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バカにだけ見える服

私はバカにだけ見える服を愛用している。

当然私はバカではないのでこの服が見えない。
見えないからすぐに服を無くしてしまう。
すぐになくしてしまうから、またバカには見えない服を買う。
私はバカみたいにバカにだけ見える服を購入し続ける。

そのショップは店員もバカではないので服が見えない。しかし彼らはバカではないのでタグを見れば色・型・素材・原産地・工場長の人柄までスラスラとそらんじる。英雄は英雄を知る。バカではない者はバカではない者を知る。やはりこのショップはバカではない私にとってはかけがえのないステータスシンボルなのである。

「いい服だけど見えなくて残念だ。しかし私はバカではないので見えなくてもその価値を知っているのさ」
友人に洋服の事を尋ねられると私は決まってこう言った。友人たちもバカではないから皆同意してくれた。類は友を呼ぶ。バカではない私の周りにはバカではない友人が集まっている。

それにしてもこの服を着ていると世の中にはバカなんてあまりいないのではないかと思ってしまう。実際に私はこの服が見えるという人間に会った事がない。だがそれも考え物で、実は見えているのだがバカだと言われたくないがために見えない振りをしている者も多いのだろう。全くもってバカの考えは浅はかなものだ。お前たちの考えなどお見通しだ。何故なら私はバカではないのだから。

 

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