人間宣言
朝起きたら、顔がトカゲになっていた。

驚いたが、目も見えるし、音も聞こえる。
「どうってことない。落ち着け」
話も出来る。

人間の顔だった頃と大して変わりはないようだ。だからその日もいつもどおり会社に行った。世の中は自分ひとりでは変わらない。たとえそれがトカゲになっても、だ。

「おはよう」
職場の同僚は私の挨拶に同じ言葉を返す。誰も動じない。
やっぱりそうだ。顔がトカゲなどという出来事は、取るに足りない事なのだ。

昼休みになった。
いつも一緒に昼食を取る同僚達が、私が乗る前にエレベーターを閉めた。下で待っててくれるように頼もうと携帯に電話したが、ワン切りされた。電話した方が切るのではなく、受けた方が切るワン切り。面白い冗談だ。

行きつけの中華料理屋に入ったら店主に追い返された。
「トカゲに食わせるタンメンはねぇ!」
笑えなかった。

店を追い出されてトボトボ歩く私の後を少年が追いかけてきた。中華料理屋の息子だ。
「トカゲのにいちゃん。これ食べてよ!」
無邪気な笑顔で差し出した少年の手には、無数のハエが付いたハエ取り紙が握られていた。

「トカゲは草食がほとんどで、虫を食べるのはカメレオンだよ」
そう言いたかったが、言えなかった。確かに私はカメレオンではないがトカゲでもない。人間なのだ。

だが一方で、私は理解していた。私がなんと言おうと、端から見ればこの風貌はトカゲ男だ。トカゲに人間の体が付いたのか、人間の顔がトカゲになったのか、そんなことは問題じゃない。どちらにしてもクリーチャーなのだ。私が同僚だったとしても、きっとエレベーターのドアは閉めたろう。

「ありがとう…。大事にするよ…」
私は少年の差し出したハエ取り紙を受け取った。
それは自分がクリーチャーであることを受け入れたためではない。差別なく接してくれた少年への敬意から出た言葉だった。

5分後。
私は店主の通報で逮捕された。容疑はハエ取り紙の窃盗である。トカゲの私の意見など、誰も聞いてくれなかった。

「無理だろ。人間じゃないから人権もないんだぜ」
弁護士を呼びたいと言った私に、警官は嘲笑しながら返した。反論は出来なかった。

留置所の冷たいベッドで横になった私は、泥のように眠った。もうこのまま目を覚ましたくない。そう思いながら。

翌朝。
目が覚めると、そこは自宅だった。顔を触る。すべすべだ。鏡を見る。人の顔だ。私は現実に感謝した。悪夢はいつか覚めるのだ。ああ、生きてて良かった。

私はいつもどおりにコーヒーをいれた。トラジャの強い苦味が体中を駆け巡る。徐々に活力が沸いてくる。朝食を頬張る。美味い!少年にもらったハエは活きが良かった。