|
嘘つきルドルフ
<1>
ある村に嘘つきルドルフと呼ばれる10歳の少年がいました。
幼い頃にお父さんが事故で亡くなり、お母さんに甘やかされて育ったルドルフは、いつも自分が注目を浴びていなければ気がすまないわがままな子でした。
ルドルフが人の気を引くために重ねた嘘は、国家レベルで甚大な損害を与えるものでした。それは彼の嘘のせいで原爆が広島・長崎に投下され、AIDSが世界に蔓延し、テロは激化し、金正日は天然パーマになってしまったという噂がまことしやかに流されるほどでした。でも実はその噂もルドルフがついた嘘でした。
そんなこんなで嘘を繰り返し警察や公安からもマークされるようになったルドルフは、今日も東証株価を大暴落させたりマンションの鉄筋を減らしたりと大活躍を見せ、意気揚々と帰り道についたのです。
「今日も大漁だったなあ。こんな日はお母さんのカボチャのポタージュでお祝いしたいなあ」
そう呟きながら家へと続く小高い丘の一本道を歩いていたルドルフは、道端に座り込んでるおばあさんに呼び止められました。
「ルドルフや。そんなに嘘をついて、お前は楽しいのかい?」
「僕は嘘なんかついてないよ。現実が嘘をついているのさ」
「ふん。あんたは頭のいい子だねえ」
「まあね!IQ200はあったりなかったりするからね!」
「でも本当は嘘が虚しい事だとわかっているのに止められないんじゃないのかい?誰にも信用されなくて、寂しいんじゃないのかい?」
自分の気持ちに気付かない振りをして刹那的に生きてきたルドルフは、初めて心の底を見透かされて驚きました。
「おや、図星だね。あんたもこのままじゃいけないって気付いてるんだろう?」
「そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれないよ!嘘の嘘は本当だけど、本当の嘘は嘘なんだから!」
「わたしを煙に巻こうたってそうはいかないよ。これでもハリーポッターに奥歯の裏のブラッシング方法を教えてあげた百戦錬磨の魔法使いなんだからね」
「えー!まじ?ダニエル・ラドクリフ君のサインとかもらえる?」
「U・S・O」
「ひどいよ!嘘はひどいよ!こんないたいけな子供騙すなんて人間じゃないよ!」
「魔女だから人間じゃないのさ。いいかい?からかわれるのが嫌だったらあんたもわたしに嘘はおいいでないよ。こう見えたってわたしは田中麗奈の13倍生きている人生の大先輩なんだからね」
「基準がおかしいけどそれは説得力あるね」
「で、実際のところあんたは変りたいという意思はあるのかね?嘘をつかないで真っ当に生きていきたいという気持ちはあるのかね?」
「うーん。変ると言っても周りの目も変らないと難しいなあ。これまでの負の遺産が大きすぎて僕一人の力じゃどうにもなあ…」
「そこまでわかってるんなら最初から嘘なんてつかなきゃいいじゃないか。頭がいいんだか悪いんだかホントわかんない子だねえ」
おばあさんは呆れてアメリカンに肩をすくめましたが、同時にルドルフの曇った表情を見逃しませんでした。
「踏み出せないんだね。可哀相に」
「…え?」
「じゃあお前さんに魔法を掛けてあげよう。これからつく嘘が三つだけ、本当の事になる魔法だよ」
そういっておばあさんはラピュタの崩壊の呪文と同じくらい短い呪文を唱えました。まばゆい光に包まれることも意識の変化もありませんでしたが確かにそれは魔法と確信させるものでした。なぜならおばあさんの姿は霧のように消えてしまったからです。
<2>
ルドルフは驚きましたが、おばあさんの言った事が本当なのか試してみることにしました。
「東海地震が1時間後にくるぞ!みんな、早く逃げるんだ!」
がなりまくる右翼の街宣車に村の人は驚きましたが、声の主がルドルフだと気付くと皆、ホリエモンのようなだらしない半笑いを浮かべて相手にもしませんでした。
ただ、右翼だけは盗まれた車を取り戻そうと必死の形相でルドルフを追いかけました。
そして1時間後。とうとうその時が来ました。
突然の大きな揺れとともに富士山が噴火したのです。
それはまさに阿鼻叫喚の地獄絵図でした。
