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プライスレス

中学生の頃の話。

あの頃はむやみやたらと背伸びしていたというか、不良に対する憧れみたいなものがあった。
クリソ(クリームソーダ)の財布を1ヶ月の小遣いをはたいて買ったり、ベンクーガーのボンタンを生活指導の先生にビビリながら穿いたりしていた。
「ビビリのボンタンほど情けないものはないよな」、と僕らはいつも笑いながら言っていたけど、実際は僕らがその情けない連中だった。

そんな僕らの中で一時期大ブームを巻き起こしたものがある。
財布に付けるチェーンだ。

チェーンもちゃんとしたものを買うとなると¥1,000ぐらいはした。中学生には大金だ。やはり持っている奴は、そういうものに惜しげもなく金をつぎ込める真性の不良達と限られていた。

でも、何故か僕のクラスの連中は、みんながチェーンを財布につけていた。
実はコレにはカラクリがある。

僕のクラスにはインド人というあだ名の奴がいた。
ソイツは当然日本人なのだが、何故か叔父さんの家で暮らしていた。
ここら辺の理由は誰も知らない。あの頃の僕らには、その背景に思いをめぐらす知識も配慮もなかった。13歳だもの。

このインド人(あだ名です)はちょっとイカれた奴で、小学校の卒業文集に「僕は大人になったら戦闘機に乗って、どっぱどっぱと爆弾を落として、お前ら全員コロしてやります」と書いたという伝説を持っていた。ていうか担任はチェックしなかったのか、ソレ?だから一時期、彼のあだ名は「どっぱマン」になった事もある。言いにくいのですぐに廃れたが。

話は戻るが、インド人の(叔父さんの)家では金物屋を営んでいた。

そう。憧れのチェーンがどっぱどっぱと大量に入手出来たのである。
しかもインド人の奴ここぞとばかりに頑張っちゃって、リングとかベルト通しに付ける金具まで持って来て、無料でみんなの財布に取り付けてくれたもんだから、もう一躍クラスの人気者にのし上がった。そりゃあもうインド人にあらずは人にあらずという勢いだった。

インド人の時代到来!
それはまさにチェーンが生んだシンデレラ・ストーリーだった。

だが残念なことに彼の時代はすぐに終わった。
だって、チェーンなんて一度付けちゃえば用が済むんだもん。

てなわけで、12時の鐘を待たずして時代が去ってしまったインド人だったが、天は彼を見捨てなかった。

他のクラスの不良達がこの話を聞きつけて、「自分たちには他の連中とは違う”色付き”のチェーンを付けてくれ」とインド人に頼みに来たのである。

インド人は喜んで、次の日に持ってくると不良達に約束した。
みんなが一目置く不良達が直々に頼みに来たもんだからインド人の奴、ムカつくぐらい得意気に僕らにその事を自慢したりしてた。他になんか自慢できることないのか?とも思ったが、何もないのでそっとしといてやろうと思った。

あくる日、インド人は学校に来なかった。

ちょっと時間に遅れて教室に入ってきた担任の重苦しい表情を見たとき、僕らも子供ながらにただならぬ気配を感じた。
重い足取りで教壇についた担任が言い放った言葉は、今でも忘れられない。

「昨日、インド君が、自分の家で万引きで捕まりました」

なっ、なな、な、なな、なんだってクマー!?!??!???

『自分の家で万引きで捕まった』

聞きなれない言葉というか、なかなか普通じゃ耳に出来ない言葉である。
万引きって『自宅』で出来るのか?
『自宅で捕まる』?おいおい、なんだよそれは?まず捕まる場所から間違ってるだろ?なんつー家だ?

僕らにはインド人の事なんかよりも、それらの不思議な出来事の方が重大事だった。てか誰もインドなんて心配してないし。

その後の担任の説明によると、インド人が持ってきたチェーンや金具は、店の売り物をインドがパクってきたものだったそうである。そして今回も店の留守番の時にチェーンをパクろうとしたところ、たまたま入店した客に現場を見付かってしまい、取り押さえられたそうである。

『店の人間が万引きして、お客に捕まえられる』

僕らは前代未聞の逆転劇に心の底から笑った。
半分以上の人間が涙を流しながら爆笑して悶え苦しんだ。
終いには担任も一緒になって笑ってた。

結局この事件は身内の出来事だったので警察沙汰にはならなかったが、そんなことよりも事後処理の方が僕らには最悪だった。

僕らの財布からはチェーンも金具も引っぺがされた。
盗んだものだからしょうがない。

でも、折角1ヶ月分の小遣いをはたいて買った財布のド真ん中には、チェーンを通す大きな穴が開いたまま。その穴は財布を使うたびに大きくなって、結局僕らは新しい財布とチェーンを買った。

タダより高いものはない。

 

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