1999年6月10日版
空を飛ぶ原子炉
 
 
プロログ
 スペースシャトル『エンデバー』が国際宇宙ステーション建設の最初の仕事を終え、無事帰還して、この、とてつもなく巨大で困難な建設が現実のものとなった。十年ほど前まで、僅かとはいえこの仕事の一部に携わっていた当時は半信半疑だったが、こうなってみると感無量である。
 ところで前回(1999年2月21日版『宇宙のごみ』)は、人間の無知と思い上がりがばらまいた、取り返しのつかない宇宙ごみのことを紹介した。今回はこれに関連して、われわれの頭の上を飛び、ときには地上に落ちてくることもある原子炉のことを考えてみよう。
 世界中で日本人ほど、『原子力』とか『核』とか『放射能』とかいう言葉に神経をとがらせ、鋭敏に反応する国民はないだろう。それは外部から国内への核の持ち込み、例えば、先ごろ話題になった神戸方式による核搭載艦船の入港問題のような直接的な被害危惧だけでなく、他国での核実験のほか、国内における原子力発電利用や核燃料サイクルにまで広く及ぶ。
 ところが、われわれの頭の上を飛ぶ原子炉のことで日本人が騒いだり抗議行動を起こしたりしたという話を聞かない。これは、わが国のテレビはもちろん、新聞を含むマスメディアを見渡しても同様である。テポドンにしろ人工衛星にしろ、日本人は頭の上のハエは追わない、不思議な国民なのだろうか。
 
1.落ちてくる原子炉
 今から約10年前の1988年夏、ソ連(当時)の原子炉衛星が地球のどこかに落ちてくるというので騒ぎが起きたことがあったのを覚えておられるだろうか。このニュースを世界で一番早く流したのはフランスであった。同年8月2日発行の夕刊紙『フランス・ソワール』は、この衛星がフランス南西部のメッツからビアリッチの間に落下し、その際、大気圏での原子炉の燃焼・破壊によって放射能がフランス上空にばらまかれる可能性があると報じた。このときフランス政府はすでに、落下に伴う監視態勢強化のため関係閣僚委員会を設置するとともに、国立宇宙研究センター(CNES)が24時間の監視態勢に入っていた。
 問題の主は海洋監視衛星、いわゆる『偵察(スパイ)衛星』で、原子力潜水艦など米国を中心とする艦船の動向を監視することを目的とした『ROサット』と呼ばれる軍事衛星の一つ、『コスモス1900』である。動力源として出力10kWの小型原子炉『トパーズ』を搭載、50kgほどの濃縮ウランを積んでいたといわれる。この燃料はかなりしっかりと封印されているので、燃え尽きずに一部がそのまま地上に達する可能性があるといわれた。
 前回も話したように、地球のまわりの軌道に乗って飛んでいる人工飛翔物は、わずかに残る大気の抵抗(ドラッグ)の影響でいつかは必ず地球上に落ちてくる。原子炉衛星といえども勿論例外であり得ない。その前年、1987年12月12日に旧ソ連が打ち上げた、この『コスモス1900』は、当初、高度255kmと269kmの楕円軌道を一周89.8分、赤道に対する傾斜角65度で飛んでいたが翌1988年4月から降下し始め、半年の間に200km程度の高さまで下がってしまっていた。ソ連(当時)はそれまでに軌道の修正を続けていたようであるが、そのための燃料が尽きてしまえば、後は落ちてくるより仕方がない。高度が160kmに低下すると、大気の影響を強く受けて三日以内に墜落するという。
 ソ連衛星は落下の際、原子炉部分だけを自動的に分離して高度800km以上の軌道に移すシステムがあり、万一このシステムが故障した場合でも大気圏再突入の際に原子炉を分解することになっているといわれている。原子炉部分を高度800km以上の軌道に移すのは、この程度の高度では落下してくるまでに300年程度かかり、この間に燃料であるウラン235の放射能量が100億分の1に減衰するからである。
 しかし、この自動分離装置が実際には動作しないまま墜落して放射能を撒き散らすのではないかと騒がれたのは、1978年1月にも『コスモス954』が燃え切れずにカナダ北西部の雪原に墜落し、広い範囲に破片や放射能を撒き散らした『前科』があるためである。50kgの搭載ウランのうちの5gも、地上で発見された。また1982年12月から翌年2月に分散して、これは燃え尽きたものの、やはり原子炉が落下した『実績』もある。もし燃え尽きずに地上に落下すると広範囲に放射能を撒き散らすことになるが、そのときのレベルは自然環境レベルを超えることはなく、計算上は約400m以内の地域での被曝量は 0.5レム/年で、一般公衆の許容値以内であるという。とはいうものの、不気味なはなしではあるまいか。
 ところで、地上の騒ぎをよそに、結局この『コスモス1900』の自動分離装置は働き、1988年10月1日午前6時8分、予定どおり(?)地上約150kmの高さで原子炉部分は切り離されて高度720kmの安定軌道に打ち上げられ、同7時過ぎ、衛星本体はアフリカ東部モザンビーク上空で大気圏に再突入して燃え尽きた。しかしながら、燃料が切れていれば原子炉の自動分離も実際にどうなっていたことか、保証はされない。
 衛星の運行は、米国・カナダの北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)のほか、各国で追跡・監視されているが、落下の正確な時刻や地点は、再突入するときの入射角、速度と空気抵抗によって変わる。大気密度はいつも変化しているので落下24時間前にならないとわからないのだそうだ。だいたいソ連衛星は、その形や大きさすら、わかってはいないのである。落下が近づくと軌道の乱れによってチカチカと輝く(タンブリング現象)ので、それをみるしかないらしい。
 日本政府も9月27日、関係19省庁で構成する『コスモス1900関係省庁連絡会議』を開いたが、落下する時間も場所もわからないので、とりあえずの連絡網などを確認しあっただけで終わった。本当にこんなことでよかったのか、その後の議論も施策も聞こえてはこない。わが国の『危機意識』は、このころからこんなものだったのだ。
 
