分かる筈、「まぁ仕方ない、案内表示に気をつけて走ろう。」
 地図を忘れた動揺を抑えながら走って(笑)、10時半少し前に松井田妙義ICで高速道を降りる。そこからは県道を走って安中市の地蔵峠を超え、榛名湖畔の集合場所に着いたのは11時半少し前だった。

 愛用の中判カメラRollei SL66SEとレンズ3本のみで撮影会に臨む積りだったが、出かける時に何となく「一応35mm一眼レフもワンセット持って行こう」とカメラザックの中に入れたが、結果的にそれは大正解だった。
 宿となるホテルに集合し、昼食後バスで移動して吾妻渓谷で「さぁ撮るぞ!」と気合を入れてSL66SEで1枚撮影したら...んんん???...ゲゲッ(@@; )、動かない!?......(--;)...
 フィルム巻上げ機構のどこかがおかしくなったようで、シャッターのチャージまでは出来るがそれ以上は全く動かない。フィルムを取り出して色々やってみたが解決の見込み無し。「仕方ないなー、35mmで撮影しよう」となった。
 気を取り直して撮影続行、心配した天気は幸いなことに雨は降らず、時折青空が見えるほどで無事にその日の撮影は完了した。

 今朝は3:50出発の早朝撮影となっていたので一応目を覚ましたが、近頃寝不足で非常に眠いのと、雨が降っていたので「拙者は寝てますー」とそのまま布団に潜り込む。
 7時過ぎに起きたが、外は深い霧の中。早朝撮影から帰ってきた方々によると、雨は間もなく止んだそう。でも、あの天候では太陽が顔を出す筈が無く、ブルーがかった写真の撮影がメインになったんだろうなー。

 朝食後、宿を出て各自の車で撮影に出かけるが、台数が多い上に東京方面の参加者は貸切バスなので、ゆっくり走行の行列が出来上がる。
 最初の目的地は烏川渓谷で、1時間ほど撮影する。空から辛うじて雨が降ってこないという天気なので光の量が少なく、シャッターを切るのに気を遣う。一時間ほど撮影し、次は最終撮影場所の浅間大滝へ。

 滝の500m程手前にある駐車スペースに車を止めるが、どうも天気が怪しいので折畳みの傘を持って滝の方へ歩く。
 先ずは滝とその周辺をメインに撮影し、徐々に下流へ移動し始めたら、遂に雨が降り出した。初めはシトシトという感じだったが段々激しくなり、雨しぶきでズボンの裾が泥だらけになるほどになった。こうなると折畳みの傘では全く役に立たない。機材が濡れるのでハンカチで覆いながら無理矢理撮影していたが、更に雨が強くなってきたのでやや慌てながらカメラザックに機材を仕舞う。
 ここでも1時間ほどの撮影予定だったが、予定よりもやや短めに切り上げ、駐車スペースの場所で五月雨解散となった。

 帰りは軽井沢の町を通り過ぎて佐久ICから高速道に入り、前日のコースを逆に走って東名の小牧ICで降りて自宅に戻る。
 自宅でカメラザックを開けてみて仰天、カメラには水滴がビッシリ(@@; )!ではないかーっ!!すぐさま機材全部を取り出して机の上に並べて自然乾燥させる。大型リュックザック形状のカメラバッグは、自分が使っているのに限らず防水性に劣るのが難点だ。

 撮影会は無事終了したが、次の大判中判撮影会は2週間後、SL66SEの修理は間に合いそうにない。そもそもSL66SEが修理可能かどうか、可能としても幾らかかるのか、全く見当が付かない。既にHasselblad一式は手放してしまい、代わりになる一眼レフは手元に無いので、Rolleiflex(二眼レフ)を持っていくことになりそうだ。


再びツインメッセ静岡(2006/06/24 PM, 土)
 自宅にハーレー&ビューエルから案内が2週間ほど前に届いたので、昨年に続いて今年もハーレー・ビューエルの展示会へ出かけた。場所はツインメッセ静岡なので、帰りがけに母の姉宅にも寄ることにした。

 数日前の天気予報では「雨」だったが、当日は完全な晴天となり、気温が高くて屋外では暑いものの、会場は天井が高いためか暑さは感じなかった。
 いつものように多数の車両が展示され、定期的に「ナントカ県のナニガシ様、ハーレーご制約おめでとう御座いまーすっ」というアナウンスが流れる。アナウンスの度に関係者が拍手する。今日明日のフェスタ期間中に成約すると、バイクもカバーできる大型テントが貰えるんだそうな。「ほほー、そりゃ震災なんかに遭った時には役に立ちそうだなー」なんて思うが、勿論それだけの為にバイクを買う積りは無い。(笑)

 購入候補の一つとして考えているBuell Ulyseesは、2006年モデルではシート幅が広がって乗車時の安定感は増したものの、幅が増えた分足つきが悪くなってしまった。身長169cmの拙者だと、ノーマルシートでは両足のつま先を地面に付けるのが難しい状態となる。出展していたショップの独自カスタマイズでシート高を5cmほどローダウンした車両が一台あって、それに跨ると両足の親指付け根までがようやく接地するという感じである。
 エンジンそのものは変更が無いので、あえて試乗はしなかったが、試乗車両の走行を見ている限りは、昨年度よりは僅かにマイルドな排気音になっているような気がする。

 今まで色々な車種が頭に浮かんでは消え、の繰り返しだったが、ここに来てかなり固まってきたような気がする。
 BMWのR1200GSは完成度の高さは魅力ではあるものの、拙者にはハンドルが僅かに遠くて普通の乗車状態で猫背となってしまうので、候補からは少々遠のいた。
 代わりに俄然浮上してきたのがKTM LC8ツインエンジンの950Supermotoや990SuperDukeである。激情を秘めながらも普段は涼しい顔をしているかのようなエンジンは非常に好ましく、軽い車体は田舎道を恐る恐る走るような状態を苦にしないといった感じがある。
 KawasakiのZZR1400は跨っただけだが、それだけでもモンスター振りは十分に伝わってくるかのような造り込みが魅力。今乗るZZR1100Dに比べてかなり軽い感じに仕上がっているが、KTMのような軽さに触れてしまうと、やはり重いという印象は拭えない。

 いまのところは、ひとまずKTM等のツインシリンダーのオン・オフ系を数年乗り続けて、物足りなくなったらZZR1400のような大排気量マルチに乗り換えようかと考えているが、まだまだ迷う部分も多くてどういう結論を出すかは、自分でも分からない。(笑)
 まぁ、「迷っている間が一番楽しい」と言うから、暫くは未だ楽しめそうだ。(爆)


美術館とカメラザック(2006/06/18 PM, 日)
 妻の父上が美術集団「旺玄会」に属していて、その会の展覧会が愛知県美術館で開催中、昨日家族で見に出かけた。

 久し振りに名古屋中心部へ出かけたが、路上駐車規制なんて何処吹く風、あっちこっちが路駐でビッシリ。それに店がかなり入れ替わっていて、数年前よりも店数がやや減っているようだ。

 肝心の展覧会、父上の絵はフランス現地でスケッチしたものを帰国後書き上げたそうで、随分と大きなサイズの絵である。色調はここ数年共通のもので、安心して見ていられる。
 絵の数が以前に比べて少ないなーと思ったら、会員の高齢化で出展数が減少傾向なんだそうな。こんなところにも「少子高齢化」が顔を出すなんて...(--;)
 出展されている絵は大まかに暖色系と寒色系の色遣いに別れている。暖色系は記憶色と空想で描かれているのが殆ど、寒色系は写実的なものやシュールリアリズムの絵が多い。油絵だけかと思ったら水彩画も数点、日本画も1点あって興味深かった。

 美術館を出て、「序でに」と、近くのトップカメラへ足を運ぶ。
 3F中古カメラのスペースが以前にも増して広くなっており、棚には商品がビッシリ。熱心に品定めしている客が多い。
 2Fの用品フロアは、入り口側の棚は一見以前と変わらないが、奥にあるカメラバッグのスペースは2/3程度に縮小されている。ディジタルカメラ隆盛で大型カメラバッグの需要が落ちているのか、小振りなバッグばかりが目に付く。フィルムの棚もやはり2/3程に縮小されているが、値段は以前と殆ど変わらず一安心。

 撮影会では35mm一眼レフ一式と中判又は大判カメラのセットで撮影に臨む事が多く、今までは小型ザックとウエストバッグに分けて収納し運んでいた。ところが、風光明媚なところは山道で歩き難いところが多く、複数のバッグと三脚を持って歩き回るのは案外大変だということが分かってきた。バッグごとに揺れる方向が違うので、思いのほか体にかかる負担が大きいのだ。足場が不安定なところでは、多少重くなっても機材は一つのバッグにまとめて背負ってしまう方が楽らしい。実際、撮影会に参加されてる方々は大半が大きなザック一つだけだ。
 そんな訳で、以前から目星を付けていたザックを売り場で漁り、溜め込んであったポイントを使って格安に大型カメラザックを一つ仕入れた。次の撮影会は7月頭、早速出番となりそうだ。


まだバイク(2006/06/11 PM, 日)
 昨日、ギターの調整の為に一宮駅近くへ出かけた序でに長年お世話になっているバイク屋さん「スピードショップ東洋」(一宮市)に寄ったら、案の定ZZR1400が置いてあった。車体番号は既に5600番代後半となっているので、随分と人気が有るらしい。
 「跨ってみます?」というお言葉に甘えて、早速ライディングポジションをチェック。跨った直後の感触は「今のZZRと殆ど変わらないけど、引き起こしガ随分と軽くなった」。

 車体構成を見る限りはそれなりの重量があるはずなのだが、サイドスタンドから垂直に起こす時は随分と軽く感じる。エンジンを始めとする重量物が低い位置にマウントされている為だろう。
 ハンドルは今乗っているZZR1100Dよりもハンドルの握り一つ分手前にあるような感じで、勿論それなりの前傾姿勢となるが長距離でも苦にはならないだろうという範囲に収まっている。身長170cmの拙者にとっては足付きの具合も殆ど変わらず、ポジションについては全く不満は無い。しかし、「ZZRのCタイプに乗っている」という偶然居合わせた人によると、足付きがやや悪くなっていて、「雑誌では良いって書いてあったけど、これじゃそれなりの身長が無いと無理だよ」と仰っていた。

 これで、ちょびっと気になるF650とK1200Sを覗いて一通り跨ることができた。現時点での結論は「BMWのR1200GSは対象外」。
 R1200GSはエンジン特性やタンク容量を考えると、拙者の使い方には非常に好ましい特性を持っているのだが、如何にせんハンドルが遠い。オフ車なら背筋をピンと伸ばした状態でハンドルに手が届き、更に多少の余裕があってしかるべきだが、ノーマルでは猫背にしないと手がハンドルに届かない。この状態で長距離走れば腰に負担が来て痛くなることは目に見えている。ライディングポジションと云う基本的な部分で引っかかってしまっては話にならない。

 これから梅雨の時期に入るので試乗は難しくなる。急いでバイクを決めなければならない訳ではないので、ノンビリと構えて自分に合うものを探してゆく積りだ。


バイク試乗(2006/06/03 PM, 土)
 これからいよいよ梅雨の季節、土日目掛けて雨が降る日が増えてくる。そこで「雨が落ちてこない今のうちに」と、思い切って日頃から気になって仕方が無いバイクを全部試乗しようと考え、早速、午前中は自宅からそれほど遠くない岐阜県内のバイク屋さん、午後は愛知県内だけど高速道経由で自宅から小一時間ほど離れたところにあるバイク屋さんへ出かる。

 まずは1台目で、拙者がBMW F650と並んで「オールラウンダー」と感じているKTM 950Supermotoに試乗する。
 お店の人から一通りの説明を受けてから試乗開始。LC8というエンジンは「まるでマルチシリンダーみたい」と思うほどに非常に振動が少ない...と云うか、振動が全然感じられない。
 ちょっとアクセルをひねると直ぐに3桁速度へ突入しようとする元気なエンジンだ。低速トルクも必要十分な感じで、わざと細い路地を走ってみたが、軽い車体にしっかりしたトルクで案外スイスイと走れてしまう。ZZR1100のような重量車では味わえない、絶対的な軽さによる軽快感が実に心地良い。何となく右折する時に車体の抵抗感を感じて「あれれ?」と思ったが、これは着座位置が左側にわずかに寄っている、所謂「捩じり座り」だった為と思う。
 初めて乗るのにもかかわらず、まるで自分のバイクのように自在に扱えそうな気がする。Duke2に乗っていてKTMに乗りなれているせいもあるだろうが、それにしても走るラインを自分で好きに決めて行けるし、オフ車と同じ直立の姿勢なので遠くまで見渡せ、実に乗り易い。排気量の大きさから動力性能にも十分な余裕があって頼もしい。

 次に「話の種に乗ってみて下さい」と勧められて990SuperDukeに試乗する。
 基本的な部分は950Supermotoと同じだが、国産ネイキッドと似た、僅かな前傾姿勢となる。排気音は950に比べて随分と元気で歯切れ良く、乗る前から「高性能」を予感させる。
 走り出してまず感じるのは「ゲッ、こんなにスピード出てるのぉ?」。流れの良い国道では「なんだか前の車との間隔が直ぐに詰まっちゃうなー」と思ってメータを見ると既に80km/hを超えている!ではないか。メータに注意して走ると、ローで走り出して普通にセカンドにチェンジする段階で既に50km/hほど出ている。スピード感が全然感じられないので、メータを見てその速度に何度も驚いた。一寸したゴー・ストップでもあっという間に100km/h近く出てしまうのだ。とにかく走るのが楽しい。こりゃー面白いわー。(爆)
 軽い車体のお陰で細い道でも持て余すことは無く、950同様低速トルクも実用上十分と感じられる。走行ラインの自由度は950以上で、「どんな風にも走れる」という感じだ。

 最後に、BMW R1200GSに試乗する。
 跨って先ず感じるのは「うーん、外人さんサイズだなー」。両足が爪先立ちなのはKTMと変わらないのだが、ハンドルが少々遠くて前傾姿勢とまではならないものの少し猫背になってしまう。ハンドルが握り拳2つほど自分に近い位置になるとちょうど良い感じになりそうだ。
 リアはシャフトドライブだが、クセは全く感じられず、普通のバイクと何も変わらない。唯一、縦置きエンジン故にニュートラル・ポジションで空ぶかしすると車体が右側に倒れこもうとするが、これもわざわざ空ぶかししないと分からないので、普通に乗る分には国産バイクと全く変わらない。このバイクも右折時に僅かに抵抗感を感じたが、これも捩じり座りしていた為かも知れない。
 店員さんから乗る前に「乾式クラッチでスパッと繋がる傾向があるので、湿式クラッチしか乗ったことの無い方はエンストしないようにエンジンの回転をちょっと上げてからクラッチを繋いで下さい」という説明を受けたが、拙者には普通のバイクとの違いは感じられなかったし、いつも通りに走ってもエンストする気配すらなかった。
 大柄な車体なので取り回しには流石に気を使うが、走り出してしまえば全く気にならない。ジェントルで力強いエンジンは乗り手を急かすようなことが無く、実に従順である。前方に車が居なくなったところで加速してみたが、KTMほど強力でないにしても実用十分以上の力がある。

