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言葉も無い

最近は酷い事件が多いですね。
朝元気に学校へ登校した小学生が行方不明になり、そして親御さんの願いも叶わずかの子は犯罪者の餌食に。そして数日後、無言の帰宅。

弱いものがさらに弱いものを探す。そして陵辱する。

ちょっと前までは誰もが普通に抑えていたはずのとても汚い欲求を抑えられない人間が跳梁跋扈し、周囲もそれを抑えられない。そんな窮屈な世の中になってしまった感さえありますが、それは人権社会の弊害だと言ってしまえばそれまでなのかもしれません。

理想の社会はどこにあるのか?理詰めの社会が何の役にも立たない事を我々は共産主義から学んでおきながら、我々の社会もまた、弱いものを悪い奴らから守ることは出来ないのです。何故なら、悪い奴らにも人権があるし、犯罪を犯すまでは悪い奴も善良な市民に分類されるのですから。

理想の社会を我々は作ることが出来るのか?
それは結局、いくら筆舌を尽くしても成し遂げることは出来ないのかもしれません。しかしそれでも私たちは主張し続けなければならないのです。そうしなければ、より悪くなることだけははっきりしているのですから。

話は変わりますがある人、仮にRさんとしましょうか。このRさん、先月実家の母親に20万円あげたらものすごく喜ばれたので、もっと母親を喜ばせてあげようと思って冬のボーナスの半分を母親にあげたんですよ。当然、前回の金額よりも多いので、さぞかし母親も喜ぶだろうと思ったら、あんまり大金すぎて逆に母親はえらく心配してしまい、「金はあんまりケチらないで交友関係を広げろ」だの、「煙草も酒も止めたんじゃあ付き合いが狭くならないか」だのと小言を言ってくる始末。

どちらかというとサイトやってるおかげで交友関係は広がったほうなんだけど、そんな事は言えないRさん(理由:インターネットをやる人はハッカーか犯罪者だから)は、「飲みに行った時は普通に飲んでるよ」と言うのが精一杯だったそうです。ちょっとショックで言葉も無かった。

折角自分の使いたいお金を削ってまで母親の口座に大金を振り込んだのに、あんまり喜んでもらえなかったRさんは、今日も一人寂しく自分の家に無言の帰宅。ああ、本当に「無言の帰宅」って寂しいなあ。と思ったRさんだけど、誰もいない一人住まいでは1年365日が無言の帰宅、オールウェイズ・無言の帰宅。いつでも僕らは無言の帰宅。I feel MUGON!

つまり僕は生きていても無言の帰宅なんですよ。
じゃあ死んで無言の帰宅をしても寂しくないじゃん。いつも通りじゃん。
わあ、すごい!僕は死を超越した!!!!!

 

…と、ここまで書いて思ったこと。
呆れてものも言えない。

 

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