2.どんな原子炉か
 お馴染みの通信・放送衛星や気象衛星のほか、航行・測位衛星、地球観測衛星、科学・技術開発衛星など、人工衛星は、それぞれ目的は違うが、運用にはいずれもエネルギーを必要とするから何がしかの動力源を搭載している。これら動力源の詳しいことについてはまた、後日お話しすることにして、ここではプルトニウムやウランを燃料とするものについてだけ触れておこう。
 まず、放射性同位元素の崩壊熱でゼーベック効果による起電力を利用したラジオアイソトープ(RI)熱電発電素子(RTG)がある。この発電炉は、1961年のトランジット4A・B以来、ニンバス、アポロ、パイオニア10、11号、バイキングなど米国の多数の衛星に数Wから数百W級のものが搭載された。RIは小型で安定した出力が得られ、これと組み合わせた熱電気素子、熱電子素子による発電は可動部分がない。また、α崩壊を主とした壊変であるため放射線の遮蔽が容易であるが、α崩壊によって生成するヘリウムの放出が必要になる。また、出力減衰が大きく寿命は数年程度とみられ、使用期間は限定される。しかも、今のところ大容量素子の製作が困難で、効率も悪く10%に達しない。
 これに対してウラン235を燃料とした原子炉は大出力、軽量で、長時間使用する衛星に向く。したがって大出力を要求するレーダ用電源として、旧ソ連はもっぱら軍事衛星に搭載してきた。1964年のロマーシュカ(熱出力40kW、熱電気発電0.5kw)に始まり、1972年トパーズ(熱出力130〜150kW、セシウム蒸気熱電子発電5〜10kW)に使用され、また1978年からのコスモス・シリーズは、前述のように大気圏突入騒ぎで一躍有名になった。しかし有人衛星に用いる場合は放射線の遮蔽に問題があり、大重量となる。万一の落下を考慮すると、700km 以上の高度で使用されることが望ましい。
 
