Ormond におけるピクチャレスクな意匠をめぐって

 

天才画家が描くような風景の組み合わせは自然には存在しない。……クロードの画布に輝いているような楽園は現実にはありえない。――ポー「アーンハイムの地所」

                                                                                                               

               川 雅

 

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  “Beauty is truth, truth beauty” というJohn Keats の言葉は、プラトン以来とされるヨーロッパの美学の伝統をとりあえず受けているが、キーツの詩の文句に欠けている善、つまり道徳的ないし倫理的さらには宗教的な意識と審美との関係こそが、18世紀以降の美学の流れの中で、決定的に重大な観点になっている。
 18世紀のはじめにはShaftesburyがプラトン的な真・善・美の一致を強調していた。――

 Will it not be found, that What is BEAUTIFUL is Harmonious and Proportionable; what is Harmonious and Proportionable, is TRUE; and what is at once both Beautiful and True, is, of consequence, Agreeable and GOOD?

だが、キーツは美と真の一致が善に帰結するとは主張しない。
  18世紀ほど美的趣味(Taste)が盛んに論じられた時代はなかったが、この時代に趣味が倫理の構成要素となり審美的反応が行動と道徳と結ばれるようになる。現代の批評家の言葉を借りれば――

  趣味――自然環境ないし人間環境に対する然るべき反応――が倫理の正式な構成要素となり、行動と美的反応と道徳とを結ぶことになる。このような結びつきによって「感性」が美的直覚力と倫理的目的性とをあわせもつようになり、ゴシック小説のヒロインたちに、ある独自な「世界」において、特徴的な姿勢をとらせた。Radcliffe夫人の言葉を借りるならば「美徳と趣味はほとんど同じものだ。なぜなら美徳とは、ほとんど趣味の活動したもの。また美徳ないし趣味の微妙な力が結びついて真の愛をつくる」(『ユドルフォの謎』)ということになる。(Gordon 56)

ということになる。
  Edmund BurkePhilosophical Inquiry into the origin of our Ideas of the Sublime and the Beautiful (1757)は、その内容において相矛盾する記述をもちながらも、基本的姿勢としては、審美と倫理とを完全に切り離すものであった。サブライム、ビューティフルの美学ののちに規定される第三のカテゴリー、ピクチャレスクの美学の場合もその点ではサブライムの美学と同様であった。しかしそのように精神的もしくは宗教的基盤を欠いた美学(しかし趣味の問題でもある)に対する反対、反動は当然予想される事態で、すなわち保守的な宗教(キリスト教)の側からと、ロマン主義的、神秘主義的な感性からも、反バーク、反ピクチャレスクな「反動」は起こった。
  サブライムの概念について、Marjorie Nicolson は、未開の自然を悪と見る中世的な自然観が、16世紀から17世紀にかけて、壮大な自然を神の栄光にみちた現前であるとする自然観にかわったのだと説明する。――

  Awe, compounded of mingled terror and exultation, once reserved for God, passed over in the seventeenth century first to an expanded cosmos, then from the macrocosm to the greatest objects in the geocosm -- mountains, ocean, desert.  “Mountains, who to your Maker’s view, seem less than molehills do to you” are only relatively vast, yet except for the heavens they are the grandest and most majestic objects known to man.  Scientifically minded Platonists, reading their ideas of infinity into a God of Plenitude, then reading them out again, transferred from God to Space to Nature conceptions of majesty, grandeur, vastness in which both admiration and awe were combined.  (143)

 つまり、バーク以前には、サブライムは、広い意味で宗教的な意味をもっていたということなのだが、18世紀のサブライムの美学は17世紀の神学的、宇宙論的思想から生まれたのものではなく、ロック的認識論がその背後にあったわけだった。人間の認識能力について感覚と悟性に限定したジョン・ロックは、バーク同様、神の存在は認めるが、神的なものが原因としても結果としても認識に関わることは認めない。しかし、自然の崇高(サブライム)美に対する「宗教」的反応は、完全に消え去ることは決してなかったのである。だから、合理派ゴシックのアン・ラドクリフの Italians (1797) にも次のような一節がある――

