2003年9月5日追加訂正

言語発達遅滞
  

知的能力と言語の発達。密接な正の相関関係にありそうな二者だが、必ずしもそうでない例をいくつか見てきた。抽象的思考には言語の介在が不可欠のように思われるが、コミュニケーションの手段としては、必ずしも言語(音声言語)がすべてとは思われない。
しかし、知的な能力とのギャップが大きい場合には、それなりの理由、原因が存在するはずだ。それをさぐりながら、ことばの学習指導にあたっていきたいと思っている。

言語発達遅滞とは
発達途上の子どもが「予期された時期に、予期された伝達手段を介して、予期された正確さで、情報伝達(コミュニケーション行動)ができない」状態にあることを示す大まかな症状名である。


 そもそも言語とは社会の中で慣習的に共用されるシンボル、規則の体系であり代表的なものは音声言語ではあるが、様々なサイン言語、文字言語等も言語の一形式であると考えられる。
 その事を念頭におきながら、ここでは音声言語の発達についてまとめていきたいと思う。



ことばは、情緒の安定性を基盤に、他とのコミュニケーション活用能力の育ちの中で発達していく。
記銘力の育ちも一定必要であろう。


こと音声言語の発達に関して言うなら、
語音そのものの認知の力も不可欠である。 耳から入ることばが語音として認知できなければ、つま
り聴覚的認知に弱さがあれば、音声言語の発達は当然障害を受ける。難聴や構音障害の子で
も、音は届いていても、例えば「か」が「か」と認知できないといったことはあるわけである。
また、発音ということで言えば、音にかかわる微細な協調運動能力も必要となる。


勿論、当然ながら、音声言語に限らず、
ことばの発達そのものには、象徴機能の発達が前提とも言える。
象徴機能とは、今、知覚しているもので、そこにない物を呼び起こす働きをする機能である。
つまり、意味するものと意味されるものとを区別して遣うことが可能になるということ、
今そこに知覚している物を手がかりにして、そこにない物を思い浮かべ、それに反応する
ことが可能になるということでもある。

それはまた、意味付けをした模倣(ことば等)で表現するということでもあり、前提として、
模倣・再現する力の育ち(表象能力)も必要であることは言うまでもない。


 
 ことばの役割としては、幼児期、学童期にはコミュニケーションの道具といったことが一番重要であろうと思われる。それには勿論、ことばを使って自己の感情をコントロールしたり、行動を調整するといった意味合いも含まれる。
 成長にしたがって、理解や思考の場面での役割が増大していく。抽象思考にはことばの介在は不可欠になってくるものと思われる。


 乳児は自分の欲求を 最初は声や視線で訴えるが、やがて指さしのような手段を用い、やがては意味と音声を結び付けその使用を始めると言われる。ピアジェによれば、ことばの獲得は認知の発達と深い関係にあるという。感覚運動期の物の永続性,因果性、手段ー目的関係の発達、象徴遊びとの関連が強いという。
 言語と認知が密接な関係を持っているということそのものには論議の余地はないようだが、認知が言語の前提条件かという因果関係については、未だ結論は出ていないようだ。近年では、言語を認知発達を基盤にした乳児期におけるコミュニケーション機能が発展したものとしてとらえる語用論の立場が脚光をあびてきている。


 ところで、ことばを発する時には当然、伝えたいという思い(伝達意図)や伝えたい内容(伝達内容)が存在するわけで、
この語用論の立場では、整った言語体系(伝達手段)の獲得ということよりも、そちらの方に重きをおいているということなのだろう。これは、たとえば日本の英語教育の弱さを指摘する立場と似ているのかもしれない。すなわち、日本の英語教育では文法が重視されS・V・O S・V・O・C ・・・と文法的にはわかるのに、会話ではさっぱり使えないという生徒の続出という事態を招いた。語用論でも、語彙や文法を教えるだけでは、実際のその活用の場では困難をしめした子が多かったという反省から、模擬的な会話場面の設定やインリアル・アプローチ等、実際のコミュニケーション場面での発話の中身に直接アプローチしていくという立場をとるようだ。
 ゆえに、語用論では 当然、人と人との社会的相互作用の重要性を強調する。特に、保育者(母であることが多い)が子どもの伝達意図をくみ取り、それを適切なことばに換えて子どもに返していくといった事の重視で、ことばはその働きかけの中で育っていく要素が大きいといった考え方に立つようだ。


 しかし、私見に過ぎないのだが、これも広義には”認知機能を育てていく”という事のひとつの形態と考えても良いのではないだろうか。要するに、コミュニケーション機能を育て活用することにより、認知機能そのものも高めているということに なるのではないのだろうか。その点については、もう少し考えてみたいと思う。(詳しい方、是非ぜひご意見下さい。)