溶岩が天を舞い、流れ出るマグマは触れるものを焼き尽くしながら全てを飲み込み、村どころか関東一円が揺れに揺れ、免震構造のはずのマンションやビジネスホテルも砂の城の如くもろくも崩れ去り、高層ビルはポッキリと折れ、道行く人は地割れに飲み込まれ、大津波が首都圏を直撃したのです。
ルドルフと彼を追いかけていた右翼の人たちは追いかけっこの末に富士山から遠ざかったおかげで助かりました。彼らはルドルフのおかげで助かったと口々に感謝の言葉を述べて抱きつき、涙を流して礼を言いました。
これまで人にお礼を言われたことがなかったルドルフは最初は戸惑いましたが、何人もの人に心の底からの感謝を受けているうちに自分も嬉しくなってしまい、一緒になって感涙にむせびました。
こんなにも気持ちの良いことがあるなんて知らなかった。こんなにも柔らかな気持ちになれるなんて知らなかった。ルドルフはそのきっかけを与えてくれたおばあさんに感謝しました。
この話は口コミで広がって避難所にはマスコミが殺到し、ルドルフは一日で全国区の有名人になりました。
取材攻勢も一段落し、村へ帰る途中でルドルフは決意しました。
「これを機に僕は立ち直るぞ。これからは真っ当に生きるんだ。TVの出演料も少しは出るみたいだし、お母さんと温泉にでも行ってゆっくりしたいな」
しかし意気揚々と帰路についたルドルフは思いもかけない光景に出くわしました。
処理しきれずに道端に置き去りにされた遺体の放つ腐臭。帰る家も親も失くしてボロを身にまとった子供たちの泣き声。避難所暮らしより刑務所のほうがちゃんとご飯が食べられるからとボランティア女性に襲い掛かる被災青年。誰かが誰かを殴っても、食べ物を奪っても、何をしても、誰も止めないのです。止められないのです。
「僕の嘘で、こんな生き地獄が…」
ルドルフは頭の中が真っ白になり、その先の言葉が出てきませんでした。
とにかく早く家に帰ろう。そしてカボチャのポタージュを食べながら、ゆっくり、落ち着いて考えよう。ルドルフは目を伏せて足早に家へ帰りました。
しかし帰宅したルドルフを待っていたのは、家屋に押しつぶされた愛しい母親の亡骸でした。
「お……かあ…さ…ん!?」
ルドルフは柱の下敷きになり絶命した母親に何度も話し掛けました。
肩を揺らし、頬を叩き、背中をさすり、何度も何度も話し掛けました。
しかし彼のおかあさんはピクリとも反応せず、真っ青な顔のまま何も語りませんでした。
日が沈みあたりが見えなくなってきた頃、やっとルドルフは現実を飲み込みました。そして思いついたのです。
「嘘が本当のことになるんだったら、『東海地震は起こっていなかった』って嘘をつけばいいんじゃないのか?そうすればみんな生き返るんじゃないのか?…僕のおかあさんだって!」
ルドルフがそう思い立った矢先、突然目の前に魔法使いのおばあさんが現れました。
「覆水は盆には還らないよ。起きてしまった事実は覆らないし、死んでしまった人は生き返らないんだよ」
「だけど、僕の嘘で何万人も死んじゃったんだよ。かろうじて生き延びた人も生活の術がなくなっちゃったし、僕のおかあさんまであんなになっちゃって…」
ルドルフは喋ってるだけで悲しくなって大粒の涙をポロポロ出てきました。それでも嗚咽にむせびながら言いました。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。おばあさんの力で元に戻してください。もう嘘はつかないから、なんでもいう事聞くから、味噌汁にタマネギが入っていても文句言わないから、だからお願い!元に戻してよ!」
「あんたの嘘は派手すぎたんだよ。ここまでやられちゃ、わたしだって元に戻せないよ」
「そ、そんな…。何か手は無いの?どうにかできないの?僕のおかあさんだけでもいいんだ。どうにかしてよ」
「いいかい?死んだらおしまい。壊れたら元には戻らない。それは絶対なんだよ。いくら魔法でも自然の法則は曲げられないんだよ」
「そんなの先に言ってよ…。おかあさんどうするんだよぅ」
「いきなり東海地震を起こすあんたが悪いんだろ?ちょっとは加減しておくれよ」
ルドルフはわなわなと震えながらも言葉を捻り出しました。
「確かに…この大災害を起こしたのは…僕だ。みんなを、おかあさんを殺したのは…この…僕だ」