 自然の風景によって高揚され、あるいはやさしく慰められる心の持ち主であるエレナにとって、この小塔を発見したことはこのうえない事件であった。ここにやってくれば、彼女の魂はそこから見渡せる眺望によって元気を回復して、自分を待ちうけている迫害にも、平然と耐えられる力を獲得することだろう。ここからあたりの自然の巨大な姿を見つめ、いわば神聖なるものの顔を蔽い、被造物の眼からその姿を隠しているこの荘厳なヴェールを透かして見れば、おんみずからの崇高(サブライム)な作品のただなかにいます神とともにあれば、そしてこのように高揚した心でいれば、この憂き世の営み、苦しみなどはなんととるにたりないものに見えることか!

ヴェールを通して神を看取する意志をほのめかすこの記述は、ただ神の被造物の栄光を讃えるのではない感性を示している。ここに表わされている考えは、バーク以前のルネサンス的自然観に通じるものであって、自然を神の作品と見ると同時に啓示(revelation)への契機とも見ている。そこではサブライムな感情が神性への畏怖、魂の高揚と結びついている。一方でそのような自然観はロマン主義の時代に姿を変えて復活したものだ。たとえばポーは宇宙を「神の作品」と呼ぶと同時に「もっとも崇高な詩」と呼んだのだし、エマソンは自然のtextを読むべき理性の目の開眼を訴えたのだし、ソローも地球を神聖文字で書かれた一冊の本と見た。(そして駆け足で言えば、小宇宙たる人間の神性を訴えたのがロマン主義だった。)
 宗教意識の高いアメリカでは、サブライムもキリスト教化される(Novak 7-8, 37-38)。もっとも、それがキリスト教的であるのは、神の前での人間の非力さを強調している限りにおいてで、エマソンなどにあっては、超キリスト教的な美学みたいなものにならざるをえない。が、それにしても、明らかに宗教的な意識と結びついている――Revelation [. . .] attended by the emotion of the sublime [. . .] is an influx of the Divine mind into our mind.”  (“The Over-Soul”)
 こうしてアメリカでは “true sublime” ないし “moral sublime” と呼ばれる、倫理的次元を回復させた美的概念が1830年代ころまでには形成されることになった(Moore 15)。たとえばコールリッジの友人で、詩人でありゴシック小説Monaldiも書いた画家Washington Allstonは、明確にバーク的な恐怖と結びついたサブライムを「偽り」のサブライムとしたし(66-67)、アメリカ的ピクチャレスクの画家として有名なThomas Coleは保守的に善と美の一致を訴えてアメリカの風景における「ピクチャレスクとサブライムと壮麗の統合 union of the picturesque, the sublime, and the magnificent」を言い、「サブライムがビューティフルに溶け込む the sublime melting into the beautiful」ことを唱えた(572)
 一方、ピクチャレスクについては、WordsworthColeridge らのロマン派詩人による “moral picturesque”――前述のように、ピクチャレスク美学は、William GilpinにあってもUvedale Priceにあっても、倫理的要素を欠いていた――の要請ののちに(Lucas 参照)、John Ruskinが『近代画家論』でTurnerを論じて “surface-picturesque” “noble picturesque” ないし低次のピクチャレスクと高次のピクチャレスクの区別をたてる(IV 6-7, 10)。 “noble picturesque”とは、モラルな感性、宗教的な意識にコミットする。ワーズワースやラスキンの理想とするピクチャレスクは、アメリカの「モラル・サブライム」と似る。実際、ピクチャレスクの魅力に精神的もしくは宗教的基盤を与えるとき、ピクチャレスクはサブライムの方向に移動する。それは同じトランセンデンタリストであるエマソンにおけるサブライムとThoreauにおけるピクチャレスクの近さを考えてもわかることである。そして、アメリカの美学の特徴は、サブライムな自然に神の威光を見ることを志向しつつも、自然にいくらか人為が加わることによって改善されるというピクチャレスクな効果を求める姿勢であった (Deakin vii)。そしてプライスが「現実の風景を改善する目的のために絵画を研究する効用について」を『ピクチャレスクについてのエッセー』の副題としたように、自然の「改善improvement」はピクチャレスクの主題と目的の一つであった。 

