新幹線ツーキニスト第10回オフ会

□■ プロローグ □■

7月22日、気になっていた「新幹線ツーキニスト第10回オフ会」の報告書をどうにかUPすることができました。A4サイズで5ページに満たないものでしたが、心の中が浄化されたようにスッキリしました。一つのシーンや情景、さまざまな表情、言葉をカット&ペーストしていくだけの話だけれど、とても楽しく、かつ念入りに何度か読み直し、手直しまでやってみました。しばらく、こんな作業からは縁遠かったので、心から自分が喜んでいる実感もありました。

□■ それは静かに始まったのだけれど □■

 5月、6月に覇気を使い果たしたと語る幹事役の水元に代わって、今回は自称「えんがわさんの友人」を名乗る「まどぎわけんちゃん」がペンをとることになった。どうやら、水元は自らの存在が「虚体」化しているのではないか、という自覚に悩んでいるようだ。
それはさておき、出先の虎ノ門から新橋に向かい、「たぬき」という炉端焼へ飲みに行く同じ部署のメンバーに別れを告げ、おとなりの有楽町駅で下車し、30年前は東京都民だった水元が、初めてのパスポートを申請した交通会館の前を通り、同会館内にある日本赤十字病院の分室にて、献血するほどの時間もなかったので、ソフマップに入りVAIOノートのバッテリーの値段(12000円)を確認したあと、てるさんのアルバイト先があった関係から、今でも銀座界隈の道はなつかしく、当夜の目的地であるティファニー銀座店の真向かいをめざしトボトボとうつむき加減に歩いていた。

 しかし、水元の行く手をはばむ報道陣と群集がいた。脚立にまたがったマスコミ関係者が、車道にむかってテレビカメラを構えていた。聞けば、カルティエのプレ・オープンらしく、いかなる仕事で生活の糧を得ているのか知る由もない叶姉妹や多数の芸能人、お金持ちの夫人たちが来店、またはこれから来店の予定だと言う。若者たちの就職が難しく、中高年男性の失業率も高いなど、不景気な日本にも富裕層は確実に存在しているのだと、水元は思った。

 約束の大地ならぬ、目的の地へ5分前に入店し、テーブルと20の椅子を確認するとともに、幹事役として入口に近い席に座って書類を取り出した。Mujinaさんが来た。職場が近いらしい。初参加の礼穂さんが来た。店内は静かだった。会費をいただき、二言三言しゃべっているうちに、続々とやってきたので、フリードリンクを出してくれるよう係りの人に依頼し、水元は受付に集中した。6時30分頃には大半がそろったので、お料理を並べてもらうことにした。

□■ 当日の献立は □■

前菜 ………………… 水元は食べた。
ピザ ………………… 薄地のイタリアンピザは美味しかった。2ピース食べた。
揚げ物 ……………… あまり記憶がない。
赤かぶのリゾット …… 水元はまったく食べていない。
                こっしーさんから美味しかったという書き込みがあった。
若鳥のスパゲッティ … ごく一般的な印象、小皿に2回取り分けて食べた。
メイン(岩手の地鶏) … そんな感じがした。
デザート ……………… 女性用に頼んだが、水元はアイスクリームを分けてもらった。
フリードリンク ………… 赤、白ワインとも何本飲んだか記憶にない。
                ビールは足りたのだろうか。
                えんがわさんの酔い具合からして…。
ウィスキー …………… 誰かな、ダブルとシングルを頼んだのは?
                水元は店長に頼んでフリードリンク扱いにしてもらった(らしい)。

■ 幹事役として、水元は乾杯のあいさつという文章を用意してきたが、会社の行事的な決り文句を用いたこともあり、一瞬、白け鳥が飛んだような雰囲気を生み出し、後日まで自責の念に苦しんだそうだ。システム手帳の誰にも公開しない日記帳に、水元は「人間、慣れないことに張り切るものではない」と記している。しかし、ゆったりしたスペースで、すでにメルティング・ポイントを超えていた参加者たちのざわめきは瞬時に再開され、「何だよ、たけやんは遅いじゃないか。東京駅を乗り越してんじゃないのー」などと噂をしていたら、「そこに、彼」はシラフでやってきた。遅れていたかわせみさんも初登場。残る、水元・友人さんがいつまでたっても来なかった。電話したところ、仕事をしているというではないか。9時過ぎに新白河組がお店を出て、延々と続いた自己紹介がちょうど終わった頃、どうにか午後9時30分頃に水元・友人さんはやってきて、「お腹すいているんですうー」と急いで食べ、飲んでいた。水元は残り物ばかりで、会費を取るのが忍びなかったけれど、きっちりといただいた。それによって、若干ではあるが会計的に次回の繰越金を確保できた。

