信仰とはあまりと言うより、ほとんど関係ありません。ストレス解消のための日常雑記になっています。
2003年6月         
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  27日(金) 「悩みが一杯」   
小学5年生の女の子。
連れ合いが算数を教えている。
昨日、私が6時半頃に帰ったときにはまだ勉強していた。
算数ゲームをしていたので、○○ちゃん、こんにちは、と声を懸けた。
すると、「ちょっと見てて!!」と言ったので机の側に立って見た。
 
見ている内にいろんな話が始まった。
この子には悩みが多い、らしい。
あれこれと「悩み」を話してくれる。
友だちにも話したらしいが、友だちは「仕方がないよ」で片づけたようだ。
私にも、「どうしたらいい?」と持ちかけるが、悩みへの良い解決法はない。
 
祈ってあげるね、と言ったら、「エッ、信じているの?」と言う。
彼女の母親が教会へ時々行っていることは聞いていたので話は速い。
が、次の言葉に愕然。
「私は死ぬまでずっと仏教もキリスト教も他のどんな宗教も信じないの」ときっぱりと言われた。小学5年生の女の子が言う言葉ですか?
 
今一番の悩みは隣近所から聞こえてくる物音と母親が仕事で教えている楽器の音らしい。
私が慰めるつもりで、「お母さんの生徒は暫くすると上手になるから、その時には大丈夫でしょう?」と言ったら、またまた反逆された。
「でも、生徒はどんどん新しい人が来るのよ。だからいつも変な音を聞かなくてはならないの。どうしたらいい?」
うーん、どうすることもできません。
 
最後には、「私は本当は一人で住みたいの。でもお金もないし、住むところもないからそんなことできないでしょう?どうしたらいい?」
これもどうすることもできません。
 
5時から6時までの算数教室は、おまけのお話で7時近くまで続いた。
まだまだ話し足りなそうな顔をする女の子を帰す。
小さな胸に入りきれないくらい大きな悩みを持つこの子のために祈っている。
頭痛でよく保健室のお世話になっているらしい。
 
 
  26日(木) 「聖霊が私にも?」   
 
「聖霊を受けよ」と主は言われた。
聖霊を受けているかどうかわかりにくい。
聖霊を受けていたい、という願望がある。
聖霊が私を支配しているかどうか、不安がある。
牧師の説教の中で、立派な人の証の後、このような人は聖霊を受けいるんですねぇ、としみじみと言われると落ち込む。
 
私は立派ではない。
教会の牧師は、教会員の誰かの証をほとんど毎回説教に取り上げるが、私はそのような人間ではない。牧師がわざわざ取り上げてその信仰を褒めそやす人のようではない。
私とはあまりにも関係なさそうな人たちなのだが、やっぱり落ち込む。
今の教会には立派な人が沢山いるので、落ち込んでばかりいる。
 
ところがである。
捨てる神あれば拾う神あり。(キリスト教的表現でない?)
 
前にも書いたが信仰に関するメルマガを沢山取っている。
その中に、毎日、私を励まし、慰め、勇気を与えるメルマガがある。
そして、昨日のメルマガの、聖霊について書いた中に、
「もし、聖書の言葉に触れて、ああ、そうか、と思うことがあれば、あなたにも聖霊が注がれているのです」と書かれていた。
 
やっぱり、このメルマガは私の味方だ、と感じて嬉しくなった。
このメルマガを発行している人は心から優しそう。
優しいお父さんであり、また、先生でもあるようだ。
 
このメルマガ人は、昔、私が働いていたビルで開いていた小さな聖書勉強グループの指導者だった人の友人らしいので、安心している。その指導者の若い牧師も優しかった。
 
聖書の登場人物、立派な信仰の持ち主を取り上げて、「このような人のような信仰を持ちたいものです」・・・・・実際は、そうなりなさい、と聞こえる言葉には恐怖を覚えるが、メルマガ人のような優しさで語られると安心して、愚かな私も聖書を読みたくなる。
 
聖霊が注がれていて良かった。
大人物には大人物なりに、立派な信仰の持ち主には立派な聖霊が、小さくて臆病な私のような者には優しい聖霊を送って下さる。
主は立派な人にだけ目を留めておられるのではない、ということを改めて教えてもらったメルマガでした。
 
このようなメルマガ人を私のために用意してくださった神様に感謝。
他のメルマガにも感謝。
いながらにして、好きな時間に、ゆっくりと聖書について読むことが出来て感謝。
 