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 「アメリカ文学の父」Washington IrvingThe Sketch-Book の序 (1820)で自らを “humble lovers of the picturesque” のひとりであると書いたピクチャレスク愛好家だったが、「アメリカ小説の父」Charles Brockden Brown (1771-1810) Wieland (1798) のなかにでてくる “a lover of the picturesque” という句は、ブラウン自身に冠されて然るべき呼び名でもあろう。
 ブラウンは、 “On a Taste for the Picturesque” という短いエッセーを1804年に発表して、ギルピンと、それからラドクリフ夫人については上述二作品に言及しつつ、それぞれ風景の原理の開示に卓越した解説者、そしてそのギルピンの注釈者とみなすべき書き手の第一人者として、次のように語っている。 

 Much may be done [. . .] by solitary efforts to analyze the scene before us, and nothing can be done without such efforts.  It is likewise of great use to examine the works in this kind of celebrated painters; but that is an advantage scarcely to be hoped for by us who stay on this side of the ocean.  Books are of the most use, but I know of but one writer anyways eminent for displaying the principles of landscape; I mean Mr. Gilpin, whose works ought to be familiar to every mind endowed with virtuous propensities and true taste. 

眼前の光景を分析する努力は不可欠である。すぐれた画家の作品を検証することも同様に有用であるが、アメリカはその点不利である。だから書物がもっとも有用となるが、風景の原理を明らかにするのに優れた人こそギルピンであり、「有徳の性質と真の趣味をもったすべての精神が読むべき」著作としてギルピンをブラウンは挙げる。そのうえで、ある意味でそのギルピンの注釈者とみなされるべき一連の著述家たちがいる、とブラウンは続ける。

 There is another set of writers who are in some sense to be regarded as commentators upon Gilpin; who have traveled and written books for little other purpose than to deduce the application of the principles of this kind of beauty, and to furnish in a set of pictures, in words, as Verney, Claude, and Salvator, exhibited on canvas. 

それは、(ピクチャレスクの画家)クロード・ロランや(サブライムの画家)サルバトール・ローサがカンバスに開示したものを「言葉で」一連の絵として呈示する。そのなかで疑いなく最も傑出した作家がラドクリフである。―― 

Ann Radcliffe is, without doubt, the most illustrious of the picturesque writers. [. . .] Her last two romances, “Udolpho,” and “The Italian,” are little else than a series of affecting pictures; connected by a pleasing characters and figures are introduced on the same principles that place them on canvas, to give moral energy and purpose to the scene.  This is the great and lasting excellence of her works.   

ラドクリフのゴシック・ロマンスをなによりも一連の絵として捉えるまなざしは、ブラウンが小説の筆を折ったのちの1804年にこのエッセーが書かれたことと関わっているのだろうか。だが、我々に知られているのは、第一にラドクリフの作品があまたある英独のゴシックのなかでもブラウンに影響を与えたという事実であり、第二に、ピクチャレスクへの興味は一連のゴシック小説発表後に起こったものではない、ということである。だとすれば、小説から美学へ関心が移ったととるべきではなく、逆に、小説に美学がもちこまれることの示唆ととるべきだということになる。
  そのブラウンのピクチャレスク愛好ぶりが最も表われている小説は『オーモンド』(1799)であろう。 “picturesque” という言葉は作品中5回使用されているが、それは風景(画)だけではなく、ピクチャレスクなporch、ピクチャレスクなepithetといった具合である。(ピクチャレスクを風景(画)との関連のみにおいて使ったギルピンに対して、他の領域にも拡大したのはプライスであった。)
  ピクチャレスクという語は使われないが(そして単なるレッテル貼りとして使わないところにこそ美学は逆に強く現われると考えてよかろうが)、登場人物のMartinetの描写はピクチャレスクの美学に基づいている。――

