列車は客車6両と荷物車1両に電気機関車。客車はすべて普通車だが、新しい車両と古い者両が混ざっている。私の指定された号車は新しい車両だった。
車内はそこそこの客の入り。出発直前、私の後ろの席の集団が何やら騒いでいる。どうも、座席を間違えたようだ。
午前8時定刻に出発。ソウルを出発する列車と違い、車内放送は車掌の韓国語のみ。でも、話す内容は、日本と同じように停車駅と到着時刻の案内だ。次の停車駅は楊平である。
車窓はずっと住宅街。地下鉄に乗り入れる通勤路線としばらく併走し、通勤路線は北の方角へと分かれ、東に向かうこの列車は、単線区間に入る。しかし、この路線も将来通勤路線として活用する予定のようで、新しい駅の建設があちこちで進んでした。将来は、京釜線の水原〜天安まで進めている計画のようになるのだろうか。
そして、しばらくは右手に漢江、左手に田園風景が広がる中を走行し、首都圏の京畿道から江原道に突入。江原道で2,3番目に大きな都市・原州に到着した。
原州で半分近くの乗客が入れ替わる。それだけ大きな街ということなのだろうか。駅前には軍隊の施設が広がっている。江原道は北朝鮮とも接しているところなので、このような施設が多いのかもしれない。
原州を過ぎると家なんてほとんどない。ここから山越えだ。次の堤川に到着するまでに、トンネルを何度かくぐり抜け、途中の信号所で対向列車の待ち合わせありと、なかなか次の駅に到達できない。
一つ山を越えると、そこは忠清北道。仕事で何度か訪問している清州と同じ道だ。貨物ヤードを抜けたところに堤川駅がある。ここで、南東部の安東方面、南西部の清州、大田方面、そしてこれから向かう嶺東方面へと分かれる。

(↑寧越駅)
停車駅の周辺はそこそこ栄えていて、韓国特有の高層アパートがあちこちに見られる。しかし、それ以外のところは田園地帯が広がり遠くには険しい山が見える。
途中、峠の長いトンネルをくぐる。国境の長いトンネルを抜けたらそこは雪国・・・ではなかった。そこには信号所があって、数分間対向列車の待ち合わせ。
あとは、ずっと坂を下るような走り方で、次の駅・甑山に到着。甑山は旋善郡の一つの集落だが、旋善方面への乗換駅だ。隣のホームに止まっていた列車に、旋善郡のイメージが描かれていた。

(甑山駅にて)

(太白駅)
太白駅で半分乗客が入れ替わった。太白も山に囲まれた街。この先の車窓が面白い。列車は最初、南東に向けて走行するが、途中で、南からの路線と合流するところで、北に270度カーブ。さらに、最初、北に向かって走行しているかと思えば、気がついたら南に向かって走っている。日本で言う上越線の上越国境だとか、北陸線の福井県と滋賀県の県境あたりのような感じ。(分かる人にはわかる)
その直後には、鉄道用語で「スイッチバック」も。途中で進行方向を逆転させながら進んで行くというもので、関東では箱根登山鉄道にある。
複雑な線形をたどった麓にある道溪に到着。構内は広いが、乗降客はほとんどいない。峠の麓の駅という感じで、日本でいうかつての横川駅(群馬)に雰囲気が似ている。
そして、ずっと東海までは平坦な走り。東海は名前の通り、東側が海に面した街で、そこそこの規模。高層アパートも多い。そんな東海と次の墨湖で乗客がだいぶ下車して、車内は半分もいなくなった。
終点の江陵までは、海の目の前を走るところもあれば、内陸部を走ることも。しかし、ところどころに見られる海岸沿いの有刺鉄線と兵隊による警備がここが北朝鮮からだいぶ近いことを物語っているかのようだった。
しかし、その物々しい雰囲気を消し去る場所が次の正東津にあった。韓国ドラマの舞台になって、一気に韓国で有名な観光地となったところだ。

正東津へは後日訪問。列車は最後の駅・江陵に向けてラストスパート。高層アパートがあちこちに見え始め、列車が大きく右にカーブしたところに江陵駅がある。この時、午後2時54分。ソウルの清凉里を出発してから6時間54分もかかった。
江陵駅は何ともこじんまりした駅で、終着駅。ここから先には鉄道は延びていない。しかし、後日、江陵より北にある街を訪問してみると、あちこちに、鉄道の橋脚が残っていて、東海岸沿いに今の北朝鮮に向けて路線の計画があったのかもしれない。
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