
ここでは、「メソポタミア文明史」において記述されている
人名・地名その他についての表記ルールならびに
調査のために使用した参考文献を一覧にして公開しております。
南風の情報ソースにご興味がおありでしたら、ぜひ参考にしていただきたいと思います。
ここから、「メソポタミア文明史」のトップへ行けます。下のアイコンをクリックしてください。
![]()
トップページ、または「西洋史研究室」へ戻るには、こちらへどうぞ。
| トップページに戻る | 「西洋史研究室」トップへ |
| 1.表記ルール |
| ●年代 | 1. 暦法 年代については西暦を使用しています。メソポタミア文明期には年号は存在しなかったため、特別な場合を除いて年号を使用することはありません。 メソポタミア文明における代表的な暦法であった「太陰暦」で表示します。そのため、「閏月」なるものが現れることがあります。 2. 西暦の表記 「紀元前」「紀元後」を基本とし、「前」「後」「BC」「AD」は、年代を表記するためには使用していません。ただし、歴代国王の在位年代を表記する場合のみ、「在位紀元前」では歯切れが悪いため、例外的に「在位前」という表記を行っています。ちなみに「紀元後」を表記するときは、連続した年代が紀元前後にまたがった場合のみに限られます。 例:イエス・キリスト(紀元前4年頃〜紀元後30年) |
| ●人名 | 1. 表記言語 読み方そのものは、「アッシリア学」が世界でもっとも進んでいるドイツ語のものを基本にしています。たとえばアッシリア王の名「Shalmaneser」は、ドイツ語では「シャルマネゼル」となりますが、フランス語では「シャルマナサル」、英語では「サルマネサル」となります。ちなみに、Shalmaneserとは新約聖書に出てくるアッシリア王シャルマネゼル5世の呼び名で、アッシリア語による彼の名は「Shulmanu-asharidu」といいます。 2. 呼び名 ここでは、当時の本名よりも、旧約聖書や新約聖書に出てくる彼らの名前を表記する方を優先することにしました。もちろん、出てこない人たちは本名のままです。 たとえば、アッシリア王サルゴン2世は本名を「シャルゥ・キン」といいますが、旧約聖書に登場する彼の名「サルゴン」を基本とします。さかのぼって、彼と同じ名を持った2人の支配者(アッカド王サルゴン、アッシリア王サルゴン1世)にも適用します。 また、両方ある場合は、世界で通例になっている方を優先します。例として、アッシリア王アッシュール・バニパル、新バビロニア王ネブカドネザル2世がいます。 3. 「・」と「=」の扱い方 単語と単語との間に空きがある場合は、基本的に「・」(中黒)を使用して表記しています。「=」は使用することはありませんが、意味は同じです。 例:アッシュール・バニパルとアッシュール=バニパルは両方とも同じ意味です。 |
| ●王朝名 | 1. ウルの諸王朝 ウルの王朝は全部で3つあり、そのうち前の2つでは「キシュ王」として都市国家ウルの王を称していました。そこで本来は「ウル第一王朝」とするべきなのでしょうが、区別するために、あえて「ウル王朝」のみで表記します。しかし第三王朝では「キ・エンギとキウリの王」を称していましたので前の2つとは性格が違います。なので「ウル王朝」とはせずに「ウル第三王朝」としました。また、世界でもこの表記法が通例になっています。 2. バビロニア王国 バビロンには、ハンムラビを代表とするバビロン第一王朝と、ネブカドネザル2世を代表とするバビロン第二王朝が生まれましたが、ここでは、「古」と「新」で区別します。理由として、両者の年代に1000年の差があるからです。 また、王朝はバビロンとその周辺を支配する、いわゆる民族国家であったため、固定した都市名バビロンを冠するより、地域名バビロニアを国家名に選びました。 3. アッシリア王国とペルシア帝国 文献によっては「アッシリア帝国」としているものが多いのですが、ペルシア以前における帝政国家の存在は非常にあやふやであるため、旧約聖書にあるとおり、アッシリアの為政者は「王」と表記するようにしています。 いっぽう、ペルシアは専制的な為政者をいただいた典型的な帝政国家であったため「ペルシア帝国」と呼ぶことにします。ただし、為政者は数多くのギリシア語文献が示すとおり「王」の称号を用いていたようですので、「ペルシア王」にします。通常では「皇帝」なのでしょうが、ローマ以前に皇帝は現れなかったという西洋史の暗黙の了解に従います。なので、ペルシア帝国ではササン朝になっても「王」を使用するつもりです。 |
