![]() |
仏じいさん |
![]() |
愛宕さまのそばの堀が、枯れヨシや塵あくたでよごれ、ひどく泥深くなった。長年堀ざらいをしなかったからである。信心深い老人たちは、これではもったいないことだ、と話し合った。そして、 2、3人が代表になって、里長の屋敷へ出かけて行った。「わしも、気にしていたところだ。 さっそく、堀ざらいのふれを出すことになった。男手のある家から、 1人ずつ出るのである。当日は、さいわいよい天気で奉仕の人々も気持ちよく働いた。そのなかに、 70に手がとどきそうな白髪の老人がいて、口のうちで始終「南無阿弥陀仏、なむあみだぶつ」と称名をとなえながら、せっせと精を出していた。人々が休んでも、休もうとはしなかった。「仏じいさんも、すこし腰をのばしたらどうだね。」 「ありがとうよ、みなさん。なんまいだぶ、なんまいだぶ・・・・」 と、そのとき、仏じいさんと呼ばれた老人が、とんきょうな大声を出した。「あれまあ!これは金無垢の観音さまでねえか。」 そばにいた人たちが、立ち上がって集まった。老人が泥にまみれた両手で、ありがたそうに撫でさすっているのは、まさしく、失われた「おはらごもり観世音」にちがいなかた。 「こんなところに、ござらっしゃったか。」 「こんなにきたなくなっていらっしゃる。」 「もったいなや、もったいなや。」 人々は。老人から受け取って、愛宕さまのみたらしで、きれいに洗ってさしあげた。 すると、仏じいさんがふたたび叫んだ。 「またあったぞ!」 今度現れたのは、 4尺(1.2メートル)ばかりの木彫りの仏像だった。これも、見覚えのある観音だった。人々は大いに喜んで、里長の家に運び、掘りぬき井戸の清水でていねいに洗い清めるのだった。「ありがたや、ありがたや。」 一同相談のあげく、むかしのように黄金の観音を木造の胎内に納め、愛宕さまの境内にお堂をこしらえてまつることになった。仏じいいさんは堂守にたのまれて、余生を静かに暮らすことができたという。 観音が発見された場所は、釈迦沼と呼ばれた。お釈迦さまのお導きで観音さまが現れたのだ、という意味だった。沼といっても、用水の流れがたまった溜め池のことである。いまは、改良用水を構築くるとき埋められて、わずかに堀の痕跡を残すだけになっている。 仏じいさんの本名はわからない。 |
||