受験勉強中の方へ:2004/12/15
今頃は、中学、高校、大学への受験を控えた生徒や学生が、「なんでこんなことをしなきゃならないんだ!」という疑問を抱えつつ、遅々として進まないように感じられる「受験勉強」に追いまくられていることと思う。
かつての私もそうだった。私は、小学校こそ受験(いわゆる「お受験」)しなかったが、中学から入学試験のある学校へ進学した。
長い目で見れば、受験勉強というものは役に立たないわけではない。社会に出てみれば分ることだが、結構、資格試験というものを受験する機会は多いのだ。一般的なものでは、各種の英語検定、教員試験、司法試験(一般的とはいえない?)、公認会計士、中小企業診断士、等々、仕事を得るのに直結する資格は多い。事務職の女性ならば秘書検定、簿記、ワープロ検定、パソコン検定にチャレンジしようという方は多いかもしれない。ただし、後者2つが役立つものかどうかは、ちょっと疑問だと思っている。私は、コンピューターを扱うのが専門の技術者上がりなので、多少偏見があるのだろう。
私も、現在の勤め先に入ってから、専門技術資格を3つ取った。少ない方である。本当は、後2つばかり取りたい資格があるが、全く勉強していないので今年も無理だろう。また、先の3つとは別に、そろそろ失効する某社のソフトウェアを扱うレベル資格試験があるのだが、先般、勤め先から「費用は持つから更新しろ」との指示が来た。内容は、ほとんど忘れているので、1日だけ講義を受けて、そのまま試験を受けるという「1日漬け」方式である。私は、妙なところで要領が良いので、なんとなるだろうと楽観している。
世に言う「受験勉強」で身につくのは、勉強の内容よりは「勉強の仕方」なのだと思っている。何か資格を取らなければならなくなったり、知識を身につける必要に迫られた時、勉強の仕方が分らないというのは致命的だ。学生時代というのは、珍しく勉強を優先しても良い時期だ(もちろん、そういう環境に恵まれていない人もいるが)。この時に自分なりの勉強のスタイルを身につけておくことは、結構重要なのではないかと思う。
昔、高卒で入社してきた新入社員の指導を担当した同僚が四苦八苦していた。私の勤め先では、有望な高卒社員は、専門学校に入れる制度がある。その専門学校で優秀ならば大学へも行かせる。入社してきた本人は今更学校なんて、という気持ちが強かったらしいが、この制度を利用するとしないとでは、社内での彼の将来が格段に変わってくるのだ。1年目の成績は散々だったらしい。しかし、翌年は成績も上がり、翌々年には合格した。彼は、最初は英語の辞書の引き方も分らず、参考書の読み方、特に、問題を読んで参考書内から適切な箇所を選び出すことが出来なかったそうだ。
「勉強のやり方が少し分るようになった気がします。」
彼のこの言葉を聞いた同僚は本当に嬉しそうだった。同僚にしても、通常の業務をこなしながら彼に教えていたのだ。同僚自身はとても頭の良い人で、一流大学の出身者だったから、おそらく「勉強の仕方が分らない」という感覚が理解できなかったと思う。子供の頃から自分では当たり前と思って行っていることを「教える」というのは難しい。
もちろん、勉強の内容自体も少しは身につくかもしれない。しかし、一時的に詰め込んだところでたかがしれている。それよりも、普段の勉強、基礎的な部分をきちんと抑えることの方がよほど役に立つ。
国語は、文章の読解力と表現力は全ての知識の土台になる。数学は、論理的に物事を捉え、考える力を作る。数学が苦手だという人の文章は、往々にして論旨が不明確で何を言いたいのか分らないと思う。歴史は、年号を丸暗記することに意味があるわけではなく、その時代に他の地域では何が起きていたかを横並びに考えるために時代を知る必要があるのだ。歴史は、過去の人が歩んで来た道だから、今も人がそれほど変わっていないことを考えれば、とても有用なことが分る。生物や化学や物理だって、実は、社会生活を営む上で必要な基礎知識なはずだ。
とりあえず、どんな御託を並べても無駄なわけで、目の前の受験は乗り切らなければならない。ただ、結果がどうあろうと、受験勉強自体は、前述の御託よりも余程、これからの人生に役に立つはずだ。「無駄だ」と自分で思ったら、本当に無駄になる。
「何のために勉強するか?」
の問いに、私の友人は、「後世に知識を伝えるため」と答えた。私は、そうは思わない。将来の自分自身の選択肢を広げるために、私は勉強する。
この答えが、せめて大学生時代に出ていたら、と思う。本当に、切に思う。社会に出なければ分らないことは多い。
だから、もしも、この拙文を読んでいる受験生の方がいても、分かってくれるとは思わない。身体を壊さない程度に、無理をせずに、と言いたい。受験の前々日に無理をして、風邪で熱を出し、受験自体を棒に振った者からの忠告は、こんなものである。