月刊さっぽろ(平成6年11月)
「シネマの周辺」


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 積丹方面の婦美という地にアイヌ語名チニカ山荘(夢の家)がある。
 巨人・長嶋茂雄監督が17年振りに胴上げされた翌日私は家族とともに奇しくも17年目のチニカ山荘を訪れた。

 以前は国道沿いよりロープウエイで登った。今回そのロープウエイは雨風にさらされ赤銅色のサビついた無用の長物になっていた。

 あたかも大自然におけるオブジェを思わせ、チニカ山荘の所在を知らせる道標であった。

 砂利と窪みのある自動車が行き交うことのできない一本道を二キロほど揺れに身をまかせて登るとなつかしいチニカ山荘が現われた。

 坂道の途中、あと九百メートル、あと五百メートルと書かれた道案内の地が車が交差出来るスペースであった。

 今はすっかり髪の毛が白くなったおばちゃんが一人で切り盛りしているらしく無理をしない程度に客を迎え季節の料理(ウニ丼やイクラ丼)を作って出す毎日とのことだった。

 (山がチカチカ燃えている/風がトカトカ笑っている/海に心ゆすられる季節の色を/ランニングシャツに染めて/旅人が硝子戸をたたく)白樺の木でこしらえた壁に薄墨で書かれた詩が貼られており、静まり返った山荘の部屋にふさわしい。

 プロ野球史上初の同率首位の最終決戦で中日を下し、文字通り勝った!笑った!舞った!のスポーツ新聞の見出しがハラハラドキドキした現実とだぶってリアリティーをもたらせてもくれた。

 百、千、万分の一でも確率があるならばその可能性に賭ける努力と不屈の精神が大切だよと訴えた映画「ヒーローインタビュー」が女子中高生の声援を受けてヒットした。

 プロ野球昨年の日本一ヤクルトスワローズに所属するという設定の映画は甘え、奢り、慢心、マンネリ、うぬぼれうんぬんを持っているなら決っしてヒーローにはなれませんよとも教えてくれる。

 枝葉未節にこだわった手練手管の世界ばかり目を配るならばただ単なる駄作に陥ってしまう。

 どうせ嘘をつくのなら正正堂堂としなさい。映画「トゥール・ライズ」は始めから終りまで驚きあるのみ、連続の嘘を一分間一億円という費用をかけて押しまくる凄じい作品だ。

 チニカ山荘を訪れた人が書き残していく覚書帳に人生は苦しいものだと記している人がいた。
 いま頃その人はどうしているのか、私は少し気に掛かった。

 その時ふと天地長久の地チニカ山荘を舞台にした映画がいつの日か出来るのではないだろうかと思った。
 小雨のふる小樽路から家路に着く車は快適で心地良いものであった。  


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