 The figure which she [Constantia] now examined was small, but of exquisite proportions.  Her complexion testified the influence of a torrid sun, but the darkness veiled, without obscuring, the glowing tints of her cheek.  The shade was remarkably deep, but a deeper still was required to become incompatible with beauty.  Her features were irregular, but defects of symmetry were amply supplied by eyes that anticipated speech, and positions which conveyed that to which language was inadequate.  (77)

不規則であること、光と影の対比、アシンメトリー(左右非対称)というのはピクチャレスクの特性である。(プライスはピクチャレスクをつくる要因をroughness, sudden variation, irregularityであると要約している。)とくに、シンメトリーでない顔がピクチャレスクな顔というのは有名な(ときに揶揄されることのある)定義であった(Hussey 74)

 もう一段落、描写が続いている。――

 It was not the chief tendency of her appearance to seduce or to melt.  Hers were the polished cheek and the mutability of muscle which belong to woman, but the genius conspicuous in her aspect was heroic and contemplative.  The female was absorbed, so to speak, in the rational creature, and the emotions most apt to be excited in the gazer partook less of love than of reverence.  (77)

“genius”という内的なものの現われとして表面・様相aspectが捉えられている点はあとで問題となる。簡単にいえば、(女性らしからず)思索的で理性的であった、ということになるだろうが、「愛 love」という(とりわけバークによる再定義以降)ビューティフルと結びつく感情ではなくて「敬意 reverence」という感情を喚起する存在として捉えられている。  “Such is the portrait of this stranger, delineated by Constantia.” (77) ということで、これはコンスタンシアが描写したのを語り手が写したものということなのだが、語り手は続けて、 “I copy it with greater willingness, because, if we substitute a nobler stature, and a complexion less uniform and delicate, it is suited, with the utmost accuracy, to herself.” (77) と説明している。つまりコンスタンシアはnoblerな方向へ引っ張られたピクチャレスクと言えるのだと思う。精神性が問題となっているのであり、これは作家が女性主人公に、あるべき女性像として、求めていたものだと考えられる。
  オーモンドをめぐってコンスタンシアと対照的な役割を演じるHelena Clevesは、その外見も美学的にコンスタンシアと対照的に描かれている。――

 Helena Cleves was endowed with every feminine and fascinating quality.  Her features were modified by the most transient sentiments and were the seat of a softness at all times blushful and bewitching.  All those graces of symmetry, smoothness, and luster, which assemble in the imagination of the painter when he calls from the bosom of her natal deep the Paphian divinity, blended their perfections in the shape, complexion, and hair of this lady.  (119)

女性らしさ、シンメトリー、滑らかさ、穏やかさ――これら、さきほどのマーティネット=コンスタンシアの描写とは対照的な性質は、バークによって再定義されたザ・ビューティフルの特徴的な要因である。Paphian divinityとはヴィーナスのことだが、これもバーク以後のエロスと結びついたビューティフルと関わる(バークによれば種族保存の本能、すなわち「愛 love」の情動とビューティフルは結びついている)。
  ヘレナはオーモンドの愛人として登場するわけだが、オーモンドは、一方で秘密結社に属する政治的な人間であると同時に、趣味の人として描かれている。彼は、その多大な収入を正しい自らの美的趣味の満足のために費やす資格があると考えていた。 

 He thought himself entitled to all the splendor and ease which it [his income] would purchase, but his taste was elaborate and correct.  He gratified his love of the beautiful, because the sensations it afforded were pleasing [. . .].  (113)

彼はザ・ビューティフルの愛好家であったが、それは感覚に快いものであるからであった(再びバークは、端的に「快楽 pleasure」をザ・ビューティフル、「恐怖 terror」をザ・サブライムと結びつけていた)。それゆえに、オーモンドをヘレナを結びつけているのは彼の諸感覚の魅惑以外の何ものでもない(“What, but the fascination of his senses is it, that ties Ormond to Helena?”) と語り手は記している(129)
  以上、ピクチャレスクなコンスタンシアとビューティフルなヘレナの描写を見たが、次の一節は、二人を比較し、その比較がオーモンドに与えた効果を描いている。――

