1月31日(金)2003年 「1ヶ月終了」
図書館に行って来た。
時間があったので、借りた本を一冊読み終えた。
その本は、中が白く見える本だったし、目次の目次があるので、目次だけでほとんど内容が分かる本だった。
『本は読むより書く方が10倍楽しい』井狩春男 新風舎
井狩春男の本は楽に読めるので中身を見ずに借りる。
帰ってから新潮社と光文社の軽いミステリーを2冊読んだが、余り使わない頭脳を使ったせいか、しばらく頭痛がした。
 
もう、1ヶ月が過ぎた。
時の過ぎるのが速すぎる。
なんだか、毎日ブツブツつぶやいている内に過ぎてしまったように感じだ。
愚かな日々を送っていると嫌悪するが、自分以上には生きられないとも思う。
毎日が「主にすがる」日々。
これで満足としよう。
 
1月30日(木)2003年 「楽しい?英作文」
昨日は開かなかった車のドアや我が家の窓も今朝は開いた。
寒気団が遠のいたらしい。
昨夜、9時、仕事を終えて車にキーを差し込んだ時にも鍵穴は凍っていて、運転手席側の鍵は開かない。幸い、反対のドアが開いたので良かったが、一時は外気の寒さとは別に背筋がゾッとした。
 
中学生の英作文のテーマに、先週は、「コンビニ、スーパー、デパートの違い」を選んだ。
私もよく分からないのだが、中学生も改めて考えたらしく、真剣に取り組んだ。
コンビニは24時間営業が特徴の一つ。
デパートには屋上に遊園地がある、とある子が言った。
スーパーはどうもその中間らしい。
 
もう一つ、軽いテーマとして、「幸せなことを10個、箇条書きにしなさい」と出した。
最初はみんな難しそうな顔をしていたが、「部活が出来て幸せ」のように、小さな幸せを見つけて書きなさい、とヒントを上げたら、スイスイと書き終えた。
小さなことに幸せを感じて生きるのは、大変な幸せと思った。
 
英作文は文字数7文字以上、4〜5文を書く。
テーマはその都度に、季節のものだったり、試験に良く出る学校の思い出、将来なりたい職業、趣味、この頃は環境問題も取り上げる。
子供達は、慣れてくると英作文は好きなようだ。
ほとんど毎週、30分くらいかけて書く。
英語の何が弱いかも自然にわかる。
英作文や、小さなテストで、冠詞をよく忘れる子がいた。
それを克服したらテストの点数がグンと伸びた。
 
入試の時期には、ひたすら祈るのみ。
明日は、私立高校の入試日。
主よ、一人一人を祝福して下さい。実力が出せますように。不注意な間違いをしませんように。雪道での事故からもお守り下さい。御名によって祈ります。アーメン。
 
1月29日(水)2003年 「聖書に線を引く」
昔、10年間位、ほとんど信仰書ばかり読んだ時期があった。
その時、読んでいる本に出てくる聖書の箇所を全部、主に使う聖書に線を引いた。
その頃は、信仰の初心者だったので、自分が感動したものより、本に引用されている聖句が確かな気がしていた・・・・今も余り変わらない。
 
10年後、線を引く機会が減少した。
その後、説教を聞き、本を読んでいて、この聖句には覚えがない、と思って聖書を開いても確かにそこには線が引いてあった。
 
数日前、新約聖書についての本を読んでいた。
その本の最後の方に「『文字は殺す』という有名な言葉がある」というのを読んだとき、
有名ならば線は引いてあるはずだ、と聖書を開いたがそこには、何の印もなかった。
青、緑、赤、のボールペン、色鉛筆、シャープペンシルなどで、線の他にもいろいろ印をつけているが、その聖句には何の印もなかった。
早速、その聖句「第二コリント3:6」に線を引いた。
 
また、同時に、沢山頂いている信仰関係のメルマガに引用された聖句にも線を引いた。
それは、イザヤ書52:12。
52:12 あなたがたは急いで出るに及ばない、また、とんで行くにも及ばない。主はあなたがたの前に行き、イスラエルの神はあなたがたの/しんがりとなられるからだ。
 
聖書は宝の山だ。
人生の指針が全部そこにある。
私たちが経験するどんな問題に対する解答も漏れなく載っている。
本当に親しむに足るものだ。
益々線を引く機会があることを祈りつつ。
 
