罪人
無機質な法廷に裁判官の厳粛な声が響いた。
「…以上の所行と更生の意思の薄弱さを鑑み、当法廷は被告人に対し死刑を求刑するものである」
傍聴席の人々は皆、得心の面持ちで判決を聞いていた。
裁判官の言葉は続く。
「被告人が罪も無い女性への監禁と暴力を繰り返し、ついには命まで奪ったにも関わらず、同様の犯罪を何度も繰り返したことは、社会全体に衝撃を与えた。しかし何よりも信じ難いのは、それらの罪状を全面的に認める被告人に反省の意思が皆無なことである。これらのことについて被告人は最期に発言したいことがありますか?」
「はい。裁判長」
男は裁判官に促されて証言台へ赴いた。
「私が犯した罪を証明するために警察、検察、そして裁判官の皆さんが多大なご苦労をされたことには頭が下がる思いです。ご迷惑をお掛けしました。そして本当にありがとうございました。
私は低能なくせにプライドが高く、身勝手で公正さに欠ける性格であったために社会的な成功は収められませんでした。いやそれどころか、人並みの信用や地位さえ得ることができませんでした。しかし親は地元の名士で裕福でしたので、マンションなどを譲り受け、社会の片隅で一人生きていくには十分なお金もありました。
私はこのような醜い容姿でありますし、性格もひどいものでしたから、女性に好かれるなどということは有り得ないと思って生きていました。お見合いパーティーなどで無視されることも少なくありませんでしたが、彼女たちはあることを知ると態度を豹変させました。
…そうです。それは資産額です。
私も最初は縁が無いと思っていた女性と交際できて楽しかったのです。単純に幸せだったのです。ですがそれは長くは続きませんでした。私と結婚したいと言う女は皆、私の親の金で裕福な暮らしが出来ると思っていただけでした。私は彼女たちの本心に近付くたびに、両親への申し訳なさと将来への絶望感で胸が張り裂けそうでした
私は社会では成功しませんでしたが、その経験によって真面目に生きることがいかに大切であるか、他人への尊重がいかに大切であるかを学びました。私は彼女たちにそれを教えてやらなければならないという責任を感じました。世の中は他人の金で楽に暮らせるほど馬鹿げた存在ではありません。みんな真面目に働き、色々な事を我慢し、分相応につつましく生きているのです。他人の金で楽な生活ができるようなものではないのです。そして夫婦というものは苦しみを分かち合い、互いに協力して生活を行うものなのです。夫の経済力に頼って妻が楽な生活をしようなどと考えてはいけません。結婚という隠れ蓑さえ被れば、いくら金を奪っても罰せられないというのは、社会の抜け道を利用した詐欺であり、泥棒です。
ですから私は自らの体験で得た教訓を彼女たちに理解させるために罰を与えました。
私の純粋な愛情を裏切った罰。私の親が苦労して稼いだ金を己の私欲のために搾取しようとした罰。結婚という神聖なものを金銭だけで図った罰。この社会で真面目に生きている人々を冒涜した罰。それは自業自得なのですが、私が彼女たちに与えた罰は多すぎたのかもしれません。
それから一人、二人と罰を与えていくうちに、彼女たちのような人間に罰を与えることが私の職務というか、正義というか…そう、存在意義のようなものになっていました。いつしか私は結婚するためではなく、罰を与える女性を探すためにお見合いパーティーに通うようになりました。
私の正義は決して許されるものではありませんが、正義を遂行することによって私は初めて社会の一員としての充足感を得ることが出来ました。報酬はありませんでしたが、若い頃ドロップアウトした社会に対して、遅まきながら貢献しているという自尊心を手にする事が出来ました。それは昔の歪んだプライドとは違う、真っ当な社会人としての尊厳だったのです。
警察や検察の皆さんは法を犯す悪と戦っておられます。まさに尊敬できる仕事です。そして私は社会に長く根付いた罰せない悪と戦いました。私は未だに私の正義を尊敬して止みません。その想いは、残念ながら、変りません。
一度は社会から弾き出されたこの私が、精神的にも成長し、絶望も裏切りも乗り越えて成し得た社会貢献は、いつか受け入れられる日が来ると思います。
『真面目に生きないと、いつか私のような人間に罰せられる』
その抑止力こそが、私がこの世を生きた証であり、理由なのですから」
男の言葉は全てが誤りで、発想も行動も、何もかもが間違っていた。
皆がそれをわかっていた。
だが誰も、それを指摘する事は出来なかった。
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