TEACCH その1

なぜ、TEACCH?

 E・ショプラーによると、言語認知系の障害と社会性や情緒系の障害は神経学的に明らかに独立し合った障害であることが、少なくとも部分的には明らかであるという。つまり、社会性、情緒系の障害は神経学的な一次性の障害であって、言語認知機能の障害からくる二次性のものではないとする考え方が臨床研究の中から確認されつつあるのだという。


 高機能自閉の子には、相手を認知し会話も一定可能であるのに、社会性や情緒機能には弱さを残している子がいる。ことばは理解できるのに、そのことばの背景にある 人の気持ちやこころの動きには気がつかない、もしくは関心を示さないという場面にも何度か出会ったことがある。

 これらはLDの子にも共通しているように思われるが、その時々の場面、社会的文脈の中で今何が期待されているのか、あるいは何はしてはならないのかと言ったことを読みとることも難しい子も多いようにも思う。

 一方、自閉性障害を伴わない精神発達遅滞の子の中には、知的あるいは言語認知的には課題が大きい子でも、周囲に関心を示しそれを模倣し対人関係を作っていける子がいる。これは、その子の場合、社会性や情緒的機能には、大きな課題・障害がないという事の結果なのだろう。


 以上のことから、
少なくとも、高機能自閉の子を見ている限りにおいては、書き言葉も含めた
"言語の発達"より、
"社会性・情緒機能の発達"の方が
課題が大きいように思える。こちらのほうが手強いぞといった感触である。

 ところで、
"社会性・情緒機能の発達"
が未熟な人というのは何も自閉性障害の人に限らず、社会の中にも少なからずいるわけで、その傾向のある人は
「チームプレイができない」
「人付き合いが悪い」
「気が利かない、変な人」
等々、世間からマイナス評価を受けているのであろうと思われる。

 おそらくはその一角に位置しているだろう私としてはA^^;、集団での行動を強いられる苦痛がわかるだけに、そこにうまく入れるようになるために社会性等の発達をという発想にはつながらない。

で、どうしても、

「集団に入れ(ら)ない人がいても良いじゃない。」
「みんながみんな直接的なチームプレイを目指さなくても・・。」
「集団に入らない(入りたくない)自分を意識でき」
「集団に入らないその人の存在を容認し」
「それでも、互いに尊重し会える社会があれば・・。」

という所に行き着いてしまう・・。

 社会性等の発達は、集団に入り込むこととイコールではなく、上記の様に社会とその中での自分の位置を意識できるようになるという事なのではないだろうか、と思う。
それが又、
いわゆる"社会的適応"とも同意義でもあるのだろうと私は解釈している。

 
 自閉性障害の子の、これら社会性や情緒系と並んで大きな課題とされる言語・認知系の障害については・・・。
”ことば”の中でも特に”音声言語”は確かにコミュニケーションの手段としては、一番、手軽な手段でもあるし、又、最終的に目指すべき到達地点だという認識ではある。

 しかし、
「音声言語が一番大切か。」
と聞かれると、必ずしもYESとは言い切れない。

 言語・認知の力の伸長だけでは、まだまだ上記の意味あいでの社会的適応にも困難が大きい。認知・言語発達だけに限れば、古典的行動療法にも、ABAにも大いに興味もあり、勿論、その成果にも関心もあるが、
今は、
”知的発達や言語・認知機能の発達”
を最終目的に掲げているわけではないTEACCHプログラムにそれ以上の興味、関心がある。

TEACCH

(Treatment and Education of Autistic and related Communication handicapped CHildren)
(自閉症および近縁のコミュニケーション障害児のための治療と教育)

 1966年に米国ノースカロライナ大学のE・ショプラー教授によってスタート。1972年州法成立
によって本格的に活動開始。 ノースカロライナ州で実施されている自閉症のための全州規模のトータルプログラム。環境の意味理解の困難さに注目し、情報入力の段階でその処理場面や教材などを工夫し、幼児期から成人まで一貫した援助をする。同州の自閉症者の9割以上が自宅やグループホームなどで自立した生活を送っているといわれる。
 現在では、世界各国でこのTEACCHプログラムが導入され、日本でもここ数年急速に広まってきている。
理念として、
●自閉症児・者が施設で生活するのではなく、それぞれの地域社会のな
 かで自立した生活を営むことができるようにする。
●プログラムでは、不適切な行動に焦点をあてるというより、適切な技能
 を発達させることを強調している。
●自閉症児・者自身の適応力を高めると同時に、理解しやすいように周囲
 の環境を作り替える。

等があげられ、

その中で、
(1)詳細な検査・評価による個人差の把握とその尊重。
(2)親の共同治療者としての尊重と連携。
(3)自閉症児、者本人の可能な限りの意見の取り入れ。
(4)幼児期から成人期までの包括プログラム。
(5)低機能から高機能の人までの包括プログラム。
などの配慮がなされている。                                

