更新履歴

「南風博物館」に、ようこそおいで下さいました。ここは、更新履歴をご紹介するコーナーです。
館内で増設したところ、または記述を変更したものを、
日付を追ってここで公開いたします。
ただし、「細大漏らさず」というわけではありませんのでご了承下さい。
また、「南風語録」の更新については、トップページをご覧ください。
日付は、下に行くほど古くなる仕組みです。
「南風博物館」の歴史を、ここでちょっとのぞいてみませんか?


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 更新第40回:
  トップページを変更
          2006.2.21
約半年ぶりの更新になりますが、今回は新しい企画やページを追加したのではありません。
これまで当館でサーチ機能を提供してくださっていた「歴史サーチ」が、管理者の都合によってついに閉鎖されたということを聞きました。当館からのリンクができないなと思っていた矢先でしたので、館長としてもショックを隠しきれません。
そこで今回の更新では、当館から「歴史サーチ」に対して行っていたリンクをすべて解除するとともに、若干の小さな修正を加えてアップロードすることにいたしました。
来館者の皆様のご諒承をお願いいたします。
 更新第39回:
  「第3中間期」公開
          2005.8.14
かなりブランクが空いてしまいましたが、忙しくて執筆を進めることができなかったからです。今回ようやく公開にこぎ着けた「第3中間期」も、時代そのものの長さと王朝の数もさることながら、この複雑さには正直閉口いたしました。何より、同じ名前の王があっちの王朝にも、こっちの王朝にもいるという始末でして、まったく訳が分からない世界でありました。でも当時の人々が考えていたことや権力への欲望、骨肉の争いなんかが垣間見られて、楽しい調査活動でした。
新しいソフトを買いましたので、このサイトもいよいよCSS(Cascading Style Sheets)中心への移行を行おうと計画中です。ただしそのソフトの使い方が未だにわかりませんので、今回の更新は以前と同じように制作させていただきました。
またWindows XP Service Pack 2の改良に伴うポップアップブロック機能について、解説を更新しましたのでこちらをご覧ください。
 更新第38回:
  「南風語録」更新
          2005.4.10
今回、「南風語録」に登録したテーマは、2005年4月3日に逝去したローマ教皇ヨハネ・パウロ2世を追悼して、「ローマ教皇の死を悼む」です。世界の平和を希求し、各国を飛び回って持論を訴え続けた強固な意志を持つ彼は、人間的にも尊敬できる存在でした。キリスト教徒ではないわたしですが、その影響力の大きさには驚かされる限りです。
これを機会に「南風語録」らしく、今回は歴代ローマ教皇の業績をすべて洗い直して、歴史上に名を残した人物を数人挙げて解説しています。その中には偉大な人物もいれば、不名誉な事件によって名を知られることになってしまった人物もいます。264名もいるのですからね…。
ちなみにヨハネ・パウロ2世の在位期間約26年は、初代教皇ペテロ、第255代ピウス9世に続いて第3位になるそうです。
 更新第37回:
  「南風語録」更新
          2005.3.12
今回お届けするコラムは、「東京大空襲から60年」です。1945年3月10日に起こった東京大空襲では約10万人以上の人たちが死傷し、100万人もの一般市民が家を失い、家財も失ってしまいました。これは立派な大虐殺であり、戦争犯罪なのです。しかし広島や長崎に比べると、どうも歴史的な位置づけが弱いような気がしてなりません。
火の海の中を逃げまどい、避難場所を求めながらも業火に巻かれた当時の罪もない人々を思うと、戦争というものが本当に恐ろしく、また憎くなります。しかしこれはあくまで人間がその意志によって、同じ人間に対して行ったことだということを忘れてはいけません。当時の体験者が少しずつこの世を去っていく中で、われわれは今こそ歴史認識を新たにしなければならないと思います。
 更新第36回:
  「ルクソール3部作」
       地図公開!

