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研究レポート・卒業論文

学生や研究者の方々にとってはもうおなじみの、研究論文の書き方ですが、
今までそんなことには無縁だった人たちが書くとなると、それは大きな難題です。
ここでは高度に学術的な内容ではなく、ちょっと研究することを命じられたみなさんのために、
資料探しのやり方から説明します。題材は、わたしの専門である歴史学です。
また卒業論文を書かないと卒業できない学生のみなさんに朗報。
卒業論文などは、正味2週間でも書き上げることができるのです。わたしがそうでした。
ですが、事前の研究活動をしっかりやっていることが前提です。
わたしの専門の歴史学において、どうやって研究し、書き上げていったかを、
多少の思い出話をまじえながら、わたしの卒論を例に(恥ずかしい…)紹介しようと思います。

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1. 論文を書くための準備
 ●テーマを選ぶ 最初からテーマを与えられている方はいざ知らず、テーマを自分で選ぶということは並はずれた努力を必要とします。しかし、これを確実にやらないと、あとで泣くことにもなります。ここではテーマの選び方、そしてテーマが決定してから研究活動を始めるまでどうすればいいか、などをわたしの経験にもとづいて掲載しています。
 ●研究活動をする テーマが決まったら、今度は研究活動をしなくてはなりません。いちばん時間のかかることですから、じっくりと腰をすえて行いましょう。参考文献の引用のしかた、詳しい研究のやりかた、そして効率的なノートの作りかたなど、わたしの数多くの失敗にもとづいて述べております。失敗しない研究のやりかたです。
2. 論文を執筆する
 ●研究動機をまず書く 論文の本文を書く前に、それを研究することになった動機やその根拠、経緯をまとめて書いておくことも忘れてはなりません。論文に対する自分の姿勢を明らかにすることで、審査者の関心を引くことができますし、何よりも自分の心の支えになります。ここはわたしの自作論文を例に引いて、どうやって書けばいいかを解説します。
 ●ベース論文を核に、外堀を埋める ここで例を引いている歴史学論文は、そもそもすでにある文献を読みふけり、いくつもの論文をまとめてひとつにするものです。ベース論文をただ抜き書きするだけでは能がありません。ここでは核となるベース論文の扱い方と、参考文献の数々を使ったさらなる自分なりの研究の仕方について解説します。
 ●キーワードで厚みを広げる 執筆が始まっても、下書きに手を加えることは、自分の論文なのですから自由です。わたしはここで、目次や索引を使って、キーワードを探すことによる厚みのつけ方を紹介します。論文全体のバランスをみながら随時書き加えをしていくことで、より重厚で、まとまった論文になっていくことでしょう。
 ●ワープロで清書する さあいよいよ、ワープロ(もしくはパソコン)を使って清書する作業を残すのみとなりました。でも、ここで終わりではありません。窓口に提出するその瞬間に、ようやく終わるのです。最後の最後でつまずかないように、特に出力には気を使う必要があります。最後になって泣くことにならないよう、ぜひ参考にしてください。


1. 論文を書くための準備

●テーマを選ぶ
 これをお読みの方の立場によっては、ここは読み飛ばしてもいいと思います。この章では、研究レポートや卒業論文のテーマを自分で選ばなくてはならない方のために解説を進めていこうと思うからです。わたしの経験を踏まえて、「これからどんな研究を始めようかな」と思い悩んでいる方の参考になるよう、惜しむことなく開示していこうと考えます。
 では、わたしがテーマを選ぶにいたった経緯をまじえながら、ステップごとにアドバイスいたします。