 ある程度広い道を使って距離を稼ぐツーリングならR1200GSが最も適しているだろう。ハンドルカバーやハンドルヒータは標準装備だし、オプションでパニヤケースが簡単に取り付けられる。ただ、旧モデルよりも大幅に軽量化されたとは云え、やはりデカイ車体でそれなりの車重があるので、田舎の狭い道では持て余すだろうなー。
 スピードを出すという意味ではなく、純粋に「走ること」を目的にするのなら、問答無用で990SuperDukeとなるが、荷物スペースが一切無いのと、ガソリンタンク容量が15リットルと少な目なので、長距離にツーリングでの使い勝手に少々疑問が残る。社外品でリアキャリアなどが発売されたりすればある程度は解消できるかも知れないが、給油回数が増えることは避けられず、恐らく200km程度毎に給油が必要だろう。
 950Supermotは他の2台の間を取ったような感じで、どのようなツーリングに出かけても難なくこなしてしまいそう。ただ、こちらもガソリンタンク容量が17.5リットルと少な目なので、その辺りをどう考えるかによって評価は変わってくる。
 3台乗り比べてみて、バイク選択の悩みは更に深くなってしまった。(笑)


プール(2006/05/27 PM, 土)
 以前から「清須市にアルコ清州っていうプールがあるから行こうよー、プールの帰りに麒麟麦酒のレストランに寄って、ビール飲んだら私が運転してあげるから」と水泳好きな妻に唆(そそのか)されていたのだが、いよいよ今日それを実行することになった。拙者のメインはプールではなく、勿論「ビール」である。(笑)
 自宅から小一時間ほど県道を走ったところにアルコ清州はある。駐車場は入り口からかなり進んだ建物の裏側にあり、降りてから入り口まで延々と歩く。
 料金払って更衣室で着替えプールへ。土曜ということもあって小学生と思われる子供連れが沢山居る。中学生のグループもキャーキャー云いながら遊んでいる。
 流水ループ、25m、長短滑り台、子供用と、プール施設としては結構充実している。

 妻は早速息子に泳ぎ方の指導、拙者はその間25mmプールに設けられた歩行用コースを歩くが、ノンビリ歩いている人ばかりでちっとも前に進まない。(笑)
 流水ループでは流れに逆らって息子がバタ足で泳ぐがズンズン流されて大笑い。拙者が平泳ぎで流れに逆らって泳いで見ると、以外にも前に進んで行くので自分でも少々ビックリ。但し長時間は続かない。
 2時間ちょっと泳いだり遊んだりしていたら16時過ぎとなり、次は麒麟麦酒の工場へ。

 プールから工場までは車で10分もかからない程度の距離しかなく、あっという間に到着。まだ16時半ちょっと前だが、バス停には真っ赤になったカップル一組がバスを待っていた。
 直営のレストラン「ブルワーハウス」に入ると、半端な時間の為か客は我々だけ。早速ビールやピザなどを注文、「季節のビール」を一気に飲み干す。このビールが一番苦味が少なかった。味は可もなく不可もなくという感じで、一般受けする味付けだ。
 1時間半ほど呑んで食べ、腹一杯になって「ご馳走様」。支払いは1万円弱だった。4人で食べたとは云え、ビール4杯呑み干したとは云え、少々値段が高過ぎるのでは?と思う。せめて7千円程度で収まれば「また来よう」という気になるのだが...


撮影会(2006/05/22 PM, 月)
 昨日昼から今日の午前中にかけて、「わの会」(三輪薫プロ主宰)の撮影会が乗鞍周辺で行われた。

 昨日は昼に集合なので、やや余裕を持って自宅を午前7時前に出発、東名高速から中央道と抜けて松本ICで降り、国道158を走って集合地「中の湯」へは11時過ぎに到着。一軒宿で、周囲には何も無い為、あやうく昼飯を食べ損ねるところだったが、三輪プロに交渉して戴いたお陰で、宿で昼食にありつけた。(笑)
 集合後は宿の周囲を撮影して回る。残雪たっぷりだが、気温は20度以上あってやや暑い。予定では安房峠の旧国道を探索しながらの撮影となっていたが、今年は雪が多かった為に路面の痛みが激しくて工事が間に合わず、まだ通行できないそうだ。
 夕食前には伊勢和紙によるプリントのデモも行われ、拙者も北海道で撮影した古いネガを一枚プリントして貰った。風景写真に和紙の少しざらついた質感がマッチして、とても雰囲気のある写真に仕上がって大満足。

 山間の宿に闇が迫る頃に参加者62名の夕食兼宴会に突入するが、1時間ほど経過したところで段々出来上がってきて騒ぎ出したお陰で、隣の人の声を聞き取るのが難しいほど。 2時間ほどしたところで先ずはお開きとなり、会場を片付けた後で改めてセミナーが行われる。先ず参加者が持参した作品の講評解説が行われるが、講評の途中から段々眠くなってしまう。「折角の機会なんだから」と何とか寝ないように我慢して持ちこたえる。23時過ぎからプロの作品を音楽と共に鑑賞が始まり、全てが終了したのは24時近かった。

 今日は4時に起きるが、当然のことながら非常に眠い...(--)z...ハッ、もう寝てはいけない( @@)...でも眠ーい...( --;)。上高地への入り口は5時に開くそうで、それに間に合うように全員で出かけるのだ。
 眠気を強引に押さえ込みつつバスに乗り込んで出発、大正池には5時10分頃に到着するが、既に朝陽は昇っていて、撮影に熱中している人達が居る。どうやら前日から入山していたらしい。夜明けの撮影をしたいのなら、確かに前日から入山していないと無理だろう。
 拙者が大正池に来たのはこれで2回目、前回は高校2年だったから20年以上前の話になる。一度大正池が土石流で埋まって復旧工事が行われたと記憶しているが、確かに以前見た大正池とは違っている。特に下流方向の変化が顕著に思う。
 気温が4度と低く、「念の為に」と持ってきたフリースの上着とイギリス陸軍の木綿ジャケットを着込んできたが、ズボンは春用の薄いGパンだけなので、とても寒い;-<。眠気はどこかへ吹き飛んでしまった。(笑)
 撮影していると手が悴(かじか)んできて、しまいにはレンズ交換すら難しくなってくる。他の皆さんは用意周到で、全身をしっかりした防寒スーツで固め、手には勿論手袋、更に帽子で頭を保護している。流石撮り慣れている人達は違う。寒さと戦いながらも撮影を続け、2Bを3本と少し、135を2本弱撮影したところで集合時間となり、7時過ぎに大正池を出発して宿に戻る。

 宿で朝食を取って少し休憩したら、平湯大滝目指して出発する。バス一台と自家用車20台以上が山間部のうねった道路を進む様子は何となく滑稽である。金魚の糞みたい。(笑)
 平湯大滝での撮影をもって撮影会は終了、拙者は序でに昼飯を食べ、三輪プロを含めたグループでしばし談笑した後、帰途に付く。国道158は高山市街でやや渋滞気味だったが、それ以外はスムーズに流れ、飛騨清見ICから東海北陸道に入ってそのまま一宮木曽川ICまで走り、自宅へは夕刻の明るいうちに着いた。

 息子と一緒に風呂へ入ったら「イタタタタタタタタタッ!!!」、見ると腕や顔がしっかり日焼けしている。暫くの間は風呂へ入るのが大変になりそう。(笑)


うわぁ!(2006/05/14 PM, 日)
 海外のオークションで、弾けないくせにBrianMooreのギターを落札してしまい、イタリアから先日送られてきたところまでは良かった。

 送られてきた箱が妙に小さいので「おっかしいなー、こんなに小さいギターな訳無い筈なんだけどなー...ゲゲッ、まさか...」と思いつつ梱包を解くと、案の定、ボディとネックが外されてバラバラの状態で入っている。しかも、フィンガーボード側は保護材も何も無いので多くの引っかき傷が付いてしまっている。中古なのである程度は覚悟していたが、この梱包では輸送中にも傷は増えているだろう。ただ、不思議なことにボディ側には擦り傷などは全くと云って良い程見当たらない。

 まずはボディとネックを接合するが、四つのネジ穴のうち一つが馬鹿になってしまっており、締め付けることが出来ない。「うひゃー、やっぱり」と思ったが、こればかりはどうしようもない。
 イタリア人は扱いが雑なことが多いので、落札後にイタリア人と判って「これは不味いかも」と危惧していたのだが、残念ながらその予想は当たってしまったようだ。恐らくねじを緩める際に逆に締め付けてしまい、ネジ穴を駄目にしてしまったのだろう。

 自分でネジ穴を修復する手もあるのだが、モノが楽器だけに素人が手を出すのは少々気が引ける。今となっては国内での入手が難しいものだけに、余計に失敗が怖い。だから、暫く様子を見て、いつかはプロショップに調整をお願いしようと思っている。
 取り合えず弦を張って音を出してみた。今のところ問題は無さそうだが、Piezo部は未チェック、シンセサイザーとのインタフェイスの部分は機材が無くて確認のやりようが無い状態なので、なんらかの手を考えねばならない。

 これで落札したギターは4本目、自分では気が付いていないが知らないうちにストレスを溜め込んでしまっていたようだ。注意せねば...(^^;)...(--;)


信州行(2006/05/07 PM, 日)
 先週砺波チューリップフェアへ行ったばかりだが、母が「未だ連休があるんだから、どっか行きたい」と言う。

 実は昨年10月に信州霧ヶ峰・カルペデイムに泊まった際、母が腕時計を忘れてきてしまい「何時かは取りに行かなきゃニャー=^^;=」と思っていたので、「じゃぁ信州へ行って時計を取りに行く?」と言うと母は「それは良い考え、そうしようそうしよう」、風邪気味の妻は「エェー、旅行から帰ってきたばかりぢゃん」と乗り気でない。しかし、母の鼻息は荒く、妻はその迫力に負けて再度旅に出ることに。(笑)

 不惑の年は大厄の年でもあり、妻の薦めで5/3に真清田神社でお祓いを受け、早速旅の準備に取り掛かる。
 カルペデイムへ行く時は、まず高速道で信州中野まで出て、渋峠と軽井沢の茜屋に寄るというコースばかりで家族連れでは少々ハードな為、今回は諏訪湖近辺で見所を探すことにした。

 5/4の9時頃自宅を出て東海北陸道へ上がり、朝食の為に関SAに入る。車を止めて店の方へ歩いて行くと...ん?あの姿はかつての???...と思ったら向こうも気が付いた。やはり前職(トヨタ・コミュニケーション・システム)での部下U君だった。彼は今までの部下の中でも断トツに優秀な人物で、何かにつけて随分と助けられた。今も同じ職場に居るのだが、正直そこに居るのは勿体無いと思う。拙者が彼に教えるべき事は沢山あったのだが、先に拙者が辞めてしまい、彼には申し訳ないことをしたと、今でも思っている。
 しばしU君と談笑した後、朝食を取って関JCTから中央道の土岐JCTへ出るが、JCT合流地点で早速渋滞、「うわぁ、流石世間がゴールデンウィークと持ち上げるだけのことはあるなー」と思ったら15分程度で流れが良くなりホッとした。

 伊北ICで降りて国道153を北上、先ずは「分水嶺公園」へ。
 小さな駐車場に車を停め、階段を上がるが、その階段は手入れが全くされておらずコンクリートのあちこちが崩れている。「おかしいな」と思いつつ進むと...ありゃりゃっ?!水が無い???
 湧水が枯れてしまっているし、かなりの大きさの建造物を撤去した痕がそのまま残されていたりして、公園内は荒れるに任せたという、かなり酷い状態だ。お世辞にもわざわざ見に来るような場所ではない。

 気を取り直して、次は塩尻市内にある西福寺へ。
 曹洞宗の寺院は何処でも庭園が立派だが、このお寺も例外ではなく、山肌も利用してそれなりの規模の庭園が造られている。本堂も大きくて見栄えがする。本堂脇にある枝垂桜がちょうど満開だった。これだけの見所があるお寺なので京都方面であれば間違いなく拝観料を取られるだろうが、無料で見学できるというのは有り難い。

 来た道を戻って県道254で諏訪湖方面へ向かうが、途中「地球の宝石箱」という看板が見えたので寄り道する。
 鉱石関係の民営博物館で、珍しい鉱石を揃えていて見るだけでも結構面白い。が、石彫をやっていた妻は「石なんて虚(うろ)にちょこっと綺麗な石が並んでいたからって言っても、所詮はハズレ。石は彫るものだから、きっちり詰まった石じゃなきゃ。だから、こういう鉱物を見ても面白いとは思わない。だって彫れないんだもーん」だって。恐れ入りました。(笑)

 地球の宝石箱で予想外に時間を使い、やや慌てて県道254で諏訪湖方面へ向かうが、国道20との交差でまた渋滞、その後も国道20は断続的に渋滞していてちっとも前に進めない。「これじゃ時間がかかるだけだ」と思い、国道142へ入ってビーナスライン経由で霧ヶ峰へ進んだら既に18時近くという夕刻のせいなのか、こちらの交通量はとても少ない。お陰で順調に進んで、今日の宿カルペデイムへは16時半頃に無事到着。

 なんと、カルペデイムには昨晩から友人E氏が2連泊中!だった。家業廃業後、初めて「人並みな」連休を確保できたそうだ。久し振りに一緒に風呂を浴びて、夕食はそのまま飲み会みたいな感じに。(笑)
 夕食後は勿論、いつものおしゃべりタイムに突入。(笑)でも、E氏は日頃の疲れが溜まっているのか早々に退場、代理?でE氏の奥方と息子殿がそのまま参加、深夜までひたすら呑んでしゃべっていた。

 翌日5/5は10時半過ぎにカルペデイムを出発し、国道20経由で国道19へ入った...ら、あちこちで渋滞に巻き込まれる。高速道路の入り口でも「渋滞」と表示されていたし、連休中だから仕方ないか。
 何故か気になって毎回寄ってしまう道の駅「木曽ならかわ」に今回も寄り道し、そこに入っている喫茶で遅めの軽い昼食を取る。ここのカフェ「U LiFE(ユーライフ)」はフィンランド人が経営しており、フィンランドならではの品物を色々置いていて、見るだけでも面白い。ここでフィンランド流軽食の後、併設されている「木曽工芸館」の売り場を丹念に物色する。
 実は、昨年この売り場で品の良い丸机が売りに出されていて欲しかったのだが、自宅の部屋の大きさを考えると丸机のサイズが少々大き過ぎて考えこんでしまい、春からほぼ毎月のように売り場に来る度にため息をついて考え込んでいたが、遂に昨年秋に売れてしまったという苦い想ひ出があるのだ。今回も食指をそそる丸机があったが、衝動買いできるような金額ではない為、ため息をついただけに留めた。(笑)

 その後も国道や県道との交差点がある度に渋滞し、特に国道256との交差点では交差の手前4km程から激しい渋滞となり、長年の勘で探し当てた裏道をそろりそろりと進んでなんとか切り抜け、中津川市内へ入ったら15時を既に回っていた。これから南は交差点が増えるので、中津川ICから中央高速道に入るが、こちらも土岐IC手前で渋滞にぶつかってしまう。ややうんざりしながら渋滞の中をトロトロ進んでJCTへ入るが、これ以降は今までの渋滞が嘘のようにスムーズな流れだ。関SAで早めの夕食を取り、そのまま自宅まで一気に帰ったら18時過ぎであった。

 久し振りの旅行続きで面白かったが、「もっと行きたいっ!」と感じるのも事実。今度はヤマツツジ満開の頃を狙って再び信州行きを画策しようと思う。たまにはバイクで行きたいんだけどなぁ...