 
  25日(水) 「落ち込み」   
 
連れ合いが突然、「○○ちゃんは英語だけ習いたいって」と話を切り出した。
私は「そう」とだけ反応した。
よくあることだった・・・私にとっては。
 
私たちは二人で、私が英語、連れ合いが算数・数学を教えている。
私はもうこの仕事が長いが、連れ合いはまだ初心者。
小学5年生の○○ちゃんが、1ヶ月の体験入学で、算数を習わないことを決めたらしい。
 
そして、連れ合いは私が予想出来ないほどに落ち込んでいた。
このことが発生したのは今日の午後。
連れ合いは、仕事の後、祈祷会に出席した。
これが発生したのは午後だから、それからずっと落ち込んでいたらしい。
 
「今、やっとこの件を話す勇気が出て来た。もうこれ以上はこのことについて話したくない」と言う。○○ちゃんが算数を習わないことを決めたのは、自分の教え方の故だと思っているらしいのだ。
 
バカもホドホドにと言いたい。
それだったら、他の子どもたちも止めているだろう。
個人の事情があるのだ。
そして、神様の御心も。
 
大抵中学卒業と同時に去ってゆくが、時々、途中で止める子もいる。
それも大抵が、私のところと他の塾を掛け持ちで勉強している子で、英語の他に数学をするので止めていく。(以前は英語だけを私が教えていた)
今年の3月、2年の期末で100点取った子が同じ理由で止めた。
 
今は、連れ合いが落ち込みから一刻の早く抜け出すよう祈っているが、
全ては神様の御心であることに、一刻よりももっと早く気付いて欲しい、と祈っている。
何でも自分の責任、何でも自分がからんでいる、何でも自分でなければ解決しない、と重荷を一人で負って、「ボク、苦労しているもんネ」という顔をされても、
「ワタシ、困っちゃう」です。
 
結びの言葉が分かっている人はいますので簡単に、
「重荷は主の十字架のもとへ!!」。   マタイ11章28節
 
 
  23日(月) 「少々、残念」   
 
金曜日の朝、突然左足が筋肉痛になった、と言っても初めての経験だから、本当に筋肉痛かどうか不明。
こむら返りをしそうになったので、思わず足をこむら返りと反対方向へ回転させた。
だから、使わない筋肉を使った。それで筋肉痛という図式になる。
 
平坦な場所では足を引きずって歩いた。
階段の上り下りが大変。
手すり無しでは上り下りが出来ない。
階段の上り下りで普段使わない筋肉を使うので、体の他の部位が筋肉痛になりそうだった。
 
最高に最悪?だったのは昨日の日曜日。
午前中の礼拝は無事に過ごした。
午後は完璧に休んだ。
椅子に長時間座ることが出来ないので、パソコンを触ることが出来ない。
 
この時考えた。
このHPのメインのページになっている礼拝のまとめを、もしかすると、明日できないかもしれない。出来ないことを足の痛みにせいにすることが出来る。ちょっと休もう。
 
夕礼拝に出る気力が失せるが、祈る内に気力を取り戻す。
寝るために横になったり、また起きあがったりにもの凄い苦労をした。
傘を杖代わりにする。
 
娘は頻繁に筋肉痛になるのでそのためのテープのようなものを持っている。
「使ったら?」と勧めるが後が面倒そうなのでお断り。
突然、連れ合いが「アンメルツは?」と言ってきた。
 
年がら年中肩凝りなので「アンメルツヨコヨコ」は常備薬になっている。
早速塗る。
余り期待していなかったが、今朝はかなりよくなっていた。
あとで、アンメルツの効能書きを読むと確かに「筋肉痛」も載っている。
 
礼拝のまとめは無事にすることが出来た・・・・感謝と少々の残念。
 
普段何も感じず、それゆえ有り難いと思うこともなく使っている体。
それが故障すると本当に大変さが分かる。
 
以前、薬指を怪我して使えなかった。
「この指は余り使わないから不便ではないだろう」と薬指をバカにした。
翌朝、コンタクトレンズを装着するとき、薬指は手全体のバランスを取る役割を果たしていることに気付いた。それ以後、薬指にとても感謝している。
 