1. テーマ選びを始めるのは早くから
 わたしは大学で、西洋史を専攻しておりました。とはいえ、あなたは西洋史、あなたは東洋史だと厳格に分けられていたわけではありませんでしたので、テーマ選びが自由だった反面、4年生になってもまだ決まらないという学生を多く生み出してもいました。もしあなたが、入学した当初、もしくは2年生程度で専攻分野を決められていたとしたら、テーマ選びにかかる労力は半減されるといっても過言ではありません。
 歴史学はかなりの広範囲に及びます。日本史、東洋史、西洋史、考古学はその中でも大きい分類であり、さらに古代、中世、近代、現代。西洋史と東洋史に関しては研究対象国と時代までも選ばなくてはなりません。わたしが属していた西洋史では、ローマ時代と第二次世界大戦を選ぶ人が多かったように記憶しています。人気がある時代と、そうでないマイナーな時代があるのです。
 ですがわたしの大学では、その時代を選んで研究できる人数は限られていました。指導教員のゼミに参加しなければならなかったからです。
 ゼミに参加できるのはせいぜい20人が限度。多ければ抽選です。つまり、もし「ドイツ軍について研究したい」という人が30人いたとしたら、10人はふるい落とされて、別のテーマを選ばなくてはならなかったのです。みなさんの大学でも、似たようなことはあると思います。
 そこで、テーマを選ぶのは早いほうが絶対にいいのです。
 ここでいうテーマとは、研究したい「分野」のことです。「題名」ではありません。3年生の段階で卒業論文の題名まで決める必要まではありませんからご安心を。でもこれをお読みの方のなかには、3年生のうちに題名まで申告しなければいけない立場の人もいるかもしれませんが。
2. ゼミ・研究班に参加する
 研究したいテーマは見つかりましたか。わたしの場合は「キリスト教」について興味があったので、それに関する研究をしたいと決めました。
 次のステップは、研究分野に関係したゼミや研究班に参加することです。大学の先生はおよそ、専門の研究分野をもっています。履修要綱なんかに書かれていたりしますのでチェックしましょう。今度は、さらに細部を決定していく作業に入ります。
 歴史学はもとより、法学も経済学も、実地でのフィールドワークができない教科ではかならず、ベースになる論文が必要になります。
 ゼミや研究班に参加することで、「同学の士」と交流し、その中で自分のやりたいことを固めていけばいいのです。その際、どんな論文があるのか、どんな研究者がいるのか、といったことは授業のなかで与えられるでしょう。それと、自分の興味が何に向いたか、それを把握することも大事なことだと思います。
3. ベースとなる論文を探す
 さて、たとえばあなたは、「キリスト教」のなかでも、「宗教改革」に関する時代に興味が向いたとしましょう。
 宗教改革がわからない方には申し訳ないのですが、ひと口に宗教改革といっても、ドイツ、フランス、スイス、イギリスなど多くの国で同時に起こった潮流であり、またルターやカルヴァンなど改革者も多く、全部をまとめて研究しようなどというのは不可能です。それこそ、何年もかかってしまうでしょう。時間が限られているときは、研究分野を絞り込むことも大切です。
 わたしもご多分にもれず、どの分野を選んでよいかで悩んだものです。それを救ってくれたのは、あるキリスト教系書籍を扱っている書店でした。
 それ専門の書籍を扱っている本屋さんを見つけるには、どこか大きな書店で1冊の専門書を見つけ、そこに折り込まれている書籍案内を探すことです。キリスト教系学術書を専門で出している出版社の書籍案内に、特約書店のリストがあったのがわたしの幸運でした。
 ある晴れた春の一日、わたしはそのうち2、3の書店に足を運び、ついに1冊の論文に出会いました。読んでみると、ほぼわたしの考えていたことが書いてあるではありませんか。5千円近くしましたが、すぐさま買いました。ここで大事なのは、研究論文を書くにあたって、自分の考えに合った論文をまず見つけるという行動です。そしてさらに、それに対立する論文があればなお結構です。わたしの場合は、大学の図書館にそれがありました。研究レポート・卒業論文のベースは、自分が支持する論文と対立する論文、それを軸にすえることでようやく完成します。
 わたしの場合は、それで研究分野も決めてしまいました。研究対象国はスイス、対象者はカルヴァンです。
 ここで大切なことをひとつ。広く浅い知識を得るための概説書など、いくら読んでもテーマなど見つからないということです。多くの場合、概説書は論文のスタイルをとっていません。論文のスタイルは後で紹介しますが、そういったスタイルを学ぶためにも、その分野における専門の研究論文を探すことをお勧めします。
4. 参考文献を入手する
 いよいよ準備段階も最後。参考文献を見つけることです。参考文献が多いほど、論文は厚みを増します。また書く量もそれだけ増えるわけですから、無駄な記述で字数を稼ぐなどという姑息なことをしないですみます。
 もっとも手っ取り早いのは、ベースとなる論文の「参考文献」欄を見て、自分も同じ本を手に入れることです。ただし、より研究が進んだ外国語の文献は確かに魅力的ですが、無理をせずに日本語でがまんしましょう。「俺は英語が読めるからOKさ」という人はいいのですが、そういう環境にない人は、日本語でも充分フォローできますから安心してください。
参考文献の数々 集める数は個人差がありますが、だいたい10冊ぐらいがいいでしょう。ちなみにわたしは、29冊集めました。すべて日本語です。
 キリスト教を研究するのですから、最低でも『新約聖書』と『旧約聖書』は必要です。それともし、宗教改革者たちの著作が和訳されていたら、それはどんなことをしても手に入れましょう。カルヴァンには『キリスト教綱要』という主著がありますが、和訳はすでに絶版になっており、古本屋をかけずり回ってようやく手に入れました。7冊で2万5千円でした。
 わたしは買ってしまったのですが、図書館でコピーするのでも充分です。かくいうわたしも、買ったのはそのうち10冊程度で、あとはコピーですませました。もちろん、コピー代は自費ですが。借りることができるなら、借りてしまってもいいでしょう。
 右の写真は、わたしが当時集めた文献の「ほんの一部」です。手元にあるのは、これらをすべて自分で購入したからです。これ以外にも、図書館でコピーしてきたものや、生活費に困って売り払ってしまったもの(恥)があります。