1月28日(火)2003年 「血を飲む儀式」
ただ今、通読は申命記。
記憶の底で動かないものがある。
意識上にはあがってこないが、もやもやと気になっているものがある。
それが何かの切っ掛けで、あたかももやが晴れるように、すっきり解消する。
今朝、申命記12章で、「血を飲んではならない」を読んだとき、はたと膝を打った。
映画などを見ると、邪悪な組織はよく血を飲む儀式をする。
これは、すなわち神に対する反逆の儀式なのだ。
ただ単に奇をてらって血を飲むのではないのだろう。
と、私は理解したのだが、間違っているかも知れない。
血を飲む儀式は全く聖書とは何の関係も無いかも知れない、が私はこれで納得した。
 
1月27日(月)2003年 「彼は塗り壁か?」
英語の和訳問題に、He looks like verry well.というのがあった。
look like は分かるのだが、固まったのはwellを見てから。
一人の子が言った。
「彼は非常に上手に見える」。
私 :「何が上手なの?」
生徒:「何でも」。
気持ちは理解できるが・・・・・・・・・しばらくの沈黙の後、別な子が、
「彼は壁のように見える!」
と叫んだ。
私 :「どんな壁?」
生徒:「なんか、こう、堅そうに見える子。時々いるよ」。
・・・・・・完璧に、wellとwallを勘違いしている。
子供達の思いもよらない、しかし真面目な間違いを私は楽しんでいる。
 
1月26日(日)2003年 「私の憂鬱な時にも主は伴われる」
今、23:55。今日が終わろうとしています。
24日、25日と書きませんでした。
書くことが無かったのではなく、あまりにも凄いことが起こったので、私は主に感謝し、
主の御手の働きに感動していました。
人間と、人間が関わる環境は、主の介入、私たちの祈りによって劇的に変わることを見せて下さいました。
私は声も出ないほどの感動に浸っていたのです。
ハレルヤ。アーメン。
 
しかし、今は非常に憂鬱な気分に陥っています。
原因不明の不安感が私を取り巻いているようです。
額を抱えるその手に「頭蓋骨」の感触を皮膚のすぐ下に感じます。
皮膚の薄さに驚いています。
 
この憂鬱な時にも主イエス・キリストは伴って下さっているのは確かなことですよね。
私が彼の存在を感じようが感じまいが、主は確かにおられます。
だから、私の心がどんなに不安や焦燥を感じていても、動揺しないで、私の祈りに主が
どのように応えて下さるか楽しみです。
 
1月23日(木)2003年 「奇跡」
一人の少し覚えることに障害がある子に英語を教えている。
小学6年生の後半から教え始めて今中学2年生。
 
月に一度、間違い探しをする。
チョット難しい。
去年の夏までこの子は、この間違い探しが出来なかった。
3個くらいまでは自分で見つけるのだが、10個まで完結したことはなかった。
探せない苛立ちから、紙全部を塗りつぶして、「ハイ、出来た!!」と紙を投げ出す。
それが、立て続けに2回、ナント自分で10個見つけてしまった。
この子は、出来ないだろう、と諦めていた自分の愚かさを恥じている。
 
この子は、また、30分と座っていることが出来なかった。
問題を解くことが出来ないので、他の子が問題に取り組んでいる間、もっぱら教科書を一緒に読んでいた。それでも、暫くすると「つかれたー」を連発し、読むことに興味を示さなくなり、立ち上がっては歩き回る。
 
ところが、今年に入って、ノートに単語や文章を書き写すことが、少なくとも30分以上は続けて出来るようになっていた。
間違い探しのことと併せて不思議な気持ちでこの子を見ていた。
昨日から、中学生が覚えなければならない単語を、AからZまで書く作業を始めた。
教室でしていたのでは、いつ終わるか分からないので、「○○ちゃん、それ宿題にしようか?」と訊いた。
すると「ウン、良いよ。わたしがんばる!」
自分の耳を疑った。
楽しそうに、元気に、頑張る気持ちが顔一杯に表れている。
過去数回、パソコンを使って教科書の文章を書き写す宿題を出した時にはきちんとしてきたので、今回も楽しみにしている。
 
もう一つ。
その子の小学生の時からの友だちがいる。
友だちは教える必要がないほどの良い点を取る。
去年の夏、その友だちが急に教室に来られなくなったいう連絡が入った途端に、その子は大声で泣き出した。
泣いて、「もう帰る」と歩き回る。やっと宥めた。
「もう帰る」と言っては外へ出るのだが、暫くして戻って来たことが数回ある。
お母さんが怖いらしい。
昨夜も、友だちが急に休むという連絡があったのだが、その子は一生懸命に単語を書いていて、友だちのことには関心がいかなかった。
私はこれを見て、また驚いた。
この子の中では確かに何かが起こっているに違いない、と神を恐れた。
 