チューリップ(2006/04/30 PM, 日)
 妻の要望で、3年ぶりに砺波チューリップフェアに出かけた。
 昨日は朝7時に出発、でも只今免停直前の点数5点満点故に東海北陸道をメインにややゆっくり走り抜け、現地には10時頃到着。

 路上に立つ交通整理の人達の指図通り進んで駐車場に車を止めるところまでは以前と何も変わらなかったが、その後会場へ向かうまでの間に違和感を覚えることとなった。それは「やたらと富山ナンバーが多い」ということである。
 前回の時は、駐車した車のナンバーはそれこそ全国各地で様々だったが、今年は近県のナンバーが非常に多いのだ。「ひょっとして、景気の冷え込みがここまで影響しているのか?」と思う。所詮小泉首相はマネージメントしか出来ない人物、小物だがブッシュの方は多少リーダーシップが取れるだけ米国の方がマシなのかも知れぬ。だが、その下らない小泉率いる自民党(自眠倒という文字の方がしっくり来るが)を支持する国民が多いんだから仕方ないか。北朝鮮はおろか、中国や韓国からも貶されているというのに涼しい顔をしているひ弱な日本政府、日本人の平和ボケもここまで来れば天晴れ、大したものである...なんて感心してて良いのだろうか?:-P

 チューリップフェアの会場を隅から隅まで嘗め尽くすように見て回ったら4時間経過、これ以上見るものが無いので会場を出て、「折角来たんだから周辺を一寸走ってみよう」と、砺波市内を走ってみた。
 チューリップは連作を嫌うので、水田を使って頻繁に場所を変えて栽培するらしい。住宅密集地を外れると、あちこちでチューリップの花を切り落とした後と思われる畑があちこちにある。母は以前から「会場でなくて畑で一面に咲いている所を見たい」と言っていたが、幸いにも今回そういった場所を4つほど見つけることができ、近くに車を止めてしばし花を満喫した。

 チューリップを堪能して宿に向かう。
 以前なら近くにあった「かんぽの宿」に転がり込むだけで済んだが、意味不明な「合理化」号令の元にかんぽの宿は昨年で廃業してしまった。今年は本で調べた中では一番安かった民宿に泊まることにした。何せ大人一人7500円という宿なので、正直なところ余り期待はしておらず「寝泊りできれば良いや」という程度にしか考えていなかった。

 宿は利賀村長崎にある「民宿 岡部」で、カーナビの案内で到着。外観は質素な「昔ながらの宿」と言う感じ。しかし、中は意外と良い造りで、通された部屋は宿で一番大きな部屋、床の間もあって「しっとりした日本間」の佇まい。
 何と云っても驚いたのが食事の料理で、今まで泊まった民宿の中ではブッチギリの一番、下手な料亭が素足で逃げ出しそうなほど素晴らしい味!!!お陰で予定外のビールが進んだ。(笑)
 このサイトに来て頂いている方々には既にお馴染みであろう、信州霧ヶ峰の「ヒュッテ カルペデイム」が拙者の定宿だが、この民宿も定宿の仲間入りとなりそうだ。

 一夜明けた今日は、只自宅に戻るだけ。ノンビリと国道を南下して途中から東海北陸道に上がって一気に自宅へ...でなくて、関ICで一旦降りる。今回の旅行の前から母が「関の刃物市で買った包丁の柄が腐ってグラグラになってるから修理したい」と言っていたからだ。
 初めは「関刃物会館」へ行く積りだったが、インターを降りて直ぐに「関刃物センター」の案内表示板を見て「とりあえず行ってみよう」とそちらへ。インターの直ぐそばで、結構大きな建物である。
 中に入っていくと、結構広いスペースに色々な刃物が陳列されていて、包丁やナイフ類を見るだけでも十分面白い。店員さんに母が「柄が腐ってグラグラになっちゃって...」と事情を説明したら、その店員さんが社長を呼び、社長は「うーん...ちょっとお待ち下さいね」と作業机の方へ包丁ごと持って行って作業し始める。
 なにやらゴソゴソと作業して待つこと数分、柄の腐った部分を削り取って割り箸を削ったものを挟み込んで固定したという。母が「御代は?」と言うと、社長曰く「いやいや、こんなのは御代を戴くほどしっかりした作業では御座いません。お恥ずかしいですが、これではお金は戴けませんので」と。今時珍しい職人気質、実に良く出来た人物で感銘を受けた。
 自宅にはまともな砥石がなくて四苦八苦していたので、序でに大きな砥石を購入して店を後にしたが、暖かくなってきた気候と同様、何となく暖かい気持ちになりながら自宅まで帰ってきた。良い旅だったなー。


 今週はロクでもないことが続いてしまった。

 先ずはオーディオの修理だ。先日Canterbury15の右側から高音が出ないことが判明、購入したお店の人が深夜にわざわざ名古屋から我が家までやって来てあちこちチェック、ボイスコイルの導通が無いことが判り、ユニットごと入院となった。
 幸いにも数日で修理完了し、昨日また深夜に今度は4名の店員さんが来宅。車からそろりそろりとユニットを運んでくる。「アルニコ3のユニットにもしもの事が有ってはいけませんので」だそうな。まぁ確かにかなりの重量だから、最低でも2人でないと作業はできないわなぁ。
 不調の原因は高音ユニット部分の不良とかで中身を交換したらしい。出張費も含まれているのだろうが、それにしても4万5千円の出費は痛い。(笑)

 次に、遂に風邪が大ブレイクし、昨日は完全な病人でほぼ1日寝込む羽目になった。
 その前日から頭が熱っぽくて「変だな」とは思ったが、鼻水は収まってきていたし、咳も殆ど出ない状態だったので、まさか翌日に酷い頭痛と鼻水と咳に襲われるなんて考えもしなかった。

 最後に、「もうちょっとで一年経つところだったのに」警官の罠に引っかかってしまった。
 昨日は息子の誕生会、親戚や妻の両親も呼んでの夕食会の予定、「何が何でも夕食だけは食べられるように」と思い、ひたすら夕方まで大人しく寝ていたので、親戚をJRの駅まで出迎えるのは妻に行って貰う積りだった。ところが、実は妻も息子の風邪を貰って体調を崩していたので、寝過ぎてふらつく頭を抱えながら車で迎えに行き、無事車に乗せて自宅へ向かうまでは良かった。
 国道22号の交差点はいつも渋滞気味なので、一宮市北部の住人なら大抵知っているアンダーパスの方へ行こうと考えて貴船町にある医師会館の北側の道路を東に進んでヘアサロンを通り越した最初の十字路を北へ左折するとアンダーパスへ真っ直ぐ進めるようになっている。
 が、少し前に「スペクトル貴船」という大規模マンションが建ったためか道路幅が拡張され、知らないうちに「一旦停止」の看板が立てられていたのである。道拡張以前には一旦停止の看板を見た覚えが無いので、拡張工事の時にでも立てられたのだろう。
 ここで、遠くをしっかり見ていれば挙動不審な警官がうろついていることに気が付いたのだろうが、ボーっとした頭ではそこまで気が回らず、散漫に徐行して進んだら、突然警官が飛び出してきて「一時停止違反です」だって。お陰で2点追加となり、現在5点満点である。

 不惑の年を迎えて以来、内痔核による大量出血を先頭に、本当に変なことばかりが続いていて、流石に「こりゃーお払いにでも行ってこなきゃいかんかニャー?=^^;=」と感じるようになった。妻も「今度の連休にお払いして貰いに行こうね」と心配そう。早速連休の予定が入ったゾ。(笑)

雨天(2006/04/16 PM, 日)
 昨日、一つ前の勤務先の仲間を中心とした集まりのツーリングが開催される予定だったが、生憎朝から雨となってしまい、延期となってしまった。久し振りに前職の人達と会えると思って楽しみにしていたのに残念である。昨日は予定が完全に狂ってしまった。

 数日前から酷い鼻炎で「いよいよ花粉症か?」と思ったが、鼻をかむ度に黄色いものが混じっているので、どうやら風邪らしい。「どうせ予定が狂っちゃったから」と、午後は昼寝して過ごした...と言うよりは、鼻炎カプセルによる強烈な眠気に負けて眠りこけてしまった、というのが正しい。(笑)最近の風邪薬は眠気を催すものが多いので迂闊に飲めないよなー。

 今日は午前中雨が残ったものの午後は晴れたので、家族で久し振りに色々と買出しに出かけた。買出しと言っても大したものはなく、長年の懸案となっていた妻のバッグのみと云っていいほどである。

 妻はデザイナーだっただけあって色々とコダワリがあり、そんじょそこらのバッグはお気に召さないのだ。(笑)具体的には「日常に使うものに、子供が着る服や着替えも入って、普段は小さく、荷物が増えたら大きくなるようなバッグ」が欲しいんだそうな。そんなんだったら拙者も欲しいよーっ!。(爆)
 あちこち店を梯子して探さなけりゃならんのかと思ったら、既に妻はめぼしいバッグに狙いを定めていたのであった。(笑)それはそれなりのブランドもんで結構値が張るが、ある程度の長期間使うことを考えれば納得の行くレヴェルのものである。
 そうは云っても、お金に色々と苦労していた妻にとっては大きな買い物となるのでかなり長い間購入に躊躇していたらしい。

 拙者の眼から見ても、たかがバッグ如きに数万円とは、額だけを取れば確かに結構なお値段ではあるが、しっかりした牛革が随所に使われていること、全体の作りがしっかりしていること、バッグ内部の構造にも手抜きがないことを見れば、決して高いものではないと、十分納得できるものであった為、その場で購入した。いつも健気に頑張ってくれている妻へのささやかなプレゼントである。尤も、カードのポイント還元でかなり安くなるというのも影響大だが..。(笑)

修理その3、または頭の痛い話(2006/04/09 PM, 日)
 昨日、同じ勤務先で管理職をされている方から「オーディオの音を聞かせて下さい」という申し入れがあり、昨日の午後に試聴会を設定した...と云うと聞こえは良いが、オーディオのある部屋は子供の遊び場となっていて、おもちゃやら本やらが散乱しており、スピーカの上にも色々と荷物などが積んであるという有様、数日前から片付け始めて何とか当日午前中で撤去及び清掃が完了したという、ヒヤヒヤものだったのである。(笑)

 「やれやれ、何とか片付けが間に合って良かった。念の為に音を出してみるか」と数週間ぶりに音を出す...アレレレッ!?...右側スピーカの高音域が出ていないぞーぉ???
 直前になって判っても試聴会には間に合わないので、不本意ながらこのままの状態で聞いて貰った。ちなみに、スピーカはTannoyのCanterbury15/HE、CDプレーヤはMusial FidelityのX-RAY、プリメインアンプはFlyingMoleのCA-S3である。アンプ以外は皆中古で、特にX-RAYはPSE(電気用品安全法)騒ぎで価格が下落したところを狙って購入したものである。

 試聴を続けていると、少しずつだが右側からも高音域が出るようになった。現象からすると、スピーカ内ネットワーク回路のキャパシタ劣化が疑われる。このところ立て続けにコンデンサ絡みで修理しているので「またか」という気もするが、故障ばかりは仕方ないなー。
 簡単なものなら自分で修理するのだが、流石にオーディオ専用部品となると入手は決して簡単ではない為、専門店で修理をお願いする積りである...ということは、当分オーディオはお休み?それも辛いなぁ...


修理#2と試乗会(2006/04/02 PM, 日)
 3月29日深夜、そろそろ寝ようと何気なく窓の外を見たら...エーッ?白いものが舞ってるぅー??...この時期には珍しく雪となった。道理で寒い訳だ。
 翌日起きて窓の外を見ると案の定真っ白だが、道路の上は解けているので通勤に支障は無くて助かった。この日の午前中は「雪に桜」という千歳一遇のシャッターチャンス、多くのカメラマンが撮影に出かけたことだろう。拙者も切羽詰った仕事さえなければ、カメラを持ってあちこち行きたかった...

 閑話休題、先ずは「修理 − その2」について。
 先週古いチューナを修理し、「これで妻や母のNHKラジオ外国語講座を録音できるぞ」と思ったのも束の間、今度はSony製のタイマーが怪しい。1日で1秒近く遅れていくのだ。「ムムムっ、これはいかん」と、早速カバーを開けて中を確認する。
 1980年代の回路は、部品精度の都合から調整することを前提としているものが殆ど。今回のタイマーもその例外ではなく、クリスタル(水晶発振子のこと)の近くに周波数校正用のトリマー・コンデンサがあり、それで微調節できるようになっている。

 クリスタル近辺の周波数を拾えば直ぐ調節できるだろうが、生憎周波数カウンタを持っていないので周波数が判らず、またもやオッシロスコープを引っ張り出して測定、そこから周波数を計算するのだが、結構面倒だ。しかも、この回路に使われているクリスタルは一般的なものとは違うらしく、ぴったりした値にはならないので、オッシロスコープだけで調整するのは難しい。
 仕方ないので、クォーツ時計を基準に半日程度放置し、どれ位違ってくるのかを見てトリマーコンデンサーを少しずつ調整する。手間のかかる作業だが、回路定数が判らない場合には有効かつ実践的な手法である。
 数日かけてようやく満足行く状態になり、念の為に早速チューナやMDレコーダを接続して動作テストをしてみるが、勿論正常。「これで作業完了かな」と思ったが、一旦タイマーの電源をコンセントから引っこ抜いて、再度接続してみると時間がリセットされてしまう。「ゲゲッ、こいつもリセットしちまうのかーっ?!」(笑)
 調べてみると、先週のチューナ同様、電気二重層コンデンサがパンクしていて、バックアップ電源の役目を全く果たしていない。明日からラジオ講座は始まるので部品調達は間に合わない為、暫くは今のまま使うことにして、部品が調達でき次第修理する積りだ。

 次に試乗会について。
 手元に案内の葉書が届いていたので、初日の4/1にハーレー・ビューエル展示会に車で出かけた。会場は前回と同じ名古屋ポートメッセだ。ここは駐車場が1日700円と有料なのが悩ましいところでもある。
 息子は早速キッズ向けの施設に入り浸りで出てこようとしない。「成果を出す為には、先ずは子供を攻撃せよ」という最近トレンドのマーケティングに、まんまとはまってしまっている。こんなに素直で大丈夫なんだろうか?(笑)
 息子が遊ぶのに夢中になっている間に、気になっている「Buell/Ulysses XB12X」の試乗にチャレンジすることにした。申込用紙を記入して、待ち行列の最後尾に付く。
 ハーレー各種の試乗希望者は非常に多くて長蛇の列だったが、Buell系統は非常に少なく、最後尾と云っても自分の前には2人しか居おらず、直ぐに市場の順番が回って来た。

 前回XB12Scgに試乗していたのである程度予想していたが、実際には自分の予想を良い意味で裏切っていた。
 まず、振動が非常に少ない。国産マルチエンジンに比べれば勿論振動は多いのだが、今乗っているKTMのDuke2に比べれば非常に少なく、まるで国産マルチに乗せられているかのよう。クラッチ操作も軽い部類に入り、神経質なところは一切感じられない。多分調節できるようにはなっているのだろうが、試乗車はクラッチレバーをかなり離した位置で繋がるようになっていたので、そこが少し気になった。
 走り出してみると低速トルクもそこそこあってスルスルと加速し、立ち気味のポジションもあって遠くが良く見通せる。リラックス気分で実に乗り易い。身長169cmではオプションのローシートでも両足のつま先しか付かないが、重心が低くて車重を余り感じないので不安はない。今乗っているZZR1100と大差ないし、R1200GSとほぼ同じという印象である。
 ウィンドシールドは一応付いているが、かなり低い位置にあるので実効性は大して期待できない。透明なシールドは工具無しで簡単に外せるので、大型シールドを自分で取り付ける方が良さそうだ。

 Ulyssesはツーリングを強く意識した造りとなっていてパニアケースなども用意されており、直接競合するのはBMWのR1200GS辺りとなる。使い方によってどちらを選ぶかが決まってくるのだが、金額的にはかなりの差があるので、その辺も考慮する必要が有りそうだ。少なくとも、今回の試乗会で乗る前以上に気に入ったのは事実である。

 バイク買い替えの時期は決めていないが、何処のメーカでも秋から冬にかけて「パニアケースサービス」とか「大型テント・プレゼント」などのキャンペーンをやることが多いので、その辺を狙っている。ということは、当分先になるということだな...

