2006年10月1日
 

誰でもできる
黒松の剪定
 
 
 
 
 
 
プロログ
 松のある風景は、日本人のこころを日本に回帰させる不思議な力を持っているように、わたしは思います。このことは、外国で松を見たときに、殊更強く感じます。外国で松を見ると、多くの日本人が、
「あら、この国にも松があるんだ」
 と感嘆します。その人のこころはこのとき、日本に回帰しているのだと、わたしには思えるのです。日本三景『松島』『天橋立』『宮島』の美しさも、松に依存するところが少なくないのではないでしょうか。
 ところであなた、そんな日本の『三大松原』って、知ってる。一番に出る答は多分、天女の羽衣で有名な駿河湾の『三保の松原』、そして敦賀の『気比の松原』と唐津の『虹ノ松原』ですが、日本三景と同じく、そこはいずれも広々とした白い砂浜を持つ海岸であることに気が付きます。つまり、日本の松の美しさは砂浜と対比した『白砂青松』の海岸美で、それほどに松は日本の風景であり、日本人のこころに定着した木なのでしょう。
 その砂浜も、20年ほど前から各地で痩せ細り始め、特に近年では松原自体の存続すら危ぶまれるようになってきたのは、残念、などというものではなく、大変なことになっています。『観光』などというのんびりした話ではなく、国土保全の大問題で、いずれも河川からの砂の供給量が激減したとともに、防波・護岸の不備によるものです。
 ところで、その松を自宅の庭に植えている家は少なくありません。しかしその手入れといえば、何となくむつかしそうで、植木職人にまかせているのではないでしょうか。ところが、これが以外と簡単なのです。もちろん、赤松を庭に植えている人は少ないと思いますが、黒松なら、春のみどりつみから初冬の葉刈りまで、ポイントを知れば素人で十分に整枝・剪定ができるのです。
 このページではこれまで、3回にわたって『自分でする庭木と果樹の剪定』シリーズを載せてきました。黒松の整枝・剪定はそのシリーズの延長にあるもので、これまでのシリーズで剪定のツボをマスターした人なら誰でも、簡単にできるものです。今年は、ひとつ、是非とも挑戦して正月を迎えてみようではありませんか。
 
植え付け場所
 代表的な松は、短い枝(『短枝』といい、後で説明します)に2葉をつける赤松と黒松ですが、3葉のダイオウショウ、5葉のヒメコマツやハイマツのほか、園芸品種も沢山あります。いずれも太陽を好む『陽樹』で、日当たりの悪い場所では枝が枯れ上がったりしますが、特に黒松は病害虫も比較的少なく、庭木にも適した植物です。
 黒松は樹勢が強く、海岸の砂地や岩だらけの高山にも見られるように、陽がよく当たり排水と通風のよい場所ならば、本来、痩せ地にもしっかりと根付く極めて丈夫な植物です。黒松は、施肥すると枝と枝との間が長くなって間延びした樹形となり、また葉が長く太く色濃くなって樹形が崩れやすくなるので注意しましょう。
 通風や日照不足になるとウメノキゴケなど地衣類が付着しやすくなるので、水はけの悪い場所なら高植えにするといいでしょう。ただし都市公害には弱く、また『松の材線虫』には特に注意し、健康状態にはいつも気をつけてやりましょう。
 自生地は鹿児島から北限である青森まで、主に海岸線の近くに分布し、数kmにもわたる防風林として独特な日本の風景を造り出しています。深根性なので風には強く、剪定にも耐えるので家庭の庭でもよく育ちますが、天然雑種が多いので、庭に植えて鑑賞する場合は、葉の色が濃く短めでよじれておらず、触るとピンとして少し痛いくらいの感覚のものを選びましょう。
 赤松は、乾燥には強いのですが湿地や石灰質土壌を嫌い、根が浅く潮風に弱いので海岸地方には向きません。峠の一本松が似合う木といえるでしょう。成長は早いのですが萌芽力も再萌芽力も弱く、一度落葉した古い枝からはほとんど萌芽しないので剪定で深い切り込みができないため樹形が崩れやすく、一定の樹容を保つのがむつかしい木です。また火や煙、排気ガスなどにも弱いなど、庭植えには向かないといえるでしょう。もちろん、庭植えで松茸が採れるような可能性は、まずありません。
 黒松の剪定は誰にでもできるとはいえ、他の木に比べると手入れの手間がかかり労力も多いので沢山植えるものではないでしょう。
 
