14.両毛線の第1鉄橋

14.両毛線の第1鉄橋

思川の増水に難航した架線工事

  両毛線は明治21年(1888)5月22日、小山〜足利間が開通。両毛とは群馬県と栃木県の古代の国名・上毛野と下毛野からできている。
 昔から両毛地区は天産人工の富に恵まれていたが、惜しいことに運輸の便がまだ十分でなく、利根川水系の船運などに頼 っていた。
 とくに足利は東京・横浜への生糸・織物など輸出品の集散地となっており、この地に運輸の便がないのは産業の壊廃に帰すことであった。それゆえ、両毛線は明らかに産業鉄道の色合いが強かった。
 架線工事は明治20年(1887)8月から始められたが、この年は降雨のたびに川が増水、難航した。橋脚は軟弱地盤のため、まず仮橋を設けて土砂などを運搬し、抗打ち基礎の上にレンガを積む工法がとられた。おかげで小山宿は多くの作業員で活況を呈したという。正式には「思川第1橋梁」という。
 山本有三の「路傍の石」で吾一少年が鉄橋でぶらさがったのを思い出したが、それは栃木市内のウチダ川。


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