コーヒーを飲むのに、唇は関係ないだろう、と考えた。
去年口の中を怪我して縫ったので麻酔をした。
それから数時間、唇の半分がカップを認識せず、コーヒーが零れた。
 
他にもいろいろある。
小さな部位でも、神様が造られた体だ。無駄はない。
 
・・・・勘の良い方はもう結びが分かっておられるでしょう。
第一コリント12章です。
 
 
  22日(日) 「夕礼拝の恵み」   
 
金沢独立キリスト教会はあまり他の説教者、伝道師関係の人々を招かない。
特別集会へそれらの人々を招くこともない。
 
昔私が通っていた教会の牧師はよく招かれて他の教会で奉仕されていた。
幸いその教会には元牧師が二人、神学生が二人いたので、彼らが代わる代わる説教をしていた。数ヶ月も牧師がいないこともあったが、不都合はなかったようだ。
神学生の一人が、「もう半年も牧師に会っていない」と嘆いたので、「そんなに!」と私も驚いた。
私は祈祷会で会っていたのでそんなに長く牧師が日曜日の礼拝にいなかったのが分からなかったようだ。
 
数年前、食事に招かれた宣教師に、金沢独立キリスト教会の特別集会(春季・秋季総員礼拝)に集まる人の数を尋ねられたので答えた。
すると、「どんな先生を招かれるのですか?」と質問されたので、「誰も招きません。牧師が話します」と返事をしたら驚かれた。
 
兎に角、淡々と教会の日々は過ぎてゆくのである。
が、時々、予告無しにその日が来る。
今日の夕礼拝がそうだった。
音楽伝道と言ってもいいのだろうか。
ご夫婦で讃美を中心に伝道されている方がいらした。
海外宣教の経験を持った方たちだった。
簡単な証と数曲の讃美がなされた。
 
正直に言って楽しかった。
いかにして今の現在があるかを証された。
その外見・・・緑のジャケットを着ていた・・・に驚いたが、情熱的で、大振りな証にいつしか引き込まれていた。
 
南部バプテストの環境に長くいた。
伝道熱心な団体だった。
毎週木曜日夜の訪問伝道にも何度か連れて行ってもらった。
信徒が集まると伝道と宣教が話題になった。
今は全く違う。
自分の信仰生活にどっぷり浸かっている。
時々これで良いのかな、と考えるが、静かな信仰生活も良いだろう、と納得している。
 
夕礼拝に来て下さったご夫婦の今後をお祈りしています。
 
 
19日(木)「隣の花は美しい」
ガーデニングブーム以前にも、散歩中に見る庭の花は美しかった。
この頃、少し違う?と感じるのは、花の鉢が外からでも見えるように配置されていることだ。昔は、庭木は外に張り出していても、鉢は塀の中だったような気がする。
 
それにしても、この時期花の種類が多い。
栽培種の名前は殆ど知らない。
NHKの「趣味の園芸」を毎週日曜日、教会へ出かける前に見ている。
カタカナ名の花が沢山紹介される。
和名のように、意味を持たせたら少しは覚えるのだろうが、現地語?をカタカナにしただけの名前なので、記憶に残らない。
 
この時期、散歩中に、クレマチスとテッセン、時計草の類を多く見る。
近くにあるうどん屋さんのクレマチス(だと思う)は、一際大きく美しく、花色も豊富なので楽しみなコースになる。
 
自分で栽培すると枯らしてしまう心配から、手が出ない花もある。
でも、チョット外を歩くだけで他種類の、綺麗な花を見ることが出来る。
散歩で健康を維持し、目も楽しませることができる。
一石二鳥・・・は、残酷なので、今は一挙両得と言うのだそうだ・・・?
 
昔、娘がまだ小さかった頃、二人でゆっくりと散歩していた。
途中にアジサイの大きな花が咲いている庭があった。
二人で、いかにも欲しそうな顔をしていたかもしれない。
出て来たお婆さんが、「持って行っても良いよ」と、数本下さった。
それを挿し木したらドンドン伸びて、母株に負けない大きな花をつけた。
しかし、酷暑の夏に、サザンカと共に枯れた。
 
サザンカは再び植えたが、アジサイがあったところには、今、クチナシが白い花をつけている。梅雨の頃の花だ。
隣の花も美しいが、我が家の狭いベランダに所狭しと植えられた花々も、うっとうしい梅雨に、結構心を和ませてくれる。
 
十戒: あなたは隣人の家をむさぼってはならない。隣人の妻、しもべ、はしため、牛、ろば、またすべて隣人のものをむさぼってはならない」。
 
 
18日(水)「旧約聖書中のネットワーク」
この頃、聖書は日本語2章、同じ箇所の英語を2章読んでいる。
今日は第一列王記7章を読んだ。
8章の半ばまで読んで、余りにも長いので明日に延ばした。
不明な言葉にぶつかると聖書辞典・webなどで調べるので、大抵1時間以上はかかる。
 
英語聖書(NIV 1979年版)の7章17節に来たとき、ネットワークという言葉が出て来た。
コンピュータ関連語としてしかネットワークを使わない私は驚いた。
聖書にネットワーク、それも旧約聖書に登場するとは。
1979年版だから、何度かこの箇所を読んでいる。
ネットワークには何も感じないで読んでいた。
随分前に読んだのだろう。
あるいは、ここは神殿建設の章なので、スキップしたかもしれない・・・・。
networkを辞書で調べると、「放送網」などが例として書かれている。
紀元前550年頃にもネットワークはあったのだ・・・・?
 
