客席がスカなのはまだ始まる前だからです。 
AXISかつらぎホール
緞帳はやっぱり富士山をあしらったもの。


むらかみは結局、時間の都合ですべての舞台を観ることができませんでした。最後の1本の上演中に退場してきた次第です。できれば、全部観て、最後の講評にもちょっと興味があったのですが、残念です。 
 お客様は、私が危惧した通りに少なかったです。特に、土曜日の夜なんて、ほんと数えるほどでした。もともとそんなに人の多いところでない上、通りからだいぶ引っ込んだところに劇場入口(+立て看板)があるってのもなんか寂しい。千人から席のあるホールなので、満杯にするのは大変だろうけど、少しでも多くの方に来ていただいて、そして満員の客席を前にって状態で演らせてあげたいと、ほんっとにそう思った(あとで、出演者の子に聞いた話だと、今年はいつも使ってる小屋が駄目でここになったとのこと。たまたま今年ちょっと少なかっただけならいいんですが)。中途半端にお金を頂くシステムってゆーのもどうなのかなぁ。タダならたくさん入るってわけでもないから。とにかく、大勢の方を呼ぼうっていう努力を是非して下さい(学校演劇ってどこ行っても割とその辺無頓着な傾向にあるんですが)。
 
 ロビーには、掲示板つーか伝言コーナーつーかそーゆーのがあって、各校1枚白い模造紙がはってある。そこに見た人が好きなことを書いていいようになってるのが、何か今日的なノリでいいなぁと(写真ないのが残念。あればこんな説明要らないのにね)思った。幕間の時間つぶしにもなるし、見たい人勝手に見られるし。
 
 芝居と芝居の間は、約20分間あるのですが、舞台を終えたばかりの子が幕前に出てご挨拶したりするコーナー(プログラムの用語に従うと「幕間討論」)があって、言いたいことがある人は手を挙げて発言することができます。ここの進行(幕間討論って呼称からして堅すぎると俺は思う)生徒さんなんですが、芝居中に比べると流石にちょっと垢抜けなくって、手が上がらないと困っちゃったりしてました。趣旨そのものはいいと思うんで、ほいほい思ったこと喋れる雰囲気が作れるといいっス(俺は黙って見てよかと思ってたけど、やっぱり最後に喋っちゃいました)。
 も1つ、すっげぇ不思議だったのは、講師の先生お二方見えてるのですが、緞帳降りた瞬間にさっと出ていってしまうんです(そして、ほぼ2ベルと共に戻ってきます)。その間どこで何をしているのかはわかりませんが、せっかく演技を終えたばかりの役者さん壇上にいるのですから、話を聞いてあげて、場が盛り上がらなかったら自ら何か一言言ってあげるくらいしても全然いいんじゃないかってゆーか、そのためにいるんじゃないのとか思ってしまいました。最後の講評あるからそこで話せば良いと思っているのでしょうか。ちょっと私には理解できませんでした。この辺、主催者さんなり、講師さんなりどうお考えなのでしょうか。機会があれば聞いてみたいと思ったところであります。
 
 肝心のお芝居の方なんですが、みなさんお上手でしたよ(芝居好きの中高生にありがちな演技過剰ってゆーか芝居持ちすぎの気が全然ないわけではないんですが)。上演時間1時間で「頼む!早く終わってくれ〜!」ってのがなくって、中学生だと、やっぱり指導者の技量に左右される部分でかいんでしょうか、もの凄くバラつき激しいんですが、8校割と安定してたかなと。
 
 ただちょっと、似たような系統のおはなしが多くって(高校生そのまんまもの。それに何故か超自然的な存在とかがちょっと出て来ちゃったりして。出てこないのもありましたし、高校卒業後3年目くらいってのもあった。これは流行なんですかねぇ)、結果としては、三島南高校の『ペットボトルから愛をこめて』が最優秀賞を受賞したらしいんですが、他と比べてかなり毛色が違うってのも1つアピールするところだったのかなとちょと思いました。
 ただ、生徒さんの創作戯曲(演劇部作ってゆーのも含めて)、確かに推敲の余地はあれども、思いっきり外してるようなのはなくって、それなりにまとまってはいるので良かったと思う。下手な中学校の先生とかが書いた本よかよっぽどいいです。中学演劇、なかなか面白い作品がなくって、高校生がやった話を少し縮めてやるのが増えたなーみたいなことを前にどっかで書いたのですが、そうしたくなる気持ち、ちょっとわかった気がして。
 
そんなこんなで、旅費や宿代は別にして、こぉんな低価格で、何本も芝居観られるのであれば、これはとってもおトクと言えるのではないかと思った。子供の芝居一日に何本も観ると疲れるもんだとばかり思ってた私としては、結構新鮮ないい経験をしました。