          2005.1.23
今回の更新では、「デジタル地図集成」に新たな地図を追加しました。ルクソール3部作と銘打っていますが、実際に今回の3つの地図は互いに密接な関わり合いがあります。
「ルクソール詳細図」を基幹、すなわちスタートポイントとして、そこから「王家の谷」「カルナック神殿とルクソール神殿」という二つのコンテンツへと派生するという形式をとっているのです。それ自体はさほど重要なことではありませんが、今回初めての試みとして、地図のある部分をクリックすれば解説文にジャンプするという、イメージマップという技法に挑戦しているのです。それはすなわち、お客様にいかに便利に、そしてスピーディーに館内をお回りいただくか、それを考えた結果なのです。
その代わり、サイト内がまるで網の目のようになってしまいました。それを自分で把握するのがひと苦労なんですよ…。
 更新第35回:
  ブログ
  「サイト制作日誌」
   オープン!

          2004.11.28
最近、よく「ブログ」という言葉を耳にします。「ウェブログ」の略語だそうで、インターネット上に公開された自分のデジタル文書(ログ)のことなのだそうです。別に略す必要もない言葉ですな。
そこでは日記帳のように日々思ったことを書きつけて、それを公開することができるのだそうです。しかし何よりのメリットは、他人もそれを読むことができて、しかもコメントを書き込むことができるというのです。以前よりわたしも掲示板に近況などを書き込んできましたが、公共の場を私物化しているようで気が乗りませんでした。そこにこの「ブログ」が現れたのです。
「これは書くしかあるまい」ということで、先日新たにオープンしました。「サイト制作日誌」といい、外部サイトであるgooブログに新設しました。名実ともに国内最大のブログサイトである同サイトに公開するというのは、もっと多くの方に当館を知ってもらいたかったからなのです。
 更新第34回:
  「南風語録」更新
          2004.10.10
更新は夏をまたいでしまいましたが、ようやく新しいコラムを公開できることになりました。今回の「南風語録」のテーマは、「改めて故郷の歴史を知る」です。先月にようやくもらった夏休みを利用して帰郷した際、愛用のデジタルカメラで地元の名所を撮影してきました。その当時からこれを「南風語録」のテーマにできないかと構想を温めてきましたが、先日、一気に書き上げました。
前回からはどうも所感を述べる場というよりも、取材記録かリポートのようになってしまっております。わたしの思想や考え方などを読みたいとお望みの方々にはご不満かもしれません。そうした方々のために、一刻も早くコラムを書きたいのですが、忙しくてそれどころではありません。
エジプト史の方も順調に進んでおりますが、何しろ特大な企画です。文章量だけでも膨大です。時間はかかりますが、充実した内容にしたいと思いますので、少々お待ちください。
 更新第33回:
 「新王国時代(4)」公開
          2004.6.2
いよいよ、新王国時代の歴史も最後になってしまいました。今回の公開分「第10章 新王国時代(4)」では、新王国時代の最後となる第20王朝について解説しております。また世界古代史の謎とされる「海の民」の大移動についても、1コーナーを設けて詳しく解説しています。
第20王朝最大の王としてはラメセス3世がおり、彼に関しては記録もよく残っていますが、その他の王に関しては記録がほとんどありません。中には誰の息子だったのか、何年在位したのか、そういった基本的なことすらもわかっていない王もいるくらいです。こうした状況において、わたしはよくもここまで書けたものだと、思わず自画自賛してしまうほどです。
次回からは、ついに混乱期である第3中間期に入っていきます。混乱の時代ということで複雑ですが、お客様まで混乱させないよう、調査に努力いたします。
 更新第32回:
  「南風語録」更新
          2004.5.9