ルドルフはこれ以上ないほどの大声で泣きじゃくりました。
ひとしきり泣いてもう涙も出なくなったルドルフは、おばあさんに言いました。
「今まで僕はなにも変化のない毎日がつまんなくて飽き飽きしてたんだ。でもそれがどれほど幸せだったのか、今になってやっとわかったよ」
「そうだね。平凡な生活のありがたみを知るには、ずいぶん大きな代償だったがね」
「これから僕はどうすればいいの?どうしたら許されるの?」
「誰にも過去は変えられないけれど、未来なら変えられる。それはあんた次第だよ」
そう言い残すとおばあさんはまた霧のように消え去ってしまいました
<3>
あれから5年が経ちました。
おかあさんのパート先だったスーパーの社長さんに養子として引き取られたルドルフは、おばあさんに言われた「未来なら変えられる」という言葉を信じて努力しました。いつも謙虚で慎み深く、よく考えて必要なことだけを発言し、そして決して嘘をつかなくなった彼は今では村の人気者でした。子供の頃ルドルフが嘘で得ようとした周囲の注目は、大人になってからその逆の誠実さによって得ることが出来たのでした。
しかしうっかり大げさなことでも言おうものならまた大災害になるかもしれないという恐怖は常に彼の頭の隅にありました。彼には心の休まる時間など一時もなかったのです。
ルドルフの養父のスーパーは小さいながらも地域のみんなに愛されているお店でした。しかし最近は近くに出来たコンビニにお客を取られてしまい、経営はあまり芳しくありませんでした。ルドルフは最近元気のない養父の助けになれればと学校が終わってからスーパーの手伝いをするようになりました。
「ルドルフや。この牛乳は近所の安良岡さんの牧場から特別に仕入れた牛乳だよ」
「へぇー。そりゃすごいね。お父さん」
「ああ。地域のものを近所の皆さんに安く提供する事こそがこの店の役割だからね。ルドルフにはこの牛乳の対面販売を頼みたいんだ。やってくれるかい?」
「うん。俺は頑張って全部売るからね!」
「ははは。ルドルフが頑張らなくても、試しに飲んでもらえばそれだけで売れるよ。搾りたての安良岡ミルクは地元の誇りだからね!」
そしてルドルフは一生懸命ミルクを売りました。
「あ、そこのおばさん。いやギャルギャルのおねいさん!是非ともこの安良岡ミルクを飲んでってよ!搾りたての新鮮なミルクですよ!」
「新鮮ってどれくらい新鮮なのよ?ぶっちゃけコンビニで売ってるのと変わんないでしょ?」
「いやいやいやいや。搾りたての安良岡ミルクとコンビニのミルクなんて比べもんになりませんて。新鮮さじゃこっちの方が断然上ですがな、岡村さん」
「ふ〜ん。じゃあ一口。ゴクッゴクッゴクッ。ぷはーっ、うまい!」
「でしょ?」
「ごっそさん。どっちみち牛乳なら昨日コンビニで買ったからいらないわ」
世の中そうそううまくはいかないものです。
それでもルドルフは頑張ってその日の仕入れ分を全部売り切りました。
ところがその翌日。
村の半分以上の人が食中毒で病院に担ぎ込まれました。死者2名、重軽傷者150名を出した食中毒の原因は、コンビニの牛乳でした。
ルドルフには心当たりがありました。
昨日安良岡ミルクを売っていた時に、コンビニの牛乳よりもはるかに新鮮だと言った言葉が現実になったのだと彼は悟りました。自然の法則で言えば時間をさかのぼって安良岡ミルクを新鮮にすることは出来ませんが、コンビニの牛乳を腐らせることは出来るからです。
ルドルフは自分の軽率な売り文句が招いた悲劇の大きさに呆然としました。
しかし事件はそれで終わりませんでした。
人殺しと罵られ追い詰められたコンビニの経営者が、子供を道連れに一家心中したのです。
もうルドルフの心は崩壊寸前でした。
魔法はまだ一つ残っている。また何か軽率なことを言えば恐ろしい事になる。
ルドルフは恐怖におののき、人と接することを極端に避けるようになりました。
その時。また魔法使いのおばあさんが現れました。
「またやっちまったねぇ。あれから5年も我慢したわりにはあっさりと言っちまったもんだねえ」
「他人事みたいに言うなよ、ばあさん!また俺のせいで人が死んじゃったんだよ!?」