修理(2006/03/26 PM, 日)
 このところ、我が家の耐久消費機材が次々と問題を起こして引退の危機に瀕している。
 特に、NHKラジオ語学講座に使っている古いチューナが、どういう訳か電源を切ると初期化されてしまうという状態になり、エアチェックで録音できない状態に追い込まれていた。「こりゃぁー4月から新しい講座が始まるのに不味いぞ!」と思って早速分解して見たら...ナルホドォ、大容量キャパシタが粉を拭いて「お亡くなり」になっているではないか。(笑)

 大容量キャパシタとは、文字通り「大きな容量」のコンデンサで、メーカによっては「ゴールドキャパシタ」とか「スーパーキャパシタ」とか呼んでいるもの。単位が「F(ファラッド)」と桁外れな容量で、小さな電池みたいなものだ。最近はメモリの内容保存の為にも使われてるらしい。電池と違って充放電は自由なので、充電回路さえあれば負荷電流の小さなものなら電池代わりに使えるという、極めて便利なものなのであーるっ。
 いつもなら名古屋の大須へ出かけて部品を漁るのだが、今回は時間が無いことに加えて、部品が特殊で東京以外では入手し難いだろうという推測もあって、インタネット上に広告を出している店に直接発注して自宅に送って貰った。

 早速古い部品を取替えようと、半田ごてを当てるが...半田が融けない???どうしてー???よくよく見ると、古い部品から染み出た電解液が半田付けの表面を白く錆びさせてしまい、半田ごてで幾ら暖めても融けないのだ。
 そこで、先ず錆びを先端の鋭いピンセットで徹底的にこそげ落として綺麗にし、その上で改めて半田付けをしたら、今度は上手く行った。
 大容量キャパシタの充電は、突貫電流を避ける為に回路設計で電流が抑えてあり時間がかかるので、電源を入れっ放しの状態で30分以上放置しておいた。通常はこれでキャパシタへの充電が完了するはずである。。

 1時間近く経過した後、念の為にオッシロスコープを引っ張り出してきて回路のあちこちを測定してみるが、勿論動作は正常。これなら大丈夫、修理完了である。
 今回修理したのはTechnicsのST-S4という古い機種で、部品代が530円、送料が部品より高い735円だったが、それでも十分安く仕上げられたと思う。メーカに修理に出すと通常は「部品払底で修理できません」、仮に運が良かったとしても代替部品費用に技術料を上乗せして数万円の修理費となったであろう。
 ヨーロッパなら市場に出された製品は最低でも50年以上部品供給を心配しなくても済むのだが、残念ながら日本では阿保な政府の馬鹿げた政策のお陰で最長でも8年程度しか部品在庫が保障されていない。どーせメーカ保障期間は過ぎているのだから、駄目元で自分で修理してみて上手く行けば儲けもの、という有様なのだ。

 他にも修理が必要と感じられる機材があり、今部品の調達をどうするか思案中である。世間は電気用品安全法のPSEマークで大騒ぎしているが、拙者には余り関係無さそうだナ。(笑)

一周忌(2006/03/21 PM, 火)
 3/19(日)、親父の一周忌を行った。亡くなってから一年経つことになるが、日々の生活に追われていると時折思い出すことはあっても、時間をかけて反芻することは無く、久し振りに親父の話題が一日中尽きない日となった。

 1ヶ月以上前、お寺に「一周忌をお願いしたい」と電話したら、既に3月下旬は予定が一杯、3/19も5軒ほど予定が入ってしまっているとのことだったが、平日では親類も来るのが大変なので、「それではお昼の12時に」とやや無理にお願いして何とか開催できたから良かったものの、ウッカリしていれば命日を過ぎてからに成りかねなかった。この時期は晩夏と同様に葬儀が多いので、お寺も何かと忙しいそうな。

 昼食が前回と同じ店ではつまらんだろうと、木曾川を挟んだ川島町の料理屋を予約した。
 このお店が予想に反して大当たり、一番安い料理を頼んだのに一切手抜きが無いし、高齢者主体の会合にはちょうど良い量だった。しかも幼児のランチはおもちゃ付きで、息子は大喜び。(笑)
 そういえば、親父がまだ教員現役だった頃「木曾川を超えてわざわざタクシーで呑みに行っても、愛知県側よりはぐっと安い」と言っていたのを思い出した。昔から「川を越えると安い」と云われているが、将にその通りと実感した次第である。

 一周忌のお経は自宅で上げて貰ったのだが、そのためには日頃グチャグチャになっている自宅を掃除せねばならず、母親の確定申告も重なって、連日テンヤワンヤ。(笑)
 まず、仏壇のある部屋は、掃除機や座布団、コートや手袋等、日頃良く使うものの置き場になっている。本来ならばそれぞれに仕舞う場所が確保されていてしかるべきなのだが、自宅を新築した頃からほぼ今の状態で「何となく」10年以上過ぎてしまっていて、入れたくても場所が無いのだ。自宅を設計した建築士は「この家は普通の家よりも仕舞う場所がとても多いんですよ」と言っていたが、有れば有ったで「これも一寸取って置こう」と色々入れてしまうので、結局必要なものは目に見える範囲に置かれているという状態になってしまう。(笑)

 次に、仏壇のある部屋が既に日常のもので一杯になっている為、廊下まで色々な荷物がはみ出しているのが、ここ数年のトレンド?になっている。(爆)
 息子が幼稚園で貰ってくる絵本、使わなくなったオーディオ用スピーカ、酒屋から買い込んできたものの行き場の無いウィスキーやワイン...幾らなんでも見苦しいので、これらも一時的に風呂場!へ緊急避難させる羽目に。(笑)
 それでも収容し切れないものは、とりあえず2階へ運んで何とか見てくれだけは整えた。

 一周忌の行事全てを終えて親戚をJRの駅まで送り届けたのが16時半過ぎだった。その後はいつもの生活に戻ったのだが、日没頃から何となく体がダルく感じたので早めに床に着いたが、しっかり寝たはずなのに昨日朝起きるとダルさが抜けていない。しかも寒く感じる。テレビの天気予報では冷え込むと言ってはいたが、それにしても何となくおかしい。
 その後、段々と目が涙っぽくなり、更に時間が経つと鼻水がやたらと出るようになった。「ゲッ、とうとう花粉症の発症か?」と一瞬ギクリ!としたが、鼻をかんだら黄色いものが鼻水に混じっていた。どうやら風邪を引いたらしい。熱は無いのだが、体のダルさはずーっと変わらないままだ。
 昨日は平日だが、何となく休暇を取ってあったので救われた。案外自分自身で予知していたのかも知れない...???

 今日は午前中までウトウトしたりして未だおかしかったが、一日中大人しくしていたせいか、午後から少しずつ調子が戻ってきたような気がする。鼻水も午前中よりは少し落ち着いてきた。
 休暇を取ったので土曜から4連休だったが、結局は一周忌をやり終えただけになってしまった。明日からは勿論仕事、風邪の症状が少し治まっただけでも良しとせねば...

バイク考(2006/03/11 PM, 土)
 午前中、春日井にあるバイク屋へ足を運んだ。
 職場の旅行で昨年秋に行われた名古屋モーターショウへ行った折に、二輪BMWのブースでR1200GSやK1200Sについて係員を質問攻めにしたのだが、その時BMWジャパンのアンケートに拙者の連絡先を「ディーラーに知らせて良い」と書いたので、そのバイク屋さんから電話を貰っていたのだった。土日が平日以上に忙しいので行く暇が無く1ヶ月以上経ってからようやく時間が取れたのである。
 午後から息子の就学に必要なものを買出しに行かねばならぬという状態だったので、時間が足りず試乗は出来なかったが、改めて2台とも跨って感触を確かめた。

 R1200GSのノーマルポジションでは上体がかなり起きた感じとなる。この辺はオフロード系のバイク共通である。エンジンをかけて貰い、アイドリング中に軽くレーシングすると、予想以上にタコメータの針が元気に高回転側へすっ飛んでいくのには少々ビックリした。知人がR1100RSに乗っていて、そのエンジンの挙動はある程度知っている積りだったが、新エンジンの改良振りはその動きだけでも十分伝わってくる。ただ、車体が右側に動くトルクリアクションは、少なくなってはいるものの相変わらず健在である。店員の説明では、走行中は右側へ振られるようなトルクリアクションは皆無になっているという。

 K1200Sは店内展示だったのでエンジンをかけることは出来なかったが、黒と黄色の2トーン仕上げは写真以上に綺麗に思えた。こちらは今乗っているZZR1100と大差無いポジションである。気になるのは、トップケースの設定が無いこと。メーカ純正では左右のパニアケースのみの設定となっている。

 拙者の場合、バイクで出かけるときには何らかのカメラ機材を積んで行くことが殆どで、Rolleiの一眼レフ(ブローニー判)なんぞはセットとなると結構な重量になる。これを片側のケースに収めると、もう一方には宿泊の着替えなどを入れることになるが、重量配分がカメラ側に偏ってしまって都合が悪い。初回の北海道ツーリングでそのことを十分に体感したので、以後は荷物を左右に分けるスタイルは取っていないのだ。大型のパニアケースなら35mm一眼レフのセットと2週間程度の着替えが十分収まるので、敢えて左右に分ける必要性を感じていないせいもある。

 現段階ではBMWに全く試乗していないので何とも云えないが、チェーンの手入れだけを考えればBMWは圧倒的優位にある。ただ、シャフトや縦置きエンジンによるトルクリアクションや取り回しの重さがどの程度なのか、という問題は残る。  KawasakiのZZR1400を初めとするスーパースポーツを中心に乗り換えを検討中だが、今すぐ答えを出す必要は無いので、じっくり考えて行くことになりそうだ。まぁ、「どの機種にするか、迷っている時が一番楽しい」という話もありそうだが...。(笑)

実走テスト(2006/03/05 AM, 日)
 息子は5泊6日の入院を終えて無事退院、その後の経過観察も順調で事無きを得た。今回はアデノウィルスによる咽頭炎で、幼児には比較的多いんだそうな。しかし、何処からウィルスを拾ってきたんだろう???

 閑話休題。
 以前からやろうやろうと思っていたテストを、ZZR1100の車検を通したのを機に、今日やっとこさ実行に移した。
 高速道を延々と走る際、バイクでは風切りの音が結構な音量なので、以前から何とかならないかなーと考えていた。ずーっと低く伏せていれば良いのだが、不惑の年を迎えた体には少々酷な話、できれば楽して走りたいのである。
 以前、ミリタリー時計関係のページを読み漁っているうちに「Noise-cancelling headphone」なる単語に遭遇、「そういえばBOSEがその系統を出していたっけ」と思った次の瞬間「これはヘルメットの風切り音を低減できるのでは?」と考えたのだが「テストだけの為に買うのは勿体無いしなー」。結局2年以上そのままになっていた。
 先日自室でサブとして15年ほど使っていたヘッドホンのプラスチック部の経年劣化でポッキリ折れてしまい、「どうせならノイズキャンセルヘッドホンを買おう」と、早速PhilipsのSBC-HN060を自宅近くの電器屋で購入、本日のテストと相成った訳である。

 先ず自室内で使ってみる。ノイズキャンセルをONにすると、石油ファンヒーターの「ブォー」という音が「フォー」と軽くなる。「おぉ、こりゃ結構行けるぢゃん」と思い、早速ヘルメットを被って高速道をZZR1100で20kmほど走る。走行中にON/OFFを何度も切り替えてテストしてみたが、残念ながら「効果は無い」という結論であった。

 考えてみると、ファンヒーターの音には低音成分がかなり含まれているが、風切り音は高域成分が多い上に人間の声の帯域と大部分が重なっている。
 市販されているノイズキャンセリングヘッドフォンは人の声の帯域だけはキャンセルしないように調整されているので、風切り音には効果を見込めないということになる。
 BOSEが米空軍に納入している製品のように、完全なキャンセル効果を持ったものであれば風切り音にも効果はあるだろうが、市販品は安全性を重視してキャンセル効果が薄く、残念ながら拙者が考えるような用途には向かないようだ。

 バイクのカウルや市販の風防等で物理的にヘルメットに風を当てないようにしない限り、風切り音を低減させるのは難しそうだ。これは非常に難しい問題だ...(--)z << 寝るなーっ!(笑)


入院だって?!(2006/02/26 PM, 日)
 2月も押し迫った22日の水曜日、息子が昼過ぎから熱を出し、その日の夜には 38.5度まで上がってしまう。自宅近くの医院へ連れて行ったら「反応が出ないのでインフルエンザでは無いと思うが、様子を見て熱が下がらなかったらまた来て下さい」と言われ、その日は自宅で寝かせていた。
 翌日も熱は下がらず、息子はトイレへ行くのにもフラフラという有様、再度医院へ行くと「これは酷いですね、市民病院へ行って下さい」と紹介状を戴いたので、その足でそのまま市民病院の夜間外来へ。

 受付を済ませて少し待ったら名前を呼ばれ、診察と採血を受けて再び待つ。暫くしたら診察医が待合室へわざわざ来て「血液検査で炎症反応がとても高い値でした。通常なら風邪を引いた程度なら2から3程度なのですが、検査の結果は7を少し超えていました。ただの風邪でなく、アデノウィルスと考えられます。脱水症状を起こしているので点滴治療が必要ですが、注射針の抜き差しや通院で体力を消耗することを考えると、このまま入院された方が確実に回復に向かうと思います」。
 まさか入院となるとは考えもしていなかったので、流石に医師から告げられた時は一瞬固まってしまった。(笑)でも、医師の言うことは良く分かるので、そのまま入院と相成った。
 息子と妻は先に入院病棟へ、拙者と母は入院の手続きの為に右往左往、更に入院に必要なものを自宅へ取りに戻ってバタバタし、その日寝たのは日付が変わった午前2時近くだった。

 その後も妻がずっと付き添っていたが、今日の朝突然電話して来た。何だろう?と思ったら「自分も熱が38度近く出ちゃって体がだるくて何も出来ない、誰か交代してっ!」という泣きの電話だった。病室は子供ばかりで気遣いなんてぇものは全く無し、夜中でも遠慮なく騒ぐので眠れなかったのが引き金となり、風邪を発病してしまったらしかった。
 明日は拙者も出勤なので交代する訳にも行かず、母も鼻水が止まらない状態ではあったが他に誰も居ないので急遽母に交代して貰うことになった。
 息子の方は順調に回復中で、主治医曰く「月曜日に検査して、値が良ければ退院しましょう」。

 息子の看病は母が受け持ち、妻はそのまま院内の休日外来で診察して貰う。検査の結果ではインフルエンザやアデノウィルスでは無いという話だったが、熱は39度近くのままで一向に下がる気配を見せない。薬を処方して貰って自宅まで妻を連れて帰る。
 妻は自宅に着いたら寝床に直行、1時間半後に見に行ったらそのままの状態で寝ていた。寝返りを打つ力すら無いらしい。
 そんな状態では何も出来ないので、拙者はコンビニ弁当、妻へはシンプルな小さいパンを買って夕食を済ませる。

 今も妻の熱は下がらず、グッタリしたままだ。こりゃ明日出勤している場合では無いかも...???