| →先頭に戻る |
| 2.参考文献 |
| 調 査 分 野 | 文 献 名 ・ 説 明 |
| ●通史/文化史 | 1. ブリタニカ国際大百科事典(TBSブリタニカ、1974年、絶版) 歴史学的アプローチに富んだ百科事典で、本編20巻、別冊6巻に分かれています。現在はCD-ROM化されてしまい、百科事典という形では増刷されていません。通史、とくに「メソポタミア王朝興亡史」において、第16巻「バビロニア=アッシリア」(340ページ〜355ページ)を参考にさせていただきました。 2. NEWTONアーキオ VOL.4 「メソポタミア」(ニュートンプレス、1998年) 「ビジュアル考古学」と銘打った考古学ムックです。図版や写真が豊富で、パラパラとめくるだけでメソポタミア文明の世界を追体験させてくれます。さらに記述も細部にまでわたっており、単なる写真図鑑ではありません。南風は本書において、通史、文化史、風俗史を調査させていただきました。 3. 知の再発見双書43 「メソポタミア文明」(ジャン・ボッテロ他著、矢島文夫監修、高野優訳、創元社、1994年) メソポタミア文化史、風俗史、とくに遺跡発掘史と文字の歴史について参考にさせていただきました。楔形文字に関しては記述が豊富で、本気で古代言語を研究してみようかな、という気にさえさせてくれます。また遺跡発掘に人生を賭けた偉大な先人たちについても詳細に語られています。 |
| ●補完文献/年表 | 1. 知の再発見双書62 「バビロニア-われらの文明の始まり-」(ジャン・ボッテロ著、松本健監修、南條郁子訳、創元社、1996年) 広大なメソポタミア世界のうち、もっとも有名なバビロンの歴史を扱ったのが本書です。バビロンから発掘されたさまざまな文物を風俗史的な考え方で解明し、さらに人々の生活や宗教にまで迫っています。わたしは風俗史の点で、少なからず参考にいたしました。 2. カラー世界史百科・増補版(成瀬治監修、平凡社、1978年) 東洋研究では一歩先をいく、ドイツで著された年表形式の世界史専門書です。大学入試に使うには少々ヘヴィですが、それほど詳細に記述されています。わたしは「メソポタミア王朝興亡史」において、年代的な整合性を確認するために使用しました。 3. NHKスペシャル・四大文明 「メソポタミア」(松本健、NHKスペシャル「四大文明」プロジェクト編著、日本放送出版協会、2000年) 2000年にNHKで放送された「四大文明」の内容に沿った、メソポタミア文明の入門書です。取材日誌と歴史解説、文化・人物史と座談会記録からなっていて、読み物としてすらすらとメソポタミア世界が理解できるよう考えられています。わたしは本書から、古バビロニア王ハンムラビ、アッシリア王シャムシ・アダド1世について資料を得ました。 4. 標準・世界史年表(亀井高孝・三上次男・林健太郎編、吉川弘文館、1962年) かなり詳細な歴史年表です。はっきり言って、大学入試用ではありません。ですが、メソポタミアの「世界史的位置」を読み解くには、こうしたぶち抜きの年表が必要です。中東古代史においては年代推定が書籍によってバラバラですので、わたしは本書に年代を準拠させてもらいました。 |
| ●図版/デジタル地図 | 1. 世界史総合図録(成瀬治・佐藤次高他監修、山川出版社、1994年) 高校生向けの世界史資料集です。本書では地図がたいへん見やすく、わたしは少なからず下地をいただきました。本企画のデジタル地図にも多数収録されています。なお、本書をもとにしたデジタル地図の作り方も解説しています。こちらへどうぞ。 2. 標準・世界史地図(亀井高孝・三上次男・堀米庸三編、吉川弘文館、1955年) 世界史地図の元祖ともいえるもので、もはや古典ですが、バビロンの地図など、高校生向けには決して掲載しないような詳細な地図を提供しています。用語的にやや古いものがありますが、それを勘案すれば、今でも立派に通用する世界史地図です。 |
| ※それぞれの分野に重複するものについては、どれかひとつに掲載しています。 ※これらの書籍は最寄りの書店で購入することができますが、絶版になっている書籍については、残念ながらお近くの図書館などでお探しになるようお願いいたします。 |
| →先頭に戻る |