人の中で不思議な御業を進行なさる神の奇跡を見せて頂き、「畏怖」を感じた。
願わくは、この奇跡が私の中でも起こりますように、と祈った。
 
1月22日(水)2003年 「祈り」
昔、その教会では、水曜日の祈祷会で天皇陛下のために祈っていた。
また、国会議員のためにも祈った。
今、毎日、北朝鮮状況がTVで報じられる。
一昨年から今年にかけてはアフガンだった。
多分、多くの人がそうだと思うが、祈る言葉を失うだろう。
本当に、何と言って祈ったらいいのか言葉が見つからない。
誰が、何のために、アフガンの人々を苦しめ、北朝鮮とそこからの脱北者、そして難民と呼ばれる人々を悲惨な状況に陥れているのか?
全ては神の御手にある。
私に出来ることは祈ることだけだろうか、と時々自問する。
あるキリスト教団体を通じてアフガンのために何度か献金した。
非常に丁寧な礼状が届いた。
送ったのはわずかな金額だ。
自分でも「あまり役には立たないなぁ」とため息が出る。
TVを見ながら理不尽な苦しみの中にある人のためにチョット手を休めて祈る。
 
1月21日(火)2003年 「パウロはなぜ命をねらわれる?」
通読で使徒行伝を終わった。
いつの頃からか、「パウロはよく命をねらわれる」ことが頭の隅に定着してきた。
寝る前に図書館から借りてきた新約聖書の成立について書いた本を読んでいる。
この本を読んでいたら、「パウロは秘密結社のような組織から狙われていたのでは?」と書いてあった。
なんだか納得した。
籠に入って逃げ出すシーンはまさにそんな感じだ。
 
この本はまた、よきサマリヤ人の場面を、「隣人に親切にしなさい」という単純な取り方をしている私たち・・・信徒代表?・・・をチョット馬鹿にしていた。
登場人物が属する派閥の利害関係によって一人一人が行動し、あの場面になった、と解説していた。
おもわず唸った。
他にもいろいろ、感嘆したり、仰天したりしながら、読んでいる。
 
1月20日(月)2003年 「サタンの邪魔をはね除けて」
月曜日は、礼拝のまとめをする。
早く始めると良いのだが、いつも午後になる。
日曜日にメモしたものに、ICレコーダーに録音したものから補充していく。
文章を書くことより、この作業が大変だ。
いらいらすることが多い。
最初は気分を晴らすために簡単な運動をしたり、違う仕事に手をつけたりしていたが、
「この作業を邪魔するサタンから守って下さい」と、祈り始めてからいらいらすることが少なくなった。
 
礼拝の説教が50分なら、この作業は1時間半から2時間かかる。
メモの取り方が良いとこの作業は楽だ。
ICレコーダーの音をパソコンに取り込んだものを聞いて、メモに不足分を書き足しながら、ついでに文章化するときには、どの言葉を使うか考える。
 
祈りだしてからいらいらすることが少なくなったが、祈りは、HPにアップするまで続く。
書くときには、「主の栄光を現すに相応しい言葉を与えて下さい」と祈る。
念頭には「キリスト教の初心者」を置いているので、出来るだけ易しい言葉を使うように気をつけているが、慣れて頂くために、キリスト教の用語は使うようにしている。
最初から最後まで、悪魔は誘惑してくる。
「何のためにこんなことやってんの?」
めげずに頑張る。主の臨在を思いつつ。
 
1月19日2003年 「街中の自然」
月に一度教会の婦人会に出席した帰り、連れ合いと近くの書店の駐車場で待ち合わせる。
教会から、そこまでおよそ10分歩く。
このちょっとした歩きが楽しみだ。
歩いていると、時々、車で帰る人に誘われるが、丁寧にお断りする。
このコースを歩くのは楽しいし、運動不足の解消にもなっている。
 
月に一度、あるいは2ヶ月に一度だから歩く途中にある家の木々、植物の変化を見るのが楽しい。
コースの丁度真ん中に団地がある。
そこに小さな花壇が作られている。
大変に手入れが行き届き、いつも季節の花が咲いている。
この花壇をお世話している人は誰だろう、と想像する。
 
また、鳥の声も以外に多い。
今はヒヨドリの声がよく聞こえるが、もう少しすると、カワラヒワが鳴き出す。
キジバトにも驚かされる。
秋には、モズがけたたましかった。
5分くらい遠回りをすると、シジュウカラ、エナガ、コゲラの混群に出会うこともある。
 
