リークと誤訳に揺れた外務省ニュース 

前澤 猛

 

二十一世紀初頭の一年は明るいニュースに乏しかった。皇太子ご夫妻の第一子、愛子さま誕生の朗報が救いだった。しかし、テロと戦争、不況、スキャンダ‐ルといった暗い影が絶えなかつた。メディアには正確、公正な報道が期待されたが、残念ながらリーク‐と誤報と情報操作がつきまとい、国民の不信感をぬぐえなかつた。外務省周辺のニュースを中心に報道の信頼性を追つてみた。

 

「ショー・ザ・フラツグ」

疑問符のついた報道の中で、最も鮮明に読者の記憶に焼き付けられたものは「ショー・ザ・フラッグ」ではないだろうか。それは、早なる誤訳というより、情報リークにメディアが乗せられ、自衛隊の海外派遣や集団自衛権認知という日本の政治・外交政策上の歴史的転換に一役員つた。

メディアには、アジエンダ・セツテイング(議題設定)機能がある。それは、情報の送り手が情報の取捨選択、誇張や軽視、あるいはニュースにもぐり込ませた主張などによつて、受け手側の思考や行動に影響を与え、社会をー定の方向に誘導することをいう。「ショー・ザ・フラツグ」事件に、その典型を見るようだ。

この言葉がメディアに登場したのは、テロ報復行動の米軍を支援すべきかどうかで世論が分かれていた九月十八日。絶妙のタイミングだつた。

この日の毎日新聞夕刊は一面トップで「(米国務省のアーミテージ副長官が)十五日、『ショーザ・フラップ(日本の旗を見せてほしい)』と柳井氏に伝え、日本政府に米軍支援の検討を打診した。…海上自衛隊によるインド洋上の軍事拠点への物資・燃料輸送などの支援を想定したものとみられる」と報じている。

読売新聞の同日夕刊には、「ショー・ザ・フラッグ」という言葉こそ見られないが、 一面トップに次のような同趣旨の記事が載つている。

「米国務副長官は十五日、湾岸戦争時の日本の貢献策が米国内で『極めて不十分」と厳しく批判されたことを踏まえ、「日本政府が(後方支援を可能とする)法的措置をとる意思を早く表明する必要がある。今回は日の丸の旗を立ててほしい』として、自衛隊派遣を求める見解を在米日本大橋館に伝えた」

 

ニュースソースは外務省

それらの報道では、副長官が「自衛隊を海外に派遣してほしい」と日本に迫つたと受け取れる。

憲法に抵触する国策転換を促すような重大なニースだった。しかしこのニュースの信頼性を保障するニュースソースが、毎日では「日米関係筋によると」であり、読売は一切触れていない。

 情報源のなぞ解きは、同日配信の共同通信ニュースによって与えられた。

「▽同盟のあかし「ショー・ザ・フラツグ(日の丸を見せてくれ)』−アーミテージ国務副長官は十五日、国務省を訪れた柳井俊二駐米大使にこう切り出した…会談はわずか十五分だつたが、 『ユニオンジャック(英国旗)」と同じように日章旗を掲げた協力で『同盟のあかし』を求める米側 の真意は十分伝わつたはずだ」

「『…前政権のように声高に ″あれもやれ、これもやれ″というやり方とは全く違う』―。外務省幹部は今回の打診の背景をこう解説する。別の幹部は「知日家のアーミテージ氏は”同盟国の日本がこれだけの支援をしてくれているんだ“と世界に伝えたいとの思いがある』とまで言い切る」

情報源は外務省幹部にほかならず、意図的な、あるいは政策的なリークを示唆している。

朝日の報道は遅れたが、九月二十七日の朝刊では「『国旗見せて』発言に政治家なぴく」という見出しで、次のように書いた。

「『アーミラージ氏がそこまで言うのならば…:』。外務省の局長から説明を受けた政治家たちは次々に『派遣賛成派』に転じていった」

まさに「一犬虚に吠ゆれば、万犬実を伝う」の類だ。

 