■ 水元はオフ会の正式なスタート以前に、グラスビールを定量分は飲んでしまっていたが、オフ会全体をとおして、酔っ払った人が多数に及んだように感じた。今回、責任感が強く、ある意味では気の小さい水元は、賑やかに自己紹介する参加者たちの話に耳を傾けながら、テーブル上の料理をまとめたり、大皿を撤去しグラス等が酔った勢いで飛び散らないように心がけたり、ワインを追加したり、ビールやワインをついで回ったりしているうちに、オフ会は終わってしまったのである。のちに水元は、「オレ、ほとんどおしゃべり出来なかったんだけど…」と独白している。でも、水元の「聞き耳」は聞き違いも多々散見されるが、「家政婦は見た」的なたしかさなものがあり、オフ会の模様を自己紹介順にたどっていくことにしよう。

□■ オフ会の模様 □■

◆ ¥さんは、カバンの中から聴診器を取り出した。エプロンドレスで、数台のデジタルカメラのフラッシュを浴びた。物珍しさに、誰かれとなく手に取っていじったものだから、耳あてのカバーが床に落ちたらしく、それをかがみ込みながら、探していた君たちを眺めて、水元は何を想ったことだろう。幹事役として、お店の係りの人に一緒に探してももらうわけにもいかずに…。

◆ 天城越えさんは、¥さんの亭主であることを参加者に再周知し、くれぐれもお間違いのないように念を押した。

◆ たけやんさんが話し出すと、人は彼を「乗り越し名人」と呼び、「最近の乗り越しは昨日、やったでしょう」など、やんやの合いの手が入った。しかし、乗り越しの末に、宇都宮から小山まで歩く人は、滅多にいないぞ。しかも、それを趣味にしている人は絶対にいないぞ。

◆ 赤池さんはCafeさんの弟さんと同窓生であり、水元の後輩でもある。本人はオタク系と自認しているが、水元にはすこぶるまともな女性にしか写らなかった。今回の参加者のうちに、彼女は同類の感性を持つ複数の人間を嗅ぎ分けたらしい。

◆ 水戸っぽ黄門さんは、現在すでに旧ハンドル名になっている予定だ。当夜、改名のお伺いを宣言し、ネット投票で決定することになったらしい。さらに、基本コンセプトは怒りの書き込み、風貌といった観点から「やっさん」にすることも満場一致で確認された。

◆ Cafeさんの自己紹介も大騒ぎであった。この雰囲気だと、彼はおちおち病気をしているヒマも許されそうにない。某マスコミ関係者から、「なんでまた、その若さでグリーン通勤をしているのですか」とのインタビューを受け、彼は「お前とは違うからだよ」と、きっぱりと答えたそうだ。(かっこいい、「オレも一度ぐらい言ってみてぇなあー」と水元は思った)

◆ えだまめさんは、当オフ会が第10回目を迎えるまでの歴史と伝説に触れ、日常生活における「自動律の不快」の中で、不可能な出会いを可能とする「存在の革命」的な驚きがあり、これからも「絶対なる支配者(私は私なのだ)」であるべき個々人として元気に生き延びていきましょう、と述べたような気がした。おそらく、福島県の相馬郡小高町に生まれ、台湾で育った埴谷雄高さんの言葉に、自意識が支配されかかっている水元の幻聴だったのかも知れない。

○● かわせみさんは、日本棋院中部総本部の山城宏九段に似ていると、2002年度・南河内町囲碁大会Bクラス第3位の水元は思った。静岡の山中にログハウスを建て、初めて滞在したときにかわせみの声が聞こえたことから、自分のハンドル名にしたそうだ。ちなみに、水元はかわせみと他の野鳥との区分けができないし、鳴き声を聞き分けることもできない。かわせみさんは、Cafeさんの自己紹介のときに、「さんざんこきおろされたマスコミ関係者です」と身をちぢめるようにして言った。

◆ HIROさんは、前回の自己紹介で旧ハンドル名りーたんのパパなどから、「あいさつが堅いぞーっ」というブーイングを受けた。それをふまえ、今回はしっかりと調整してきたようだ。彼があいさつをしている最中に、水元には意味不明だったけれども、こっしーさんが加わってきた。どうやら、「温泉・つながり」らしい。