 わたしはだいたい6月くらいで、宗教改革者カルヴァンの「ジュネーヴにおける改革事業」を取り上げようと目星をつけました。
 カルヴァンはむしろ、「予定説」と「信仰義認」が有名です。それに関する論文も腐るほど出ています。でも、そんな使い古されたテーマでは、いつか行き詰まってしまうでしょう。自分の考え方が入り込む余地がないからです。
 研究レポートでも卒業論文でも、文中で自分なりの考えを述べ、見解を明らかにすることがどうしても必要です。わたしの大学ではとくに内容の審査はなかったので、そこまで考えなくてもよかったのですが、そういった審査がある大学に行っている方々は、これをかならずわきまえましょう。その際、ベースとなる論文に迎合してしまってはダメです。ベース論文の見解をも否定するくらい研究してみてください。どんなに厳しい教授でも、認めてくれますから。

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●研究活動をする
 さしあたって必要なものはそろいました。次は、実際に研究を始めましょう。
 まず、研究に最適なノートを選びましょう。おすすめはルーズリーフです。研究が進むにつれて、これまでに書いた項目を補充したり、順番を変えたりすることが多くなるからです。大学ノートでは不可能ですよね。わたしは大学ノートでやっていたため、かなり苦労しました。結局は袋式のクリアファイルを買い、大学ノートを切り取って納めるという無駄な作業を増やしてしまいました。
 研究活動は、たっぷり時間をとって行いましょう。大学4年生のみなさんには、夏休みなどありませんよ。
わたしのノートです ノートへのアウトプットそのものはベース論文に沿って行いますが、全文書き取りになってはいけません。もしその研究論文が市販雑誌に掲載されるのでしたら、著作権法違反を問われかねません。そういった場合は、自分のなかで理解し、咀嚼して、自分なりの文章で書くことが必要です。たいへんな作業ですが、研究とはそういうものです。がんばりましょう。
 参考文献から引用する場合は、内容は絶対に改変してはいけません。書いてあるとおりにノートに落としましょう。
 そして、誰々著の何ページから引用したのか、ノートにもきちんと書いておいてください。集めた参考文献に番号をつけておくとやりやすいと思います。面倒だったらコピーしてきて貼るのも手ですが、コピー代がかさんでしまいますのでおすすめできません。やはり書くことで覚えますし、研究しているんだなという実感のようなものがわいてきたりします。
 さて、ここでわたしの体験を語らせていただきましょう。
 学術論文というのは不親切なもので、「○○の記述を根拠に、××という結論に達した」と書いてあるにもかかわらず、その参考文献の記述を抜き書きしてはくれていません。つまり、根拠となった文献の内容を書き下したかったら、それと同じ場所を、自分で探して読めということなのです。さいわい、参考文献のページにその箇所が書いてありましたから助かりました。
 参考文献のページを見ると、「Ibid」とか「Loc.cit」とかいう略語がいくつも書いてありました。これには困りました。意味がわかりません。
 これはラテン語かドイツ語でありましたので、ドイツ語の辞書で調べたところ、「Ibid」は「前掲書」、「Loc.cit」は「前のと同じ本」という意味でした。しかしそれは外国語文献の書き方で、日本語文献ではきちんと「前掲書」と書いてあったのでわかりました。どうも外国語文献を引用したときは、すべてアルファベットで書かなくてはならない決まりになっているようなのです。
