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メソポタミア宗教史

宗教というものは、それ自体は文化の一形態かもしれません。
しかし宗教、もしくは「神にすがり」、「祈ること」という行為そのものには、
激動と平穏が同居し、一寸先の未来さえも予期できず、
自然災害に悩まされ続けていた当時の民衆が内包する不安や恐れを、
確実に緩和させてくれる効能があったことは否定できません。
それは、まだ「教権」というものが存在しなかった、純粋な祈りの時代でしか実現し得ません。
世界最古の「系統立った」メソポタミアの宗教を見ていくことで、
わたしたちは、純粋で素朴だった当時の祈りを偲ぶことができるのではないでしょうか。

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1. 土着信仰から宗教へ 世界最古であると思われるシュメール人による宗教は、どのような経緯をたどって、メソポタミア全土で信仰され、単一の系統をもち、さらに異民族であり独自の宗教を持っていたはずのアッカド人、アッシリア人などにも広がっていったのでしょうか。ここでは総論として、メソポタミアで生まれた宗教を展望します。
2. シュメール人による神々
 ●天空の神アン 事実上の最高神であるはずのアンですが、その存在意義はあいまいで、それほど重要視される存在ではありませんでした。最高神の影が薄い、という特異な現象がどうして起こりうるのか、考えてみましょう。
 ●大気の神エンリル 立法者として知られるエンリルは、人間には手の届かない存在として位置づけられ、いわば「黒幕」に徹しています。また、仲裁者、先導者、破壊者など多くの性格をもって、エンリルは数多くの神話に登場します。
 ●水の神エンキ エンリルとは違って、人間の理解者として位置づけられるエンキ。英雄叙事詩や洪水物語には必ずといっていいほど登場する彼は、民衆にも人気がありました。その秘密を探ってみましょう。
 ●月神ナンナ 知識の神として、また暦法を司る「月」という重要な天体を支配するナンナは、まさにメソポタミアの英知を具現した存在といえましょう。ナンナが崇拝された理由と、暦法との因果関係を見ていきましょう。
 ●太陽神ウトゥ 太陽は月から生まれたとされているメソポタミアでは、ウトゥはナンナの息子です。彼は正義の守護者として、法をも司っています。有名なハンムラビ王の法典には、ウトゥから法を授かるハンムラビの姿が彫られるほど、信仰されていたのです。
 ●金星の神イナンナ 日本ではイナンナというシュメール名より、「イシュタル」というアッカド名のほうが有名でしょう。女神として、世の女性の理想型として存在した彼女は、多くの神話に彩られています。そのひとつ「イナンナの冥界下り」と紹介します。
 ●地母神ニンフルサグ 土着信仰と結びつき、エンキの妻としての地位を与えられたニンフルサグは、子孫繁栄の象徴として、また近親相姦の抑止をも象徴する女神でした。それを物語る神話を紹介して、彼女の存在意義を考えてみましょう。
 ●銅の神ニヌルタ 青銅器の神としてよりも、多感で勇気に満ちあふれた少年戦士として登場することが多いニヌルタは、戦士の典型として親しまれました。また彼の神話は、銅という金属がどのように姿を変えていくかといった教育的な内容も含んでいたのです。
3. アッカド時代以降の神話 メソポタミアを支配した多くの王たちは、みずからを神になぞらえることによって権力を維持しようと画策するようになります。それは実際にどのように行われたのでしょうか。「四海の王」を自称したアッカド王ナラム・シンを例にとり説明します。またシュメール人が歴史の表舞台から姿を消したあと、彼らの生み出した宗教はどのような変遷をたどっていったのでしょうか。神の異名をまじえながら考えます。
4. アッシリア人とふたりの神
 ●国家神アッシュール アッシリアという民族と、アッシュールという都市を見守ってきたアッシュールは、マルドゥークにその地位を奪われるまでは、多くの民衆の信仰を集めていました。それがどうして、信仰を失い、忘れられていったのでしょうか。
 ●英雄神マルドゥーク 創世神話の主人公でもあるバビロンの神マルドゥークは、新たな最高神として瞬く間にメソポタミア全土に広がっていきます。バビロンの盛衰とともにあったマルドゥークの存在意義と、彼が後世にもたらした意味とは何なのでしょうか。
5. 叙事詩「エヌマ・エリシュ」 バビロニアの英雄神マルドゥークによる創世神話です。近年、解読が進むにつれてその全貌が明らかになってきました。学問的には、今が旬の分野です。またその内容も、戦士マルドゥークと、母であり闇の存在であるティアマトとのエキサイティングな戦いの模様で彩られています。ここではあらすじではありますが、バビロンの創世神話の一端を紹介しようと思っております。