エジプト史の研究も進んでおりますが、本日一日を費やして、「南風語録」の更新をいたしました。あれくらいの文章を書くのに一日かかるのかとお叱りを受けそうですが、英訳もしておりますので仕方ありません。更新のスピードが遅くなるのも同じ原因です。更新が約半年ぶりとなってしまい、申し訳ございません。
今回のお題は「日露戦争開戦100周年を思う」です。そういえばそうだったとお考えの方も、もうそんなになるの? とお考えの方もいらっしゃるかと思います。わたしも、この前の旅行で横須賀市にある記念艦三笠を訪れるまでは忘れていました。
今回もやっぱり、日本人の国防意識が低いことを嘆く文章です。ただしその内容は実物を見た後の感慨に満ちています。撮影してきた写真も掲載しました。
 更新第31回:
 「デジタル地図集成」公開
 「新王国時代(3)」公開

          2004.2.24
今回はすごいです。「デジタル地図集成」を公開し、なおかつ「第9章 新王国時代(3)」を公開してしまいました。さすがにすごい作業量で、皆さまには3ヶ月もの長期間お待ちいただきましたが、ついに公開の運びとなりました。声援を送ってくださった方々には感謝の言葉もありません。
第19王朝の歴史を記述するのは容易なことではありませんでした。何しろエジプトの最盛期を代表する時代ですから、研究資料たるや膨大なものです。それらを選別し、わかりやすくまとめ上げ、系統立てて文章化するのは、所詮ホリデーライターでしかないわたしにとって地獄のような日々でした。しかしながら、充実した日々でもありました。
デジタル地図の初回公開分は「エジプト全図」「ピラミッド分布図」「ギザのピラミッド」そして「カデシュの戦い」の4ページです。本当はもっとたくさんの地図がすでに完成していますが、解説文をまだ書いておりません。もう少しお待ちいただきますようお願いいたします。順次公開していきます。
 更新第30回:
  「南風語録」更新
          2003.11.24
記念すべき30回目の更新は、約4ヶ月ぶり(すいません…)になる「南風語録」の新テーマです。
今回のお題は「歓迎すべき『王の帰還』」です。10月27日の『読売新聞』朝刊に掲載された記事をもとにしたもので、古代エジプトのファラオ、ラメセス1世のミイラが発見され、本国エジプトに返還されるというニュースについて考えています。
ちょうどその当時、わたしはラメセス1世の業績について調査中でした。ミイラの行方についてはどの資料を見ても「確認されていない」と書かれています。その矢先の記事ですから、わたしは驚きました。もしかしたら、今は亡き王が、自分についての調査を始めようとしている日本の名もなき研究者の雄図を見て、これを励ましてくれたのではないか、と勝手に解釈したものです。
ともあれ、貴重な祖国の遺産が戻るのは歓迎するべきことです。これを契機に、散逸した各国の文化遺産が継続的に返還されるようになることを祈るばかりです。
 更新第29回:
  「新王国時代(2)」公開
          2003.10.12
お待たせをいたしました。「新王国時代」もいよいよ佳境に入り、ますますエジプト史が面白くなってまいりましたところで、今回は「第8章 新王国時代(2)」を掲載いたしました。今回も文章量は膨大ですが、ご満足いただける内容であろうと自負しております。
今回の登場人物はアメンヘテプ3世やアクエンアテン、ツタンカーメンといった、世界史の教科書でもおなじみの顔ぶればかりです。それは単にエジプトの最盛期をもたらした王たちというばかりでなく、混乱期にあって彼らがどう問題に対処し、いかに振る舞ったかが歴史的にたいへん重要な意味をもつからだとわたしは考えています。当時の為政者たちが混乱期を乗り切るために、何に悩み、何を成し遂げようとし、どういった結末を迎えたのか、知る価値は充分にあると感じました。
次回は「第9章 新王国時代(3)」と題し、第19王朝を単独で取りあげます。セティ1世やラメセス2世といった「乱世に戦う漢(おとこ)」たちが登場します。お楽しみに。
 更新第28回:
  「総合案内」全面改装
          2003.8.23