 The comparison could not but suggest itself between this scene and that exhibited by Helena.  With the latter, voluptuous blandishments, musical prattle, and silent but expressive homage, composed a banquet delicious for a while, but whose sweetness now began to pall upon his taste.  It supplied with him, by the lulling sensations it inspired, from profiting by his former acquisitions.  Helena was beautiful.  Apply the scale, and not a member was found inelegantly disposed or negligently molded, not a curve that was blemished by an angle or ruffled by asperities.  The irradiations of her eyes were able to dissolve the knottiest fibers, and their azure was serene beyond any that nature had elsewhere exhibited.  Over the rest of her form the glistening and rosy hues were diffused with prodigal luxuriance and mingled in endless and wanton variety.  Yet this image had fewer attractions even to the senses than that of Constantia.  So great is the difference between forms animated by different degrees of intelligence.  (158-9)

内なる「知性」の程度の違いにより、その知性によって動かされる身体も異なるという、恐るべき「美人」論がここにはあらわれている。ことばを代えれば、イデアと形相の関係とに似た、あるいは当時の観相術にも通じる、一種の心身相関論、内と外の照応思想である。
  また、 “Her [Helena’s] presence produced a trance of the senses rather than an illumination of the soul” (120) と語り手がいうとき、コンスタンシアのほうは「魂の照明」を生み出す存在だという含みになるだろう。認識論的にいえば、バークが規定したビューティフルもサブライムも観念連合心理学を前提としていて、瞬時に与えられる美的感動であったが、それに対してピクチャレスクは、センセーションを喚起するかもしれないが、そのセンセーションは持続的な知的戯れを許すほどに抑制されたものでなければならず、ウィットや空想といった心的機能を活動させるもの、時間の幅をもった「興味 interest」にこそ関与するものだった。

                                                                     

 オーモンドが趣味人ならば、コンスタンシアの父親のDudley氏も徹底的に趣味の人である。作品の冒頭から、画家を志した人として登場する( “He was educated to the profession of a painter.”(5)。そして、若いときにヨーロッパに絵の修行に行った彼の観察の領域はもっぱらピクチャレスクなるもので構成されていた。――

 The habits of a painter eminently tended to vivify and make exact her father’s conceptions and delineations of visible objects.  The sphere of his youthful observation comprised more ingredients of the picturesque than any other sphere.  (28)

オーモンドが ビューティフルの愛好家であるのに対して、ダドリー氏はピクチャレスクの愛好家なのである。
  黒人煙突掃除夫の扮装をしてダドリーの家を訪ねたときのオーモンドの経験が、なによりも新たな美的体験として描かれていることを注意したい。 “Every thing was new and every thing pleased.” そして “Ormond viewed every thing with the accuracy of an artist, and carried away with him a catalogue of every thing visible.” (134-5) オーモンドは目にしたすべてを画家のまなざしで精確に捉えてもちかえるのである。これに続けて “The faded form of Mr. Dudley [. . .] and personal elegance of Constantia, were new to the apprehension of Ormond” と書かれて、事物のみならずダドリー氏の姿もコンスタンシアの姿も新たな体験として捉えられている。
  のちにコンスタンシアを面と向かって観察するときにも、オーモンドの眼は画家的である。――

 He surveyed her with the looks with which he would have eyed a charming portrait.  His attention was soccupied with what he saw, as that of an artist is occupied when viewing a Madonna of Rafaello.  (152)