1. 土着信仰から宗教へ

 世界各地に現在もある土着の民間信仰が、メソポタミア文明における宗教の始まりとみるのは、自然な帰結である。彼らもまた、自然界にあるもの、または人間によって創造されたものすべてに神の姿をみていたからである。
 都市にはそれぞれ、市神と呼ばれる存在がある。都市の守護神として、または象徴として信仰されてきたものだが、その多くは土着の神だったと思われる。彼らは王がじきじきに行う儀式によってその地位を保たれていたが、その他にも、この世にあるありとあらゆるものに神があり、王から農夫にいたるまで、人間生活にしみ通っていた。空にも、水にも、果てはレンガや火打ち石にも。シュメール人たちはそれぞれに個人的な守り神を持っていたとされる。
 メソポタミアで創造された神々は、各都市の支配者である王とともに統治にあたる格の高いものから、家にある道具の何々に宿る格の低いものまで、数え切れないほどあった。その中でも国家を守護する神は、普段は神殿の奥にいて、支配者であると同時に祭司の長でもある王を従えて、妻や家族とともに住んでいると考えられていた。
 神々はギリシア神話のそれと同様に、人間と変わらない肉体をもち、それどころか同じような欠陥すら備えている。人間よりも巨大で力強い超人である反面、親しみやすい普通の友人のような存在でもあったわけである。彼らは思慮深く、鋭い洞察力をもつが、だまされたりする。嫉妬に悩み、情欲に身を焦がし、飢えたり渇いたりする。酒を飲み、酔っぱらって大暴れしたりもする。そして彼らは病気になったりケガをしたり、あるときは死んでしまったりするのである。
 それに対して、「悪」と呼ばれる存在もあった。悪は抽象的な人間の行動としてではなく、悪魔や悪霊、または巨大なヘビといった高等生物の形で表されたりする。人間が行う悪は彼らのなせるわざだと信じられ、発掘された多くの教文書には、神がこれらの「悪」たる存在を正し、宇宙の秩序を回復する様子が賛歌や哀歌といった形式でつづられているのである。
 そうした思想が宗教へと発展するためには、創造神話と宇宙の真理を体現する神の存在が必要不可欠である。メソポタミアにおいて、その役割を担ったのは、天空の神として位置づけられた、もっとも古い神のひとりであるアン(アヌ)であった。天空の象徴であるアンがまず月を生み、そこから太陽が生まれたとシュメール人は考えていたのである。そして都市の広がりがすなわち宇宙であり、それぞれに宿る神々がそれを構成する要素となる。それらをまとめる最高神として、アンがいたのである。こうして、メソポタミアに宗教が生まれたのであった。おそらく、世界で最古に属する宗教であろう。

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2. シュメール人による神々

 すべてのものに宿る神々は、それぞれの格を数字で表していた。最高は60で、格が下がるごとに数が減っていくのである。この世に共通するものに関する神はそれだけ格が上で、各都市の神とは主従の関係をなしていたと思われる。