松の病害虫
 松は一時、『松食い虫』による松枯れ現象で次々と立ち枯れしていきました。これは『松の材線虫』という、長さ1mmにも満たない、ネマトーダと呼ばれる細長い虫で、この仲間は土中にもいて、いろんな植物の根に寄生し養分を吸って枯らしてしまう虫です。話のついでですが、ネマトーダを駆除するにはマリーゴールドを植えるといいようです。
 この『松の材線虫』は明治の半ばごろ、北米から輸入した松材に潜んで渡来した外来種で、以来、これに免疫耐性のない日本の松が各所で度々大きな被害を受けました。特に1970年代から、東海や瀬戸内海、九州などで本格的な被害が広がり始め、秋田あたりまで日本の広い範囲で全山丸裸となるほどの被害が今なお続いています。
 この虫は、マダラカミキリによって媒介されることが判明しています。すでに材線虫に冒されて弱った松に産み付けられたマダラカミキリの卵が5〜6月に羽化して飛び出すとき、これに材線虫が取り付いて運ばれると考えられています。夏から秋にかけて、松の葉が急激に黄褐色になってしおれ、やがて樹全体に広がって、間もなく枯れてしまうのです。かつてはこの時期に大々的な殺虫剤の空中散布を行い、他の多くの昆虫などを死滅させ、別の自然破壊を起こして問題になったこともありました。
 これ以外には、松には大きな病害虫が発生することなく、丈夫な木といえるでしょう。
 
松の手入れ
 松の手入れの基本は、春の『みどり摘み』と初冬の『葉むしり(モミアゲ)』です。杉、イブキ、ヒバなど常緑針葉樹は新葉が固まった3月〜9月ごろが理想で、寒さに向かっての強い剪定は避ける方がいいのですが、松は冬が近付いても大丈夫なのです。
 松類は全て雌雄同株で、一枝に雄花と雌花が別々につきます。この時期、花粉症になる人がいるので気を付けましょう。黒松は新芽の基部に雄花が、先端には2〜3個の花芽が4月下旬に萌芽して5月上旬に開花し、翌年10月に完熟して鱗片を開き種子を飛散させた後、黄色くなってマツボックリとして残ります。この枝の先端には青く堅い今年のマツカサが付くので、黄色くなって開いた去年のマツボックリを付けている木は手入れをしていないことが直ぐにバレてしまいます。また、松の葉は2年半くらい枝に付いていて、やがて黄色くなって落葉するので、いつまでも黄色くなって垂れ下がっている古い葉は未練がましく汚いものです。
 松は手入れを怠るとすぐに樹形を崩してしまうので、一年に一度は手を入れてやらないといけない木なのです。
 余談ですが、松の葉は、晴れた日にはピンと立っていますが雨が降ると葉をぴったりと寄せ合って傾き、雨の滴が落ちやすい構造になっているようです。
 