皆さまのご愛顧を受けて運営してまいりました「総合案内」ですが、コンテンツ量の増加と利便性向上のため、ついに懸案だった全面改装を敢行することとなりました。実物をご覧になりたいかたは「総合案内」←をクリックしてご来訪ください。
主な改装点は、各コンテンツの概要説明を充実させたことでしょうか。これまではカテゴリーごとに一緒だった概要説明を各コンテンツごとに独立させ、さらに目次機能で知りたい解説にすぐにジャンプできるようになりました。また冒頭に、ドロップダウン(プルダウン)式ボックスで選択するだけで瞬時にコンテンツ移動ができる新機能を搭載。ホームページ作成ソフトに標準で用意されていない機能でしたので、わたしが自分でプログラム(スクリプト)を書きました。ぜひご利用ください。
 更新第27回:
  「南風語録」更新
          2003.7.21
2003年7月初め、長崎市で12歳の中学1年生による幼児殺害事件が起きました。まさに人間の生命を何とも思わない、人間的理性・自制心の欠如によるところが原因ですが、現行の少年法では12歳児は罰則年限以下であるため、保護観察より厳しい処置をすることができません。
少年法の規定にも問題がありますが、わたしがここで提言したいのは、青少年が有する道徳観念が低レベルすぎることに対する危機感です。今回の南風語録では「必修科目としての道徳教育を望む」と題し、初等教育における道徳教育の重要性を論ずることにしました。
今回の歴史的引き合いは、明治時代に制定され、太平洋戦争の敗戦とともに消え去った「修身」という教科です。これは決して軍国少年を製造するためのものではなく、「国民道徳の実践」と「徳性の涵養」を目的とした立派な道徳教育だったのです。
 更新第26回:
  著作権に関連する
   注意書きを掲載

          2003.7.11
今回はトップページだけの更新です。
機会がありまして、当館がMacintosh版のInternet Explorer 5.1.6でも正常に表示できるかどうかを試したのですが、どうもトップページの下半分がうまく表示できていませんでした。おそらく、表組の位置設定に関するタグがWindows版と異なっているようです。
そこで今回、表組でのレイアウトを廃し、平易なテキストのみで「当館展示物に関する著作権の主張」と題した断り書きを掲載することにしたものです。
写真など引用物が多いものの、わたしのサイトは純然たる個人営業です。これで利益を得ようとするものではありませんが、掲載されている文章は間違いなくわたしが頭脳をふりしぼり、キーボードを叩いて執筆したものであります。この際、著作権を主張するべきであると考えました。
この宣言を、館長の偏狭な意志の所産であると決めつけないでいただきたい。知的所有権の保護のためとご理解いただければ、幸甚の至りです。
 更新第25回:
  「新王国時代(1)」公開
          2003.7.6
お待たせをいたしました。ついにエジプト史研究も最大の関門、新王国時代に入りました。やはり最盛期ですから研究活動も難航いたしました。しかし今回の執筆ほど、楽しいものはなかったと断言できます。資料も多くて、どれを採用して、どれを省略するかで悩んでしまうこともありました。そんなことは、これまでになかったことです。
今回お届けしますのは「第7章 新王国時代(1)」です。扱う時代は第18王朝の前期、イアフメスによるエジプト統一から、アメンヘテプ1世の内政整備、トトメス1世の遠征、トトメス2世の処世術、ハトシェプスト女王の栄光と挫折、そしてトトメス3世の戦いの日々までです。第18王朝の概観も冒頭につけ加えました。お楽しみいただけると確信します。
次回の予定は「第8章 新王国時代(2)」です。第18王朝が没落し、崩壊していく過程を扱います。アメンヘテプ3世やアクエンアテン、ツタンカーメンなど有名な人物が登場します。
 更新第24回:
  「第2中間期」公開
          2003.5.22
身内に不幸がございまして、長らく研究活動を休止しておりましたが、ようやくここに、皆さまに最新の展示物をご覧に入れることができる運びとなりました。わたしを支えてくれた方々には、お礼の申しようもございません。これからはなお一層の奮起を期する所存ですので、皆さまのご声援をお待ちいたしております。
