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2004年1月
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▼ 30日(金) 火災報知器を鳴らしてしまった
昨日。近くの公民館で仕事をした。
「ストーブは火災報知器の真下では使わないで下さい」という張り紙は一度ならず読んでいた。ストーブは大抵、窓際、カーテンから1.5メートル離れて置いてある。
しかし、昨日は位置が違っていた。ほぼ部屋の中央に置いてあった。
何も疑わないで、火災報知器の真下ということをすっかり忘れて、ストーブに点火。
5分くらいしたとき、最初の1秒は「リンリン」と軽い音がした。
が、それから凄まじい音が鳴り響くこと3分。
係の人がどこかへ飛んで行って止めて下さった。
初めて聞く火災報知器の音だった。
これからは注意しよう、と固く心に決めました。
なぜ、ストーブは移動され、火災報知器の真下にあったかのか。
その日、部屋の床にワックスを掛けるために、業者が移動させたらしい。
人にせいにしてはいけないが、「ああ〜」と少々のため息。
▼ 29日(木) ガンバリズムにさようなら
「先生。私たちは夜通し働きましたが、何一つとれませんでした」。
聖書の中の余りにも有名な箇所なので何度も説教で聞き、本などで注解を読んでいる箇所の一部分。説教や注解は次の場面の展開に注目しているのが多い。
いわゆる主の言葉に従ったとき、大いなる大漁という結果を得るということ。
でも、私はその前の部分に惹かれた。
なかなか大漁という結果を得ないのを諦めている気持ちもある。
ご立派な人に掛かると、それは不信仰だからですよ、と言われそうなので、おおっぴらには口に出さない。
弟子のシモンが、疲れた体で、何となく愚痴っぽく、「もう、私が為すべき事はしましたよ。これ以上は勘弁して下さいよ」と言っているような気がする。
時々、か、頻繁にか、私は主に向かって、シモンのように、愚痴っぽく、言い訳をしている。毎日主への釈明だけをしているかかも知れない、という恐怖がある。
せき立てられる信仰は疲れる。「ねばならない」の信仰も疲れる。
2000年前、主の周囲に集った人々は純粋に主だけを仰いだ。
主の言葉だけに耳を傾けた。
今、私はそのようにしているだろうか、と考える。
律法学者的な言葉に振り回されていないだろうか。
5:5の次の箇所は、主の言葉に従って行くとき大漁が約束されている、風な解釈だ。
大漁を得ない人は、即、「信仰がない」「信仰が薄い」「熱心な信仰ではない」と判断されそうだ。いつの間にか、私もそのような人の言葉を聞いて疲れてしまったようだ。
「ガンバリズムよ、さようなら!!」
▼ 28日(水) ルカ4:5−7
また、悪魔はイエスを連れて行き、またたくまに世界の国々を全部見せて、
こう言った。
「この国々のいっさいの権力と栄光とをあなたに差し上げましょう。それは私に任されているので、私がこれと思う人に差し上げるのです。
ですから、もしあなたが私を拝むなら、すべてをあなたのものとしましょう。」(新改訳)
「この世界は悪魔の手にある」ということは説教などでも聞く言葉です。
しかしまた、「私は天と地の一切の権能を授かっている」と復活後のイエス様は仰っています。
そして、私はこの狭間で揺れているオバカな人間です。
わかっているのに愚かな行為をします。
どちらの道が確かな道か知っているのに間違った道を選択します。
待て、と制止されているのに、しゃかりきになって足を踏み出します。
悪魔は高笑いです。
ルカのこの箇所を読むと、映画の一場面を思い出します。
昔、枕元のTVを音無しで見ていました。
なぜ、音無しかと言いますと、夜中だし、本を読んでいたので音は邪魔だったからです。
本を読みながらチラチラとTV画面に目を移しているとき、この映画はキリスト教に関係ある映画であることがわかってきました。
そして、イヤホーンで音を聞きながら最後まで見ました。
とても感動的な映画でした。
題は「ピーターと呼ばれた男」。
有名なアメリカの伝道師、ピーター・マーシャルの生涯を扱ったものでした。
私の脳裏に焼き付いて離れない場面は、彼が木の根か何かに躓いたときに、先のイエス様のように、眼下に広がる世界を見せられる場面です。
悪魔の誘惑に陥らないよう主に守っていただきます。
▼ 27日(火) 落ち込んでいます
新しいキーボードにして10日。
どれでも同じだろうと思って買ってしまったこのキーボード。
店ではビニールのシートがぐるぐる巻きにしてあったので、試し打ちをすることができなかったのが災いの元になりつつある。
買ってすぐ判明したのが、「た」の字を出すのが難儀なこと。
その他の字も大体同じなのだが、「た」が極端に違う。
何が同じか?