 左に示したのは、わたしが実際に使用したノートです。今から考えると、よくもここまで細かく研究したものだと思います。通常のレポートなどよりも多くの時間をかけて研究しましたが、始める前は不安でいっぱいでした。でも実際、わたしは研究することが好きだったからかも知れませんが、文献を集めるのも楽しくできましたし、ひとつのことにのめり込む自分が何となくかっこよく見えたりもしました。
 ノートを見ると、3分の2ほどで分けられていることにお気づきかと思います。実は、ページの下の余白には参考文献の参照ページが書いてあるのです。参考文献のページを示すのは、またそこを読み返そうという意味ではなく、今ここで自分が書いた文章には、このような「論拠」があるのだということを明らかにするためなのです。これは、実際に論文を書くときになって生きてきます。忘れずに書いておきましょう。

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2. 論文を執筆する

●研究動機をまず書く
 さて、論文を書くにあたってまずしなくてはならないのは、自分がその研究をすることになった経緯と動機を明らかにしなくてはならないということです。専門家ならばいざ知らず、せいぜい大学生が書く論文ですから、誰かのまねごとの域を出ないことは認めるべきです。しかし、それを研究しようと決心して、実際に寝食を忘れて研究に没頭したことは事実なのですから、それをまず書かせてもらっても怒られはしないと思うのです。
 恥ずかしながら、他人の論文を引用するわけにはいきませんので、わたしの卒業論文から抜き出してみましょう。

 現在、旧態依然たるカトリックに代わって登場した新教、つまりプロテスタント神学は世界中に広がり、多くの人々に受け入れられている。
 16世紀に登場したプロテスタント神学の担い手としてまず想起されるのは、まずドイツにおける改革派神学を大成したマルティン・ルター(1) 、そしてスイス改革主義の祖ウルリヒ・ツヴィングリ(2) 、また膨大な著書と系統立った思想を有する巨人ジャン・カルヴァンの3人だろうと思う。
 本論では、このうちカルヴァンを主題に取り上げる。
 カルヴィニズムを独創的な思想とする所以として、予定説が考えられるだろう。また、彼の信仰義認説も多くの支持を集め、これほどの広がりを示す遠因となったことだろう。しかし私は、あえてそれらのテーマは避けて、彼の影の部分とされるジュネーヴにおける「神権政治」を研究しようと思っている。
 カルヴァン時代のジュネーヴにおいては、1537年に『ジュネーヴ教会条項』、1541年に『ジュネーヴ教会規則』の2つの教会規則が制定された。
 それは彼にとっての「神の王国」を建設せんがための地固めであったと同時に、新教の原理に基づく生活の規範を市民に強いるためのものだった。事実、『条項』は結局失敗に終わり、カルヴァンはジュネーヴを去らねばならなくなったのである。しかし彼は復帰し、再び教会規則を作成するのである。たゆまぬ情熱と献身的な努力がなくては、彼はこれほどまでに後世に名を残すことはなかっただろう。
 それぞれの教会規則の大部分を構成するものとして、『条項』は「破門の規定」、『規則』は「教会の4つの職制」が考えられる。本論では、この2つの原理を交えて、彼はジュネーヴに何を残したのかを検証したい。  …後略