 一般的には1歳前後の初語の後、急速に語彙が増え、2、3歳までには2語文、3、4歳までには3、4語文以上の獲得がみられる。2歳代には「なに?」「どこ?」「だれ?」等、3歳代には「いつ?」「どうして?」「どんな?」等の疑問詞の理解や主な助詞の使い方の獲得がみられるという。しかし、この時期のことばはその時々の状況的手がかりなしでは理解できないものである事が多い。
4歳頃になると、状況的な手がかりの助けを借りる事がなくても、脈絡のある話ができるようになり。5、6歳にもなると、相手や話題に合わせた話し方もできるようになる。
 小学校に入学する頃には単語の音節分解も可能になり、文字との対応も可能になり、やがて言語を文に綴ることも無理なくできるようになるわけである。また、この時期には比喩など文字通りでない意味の理解も可能になるということである。


ことばの発達のめやす


わかる 話す
0,1歳 音に応じる

音や言葉の聞き分け
ことばと物の関係


喃語
身近な人の声の調子の模倣

身近な人のことばの模倣


1,2歳 ことばと意味の関係づけ
簡単な指示に従う


欲求
1歳   1から3語
1歳半 15から20語
2歳    200語
  さかんにまねをする


2,3歳 歳半までに400語
3歳までに 800語

2つの指示に従う


状況の報告(どうする、どうしている、どうした。)
2語文
「おかし ちょうだい」


ことばの急増期
つかえたり繰り返したり等が目だつ
「なに?」「どこ?」「だれ?」


3,4歳 複文
日常生活に関することばはほぼ完成


3,4語文
 「ふくろの おかし ちょうだい」
助詞


単文
大人と会話できる 1700語

「いつ?」「どうして?」「どんな?」


4,5歳
3,4音節語

4,6語文
 「さっきの ふくろの おかし ちょうだい」
脈絡がある話
発音もほぼ完成


5,6歳
完全な5,6語文
 「さっき スーパーで かった ふくろの おかし ちょうだい」
相手や話題に合わせる


複文

就学時 6000語
概念理解は個体差が大きい
比喩など文字通りでない意味の理解も可能に



日常生活に用いる語彙や構文
3000語
単語の音節分解、文字との対応


 知的発達の遅れは、ことばの発達のためには大きな障害になるであろう事は想像に難くないが、他にも言語発達の遅れには、様々な要因が考えられる。以下のように分類される。

器質性・・・・聴覚障害、知的障害(精神発達遅滞)、自閉症、脳性マヒ、
       小児失語症、特異的言語発達遅滞、その他中枢神経系の障害            
非器質性・・・養育環境上、心理・情緒的、対人関係上の問題

たとえば
知的障害に伴う場合は 言語理解、構文力など言語機能そのものの発達の遅れに起因する。
自閉症に伴う場合は 認知やコミュニケーション機能の弱さに起因する。
脳性マヒに伴う場合は 運動障害による音声、構音、プロソデイの障害等がある。

このように言語の発達の遅滞といっても、その原因は様々であり。またそれぞれの子どもの状態像の違いといったことから考えても、当然 指導についても、様々なアプローチの仕方があって然るべきであろう。

指導に際しては
言語の発達の遅滞をもたらした障害のその一般的な特質は考慮しなければならない。しかし、一人ひとりの子どもの持つ認知や認識の特性やスタイル、知的レベル、興味・関心、性格等といったものを把握することも不可欠である。保護者からの聞き取り、遊びなどを通しての観察、そして勿論、諸検査を通して情報を収集することから、指導は始まる訳である。     

 特異的言語発達遅滞とは他の発達障害や心理、環境因等が直接的な原因でなく、言語のみが特異的に遅れているものを言う。
 言語理解はほぼ年齢並みだが話すことができないか、著しく遅れている運動型と、言語理解が発達してこないために、話すことも発達してこない感覚型に分けられる。それはそれぞれICD−10の表出性言語障害と受容性言語障害にほぼ対応している。
 その原因には、中枢神経系の機能の未成熟あるいは障害が関係していると推定されている。現時点では医学的根拠は特定できていないという点で、LD等と同じ状況であるようだ。

 子どもの発達の状態像の連続性を考えれば、LD、自閉性障害、特異的言語発達障害・・・と共通した部分を持つのは当然なのかもしれない。

 診断名というのは、さまざまな状態像をもつ子ども達を、治療や対応等のため便宜上、人為的にある一定のラインで区切り、分類しただけのものなのだから。

言語の指導・わたしの教室では
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