画家が画家ラファエロの聖母の絵を見ることに没頭するときのように注意はまなざしに没頭している。生身の人間を肖像画のように眺めるのだが、眺める人も絵描きのように、ということである。これはきわめてピクチャレスクな事態である(picturesqueはフランス語のpittoresque経由で英国に入ったが、元のイタリア語pittorescoの原義は “in the style of a painter”であった。
  そうして、オーモンドの趣味は、過去のザ・ビューティフルから新たに見出されたザ・ピクチャレスクへと、ヘレナからコンスタンシアへと移行していくことになる。ヘレナの美は文字通りに遺棄されて、コンスタンシアが熱望される。
  物語の結末のコンスタンシアとオーモンドの対決のシーンは、危険が迫る暗闇の中の美女ということになると、まことに簡明にサブライムとビューティフルの共存という典型的なゴシック小説的場面ということになるわけだが、美女の死というポー好みのモチーフはここでは起こりようもない。そもそもコンスタンシアが美女かどうか問題なのであって、ビューティフルなヘレナのほうは既に死んでいる(自殺したのである)。
  惨劇の舞台となるのは、ダドリー氏が裕福な頃に建てたものがオーモンドに渡って、それがまたダドリー氏に戻ってきた屋敷である。この建物がまたピクチャレスクな空間であって、それは “cultivation was subservient to the picturesque” というダドリー氏の考えのもとに、(彼自身が絵を描いた)天井、壁、床から、家具、調度にいたるまで、ダドリー自身の指示に従って、つまり “the judgment and [. . .] the taste of a disciple of the schools of Florence and Vicenza” に従って建造、装飾されたものであった(265-6)。この空間内で、ペンナイフという、男性性を象徴するとともに筆記性をも表わすだろう武器でコンスタンシアはオーモンドを刺し殺すのである。

V

 コンスタンシアが次第に反感を覚えるようになるマーティネットは、その男まさりの性格、女性らしさの欠如、厳格さ、冷酷さ、英雄性などを考えると、図式的には、サブライムな人間と言えるかもしれない。さらに図式的には、コンスタンシアはヘレナとマーティネットの中間にあって中庸の徳を表わしていると言えなくもないが、ザ・ビューティフル、ザ・ピクチャレスク、ザ・サブライムの中間に位置するピクチャレスクは、ビューティフルとサブライムをreconcileする役割をもっているのである(この考え方はギルピンよりのピクチャレスクの伝統である。というのはギルピンの場合、ピクチャレスクの成立は柔軟性が強く、サブライムと容易に混じりあったからである[Moore 23])。
  ともあれ、コンスタンシアが道徳的に高い人間として描かれていることは明らかで、作品の前半、つまりオーモンドと出会うまでのコンスタンシアは、まことに――道徳的に――りっぱに困難を切り抜けてきた。しかしオーモンドの出現によって、それまでの彼女の倫理――いわば世俗的倫理――とは垂直に交わる倫理の重要性が提示される。それはそれまでの彼女に欠けていた倫理である。

  She was unguarded in a point where, if not her whole, yet, doubtless her principal, security and strongest bulwark would have existed.  She was unacquainted with religion.  She was unhabituated to conform herself to any standard but that connected with the present life.  Matrimonial as well as every other human duty was disconnected in her mind with any awful or divine sanction.  She formed her estimate of good and evil on nothing but terrestrial and visible consequences.  (179)

コンスタンシアは宗教を知らず、彼女の基準は現世と結びついたものだけだった。人間としての義務は聖なるものとの結びつきをもっていなかった。善悪の評価は地上的で可視的な結果に従って形づくられていた。
 そしてこの彼女の欠点は、父親の教育方針によっているとされる。

Mr. Dudley was an adherent to what he conceived to be true religion.  No man was more passionate in his eulogy of his own form of devotion and belief, or in his invectives against atheistical dogmas; but he reflected that religion assumed many forms, only one of which is salutary or true, and that truth in this respect is incompatible with infantile and premature instruction.  (179)

ダドリー氏は宗教的な人間なのであった! そして実際オーモンドの “anti-theological tenets” (150) にダドリー氏は反感を覚える。けれども、自ら真の宗教と信じるものを信奉してはいるが、ただ一つが健全で真であるはずの宗教が数多くの形態をとるという事実は幼いころの早期の教えにはなじまないと考えたのであった。この父ウィーランドを思わせるところのあるダドリー氏の考える真の宗教がどのようなものであったかは実は書かれていない。オーモンドと対比的に提出されているのは語り手Sophia(彼女はダドリー氏の教育をコンスタンシアと一緒に受けたということになっているので事情は複雑である)の考えである。
 オーモンドの場合、宇宙は企みのない測りがたい一個の必然性によって結び合わさった事件の連続であり、そのような形式の集合には始まりも終わりも想像できない。――