同じ章で、hubも出ていた。
空港関連のニュースなどで時々聞くが、パソコン関係でも使われる。
私たちもつい先日、USBのハブを買ったばかりだから、この言葉の意味を理解できた。
hubの辞書的な意味だけでは、書かれている聖書の意味は理解できなかったかもしれない。
 
ネットワークやハブは日本語訳にすると、どんな言葉に置き換えられるのだろうか?
さっき、連れ合いが、デスクトップにある「ごみ箱」は英語で何というか知ってる?、と
教えに来た。
ネットサーフィンをしていたら偶然見つけた英語のデスクトップに、「Recycle Bin」と書かれていたらしい。なるほど、リサイクルしている。
 
 
17日(火)「疲れた理由?」
中学2年生の英語のクラス。
チョット?成績が悪い。
しかし、とても楽しい子どもたち。
 
中間問題のやり直しをした。
「ハイキングに行く朝、遅刻した男の子。途中でもかなり疲れた様子が見える。一緒にいたケイコさんがなぜ、そんなに疲れているの、と尋ねた。」
という、文章の流れの中での設問。
「なぜ、男の子は疲れていたのでしょうか?理由を日本語で書きなさい」
答えは、「睡眠不足」という文章が次の行にある。
 
解答を聞いた、私の前にいた男の子、
「エッ、隣にケイコさんがいたからではないの?」と変な声を出した。
どこにそんな描写があるの?と私は頭で反問した。
Keiko said. のsaid をside と勘違いしたらしい。
 
あぁ・・・、この子たちの成績を上げなければならない私はどうなるの?
 
 
13日(金)「危険な雑誌?」
数ヶ月前から「文藝春秋」を購読し始めた。
昔、10年間くらい定期購読していたが、引っ越しが相次いで、不定期に読んでいた。
 
新聞に載る「文藝春秋」の見出しが魅惑的だった。
読んでみたい記事が沢山ある。
昔も今もこの雑誌には危険な魅惑がある。
「読み出したら止められない。」
ワイドショーを文字化したような雑誌だから、軽く読めるのだ。
 
さて、7月号の特集記事は「昭和天皇、国民への謝罪詔書草稿 全文掲載」だったが、
こちらにはあまり関心がない。
「全文」とあるが「きっと全文ではないだろう」と、私は疑い深い。
また、数十年したら、「あの時発表できなかったところがあった」などと、出てくるかも知れないから。
 
塩野七生さんの「アメリカでなくローマだったら」が面白かった。
ローマが如何にして軍事行動終了後の占領政策をしたかについて書いてある。
これを読んで、新約聖書に書かれたローマ関係が本当は少しなのだろうが、「本当によくわかった。目からウロコ。今までのもやもやが取れた。」気分になった。
 
だが、この記事を読んでまたまた危険な誘惑が忍び寄ってきた。
記事の最後に書かれている。
「しかし、このローマ帝国でも滅亡を免れることはできなかった。だが、これほども手をつくしたうえでの崩壊だからこそ、なぜローマは滅亡したのかという議論が、今に至るまで絶えないのである。とはいえ、これだけは厳たる史実だ。近代の帝国は植民地が次々と独立したことで帝国でなくなったが、最後まで属州の離反がなかったローマは、帝国として滅亡したのだった。」(「文藝春秋」 2003年7月号 p.93より)
 
エドワード・ギボンの「ローマ帝国興亡史」は背表紙だけを眺めてきたが一度読んでみたい気分になった。
塩野七生さんの文章は読みやすい。
彼女のローマ関係をも読みたい・・・読まねばならない?
新約聖書の背景が生き生きともっと理解できるようになるだろう。
 