春は、何と言ってもツバキが美しい。
神社にあるのはヤブツバキだろうか。
神社の向かいの家には、見事なツバキの木がある。
今からそれを見るのを心待ちにしている。
 
1年中、ホントに飽きない歩きのコースだ。
主にある交わりの後、街中の自然に満喫して帰る。
 
1月18日2003年 「良い小説と良い読み物は体に良い」
使徒行伝の21章に入ると急に「私たちは」となるから驚く。
今でこそ、この章の1−18節が「私たち章節」と呼ばれているのを知っているから驚かないが、最初は「私たち」って誰?となっていた。
必ずここで思考の流れが止まる。
 
いろんな賞の選評を読んでいると、「視点が定まっていない」という言葉を見かける。
確かに小説では視点が定まらないとすんなりと感情移入が出来ないことがある。
もちろん、敢えて視点を時々変えている小説もある。
 
パトリシア・コーンウェルの「検屍官」シリーズを6冊立て続けに読んだ。
何と言っても「検屍官」なのだから、モルグでの解剖の描写が度々出てくる。
シリーズの題だって気味が悪い。
でも、ストーリーにすんなり入っていける。
視点が「わたし」で統一されていて、それからはずれないからだろう。
主人公、ケイ・スカーペッタと同じ視点で、彼女と一体となって物語の中にいることが出来る。翻訳もとても読みやすい。
 
信仰書を立て続けに数ヶ月読んだことがある。
そして、信仰書を読むのを止めた。
読んでいる途中で「私は日本語に飢えている」と感じた。
そして、司馬遼太郎と出久根達郎を読んだ。
気持ちが落ち着いた。
良い小説と良い読み物を交互に読むのが良さそうだ。
 
1月17日2003年 「解けない雪」
座って、ほとんど一日中を過ごす位置から、屋根が見える。
バブル期には食料品の加工会社があったようだ。
今は、誰も住んでいないし、使用されてもいない。
野良猫が沢山いる。
野良猫の赤ちゃんが、春になるとゾロゾロと道路に出てくる。
 
その家にも雪は降り積む。
私はそれを見て、道路の雪の解け具合や、外が暖かいか、冷たいかの目安にする。
火曜日に雪が降った。
水曜日は全国的に、冷凍庫か冷蔵庫に入ったような気温だった。
が、金沢の最高気温は7度まで上がったはずだ。
今日は、金沢の最高気温は11度。
当然、屋根の雪は解けるだろうと、期待しつつ、何度も屋根を見た。
 
何故か、解けない。
「何と頑固な!!」と嘆いた途端に、「石よりも硬い我が心」という言葉を思い出した。
神さまがお怒りになるはずだ。
「太陽政策」をとっているのにそれを拒否するのだから。
でも、神さまは解けるまで待って下さる。
岩よりも堅い私たちの心が柔らかになるまで。感謝。
 
1月16日2003年 「ロダは何処に?」
1年半に1回くらいの割で聖書の通読をしている。
だから使徒行伝も福音書も何度も読んでいる(つもりだ)。
ずっと以前から通読表を自分の使いやすいように作っている。
そして、旧約と新約を交互に読む。
厳密にそうするのではなく、出エジプトとレビ記の後には、4福音書を全部読み、民数記から使徒行伝に入った。
今朝は、14章から16章まで。
読む量も決まっていない。
気持ちが集中しているときや、短い章が続くときには5章以上読むこともある。
 
さて、私はロダというお手伝い(聖書ではまだ女中だが、この言葉は今は使ってはいけません)が、ずっと「福音書」に登場すると思っていた。
使徒行伝には沢山の事件が登場するので、「使徒行伝の事件簿」ファイルを初めて作った。そして、ロダが12:13に登場したので、驚いた。
驚くことはないのだが、ファイルを作って、脳みそにはっきりと記憶された。
その場面も福音書と区別された。
如何に好い加減に、ただ字面に目を走らせるだけの読み方をしていたのか、と猛省しました。
時々、ロダはどこに登場したのかな?と思いめぐらせていたのが解決した。
感謝。アーメン。
 
1月15日2003年 「間違い探し完了」
月に一度、雑誌の間違い探しを子どもたちにさせている。
普通の子なら、小学2年生から出来る子もいる。
小学生、中学生、そして高校生も時間的にはそんなに変わらない。
もう20年間続けていて、子どもたちも心待ちにしている。
 