腕時計だって?(2006/02/12 PM, 日)
 妻の腕時計は1ヶ月ほど前に電池を交換したばかりなのに、毎日5分ほど遅れるようになったという。結婚前から使っていると云うから既に10年ほど経過しており、そろそろ寿命が尽きたと思われる。機械式と違ってクォーツ式は精度は高いものの、寿命が短いのが難点だ。
 妻は造詣のデザイナーを職業としていた都合上、防水で薄暗いところでもはっきり見える時計でないと困るということから、蓄光塗料としてルミノーバを使った文字盤の大きいものを選んでいた。今は専業主婦だからどんな時計でも問題ないのだが、はやりデザイナーだけあってコダワリがあるらしく、市内外の店を4つほど回ったが、結局お気に召すものは見つからなかった。

 店を回ってみて感じたのは「昔の時計の方が遥かに良いデザインだったよなー」ということ。今のはゴテゴテの飾りばかりが目立つオーバー・デコレーションで、肝心な「時間の見易さ」を蔑ろにしているものが殆ど。妻でなくても気に入るものは滅多に無い。
 時々ヨーロッパのオークションサイトを覗くが、腕時計はシンプルながらも気品のあるデザインが多く、子供っぽいデザインばかりの国内製品とは大違いだ。

 来週も近辺の時計屋を漁ってみて、それでも駄目なら名古屋へ出かけて探すことになりそうだが、コダワリを持つ妻のこと、そう簡単には見つかりそうも無い。(笑)
 しかし、「毎日使うものだから」と、一切妥協しようとしない妻の姿勢は真実に正しいと思う。

去りし人(2006/02/05 PM, 日)
 色々と相談に乗って貰ったりして散々お世話になったポルシェセンター一宮岐阜の営業さんが先月末で退職された。「いつの話になるのか分からないけれど、車を更新するなら是非この営業さんにお願いしよう」と以前から考えていただけに、非常に残念...無念...(--;)...(/_;)...である。
 実は今のCarrera4を購入した時にお世話になった東京の営業さんも昨年末で退職されたので、今の車に関わった人が立て続けに居なくなってしまったことになる。
 拙者も外資系に居たことがあるので、退職の理由は何となく推測出来るけれど、それにしても惜しい人を失くした、という気持ちで一杯だ。

 今まで色んな車の営業さんと接してきたが、先月退職された営業さんは押し付けがましさのない、実直で誠実さがそのまま態度に出てくるような方だった。自動車販売系では稀な存在だったと言える。

 後を引き継いだ営業さんに今日会って来たが、ちょうど接客中でコチラも急いでいた為、簡単な挨拶だけで終わってしまったので何とも言えないが、今後はこの方にお世話になる予定である。先の営業さんを引き継いでどうやっていくのか、「得と拝見」といったところか。
 拙者以外の顧客も一緒に引き継いでいるそうなので暫くは大変だろうなー。


骨折ったーぁ?(2006/01/29 PM, 日)
 このところ職場はある検査で大騒ぎしていたがようやく1/26に全て終了。ホッと一息ついて自宅に戻ったら、息子の右手が白い???と思ったら、なんと幼稚園で跳び箱飛んだ時に手を付き損なって「薬指を折った」だと。一難去ってまた一難である。(笑)

 息子の話によると、事前に体操の先生から一通りの説明があって背後にクラス担任の先生も居たが、飛ぶところを監視しているのではなく飛ぶ順番見ていただけだったらしく、息子の骨折に気が付かなかったらしい。息子も何故か我慢して誰にも言わなかったため、結局気付かれないまま自宅に戻って来たらしい。やはり幼稚園の先生は怖い存在のようだ。

 自宅に戻ってきた息子の手を見て妻は仰天!右手薬指が普通の3倍程度に腫れ上がっていたそうな。早速病院へ行ってレントゲン写真で骨折と判ったと云う。血の流れを良くしないと治りが遅いとかで、血流促進の治療の為毎日通院する羽目になった。

 昨年末に自分のケツを手術したし、今回の息子の怪我、ポルシェセンターで懇意にして頂いていた営業担当者の突然の退職、...等色々と変な事が続いている。やっぱ厄年の前厄お払いに行かないと不味いのかなー???


Duke2車検(2006/01/22 PM, 日)
 先日Duke2のオイル交換の為にバイク屋へ行ったら、ぬわんと、車検が既に切れていることが判明。そのまま入院となってしまった。(笑)
 天気予報では昨日と今日は雪という予報だったんで、「雪が降ってくる前に」と昨日午前中に引き取りに行って来た。実際に雪が降り始めたのは今日の夕方から、しかも雨交じりなので大したことは無さそうだ。

 Duke2は各種オイルを交換されたせいか、随分と振動が少なくなったような気がする。以前なら回転数によってはやや硬質な振動が出たりしていたのだが、帰宅するまでの間は一切そのような感触は無かった。走行距離はまだ3800kmと少ないので、欧州車であることを考えると、実際にアタリが付いてくるのには更に3000km程走り込んでからだろうが、購入直後のことを考えれば随分とこなれて来たような感じである。
 本当のところはある程度長距離を走らないと分からないだろうが、段々と良い感じになって来ていると思う。

 「やれやれ、Duke2の車検が終わった」と思ったら、保険会社から一通の葉書が舞い込んできた。中には「24ヶ月の満期を迎えます」とある...ということはぁ、今度はZZR1100の車検ではないかーっ!一息ついたところだったのにぃ。(笑)

フィルムのスキャン(2006/01/15 PM, 日)
 昨日今日も部屋の片付けで終わってしまった。数年溜め込んだ資料やら書類やらが、これほどまでに手強いとは想像すらできなかったのである。(笑)
 そんな訳で、この頃は写真を取る機会も極端に少なくなっており、このページの写真を入れ替えたくても肝心なネタの方がが尽きつつある。今は比較的最近に撮影したフィルムから選んで出しているが、いつネタ切れになるか気が気でない。(笑) どこかへ出かけたいと思っても、寒い上に地方によっては雪の心配もせねばならず、なかなか思うようには行かない。

 もう一つ、画像入れ替えを面倒に感じる原因がある。それは今使っているEPSON製スキャナGT-9700Fの使い勝手の悪さである。
 このスキャナはドライバの完成度が非常に低く、フィルム用の専用枠を使っても位置決めの為のプレ・スキャンは必ず全体スキャンを行わなければ何も出来ない仕様となっており、たかがフィルム一コマをスキャンするだけでも相当な時間ががかかってしまう。更に、プラスチック製の専用枠とのマッチングが恐ろしいほどお粗末で、それを使うとピンボケになってしまう為、枠と読み取り面の間にフィルムを置いて細かく位置を調整しないとまともにスキャンできないのだ。初めは初期不良かと思ったが、色々調べたところ、これがEPSON流で正常な動作らしい。
 シノゴ(4x5のシートフィルムのこと)をスキャンする前提で購入したのだが、正直言って「完全なハズレ機種」である。広告では色々と美辞麗句が並べられていたが、所詮はフィルムのスキャンはおもちゃの域を出ていない。

 自分の使っている部屋は徐々に音楽機材で再び埋まりつつあり、スキャナとプリンタもそろそろ買い替えを検討しないと下取りの値が付かないという可能性もあるので、次期機材としてプリンタとスキャナの複合機を考えている。しかし、何故かこの手の機種は全てフィルムのスキャンは35mmのみだ。シノゴは無理にしても、せめてブローニー位は対応して貰いたいと思うのだが...?

片付け(2006/01/08 PM, 日)
 年が明けたからと言っても拙者自身はおめでたいとは全く思っていない("Never feel"ってとこだな)のだが、社交上は年が明けてから初めて顔を合わせる人に対して「明けましておめでとう御座います。本年も宜しくお願いします」と言わねばならぬので、一応一般人を装って(爆)それなりの挨拶をしている。(笑)

 年末年始は短いものの連休となるので、それを利用して自分が使っている部屋を片付けようと手を付けたら...収拾が付かなくなった。(核爆)とにかく量が凄まじくて、幾ら作業しても終わりが見えてこないのだ。(笑)思い返せば、当時外資系だったBanctecを辞めて無職となった時にちょびっと片付けの真似事をしただけで、それ以来まともな整理を一度もしたことが無かった。せいぜい年末年始に目に見える範囲で不要なものを整理する程度だった。
 ところが、いよいよ一寸した物でも置く場所を探すのに困るようになってしまい「幾らなんでも、こりゃー片付けんと収拾付かんわなー」と自分でも感じるようになるほどになってしまい、片付けない訳には行かない状況に自らを追い込んでしまったのだった。(笑)

 先ずは自分が座る場所の周辺から整理し始めたのだが、書籍類が1m以上の高さまで積まれているという始末、しかも一つ一つ要るか要らないかを少し読んでから考えるので、一山整理するのに1時間以上使ってしまう。そんな山が幾つもあるのだから、一日やそこらで終わる筈が無い。(笑)
 数日かけて書籍類を片付けたら、今度は機材が入ったままの箱、ビニール袋に適当に詰め込んだ色々な資料、旧い雑誌の切り抜きなどが大量に発掘され、それを見ただけで「何だこりゃ」とドッと疲れが湧いて出てくる。下手すりゃ熱が出そうな程の量があるのだ。(笑)「でも、やらなきゃ先に進まんしなー」と思い直し作業に取り掛かる。これも一つ一つ見てどうするか考えるので非常に時間がかかってしまう。結局途中で年末年始の連休が終わってしまった。(笑)

 今も寝る前の1時間から2時間を使って整理し続けているのだが、作業が完了する見込みは立っていない。それほど量が多いのである。10年近く溜め込んだのだから、そう簡単に済む筈が無い。まだまだ先は長いなぁ...(--;)。(笑)


この一年(2005/12/31 PM, 土)
 2005年も残り僅かとなった。外は先週月曜に降った雪が未だ解けずにたっぷり残っている。拙者が小学校へ上がる前は雪も多く、長い間残っていたものだが、社会人になってからこれほど長期間雪が残るというのは、拙者の記憶には存在しない。今年はそれだけ寒い日が続いているということになる。

 今年も色んな事が起きた。
 この一年で最も大きな事件は、やはり親父の死である。あともう少しで3年経つというところで遂に力尽き、連日寝たきり植物人間状態の姿を見るという生活にも終止符が打たれた。
 思い返せば風邪を拗(こじ)らせて2年半以上前の春に入院したものの、既に何度も入退院を繰り返していたこともあって医師側も家族も油断していて、「明日の朝来い」と言う父を見て「この元気ならまたすぐに退院できるだろう」と思ったのも束の間、その日の夜に心肺停止。病院側の蘇生措置で一命は取り留めたものの、その後は亡くなるまで物言わぬままとなってしまった。
 亡くなった後は悲しむ暇が殆ど無く、今も各種手続きに追われている。

 次に趣味について振り返ってみよう。
 子供が大きくなってきて公園や遊園地へ連れて行くことが増え、以前にも増してバイクに乗る時間が取り難くなっている。
 ZZR1100は夏にエンジン不調を起こして原因が分かるまで随分かかったこともあって、走行距離は今年1年で僅か数百km。バッテリー上がりを防ぐ為に太陽電池パネルで土日に充電を繰り返していた。外観も経年変化でやや草臥れたような感じが出て来ている。「後継機種のZZR1200が出たなー」なんて思っていたら、更に後継機種のZZR1400が発表されてしまった。ある程度の値が付くことを期待して今のうちに手放すか、そのまま乗り続けるか、迷い始めている。「乗り換えを考えるのなら」と色々と情報を漁っていて、候補はBMWのK1200SかR1200GS、BuellのUlyssesXB12X、SuzukiのV-Storm1000辺りである。
 Duke2はチョイ乗りやカジュアルデーの通勤に使っていて、1年で920km弱と少ないもののコンスタントに乗っている。だからバッテリーもまだまだ元気で、セル一発ですぐにエンジンはかかる。ジャジャ馬振りには慣れたが、それでも乗る時は未だに気合が入るような気がする。
 親父が残していった山間の土地は軽量なDuke2でも厳しいので、管理監督のためにSerrow225等の軽量クラスのオフロード購入が不可避となりそうだがZZR後継との兼ね合いでどうなるかは今のところ全くの未定である。

 オーディオの方はスピーカをCantabery15にしたまでは良かったものの、アンプまで手が回らないまま終わってしまっている。今はAccuphaseのE-211で鳴らしているが、音を聞く限りでは圧倒的なアンプの力量不足である。このスピーカと対峙させるアンプは最低でもダンピングファクター100以上のアンプを選びたいと思うのだが、金銭的な都合から叶わないままとなっている。(笑)しかし、このままではスピーカを買い換えた意味がないので、来年こそは何とかしたいと考えていて、候補は既にかなり絞り込まれてきている。まぁ、意気込みだけで終わる可能性も否定できないのだけれど...

