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金鯉の宮 |
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もと絹村の高椅に、高椅神社という古社がある。『延喜式』という書物に記されているのだから、 10世紀のはじめはすでに鎮座していた。祭神はイワガムツカリミコトといって、ヤマトタケルミコトが東国平定にくだったとき、ヤマトタケルたちがめしあがるお料理の係として従って来たとされている。むかし、この境内の井戸を掘ったら、地中から大コイが飛び出した。神主の持田兵部大輔ははるばる京都にのぼり、奇瑞のもようを申し上げて、そのコイを天皇にたてまつった。天皇はたいへんお喜びになって、「日本 1社禁鯉の宮」と書いた勅額をたまわった。それからは、大コイが現れた井戸は神泉として1般が汲むことを禁じ、また、お宮の付近のコイは神の使いとして、捕らえて食べることがなくなった。あるとき、火事が出てお宮が焼けそうになったら、そばを流れる田川にコイの大群が出現し、いっせいに水を吹きかけたので、お宮もご神体も無事だったという。 こんにちでも、高椅から梁にかけて、コイを捕る人はなく、網や釣り針にかかっても逃がしてやることになっている。 |
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