 
12日(木)「真面目を絵に描いたような人」
昨夜、借りている公民館の隣の部屋で「親鸞」に関する集会があっていた。
定期的ではないのか、曜日を違えてしているのか、毎水曜日で無いことは確かだが、
以前1−2度、案内板を見たことがある。
8時半頃、ドアを叩く音がした。
「どうぞ」と反応する。
「黒板消しを貸して下さい」と男性が顔を覗かせた。
かなり低姿勢だ。
小学低学年の身長くらいの位置に頭がある。
前回の「親鸞」の時にも見た顔だ。
 
その顔と姿勢(態度)が何となく現代人離れしているように感じたので、今回は特に印象に残った。何とも汚れていない、というか、現実離れした顔・姿勢というか。
 
如何にこの頃、私がそれと反対の顔や、態度の人と接しているか、そして、また私自身もその中に含まれているかを思わせられて驚愕したのだ。
 
彼がドアを閉めて去った後、この雰囲気は何だ?と余韻に浸った。
仕事を終え、帰って暫くして、彼は「親鸞」を指導する僧侶だったのだろう、と一人合点した。彼は真の仏教徒としての慎み深さのような雰囲気を持っていた。
 
果たして私にはキリストの香りを放つ何かがあっただろうか、と自問自答しました。
 
 
11日(水)「サタンの高笑い」
数日前にチョットしたことでクリスチャンの方から褒められた。
滅多に褒められることのない私は、心でニンマリした。
途端に、普段は思い出すことのない絵が目の前に浮かんだ。
イザヤ書にある堕天使:ルシファが天からキリキリ舞になって落ちる絵が浮かんだ。
サタンの高笑いも聞こえたようだ。
 
褒められるのは悪いことでは無いかも知れないが、やっぱり人の心を高慢にするだろう。
・・・褒められるのは時として良いことだが、それによって過度に喜ぶことがサタンに隙を見せることになる、と思う。
 
 
10日(火)「子どもは楽しい」
「新保」という名前の子がいる。
同じクラスにお姉さんにくっついてくる幼稚園の子がいる。
私が、「新保君」と言うたびに、幼稚園の子が、
「先生、シンボって、食いしんぼのシンボ?」と、耳元で尋ねる。
 
小学3年生の男の子。
連れ合いが算数を教えているとき、マッチ棒のゲームをよくする。
三角形や四角形の数を、マッチ棒の移動で変更させるゲームだ。
3年生の彼はなかなか解答が得られない。
答えを知っている連れ合いは横から励ましたり、ヒントを与えたりしている。
男の子は、出来ないもどかしさから、
「先生は、その本の答えを見なくてもこのゲーム出来たと思う?」と質問してきた。
おぬし、鋭いぞ!!
 
中学2年生の英語教室。
How の意味を昔ながらに、「如何にして」と連打していた私。
前に座った男の子が静かな声でつぶやいた。「タコにして。」
 
私はこのような環境で若返るのか、それとも幼稚化しているのか?
時々心配になる。
 
9日(月)「メルマガの勧め」
私が取っているメルマガは聖書やキリスト教関係・仕事・パソコンで90%、残り5%が本関係とその他になる。
メルマガだけで聖書の勉強が出来るほどだ。
内一つは、日曜日に説教要旨、それも講解説教だから読み応えがある。
大抵は、御言葉からの励ましタイプ。
お笑い系の牧師からのメルマガも楽しみにしている。
(今聖書関係のメルマガの数を数えたら16もあった)
 
メルマガは毎日送られてくるものもあるが、大抵は週1回。
自分が好きな時間に読めて聖書の勉強をすることができ、また恵まれ、励まされるので
クリスチャンの方にはお勧めしたい。
毎日送られてくるメルマガだったら、ディボーションにも使えるのではないか、と思う。
 
 
8日(日)「故障頻発」
5月の連休前後からいろんな物が壊れだした。
最初はデジカメ。
画像がかすれた。
修理に出した。
見積もりが出来て電話を下さったらしいが、私が自分の家の電話番号を書き間違えていたために、最終的な受け取りまでに1ヶ月かかった。
連休中は、久しぶりに普通のカメラを使い、「カシャッ」というシャッター音を満喫した。
 
それから車。
消音装置が変になった。
まるで暴走族の車。
乗っていると頭ががんがんするほどの音が出た。
修理に出す。
 
次はテレビ。
ある日突然消えて、2度とつかなかった。
その時見ていた娘が、「変な臭いがした」と言った。
もう寿命なので買い換えた。
 
私が見ているTVも一度見えなくなったが、これは私の不注意。
TVの上に置いた植木鉢に水をやりすぎてTVのどこかに水がかかったようだ。
ドライヤーで乾かしたら元に戻った。メデタシ、メデタシ。
 