みどり摘み
 松の葉は全部一か所から出ているように見えますが、葉の付け根は、実は『短枝』と呼ばれる短い枝になっています。黒松の葉は、この短枝の先端に1対2本付き、春に萌芽して秋までゆっくりと成長し、普通は2年間付いていて短枝から落葉し新葉と交替しますが、中には3年目に落ちるものや5年も着いているものもあるようです。
 4月下旬から5月、前年に伸びた枝先に萌芽した葉は初めは開かず、一つの枝先に数本ずつ棒状になって伸びてきます。これを『みどり』といい、長さや形、本数などに個体差があり、また一本の木でも枝によって違いがあります。木の上の方ほど、また勢力の強い木ほど強く伸びるので、これを見れば樹勢が分かります。上の写真で、『みどり』の先端に数個ある赤いコロコロしたのが雌花で、中ほどにケバ立って見えるのが雄花です。雌花は必ずしも全部の『みどり』に付くとは限らないようです。
 4月下旬ごろから伸び始めた『みどり』が5〜10cmほどになった5〜6月ごろ、葉が開く前にその先端1/3〜1/2ほどを指先で折り取ります。こうして、『みどり』は一枝に3〜5本も出るので、このときに『みどり』の数を早めに整理して将来の枝を想定するとともに、葉の量を減らすことで成長を抑制する作業が『みどり摘み』です。『みどり』は木の高いところにある枝ほど勢力が強いので、木の勢力や枝振りなどをよく見定め、将来の好ましい樹容を想定しながら摘む長さを加減します。すなわち、勢力が強くあまり伸ばしたくない枝の『みどり』は短く、弱い枝や伸ばしたい方向にある『みどり』は長く残すか摘まないまま残すようにします。また、木の形がすでに完成していて、その樹容を変えず一定に保ちたいときは『みどり』の長さを平均に揃えるなどを考えながら摘みましょう。
 『みどり』が数本出る、ということは、放っておけば将来、必ず『車枝』になるということです。家庭の庭木は、お正月の門松を生産するために植えてあるわけではないので、残す数は3本までが原則だということが理解できるでしょう。
 この作業の結果は翌年の春までに出るので、ご自分の松はどの程度摘めばどのように枝が伸びるか、経験を積むことによって、より良い摘み方を覚えられることでしょう。
 この『みどり』のうち、生長の旺盛な枝では、ある程度伸びたところで早めに元から全部摘んでしまうと、やがて新しい『二番みどり』が伸び出すので、これを育てると、こぢんまりと締まった樹形を作ることができます。また、摘む時期を遅くすると再萌芽しないので、枝の強弱に応じて成長を抑制することができます。
 なお、この『みどり摘み』は必ずしなければならない作業ではなく、特に、萌芽力の強い黒松では行わないことが多いようです。ただし、『みどり摘み』を行わない年は、必ず秋から冬の『葉むしり』を欠かすことはできません。
 ちなみにわたしは春の『みどり摘み』をせず、12月の『葉むしり』と剪定を丁寧にし、正月を迎えることにしています。要は、松に限らず、手を入れてやればそれだけ、植木はそれに応える、ということです。
 
葉むしりと揉み上げ
 10〜12月ごろ、『みどり摘み』後に発生した夏芽や枯れ葉、枯れ枝を整理し、このとき一緒に、伸びすぎた枝や混みすぎた枝、不要な小枝をハサミを入れて間引き、必要ならば『添え木』を当てたり紐で『誘引』したりの『枝直し』もして全体の形を整えた後、各枝に付いた多すぎる葉をむしり取ります。この作業を『葉むしり』といい、一旦庭に松を植えてしまった以上、毎年、絶対に欠かせない行事になります。これを放置すれば次第に枝が混み合い、樹冠の上の方ばかりが茂って日陰を作り、小枝や下の方の大切な枝が枯れ、2〜3年後には無惨な姿になっているでしょう。
 『葉むしり』は先ず、取り除きたい葉を選んで両方の掌で握り、数本ずつ下にしごくようにしてむしり取ります。一本の枝では、下の方に付いている葉は2〜3年もすれば必ず落ちるものなので、これを予め手でむしり取ってしまうのです。残す葉の目安は枝一本当たり15〜20葉(30〜40本)、見た目では右の図の感じで、あまり取りすぎると木を弱らせてしまいますし、多く残せば鬱陶しくて折角の『葉むしり』の効果が出ません。生長の盛んな先端部ほど残す葉を少な目にし、中程は10〜15葉前後、根本に近いところは15〜20葉を目安にするといいでしょう。翌年、沢山の枯れ葉が出るようであれば残しすぎたということです。
 古い葉をむしり取るときに、手入れをしなかったために長く伸びてしまった枝などでは、右の図Aのように枝の中間に少し葉を残しておくと、翌年その短枝から『みどり』を出して小枝を作ることができます。また、枝が長すぎると思えばAの先端でB部を切り離せば枝を短く切り戻すことができます。黒松は萌芽力も再萌芽力も強く、8〜9月ごろ短枝を出しやすいので、冬の剪定では、葉のあるところなら、そこまで小枝を切り戻しても春には『みどり』を出すことができるのです。枝を出したいところAまで切り戻し、そこは何枚かの葉を残す、これが黒松整枝・剪定のコツです。
 この『葉むしり』は根気と時間を要する作業で、手を尖った葉先に突つかれたりヤニで指先が真っ黒になったり、相当な覚悟で始めなければなりません。薄いゴムの手袋をしてもいいかもしれませんが、『葉むしり』は感覚に頼る作業でもあるので、わたしは素手でやります。1.5〜2m位の木で、丁寧にやって1本1日とみておけばいいでしょう。それでも終わったときの喜びと達成感は、何にも増して大きいものです。
 ここで注意したいことは、松の葉を決して刈り込まないことです。針葉樹でも、イチイやマキなどは刈り込むこともされ、その場合、葉の中央を切り取られる場合が多いわけですが、松では、そうした切り方をすると切断部が茶色く枯れ、見苦しくなるので避けたいものです。面倒でも、必ずあなたの『手』で丁寧にむしり取ってやりましょう。蒸散能力の活発な新葉を夏直前に切ると、直射日光に対応できず日焼けを起こすことがあります。暑さに向かって葉を傷めたり強い枝すかしをすることは避けたいものです。
 『揉み上げ』は、春から夏の成長期に新葉が開いてくるとき、葉の柔らかいうちに下から揉み上げて葉数を減らす作業ですが、黒松で行うことは、ほとんどありません。ある程度形の整ってきた樹であれば、春の『みどり摘み』と初冬の『葉むしり』、この年に2回の作業だけで十分でしょう。
 