それは、強く打たないと字が出ないのだ。
これは堪えている。
腕が痛い。
で、「買い換えた方が長い目で見たら良いのかな?」と今では考えている。
今日は朝から落ち込んだ。
娘が駐車場として借りている一角がある。
我が家の駐車場と同じところにある。
ご近所の人が車に乗らないので歳暮と中元のお礼で借りている。
そこにも当然雪が降り、積もった。
昨夜まで、そこの雪かきをしなければならないことをすっかり忘れていた。
豪雪になり下ばかり向いて歩いていたので、目に入らなかった。
娘のバイクも事故で破損し、修理に出していたので、駐車場のことをすっかり忘れていたのだ。が、昨夜ウトウトとしている頭に突如、「あの場所も雪かきしなくては」が浮かんだ。
が、今朝出掛けるときに下の駐車場を見て、仰天。
そこには娘のバイク置き場で雪かきしている二人の姿があった。
多分、お隣さんだろう。
時すでに遅し。
時刻を戻したい気持ちだった。
その時の気持ちが尾を引いていて、午後1時の今も複雑な嫌な気持ちを抱えたままで過ごしている。何回か祈るのだが治まらない。反省して、チョット落ち込んでいる。
▼ 26日(月) 晴れ
気象情報によると最高気温は3度だが、多分もっと上がっていると思う。
我が家のストーブは3時頃まで使う必要はなかった。
娘を大学病院まで送った。
駐車場にブルドーザーが入って除雪している。
駐車場の係りの人によると、通常の半分以下の駐車スペースしか確保出来ないらしい。
病院へ来る人の数も少ないようだ。
2回程出入りしたが駐車場の係の人が親切なこと。
大いに助かりました。
去年、春を待つ心にウキウキ感が無かったので不思議だったがその理由が判明した。
雪が少なかったので冬の間も毎日畑の黒い土を見ていた。
この畑を覆う白い雪が溶け黒い地面が現れると、「春だ!!」という気分になる。
それが昨年は無かった。多分今年もないだろう。
今回の雪はもう今週末には消えて無くなる。
借りている公民館に無造作に切られた梅の枝が数本あって、その枝に1月の初めから花が咲き始めている。最初は一つ、二つだった。そして、満開になり、散り始めた。
金沢の梅の開花は3月初めだから、こんなに速く梅の花を見ることが出来て嬉しい。
木曜日に始まった大雪、吹雪の日が一段落した。
この期間、各所、各人に雪にまつわるいろんな物語があったようだ。
牧師も説教でそれを披露した。
集めたら面白いだろう。
雪のために泣いたり、怒ったり、悲しんだり、嬉しかったり、楽しかったりの日々だった。
そして、それら全部を神様の御業として受け止めることができて感謝。
▼ 25日(日) 大雪の影響大
英語を教えている生徒が3人休んだ。
休まなかった生徒の一人は、普通は車で来るところを歩いて、途中滑りチョット怪我をした。帰りは途中まで送っていった。
今朝の礼拝の最初は30人くらいで始まった。
100人弱の平均出席者だから、その3分の1だ。
市内マラソン等のときにも交通規制で遅れる人がいるが、こんなの初めて。
徐々に増えて最終的には58人になった。約半分。雪の力は凄いです。
帰りに書店に立ち寄った。
そこの駐車場でキジバトに追われるツグミを見た。