 少々長かったかも知れませんが、実際にはこれの倍以上あります。わたしもこれを書くために、数多くの論文の「はじめに」だけを読んだりもしました。どういった書き方をしなければならないかといった規定はありません。思ったとおりを書いてください。

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●ベース論文を核に、外堀を埋める
 研究の時点で、ベースとなる論文は決めてありますね。今度はそれを、自分なりの論文へと仕立て直していきましょう。
 ここで、例としてわたしの卒業論文を少しだけ掲載します。

 カルヴァンが神学を始めた当時、教会は7つの儀式を「秘蹟」として定めていた。ここではその各々に説明を加えることは避けるが、『綱要』は第W編19章のすべてに渡って、7秘蹟をそれぞれ駁しているのである。『綱要』を引用すると莫大な量になるので、ここでは「小綱要」とも呼ばれる彼の献呈論文『教会改革の必要について』(1544年)から、過度な祭儀を批判した部分を引用しよう。
「人間が考え出した祭儀が、キリストによって立てられた奥義と同じ程度に考えられています。なぜなら、7つの礼典が、無差別に、受け入れられていますが、キリストがお命じになったのは、その中のたった2つであって、その他の礼典は人間の権威によって基礎づけられたものだからです。」(14)
 カルヴァンの認める聖礼典は「聖餐とバプテスマ(洗礼)」だけであるということは前にも述べたが、聖餐だけに限っても、もともとは頻繁に行われていたものが年に1回となり、それゆえに多くの余計な脚色を加えられていたのである。カルヴァンは『綱要』の中でも、当時の行き過ぎた「パンへの崇拝」を描いている。
「かれらは、かれらのいわゆる『ホスティア』(15)を列聖し、これを派手に〔行列を作って〕持ち回る。また、これが人々から見られ、拝まれ、祈り求められるたびに、荘厳な儀式の外観をととのえて、示すのである。」(16)
 カルヴァンは、聖礼典が汚された理由のひとつとして、教会の「ミサ」を大々的に批判している。『綱要』第W編18章の冒頭でも、彼は大いに嘆く。
「…それによって、聖晩餐が単に曇らされ、逆転されたにとどまらず、全く忘れられ・廃止されたものとして消し去られ、人々の記憶からなくされたことである。つまり、最も疫病的に危険な誤謬によって、ほとんど全地が盲目にされ、そのため、人々は『ミサ』が罪の赦しを得るための犠牲であり、供え物であると信じるに至ったことである」(17)
 上の引用からも分かるように、カルヴァンは当時のミサ聖祭を「犠牲」だと言っているのである。日々多くの方式によって神に救いを乞うている儀式は、彼の目には大昔の祭司が神に犠牲を捧げているように映ったのであろう。犠牲に関する記述は『綱要』初版からすでに見られる(18)ことから、かなり早くから彼はミサ聖祭を苦々しく思っていたということが理解できる。


 この部分は、ベース論文にはほんの少ししか掲載していませんでした。ここまでふくらませるためのヒントは、最初にある『綱要』第IV編19章です。そこを実際に読んでみると、いろいろなところが断片的に「使える」ことがわかってきます。また参考文献に「○○を参照」などと書かれていればさらによい。そこへ飛んで、さらに裏付けを確かなものにすることができるからです。
 また、『綱要』以外にも、『教会改革の必要について』という別の文献も抜き書きしていることにお気づきでしょうか。これは図書館で見つけて念のためにコピーをしておいたもので、読んでもちょっとで終わってしまうほど簡単で短いものです。この部分だけ敬語になっているのは、文献をそのまま抜き書きしているからです。勝手に改変を加えてはいけません。そのまま書きましょう。その際、「これは語法的に変だな」というところがあっても、変えてはいけません。そのかわり、「ママ」と書くことは許されています。また、自分が抜き書きしている途中に見解をさし込むときも、「筆者注」という断り書きを入れておきましょう。参考文献は史料ですから、大事に扱わなくてはならないのです。