―転、「誤訳」に…

ところが、三週間後の十月五日、毎日新聞朝刊はさらりと「誤訳説]を流した。

「参加国の首脳が次々と米国支持を打ち出すのを知って、外務省は強い恐怖感にとらわれた…ワシントンでも動きがあつた。十五日、柳井俊二駐米大使はふらりと米国務省を訪ね、知日派のアーミテージ副長官に面会した…副長官はこの際に『ショー・ザ・フラッグ』とも述べたとされている。旗幟(きし)を鮮明にするという慣用句だが、日本では「日の丸を見せてほしい』と誤訳されて伝わった。新法の実体は「対米協力』法案だった」

翌十月六日、各紙朝刊は、べ-カー駐日大使の発言を借り、そろって「誤訳説」を伝えた。

「『古い英語の使い方で、立場を明確にせよという意味だ』。米国のべーカー駐日大使は五日午後、東京・内幸町の日本記者クラブで内外記者団と会見し、米中枢同時テロをめぐり、アーミテージ国務副長官が柳井俊二駐米大使に語つた『シヨー・ザ・フラッグ」という言葉の意味について、こう説明した」(東京新聞)

「べーカー駐日米大使は…:これは英語の古い言い回しで、『姿を見せて』とか『旗幟(きし)を鮮明にせよ』という意味。具体的に自衛隊の派遣まで求めたとは思えない、と述べた」(読売)

さらに夕刊では、副長官自身の説明として「それは日本がテロ根絶のキャンペーンにしつかり関与してもらいたいという意味だ。内容について日本にいちいち注文はしない」(読売)と変わる。「うっかりミス」として口をぬぐってよい誤訳だろうか。

東京新聞は同六日の朝刊で「政府はアーミテージ氏の発言を『日の丸を見せよ』と、米政府が自衛隊の艦艇派遣を期待していると解釈。これが自衛隊艦艇のインド洋派遣決定の原動力となつた」と判定している。

英語の達人は、記者が取材源に頼りきらず、辞書を見たら誤訳しないで済んだ、と指摘する。

確かに、辞書には「Show the flag=国、政党、団体などに対する支持や連帯をジェスチャーで表すこと。とくに国外や外部の人々の中で」(Oxford Dictionary of Idioms)と説明されている。

立教大学教授・鳥飼玖美子氏は、「外圧として利用されたという可能性の有無はさておくとしても、憲法解釈との整合性が疑われるような立法へと短期間で進む契機となった『誤訳』かもしれないのである。誤訳を吟味することなく『旗を見せてほしい』を使い続けた新聞に責任はないのだろうか?(十月十六日毎日朝刊)と述べている。

二〇〇一年の「日本新語・流行語大賞」(自由国民社主催。十二月四日各紙朝刊)のトップ10にショー・ザ・フラッグ」が含まれた。しかし、「日の丸」と「旗幟」と、どちらをとつたのだろうか。あるいは「誤訳」が選定理由なのだろうか。当のメディアはそれについて「口を閉ざして語らず」だ。

 

米紙で一笑に付された「機密」

九月二十二日、各紙は一斉に「田中真紀子外相が同時多発テロ(九月十一日)の直後に、アメリカ政府の最高機密を漏らした」と書き出す。

「米同時多発テロ事件の発生直後の(九月十二日未明、田中外相が記者団に『国務省は撤収した」と述べ、米国内の緊急避難先を具体的な地名を挙げて説明したことが、日米関係筋や政府・与党で『日本の外相が米国務省職員の命を危険にさらしていいのか」と問題視されている。二十一日、政府筋が明らかにした」(読売)

これもニュースの価値判断と情報の出所に疑問が残る。情報源については、共同(九月二十一日)が、次のように「外務省」を示唆している。

「外務省内では二十一日までに、『重要情報は容易は外相に上げられない」と幹部が言う異常な事態となっていることが分かつた」「発端は、同時テロが発生した直後の十一日未明の外相発言。記者団に米国務省職員の避難先を具体的に明らかにし、『テレビで見てあぜんとし、冷や汗がタラタラだった」と外務省幹部を慌てさせた」

「機密漏えい説」はその後、外相不適任のエピソードとして生き続ける。「日本外交‐機能回復には外相更迭しかない」と歯切れよい見出しをつけた読売の十一月一日の社説は「田中外相には問題が絶えない。同時テロ後も例えば、高度の機密である米国務省の避難先を漏らした」と引用する。