その後もあちこちでキジバトのつがいを見る。
年中が繁殖期なのだが、普段葉に隠れて姿が見えない彼らも、今の時期、枯れ木なので、姿が丸見えになる。
今日は市民除雪日。
私たちも車の周囲を少し除雪した。
1月5日と25日は大雪の傾向があるので緊張している。
5日を無事通過したと喜んでいたら、今回の豪雪。
それでも、全てを主に感謝します。
▼ 24日(土) 奉仕についての思い出
昔、あるキリスト教の団体で働いていたときのことです。
ある人がその奉仕を専従でしていたのですが、私の方がそれについては少々知識があったので、責任者から一時的にその奉仕を依頼されました。
私は、「昔取った杵柄」で何も考えずに快く承知しました。
しかし、思いがけないことが起こりました。
専従で奉仕をしていた女性が「私の仕事を取られた」と思い込んでしまったのです。
責任者は全くそんな考えではなく、本当に一時的な処置であり、私も昔の仕事に戻りたくない気持ちでした。でも、彼女はかなり落ち込みました。
「この奉仕(仕事)は私でなければ」という思いがあったのでしょう。
それからは私は注意しています。
やはり、昔、ある教会で、ある女性が奉仕をしていました。
専門の知識は必要ありませんが、その女性はその奉仕についてかなり経験を積んでいました。自他共に認める善い奉仕でした。
しかし、どんなにその女性が忙しくても誰も手伝いませんでした。
彼女が発するオーラに圧倒され、とても「お手伝いしましょうか」とは言えない雰囲気がありました。先の女性と同じように、「これは自分でないと出来ない奉仕」というオーラを周囲に自然に発していたのでしょう。たとえ手伝ったとしても、彼女の気に入るような奉仕になりそうにはありませんでした。
もちろん、奉仕は彼女のためにではなく、主のためになされるものなのですが。
今、私は、金沢独立キリスト教会で奉仕らしい奉仕はしていません。
昔、同じ団体に属する牧師夫人が「自分から奉仕を申し出るような人には絶対に奉仕をさせない」と言ったのを覚えているからです。
その時には違う団体の教会で、自分から申し出て奉仕をしていましたし、30年くらいの教会生活で殆どCSに関わってきていたので、この牧師夫人の言葉は大いに衝撃的でした。
▼ 23日(金) 大雪で仕事休み
昨日、午後3時半頃電話が鳴った。
5時から予定している女の子一人のクラスのお母さんからだった。
今日のクラスを休みたい、という電話。
お母さんが車で送り迎えをしているので、車を出すのが大変らしい。
彼女はしきりに、私も大変だろう、と繰り返す。
しかし、その時には、もう、私は「4時から雪かき」と一家で決めていた。
連れ合いと、幸い娘もいる。
彼女は、今年一度も雪かきをしていないので、体がムズムズすると言う。
さすが、北陸生まれの北陸育ちだ。
私が住んでいる所は金沢市でも幾分山沿い。
その子の家はここから車で2分位山沿い。
家の前の県道が、その時点ではまだ除雪車が来ていないのか、それとも、除雪の雪で出口を塞がれたのか。
昨日金沢の公的積雪量は46センチ。
普通、これに20センチをプラスしたのが山沿いの積雪量。