 カメラ関係は激動の年であったと言えると思う。防湿庫がオーバーフローしてどうにもならず、とにかく機材減らし一辺倒だったのだ。(笑)お陰でカメラボディは半減、レンズも半減近くまで行き、今の防湿庫はかなり余裕が出て来ている。
 今までは気になる機材があると買っては試して見るというのが多かったが、今は撮影に重点を置き機材は二の次としている。やはりカメラは「写してナンボ」だと思う。機材が減って防湿庫の出し入れが大幅に楽になり、「やっぱ、機材は必要最低限で十分」と改めて思い知った次第である。機材が減るとフィルム消費量が増加するという「残酷なまでの冷酷な事実」が、それを裏付けしていると思う。(笑)
 既にHasselblad一式は手元から離れて久しい。もはや中判はRolleiのみである。まだM6TTLは手放していないが、これも出動回数が激減しているので、今後の状況次第では手放す可能性が高い。何だかんだと言っても結局一眼レフを使ってしまうのだ。
 今年は仕事の都合も在って、撮影の機会は昨年以上に少なく、フィルム消費量も昨年を下回る結果となった。特に4x5や8x10は全く使わなかったので、自分自身少々危機感を持っている。ディジタル全盛の世の中ではあるが、何だかんだ言っても、今のところ4x5や8x10に勝るものは存在しない。持っていながら使っていないことに我ながら罪悪感を感じる。来年こそは是非たっぷり使いたいものだと思う。

 今年は過去に無く音楽機材が増えた年でもあった。
 DrummerのVic Stevensを辿って手に入れたCD「+/-(Addition by Subtraction):Scott Mcgill/Michael Manring/Vic Stevens」を聞いたら無性にギターが欲しくなり、Telecaster、SG、LesPaulを立て続けに入手してしまった。弾けないのにねぇ。(笑)今までホームスタジオは完全休業状態だったが、これをきっかけに再始動させようかとも考えている。ただ、録音機材は未だにカセットテープのマルチトラッカーなので、一新しないと無理だろうけど。(笑)

次に、自分の体について。
 親父の死に続く今年第二の事件として、生まれて初めて本格的な手術を受けたということに触れずに済ます訳には行かない。
 自分でも常々「こんなに血が出るなんて、おかしいよなぁ」と感じては居たが、余程のことが起きない限り改めて医者へ行こうと思わないということも今回改めて良く分かった。(笑)痔は場所が場所だけにこっそり内緒にしておきたいところだが、出血が酷いとそうも言っていられない。医師によると、入院してから手術でないとどうしようもない状態になってから来る患者さんも非常に多いそうだから、拙者はまだ遥かにマシらしい。(笑)
 痔の手術そのものは短時間で終わるのだが、その後の経過措置が最低でも一ヶ月かかり、手術直後はしばらくそれなりに痛いこともあって、噂が噂を呼んで手術を躊躇する人も多いらしいが、拙者の経験から言えば「絶対に早い方が良い」の一言である。手術後の今の状態を考えれば「何故もっと早く医者へ行かなかったのか」と深く後悔するほどなのである。但し、手術は経験豊富な医師でないと後々が怖いので、事前の調査は必須だと思う。因みに拙者は、一宮市内では最も大きな神社である真清田神社の北側にある則武医院で手術をして貰った。ここなら経験豊富な上に、医師が大学の勉強会に積極的に参加しているということから、安心してお勧めできる。

 最後にメシを食う為に必要不可欠な仕事について。
 正直言って相変わらず毎日が新鮮な驚きの連続で、あーだこーだ言えるレベルに達していない。(笑)だが、今の職場で1年半以上経過して段々と見えてきたこともある。その見えてきたことというのは...ここではあえて書かない。なぜならば、職場の人達にとって非常に厳しい話になるであろうことは容易に想像が付くからである。残業200時間/月が当たり前だった人間からすれば、今の職場は非常識と言う言葉を軽く超える異常な生温さという違和感を未だに拭い去ることが出来ない。所詮は契約で期限が限られている身、言いたいことは何でも言える身分ではあるが、か弱い人間が揃っている所でわざわざ精神異常者を増産する必要は無かろう。前職のトヨタ・コミュニケーション・システムでそういった人達を散々首切った身としては、その続きを是非やってみたいという気もしないではないのだが。(笑)

 これを延々と作文している間に2005年も残り数時間となってきた。この辺りでパソコンのキーボードから離れて、Pink Floydの「The Dark Side Of The Moon」と、先に触れたScott McGill/Michael Manring/Vic Stevensの「Addition by Subtraction」を聞きながら、Sect(ドイツ語:スパークリングワインの意)を味わいつつ新年を迎えることにしよう。


またまた雪ーっ!(2005/12/25 PM, 日)
 今週の月曜日は雪でいつも通り通勤に支障を来たし、朝思いっ切り早く出勤したのに路面凍結のお陰でノロノロと少し進んでは停まり、の繰り返し。お陰で職場へ飛び込んだらちょうど始業の鐘が鳴るという有様。しかもこの日は午前午後共に車で出かけねば行けないところで会議がびっちり入っていた。(笑)でも、職場の国産車2WDでは恐いので、自分の車で走り回った。4WDとは言えリアにエンジンを抱えているので挙動には十分注意が必要で気が抜けなかった。
 幸い雪に降り込められたのはこの日だけ、以降は融け残った雪で朝に路面凍結がある程度で済んだ。しかし、これだけ雪に降られるのは久し振りである。

 年末が近くなって周囲は気忙しそうにしているが、拙者は居たってノホホンといつも通り。正月だろうが夏だろうが、何も変わらない。変わるのは周囲の方だ。やれクリスマスだの、新年の用意だの、その前に大掃除だの...よくもまぁ色々と仕事を作るもんだね、アタシャ感心するよ。(笑)掃除なんて普段からきちんとやれば問題無し、仏教徒ならクリスマスは関係ない、新年の用意が何で必要なんだーぃ?ってな感じである。少々浮世離れしてきてるかな?(爆)


また雪だーっ!(2005/12/18 PM, 日)
 今日はBuell試乗会だったが、朝からの雪で道は真っ白。残念だが諦めざるを得なかった。ULYSSES XB12Xは次期購入機種候補の一つで是非とも試乗に行きたかったが、天候には勝てない。

 ところが、10時少し前から空は晴れて強い日差しが差し込んでくる。「おぉっ!これは試乗に行けるか?」と一瞬色めきたったが、西の空は既に重い鉛色の雲が待ち構えている。「こりゃ昼過ぎには雪がまた降ってくるなー」と思い留まった。

 案の定13時過ぎには激しい雪となり、見る間に道路が真っ白に漂白されて行く。しかも降ってくるのは粉雪、これほどの雪と冷え込みは近年には無い珍しいものだ。

 しかし、よくよく考えてみると拙者が小学生低学年だった頃は雪が10cm以上積もるのは日常茶飯事、決して珍しいことではなかった。高校時代でも結構雪は頻繁に降ったように思う。それがいつの間にか雪が降らないのが普通になってしまったのである。それだけ地球温暖化が進んでいるということなのだろうか?

 天気予報では日付が変わってもまだ降るらしいから、明日出勤する頃にはそれなりの積雪になっているだろう。そうなれば車での出勤は無理、久し振りに合羽着て自転車でエッチラオッチラ職場まで汗かきながら行くことになりそうだ。


雪だーっ!(2005/12/13 PM, 火)
 昨日夜から雪が降り出し一旦止んだが、天気予報では「尾張地方も雪」というので「こりゃ明日はちょいと早く出なきゃならんかな?」と思いつつ寝床に入った。
 今朝4時半頃目が醒めたので窓から外を見ると、案の定雪で真っ白。しかし、路面には積もっておらず「これなら大丈夫かな」と思いつつ再び寝床へ。

 今朝いつもの時間より少し早く起きて支度する。路面が雪で白くなる程度、大した事は無いだろうと思っていたら段々と雪の降り方が強くなってくるので、いつもよりかなり早い時間だったが慌てて出勤する。
 通勤でいつも使う県道に出る頃には強い雪の降り方で路面は真っ白、しかもタイヤで踏まれた雪が解けてまた凍るという状態で、危なっかしいことこの上ない。県道に入って暫くはいつものように順調に進んだが、国道と交差する2km程手前から渋滞となり3分待っても全く動かない。「こりゃあかんわ」と見切ってわき道へ逸れ、細い路地を注意深くゆっくり走る。流石に雪の日に裏道に入ってくる車はおらず、予想以上にスイスイと進んでご機嫌。

 平常時なら、あと5分もあれば職場に着くというところまで来て、いつものように道を曲がろうと念の為に対向車が来なくなったのを確認してからゆっくりハンドルを切って...んっ???(@@;)何で尻振るのぉ???...時速数km/hという人が歩くような速度で角を曲がったのにリアが流れてガードレールに接近!したが、車に標準装備となっているPSM(Porche Stability Management)が介入して4つタイヤのトルク配分を変えたのが車体の挙動で直ぐ分かった。拙者も直ぐに逆ハンドルを切ってリカバーし、数秒後無事走行線上に復帰。メデタシメデタシ...(^^;)

 一瞬の出来事で「アレレッ?」という感じだったが、後になってよくよく考えてみる...恐らく路面は凍結した上に降った雪が薄く載っている状態で、そこへ極低速とはいえリアエンジンレイアウトの車体にハンドルを切って回転モーメントを与えたのだから、気温が氷点下0.5度では簡単にタイヤのグリップ限界を超えてしまったのだと思う。
 マニュアルミッションであればクラッチを自分で操作するからこんなことにはならないだろうが、今の車は不本意ながらオートマで、駆動力がある一定の力を超えるとスイッチが入ったようにタイヤへ伝えてしまうので、今日のような路面状態では運転が難しく感じる。凍結路をノーマルタイヤで走るのはCR-XでNECソフトウェア中部へ通勤していた頃以来で数年振りだったから、余計そう感じるのかも知れない。
 いずれにしても、事故にならずに済んで幸いであった。

 職場に着くまでに、自損事故含め4件ほどの事故を見かけた。事故の当事者にならないよう、明日も注意して朝早めに出かけるとしよう。


プレゼント選び(2005/12/12 PM, 月)
 息子へのクリスマス・プレゼントを買う為に、今日は休暇を取った。「わざわざ休暇を?」と思われるかも知れないが、息子は「サンタさんにラジコンカーをお願いしたんだ」と、まだサンタを信じているので、父親がプレゼントを持って家の中をウロウロする訳には行かないのである。(笑)だから、息子が幼稚園へ行っている間にコッソリ買って来る必要があるのだ。

 自宅から車で15分ほどのトイザラスへ行くが、種類が多い上に値段も幅が広いので迷ってしまう。1時間半ほど家族であーでもないこーでもないと散々見比べた末に、7.2VのNi-Cd電池で動くラジコンカーを選んだ。5Vや6VのNi-Cd電池を使うおもちゃの方がやや安いのだが、電池が特殊な形状なので避けた。
 妻が他の親御さんから聞いた話では、ラジコンカーは電池が直ぐ無くなってしまい、普通の電池ではお金がかかって仕方がないし、充電式でも別売りの電池が高くて大変という声が多かったそう。7.2VならNi-Cd電池を直列に6本繋いだだけなので、ジャンク屋で売っている電池がそのまま流用できる。自作だと見た目は市販品のように綺麗にはならないかも知れないが、ラジコンカーの本体に入れて使うのだから問題ない。これで「電池代が嵩んでかなわん」ということにはならないだろう。

 他にも色々と店内を見て回る。クリスマス商戦だけに各種の飾りが多く売られているが、ブルーLEDを使ったライトチェーン(クリスマスツリーに巻きつけて使うランプ)だけは既に売り切れ。なんでも今年一番の人気らしい。以前に比べればブルーLEDは単価が下がってきているし、豆電球に比べれば消費電力は数分の一なので、人気が出たのだろう。

 今年もあと半月余りとなった。仕事の方は以前に比べればだいぶ落ち着いてきたが、単に今までは一時的に大量の作業が発生して少ない人数でこなしたから大変だっただけで、今後の作業は組織の構造に起因する問題が根っこに絡まっているものが中心となる。作業量は減るが、頭痛の種はこれから増える一方と思われる...いかんいかん、下らないことを書いていたら寒くなってきた。もっと前向きになって暖かく過ごさなきゃね。(笑)


完治(2005/12/04 PM, 日)
 手術を受けて2ヶ月近く経過、先日の診察で医師から「もう大丈夫です」と太鼓判を押して頂いた。これでやっと「完治」である。
 長い間、知らなかったとは言え痔核が肛門から少し飛び出している状態が自分にとっては普通だった為、未だに自分のお尻という気がしない。(笑)

 治ったのを祝って「乾杯っ!」と行こうとしたら、家族から「また再発するかも知れないよ」と脅かされてしまう。(笑) 確かに今まで通りにしていたら再発してもおかしくない筈なので、これからは気を付けようと思う。
 具体的には、冷たい場所へ直に座らない、トイレで長時間ふんばらない、酒は程ほどに、といったところである。まぁ3番目は相当注意していないと危ないのだが...(^^;)


葉書(2005/11/27 PM, 日)
 もう11月も残り僅か、慌てて喪中を知らせる葉書を印刷し、先ずは親父の分だけを発送した。
 すると、翌日から頻繁に電話が入るようになった。どれも「お手紙で亡くなったことを始めて知りまして...」という話ばかりだった。中には「主人を既に亡くしておりまして、亡くなった方が主人とどういう関係なのか分からないですが」と言いつつも延々と1時間近く話す方も居た。親父が賀状をやり取りしていた人達もそれなりの年齢だろうから、コチラが知らない間にお亡くなりになっていることも多いようだ。

 これから自分の分を印刷にかかるが、親父の分が300枚以上在ったのに対して自分のはその10分の1で大した作業ではないが、それぞれに一言を書こうとするとそれなりに時間が必要となる。今日も直ぐには寝られそうにないなぁ...


職場旅行(2005/11/20 PM, 日)
 昨日昼から今日の昼にかけて職場の旅行へ行った。今の職場に着任した時「個人で行きたい所へ自由に旅する今の時代に職場旅行???体質古いなー」と感じたのだが、前例踏襲で今年も行く羽目になった。
 昨年は仕事が終わってからそのまま愛知県内の温泉へ行ったのだが、今年は距離が遠い場所を宿泊地に選んだ為、土日を使って行くことに。親父の遺産相続手続きで色々と調べたり書類を作成したりしている真っ最中ので、正直言って土日を潰されるのは非常に困るのだが、一応管理職なので参加しない訳には行かないのが辛いところである。

 元々の計画ではゆっくり出かけて三重・青山高原でポケポケしてから宿へ入るというものだったが、車好きの部下の提案で名古屋モーターショーへ行くことになった。
 ポルシェは今回のショーに参加しておらず四輪のブースには殆ど興味が無かったが「折角来たんだから」と一通り見て回った。コンセプトカーの展示が多くて見栄えはするものの、拙者だけならわざわざ金を払ってまで見に来たいとは思わない。
 次に二輪のブースへ行くと、カワサキZZR1400やドゥガティ以外は実際のバイクに跨れるようになっていたので、めぼしいものには一通り跨ってみた。

 見た目と実際に跨ってみての感じが大幅に違うのがBMWのR1200GSだ。
 全体的に高さがあるので大柄に見えるし実際に大きなバイクであることは間違いないのだが、跨ってみると胴長短足な拙者でも標準シートで両足のつま先が地面に届き、案外振り回せそうな位に軽く感じる。先代モデルから30kgも軽量化されているからだろうが、それにしてもこの取っ付き易さは新鮮だった。
 同じくBMWのK1200Sはローシート仕様のみの展示で実際に跨ると両足のつま先は十分に付くが、ステップの位置が相対的に高く感じる。標準シートならシートの厚みが2.5cmほど増えるそうなので、長距離走ることを前提に考えるなら標準シートを選ぶ方が良さそう。エンジンレイアウトが横置きになったモデルだけに、非常に気になる存在である。

 モーターショーの会場を15時半頃に出て高速道路経由で榊原温泉へ向かう。三重県は高速道近辺は人家が多いが、そこから少し離れると建物がグンと少なくなる。田舎とはいえ民家が多い地域に住んでいるので、頭では分かっていても実際に見ると新鮮に感じる。
 宿は温泉街の中でもトップクラスのデカいビルで、風情とかというものとは無縁な感じ。どこもミニ東京みたいな町並みになってしまい、地方の魅力が激減していると思う。
 昨年同様先ずは風呂、次に宴会で部下が大騒ぎして、そのまま寝るだけ。(笑)どうせお金を払って泊まるなら、信州霧ヶ峰・カルペデイムのような宿に泊まりたいが、職場旅行ではなかなか思い通りにはならないのが残念である。

 翌日は遅めの朝食を取って出発、昼頃に職場の駐車場に着いて解散となった。明日はお疲れ休みと行きたいところだが、既に先約があって休めない。ちっとも休んだ気がしないんだけどなー...