●天空の神アン
 ウルクの白色神殿で崇拝される、事実上の最高神である。数値は最高の「60」である。楔形文字では神のなかで唯一、星形の1文字だけで書くことができ、「明るい、神聖な、光る」といった言葉と同音語とされた。創造主、天地の支配者、または宇宙の秩序を代弁する存在として、疑う余地のないほどの優越性を付与されていたのである。
 アンはその優越性のゆえに、王家や高等な神殿では帰依を得たものの、あまり日常生活に縁がある存在とは見なされずに、逆に抽象的で流動的な姿しか与えられなかった。ただし彼より格下の神々の特性は、すべて彼のものでもあり、祖先に神を列する場合には、必ずその名を記すのが通例とされた。

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●大気の神エンリル
 ニップールの市神で、格は2番目に相当する「50」であった。名前の意味は「風の支配者」である。彼は世界の真ん中にある山(クル)の上にいる。その山は光る球におおわれ、「根源の水」に浮き、宇宙の風が吹きつけている。その風は大気の象徴であり、また秩序をも表すのである。
 エンリルは厳格な立法者、または冷厳な兵士として表現されることが多い。宇宙の均衡を守るためならば手段を選ばず、悪に染まった世界を破壊して再生させる力をも持っているとされる。メソポタミアの神話でたびたび登場する大洪水も、彼のなせるわざのひとつなのである。エンリルは普段、人間の思慮の及ばないほどの高いところに住んでいるとされ、ニップールにあるエンリルの神殿「エ・クル」は直訳すれば山の大きな家という意味になる。風は彼の意志を代弁する神聖なもので、王権にとって重要なものであった。「全土の王」と呼ばれることもある。

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●水の神エンキ
 エリドゥのアブズ神殿にまつられている神。格は3番目の「40」である。淡水からなる「深淵」と死の世界、または現実世界を直接治めている。彼は地下世界にある「深淵の大邸宅」に住んでいて、遠大な知力を有するとされている。
 エンキは現実世界を統治するという性格上、人間の意志である正義、知性、創造をつかさどっており、もっとも人間に近い。最高神であるアンやエンリルと、人間世界とをつなぐべく存在する保証人でもある。
 世界的文学『ギルガメシュ叙事詩』に、賢者ウトナピシュティムが方舟を造り、エンリルが起こす大洪水を生きのびるという話が出ているが、それを予言し、方舟を建造して難を逃れるよう提案したのはエンキであった。

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●月神ナンナ
 アブラハムの故郷として知られるウルと、ガエシュで崇拝されていた月の神である。もともとは知識の神として崇拝されていたが、メソポタミアで宗教が体系化すると月の神になった。ナンナとは、単に「空の神」という意味である。
 月は人間の天体観測に関する知識と無縁ではない。月は地球ともっとも身近なだけでなく、暦法や方角を教えてくれたりもする。シュメール人たちは月食を、悪魔がナンナの威光を一時的にかき消して、悪事を働こうとするからだと信じた。彼は宗教上の図解では、三日月として表現される。またの名を「シン」。王の名に多用される。

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●太陽神ウトゥ
 ラルサとシッパルの市神である。ナンナの息子で、太陽神であり、同時に暗闇、無知、恐怖と対極に置かれる存在である。太陽が月から生まれた、というアンの創世神話は、ナンナとウトゥの関係によっても裏付けられている。ナンナはその深く鋭い光で、すべての生物の運命を見通すとされているが、ウトゥの投げかける暖かく優しい光は、よき心をもつ人々に安らぎを与えてくれるのである。
 また光をつかさどり、闇を打ち破るという能力のゆえに、「正義の神」としての性格をも併せもっている。古バビロニア王ハンムラビがみずからの法を刻んだ「ハンムラビ法典碑文」の頭頂部には、ウトゥから正義の杖と法典を授かる王自身の姿が浮き彫りされている。セム系言語では「シャマシュ」と呼ばれた。