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●キーワードで厚みを広げる
 書いているうちに、文章量のバランスがどうも悪いな、と思うところがあるはずです。ある部分には相当の文章を割り当てているのに、こっちでは1ページにも満たない、という問題です。
 そういうときは、キーワードで参考文献の読み返しをしてみることをおすすめします。いちばんは、索引を見ることです。索引を見れば、探している言葉を扱っているページが載っていますので、試しにそのページをめくってみましょう。今までは発見できなかった、さらによい「論拠」が見つかるかもしれません。索引がなければ、目次を見ることもひとつの手だと思います。さすがに目次までない本はないからです。
 実際の例を示しましょう。わたしはここで、「牧師」というキーワードを索引で調べて、本文を見てみました。

「…その次に、『牧師』と『教師』とが来る。これは教会に決して欠けてはならない。このふたつのつとめの区別は、わたしの考えるところでは、『教師』は教会訓練にも、聖礼典の執行にも、戒告にも、勧告にもたずさわらず、ただ聖書の釈き明かしだけをして、真実、また健全な教理が信仰者の間で保たれるようにするのである。しかし、『牧師』のつとめは、これらのいっさいをうちに包含している。」

 さらにその付近を読んでいると、「長老」というキーワードが出てきました。そこで今度は、「長老」というキーワードで索引を見ることにしたのです。すると、前に抜き書きしたことと関連する一文が、しっかり見つかったのです。

「さて、聖書においては3種の仕え人がわれわれにすすめられている、とさきに語ったが、そのように、古代教会が有した仕え人はすべて、3つの職階に区分されるのである。すなわち、『長老』という階級の中から、ある人たちは『牧師』また『教師』として選ばれ、他の人たちは行状の監視と矯正とを任務とした。『執事』というのは、貧しい人たちの世話と、施し物の管理とを託された人のことである。」

 こうしたふたつ以上の「点」が見つかったら、今度はそれを「線」で結んでいけばいいのです。ベース論文だけに頼らず、自分なりの考えで書き進めるのも、難しいことですが必要になってくるでしょう。
 実際に、ふたつの離れた点を結びつけてみたところです。引用部分はみどりで色分けしてあります。

 前から何度も私が述べているように、カルヴァンは教父時代以前の古代教会を理想としている。「エフェソス人への手紙」第4章11節には、教会の統治を主宰する者として第1に「使徒」、第2に「預言者」、第3に「伝道者」、第4に「牧師」、第5に「教師」を置くと記されている。そのうち第4までは時代の流れとともに消滅していったとして、カルヴァンは『綱要』において、「牧師」と「教師」の重要性を説いている。
 同じ項で、彼は「牧師」と「教師」の違いについて述べている。

「…その次に、『牧師』と『教師』とが来る。これは教会に決して欠けてはならない。このふたつのつとめの区別は、わたしの考えるところでは、『教師』は教会訓練にも、聖礼典の執行にも、戒告にも、勧告にもたずさわらず、ただ聖書の釈き明かしだけをして、真実、また健全な教理が信仰者の間で保たれるようにするのである。しかし、『牧師』のつとめは、これらのいっさいをうちに包含している。」(22)
 つまり、彼は牧師と教師を別なものと考えているのである。牧師の職能については『綱要』の第W編3章6項に詳しく述べられているが、ここでは引用をひかえる。
 しかし、彼が考える職制の数は、決して2つではない。『綱要』から見るかぎり、彼は3つこそが古代教会の姿だったと明言しているのである。

「さて、聖書においては3種の仕え人がわれわれにすすめられている、とさきに語ったが(23)、そのように、古代教会が有した仕え人はすべて、3つの職階に区分されるのである。すなわち、『長老』という階級の中から、ある人たちは『牧師』また『教師』として選ばれ、他の人たちは行状の監視と矯正とを任務とした。『執事』というのは、貧しい人たちの世話と、施し物の管理とを託された人のことである。」(24)
 ここで次のようなことが考えられる。カルヴァンが理想とした教会の職制は、「長老」−「牧師」もしくは「教師」−「執事」だったのではないか。

 
と、こうなるわけです。あまり引用部分が多くなるときは無理につなげなくてもけっこうですし、充分厚みがついたなと思ったら、次に進んでしまいましょう。いつまでも同じ箇所にこだわる必要はありません。