「殺したのはあんたなんだから、わたしにゃ他人事だろ?それに前よりは少ない犠牲で済んだじゃないか」
「でも…この魔法はばあさんが掛けたんじゃないか。ばあさんがこんな魔法を掛けなきゃ俺だってこんなに苦しまなくて済んだんだよ?その責任はあるだろ?」
「包丁を作る職人が人殺し呼ばわりされる筋はないだろ?包丁だって魔法だって使い方次第じゃないか。使い方を間違ってるあんたに責任があるんだろ?」
いくら言い争ってもルドルフがおばあさんを言い負かすことは出来ませんでした。ぐうの音も出ないルドルフにおばあさんはたたみ掛けました。
「物を作るにしろ売るにしろ、競い合えば誰かが勝つ。そして負ける人間が必ずいる。それが公平な競争ってもんさ」
「競い合うのが社会の成長になるんだろ?それは悪くないじゃないか」
「そうさ。全然悪くない。他人と比較して勝って、他人と比較して負ける。ただそれだけさ。でもね、誰かが必ず負けるんだよ。競い合った結果ね」
「でも俺は安良岡ミルクの方が新鮮だって言っただけなんだよ。それであんなに死人が出るなんておかしいじゃないか」
「わからないのかい?誰かと比較したって自分が磨かれることはないのさ。自分を高めることと他人と競い合うことは同じようで違うんだよ。だから今回だってあんたが比較したからこそ、向こうが負けを被っちまったのさ。考え方を変えなきゃこの先だって同じトラブルが起きるよ」
さすがのルドルフもこれにはこたえました。
「そ、そんな…。あの時はお客さんに比較されたからつい言っただけなんだ…」
「競争は大事さ。向こうよりもたくさん売りたいっていうのは正しい気持ちさ。でもね、勝ちたいからって自分を見失って相手に気をとられるようじゃいけないのさ。勝っても負けても納得のいく競争。それこそが真の”高め合う競争”ってやつさ」
「そのためには先ず自分を磨けと?負けても悔いがないように努力しろと?」
「もしもあんたが安良岡ミルクの素晴らしさを心から信じて売っていれば、きっと結果は変わったはずだよ。お父さんが言ってた言葉を思い出しなさい」
「安良岡ミルクは地元の誇り…。飲んでもらえれば売れる…。お父さんは確かにそう言っていた…」
おばあさんはうなずくとまた霧のように消えてしまいました。
<4>
その後ルドルフは、養父の額に汗して働く姿と誠心誠意の心遣いに感服し、またおばあさんに言われた教訓を忘れずに仕事と勉強に励みました。
しかし悲劇は終わりませんでした。
冷たい冬の雨が降りしきる夜。二十歳になったルドルフは、成人式の帰り道に道端でうずくまっている少年を見つけました。
「ボク、どうしたんだい?おなかが痛いのかい?」
覗き込んだルドルフの首筋に激しい痛みが走りました。
その少年がスタンガンで攻撃してきたのです。
首から走った電撃がルドルフの身体の自由を奪いました。
まるで糸の切れた操り人形のように崩れ落ちたルドルフは、少年のなすがままでした。
「財布どこだよ。財布?…おっ、これか。なによおまえ2万も持ってんの?金持ちすぎだろー。こんなに持ってたら強盗に襲われちゃうだろー。2万つったらマックチキン200個買えちゃうよー?チーズバーガーも買うなら100個ずつだよー?」
わけのわからないことを言いながらその少年は、ルドルフの身体を執拗に蹴り続けました。
冬の雨が暗闇をより一層深くし、ルドルフの発見を妨げました。
彼が発見されたのは翌日の朝でした。
ルドルフは下半身不随になりました。
犯人の少年はすぐに捕まりました。少年院での暮らしがほとんどだったというその少年は、保護観察処分で出所したその日に犯行を犯したのでした。
被害者であるルドルフは少年の裁判に出席しました。
ルドルフの無念は計り知れないものがありました。下半身不随ではスーパーの手伝いもできませんし、今後の生活も大変不自由します。彼は生まれて初めて人を憎む気持ちを覚えました。
しかし現実はさらに彼を打ちのめしたのです。
それは弁護側の供述の時でした。弁護士が言ったのです。
「少年は10年前の東海地震で両親を亡くし、同じような子が溢れかえって収容率が300%を越えた当時の孤児院で動物以下の扱いを受けて育ちました。親の愛も知らずに、食べるものを奪い合って生きてきた少年に、世間は慈悲どころか蔑みの目を向けました。少年の行いは非道ではありましたが、彼は”それ以外に生きる術を知らない”のです。どうか寛大なお慈悲を…」