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●金星の神イナンナ
 セム語では「イシュタル」と呼ばれる女神である。意味は「朝の星」で、ギリシア神話のアフロディーテと同一視される。美の女神、出産の神、収穫の神、愛の神であると同時に、戦いの女神でもあった。彼女の神殿はウルクにある。イナンナ女神の像です
 イナンナは肥沃の女神として、植物の神ドゥムジと結婚することになった。ドゥムジは植物の神として、冬に枯れ春に復活するという特性から、死後の世界と密接な関わりをもっている。イナンナが彼のもとに嫁ぐということは、彼女自身も死後の世界に住まなくてはならないことを意味するのである。この挿話は「イナンナの冥界下り」として有名になっている。
 冥界に下りるということは、「死の姿」をとらなくてはならない。冥界を支配する神である彼女の姉エレシュキガルの力を借りて、イナンナは「死の姿」を与えられ、冥界に住む資格を得るのだった。しかしそれは、死ぬということでもあった。生き残ったのはイナンナの魂だけとなった。
 イナンナの小間使いの神ニンシュブルは、3日しても女主人が戻ってこないので、心配して捜し回っているうちに、彼女が冥界の住人になったことを知り救出に奔走する。水の神エンキの助力もあって、宇宙の法則に特例を設けてイナンナを生き返らせることができるようになったのだが、冥界の悪霊たちは、それと引き替えに夫ドゥムジの死を要求してきた。生きて冥界に住むドゥムジの特権をイナンナと交換するためだった。
 そこで今度は、ドゥムジの姉ゲシュティアンナが弟の助命のために奔走した。しかし結局はどちらかが死ななくては法則が破れるということで押し切られ、半年ずつドゥムジとゲシュティアンナが交替で冥界にとどまるということになった。これによって、両者が季節の変わり目に生き返り、それによって春夏の植物、秋冬の植物が入れ代わっていくのだと考えられるようになったのである。
 イナンナとドゥムジの結婚の形は、のちに神聖な結婚の原型となり、シュメール人の祭りにもなった。またドゥムジはフェニキア人によって「アドニス」という名で崇拝されるようになると、この挿話は「アドニス神話」となって、ギリシア神話の一端を成すようになったと考えられる。


写真説明:
  雪花石膏でつくられた女神イナンナの座像。
  「ボロス」という天蓋をかぶり、マントを羽織っている。当時の女性の服装を如実に伝える史料でもある。

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●地母神ニンフルサグ
 エンキの妻ニンフルサグは、母性の象徴、子孫の繁栄をつかさどる神である。おそらく、メソポタミアに古くからあった地母神の信仰が、宗教として系統づけられた神話の一部となったものであろう。名前の意味は「山の貴婦人」である。
 エンキとニンフルサグは、楽園として名高いディルムンに住んでいた。ふたりの最初の結婚で生まれた娘も、エンキは自分の妻とする。さらにその娘とも。それが何度も繰り返されたとき、危機感をもったニンフルサグは、近くエンキとの結婚が予定されている娘に、結婚する前に果物が欲しいとねだるように忠告した。
 その言葉通りに果物をねだる娘に、エンキは望み通りに果物を与えた。だが、娘が産んだのは植物だったのである。エンキはこれまでの慣例に従い、それをも自分のものにするべく、その植物を食べ続けるのだった。ニンフルサグは、ついにそんな夫に愛想を尽かしてしまった。エンキは妻の助力を失い、死の寸前まで追い込まれてしまうのである。それを救ったのは、賢者でもある「キツネ」の仲裁であった。エンキは救われ、もとのように神として君臨することができたが、もう以前のような奇行は繰り返さなかったという。
 これには、生命の秩序を守るよう神話にして子孫に伝えようとするシュメール人の願いが込められているといえよう。