携帯で使っている(いつもバッグに入っている)PCが過熱しすぎて驚いた。
電源を切って冷えるのを待つ。これは故障ではないが動転した。
 
懐中電灯が2本・・・他のは調べていないが・・・故障した。
一つは電球が切れていた。
もう一つは、あまり長いこと使わなかったのでだろう、スイッチの接続がおかしくなっていた。
 
そして、プリンタ。
ピンクが出なくなった。
修理に出して見積もりをしてもらったら、3万円近くかかるので、買い換えた。
今度のは、いわゆる複合機なので、よくスキャナーをし、コピーに出かけていた連れ合いにとっては大変便利になった。
溜まっていたものを印刷したり、コピーしたりしたら、買って翌日には黒のインクが切れた。インクを大量に消耗する機種なのだろうか。
 
もう一つ、故障中のものがある。
電気ポット。
2年くらい前から押してもお湯が出ない。
今、私たちは上蓋をあけてお玉でお湯をすくい、カップに移している。
これについては我が家の誰も買い換えよう、とは言わない。
変な家族?
 
 
3日(火)「悔しいわけ」
運動会の季節である。(地方によって違うかも知れませんが)
近くの小学校の運動会の予定は、5月31日、土曜日。
ところが生憎台風接近で中止。
しかし、その日は良く晴れた。
次の日曜日、台風は熱帯性低気圧になったが、近くを通過で雨、で再び中止。
そして、昨日、やっと運動会は実施された。
 
土曜日の午後。晴れ。
5年生の女の子が来た。
「運動会が流れて残念ね」と挨拶をした。
すると、「くやしいー」と、顔をゆがめた。
 
流れて「悔しい」という感想は余り聞かないので、理由を聞いた。
「せっかく準備したのに・・・」とまだ恨めしそう。
その子は運営委員で、運動会の企画段階から準備をしてきたらしい。
放課後残った日々も多い。
それなのに・・・である。
 
少なくとも運動会が終わるまでは油断が出来なく、緊張もほぐれず、疲れるらしのだ。
昨日、終わってホッとしていることだろう。
彼女の心身ともの疲れが癒されるように祈った。
 
 
1日(日)「第二サムエル16:5−12」
16:5 ダビデ王がバフリムまで来ると、ちょうど、サウルの家の一族のひとりが、そこから出て来た。その名はシムイといってゲラの子で、盛んにのろいのことばを吐きながら出て来た。
16:6 そしてダビデとダビデ王のすべての家来たちに向かって石を投げつけた。民と勇士たちはみな、王の右左にいた。
16:7 シムイはのろってこう言った。「出て行け、出て行け。血まみれの男、よこしまな者。
16:8 主がサウルの家のすべての血をおまえに報いたのだ。サウルに代わって王となったおまえに。主はおまえの息子アブシャロムの手に王位を渡した。今、おまえはわざわいに会うのだ。おまえは血まみれの男だから。」
16:9 すると、ツェルヤの子アビシャイが王に言った。「この死に犬めが、王さまをのろってよいものですか。行って、あの首をはねさせてください。」
16:10 王は言った。「ツェルヤの子らよ。これは私のことで、あなたがたには、かかわりのないことだ。彼がのろうのは、主が彼に、『ダビデをのろえ。』と言われたからだ。だれが彼に、『おまえはどうしてこういうことをするのだ。』と言えようか。」
16:11 ダビデはアビシャイと彼のすべての家来たちに言った。「見よ。私の身から出た私の子さえ、私のいのちをねらっている。今、このベニヤミン人としては、なおさらのことだ。ほうっておきなさい。彼にのろわせなさい。主が彼に命じられたのだから。
16:12 たぶん、主は私の心をご覧になり、主は、きょうの彼ののろいに代えて、私にしあわせを報いてくださるだろう。」
 
ダビデを呪うシムイの首をはねさせて下さいと、アビシャイが言ったときに、ダビデが答えたような態度を取ることが出来たら、私はいつも主の平安の中に居ることが出来るだろう、と考えました。
しかし、実際には、シムイのような人間に出会うと、私は打ちひしがれ、落ち込み、人生もうこれでお終い、と思い込んでしまいそうです。
いつも主を見上げ、十字架を仰いでいたいです。
そして、静かに、「これも主の御心」と捉えることが出来たらと思います。アーメン。
ダビデが信仰の人と言われる所以です。
 
 
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