3.なぜ衛星に原子炉か
 コスモス1900は直径2mの円筒形で重さは5t、搭載した強力なレーダを作動させるために必要な大電力の電源として原子力エネルギーを利用している。旧ソ連のスパイ衛星がいずれも原子炉を搭載しているのは、このように強力なレーダを作動させる必要から、大電力を消費するためである。
 また原子炉発電は、太陽を利用するシステムのようにパドルやリフレクタなど大面積のパネルを張り出さないのでドラッグの影響を受けることがないため、本来、低軌道上での使用に適している。スパイ衛星は地上にある15cm程度の物体を識別する高い解像能力が求められることから高度250km前後の低軌道を飛ぶ。そのため空気の抵抗で直ぐに減速し、放置すれば90日程度で大気圏に再突入してくるほど寿命が短い。この『墜落』を防ぐためと、軌道を保つためにもエネルギーが余分に必要となるのである。
 将来、宇宙基地が本格的な作業を開始し活発な活動を継続するようになると、大きな電源が必要になるため、どうしても原子力に頼らざるを得ない。太陽電池は、やはり効率が10%以下と悪く、大きなパネルを広げなければならないので(右図は4枚の大きな太陽電池パネルを広げる火星探査衛星マリナー6号)、ますます早く落ちてしまうから、高い軌道で運用せざるを得ない。すると、宇宙基地と地上とを頻繁に往復するシャトルの運航費用や保守が高くなってしまう。これに対して原子炉の場合は太陽電池よりも軌道低下が少なくなるため、運用軌道を低く設定できる。前回紹介した国際宇宙ステーションの場合、軌道を30〜50km下げることでシャトル全運用期間で30ないし40億ドルを節約できるという。
 更に先の話として、月面での活動では原子力発電が必須である。日陰になる時間が極めて長いためである。
 
4.衛星用原子炉の問題
 衛星原子炉の問題点は、寿命が尽きて落下するときばかりではない。地上の原子力発電所とは異なり、原子炉を搭載した衛星は移動汚染源であり、問題はその打ち上げ以前の地上にある時点から存在する。以前、アメリカで軍事衛星目的のロケットを打ち上げようとしたとき、原子炉を搭載している可能性があるといって住民が座り込み、反対したことが報じられた。
 現在米国が使っている原子炉は軽水炉型であって、炉を起動するまでは放射能はほとんどないから、打ち上げまでのリスクは小さい。炉は地上の工場で衛星に組み込まれ、発射台まで輸送され、宇宙空間に打ち上げられる。炉は上空で軌道に乗ってから臨界に達し運転を開始するが、一旦運転に入ると、そのときの放射線強度はRIよりはるかに強い。また制御系の誤動作、炉心の水没などによる出力暴走(反応度事故)が生じる可能性が皆無とはいえない。このような事故の想定と評価、炉の密封性能、再突入時の回収、離隔、分散、廃棄方法などは重要な課題である。
 軌道に乗せた後で臨界に達する原子炉と異なり、プルトニウム238を使用するRIについては、打上げ前から放射能が存在するため、地上における製造や輸送問題が残り、更に打上げ失敗、再突入時の燃料の安全性など取扱いに難がある。
 だからといって米国がプルトニウムを使わないわけではない。猛烈な市民の反撃をよそに、惑星探査機など地球圏を離れる飛翔体にはプルトニウムが使われている。例えば1997年10月15日、ケープ・カナベラルから欧州宇宙機関(ESA)のプローブ(探測機)『ホイヘンス』を搭載してタイタン4Bで打ち上げた土星探査機『カッシーニ』(右図)には、20億人分の致死量に相当する30kg以上ものプルトニウムが搭載されているという。
 これらのことは、原子炉衛星を保有する国、一国だけの問題ではなく、重要な国際問題であり、公的空間の占有、利権、衛星を持たない国々の不利益や反発など、広域的な影響を生じる。この種の課題に対する社会の受容性は、利益と不利益の比で決まる。社会の反応を見極め、不利益者や受益のない国や人たちをどう評価し保護するか、そのような人々にもメリットについての理解を得、社会的なコンセンサスを獲得することが肝要である。
 
エピログ
 原子炉衛星墜落の『事件』は、意識的にか無知のためか、わが国では各方面とも原子力発電所建設反対運動ほどにも大きくは取り上げなかったようだ。日本人の関心や憎悪が地上の発電所や艦船の原子炉には集中しても、頭の上を飛ぶものには及ばないのか、あるいは見えない物への寛容なのだろうか。
 ともあれこんなイベントがあると、ああ、われわれの生活は二六時中頭の上から監視されていて逃れようがないのだな、と妙に無力感を覚えるのはわたしだけだろうか。
 天空に星の数は減ったが、これら人工的な流れ星の数は増えるばかりである。そしてその中には原子炉衛星の分も混じっていて、ときどきわれわれを驚かす。夢ばかり多い日本の乙女たちは、原子炉を積んだ人工衛星のカケラの流れ星に、一体何を願うのだろう。

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