今回は「第6章 第2中間期」の公開のみにとどまってしまったことをお詫びいたします。言い訳がましく見えるかもしれませんが、次回公開となる「第7章 新王国時代(1)」はまさにエジプトの最盛期、調査活動も並大抵のことではございません。自然と、文章量も膨大になってしまうことが考えられます。お見苦しい点も多々あるとは思いますが、お楽しみにお待ちいただけますよう。
 更新第23回:
  「南風語録」更新
          2003.3.16
久しぶりに、南風語録の更新をしました。今回は緊急企画として、昨今、アメリカはイラクへの軍事的圧力を強めて、武力侵攻の大義名分を得ようとしています。わたしは「新たな宗教戦争の勃発を危惧する」と題しまして、今回行われようとしている戦争が単なる「対テロ」や利権獲得に終わることなく、より深刻であるキリスト教徒対イスラム教徒による宗教戦争へと発展するのではないかという危惧を披瀝いたします。世界最後の宗教戦争と呼ばれた「三十年戦争」を例にとりまして、悲惨な宗教戦争の様相を述べ、その歴史的段階が、現在の国際情勢と似通っていることについても解説しています。
参考文献として『世界各国史3 ドイツ史(増補改訂版)』(林健太郎編、山川出版社、1992)を使用させていただきました。
 更新第22回:
  「第1中間期」公開
  「中王国時代」公開
          2003.3.2
今回の公開は、古王国時代に続く「第4章 第1中間期」「第5章 中王国時代」の2章分です。調査に時間のかかるものばかりなので苦労しましたが、どうにか上梓できました。
第1中間期は他の章にくらべて文章量が大幅に少なくなっています。それはわたしが怠けていたわけではなくて、おそらくどの書籍でも同じ状態のはずです。史料が決定的に希少なのです。なので、写真も2枚(そのうち1枚はかなりムリヤリ)しか掲載できませんでした。
今回から、本文中の写真をクリックしても説明文が展開しないブラウザをご使用のお客様を対象に、各章に分けて「写真解説コーナー」を設けました。本文に使用した写真の縮小版つきの特典があります。
あのスクリプトに対応したブラウザって、最近のものしかないんですね。しかもMacでは使えない。大丈夫だって書いてあったのに…。
次回は「第6章 第2中間期」と「第7章 新王国時代(1)」の予定です。お楽しみに!
 更新第21回:
  「古王国時代」公開
          2003.2.11
さあお待たせしました。ピラミッドに代表される時代「第3章 古王国時代」の公開です。前半のヤマ場ですから、皆さんがどのような評価をくださるか緊張いたします。
今回の「古王国時代」ですが、いったんは昨年の10月くらいに完成しておりました。しかし後半の末期王朝時代やプトレマイオス朝時代にくらべて文章や写真の量が少ないことに気づきまして、この際だからということでほとんど書き直してしまいました。10月時点の文章は、もう半分も残っていないだろうと思います。おかげで、文章量が当初の倍になってしまいました。
次回は「第4章 第1中間期」と「第5章 中王国時代」を同時に公開したいなと思っておりますが、場合によっては第1中間期だけになるかもしれません。
 更新第20回:
  「古代エジプト王国史」
         開設!

          2003.2.2
「作成中」を言い始めてからもうすぐ半年になりますが、いよいよ「南風博物館」のメイン企画「西洋史研究室」の第2次プロジェクト、「古代エジプト王国史」が公開される運びとなりました。
今回は「エジプト王朝興亡史」の中の「序章 悠久のエジプト文明」「第1章 先史時代から先王朝時代」「第2章 初期王朝時代」の3ページを一気にオープンさせます。まだほんの始まりにしかすぎません。章立てにつきましては、「エジプト王朝興亡史インデックスページ」を参照してください。
次回公開予定は未定ですが、できるだけ早急に制作いたしますのでお待ちください。次回は「第3章 古王国時代」です。ピラミッドがたくさん出てきますよ。お楽しみに!