冬に向かって(2005/11/13 PM, 日)
 朝晩はかなり冷えるようになったと思うが、それでもまだ気温は一桁後半、まだまだこれから寒くなるのだが、暖かさに慣れきった体にはやや堪える。(笑)

 自宅の庭に植えてあるドウダンの葉がほんの一部ながら真っ赤に染まってきている。他の木々も葉の蒼さが消え失せて赤や黄色に向かって徐々に色を変えつつある。
 昨年までは青い葉が茶色に変色してお仕舞いだったから、今年こそはしっかり色付いて欲しいと思うが、冷え込みが弱いと紅葉する前に茶色になってしまうので、まだどうなるかは分からない。

 気温が下がるに連れて、タイヤも空気圧が落ちるようになった。
 今週頭にCarrera4で何となく前輪からゴロゴロと抵抗を感じ、早速空気圧を調べたら規定より1気圧近く落ちていた。流石にこれだけ落ちると体感できるが、裏を返せば今まで何も気を使っていなかったということか。(滝汗)


お尻のその後(2005/11/06 PM, 日)
 手術から一ヶ月近く経過し、数日前からトイレットペーパーに血が付かなくなった。やっとこさ傷口が塞がったらしい。それでも診察で指を入れる時や排便時にはまだ痛みがある。

 医師の話では、手術による傷が回りの組織と同じくらいの柔らかさになるまで更に1ヶ月近くはかかるそうで、それまでは排便時に多少痛みがあるものの傷口には影響しないらしい。現段階では経過は順調で、傷口が他の組織と同じように柔らかな状態になって粘膜が戻ったら完治だそうな。粘膜は傷口の組織が完全に再生してからでないと復元されないそうで、粘膜がない分、便が傷口の表面をダイレクトに擦りながら通る為に痛みが走るらしい。

 手術後一番変化が大きかったのは、勿論大出血が無くなったこと!(笑)だが、それ以外にも肛門の出っ張りが殆ど無くなったし、肛門のサイズそのものが小さくなった。そのお陰で、拭き取るのが随分と簡単になった。
 未だにトイレットペーパーで拭く時は恐る恐るで、まだまだ「自分のお尻!」という感じではない(笑)が、以前のような他人の体に触っているかのような余所余所しさは無くなって来ている。

 今週からようやくお酒も運動もOKが出たが、よりによって月曜日は健康診断で前日からアルコール禁止。(笑)ついてないなぁ...。(爆)

信州(2005/10/30 PM, 日)
 手術から20日以上経つが、未だに何かの拍子に手術したところに痛みが走ることがある。かなり大きな肉片を2つ切り取っているだけに、そう簡単には傷は塞がらないようだ。

 手術後は職場と自宅の間を往復するだけで何処にも行かなかったが、紅葉の時期なので「折角だから」と、毎年恒例と化した信州紅葉見物に家族で出かけた。コースは例年通りで、自宅から一気に信州中野経由で渋峠まで北上、途中あちこち車を止めて紅葉を愛でながらビーナスライン経由で霧ヶ峰まで南下し、1日目(10/28:金)は定宿のカルペデイム泊、2日目は国道19で中津川市までノンビリ走り、中津川ICから中央高速道と東海北陸道で一気に自宅へ戻った。

 今年は遅くまで暖かかったせいか、例年なら渋温泉を上がった付近ではとっくに終わっているはずの紅葉が最盛期を迎えていた。渋峠に10時過ぎに着くと、北の方向は雲がドンドン流れて景色が良く見えるようになっていくので、横手山のロープウェイで山頂へ行くと、南側は雲で隠れてしまっているものの、他の方向はそれなりに晴れていて遠景が見渡せた。北西には山頂に雪を戴いた山々が見えて一寸感動。(笑)あちこちに最近降ったらしい雪がところどころに残っている。
 流石に手は冷たくなるが気温は意外に高く、普段の格好に1枚上着を増やしただけで寒さを防げるほど。この時期にしては異様に暖かい。

 横手山を降りて渋峠の展望が利く場所で車を止めると、山の中腹が紅葉で実に綺麗。見た感じでは例年よりも1週間ほど紅葉が遅れているように思う。近くに居合わせた人が「先週の日曜(10/23)に雪が降ったけど、まだその雪が山々に残ってるなぁ」と話していたから、この辺りの雪は1週間近く残っていることになる。我々が訪れたのがたまたま暖かい日だっただけなのかなー?

 渋峠を降りて軽井沢に出る。まだ15時だったんで、久し振りに軽井沢駅近くの茜屋へ寄る。アルバイトの顔ぶれは結構替わるが、コーヒーの味や居心地の良さは18年前に初めて足を運んだ頃と全く変わっていないのが嬉しい。
 延々と店長としゃべって、16時少し前に店を後にする。

 女神湖の脇を通り抜ける頃には陽が大きく傾き、白樺湖近くまで来る頃には暗くなりかける。そのまま大門峠を過ぎてビーナスラインに入ると、もうとっぷりと日が暮れていた。夏を過ぎると日が短くなるのをひしひしと感じる。
 カルペデイムに着くと、もう辺りは真っ暗。車から降りると、流石に外の空気はヒンヤリとしている。上着を着ていないとかなり寒い。
 平日なので、宿泊客は思った通り我々だけ。いつもなら夕食後は酒を片手におしゃべりタイムなのだが、今回はドクターストップがかかっているので呑む訳には行かず、先ずはアイスコーヒー、後はファンタオレンジをグビグビ。いつもとかなり違う飲み物ばかりだが、おしゃべりの方はいつも通りである。(笑)
 楽しいひとときで日付が変わったら「お休みなさーいっ」。

 翌日は朝5時過ぎに息子が目を覚ましてはしゃぎ出し、おちおち寝ていられない。(笑)それでも無理矢理寝てて(笑)、朝8時半近くに起床、まだ少し寝ぼけが残った状態のまま朝食に突入。(笑)
 身支度を整えて10時半頃に出発、国道19でノンビリと帰途に着く。途中、楢川村の道の駅にわざわざ寄り道する。実は漆塗りの美しい丸い座卓が7万5千円で売りに出ていて夏から買い手がついていないので気になって気になって気になって...よーするに「欲しい」のだが(笑)、かなり大きなもので自宅の何処に置くのかが大きな問題、買いたくても踏み切れなかったのである。
 早速売り場に行くと...案の定売れて残っていなかった。残念のような一安心のような...ウーム、やはり残念だったなー。無理しても買えば良かったかなー、と思っても後の祭り。

 日義村の道の駅で遅い昼食を取り、序でにそこで軒先に並べて売っている林檎を一袋買い求める。袋に張られたシールには生産者の名前が入っている。こーゆーのは、今の流行ですかねぇ?(笑)まぁ、誰が作ったのか名前が分かるだけでも多少は安心かも知れないけどねぇ。

 国道19は中津川市手前から交通量が格段に増え、そこから先は街中ばかりで走っていても面白くないので、中津川ICから高速道に入って土岐JCT経由関JCT経由で自宅へ。途中のSAで夕食を済ませたので、自宅に着く頃には真っ暗になっていた。

 今回の旅ではカメラ機材を少ししか持って行かなかったが、Rollei35Bでワシワシ撮影したので、フィルムの消費は結構多かった。手軽なカメラを持っていくと必要以上に撮ってしまう。(笑)
 道の駅で買った林檎は中に蜜が溜まっていて、実に甘くて美味しい。もっと沢山買っておけば良かったと思っても、やはり後の祭りである。(笑)

手術−その3:いよいよ(2005/10/23 PM, 日)
 10/7の14時半過ぎ、念の為にトイレに行ってから車に妻を乗せて医院へ向かう。医院の前で降り、妻が運転席に座る。「17時頃迎えに来てね」と告げると妻は「うん」と一言残して自宅に戻って行く。

 医院の受付へ行くと「こちらへどうぞ」と、奥の部屋へ案内される。部屋に入って一瞬ギクッとした。目の前には手術台、天井から大きなアーム付きのデカイ手術用照明灯が伸びている。何とも複雑な気分...
 看護師の指示で上半身はTシャツだけ、下半身は素っ裸になって手術台に仰向けに寝ると、直ぐに医師が入って来て「今から手術前の麻酔をしますからねー」と軽ーい口調で言われると、何だか余計に複雑な気分...。(笑)
 腕に点滴針を刺され、次にうつ伏せの姿勢になって尾てい骨付近が消毒される。「今からお尻に麻酔をかけます。尾てい骨に注射しますからチクンと痛いですが力まないで、力を抜いて下さーい」と言い終わった後、直ぐに鋭い痛みが尾てい骨付近に走る。「ハーイ、今麻酔を注射していますよー、これは肛門が大きく開いて手術できるようにする為ですー、段々とお尻の中が広がるような不思議な感覚になりますらねー。」針を抜かれても痛みは感じない。何となくお尻の中が変な感じがする。麻酔が効き始めたようだ。
医師が「それでは、麻酔が効くまで10分ほどこのままの状態で休んでいて下さい」と言って部屋の外へ。続いて看護師も部屋から出て行く。

 「いよいよだなー」と思いつつ待っていたら、もう医師と看護師が入ってくる。麻酔のせいか10分が異様に短く感じられる。
 医師は「今から静脈に麻酔を入れまーす、ウトウトするような落ち着いた気持ちになりますからねー」と言いながら、点滴を始める。段々と眠いような眠くないような感じになってくる。
 そんな気分の中で既に手術は始まっていて何やら後ろの方でやっているらしい。メスだの何だのという、医師と看護師の会話が聞こえてくる。麻酔でぼんやりしているせいか、話の内容は聞こえているのに全く気にならない。会話は単に右の耳から左の耳へ抜けていくだけのような感じだ。

 しばらくして医師が「ハイ、手術は終わりました。これが切り取った部分ですよー、随分と大きくて年季が入っていますねー」だって。(笑)目の前の受け皿には自分の人差し指を2本重ねて丸くしたような肉片が2つ。予想していたよりも遥かに大きいもので「エェーッ、こんなにデカイ肉の塊が自分の肛門に張り付いて居たのかなー?」と思うと、ちょっと不思議。ひょっとして、お尻の穴もこれで少し小さくなった??(笑)

 その後、下着とパジャマを着るのだが、足は動くが腰の辺りは感覚が鈍いので思うようには動けない。ゆっくりと仰向けになり、看護師の手を借りて下着を、次にパジャマを着る。手術台に腰掛けるような姿勢になったところで別の看護師が車椅子を持って入っている。「では、これから別のお部屋で点滴します。お部屋まで歩くのは無理なので車椅子で移動します。」なるほど、この状態では確かに歩くのは難しいし、縫ってあるとは言っても手術直後だから下手に動かすと出血にも繋がりかねない。
 看護師の手を借りながらゆっくりと車椅子に座ると、手術室を出てベッドのある部屋へ入る。ここで再び看護師の手を借りながらゆっくりとベッドに移って仰向けに寝る。既に点滴用薬液の入った袋が2つ準備されており、直ぐに点滴が始まる。看護師曰く「点滴を2つしますので、これから1時間ほどかかります。その間安静にしていて下さい。麻酔がかかっているので眠ってしまうかも知れませんそれでも構いませんよ。」時計を見ると15時50分近くだから、やはり手術そのものの時間は20分弱だったと分かる。眠気を感じないのでポタリポタリと滴る点滴を見つめていた。

 看護師の「ハイ、点滴はもう終わりです」という声で気が付く。見上げると、点滴の袋は2つともペシャンコになっている。ということは、途中で点滴の袋を交換している筈だが知らずに居た、ということはいつの間にか寝てしまったらしい。服を着替えてベッドから立ち上がるが、麻酔の影響か少しふらついてやや不安定な足取りのまま、部屋を出て待合室へ行く。既に妻が待っていて「もう終わったの?」と不安げな顔で覗き込んでくる。「あぁ、もう手術後の点滴も終わって出てきたんだよ。」

 少しして名前を呼ばれ、診察室へ。医師曰く「手術は成功です。今日明日は静かにしていて下さい。縫ってある糸は2週間ほどで体に吸収されてしまうので抜糸は必要ありません。今日は鎮痛剤も5日分出しますので、痛みが強い時に飲んで下さい。手術後の説明を別のお部屋でします。」看護師に導かれて別の部屋で説明を受ける。
 医師の許可が出るまでは、走るなどの運動は禁止、アルコールも禁止(仕方ないけど悲しい...)、それ以外は食べるものについては制限無しだそうな。「傷が落ち着くまで暫くは通院して戴く事になります。トイレはいつも通りで構いませんが、拭く時は強く拭かないようにして下さい。今日は車の運転は出来ませんが、どなたかお迎えに見えてますか?」「ええ、妻が迎えに来ています」と答えると「では良いですね。飲み薬が出ますので、それを受け取ってお帰り下さい。」
 会計を済ませて薬を受け取り、妻の運転で帰宅する。舗装されていても案外デコボコしているし、段差も結構沢山あって、普段は気にならない振動でもお尻に響いて痛い。(笑)

 自宅に戻って座ろうとすると、お尻が圧迫されて痛い。そこで、以前市民病院で切開を受けた時に使っていた、真ん中に丸い穴の開いた座布団を使う。これならお尻の周囲で体重を受け止めるので座っても痛くない。
 椅子に座れないので、パソコンでe-mailを立ったまま読む。長時間立ったままでは居られないので、この日はさっさと寝た。(笑)

 翌日午前中に医院へ行って診察を受ける。医師曰く「傷口も綺麗で問題ありません。今から消毒します。」薬を入れられるとビリビリ痛む。「消毒の時は少し痛みますが、心配ありませんから。」
 自宅に戻って昼食を食べた後しばらくして、何となくお尻が痛い。鎮痛剤を貰ってはいるが、飲んでいないせいだろう。何をしていても痛みが気になり「ウー」とうなってしまいそうだ。まるで怒った犬みたいだなー。(笑)
 痛みで何をやっていても気になるため、何事にも力が入らない。「もしこれで出勤していたら、一日中仕事にならなかったかも知れないナー」と思う。
 昼過ぎにトイレに行きたくなる。手術後初の排便だけに少々怖いような気もするが、しない訳にもいかないし。(笑)座る時に痛みが多少あるし、排便の度にやはり痛いが、出血の量は非常に少ない。「かなり出血するんでは?」と警戒していたが、少々拍子抜け。(笑)
 痛みが気になるので、寝る時だけは鎮痛剤を飲む。効き始めるまで多少時間がかかるが、痛みが引く頃には寝てしまう。直ぐに寝るというのはそれだけ体が疲れている証拠、手術でかなり体力を消耗しているようだ。

 翌日の10/10は日曜日、本来なら医院はお休みだが、手術後の傷の消毒のために朝早く自分で車を運転して出かける。運転席に直接座るとお尻が痛いので、丸い穴の開いた座布団を敷いて運転する。妙に座高が高くなるが仕方あるまい。(笑)
 医師曰く「傷も落ち着いていますから、これなら大丈夫です。ちょっと踏ん張った程度ではパンクしませんから、安心してトイレに入って下さい。明日一日お休みにして明後日また見せて下さい。」
 自宅に戻ってしばらくすると、何となく尻が痛む。ただ、昨日と違って何かしていれば痛みを忘れてしまう。一日経つと随分と違うもんだ。この日も鎮痛剤を飲んで寝る。

 その後、鎮痛剤は1週間一寸、寝る時だけ飲んだ。傷が落ち着くに連れて診察の間隔も徐々にあいていき、今は1週間に1回である。
 今でも傷口から出血するのでガーゼを当てている。出血の量は随分と減っており、手術の翌日はガーゼがしっかり紅く染まったが、今は表面と2枚目に少し染みる程度だ。手術前は便器が血の海になったことを思えば、これは長足の進歩である。(笑)