「そろそろ限界です」と皮肉つた朝日の十一月二日の社説も、依然として「田中氏の型破りな言動は、とどまるところを知らない…同時多発テロ発生直後に、米国務省の移転先を公にした」と批判している。

しかし、アメリカのメディアの評価は違う。十一月一日付のニューヨーク・タイムズ紙は「外相の不運―誠意ない公僕たち」という見出しの記事で、こう書いている。

「外務官僚は大量のリークで外相の政治的な死を画策した…日本のプレスは、彼女が米国務省の安全対策を公に話したと批判したが、それはささいな失言(a minor slip)で、当地米外交官が迷惑を受けたとは思えない』と一笑に付している。

この記事は、読売(十一月三日朝刊)と毎日(十一月二日夕刊)が紹介しているが、肝心の「ささぃな失言」部分はカットされた。タイムズ紙の契約紙、朝日は記事そのものを見送つた。

 

″悪しき外務官僚″のリーク

外務省と田中外相にかかわる報道には、就任当初から意図的なリークがうかがわれた。ここでは、田中氏の外相適格性は論じない。メディアが情報操作されてはいないか、ニユース報道の公正さや正確さが曲げられてはいないかが問題なのだ。

同省の機密費流用事件で詐欺罪に問われた元要人外国訪問支援室長・松尾克俊被告への論告(十一月二十九日、東京地裁)によると、被告がだまし取った機密費の総額は、起訴分の五億六百万円を含めて計九億七千万円に上る。しかし、使途の全容についでは、被告は沈黙を守つている。

田中外相は翌三十日、同省の裏金づくりに関す

る内部調査と職員の処分をめぐる最終報告書発表した。業者への水増し請求などで省内がプールした裏金の総額は、一九九五年四月から昨年七月までで総額二億二百三十八万円に上り、うち約一億六千万円が公務の-部や職員の懇親費用などに使われた。処分された職員は懲戒免職二人を含め三百二十八人だつた。

田中外相が外務省改革に執念を燃やすとともに省内からのリークは激しく、新聞の目も冷たい。

「田中外相は、就任当初から、外務省改革に意欲を見せてきた。『悪しき外務官僚″と対決する外相』の構図が、人気の要因である」と書く一方で、「-連の不祥事に区切りをつけたのを機に、田中外相は自ら身を引き、後任の外相に後事を託してはどうか」と容赦がない(十二月-日読売社説)

田中バッシングが急になつたのは半年前にさかのぽる。昨年六月一日の産経朝刊が「(外相は)五月二十五日にイタリアのティーニ外相に対し、ブッシュ米政権が意欲を示す米国土ミサイル防衛(NMD)構想に疑念を示すとともに、日本と欧州が協力して米国に自重を求めるよう提案していたことが三十一日、分かつた」と特報した。

次ぃで、ダウナー豪外相との会談(二十八日)内容が、出所不明で各紙に載つた。

 「田中外相は、米のミサイル構想について「『個人的に疑問に思っている』と明言した上で『ブッシュ大統領は父親のアドバイザーや保守的な人々に周りを囲まれており、地元テキサスの石油業界関係者など支持母体の影響もあるのではないか』と述べた」(毎日六月二日)]豪外相が、その会談の情報を米国に伝えると、橋本元首相に述べた」(各紙)

田中外相は、参院行政監視委員会(六月四日)で、「『漏れるんだったら何で正確に漏れないのか極めて不思議だ』と述べた」(六月五日読売)

その後各紙は、「ダウナー外相は六月四日に、在日豪大使館を通じて「言われていることは全くの作り話』という声明を公表した」「外務省は五日、イタリアのディーニ外相から田中外相に対し、両外相のやりとりに関する報道についでて、『会話を反映しておらず、従つて独断的である』とする書簡が届いたと発表した」などと伝えている。

 

「ねつ造」といわれて…

「作り話」は、声明ではFabrication(ねつ造)と表現されている。ジャーナリストにとつて「ねつ造」は最大級の屈辱だ。しかし、日本のメディアからは、一つの反論も出なかつた。

また、伊外相は会話の中で「ブツシユ大統領自身は外交政策はない。知的な資質には疑問がある」と言ったと報じられた(六月六日朝日朝刊)。事実とすれば、この方がよほど問題だろう。

            (初出「新聞通信調査会報」第470−2002年1月号)