車がすっぽり埋まる程の雪の量だ。
「4時に雪が降り止みますように」と祈っていたら、横殴りに降っていた雪が本当にぴたりとやんだ。プレイズ ザ ロード!!と言いつつ、いざ雪かきへ。
しかし、30分もしたらまた横殴りに降り出したのでそこでストップ。
運動不足解消程度の雪かきでした。
それにしても、雪のために仕事を休んだのは多分初めてではないだろうか。
夜の中学生の女の子も一人休んだ。
彼女の家は、小学生の女の子の家よりもっと大通りに出るのは大変な所にある。
「家の都合」と連絡してきたが、車を出すことが難しかったのだろう、と推測した。
同じ集会所で民謡の練習をしている方々はお休みだった。
雪の影響をもろに感じた日となりました。
▼ 22日(木) 伝道者の書 7:2
「祝宴の家に行くよりは、喪中の家に行くほうがよい。
そこにはすべての人の終わりがあり、生きている者がそれを心に留めるようになるから だ。」
大雪で最高気温0度。窓から下の駐車場を見る。
車の雪を除去して走り出すまでの大体の時間を知りたいと思って。
今日はかなり長い時間雪かきの必要がありそうだ。
昔、私が小学3年生のとき、祖母が亡くなった。
その頃の村は土葬だった。
墓地に到着し、埋葬が終わって村人が一つの墓を前に話していた。
「この墓は誰の墓だろうね?」
見ると、もう形をほとんど留めない墓石があった。
この小さな村に誰のものか不明の墓石が存在していたことに驚いた。
小学生の頭で考えた。人は忘れ去られると。
そして、村の墓は50年したら掘り返され、次の新しい人の墓になることもその時知った。
小学3年生にして、「人生は虚しい」と感じた。
この文章に続く文章は、察しの良い人には分かると思います。これ以上書くと見苦しいので止めます。何だか教訓的になりそうだし、それは蛇足でしょう。
▼ 21日(水) さすがプロ
毎日デジカメ写真のメルマガを頂いている。
何と言っても構図が良い。
ありふれた物、光景、風景、人間が本当によく撮れている。
(自分の表現力の無さに失望しています。)
写真に添えられた文章がまた楽しい。
これだけでもこのメルマガを購読する価値がある。
・・・それに比べて、・・・と自己嫌悪。
私の写真はいつもぶれているし、ピンぼけだし、構図なんて無きに等しいし。
まるで記録図鑑。
改めて写真集を見て勉強しようと、「決心」しました。
美しく、構図がよく、何を言わんとするのか、分かる写真を撮りたい。
毎日送られてくる写真に刺激を受けています。
▼ 20日(火) 伝道の書 5:12
「働く者は、少し食べても多く食べても、ここちよく眠る。」
昔、私がまだ高校生の頃。
この頃は、よくいろんなことを考える時期だ。いわゆる思春期と呼ばれる時期。
悩みでもないことを悩んで悦に入っている。
話しやすい教生の先生が来た。
悩みを打ち明けた生徒が居たかも知れない。
ある日、その教生の先生が言った。
「君たちは、夜眠れないほど悩みがある、と言うが、悩みで眠れないのは幸福だ。」
誰もその意味が分からなかった。
私たちは悩んでいるのだ。
それも夜、眠れないほどに。
それが何故幸せなのか?