2年前、英語教室に、学習に障害を持つ子が入ってきた。
6年生の終わり頃だった。
その子は、この間違い探しが出来なかった。
悔しいのか、紙を全部塗りつぶした。
去年の春頃、10個の内、5個くらいまで自分で探せるようになった。
私は喜んだ。
そして、今日、その子は全部、自分で探していた。
私は驚いた。
嬉しくて神さまに感謝した。
 
多分、2年前は間違い探しに慣れていなかったのだろう。
誰でもそうだが、初めての経験に向かうときには躊躇する。
この子の場合、それが酷かったのだろう。
ノートに書くこと、本を声を出した読むことなども最初は嫌がった。
 
それが、今ではノートに書くことは嫌がらない。
読むことは、嫌がらないが小さな声を恥ずかしそうに出す。
 
この子のためにはずっと祈ってきた。
いつの日か、主イエス様に個人的に会う日が来ることを。
 
1月14日2003年 「梅はいつ咲く?」
昔、梅は旧正月にはもう満開だった。
母方の実家には村でも一番綺麗で、大きな梅の木があった。
その実も見事で大変な大粒の梅干しになった。
昔からの定番で、ウグイスが来ていた・・・・野鳥の会に入って知ったことだが、
これはウグイスではなくて、メジロらしい・・・・。
梅の花は1月に咲くは、私の頭に確実にインプットされた。
 
それから数十年。
金沢の梅は3月に咲く。
こちらに長くいると、「梅が1月に咲くのは、私の記憶違いかな?」と、自分の記憶を疑うようになってくる。
福岡に三社参りに行った太宰府天満宮にも確かに梅の花は咲いた、という記憶がある。
 
先日ニュースを見ていたら太宰府天満宮の紅梅に雪が積もっていた。
確かに九州では梅は1月には咲く。
ツバキももう咲いている。
金沢のツバキは4月頃に咲く。
子どもの頃にインプットされた季節感を調整させるのは難しい。
 
今、我がベランダにはサザンカが咲いている。
そして、カラシの木にも、新しく、ふっくらした花芽がある。
このカラシ、何とも強い。
イエス様が歩いていらした頃のカラシの木とは全く違うらしいが、見ているだけで、
私も、このカラシのように、どんな土壌にも適する、そして、力強く生き抜く信仰を持たねば、と励まされる。
 
1月13日2003年 「聖書の裁判官とやもめと讃岐うどんの店主と私」
歳暮に讃岐うどんをもう2回も送った。
2回も送るなんて初めてだ。
それで、なんで2度も同じものを送る気になったのだろうか、と考えた。
 
四国の讃岐うどんの店から何度も、年中、メルマガを頂いた。
同じようにメルマガを頂くお菓子の店もあるが、何と言ってもその数が違う。
11月末頃から毎日のようにメルマガが送られてくる。
楽天を覗いたり、チラシを見たり、考えたりしたが、結局そのメルマガ攻勢に負けた。
 
聖書のルカの福音書に不義な裁判官の話が載っている。
何度も訪ねてきてうるさいので裁判をしてあげよう、という話だ。
18:1 また、イエスは失望せずに常に祈るべきことを、人々に譬で教えられた。
18:2 「ある町に、神を恐れず、人を人とも思わぬ裁判官がいた。
18:3 ところが、その同じ町にひとりのやもめがいて、彼のもとにたびたびきて、『どうぞ、わたしを訴える者をさばいて、わたしを守ってください』と願いつづけた。
18:4 彼はしばらくの間きき入れないでいたが、そののち、心のうちで考えた、『わたしは神をも恐れず、人を人とも思わないが、
18:5 このやもめがわたしに面倒をかけるから、彼女のためになる裁判をしてやろう。そしたら、絶えずやってきてわたしを悩ますことがなくなるだろう』」。
 
讃岐うどん店のHPに必要事項を記入しながら、この裁判官の話を思い出していた。
メルマガの文章で好きな文章がいくつかあるが、この店のメルマガの文章も良い。
商売人として非常な腰の低さが伝わってくる。
信頼できる文章だ。
うどんを最初に歳暮として送ったときには、私たちも食べた。
美味しかった。
ものすごい数のうどんが売れたことが、その後のメールで報告されていた。
 
失望せずに祈って行きたい。
 
1月12日2003年 「We need you!!」
普段は忘却の彼方だが、何かのきっかけで浮かび上がる言葉がある。
その一つが「We need you!!」。
昔、宣教師から言われた言葉だ。
確定申告の時期で忙しかった3月頃、電話がかかってきた。
彼女はほとんど日本語が話せなかったし、私も英語が得意ではなかった。
そんな二人の会話で、最小最大限の言葉だった。
 