 手術から1週間目が折り返し地点だそうで、確かにその辺りから出血は格段に減るし、動いた拍子に痛む程度に収まる。
 今は傷に薄皮は張り出したところで、医師曰く「皮がしっかりして粘膜に覆われたら完治です」、まだしばらくは時間が必要らしい。今でも何か動く拍子に痛みが走ることがあり、自分でも「まだ完全には治っていない」ということは十分分かる。
 まだまだバイクや酒はお預けだが、これももう暫くの辛抱だ。


手術−その2:決断(2005/10/16 PM, 日)
 それはある日唐突に起きた。

 前日の9/15(木)の朝、いつも通りトイレへ入って用を足す。前日食べ過ぎた憶えは無いがお腹が下り気味、ややゆるいドロドロした便が出る。しばらくして「もう出たかな」と思うとまた便意が戻って来て「あれれ?もう少し出るのかなー」という感じでなかなか終わらない。30分近くトイレに籠ってようやく終了、ペーパーで拭き取る時にほんの僅かだけ血が付いた。「あちゃぁ、また出血(>_<;)、でも妙に少ないなぁ」と思ったが深く考えはしなかった。残便感が拭えず、30分ほどトイレに籠ることも大して珍しく無く、このような僅かな出血だけのことも過去頻繁にあったからだ。

 翌9/16は休日出勤の代休日、昨日の同じように朝トイレに入る。どうやらまたまたまた息子から風邪を貰っちゃったらしくて今日も下痢気味、一気にドロドロの便が出る。でも、いつもと何となく感じが違うような気がする。何気なく便器を覗き込んだら...絶句(@@;)...そこは一面血の海。しかも、便意を感じて力んだ時に血が水鉄砲のようにピーッと出てくる。半端な出血量ではない。力んでいない時はポタリポタリポタリと絶え間なく血の雫が滴っている。今まで、これほど激しい出血を起こしたことは無い。流石に拙者も少し青くなる。(笑)

 トイレを出て直ぐに自宅近くの医院で診て貰う。「血が出た?じゃぁ早速診てみましょう」と、医師が触診する。肛門に指を入れられた程度では痛みは全く感じない。しかし医師曰く「うわぁ、真っ赤だなぁ...大丈夫だとは思うが...」。いつもなら触診しながら色々話をするのだが、今日に限っては余り会話が無い。
 触診を終えた医師は「出血の量が多いので、専門医を紹介します。もし今日行けないのであればお薬を出しますが?」と宣ふ。どうせなら早い方が良いだろうと考えて「今日行きます」と答え、紹介状を受け取って一旦自宅に戻る。代休で平日に休んでいるからこそ出来る話で、これが普通の平日ならこう上手くは行かない。

 昼食を済ませた後、早速紹介された医院へ。医師は紹介状に目を通し、「じゃぁまず診てみましょう」。
 触診で指をグルグル回されるが痛みは感じない。次は肛門鏡での診察だ。「便を押し出す時のように力を入れてみて下さい」と言われ、少し力むと「おぉー、かなり出血しますねー、力を抜いた時でも少し出てますね」。
 医師曰く「以前市民病院で切開を受けたそうですが、そちらは肛門周囲腫瘍という膿の溜まる病気で痔瘻ではないです。切開の跡は綺麗に治っていますから心配要りません。内痔核が3箇所あって、そのうちの1つからかなり出血していて腫れています。もう一つもかなり腫れていますね。残りの一つはまだ小さい状態です。内痔核は4段階に区別して、第3段階以上は当院では手術しますが、現状では第1段階と第2段階なので、まずは薬で治す方向で考えましょう。出血量がかなり多くてこのままだと貧血になっちゃうかも知れませんので、止血剤もお出しします。また一週間後に見せて下さい。」診察は30分程度、軟膏と止血剤を貰って帰宅した。そういえば、最近椅子から立っただけでも立ち眩みするもんなぁ...

 翌朝恐る恐るトイレに入る。昨日はあれだけ激しい出血だったのに、今日は拭き取る時僅かに付くだけだ。「止血剤って凄いんだなー」と効力を実感する。この状態は止血剤を飲み続ける限りは変わらなかった。
 止血剤は5日分貰ったのだが、飲み切って無くなった翌日、トイレに入るとまたもや大出血。何度見ても血の海は気持ち良いもんぢゃないなー。(笑)やはり止血剤で出血が抑えられていただけのようだ。
 1週間後、診察時に経過を話すと「やはり出血は止まりませんでしたか...何とかお薬だけで治せないかと思っていましたが、このままだと本当の貧血になっちゃうかも知れませんし、若くて体力のある今のうちに思い切って手術する方が治りは早いでしょう。」エーーーーッ、手術???自分でも顔が少しこわばるのが分かった。(笑)医師曰く「手術と聞くと皆さんビックリされるんですが、今の手術は日帰りで十分できますから入院は必要ありません。手術翌日も机に座ってするようなお仕事なら普通に勤務して貰って構いません。手術は当院では午後から行っていますので、手術当日も午前中までは普通にお仕事して貰って構いませんよ。お仕事の都合もあるでしょうから、まずは職場で手術する日を調整して下さい。手術の日が決まったら検査とか注意事項とかをお知らせします。」

 話に聞いたことはあるものの、まさか自分が痔で手術するとは...。何とも複雑な心境のまま帰宅し、家族に話すと「エェーッ!手術ー???」(拙者と全く同じ反応ぢゃん)息子は「シュジュツってナーニ?」(笑)息子の屈託無い言葉で多少救われたような気がするのは気のせいか。(爆)
 手術すれば当分の間はバイクには乗れないだろうし、酒類も駄目だろうし、それ以外にも何かしらの制約は出てくるだろう。そうかといって、先延ばしにしても根本的解決にはならない。国会を始めとする各種公共機関で絶大なる効果を発揮する「先送り解決」は、病気に限って言えば有害無利益なのだ。
 もう10月が目前に迫っており、紅葉がこれからというところ、バイクとカメラを趣味とする身にとってこの時期動けないのは非常に辛いが、体の方が優先順位は上だ。しかし、このところやたらと会議やら打ち合わせやらが多くて休めそうな日があるのかなー?
 次の週、出勤して早速自分の予定を改めて確認する。やはり会議などが目白押しになっていて休むのは難しく、辛うじて10/5の午後と10/7の午後なら何とかなりそうだ。
 10/5に手術ならその翌日は自分の席に居たいが、残念ながら午前も午後も別々の場所へ行かねばならず、大人しくしているというのは無理な相談だ。10/7なら翌日は土曜日だし、そうすれば「体育の日」も含めてそのまま3連休に入るので好都合。手術は10/7と決めた。
 診察時に10/7で手術をお願いしたいと申し出ると、「うーん、その日は既に別の方の手術が入っています...あぁそうか、10/7だと翌日から3連休になりますねー、じゃぁ調整してその日にやることにしましょう。」調整の結果、10/7の15時から手術開始と決まった。事前準備として採血と胸部のレントゲン写真撮影を受け、その後手術までの間の過ごし方について説明を受ける。

 基本的に手術前日までは全く制限無し、但し酒類だけは前日から駄目、前日の夜8時頃に処方された緩下剤らしき薬を飲む。当日の朝と昼は軽い食事で12時までは水やお茶を飲むのは制限が無い。それ以降は絶食だ。
 手術時はパジャマのようなゆるい目の服装で、手術後点滴が1時間ほどかかる。また、手術した日は車の運転はできないので家族の送迎かタクシーを使うようにとのことだった。 手術と言われて身構えていたが、案外あっさりしたもので少々拍子抜けという感じ。(笑)

 時は流れて手術前日の夜8時、指定された薬を飲む。「明日はいよいよ手術か...。」迫ってくる手術を実感する。何とも形容しがたい、実に複雑怪奇な気分。(笑)手術が失敗したらどうなるんだろう、人工肛門の障害者になっちゃうのかなー?、等等色々なことが頭の中を駆け巡る。
 翌日10/7はいよいよ手術の日である。朝いつもの半分程度の朝食を取り、トイレでしっかり済ませて職場へいつも通り出勤。11時半頃から水分を取るのを止めた。12時以降は食事できない為、昼食は抜きとなる。12時過ぎに職場を出て自宅に戻る。15時の手術まではただ待つだけだ...

 今回もかなり長くなってしまったので、続きは次回に。(笑)
手術−その1:手術に至るまで(2005/10/10 PM, 月)
 10/7(金)の午後に手術を受けた。今まで怪我で何針か縫ったことはあるが、本格的な手術は生まれて初めてである。今のところ経過は順調だが、傷の痛みはそれなりに続いている。

 まず、手術に至るまでの経緯を振り返ってみよう。
 まだトヨタコミュニケーションシステムに籍を置いていた2002年秋頃から、用を済ませた後トイレットペーパーで拭くと少し血が付いたりすることが時々起きるようになった。どす黒い赤ではなく明るい血の色なので「こりゃ、踏ん張り過ぎてどこか切れたかな?」と思う程度、月に1回あるかないかで数日で収まってしまうため、深く考えては居なかった。当時既に残業が恒常的に100H/月を越えていて、本人は気が付かないが知らず知らずのうちに体に負担をかけ、便秘と下痢を交互に繰り返していた。恐らくこれが最初のきっかけになったんだと思う。

 その後、踏ん張った拍子に出血することが時々起きるようになる。一旦出血するようになると数日から1週間の間は排便の度に出血が伴う。それでも当時はまだ出血と言っても量が少なく、出血の場所が場所だけに病院へ行くのも気が引けてそのままにしていた。

 初めてギョッとしたのは2003年に代わる直前の12月中旬である。数日前から排便に出血が以前より多めに伴うようになって「またかよ」と思っていた。その日の午後辺りから会社で椅子から立ったり座ったりする際に何となく「ネチャッ」とするような気がしたがそのまま勤務し続け、帰宅後風呂に入ろうとパンツを脱いで何気なく見て仰天!真っ赤に染まっている。慌ててその日着ていた背広を見たが、何処にも血は着いておらず一安心。(笑)家族が心配して「お医者さんへ行ったら?」と言うが、大量の仕事を抱えていては医者へ行くことすら難しく、数日様子を見ることにした。が、大きな出血はその時だけ、直ぐ収まっちゃったので結局医者へは行かないままとなった。

 その後も月に数日は排便時にやや多目の出血を伴うようになり、次なる事件は2003年12月下旬に発生、大量出血からちょうど1年が経った頃だった。
 当時既にトヨタコミュニケーションシステムを退職、痛めつけた体を癒している最中だったが、地元の年行事の当番で土日毎に引っ張り出されて祭りの準備や地蔵の清掃などをやっていたから、無職でも案外忙しかった。
 12月も残り僅かとなった下旬に突然お尻がギュッと抓られたような痛みに襲われる。鏡で見るとお尻の穴から少し離れたところに青いアザのようなものが出来ていて、そこを押すととても痛い。自宅近くの医院で診て貰うと「血栓か何かが原因で血の循環が悪くなって、それで中で出血したんですよ。排便後はウォッシュレットなどで清潔にして、お尻を冷やさないようにして下さい」と言われる。幸いこの時は貰った薬で痛みは直ぐに無くなった。

 ところが年が明けて2週間目の土曜日になってまた痛みが再発、夕方になるにつれて痛みが酷くなり、市民病院の夜間受付で診て貰う。医者はお尻の穴に指を突っ込んでグリグリかき回してくれるので非常に痛い。それでも医者は「あれぇ?あんまり痛がらないねー」だと。一体どういう基準で話してるんですかねー?(笑)連日重病患者ばかりを診てるから感覚が違う?(笑)「薬を出しますから、痛みがまた酷くなったら外科へ来て下さい」と言われる。その薬は自宅近くの医院で出されたものと同じだった。
 そのまま自宅に戻ったが、指でかき回されたせいか痛みは更に強くなり、寝ても醒めても痛い。翌日の日曜日には痛みで寝られないほどに。病院の次の営業日は「成人の日」の次の火曜日、それまでひたすら耐えて待った。お尻は腫れ上がってしまって座るのも難しく、ご飯を食べる時は真ん中に穴の開いた丸い座布団を買ってきてその上に座って食べたが、痛みで食欲どころではなく、いつも食べる量の1/4を食べるのが精一杯だ。今思えば、さっさと夜間受付へ行けば良かったのだが、市民病院の夜間受付が大混雑で2時間以上待たされるのが当たり前な為「寒い所で長時間待つよりは次の営業日を待とう」と、変に冷静だったのだ。(笑)
 痛みと睡眠不足で疲れながらも火曜日に市民病院へ。名前を呼ばれて診察室に入ると、先日診察した医者と同じ人だ。拙者の顔を見て「その後はどうですか?」と言われて即座に「痛くて食事も喉に通らないんです」と告げると「えぇっ?」とやや驚いた表情。早速お尻を見せると「うわぁ、これは痛かったでしょう、腫れ上がっちゃってますよ」だって。指でかき回してくれたからじゃないのかね?(笑)
 「膿が溜まってますから切開して出します。そうすれば痛みが無くなりますから」と、その場で切開を受ける。麻酔をかけられたので皮膚を切る感覚はあったが痛さは無い...と思ったら冗談じゃない、その後何かされる度に全身が熱く火照るほど激しく痛み、ガーゼを当てられて「もう終わりましたよ」と言われる頃にはもうヘトヘト、全身汗をしっかりかいていた。その後会計で費用の支払いを待つ間、今まで経験したことの無い異常な寒さに襲われ、震えが止まらない。切開のショック症状らしかった。幸い、震えは1時間ほどで収まったが...
 翌日から毎日通院して消毒し、2週間でようやく傷口が塞がった。無職だったから良かったが、もし働いていたら毎日午前中に通院なんて不可能だっただろう。

 その後しばらくの間は全く出血せず「通院で治ったのかなー」と思っていた。が、今の職場に就職して夏を迎える頃、酷い下痢を伴う風邪を引いて頻繁にトイレに入るうちに再発してしまう。しかも、以前にも増して出血量が多くなった。以前は排便後にポツリポツリと血が滴る程度だったが、この時から排便と同時に出血して便器に溜まっている水洗の水が赤く染まり、排便が終わる頃には出血も止まっているという状態になったが長くは続かず、せいぜい数日で出血は収まってしまう。
 ところが、この辺りから一寸した下痢でも出血を惹き起こすようになってきて、月に10日近くは排便時に血が出るようになってきた。しかも初めの出血はかなり量が多く、その翌日から量がグッと少なくなって3日から5日ほどで出血が完全に止まるのだ。

 今年に入って未だ寒い頃、また事件?が起きる。やはり風邪による下痢で何度もトイレに入ったらまた出血が起きたが、翌日になっても出血の量が殆ど変わらない。「ムムムッ、これはまずい」と自宅近くの医院で診て貰う。お尻の穴から指を入れられてグリグリされるが痛みは全く無い。医者曰く「大丈夫だとは思いますが、数日様子を見て出血が収まらないようだったら来て下さい」。貰った薬を毎日使ったらどんどん出血は減って、数日後には全く出なくなった。「ほほう、流石薬じゃのう」と感心する。(笑)
 その後も2週間から3週間おきに出血を繰り返していたが、拙者自身、頻繁な出血に慣れてしまったこともあって(それが一番いけないんだろうが... ^^;)「いつかは専門医にきちんと診察して貰わなきゃいけないだろうなぁ」と思いつつも、なかなか足は病院へは向かなかった。

 そして、2週間前のある日、決定的な事件(笑)が起きる...が、文章が長くなってしまったので、続きは日を改めます。乞う、ご期待!(爆)

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