彼は続けた。
昼間肉体労働に従事している人は夜考える時間もないほど疲れている。
考えたくても、悩みたくてもその時間を取れない。
君たちは、夜悩む時間があるだけ幸せなのだ。
以来、夜、考え事をして眠れないときには、いつも彼の言葉を思い出していた。
悩みも結構あったが、「悩める時間があるのは幸せ」と感じつつ悩んだ。
楽天家だと思う。
悩みを、「私が解決できること」と「私が解決できないこと」の二つに分けて、「解決できない」ことについては、早々に神様に委ねる。完璧に委ねる。
主が解決して下さることを固く信じているので、楽天家になれる。感謝。
▼ 19日(月) 気分と動機はお払い
1日の早朝、娘が自損事故を起こした。
打撲と擦過傷の傷だった。数日後皮膚が紫色に変身した他はたいしたことがなかったことを感謝した。
10日の土曜日、私が脇道から飛び出した車にぶっつけられた。
車の破損で終わった。
17日の土曜日、娘が8針を縫う怪我をした。
職場でだった。
病院へ職場の人が付き添って下さり、家まで送って下さった。
その送って下さった人が、さり気なく呟いた。
「お祓いをしますので。」
一瞬、耳を疑った。確かに彼は「お祓い」と言ったようだ。
確認して丁重にお断りした。
その後、連れ合いに「牧師に祈って頂こうか?」と提案した。
直後、それでは、その祈りは、お祓いと同じ動機、同じ気分、同じ位置に来るではないか、と考えた。
先日の成人祝福の祈り、子供祝福の祈り、地鎮祭の代わりの祈りなど、日本古来からある儀式が形を変え、名前を変えてキリスト教界に入り込んでいる。キリスト教の土着化だ。
元旦礼拝などはその最たるものだろう。
世界中にはその土地土地のキリスト教がある。
後、100年か200年後には、西欧とは全く違ったキリスト教が日本に存在するかも知れない。あの隠れキリシタンのように。
それにしても、2004年早々、立て続けに事故、怪我が起こり、慌ただしいことこの上もない。全ては神様の許しのもとに起こっているとは思うが、少々気が滅入る。
これらのことを通して神様は私たち家族に何を教えようとされているのだろうか。
「教えようとされている」なんて、もう本当に堅苦しい信仰だ。
今年はもっと自由な信仰の歩みをしたいと願っているのに。
「ねばならない」の信仰ではなく、「主にあって導かれるままに」の信仰で生活をしたい。
▼ 18日(日) 主はどこに?
キーボードを買い換えた。
慣れないので少々手こずっている。
感触がかなり違う。重い。肩凝りが酷くなりそう。
さて、昔、クリスチャンの姉妹と話していて不思議な感覚を覚えたのを思い出した。
彼女は、なかなかいい話をしたのだが、終始、「今あるのは牧師のおかげです。あの先生について行ったら間違いありませんよ。あの先生は偉いです。」とずっと牧師を褒め称えた。いつか、主イエス・キリストの名前が出てくると期待したが、最後まで「主」も「イエス様」も出て来なかった。
その牧師から離れたら彼女はどうするのだろう、と少し心配した。
彼女の頭の中では、主イエス・キリストと神様よりも、牧師が上位を占めているに違いなかった。それも分かる。見えない神様、いつ助けてくれるか分からない方より、日常の問題を解決してくれる、解決に奔走してくれる牧師の方がありがたい、と思う気持ち。
今彼女はどうしているだろう。真に助けて下さる方に依り頼んで欲しい、と祈っている。
▼ 17日(土) 気になる称号
昔、牧師宛の手紙の宛名を「様」にしたら上司から注意された。
「その先生は、牧師先生と書かないと機嫌が悪いよ」と。
これでは称号が二つではないか。そんなものを貰って本当に喜ぶ人がいるのか?と不思議だった。どこかの国の国会議員と同じではないか。「議員先生」と呼ばれないと「道と橋を造ってあげないからね」と言われそう。
私も英語を子供達に教えているので彼らにとっては「先生」だが、他の人に「先生」と呼ばれたくない。彼らの両親まではどうにか許せる。しかし、教会では、絶対に「先生」とは呼ばれたくない。時々呼ばれるが、その時、「私はこの人に何を教えているのだろう」と考える。人生の師でもない。いわゆる「主にある兄弟・姉妹」なのだ。教会ではそれ以上でも、以下でもないと思う。
昔、牧師は主にある兄弟・姉妹の一種、形を変えたものだからと、牧師(正確には宣教師)の姓に「さん」を付けて呼んだ強者がいた。全共闘に少々関わった経歴の人だった。
金沢に来て一度電話があった。留守電に残された電話番号に電話したが、使われていない電話だった。それ以後、時々彼女のことを思い出す。主に繋がっていてくれたら、と思い出すたびに祈る。
さて、最初の手紙の宛名、それでは、「牧師先生殿様」にしたらもっと喜ばれるだろうか、と一瞬考えた。宛名の称号を気にするその牧師はきっと寂しいのだろう、と想像した。
寂しくて孤独な牧師とその妻は意外に多いだろう。「祈ってあげなくては」。
▼ 15日(木) なぜかわびしい「サラ川」傑作選
「サラ川」傑作選を3冊読んだ。
川柳は世の中の理不尽なことを笑い飛ばすものと思っていた。
庶民の元気の表れと、勝手に誤解していたらしい。
「サラ川」を読んでいくうちに虚しさがひたひたと押し寄せてくる。
詠んだ人の悲哀に飲み込まれそうになる。
自虐的な川柳が多い。
外野席から口を挟む必要はないのだが、もう一ひねりして、苦笑ではなく、爆笑で終わる川柳を読みたい。
詠んだ人、一人一人の主の幸を祈ります。
▼ 14日(水) 僕は知っていた?