3月は忙しい。
血尿などは日常茶飯事だった。
日曜日は休みたい。
しかし、彼女の言葉に動かされた。
翌週の日曜日に教会へ出かけた。
まだ、洗礼を受ける前だったが、小さな教会で人手が足りなかった。
それからはほとんど休まなかった、と記憶している。
 
中学生が先週、「need」の過去形を訊いてきた。
教えるついでに、使い方の一例として「I need you.」を教えた。
 
1月11日2003年 「葉書の一行」
年末になると「忌中」葉書が届く。
段々多くなる。
もちろん、私たちと直接関係ある人が逝くわけだはない。
身内の方がお亡くなりになる。
 
今年はそんな葉書の中に、ご主人を亡くされて方の葉書が一枚あった。
「寂しいけれど頑張ります」という一行に胸を打たれた。
 
1月10日2003年 「本の値段を安くして!!」
久しぶりにキリスト教書を買った。
この本は絶対に中身が詰まっている、と思って買った。
私は書店で見て買うことは滅多にない。
本や、新聞、雑誌、そしてこの頃はメルマガで紹介されている本のタイトル、内容紹介などを読んで購入する。
時々、失敗する。
はらたいらさんのパソコンの本を買って、非常にガッカリした。
中身がほとんどない。
真っ白な本だった。
 
去年の春頃買ったキリスト教の本にもガッカリした。
ハードカバー、ページ数はまあまあ。その書いてある内容もまあまあ、良かった。
が、中身が真っ白に近かった。
 
こんな本を作るくらいなら、ソフトカバーにして、ページ当たりの文字数をもうチョット多くして、500円くらいで売って欲しい。
読後感が、「だまされた」。
 
もちろん、内容が良くて、一冊の本から一個だけ、何か得るもんがあればいいではないか、と思ったりもするが・・・。
ハードカバーにする必要がない本は、ソフトにして、安かったら良いのに。
祈るしかない。
 
今回の本は思った通り、本を開いた時に、「チョット黒い」と感じるほどに字が詰まっている。ちゃんと机に向かって、聖書を横に置いて読もう。
 
1月9日2003年 「出エジプトを辿りたい」
昔から、一度は行ってみたいと思いつつ実現しない旅行がある。
イギリスの北部、ヒースの咲く丘を歩いて見たい。
昔は、英国の本格ミステリーを読破した。
その時、何度も事件の現場として登場した。
 
中国の元満州。
母が電話交換手として満州にいた。
戦後、何度も当時の様子を聞いた。
遙か彼方に沈む夕日を見てみたい。
 
ロシアの咲き続くヒマワリ畑をシベリヤ鉄道に乗って見てみたい。
もちろん、これは映画「ヒマワリ」を見て感動したから。
 
パキスタン。
正倉院のガラス器に、ここの湖の蒼を写したものがある。
そのような蒼い湖が見たい。
 
ドードーが居た島、モーリシャス。
そこで、ドードーと、ドードーと共に生き、絶滅した木を偲びたい。
 
そして、出エジプトを辿る旅。
多くの人は聖地旅行を考えるが、もう観光地化してしまっているだろう。
40年かかった道程は車でどれほどかかるのか?
私は楽な旅をしたい。
と、民数記33章を読みながら考えた。
 
1月8日2003年 「信号は赤のままでも」
今までの祈りは「信号が早く青になりますように」だった。
しかし、去年あまりにもいろんな事がありすぎて、信号はなかなか青にならなかった。
ある日、「信号は赤のままでも良いのでは?」と考えた。
神さまが「赤のままで待て」と言われている。
気持ちがすっきりした。
青に変わるように、七転八倒して祈った祈りが、穏やかな祈りに変わった。
「信号を青にすることが祈りの力であり、信仰の力である」と勘違いしていた。
信仰は、信号を青にすることではなくて、神さまが青にして下さるまで、信頼して、魂に平安を持ちつつ待つことのようだ。
今はまだ私の信号は赤だ。
青になるのを楽しみにしている。
 
1月7日2003年 「我が家は田舎?」
先月、クリスマス祝会の一つに出席したとき。
終了後、お茶の時間になった。
雪の話になる。
我が家は「山沿い」に位置する。
それでも、金沢の繁華街、「香林坊」までは、車で10分。
だけど積雪は20センチほどの差がある。
やっぱり「山沿い」らしい。
 
さて、どこに住んでいるか、という話題になった。
町名を告げた途端に「ああ、田舎の方ですね」と言われた。
どうも、60歳以上の方にはここは田舎になるらしい。
今から15年くらい前にも同じことを言われた。
我が家の位置を説明するのに、「信号を曲がって・・・」と言ったら、
「エッ!!○○に信号があるんですか?」
 