  The universe was to him a series of events connected by an undesigning and inscrutable necessity, and an assemblage of forms to which no beginning or end can be conceived.  (180)

これに対して、語り手ソファイアは “divine superintendence” を信じ、 “all physical and moral agents are merely instrumental to the purpose that he [(my) God] wills.” であると知っている(224)。同じ主旨のことが “all the human agency was merely subservient to a divine purpose” と繰り返して言われているが(264)、オーモンドの無目的で盲目的な機械仕掛けの世界観に対し、いわば目的論的世界観をもっている、ということもできよう。(カントの判断力批判によれば、目的論というのは、ある対象の概念がその対象の存在に先行することを主張する立場である。)
 ソファイアはよりよき来世を信じているが、その神はキリスト教の神であるという感じはしない。神はソファイアによって “the great Author of being and felicity” (224)、あるいは “a divine and omniscient Observer” (262)と呼ばれている。だが、大文字で書きだされる、人格的存在として措定されている。
 この神と自然との関係はいかなるものであるのか。ヘレナの知的欠点を書いているところで語り手ソファイアは次のように言っている。――

  The constitution of nature, the attributes of its author, the arrangements of the parts of the external universe, and the substance, modes of operation, and ultimate destiny of human intelligence, were enigmas unsolved and insoluble by her.  (128)

自然の組成、その造り主の属性、外的宇宙の諸部分の配合、そして人間知性の実体、運用法、究極の運命は彼女、ヘレナには解けがたく解けざる謎であった(というが、けれども誰が知っているというのか)。
 これより前、Melbourneがオーモンドに、ある女性(実はコンスタンシア)がどんな顔だちか描写してみてくれと言われたときに、それはできない、と言って、個別の造作ではなくて造作の組み合わせに自然がその力を見せたのだ、と説明する。――

 Complexions and hair and eyebrows may be painted, but there are of no great value in the present case.  It is in the putting them together that nature has here shown her skill, and not in the structure of each of the parts individually considered [. . .].  (109-10)