手入れの目的
 松に限らず、庭木の手入れは、単に枝葉を切り、葉の量を減らすことではありません。将来の枝の配列や完成したときの樹形を予測し、幹や枝の方向を見定めながら、樹種固有の特徴的な姿を作ることが第一の目的です。また剪定をしようとする木には、その木の植えられた役目があります。特に、松の場合は庭の中心の景観、すなわち主木として植えられることが多いわけですから、他の庭木や庭石や灯篭などと調和し、庭の景色に奥行きを出したいとか、渓谷の感じや広々とした野の感じを出したい、とか、庭全体の修まりを考えること、すなわちガーデニング(gardening)を行うことが第二の目的です。そして更に、いずれ切り落とすことになる枝の成長を抑制したり適切な枝抜きによって、今の理想とする樹形や庭の姿をできるだけ維持することが第三の目的となるでしょう。また、庭全体の日照や陰影、下草類の環境を考慮すると同時に、そこに住み庭を眺める人が心の安らぎを覚えるようにすることも大切です。
 手入れの、もう一つの重要な目的は、枝葉の全体的バランスを取ることによって樹が自然に成長し、将来にわたって健康を維持できる手助けをすることです。すなわち、樹幹内部への日照不足を防ぎ、通風を良くし、病害虫の発生を防いだり、強風による倒木や枝折れを未然に防ぐことです。
 これらの目的のために、それぞれの樹種の自然樹形の特徴と美しさを学び、できるだけそれに近づける努力をすることが剪定の基本です。そして更に、庭の中で、単に松だけを単独の形で美しく仕立てるということではなく、この庭はどういう姿が美しいかを考え、将来どういう姿にしたいかという目標を定めることです。また、強剪定をしたために樹が極端に衰弱したときは、その後の剪定せずに養生して樹勢の回復を待ち、それから10年かけても作り直そう、といった心意気も大切でしょう。それがなされなければ、ただ無駄に枝を切り捨て、無益に樹木をいたぶり、家庭ゴミを増やしているだけのことになります。これまで3回の『剪定シリーズ』で、庭木の手入れは自分でしようと呼びかけたのはこういうことで、松もまた、例外ではありません。そして、これこそが真のガーデニングでありガーデニングの醍醐味でもあります。だから、こんな大切な作業を、何も知らない他人に任せては、必ず後悔するときが来るでしょう。
 