今は、この町内に信号は4カ所ある。
コンビニが2つ。
郵便局も消防も。
小中が各一つ。高校が2つ。大学が一つある。
こちらに引っ越してきたとき、私はカーテンを開けて遠くの山々を見ながら本を読んでいた。
今は、学生アパートが建って一日中、カーテンは閉めている。
時々、もっと山か海の近くに移動したい、と思う。
今度引っ越すときにはと、雪が積もらない所を私は見つけている。
金沢から車で30分、山の方の町、鶴来に50センチの雪が降っていた時、金沢にも少々積もっていたが、そこの地面は乾燥していた。
雪や雨の痕跡が全くない。
今度引っ越すときは、絶対ここだ、と誓った・・・・随分前に。
 
神さまが導かれた所を満喫するのが一番なので、今はここで満足している。
何と言っても自然が豊か。
ワシタカ・シギチを除いて鳥見も一年中出来る。
可愛いエナガを交えた混群が町内の木から木へ移動している。
近くの犀川にはカワアイサは来るし、カワセミ、カワガラスも年中見られる。
初夏にはオオルリを至るところで見て、その美声を堪能する。
教会にも近い。
ホント、素晴らしい所です。
 
1月6日2003年
礼拝後、駐車場で話した。
お正月はどうでした?とお互いに尋ね合う。
私はずっと机の前に座っていた、と報告。
これは風邪がまだ治りきっていないこともあったが。
 
相手は、良いことが沢山あった、と嬉しそう。
友人から大好きなお菓子を頂いた。
ご主人がチョット高価なアイスクリームを買ってくれた。
そして、何と(私はかなり驚いたのだが)元旦礼拝が始まる前にスーパーに出かけ、バーゲンで洋服を買うことが出来た、と本当に嬉しそうに話した。
 
神さまは一人一人に相応しい喜びや楽しみを備えて下さる、ということを改めて感じた。
神さまが与えて下さるものを感謝して頂くとき、私たちの心は喜びで溢れるのだろう。
「こんなことで喜ぶなんて!」という人は、多分永遠にこの喜びを理解できないし、多分永遠に欲求不満状態でいるだろう、と考えた。
「いつも喜んでいなさい」は神さまの命令だ。
 
1月5日2003年
昨日の雪は酷かったが、今日は小康状態。
昨日の吹雪の中を自転車を走らせた牧師に驚く。
立っておれないほどの横風が吹いた。
私は、元旦以来どこにも行かず、ひたすらPCの前に座った。
年末からの風邪もまだ完全に治っていない。
浅田飴を途切れなく嘗めている。
 
ひたすらPCの前に座りながら考えた。
今は車があるから出かけようと思えば出かけられる。
道路も、消雪装置があり、ブルドーザーが雪かきをしてくれる。
昔の人々はこの雪の中でどんな暮らしをしたのだろうか、と考えた。
よく、雪国の人は口が重いというが、この頃納得している。
雪の中の家族だけの会話は途切れてしまうだろう。
ラジオやTVが無かった時代、ただひたすら家内で仕事をしていたのだろうか?
 
私は九州の暖かい所で生まれ育った。
冬でもポカポカな陽気に、お年寄りも孫と一緒に散歩に出かける。
お喋りが始まる。
 
今は昔とは随分違うが、口の重さは面々と続いているようだ。
 
1月4日2003年
11月3日の雷ショック以来手をつけていなかった家計簿を12月末まで終了した。
これで、雷ショックの処理は90%復旧したことになる。
残りは、ジャストネットで登録したものをso-netに登録変更をするだけとなった。
もう一息だ。
 
朝から雪が酷い。
30センチくらい積もっている。
雷も遠くで鳴っているらしい。
雷光だけが見える。
 
ベランダのカラシの木の根元にも雪が積もっている。
去年、風が強い日に50センチの幹を残して上の部分を全部切り落とした。
すっきりした形になったが、果たして今年、芽を出すかどうか心配だ。
挿し木した木は生長しなくても生きている。
この木が今年、再びその生長を楽しませてくれるに違いない。
 
1月3日2003年
今日はゆっくりお風呂で本を読む。
時間を考えずにお風呂に入れるのは幸せ。
PCで眼を使い、お風呂で眼を使うので、なかなか肩こりが解消しないが、お風呂の読書はもう数十年続いている楽しみの一つ。
 