この1週間頭を悩ませていた問題が解決した。
と言っても私が何かをしたのではない。
問題の自然解消、とも言いたいが、そうでもない。
その問題が発生したとき、またか!!、と内心穏やかではなかった。
1年前にも同じことが起こった。
その再来のように思えた。
問題や悩みには必ず人間が関わっている。
今回も、昨年の問題にももちろん人間が関わっていた。
その時、問題解消のために不必要な時間を潰したのを非常に悔やんだ。
今年初めからその人のために祈っていた。
別にその人と、この問題のためではなかった。
しかし、発生した問題と、その人のための祈りは、何となく矛盾を含みながらも同時進行した。
そして、月曜日、問題の原因となるものが忽然と消滅した。
確かに、私にとっては自然解消になるだろう。
しかし、この問題に介入された方がおられる。
カナの結婚式で水を酒に変えた方がおられるように。
▼ 13日(火) 主に習って
箴言29:19
しもべをことばだけで戒めることはできない。彼はそれがわかっても、反応がない。
マルコ4:33
イエスは、このように多くのたとえで、彼らの聞く力に応じて、みことばを話された。
何事も、教えようと思ったら、教える人を好きにさせるのが近道だと思う。子供達も、私を嫌いだったら、家に帰っても英語の教科書を開く気にはならないだろう。
教える側と習う側の信頼関係の大切さを毎日ひしひしと感じている。
▼ 12日(月) 雪解けの法則?
ここから向かいの建物(平屋)の屋根が見える。
誰も住んでいない。
その屋根に雪が積もっている。
毎年見る風景だが、今年は少し違っている。
屋根の雪は屋根の上の方から解けていく。去年までは。
ところが、今年は向かって左から解けている。
東から解けていることになる。
隣に人が住んでいる2階建ての家がある。
この家の屋根の雪はいつもの通り上から解けている。
何が違うのだろうか。気になる。
▼ 11日(日) カラス 穏やかに鳴いて 日が暮れる 慶
日曜日の午後、お風呂で本をボンヤリ読んでいたら聞こえてきたカラスの声。
穏やかなのはいい。
カラスは塒に帰る途中、どこかの屋根に止まっているのか、暫く鳴いた。
造られた者(もの)としてカラスと今の穏やかな時間を共有しているのを感じた。
神様はご自分が創造された全てを慈しまれる。
本当はもっと書きたいが、キーボードの「A」が上手く働かない。
「は・た・ら・か」を出すために、「A」のキーを10回位叩いて、疲れました。
▼ 10日(土) 不甲斐ない
小さな事に非常に影響を受ける。
ホンの小さな言葉に翻弄される。
・・・ということで、またまた、今週の後半は落ち込んでしまった。
落ち込むと日常が狂う。
しなければならないことも出来なくなる。
何があっても、何が起こっても、自分のことをしっかりこなす連れ合いが恨めしい。
例によって私を落ち込ませるのは人間だ。
しかし、その人間が悪いのではない。
大抵の場合、こちらが勝手に、誤解し、早とちりしていることが多い。
主に信頼していれば、人間が発する小さな言葉に影響を受けないはずなのに・・・何とも不甲斐ない、と反省した今週の後半でした。
ところで、「不甲斐ない」はもう死語ですか?
