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「SA・ZA・E 2」
俺の名はフグ田タラオ。人殺しだ。
下らない冗談だって笑い飛ばしてくれてもいい。馬鹿なやつだと蔑んでくれてもいい。だが、もしもあんたが俺の話に耳を傾けてくれるなら、俺はあんたに全てを話す。だから頼む。聞いてくれ。
去年の事だ。
オヤジと同じ大学に受かった俺は合格祝いに車を買ってもらった。特に特徴もねえ小せえ車だったけど嬉しかった。両親の心のこもったプレゼントだからな。嬉しくねえわけがねえ。
その車が納車された日。それが今日だ。去年の今日。
早速俺はイクラの奴とならし運転に出掛けることにしたんだ。そしたら妹が、あゆみの奴が乗せろってうるさくてさ。
…ああ、あんた俺の妹知らないんだよな。俺の5つ下の妹だよ。可愛い奴でさ、いつも俺の後ろくっついてきてさ、なんでも俺の真似してさ、ちょっとでも一緒じゃねーとすぐに拗ねるんだよ。中学入ってもそんな調子だったんだよな、アイツ。
で、まあしょうがねえなって感じでさ、後部座席に乗せてやったんだよ。あゆみをさ。
あいつは「助手席に乗りたい」って例の如く拗ねたんだけどさ、「今度乗せてやるよ」って軽く流したんだよ。年上のイクラのほうが地図見てナビできそうだしさ、第一あゆみは家族なんだから、これからいつだって隣に乗れるじゃんか。そう思ったんだよな。
それからシートベルトをして、助手席のイクラにもちゃんとベルトしてもらって、ミラーも確認して出発進行だよ。スピード違反もしねーで超安全運転で走ったんだよ。事故ったりしたらやべーからな。…まあ、ぶっちゃけ初めての運転でビビってただけだけどな。
どれくらい走った頃だったかな?あゆみが言ったんだよ。
「お兄ちゃん。もうあさひが丘で知ってる道は全部走ったんじゃないの?」
「んー。そうかもなー」
「あとはどこ走るの?」
「イクラはどっか行きたいとこある?」
「…ニューヨーク?」
「イクラ兄ちゃんのギャグっていつもイマイチよねぃ。ねぇねぇお兄ちゃん、わたしにも聞いてよぅ」
「しゃーねーなー。どこ行きたい?」
「学校の近くの川原の土手って車でも走れるんだよ。ちょっと行ってみようよ」
別に行きたいところもなくってただ運転したいだけだったしさ、キラキラ光る川面を横目にドライブっつーのも悪くないなと思ってさ、早速川原に行ってみたんだよ。その川はまるで宇宙から見た地球みたいに真っ青な水面でさ、ほどほどに茂った雑草の緑と、まばらに散った釣り人がいいアクセントになって、のどかな風景だったんだよ。…のどかな風景、だったんだよ。
横の風景に気を取られすぎたんだ。
顔と一緒にハンドルもちょっと横を向いていたのに気付かなかったんだ。
それに気付いた時はもう俺たちの乗った車は土手からずり落ちていた。横向きに回りながら落ちた車は6〜7mほど転がって、逆さまに止まった。シートベルトってヤツはそんな状態でも身体をしっかり固定してくれるんだ。ありゃあ本当に凄いと思ったよ。前からの衝突だけじゃなくていろんな衝撃から守ってくれるんだ。
結局、俺とイクラは怪我も後遺症も無かった。
でもよ。
後部座席は…シートベルト……してなかったんだ。
妹は、即死だった。
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「ふざけんなよ」
あゆみの死を聞いた時、俺は何度も心の中で叫んだ。
なんで死ななきゃなんねーんだよ?なんで俺の運転で妹が死んじまうんだよ?
スピードだって出してねえ、交通ルールはちゃんと守った。なのにたった一つ、後部座席のシートベルトを忘れただけなのに、それで大事な妹が死んじまうなんて、いくらなんでもふざけすぎだろ?
俺は下らねえ運命を心の底から呪った。
そして月日が経つにつれ、こう思うようにもなった。
「イクラが助手席に乗ってなきゃ妹は助かった」
命の重みが等しいわけねえだろ?妹とイクラを選ぶなら、イクラが死んだほうがマシに決まってんだろ?家族より大事なもんなんかあるわけねーだろ?
