スゥ・ドーホー インタビュー
Interview with Suh Do-Ho

「ESQUIRE」2005年3月号 アートコーナー
スゥ・ドーホーインタビューより(一部加筆)

取材、文=川上典李子


 門。数ある建造物のなかでかくも象徴的なものはない。門を通り抜け進むという行為には、様々な意味が込められる。
 1カ所に1カ月以上滞在することは稀だと語る「旅の人」、スゥ・ドーホーも、人生に次々現われる門の存在にその目を向けてきた。彼は、薄い布を用いて建物を表現する「ファブリック・アーキテクチャー」シリーズにおいて、門を表現している。
「ある地点へと至る移動において持ち得る空間に関心を持ってきました。シリーズで階段や廊下、橋などをモティーフにしているのもこの理由からですが、門は階段や廊下とは異なり、象徴的な存在。門には空間は含まれていません。内と外、公と私といった異なる場所をつなぐと同時にあ る場を分ける役割をも持ち備えるサイン、それが門なのです」。
 今回の作品はソウルの彼の実家の門を、細部に至り、精密に表現したものだ。
「門は概念の連なりを示すものであり、門自体はどこにも属していないんです。そして僕たちは、そのどちら側にも進むことができる……」。
 偶然の重なりから成る人生において、目の前の門を通るか否かを決めるのは自分自身。移動しながら思考し、何かに直面し、判断しなくてはならない。ニューヨークを拠点に、各国で作品に取り組み、「トランジットの連続の日々」という彼が日々考えていることが、今回の作品にも重ねられていることを私たちは知る。
 事実、「ファブリック・アーキテクチャー」シリーズは、「空間をスーツケースに納めて運ぶ」という発想から始まった。それゆえ軽量な作品であ ることは必須だが、トランスルーセントな薄い布であることにも大きな意味が込められている。
「建築とは身体を包む空間である衣服の延長にあるもの。そこで透明の布の重なりで皮膚のようなものにしたいと思いました。周囲の空気を感じとることもできる薄い壁は、内と外とが浸透しあ う東洋建築の思想に似たものでもあるんです」。
 蜃気楼のごとく現れた2つの門は、なるほど確かに呼吸しているかのようにたたずんでいる。会場を囲むガラス越しに差し込む光を透過し、それによって表情を変えていく。何を感じ取るかは見る人次第だ。
「自分の姿は鏡にうつすことでしか目にすることはできません。いまここに存在する自分がリアルなのか、鏡のなかの自分がリアルなのか……今回は、目前のものを異なる角度で見据えることの意味を2つの門に託しました。双方を同時に見ることはできません。視点を変えて別の門を見、もうひとつは何であ ったのかと考えることになるでしょう」。
 しかも今回は「通過することのできない」門とされ、門が本来担っている「境界を示すサイン」はあ えて曖昧にされている。ある世界とある世界を分け、あるいは結ぶ門の、その境界線を決めるのはあ なたの視点であり、あなたの心なのですよ、と、示されているかのように……。そのためにも、自らの心に向かうこと。
「水面が穏やかさに包まれる瞬間をとらえ、自分を取り巻く環境がどう投影されるのかに目を向けたい」。
 スゥ・ドーホーは、静かにそうも口にした。
 会場の、変わりゆく光のなかで、「生家の門」は、本来の石の素材感を失って、はかないほど透明な存在になっている。蜻蛉の羽根のように、石の内部まで見通せる透明な世界。そこに、今、彼が重ねる思いは、どのようなものなのだろう。移動のなかでの視座。リフレクションという言葉には、「熟考する」という意味も含まれている。

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取材を終えて: 本インタビューはメゾンエルメス階フォーラムを会場とする「リフレクション/スゥ・ドーホー展」(2005年1/22〜4/3)にあ わせて行ったもの。こちらの質問のひとつひとつに、まじめに答えてくれ、予定の時間が過ぎた後も、「時間がいくらあ っても足りないぐらい」と、会場に移動した後も「自分が思うこと」を語り続けてくれた彼。さらには、この場所でしか味わえない、すばらしい作品に感動した。
作品の布の縫い方や刺繍には、韓国で衣装を縫う伝統的な手法が用いられている。布で建造物を実現させるための、細かな工夫にも驚かされる。石の面取までもが、精密に布で表現されているのだから! また、今回の作品は、メゾンエルメスの空間を「リフレクション」したものだ。ガラスブロックはまさに水のような空間をつくりだしており、私たちは、水の内で、彼がつくりだした門を見ているような錯覚に陥る。「この空間がなければ、この作品は実現しなかった」という彼の言葉が理解できる。
「Esquire」本ページ担当編集は石田潤さん。本誌では森本美絵さんのすてきな写真とともに掲載していただきました。私たちがこのようなすばらしい作品に触れる機会をつくってくださったエルメスジャポンにも感謝。

 
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