顔色や髪の毛や眉は言葉で描ける(painted)。個別の部分の構造も描けるのだろう。だが部分の組み合わせにこそ技があって、それは容易には説明できないということだ。画家のように書くという(ブラウンがラドクリフなどに見る)姿勢を作家ブラウン自身がいくらかでも意識していたのなら、この一節は自作テキストについての説明と読むこともできるのではないだろうか。
 さて、諸部分の組み合わせという同じ言い方をしているこの二つのパッセージは、しかし前者にあっては自然はそのauthorがある、つまり自然は産み出された自然,と言っているのに対して、後者では、自然が諸部分の組み合わせにおいてその手腕を示している、というふうに、創造する(といっても無からではなくていわばポー流にcomposeするわけだろうが)、いわば能産的な、自然として、さらりとではあるが書かれている(さらり、というのは自然の造化という意味で慣用化された言い方だからだ)。そして前者が大自然たる宇宙の構成について言っているなら、後者は小宇宙たる人間について言っていると言えなくない。
 ブラウンの自然ないし外的宇宙を見る眼と人間を見る眼は似ている、少なくとも重なっていると言ってもいいのかもしれない。
 ブラウンが、現実の多層性の問題、つまり人間と世界が不透明なもので、隠された部分を持つというようなゴシック文学に共通する問題に強い関心を抱いていたことは、彼のどの小説からも知られることである。 
 そうであると思ったものがそうではなく、そうでないと思ったものがそうである、とはピクチャレスクな状況だと言えるのだけれども、 “deceitfulness of appearance”210)の例となったマーティネットの先に引用した描写のところで、「体のすべての原子は意義をはらんでいた」(Every atom of the frame was pregnant with significance.)とか、「この種の絵が彼女の想像力にあらわれるときの正確さ、活力は第六の感覚の作用に似ていた」(The accuracy and vividness with which pictures of this kind presented themselves to her imagination resembled the operations of a sixth sense.)とかいう言い方をしているのは、ソローやエマソンなど、のちのトランセンデンタリストを思わせて興味深い。ブラウンにも表面をつきぬけようという意思がほのみえるのではないかと思うのである。
 さきほどの、神的存在について使われていたomniscientobserverという語は、ただちにオーモンドを連想させる(扮装術によって「全知に似たものの所有the possession of something like Omniscience” [116]という気持ちを抱くし、authorという語もオーモンドに関して何回か使われている)。副題の “the Secret Witness” とは本文中出てくるときにオーモンドのことを指している(260)。しかしまたこの本(手紙)のauthorたるSophia Westwyn Courtlandの旧姓Westwynからは、yiとしてwitnessという言葉が出てくるのである。もちろんソファイアは、全知の語り手として語るにしてもその情報は登場人物として、そしてコンスタンシアからの手紙の受け取り手あるいは直接の話の聞き手として得たものがもとになっており、作者自身ではないし、その意味でも全知ではない。また、全知と見えるオーモンドも人為的な手段で「知」ったにすぎない。では語り手はともかく作家は全知なのか。
 作家ブラウンは、語りの問題、言語行為そのものの問題にも関心をもっていた。全知のauthorによって構築される文学作品という小宇宙も、世界や人間と似た構造をもっているのだろうか。その意図はなかなか測りがたいものであるだろうが。
 だが、そう言ってみても、ブラウンの作品宇宙が亀裂、断層、プロットの改変、異質なものの挿入、物語の中断、足踏み等々に充ち、あたかも測りがたさこそが主題であるかのような様相を呈している事実をどう考えればよいのか。美学的に、あるいは女の生き方として、コンスタンシアがヘレナとマーティネットの中間であることは指摘した。倫理的、宗教的には、無神論的、機械論的なオーモンドと人格神信仰的、目的論的なソファイアのあいだにコンスタンシアは位置する。
 『ウィーランド』において、人間の “moral constitution”を考察する一助となることが予告され、登場人物たちは一方で「ソクラテスのダイモン」の存在についての論文を構想したり(Theodore)、霊的存在の実在の主張をしたり(Clara)しつつ、もう一方で宇宙の構造と神との関係を考えたりする(Henry Pleyel)。同時に、重要な舞台の一つとなる父親ウィーランドが建立した聖堂は、12本の柱を円状に配した空間であり、あたかも時計仕掛けの機械論的・理神論的宇宙の内に神的なものが参与するか否かが主題であるかのごとくだ。腹話術師Carwinの関与した超自然と思われる事柄が合理的に説明されるのは、オーモンドの場合と同じである。だが、神や高次の存在についてのクララの言明はどうなのか。構造上は物語本体が書かれた3年後になって書かれた外枠最終章の存在によって、それらの言明は過去の想念として括弧に入れられてしまい、曖昧さが確保されることになる。
 オーモンドは人類の理想を希求する革命的人間であったが、知が勝って啓蒙の果てに無神論、無目的論的世界観に至ってしまった。彼は物質と精神に関する最新の理論の信奉者であったが、精神も物質に還元してしまう。―― “He was a disciple of the newest doctrines respecting matter and mind.  He denied the impenetrability of the first, and the immateriality of the second” (195). このオーモンドに革命と結びついた啓蒙主義のひとつの極端な方向への批判ないし戯画を読むことができるだろう(むろんブラウン自身が共和制時代のアメリカにおいて社会思想、政治思想に深くコミットしたひとだった)。だが、それに対して宗教的な立場を擁護することは、少なくとも知的には困難な時代になっていたのだし、父親のクウェーカーとしての信仰の困難性もブラウン自身が引き受けねばならなかった問題だった。『オーモンド』においては、Donald Ringeが指摘するように、ソファイアとオーモンドの世界観の対決が知的倫理的に物語として解決されないことが最大の欠陥となるとしても (42-44)、その解決を描けない、あるいは描かないことこそがブラウンにとってのおそらくピクチャレスクな解決なのであった。

                                                                       (1985, 2005) 

 

                                                      引用文献

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