今でもイクラの顔を見る度にそう思っちまうんだ。
でも、まあ、本当はわかっているんだ。
妹は助手席に座りたがっていたじゃねえか。
結局のところさ、助手席に誰が座るか決めたのも、シートベルトしろって言わなかったのも、よそ見して車を脱輪させたのも、全部この俺のやったことなんだよな。
そう。俺が妹を殺したんだ。
そしてあろう事か、イクラが代わりに死ねば良かったなんて今でも本気で思っているんだ。
一番ふざけてんのは、この俺だ。
本当は、わかってる。
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あれから家族はバラバラだ。
おふくろはボケ老人みてえにいつもボーッとしている。そして時々こっそり泣いてる。娘を殺した憎むべき犯人が長男なんだ。仇を憎むことすら許されないなんて、泣きたくもなるだろう。でも実際、おふくろは恨み言一つ言わねえで俺に普通に接してくれてる。
でもそんなおふくろを見ていると胸が詰まる。
親父はあんまし家に居ねえけど、居てもあんまし話さねえ。
家の空気はとてつもなく重くなった。家族3人で居ても、俺はいつも孤立無援だ。いや、家族が揃っている時が一番辛い。一人のほうがいくらかマシだ。
俺は何をしたら許されるんだろう?
俺には贖罪すら許されないのか?
それとも、償いをしたいと思うこと自体が間違いなのか?
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「タラオ、準備出来たか?そろそろ墓参り行くぞ」
親父が呼びに来た。今日はあゆみの一周忌。
久しぶりに家族が揃って出掛ける日だ。
「わかった。すぐ行くよ」
身支度を済ませていた俺は外に出て驚いた。家の前には見たこともない車が1台停まっていて、親父が運転席に座っていた。親父はペーパードライバーで、もう20年以上車を運転していないはずだ。だから家の交通手段はいつも電車だったし、あの事故のことを考えたら今日こそ電車がぴったりじゃないか。なのになんで今更車なんて出してるんだ?
「親父、いったい何の真似だよ?」
「お前に気付かれないように練習してたんだ。今じゃすっかり俺の手足だぞ。安心して乗れよ」
「そうじゃねえだろ。そういう話じゃねえだろ…」
「今日は一年の内で一番車に乗りたくない日だって言うんだろう?父さんだってそうだ。母さんだってそうだろう」
「わかってんならタチの悪い冗談はやめてくれよ」
「いや、今日、車で、父さんの運転する車で出掛けることに意味があるんだ。これは冗談なんかじゃないぞ。母さんにも言ってある」
「意味とかわけわかんねーよ、親父」
「俺はペーパードライバーだった。俺はお前が免許を取った時、これからはお前の運転する車で出掛けられると思ったんだ。だから大学の合格祝いに車を買った」
「…わかってるよ」
「俺が最初っから自分で車を運転していれば、免許を取ったばかりのお前に車を買う事は無かったかもしれない。お前が運転する時に自分も同乗して注意できたかもしれない。なんにせよ、あの事故は起きなかった。ずっとな、そう思っていたんだよ。なかなか言い出せなかったが、本当にお前たちには悪いことをしたと思っている」
「…そ…そんなこと…ねーよ」
「あの事故はお前だけのせいじゃない。少なくとも責任の半分は俺にある。だから今日、お前たちに俺の車に乗ってもらいたくてこっそり運転の練習をしていたんだ。頼む。今日この日から、やり直しをさせてくれ。頼む」
そう言って、親父は頭を下げた。
俺は絶句した。
頭の中が真っ白になって、膝ががくがくした。背筋に冷たいものが這い回り、手が異常に汗ばんでいるのが自分でもわかった。涙が出そうなほど目頭が熱くなったが、なぜか涙は出なかった。俺は混乱していた。
親父は頭を下げたまま黙っていた。
「タラオもわかってくれてるわよ。あなた」
後ろからおふくろの声がした。
おふくろは俺の肩にそっと手を掛けると続けた。
「反省するだけの日々は終わりにしましょう。今日から、みんなでやり直しましょう」
俺は、泣いた。泣きながらうなずいた。何度も何度もうなずいた。
車の助手席には俺が座ることになった。おふくろは後部座席に乗り込むと、自分の隣の、誰もいない席のシートベルトを締めた。それから自分の席のシートベルトを締め、無言で頷いた。俺も親父も、ただ一緒に頷いた。それ以上は何もいらなかった。
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墓参りにはじいちゃんもばあちゃんもカツオ兄ちゃんも、京都に行っているワカメ姉ちゃんも来ていた。みんな俺たちが車で来た事に驚いていたが、俺たち家族は全く気にしなかった。きっとそのうちわかってもらえる日が来る。なぜかそんな根拠の無い自信が、今の俺にはあった。
そして
あゆみの墓前で手を合わせた俺は、心で呟いた。
「俺、生きるよ。お前の分も。そしてお前の分まで親孝行して、幸せになって、ちゃんと生きるから。それしか俺には出来ねえけどさ、いつかそっちでお前に遭ったら、楽しかった思い出をたくさん話してやれるように頑張って生きるから。二人分の人生頑張るからさ。だから寂しいかもしれないけれど、楽しみに待っててくれよ。…………ごめんな」
− 了 −
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