話の途中でルドルフは気が遠くなってしまいました。
そうです。その少年はルドルフが東海地震の時に見た、親を亡くし泣きじゃくっていた子供の一人だったのです。
因果応報か。やっと来るべき時が来たんだな。
ルドルフはそう悟りました。
実はルドルフは最後の時のために考えていたことがありました。
それは嘘を思い通りにコントロールする手段でした。
法廷に臨んだルドルフは、意を決して言いました。
「裁判長。私は被害者ではありません。加害者です。私は10年前に少年の両親を殺した張本人です。いえ、それだけではありません。東海地震を起こして何万もの罪のない人を殺し、最愛の母さえ殺し、そして5年前には食中毒事件を起こしてまたもや人を殺しました。お疑いでしょうが私は魔法が使えます。それは嘘を現実のものにする魔法です。証拠に一つ嘘をつきましょう。明日、全世界から争いは消えます!私の死をもって!!!」
法廷はどよめき、ルドルフは警備員に追い出されるようにして法廷を出ました。
その時のルドルフの表情は達成感に満ちながらもどことなく柔和な、まるで悟りでも開いたかというようなものでした。
翌日。
TVはどこのチャンネルも全てがニュースだらけでした。
朝鮮半島統一。中東和平。テロ組織の武装解除。中央アジアの内戦終結。アフリカ諸国の内乱終結。台湾の国連加盟を中国が了承。
平和を知らせるニュースが世界中で流されました。
TVと新聞を一通り見たルドルフは満足げに車イスに乗って外へ出ました。
外には村中の、いや、日本中の人々がルドルフを待ち構えていました。
あり得ない世界平和が実現したのはルドルフの魔法以外考えられない。
つまりルドルフはあの証言のとおりに魔法が使える。東海地震も食中毒も彼の仕業だった。
人々はとうとう気付いたのです。
「悪魔め!死んじまえ!」
「俺の両親を返せ!」
「お前のせいで何万人が死んだと思ってるんだ!人でなし!」
罵声だけでなく石や空き缶がルドルフに投げつけられました。
ルドルフは黙って、それをかわすこともしませんでした。
誰かが叫びました。
「悪魔を吊るせ!見せしめにあの丘で吊るすんだ!」
ヒステリックな群衆に抱えあげられたルドルフはなす術もなく小高い丘に運ばれました。そこはルドルフが魔法使いのおばあさんと初めて会った場所でした。
ルドルフは十字架に釘で直接打ち付けられ、丘の上に晒されました。群集の投げつける石の勢いは止むことを知らず、罵声は怒号に変わり、黒山の人だかりが巻き起こす熱狂は木を揺らし、地面を鳴らしました。
意識の遠くなりかけたルドルフの元におばあさんが現れました。
「あんた、なんでこんな事言ったんだい?」
「それよりばあさん。みんなに見つかっちゃまずいんじゃないの?」
「私の姿はあんた以外には見えないよ。で、どうしてあんなことを言ったんだい?こうなる事はわかりきってたろ?」
「この前、5年前のあの時。言っただろ?『少ない犠牲で済んだ』って。あれでわかったんだ」
「……」
「嘘が現実になる魔法には犠牲が必要なのさ。その規模に応じてね。だから東海地震では数万人と俺のかあさんが、牛乳の時には2人の人が亡くなったんだ。コンビニの一家心中は魔法の犠牲じゃないんだろ?だから”少ない”んだ」
「しくじったね。わたしとしたことが」
「あれから5年も考える時間があったんだ。少しは学習もするさ」
「しかし嘘つきだったあんたが、よりよってジーザスの真似事をするなんて思ってもみなかったよ。ここはゴルゴダの丘ってわけかい?」
「今回の犠牲は俺一人。それが嘘の中にちゃんと入っているから他の誰も死なない。そして俺という犠牲を取る以上、契約は完全に履行される。そうだろ?」
「ああ。特別に教えてやるよ。あんたが死んだ後、世界中は気付くのさ。自分たちの犯してしまった過ちを。全世界が救世主であるあんたを殺めた罪人として反省し、あんたの処刑されたこの十字架を象徴に、世界の意思は平和へと向く。…永遠ではないがね」
「ああそうか。期間を入れるのを忘れたな。これは失敗」