勿論、ノースカロライナが全州をあげて取り組んでいるこのプログラムを、その部分だけを取り上げて実施しても同じ効果は期待はできないだろうなということは承知の上で、
でも、その理念、理想とすることには大いに賛同し、学べる事については学んでいきたいという思いでまとめてみたいと思う。

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 TEACCHは、各自のニーズや芽生えつつある能力に応じてなされる、自閉症者に対するサービスプログラムである。
それは、自閉症を「治す」ためのものではない。
主目的は、大人になったときに最大限の「自律性」を獲得できるように援助することにある。
それには、
自閉症児に自分の周囲の世界を理解できるように援助すること
他者との関係を持つためのコミュニケーション技能を獲得させること
すなわち、自律、自発性に関する可能性を引き出すことに力を注ぎ、教育をこの目的達成の手段として用いる。

 ここでは、自閉症の人自身の適応力を高めると同時に、その情報の読み取りの弱さを補うために、環境の側を理解しやすいように再構成するという相互作用を重視している。この環境の再構成のことを「構造化」と呼んでいる。

 プログラムは、子どもの成熟度と伸び具合に応じて、頻繁に改訂される。子どものもっている障害よりもむしろ能力獲得の潜在力をみきわめることに注意が向けられている。
 PEP(Psycho-Educational Profile:心理教育プロフィール)と呼ばれている評価法で、
「合格」している課題領域や、
技能をまだ「獲得していない」課題領域、
技能が「芽生えつつある」課題領域を明らかにし、
これらの課題領域がその人のための教育プログラムに取り込まれる。
また、自閉症者は他の人とは脳の情報処理が異なるという認知心理学の研究結果も利用しているようである。


 行動療法のように「行動」に直接働きかけるのではなく、
学習経験が育っていく「基盤」への働きかけをする。
すなわちある行動を直接教えるということよりも、むしろその行動に必要な前提スキルの方を評価していく。もしそのスキルがまだなければ、それを教えていくわけである。目指す行動は当然そういうスキルが獲得されて初めて産出されるものだという考え方だ。
 このことは、そのような学習を育む環境に子どもを置くことで、すなわち空間と時間の構造化、そして子どもの学習スタイルの個人差を考慮に入れた指導の中で育てるという事のようだ。
 すなわち、
期待される社会的・自立的スキルを教え、外見上ノーマルに見える行動様式を身につけさせるという方向性ではなく、その人にとって意味のある経験を広げることをめざしている訳だ。
ショプラー教授いわく、
「スキルの獲得は、それによって自分自身について"OK"と感じることができることを目的としている」
 構造化された環境の中で、外界を"OK"と感じ、その中で新しいスキルを身につけることによって、自分自身にも"OK"を感じ、さらに他に積極的に関わって行けるように成長し続けていけるようにというのがその理想とするところのようである。う〜〜ん、理想が高い!!


 問題行動に対しても、それに直接働きかけることよりも、その背景にある理由(不安、身体痛、課題の難しさ、予想できない変化、退屈さなど)を周囲が理解する努力をするとともに、それを又、本人が周囲に伝える事ができるようになるようにという事に重きを置く。
つまり、
●「環境をよく理解するための手段」を与えること。
 環境を予想しやすいものに作り替え、不安を引き起こす材料を減少させ
 る。発達の初期の段階では単純な環境を、成長に従ってより自律的にな
 るにつれて、少しずつ環境を複雑なものにしていく。
●「コミュニケーションの手段」を与えること。
 理解力が伸びると、自分に言われたり質問されたりすることがよくわかる
 ようになり、コミュニケーション手段を獲得できれば、自分のニーズや思っ
 ていることを、問題行動以外の手段で表現することができるようになる。

 ただ、危害が及ぶような場合や、その行動のために上記の方針が実行できないような場合には、直接的な行動療法(Direct Behavior Modification)を使う場合もあるようではある。
このことからも想像されるように、TEACCHは古典的な行動療法よりも即効性?そのものは弱く、長期間の指導を要するようではある。ただ、TEACCHで教えるスキルは子どもが本当に理解できるスキルが選ばれており、そのため、その身につけたスキルをのちのち別の環境で般化することは行動療法よりは容易であるということのようだ。

 で、個人的な感想としては…、
 行動療法の技法とTEACCHの理念の互いに良いところを取り入れればよいのにと思うわけで、
 「行動療法で子どもの行動や、対人関係の問題の解決ができた」という事実があるなら発達の初期の段階では大いにそれを活用し、ある一定の段階にくれば
 「自律、自発性に関する可能性を引き出すことに力を注ぐ」
事に主眼を置いたTEACCH的考え方に切り替えていけば良いのでは・・・・と。
えっ、そんな簡単なものではない? 私の単純思考回路を使うとそういう結論になるのだが、安易すぎるって?
ともあれ、
環境の構造化と、コミュニケーションスキルがどうもTEACCHを学ぶ上でのポイントのようではある。

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