▼ 9日(金) 子どもの助けになりたい
勉強のことではありません。
英語を教えていて見えてくる子どもたちの叫びがあります。
子どもたちはその苦しみを言葉で発することはできません。
言葉で発する以前に、自分の苦しみに気が付いていないのです。
一人の子どものおかしな行動に気付いたのは、その子が来てすぐでした。
同じ課題でも自分がそれにチョットでもついていけないと感じると、その子は変な行動をし始めます。持って来るレッスンバッグの端から、巻きずしを巻くみたいに巻き出すのです。そして、巻き続けます。いつまでも。注意すると、ハッと目が覚めたような行動をします。
大抵の子は、このような場合、「わからない!!」「難しい!!」「こんなの出来ない!!」などなど、大きな声で叫びます。でも、その子はこれらの言葉を発しないのです。
そして、ただひたすら巻きずしを巻きます。レッスンバッグが近くにないときには、紙を巻きます。何か凄いストレスがあるようです。
難しい問題に直面すると固まる子がいました。
偶然聞いたラジオの子ども相談で、そのような子がいることを知りました。
なかなか家に帰りたがらない子もいます。ご両親、祖父母も優しい方達です。
子ども達も大人と同じストレス社会にいることを実感しています。
一人一人のために祈っています。
▼ 8日(木) これは見たことある・・・当然
中学生の女の子たちが受け取った年賀状を見せてくれた。
それらを見ている途中、
「あっ、このイラストどこかで見たことある。」と私は言葉を発した。
心の中で、「同じ絵柄を使った人がいるんだ。年賀状の素材やソフトは同類のが多いからね。まあ、仕方ないでしょう。」と、と、差出人の名前を見ると私たちでした。
連れ合いが、年賀状の原案を見せたときに、チラッと見たイラストでした。
中学生も私もしばし、呆然。そして爆笑。
▼ 7日(水) 街宣車?・・・引き続く箴言より
▽箴言23:7
「彼は心のうちでは勘定づくだから、あなたに、「食え、飲め。」と言っても、
その心はあなたとともにない。
昔、カウンセラーの先生が私に下さった聖句です。
その時には、なぜこれが生きる上で大切か分かりませんでしたが、その後、少しずつ身に染みて参りました。
▽箴言24:23
「しばらく眠り、しばらくまどろみ、しばらく手をこまねいて、また休む。」
全く私のことです。
▽箴言27:14
「朝早くから、大声で友人を祝福すると、かえってのろいとみなされる。」
まるで街宣車ですね。「褒め殺し」という言葉が流行った時がありました。
▽箴言27:22
「愚か者を臼に入れ、きねでこれを麦といっしょについてもその愚かさは彼から離れない。」
「愚か」は恐ろしくて頑固。
▼ 6日(火) まるで落語です
▽箴言26章17節
「自分に関係のない争いに干渉する者は、通りすがりの犬の耳をつかむ者のようだ。」
聖書のこの箇所に来ると必ず落語的場面を想像する。
「通りすがりの犬の耳をつかむ者」は落語に登場しても不思議ではない。
落語が好きで機会があると必ず聞く。
落語は漫才と違って、TVよりもラジオの方が良い。
昔、ある夜中、熊本県の天草が舞台の落語を聞いた。
かなり長い話だった。
後にも先にもそれ一回だったので、今ではそれが本当に落語だったのか疑っている。
もしかしたら講談だったのではと。
▽箴言26章5節
「愚か者には、その愚かさにしたがって答えよ。そうすれば彼は、自分を知恵のある者と
思わないだろう。」
もし、頭のいい人が、私に、私の愚かさに従って答えてくれたら、私は、自分をチョット頭のいい人、と思うかも知れない。
