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昨日・今日・明日
今日は会社の先輩が小学生以下のありえないミスをしたおかげで、対応に
てんやわんやの一日でした。
その先輩は、自分のミスを後輩の僕が一人で対応しているのに、知らん顔で会社に出す個人目標を作っていて、僕にミスを注意されるとふて腐れて逆ギレしてました。ていうか、目標よりも目の前の仕事しろ。
ちなみにその人は僕より5年先輩なのですが、職場の立場は僕が若干上です。役職は同じなので上下関係は曖昧ですけど。
なぜか某部長のタコスケが、僕に「(その先輩に)顛末(てんまつ)書を書かせて提出してくれ。なんならR8が書いてもいいぞ」などとアルツハイマー丸出しの事を言ったので、仕方なくその先輩に顛末書を書いてもらいました。某部長が指示してよ。僕が言っても逆ギレするからさー。
ちなみにその顛末書は、言い訳しか書いてなくて、事の顛末がわかりません。
その先輩はトラブル対応してないんですから、顛末を書けるはずがないのです。あーあ、サボってたのバレちゃうね。ザマーミロ。
そんな彼にムカつきながら、今日、ふと考えた事を書いてみます。
小学校に入ったぐらいの子供の頃っていうのは、毎日いろんな発見があって楽しかったと思います。
例えば、後ろに人がいるかどうかは足元に伸びてきた影でわかるんだぜとか、直角に曲がる道のりは斜めに突っ切った方が近道なんだぜとか、暗がりを歩くときは歌を歌うと怖くないんだぜといったものです。他愛もないことでも一大発見のように思えて、いろんな事を知ることや、身の回りのことについて考えることが本当に楽しかったと思います。
それが年を経ていくにしたがって、ほとんどの事は先人たちが発見し尽くしているし、自分には特別な能力も無いんだと失望する事が多くなります。
僕はこの「失望」も「成長」の一過程だと思います。いや、過程というより発端と捉えています。
自らに失望する事は、生きていればいくらでもあります。
しかし、失望を得る事は、努力の必要性を知ることでもあるのです。
自分に足りないものを補う努力は、まさに人が成長する事です。
僕は、生きるという事は、波がうねる事だと思います。
沈めば浮かぶ時が来るし、押せば引く時が来るのです。
いつまでもいい時は続かないし、いつまでも悪いときは続きません。
我々に出来るのは、波の動きを少し早めたり遅めたりする事ぐらいです。
失望し、努力する。
生きるという事はその繰り返しです。少なくとも僕の短くない人生はそうです。
こうやって書くと、つまらない人生みたいですけど、僕自身は充実した人生だと思っています。
いつもやるべき事が順番待ちしてくれているのです。本当に幸せです。
色んな発見があって、数え切れない失望があります。
発見ばかりの子供の頃って、本当に楽しかった。
何も知らなかったあの頃は、自分が何でも出来ると思ってた。
でも、発見と失望と努力を繰り返して成長できる大人の自分は、充実した人生を送っていると思うのです。
ふて腐れてはいけません。
失望に負けずに頑張りましょう。
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