今年何を目標にするか、をボチボチと考えた。
鳥見では、ワシタカ、シギチの識別をもっと知りたい。
聖書は、段々と感情移入をすることが出来るようになった。
もっと読み込みたい。
 
手紙の返事を出来るだけ早く出すこと。
もうすでに5,6通貯まっている。
頭が痛くなるし、日数が経つとプレッシャーが大きくなる。
 
昨年暮れからペイントで絵を描き始めた。
撮り貯めた写真を元に絵を描きたい。
 
余り欲張ばらないで・・・。
 
1月2日2003年
昨夜から降り始めた雪が積もった。
珍しいことではないが、昨日の晴天が嘘のようだ。
 
礼拝の音声をアップしようと朝から頑張っているが思うようにいかない。
ほとんど最後まで処理はするのだが、「アップできませんでした」のメッセージが出る。
 
コーヒーと甘い物を少々机の脇に置いて朝から晩までPCの前に座る。
そして、新年の2日目は終わった。
 
夜中に『風と共に去りぬ』を途中から見る。
もうすでに数回見ているのに、「見ていない場面」がある。
きっと何かしながら見ていたのだろう。
 
1月1日2003年
朝から素晴らしい晴天。
金沢では超珍しい、貴重な元旦。
元旦礼拝も素晴らしいメッセージだった。(音声をアップします)
 
私たちはお正月には、どこかへ鳥見に行くことにしている。
石川県に住んでいる恵み、ワシタカで有名な探鳥地、河北潟を予定していた。
が、こんなに良い天気だ。
どこかを歩きたくなったので、河北潟へ行く前に、普正寺の森へ行くことにした。
普正寺の目的は、キクイタダキ。
他に紅い鳥の一種にでも会えたら感謝。
 
普正寺の森の駐車場へ入る直前に、20羽くらいのオナガが車の前を横切る。
緊急停車。
オナガを見ながら弁当を食べる。
キジバトが一羽、のどかに、陽当たりの良い地面を歩いている。
2,3年前にも、元旦礼拝の帰りにオナガの群れを見たね。
オナガは元旦の鳥かな?
と連れ合いと話した。
 
車の中は暑いくらいだが、最高気温7度の外は寒い。
森の中へ続く道を500メートル歩いたところで、先輩?の鳥見人が何かにスコープを向けている。
後ろからソッと近づき、「何か出てますか?」と常套句で話しかけた。
特別なものは居なかったが、話す内に「河北潟にクロツルが出たのを知ってますか?」と言われて、予定を急遽変更。即河北潟へ。
 
車で20分かかって移動。
まずは、観察舎へ。
石川と富山ナンバーの車が止まっていた。
マガモだけかな?と双眼鏡を移動させる内に、トモエガモが沢山混じって泳いでいる。
この時期、トモエガモが来た、という記録を観察舎備え付けの記録簿に見るが、本物をじっくりみたことはなかった。
今日の記録に、2000羽とあった。
誰がカウントするのだろう。
以前は、6000羽いたことがある。
 
富山から来た女性がタゲリを見て感動したと話した。
私も最初にタゲリを見たときには感動した。
去年までタゲリがいた田圃は整備中だった。
河北潟の田圃はこの数年大分減少した。
タゲリは交通量の激しい道路を挟んだ田圃に沢山いた。
安堵。
折角遠いところから渡ってくるのだからゆっくり休み、沢山食べて欲しい、と願う。
 
私たちの今日の目的はクロツル。
ハクチョウと一緒に居る可能性が高い。
が、そのハクチョウを私たちはこの河北潟で数年間見ていない。
車を走らせる。
 
再びタゲリの群れが居る田圃を発見。
農道に車を入れた。
タゲリの姿を追っている目の前に、奇妙な物体が湧き出た。
運転する連れ合いに、「アレ、ナニ?ナニ?」
 
それは、巨大な横長の風船の形をしていた。
あまりにもその形が奇妙だったので、その側に佇むハクチョウが目に入らなかった、らしい。
もちろん、その横長の巨大な風船は、ハクチョウが毛繕いしているので、頭を胴体の中にいれていたのである。
6羽だった、と思う。
もし、出るとしたら、クロツルもその内に帰ってくるかもしれない、ので私たちは待つことにする。
他に一台車が止まっている。
 
待つこと数分。
次々にハクチョウが飛来する。
10羽くらいの単位なのでカウントしやすい。
止まっている車からカメラのフラッシュが光り始めた。
夕方5時、その場を立ち去るまでに104羽になっていた。
 
残念ながらクロツルを見ることは出来なかったが、二人ともハクチョウを堪能した。