 更新第19回:
  「南風語録」更新
          2003.1.5
メインタイトルが変わったのをご存じでしょうか。今回のはきちんと、Photoshopを駆使して作成したものです。ちょっと横長なような気がしますが、それは将来のための複線ということで…。
新年第1回目の更新は、いつものように「南風語録」の新文書「江戸幕府開府400年を記念して」の掲載です。1603年に江戸幕府が開かれてから400年を迎える今年、あらためてその時代そのものを考えてみようかと思って執筆しました。
ちなみに私事ですが、PDA買いました。今回の「南風語録」は、草稿をPDAで執筆しました。これでいつでもどこでも原稿を書けるようになったわけですが、キーボードが使いづらいです…。
 更新第18回:
  「南風語録」のデザイン
    リニューアル!

          2002.11.17
「南風博物館」のデザインリニューアル第1弾は、「南風語録」の構成変更です。
大きく変わった点は、まずひとつの話題に対して1ページを割り当てたこと、またページをめくって読めるような形式にしたこと、そして特筆すべきは、日本語・英語の二カ国語に対応したことです。
翻訳にあたっては、日本IBMの「翻訳の王様バイリンガル」を使用させていただきましたが、きちんとした訳にするためには平易な文章にしなければなりません。その点わたしの文章は難解すぎて、まともに翻訳もできないような状態でした。これを機に、もっと読みやすい、もっとすんなり翻訳できる文章を書くように心がけようと思いました。
気づいたら、またホームページ・ビルダーがバージョンアップしました。これで4回目…。
 更新第17回:
  「南風語録」更新
          2002.11.16
「エジプト史」は現在急ピッチで進めていますが、そろそろ前回から1ヶ月経ちますので、まず「南風語録」の更新をいたします。それとともに、「南風博物館」じたいも少しずつ生まれ変わっていく予定です。デザインなどに変更がありましたら、トップページの「最新情報」に表示します。
今回のお題は「通告なしの爆破実験に抗議する」です。11月14日に隠岐沖で米海軍により行われた爆破実験は、地元の漁協に通告もなく行われるところでした。わたしはその倫理観のなさを非難するとともに、海洋国際法における主権国の位置づけについても考えてみました。
 更新第16回:
  「南風語録」更新
          2002.10.20
移転後初の更新です。でもやっぱり、「南風語録」の更新です。エジプト史のアップロードはまだですが、こうして頻繁に更新しなければ、やがてサイト自体が寂れてしまいます。それを避けるためにも、わたしは定期的に更新を続けていこうと思っております。
さて、今回のお題は「対北朝鮮外交は『戦い』である」です。やや激しいお題ではありますが、今こそ、日本は外交能力を発揮し、世界をあっと言わせなければならないのです。北朝鮮との国交正常化交渉は、まさにその絶好の機会です。ここでは、19世紀プロイセンの偉大な軍事思想家クラウゼヴィッツの主著『戦争論』から引用し、いかに戦いに勝つべきかを論じています。
 更新第15回:
  博物館移転
           2002.10.14
毎度、「南風博物館」をご愛顧いただきまして、ありがとうございます。
当館は2002年10月13日をもちましてプロバイダ「JustNet」の傘下を脱し、あらたにプロバイダ「So-net」への移転を行いました。
インターネット事情に詳しい方々ならばその理由はお察しのことと思いますが、JustNetはさる7月いっぱいで営業権をソニーコミュニケーションネットワーク(株)に譲渡することとなりまして、当「南風博物館」も同時にあらたなサーバへの移転を行ったしだいです。
旧ページは一応、2004年2月まで維持されるという通知を受けておりますが、当館はいち早く新館の開設に踏み切り、旧館の閉鎖を敢行することといたしました。移転計画については、旧ページのトップページもしくは新館トップページに掲載いたしましたのでご覧ください。
今後とも、「南風博物館」に変わらぬご愛顧のほど、お願いいたします。
 更新第14回:
  「南風語録」更新
           2002.9.9
ほぼ1ヶ月ぶりの更新です。実は9日は平日で、今日も遅く帰ってきたわけですが、9月11日の米同時多発テロから1周年という節目にあたって、「これは書かにゃなるめえ」というわけで、睡魔と戦いながらキーボードに向かって書き下ろしました。よって、文章的におかしなところもあろうとは思いますが、何分にもご容赦願いたいと思います。
