2000.2.3書き換え

日本では1970年代になって「学習(能力)障害」という訳語が初めて登場した。米国では全児童、生徒の4〜5パーセントという調査結果が発表されている。

LD

学習障害・・・・基本的には、全般的な知的発達に遅れはないが聞く、話す
         読む、書く、計算する、又は推論する能力のうち特定のもの
         の習得と使用に著しい困難を示す様々な状態を指すもので
         ある。
          学習障害は、その原因として、中枢神経系に何らかの機
         能障害があると推定されるが、視覚障害、聴覚障害、知的 
         障害、情緒障害などの障害や、環境的な要因が直接の原因
         となるものではない。
        


同定(診断)・・学習障害の同定には、医学、心理学、教育の三つの領域か
         ら必要な検査、観察が行われる。

 ●医学・・中枢神経系機能障害(部分的)
  現段階では機能障害を医学的に証明することは困難であるようだ。し 
  かし、医学的評価については欠かすことはできない。その特徴は軽微
  で部分的であるとも言われているようだが、主治医等による中枢神経
  系の機能障害との関連の検討。発達歴、既往歴、生育歴、過去の検査
  からの検討。(環境因の否定にもなる)神経学的なソフトサインの有無
  の評価。等々である。 
 
 ●心理学・・認知能力のアンバランス
  個別的な知能検査や認知能力検査などの検査内における著しいアン
  バランス。
  知的な水準や認知面の処理の特性の把握。それは、後の指導法や教
  材の選択の際にも重要な情報になる。
 
 ●教育・・特異な学習困難
  ある領域は普通か、それ以上の結果を示すにもかかわらず、特定の領
  域が極端に劣るという学習困難。判断・実態把握基準(試案)で示され
  たのは国語または算数の基礎的能力の著しい遅れで、具体的には
  2〜3年では1学年以上の遅れ、4年以上では2学年以上の遅れという
  数値が示されている。ただしこれらが妥当な数値かどうかは今後の検
  討課題であるようだ。
  勿論数値上のものだけでなく、国語では文字や単語を読んだり書いた
  りする能力にどのような特徴があるのか、読解はどうか、聴写と視写に
  大きな差はあるのかといった見方も認知や情報の処理の仕方のスタ
  イルを知る上には重要である。算数でも、計算力と量概念の理解力、
  位取りや測定といった空間認知力など個別の力を把握することは必要
  である。

 ところで、最終報告の定義では 中間報告にあった行動の自己調整や対人関係といった社会性の問題が削られた。理由はソーシャル・スキルの認知の障害は、もともとの認知の弱さから起こる場合もあるが、学力の問題を経て二次的なものとして表れる場合もある。すなわち、LDの主症状を明確化するための削除という事であるようだ。

 一次的なものか二次的なものかは別として、指導の場では、LD児は所謂、学習の困難だけではなく、対人や社会面における認知や情報処理能力の弱さまたは歪みを持っており、それは不適応への引き金ともなりやすいということだけはしっかりと捉えておく必要があるのだろう。その独特のスタイルゆえに、周囲と認識のずれが生じ、それが遊びや集団活動の場ではソーシャルスキルの未熟という形で表面化し、結果として不適応行動を招きやすいという事である。
  又、活動水準のかたよりとしての多動や注意集中の力の弱さをもつ児童も少なくない。多くのLD児がこのADHDの問題を重複するともいわれている。
  情緒的な不安定さや衝動性、自己コントロールの弱さ等を合わせ持つこともある。活動水準の問題とも重複すると突発的な行動、対人的トラブルの原因ともなりやすく、指導にあたっては学習面よりむしろこちらの問題の方に大きな 困難がある場合も多いように思われる。
  一次的な、すなわちもともとの弱さをもつなら尚更に、これらの弱さが、不適応場面の度重なりや、周 囲の不適切な対応の中では、問題が次第に増幅され、事態をますます困難にしていくであろう事は容易に 推定できる。 
  更には、運動面の学習困難が伴う場合もある。目と手の協応運動や微細粗大運動、全身の協応運動等の困難。運動企画能力などに弱さを持つ場合もあるようである。これらは個人競技の場面だけでなくゲームや集団での競技等でも、ソーシャルスキルの未習得の状態と相俟って問題を大きくすることもあるように思われる。


 尚、協力者会議の最終報告では、学習障害児への指導の形態・場として 通常の学級において担任が配慮しての指導、 ティームティーチングによる指導、通常の学級における授業時間外の個別指導、特別な場での個別指導(通級又はそれに類似した指導)、専門家による巡回指導等々が提案されているようである。


学習障害とよく似た言葉に学業不振、学習遅進がある。


学業不振
(絶対的学業不振)単に学業がその年令や学年水準から遅れている状態
(相対的学業不振)知能などから期待される水準よりも実際の学力水準が
             相対的に低い状態

学習遅進
( スローラーナー) 境界線級の知能が主因となって学習の習得速度の遅
            さが問題とされる状態
    


また、精神(発達)遅滞は次のように定義されている。
精神(発達)遅滞
            はっきりとした知的発達の遅れを主症状とし、同時に
            その年代に要請される行動 の規範に適応できない
            状態をもつ。


養護学校や障害児学級等 個々のニーズに応じた教育サービスを受けている子は全就学児の約1%にすぎないという調査結果がある。

米では10〜12%、英では20%ともいわれているから、その数の上から見ただけでも、日本でのそういった教育は、世間からも「特別で特殊な教育」といったニュアンスでしか認知されていないのも頷ける。

40人学級で単純計算すると、それは1クラスわずか0.4人の子だけしか受けていない教育サービスであるわけで、米でいえば4人、英でいえば8人の子が当然のように受けているサービスを未だ受けずにいる子どもたちが、日本の教室にはまだ多数存在するということになる。
当然、その多数の中にLDやその周辺児を初め、学業不振や学習遅進等、何らかの理由で力を発揮できてない子も含まれていると考えられる。

今の日本の学校の学習形態、指導方法、教材内容等では結果としてその子たちの力を育てることには大きな困難がある訳だけれど、今後、個に応じた学習形態、指導の方法等が浸透していく中で、その可能性も大きく広がってくるだろう思われる。

「ところで、今、私たちは何を?」

「ことばの教室に通ってきている子どもたちに 
 個別やグループという学習形態で、
 各々の認知のスタイルに合う学習方法や、
 興味関心の持てる教材を工夫することで、
 力をつける事、
 力に気づかせてやる事。         」
 
   かな!(^-^;)

お願い
  このページの文については、今までに参加した研究会、学習会、ウエブ 上、上野一彦先生の著書等で学んだことを元に、私なりのまとめや現在の思いを綴っています。勉強のための作文です。思い違いなどご指摘頂けると有り難いです。    

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