◆ こっしーさんに、水元は「私は皆勤賞を継続していますよ。こっしーさんは1回欠席がありましたね」と勝負をかけてみた。しかし、「no、No、NO」と右手人差し指を立て、ゆっくりと左右に振りながら、「私、プチオフ会は皆勤だからね」と反撃された。水元の完敗である。さらに、こっしーさんは粋な気配りをみせ、当日が誕生日のたけやんさん、翌日が誕生日の天城越えさんを並び立たせ、ハッピバースデーを先導し、みんなで歌ったのである。

◆ Tomさんの「本日の重いカバンの中身」紹介は、今やオフ会の定番である。

※ 多分、このあたりで午後9時が近くなった。「一人1分程度だからね」と警告をしても、所詮、意味がないことは承知していたけれど、最終の新幹線に間に合うよう新白河組の自己紹介を繰り上げたのである(成田の礼穂さんも最終が近かった)。

◆ 礼穂さんは、物静かに入口近くの席を動くことなく、喧騒たる店内を見ていた。多分、個性的な参加者諸氏の勢いに押され、ある種の金縛り状態にあったのかも知れない。水元は、後日、彼女からの書き込みに感激し、礼穂さんのホームページを訪問することになるが、そこから言いようのないのパワーを感じたのである。

◆ Mujinaさんは当オフ会の開祖であり、第10回オフ会では水元が全面的に頼り切っていたことを正直に吐露しておきたい。

◆ しおちゃんさんは重厚である。(…以上)

◆ 釣りキチ、コバヤンさんの自己紹介は記憶にないが、新幹線ツーキニストのピンバッチおよび水元のHP表紙イラストピンバッチには感激したのである。チビの水元は、ワインを持って立ち上がり、ついで回ろうとしたとき、トイレから戻ったノッポの釣りキチ、コバヤンさんに呼び止められて立ち話をした。近くで天井を見上げているようにしていた水元は、首が疲れた。首筋に3ポイントほどダメージを受けた。ほんの立ち話のつもりが、水元の「包丁を研ぐと妙に気分が落ち着く」というHPの記事を読んだらしい釣りキチ、コバヤンさんには、少年時代に自分の小刀を何度研いでも、さっぱり切れなかったというトラウマがあるそうで、「ぜひ、11月のすがpapaのログハウスでのオフ会では、和包丁数本を研いでいただきたい」という依頼を受け、お調子者の水元は簡単に了解してしまった。確たる自信はないが、中華包丁まできっちりと研ぎあげる腕はあるので、せっかくの和包丁をダメにしてしまうほどのヘマはしないだろう。

◆ アラーキさんとは、ほとんどお話しができず、水元からは席も遠かった。

◆ すがpapaさんは、当オフ会の重鎮である。奥様の体調回復を、切に願っております。

◆ Hockeさんは、サラリーマンの大先輩であり、6歳年下の水元は心強いものを感じた。誰が聞いたわけでもないのに、自己紹介の中で、カラオケの十八番は森進一さんの「港町ブルース」だと開陳したのは、いずれかの機会にオフ会をカラオケルームでやってくれ、という潜在的な要望だったのかも知れない。すがpapaさんと3人で「50歳トリオ」になるわけだが、Hockeさんは「ひやー、水元さん、お若く見えますよ。どうみても40歳代前半ぐらい」と言った。水元は、そんなとき「カミさんが若いから」と答えるようにしているが、当のカミさんによれば「考えが浅く、軽はずみで、おバカさんが表情に出ているのよ」ということらしい。おそらく、それが正解なのだろうと水元は納得している。ちなみに、「新幹線ツーキニストへの100の質問」に対するHockeさんの回答を一読させていただいたが、質問032「1ヶ月の通勤費用」について、9,500円と記載されているのは、95,000円の間違いではないかと思います。

□■ エピローグ □■

 そんなわけで活気が不足していた水元も、昨日の詩吟発表会を無事に終え安堵しているようです。ここまで、まどぎわけんちゃんが代役を努めさせていただきました。参加者各位さまの記述(文字の量)に多い、少ないがあること、さらにはご紹介できなかったことも多々あるわけですが、ご了承願いたいと思います。なお、今回のオフ会後の動きとして特筆すべきことは、Mujinaさんの速攻的な「オフ会の報告」とともに、久しぶりに参加していただいた「たけやんさん」が、今回のオフ会を自らの「誕生パーティ」と読み替え、早々とアルバムを作成しHPに掲載したことです。面目躍如ですね。帰路の東北新幹線車中では、えだまめさんが熟睡し、折りたたみテーブルに載せておいた「たけやんさん提供の缶チューハイ」を、通路にぶちまけてしまったことです。えだまめさん、いったいどんな夢を見ていたの?(おわり)