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●銅の神ニヌルタ
 シュメール人の生活に欠かせない青銅器の神である。彼はまず、秩序と創造をつかさどる若き神として登場する。その神話の中で彼は、煮えたぎり姿を変える、生きた山「クル」と戦っている。山はつぎつぎとニヌルタめがけて石を投げつけるが、最初に投げられた「草のように緑色の」石を、ニヌルタは粉々に砕いてみせた。そうすることで石が持つ魔力を無効にすることができると知った彼は、配下の職人に命じて緑の石を赤色の物質に変えていき、ついに山を赤く、無力な姿にすることに成功するのだった。山はそれ以降、楽園へと変化したという。
 山が投げつける「緑色」の石は、しばしば見つかる酸化銅である。それを精錬することによって「赤色」の銅を得ることができる。この神話は銅の精錬を寓話にしたものなのである。ニヌルタは同じような性格をもっていたと考えられる、ラガシュの市神である戦いの神ニンギルスと同一視される。

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3. アッカド時代以降の神話

 セム系民族であるアッカド人がメソポタミアを制覇し、統治を開始するに及んで、シュメール人の伝統はしだいに同化・吸収されていった。かつて各個人にあったとされる細分化された宗教観は確実に体系化され、変化していった。多くの神が忘れ去られていったのも、この時期であろう。
 大きな変化は、王権に関する神の存在にまず現れる。
アッカド王ナラム・シンの戦勝記念碑 シュメール時代の王たちは、みずからを神に「認められた者」として公言し、また神の寵愛を維持するために儀式には自分から参加し、供物をささげたり神聖なレンガを積むといった作業は王みずからが行ったりしたものだった。
 それがアッカド時代になると変化し、王はすなわち神であると考えられるようになったのである。それを実際に行い、統治に利用したのは、「四海の王」を自称したナラム・シンであった。
 アッカド美術の傑作「ナラム・シン王の戦勝記念碑」では、王は神そのものとして刻まれている。彼は勝利した後、大地を埋めつくす敵軍および自軍の戦死体をうしろに残し、角のついた神のかぶとをかぶって山の頂上に登り、星に顔を向けているという図柄である。そこにはすでに神となったナラム・シン自身が星と対話し、真の支配者となったことが誇らしげに示されている。
 王みずからを神として崇拝するという手法は、復活したシュメール人王朝であるウル第三王朝にも引き継がれている。王シュルギは自分を月の神ナンナと同一化し、ナンナの名前のひとつとして自分の名を残すことに成功した。またシュ・シンは自分のために神殿を建立させている。
 アッカド人の宗教はどういったものだったのかは、よくはわかっていない。おそらく、シュメール人の宗教から多くを取り入れたものだったのだろう。ただし、神の名前はシュメール人のものとは異なっている。
 その性格と役割はあまりはっきりしないが、主神はイルといった。その周囲にはべる三位一体の天体、すなわち月・太陽・金星が神の象徴としてみられ、それぞれシン(月神)、シャマシュ(太陽神、おそらく女神)、そしてイシュタル(金星)という。彼らはシュメールのナンナ、ウトゥ、イナンナと同一視され、融合していったと考えられる。

写真説明:
  
「ナラム・シンの戦勝記念碑」(紀元前2230年)。
  エラム王がバビロニアと戦った折に、戦利品として持ち帰ったもの。エラムの首都スーサで発見された。

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4. アッシリア人とふたりの神

 山岳地帯で発展してきたアッシリア王国は、もともと独自の宗教をもっていた。時が満ちてメソポタミアの沃野に出てきた彼らは、先進的なシュメール・アッカドの宗教に触れ、その多くを自分たちの宗教として取り入れたのである。シュメール人による神話のテキストは大事に書き写され、公文書として扱われたし、また近隣諸国にも広まっていった。こうして、われわれは現代になっても、シュメール人の宗教に関して多くを知ることができるのである。
 それに変化が起こったのは、アッシリアがバビロニアを制覇し、バビロンに勢力を伸ばした時期だった。シュメール人の宗教は過去のものとなり、新しい宗教とアッシリアの伝統宗教が融合したものへと昇華していったのである。それは、ふたりの最高神を抜きにしては語ることはできないだろう。