今回のお題は「米同時多発テロ1周年に寄せて」です。いかにも今風の話題ですが、わたしが採りあげたかったのは、「テロリズム憎し」ではなく、あの事件の結果世界はどう変わり、アメリカがどう変わったかという一点でした。それをローマの将軍ユリウス・カエサルを例にとり、できるだけわかりやすく解説したつもりです。わたしが言いたいことは何か、お読みになればきっと理解してくださることと思います。
それにしても、エジプトはまだでしょうか。自分では急いでいるつもりですがね…。
 更新第13回:
  「南風語録」更新
           2002.8.11
約1ヶ月半ぶりの更新です。いや、さすがに最近忙しくて、休みもとれなくて更新スピードも鈍ってしまいましたね。最初の予告の通りです(←言い訳)。でも、「古代エジプト王国史」の方は休まず研究を続けていますので、ひとまとまりしたら公開します。もう少し、待っていてくださいね。
今回の「南風語録」更新は、夏になると激しくなる各メディアの「終戦関連企画」についてです。しかしわたしはあえて、そうした企画が夏の「風物詩」になることに対する警鐘の意味をこめて「戦争の『悲惨さ』を忘れるな」と題して執筆しました。
それにしても暑いですね。こう暑いと、休みの日はただ寝ているだけになってしまいますね。
わたしは「夏太り」を防止するために、最近ヨーグルトに凝っています。みなさんは夏太りに対して、何か対策をお取りになっているのでしょうか?
 更新第12回:
  「南風語録」更新
           2002.6.23
更新日の6月23日は、昭和20(1945)年の沖縄戦において、組織的抵抗が終わった日です。今回の「南風語録」では、犠牲となられた沖縄島民と軍人たちを追悼するための企画として「もうひとつの『沖縄戦』」と銘打って執筆しました。おそらく、多くの方はご存じない事実だと思われますが、こういう事実もあったのだとご理解の上、お読みください。
それにしても「組織的抵抗」とは、何たる言いぐさでしょう。まるで自分が抵抗された側であるかのような言い方です。抵抗したのはまぎれもなく日本人であり、祖国を守りたい一心で精魂を傾け、そして散っていったのです。そんな言い方は、死者に対する冒涜だと思います。
 更新第11回:
  「南風語録」更新
           2002.6.16
連日日本中を賑わせているサッカー・ワールドカップですが、まさに国の威信を賭けた戦い、とでも言いましょうか。自国の試合の動向に一喜一憂し、勝てば狂喜乱舞し、負ければ意気消沈する、そんな模様が世界中で展開されています。
今回の「南風語録」は、そうしたワールドカップにおける日本代表の快進撃と、応援するサポーターたちの心理に見え隠れする日本人としての誇り、喜びなどを歴史的にとらえた内容となっております。
いや、決して時事ネタに迎合したわけじゃないですよ。多分。
 更新第10回:
  古代エジプト史予告編
     先行オープン!

           2002.6.4
「古代エジプト史」については現在制作途中ですが、今のところわたしが考えている古代エジプト史のコンテンツについて、大ざっぱではありますが「古代エジプト王国史予告編」としてお客様に公開することにしました。リクエストも投函できるようにしましたので、これについてもっと知りたい、こんなのはいらない、といった意見が集まることを期待するものです。
自分を追い込むために、という目的もあるんですがね。
 更新第9回:
  「南風語録」更新
           2002.5.22
前回の更新から10日ぶりになってしまいました。仕事が忙しいもので、毎日深夜帰宅をしているためです。でも今日は10時帰宅でちょっと早いので(おいおい)、更新をしてみました。
今回も「南風語録」の更新で、お題は「東ティモールの独立に寄せて」です。
ティモール島と聞いてピンと来た方は、戦争体験者か、戦争マニアくらいでしょう。約57年前まで、日本と同島は深い関係にありました。今回はそれにも触れています。
 更新第8回:
  「南風語録」更新
           2002.5.12
あまりにも早い更新ですが、今のうちです。というのは嘘です(多分)。
今回も「南風語録」の更新です。時事問題ですから頻繁に更新していきたいのですが、今回のお題は「日本人にとっての『主権国家』」です。中国・瀋陽市での事件に関連する内容ですが、いつものように、少々うがった見方をしていますのでお楽しみください。
 更新第7回:
  「リンクバナー&規定」
  コーナーをオープン!