つまり、この箴言とは反対の状態になる。
「徳はなくても徳ある人のごとく扱え」という言葉が昔読んだ『人を動かす』に書いてあった。そして、これは、確かに真実のようだ。少なくとも私には。
「徳」があるように扱われると、愚かな私は有頂天になって、ホイホイとその人の言うことに従いそうだ。多分、従うだろう。
愚かな私には、愚かに付き合って欲しい。
賢く迫られると困る。
パウロが言っているように、
ユダヤ人には、ユダヤ人のようになった。ユダヤ人を得るためである。律法の下にある人には、わたし自身は律法の下にはないが、律法の下にある者のようになった。律法の下にある人を得るためである。 第一コリント9:20
▼ 3日(土) 平穏な時にも主は共におられます
平和な日々が続いています。
もちろん、これは私という小さな狭い世界のことです。
世界のどこかではいつも、常時戦争が起こっています。
人類の歴史上、戦争がなかったのは75日と言います。
今は、大地震のイランとフセインのイラクのことが毎日報道されますが、
他の地域でも戦争と飢餓に苦しむ多くの人がいます。、
自分が平和な時には神さまと主イエス様を忘れます。
でも、主イエス様が、私が苦しみの中にあるときにも、悩みの時にも共に居て下さるように、平和な時にもご一緒なのです。
この平和、平穏が主から来ていることを忘れないようにします。
▼ 2日(金) 主にある交わり
昨日の娘のバイク事故で、破損して動かないバイクは道の端に置いていた。
どこかに移動しなければならない。
事故現場から我が家までは歩いて40分はかかる。
どうしたらいいのか?私達は考えた。そして祈った。
「近くに教会員の家がある。そこの庭を暫く貸してもらえないだろうか。」
・・・・ということで、牧師に仲介をお願いして、無事、現場から歩いて5分もかからないところの家の裏庭に置かせて頂くことになった。
その方から今朝、電話があった。
いろんな理由からバイクにカバーを掛けておいた方が良いのではと。
早速カバーを持っていった。
その時に少しばかり話をしたのだが、改めて主にある交わり、会話の素晴らしさを感じた。
主が会話の中心にいらっしゃるので緊張感が全くない。
話がそれることもないが、もしもそれたら話題を主イエス・キリストにもって行くと良い。
年末が忙しくて年賀状を書けなかったので、今日書いているらしい。
全てを手書きなので時間がかかるだろう。
主に導かれた年賀状が書けるよう祈りつつ、おいとました。
▼ 1日(木) 午前4時20分の電話
こんな時間に掛かってくる電話に良い知らせはない。
昔、午前3時に掛かってきた電話は父の死を知らせる電話だった。
そして、今朝の電話は娘から。
バイクの自損事故。
泣き出しそうな声だった。
即、連れ合いと二人で駆けつけた。
動かなくなったバイクがきちんと道の端に置いてあるのを見てホッとした。
理性が働いている。
本人は歩くのが辛そうだったが、大学病院へ連れて行った。
通い慣れた救急受付。
念のために腕と膝のレントゲン写真を撮る。
異常なし。
病院に到着したのが4時40分。
出たのは5時半頃。
一眠りして元旦礼拝へ。
2004年がまさかこのようにして始まろうとは。
28日の礼拝説教、いろんな事は「突然」やって来ることを実感した日だった。
打撲傷と擦過傷だけだったことに感謝。
「全てのことについて感謝しなさい」です。
この事故を通して、神様は娘に、そして私たちに何を教えようとされているのでしょうか。
今から楽しみです。
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