整姿・剪定作業
 さて、松の全体の整姿・剪定の実作業は、基本的には『自分でする庭木と果樹の剪定(その2)』を見てください。この中で、黒松に相応しい樹形、つまり一本の樹木のかたちを考えると、
  @直幹
  A斜幹
  B模様木(曲幹)
  C双幹
  D懸崖
などで、松の場合は、余りくねくねしたものやごちゃごちゃした形は避けた方がいいでしょう。その意味で、幡幹、株立ち、根連なり、筏吹きなどはいかがかと思います。原則は、どっしりとした威厳と品位のある感じで、全体が三角形になることです。華道(生け花)で最初に学ぶ『天・地・人』のかたちは、基本的に黒松にも通用します。このかたちは、どの枝も葉も重ならず、樹冠にまんべんなく太陽が射し込み、風通しも良く、健康な木を育てる基本といえるでしょう。このことは、特に陽射しを好む松類の場合に大切なことです。一本の木についても、上の枝が茂りすぎると日陰になった下の枝は『みどり』を出す力がなく枯れ上がってしまうので、各枝が重なり合うことなく全体に満遍なく陽が当たるように考えましょう。
 松は、『庭木』というよりも『家』の主木として門の横に植えられることが多く、その場合は門構えの上に長い枝を伸ばす、いわゆる『見越しの松』(トップの写真=通り掛かりにたまたま見付けた良木で、この家のご主人に無断で撮影し掲載しました。お許し下さい)という形に育てられることが少なくありません。この手法は、ほかに、マキやツゲにも用いられます。
 いわゆる盆栽は、自然の樹木や風景を手本にし、いろいろなかたちを作りました。整枝・剪定はもちろん、あくまで素材の特性を生かしてするものですから、定形にこだわるのは邪道といえるでしょうが、それでも、もののかたちの原則を知っていることは、作業を能率的にし、植物の生理にも適合するものだといえます。
 松の枝は、若いうちは柔らかいので曲げたり引っ張ったり添え木をしたりして形を作る作業が比較的楽ですが、樹液が動いている春から夏にかけて無理に強い誘引をすると樹皮が剥けたり傷付けたりするので、秋10月から春3月にかけてするといいでしょう。このことは、盆栽を初め植木一般に通用することです。
 松の枝は、自然に放置しておくと3〜5本の車枝が段状に重なって成長するので、見てくれも樹冠内への日当たりも悪くなります。各段の枝は重ならないように毎年一本に間引き、樹形に変化と趣がある枝振りになるように枝に強弱・高低・長短の抑揚を付け、全体が美しく見えるように整えます。
 春に『みどり摘み』を省略すると車枝になりやすく、また必ず、今年伸びた枝の下部に前年のマツカサが付いているので、これは取ります。黒松の場合、幾つか残しておいても風情がある、という人もいますが、高い木ならともかく、小さな木では主人の無精だけが目立つようで、全部取った方がいいと、わたしは思います。
 
エピログ
 松の剪定と葉むしりなどの作業は時間と手間と根気が必要な上、手を汚し指先を傷めたりして、他の庭木に比べ、あまり快適なものではありません。しかしこれを毎年自分ですることで枝振りや将来仕立てたい樹形のイメージを作り、健康状態を観察したりして木の性質を熟知していることで、よりよい姿にしてやることができるのです。松は普通、玄関前や主庭の真木として植えられる主木であり、目立たない隅っこに置き去りにされるような存在のものではありません。その存在感を家とともに構築する作業こそがガーデニングであり、これは他人任せにできないことではありませんか。
 松に限らず、庭木は家と一緒にあるものです。家と一体感のない庭木は、一本ずつの木がそれぞれ、どんなに美しく整枝されていても、美しい家の景観を醸成することはできません。正月に近く、植木屋の手で無造作に切り整えられた庭が妙に白々しく、落ち着きなく、寒々と感じられるのは、わたしだけでしょうか。あなたはそれを、美しいと思うのでしょうか。わたしがこの『自分でする』シリーズで常々主張している哲学は、こういうことなのです。トップの写真のお宅の『見越しの松』が、この家にどれだけの風格を与えているか、理解していただけると思います。
 樹木は生命力が強く、基本さえ外さなければ少しばかり切り損なっても必ず回復します。怖がらないでトライしてみましょう。

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