           2002.5.10
当館では、リンクを張ってくださる方、または相互リンクをご希望の方を対象に「リンクバナー&規定」のコーナーをオープンして利便性を高めることにしました。守っていただきたいさまざまな規定もありますが、当館のリンクバナーの実物を見てから選べるようにしました。もちろん、Webブラウザからならページ上で画像の取得が可能です。ぜひご利用ください。
 更新第6回:
  「南風語録」更新
           2002.5.6
前回の更新と日付は同じですが、実はまる一日違います。
「南風語録」に、新しい能書きを加えました。お題は「混迷の古都・カンダハル」です。一時期の対テロ戦争で駆逐されたタリバンとアルカイダですが、彼らが去った後の本拠地カンダハルはどうなっているのか、そもそもカンダハルとはどういう都市なのか、深く迫ります。
 更新第5回:
  リンク大幅増加!
           2002.5.6
「珠玉のリンク」ページは、開設当初はまだ一件のリンクもありませんでした。が、方々に頭を下げまくって(ネットだから不可能だけど)、ようやくこれだけのリンクを集めることができました。
これからも積極的にネット交流をして、リンクを集めて回りたいと思います。
 更新第4回:
  「珠玉のリンク」オープン
           2002.5.3
リンクページを作ってみました。またトップページ関連の更新です。
相互リンクはやはり、ネット上での交流の「基本」であります。ホームページ初心者の南風は、このことをわきまえずにページを作っておりました。そこで、開館1週間を期して、リンクページをオープンいたしました。
 更新第3回:
  「家族専用控室」開室
           2002.5.2
私事でまことに申し訳ないのですが、わたしは親元を離れて一人暮らしをしております。
そこで家族だけが限定的にアクセスできる「家族専用控室」をオープンし、南風の無事な姿をページ上で確認してもらおうと考えました。
一般の方はアクセスできません。また身内も、一度退室したら再入室はできません。
 更新第2回:
  「南風語録」更新
           2002.4.29

今日は休みです。でも、わたしはお仕事でした。
それはさておき、「南風語録」に新しいコラムを追加しました。お題は「『個人情報保護法案』と『有事報道』にみるメディア統制」というやつで、少々堅いですが時事ネタです。あれについてはわたしもひとこと言いたい気分だったんです。こんなところで言っても「王様の耳はロバの耳」ですが。
 更新第1回:
  「更新履歴」オープン
           2002.4.27
このページを制作した日です。実は、初アップロードの翌日です。
よそ様のページを柄にもなくサーフィンしておりましたら、だいたいこうした「更新履歴」といったページを設けていることを察知いたしまして、「こりゃ俺もやらずばなるめぇ」とばかりに作ったわけです。
ただ面倒なことが増えただけのような気もしますが。
 更新第0回:
  「南風博物館」開設!
           2002.4.26
「南風博物館」が、ついにホームページとしてプロバイダのサーバーにアップロードされ、デビューした記念すべき日です。わたしは、この日を生涯忘れないでしょう(多分)。
苦節1年2ヶ月。ついに「南風博物館」は日の目を見たわけですが、これを制作していた期間は、原稿の執筆を含めるとゆうに3年を越えます。その間、マシンが2回変わりました。制作アプリケーション「ホームページ・ビルダー」も3回バージョンアップしました。
…長かったです。