「ふふ。その割には満足そうじゃないか」
「ああ、やっと楽になれるんだ。この10年間、ずっと悩まされてきた。人々の泣き声や叫び声、肉の焼ける匂い、かあさんの死に顔。忘れたことは一度もない。毎晩夢に出てきた。ぐっすり眠れることもなかったし、なにをやっても心の底から楽しめなかった。それも…今日で…終わり…。最後にかあさんのカボチャのポタージュ、食べたかったなあ……」
ルドルフは力なく目を閉じました。
意識を取り戻したルドルフが目を開けると、そこには群集も十字架もなく、ただおばあさんだけが微笑んで立っていました。
「あれ?どうしたの?」
ルドルフはおばあさんに尋ねましたが、彼自身も自分の変化に驚きました。声が子供のものに、視点が胸の高さに変わっているのです。
「え?なんで子供に変わっちゃうの?どういうこと?」
「変わったんじゃなくて、変わってなかっただけさ。わたしはね、憎しみや虚栄心や後悔といった負の感情を集めているのさ。そして今回のことで大嘘つきのあんたの絶大な負の感情を吸い取らせてもらったというわけだよ」
「じゃ、じゃあ東海地震も無し?おかあさんも無事?」
「モチ。今は最初に会った時から1時間も経ってないよ」
「ありがとう。おばあさん!」
「礼を言われることなんて何もしてないがね。でもお前さんは今回のことで負の感情が全く無くなっちまったねぇ。こりゃあわたしも別の子供を捜さなきゃならんよ」
「じゃあ、僕は帰るね!」
「ああ、おかあさんがおいしいポタージュを作って待ってるよ。あんたの大好きなカボチャのやつさ」
ルドルフは満面の笑みを浮かべてうなずくと小鳥のように軽やかに丘を駆け上がって行きました。
おばあさんは彼の姿が見えなくなるまで穏やかな笑顔で見送っていました。
− 了 −
「嘘つきルドルフ2 日の出づる処」(上のテキストとの関連はありません)
日本の南に東ティモールという国があります。(RAID7的ワールドマップ参照)
その国には嘘つきルドルフと呼ばれる青年がいて、いつも妄想話をしていました。
たとえば1975年にポルトガルからの独立宣言を行った後にインドネシアが侵攻し、東ティモールを占領した時もルドルフは言いました。
「こんな不当な支配は長くは続かないさ。僕らの未来は僕らのものなんだ」
その後、インドネシアと民兵による攻撃は24年間も続きました。
東ティモールの海底には大油田があります。
その量はとても無視できない莫大な量だと言われています。
国連でインドネシア軍の撤退を求める決議が8度も採択されました。
しかしインドネシア軍は侵略を続けることが出来ました。
それは油田の利権を欲するアメリカ、オーストラリア、そして日本という太平洋の大国が国連決議で反対または棄権の立場をとり、インドネシアの侵略を黙認したせいでもあります。この間、日本からインドネシアへの経済支援は4兆円、アメリカからの武器の売却は10億ドルにもなりました。
ルドルフは国際的に虐げられた自分たちの国について言いました。
「大国の人間だって、金より大事なものにいつか気付くさ。このティモール・ロロサエ(※)の太陽を、海を見れば、彼らだってきっとわかるさ」
(※)「日の出づる処」の意。東ティモール民主共和国の正式国名は『レパヴリカ・デモクラティカ・ティモール・ロロサエ』
東ティモールの人々は「インドネシア化」を徹底され、侵略と大量虐殺で全人口の1/3が犠牲となり、女性の2割はレイプを受けました。
それでもルドルフは嘘を言います。
「いつかみんなが笑って暮らせる日が来るよ。女も子供も老人も、暴力に怯えないで暮らせる日が来るよ」
2002年5月20日。東ティモールはとうとう独立を勝ち取りました。
21世紀最初の独立国。新しい民主主義国家。それが現在の東ティモールです。経済格差はまだまだ大きいですが、まだこの国は始まったばかりです。戦火の爪痕はまだ癒えていませんが、彼らはたくましく生活しています。
そしてルドルフはといえば今日もまた、希望という名の嘘を言っています。
「僕らの自由はこれから始まるんだ。僕らの未来は僕らのものなんだ」
みんな、そんなルドルフが大好きです。
(この話は、事実を元に作成しました)
|