●国家神アッシュール
 アッシリアのルーツである都市アッシュールの市神だった。その当時はシュメール人のものと同じく、都市を守護する神として、歴代国王の帰依を受け、神殿に祀られて崇拝されていたと考えられる。またさらに同じく、王家の始祖とされ、また王の名ともされていた。風の神だったといわれている。
 しかしアッシリアが国家としてどんどん大きくなっていくにつれて、もとは市神であったアッシュールの役割も変わっていかざるを得なかった。彼は新興国家アッシリアの象徴として最高神の位にまで上りつめるのである。ただ、もうその時点で、風の神としての特性はほとんど失われてしまっていた。
 アッシリアがバビロンを手中にし、もともとそこにあったマルドゥーク信仰が民衆に浸透していくと、アッシュールは国家神としての地位こそ守り通したものの、忘れ去られた存在へと転落していく。そしてアッシリアの凋落とともに失われてしまった。

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●英雄神マルドゥーク
 バビロンの市神だったマルドゥークは、古バビロニアの覇権とともに各地へと信仰を広げていった。彼もまた天地創造の神話をもつ最高神のひとりであるが、若き兵士の姿をした神は人間の問題を理解し、ともに悩み、考えてくれる存在として位置づけられていた。もともとは戦士の神、軍神である。
 王である彼は立派な王宮をもち、有能な大臣たち、後継者である婿のナブ、そして床屋やビール番、犬まで眷属とし、50もの名前で登場する人気者である。彼はシュメールの神が有していた役割をほとんどひとりで負うことになり、多神教であったメソポタミアの宗教を、しだいに一神教へと塗り替えていったのである。似かよった役割をもったシュメールの神エンキの像は、瞬く間にマルドゥークの像へと置き換えられていった。
 バビロンは数度の侵攻を受けて灰燼に帰し、マルドゥークの像も幾度か他民族によって略奪されたりしたが、その信仰は消えることなく、古バビロニアからアッシリア、新バビロニアへと覇権が移っても、ずっとバビロンの神であり続けることができた。宗教自体はバビロンの滅亡とともに消え去ったが、思想はその後に現れたゾロアスター教に受け継がれて、多くの王たちの帰依を集めたのである。

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5. 叙事詩「エヌマ・エリシュ」

 バビロニア人による、マルドゥークの創世神話である。内容はマルドゥークに対する賛辞に満ちており、約1000行にもおよぶ膨大な文書である。まだ全貌が明らかになっていない。日本ではまだ知名度が低いが、バビロニア文学の傑作として、欧米では近年脚光を浴びつつある。名前の由来は、最初の一節「天上にあるとき…」を表す言葉である。
 かつて宇宙が生まれる前は、この世は混沌とした液体で満たされており、天と地との区別すらもはっきりとしていなかった。東西南北といった方向すら特定できない。果てしなく続く「根源の海」が広がっているだけだった。ここに、醜悪な姿をした怪獣ティアマトが住んでいたのである。最初の女性であるとされている。
 ティアマトが産んだ子供たちの中に、神聖な光を宿す存在があった。それがマルドゥークである。彼は成長するにしたがい、混沌としたこの世を正し、秩序を作りあげるために、母であるティアマトに戦いを挑む決心をするのである。しかし、従う者はなかった。彼は独力で、強大な力を有する母に立ち向かっていった。
 そして困難な闘いのすえに、彼はついに勝利をおさめたのである。マルドゥークは神として認められ、天界での至上権を保証した「天命の書」を手にする。その力を得たマルドゥークは混沌の液体からティアマトの死骸を取り出し、海を宇宙に変えたのである。
 最初の人間は、ティアマトの血から生まれた。だが彼は人間たちの上に君臨することなく、それを守護する神々を作って彼らの自由にまかせた。そしてマルドゥークは最後の仕上げとして、月や星、太陽などの秩序ある動きを決め、天界にみずからの宮殿エ・シャラを建造した。地上にはエ・シャラにいたる門としてバビロンの神殿を作ったのである。

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