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●ワープロで清書する
 さて、下書きが終わったらいよいよ最後の作業。ワープロで清書する作業です。
 最近ではパソコンの普及により、原稿用紙に手書きして提出する人はかなり少なくなったと聞いています。わたしが卒業するころはまだ「ワープロ専用機」が全盛だった(おっと、歳がバレる…)と記憶していますが、パソコンを使うときには、またその当時とは違った注意点が生まれてこようと思います。

1. できれば「自分のコンピュータ」で
 わたしが卒業するころは、パソコンの普及率はもちろん現在の何十分の一かで、ワープロ専用機を持っている人も限られていました。しかし大学にはパソコンが潤沢に揃えてありましたから、それを使って清書する人が殺到したものです。
 でも、限られた数しかない公共のコンピュータですから、順番待ちもしなくてはいけません。また、いつまでも占領しているわけにもいきません。
 現在はパソコンも10万円を切る価格で購入できるようになったのですから、余裕のある作業環境を実現するために、ご自分で用意されることをおすすめします。何よりも大事なのは、「パソコンが使えなかったから間に合わなかった」という理由など、誰も認めてくれないということなのです。
 このページをご自宅で見ている方々には、言うだけ無駄かもしれませんが…。
2. セーブはこまめに
 いざ書き始めて、ようやく乗ってきたと思ったのもつかの間、「フリーズ」してしまったら、あなたならどうしますか。
 今どきのソフトは、自動バックアップの機能も進んでおり、たとえフリーズしてしまったとしても復元できる度合いはかなり高くなっています。しかしそれに頼り切っていてはいけません。まだ復元機能も「完全」ではないのです。完全に行おうとすれば、作業中にバックグラウンドでセーブを続けているため、機械じたいが非常に遅くなってしまうことでしょう。それを避けるためには、自分でセーブする癖をつけておく必要があります。
 しかも、セーブはフロッピーディスクなどの外部装置などではなく、内蔵ハードディスクの方にしましょう。アクセス速度が格段にすぐれていることにあわせて、現段階ではこれが安全性の高さでは右に出るものがないという事実があるからです。よくハードディスクが破損するから危険だと言われますが、やはりまだハードディスクがいちばん安全なのです。
 容量を気にする必要はありません。わたしが今書いているこの文章も、この時点でまだ26.3KBなのです。
3. 出力には余裕をもって
 さあ、ようやく全部書けました。でも、まだ終わりではありません。書いたものをプリンタで出力して、窓口に提出して、それでようやく終わりなのです。わたしの大学でもかつて、提出が1分遅れたために留年した学生がいたそうです。
 おすすめのプリンタは、やはりレーザープリンタですね。トナーカートリッジの交換は面倒ですが、長持ちします。インクジェットプリンタやインクリボン式(サーマルドットプリンタも含む)はカートリッジの消費が非常に速く、すぐに終わってしまうのです。今ではかなり安価なレーザープリンタもあるようですので、この際に買い換えてみてはどうでしょうか。
 でも安心はできません。いざ出力するときには、なるべく1日以上の余裕をもちましょう。インク切れという事態に対処するためです。提出前日の夜に出力する、などどいう愚かなことは絶対にしてはなりません。また、出力する前には、新しいカートリッジと交換しておきましょう。この際、古い方にまだ残っているからもったいない、などと考えている場合ではありません。
 わたしは最低17枚という規定であっても、53枚も書いてしまいました。ゆえに、インクリボンは買いだめしましたね。ある文房具屋さんのインクリボン棚を買い占めてしまうくらいに。いちばん高価なタイプだったので、かなり痛かった記憶があります。

 これで、一応は説明を終わりにさせていただきますが、まだ書き残したことはたくさんあるような気がします。
 しかしあなたは、ひとりではありません。指導教員に相談したり、上司に相談したりもしてみましょう。また同じく論文で苦しんでいる仲間がいれば、苦労を分かち合うのもいいでしょう。最近の傾向として、論文の審査は理路整然としたものよりも、苦労の跡がうかがえるものに好感が集中しているそうです。ここで苦労した経験は、将来かならず生きてくるはずです。
 よい論文が書けますよう、ご健闘をお祈り申し上げます。

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